鮮明な月

文字の大きさ
上 下
577 / 693
間章 ソノサキの合間の話

間話24.閑話休題5・甘える

しおりを挟む
「でぇ?一緒に寝てたのは事実なんだな?」

思考を遮る淡々とした抑揚のない口調。それで見えないとはいえ、真正面から吐息と共に問われる。『それは確かに』とブチブチと決まり悪そうに呟く外崎宏太に、膝の上の外崎了が両手で頬をガッチリとホールドしたまま更に問いかける。何でかお題の『甘える』という話が余波を生んで、自分の子供時代の鳥飼家との接点を了に根掘り葉掘りされているのだ。まだこの尋問が続くのかと萎れそうになるけれど、これを途中でお座なりにして了に拗ねられるのも困る。

「一緒の布団?」

何でそんなと言いたい。小学生程度で幼馴染み普通の家より格段に広い生家に、2桁の人間が1度に入れる公衆浴場サイズの浴室を持つ風呂、それにお手伝いが何人もいるような食堂まであったんだと言いたい。

「小学生とかの話だぞ?そこまで記憶してない。」
「一緒ってハッキリ言ったのに?」

ングッと指摘に言葉に詰まる。確かに『一緒に』とは言ったが、泊まったなという記憶はあるという程度で、その晩の詳細と言われても事実40年近く前の事なのだ。流石に宏太としても夜の事まで記憶は曖昧で、泊まったし縁側で皆で花火をしてスイカを食べた程度の楽しかった思い出くらいは引き出せても、どうやって寝たか迄は思い出せない。何となく鳥飼澪や藤咲信夫や遠坂喜一もいた気がするが、当時は四倉梨央は他家に泊まるのは許されなくて流石に帰った筈だ。それでも日暮れ迄はいた筈なのは、当時の鳥飼家から四倉家はそれほど距離もなかったので。泊まっていて誰かが蛍だと騒いで池に落ちたというような記憶はあるが、それは絶対に自分ではなくて喜一だった気がする。それにそれ以外の日だって常にワヤワヤと騒いでいて…………

「鍛練の後そのまま雑魚寝になった位しか、覚えてない……。」
「それじゃ鳥飼さん家には、よくお泊まりしてた訳?」

まぁ端的に言えばそうなのだが、淡々とした口調で言われると言葉に詰まるしかなくなってしまう。小学生そこらの行動がこんな風に了の気にさわるなんて思ってもみないし、変えられるものなら今からでも変えたいが過去は過去だ。

「それは………。」

こんなに困るなんてと言葉にならず絶句していたら、不意にクスクスと笑いだす声と一緒に柔らかな唇が宏太の困惑の浮かぶ唇に重ねられてきていた。触れてくる柔らかく甘い唇が笑みを作りながら、宏太の唇を甘噛みして舌でなぞる。優しく丹念に唇を愛撫されるのに、一瞬何がなんだか分からなくなった気がしてビギンと全身が凍りついてしまう。それでもヤワヤワと唇を唇で愛撫されていくのに、やっと宏太も珍妙な尋問が終わったのに気がつく。

「そんなことしてた、ころが、あるんだ?こぉたに。」

クスクスと悪戯っ子のように笑う了の声は先ほどまでとは違って、甘く柔らかく耳に優しい。安堵すると一緒に何でこんなことになったのかと無意識に首を捻る宏太に了はもう一度唇を重ねて、今度は少し舌を絡ませ官能的な刺激を加えてくる。

「ん…………。」

了のキスに心地よさそうに溢した宏太の吐息に、了はそっと首元に腕を絡ませて宏太の肩に額を乗せた。幼馴染みが4人もいた宏太と、誰一人そう言う存在のいない幼少期を過ごした自分を比べても仕方がない。そんなことは分かっているし、自分と2周りも年の違う宏太の子供時代に嫉妬しても仕方がないこと。そう分かっていても少しだけ嫉妬してしまう。

「少し羨ましい……な。そういうの。」
「了。」
「あ、でも今は充分幸せにして貰ってるからな?」

了が苦笑いで先に釘を刺しておかないと、宏太と来たら今からでもと無闇矢鱈に張切り出しかねない。とはいえこの状態の了が宏太の他に誰かに甘えるなんてあり得ないから、空回りで終わると分かっているのを事前に遮らないと。ただ子供の頃の無邪気な幼馴染み達の戯れる姿を想像すると、少し自分もその場にいたいと感じるだけだ。彼らが駆け回った林や池の一部は公園として残ってはいるが、それは彼らの時代とは全く別なもの。それを羨んでも、変えようのないものは仕方がない。そう耳元に囁くと宏太が少しだけ戸惑うのが分かる。

「また………、温泉でも入りに行くか?」

暫し考え込んでいた宏太が、オズオズとまた弟の経営する旅館に一緒に行こうと誘ってくる。あの場所は目で見て確認できなくても昔と変わらない場所として宏太の記憶の中にあるようで、そこをこうして共有出来るようになったのは了としても少し優越感だ。

「んー、そだな。今度は冬がいいなぁ。」

2人であそこに行こうなんて特別感満載だし、宏太があそこに伴侶として連れていったのは自分だけだと後に連絡を取った秀隆・綾夫婦から教えられた。その当時は祖父母が主体の経営旅館ではあったそうだが、前妻の外崎希和を宏太はあの場所には連れていかなかったのだという。

何で?

そう聞いてみたかったけれど、聞くのは何となく気が引けてしまった。宏太は余り信じていないけど、希和という人は宏太のいうような契約結婚ではなかったと思う。きっと希和という人は宏太が好きだったから結婚したのだ。ただ2人はお互いを誤解したまま、誤解が溶けないまま、最後を迎えてしまったのだと了は思う。とはいえ昔の女の話で宏太をどうにかしたい訳じゃないし、宏太は今は時分の男で他に目を向けたい訳じゃない。

「蟹が旨いらしい。」
「はは、じゃ今度は蟹食わなきゃな。」

今度は宿に籠りきりではなくて、2人で手を繋いで街中をブラブラしてもいい。宏太の顔の傷は確かに目立つけれど、お陰でどんなところで手を繋いでいても誰も疑問に思わないから。街中を手を繋いで美味しいものを食べて、ここに来て味覚異常を克服して『食べる』のに楽しさを覚え始めた宏太にこれが美味しいとシコタマ教え込んで。そんな程度のことが楽しいなんて、了が宏太に愛されて充分すぎるほど甘やかされ幸せにして貰えているからこそだ。

「その前に、またアイツら呼んでバーベキューでもするか?」
「ふふ、そーだな、そうしよっか?」

去年の夏入り頃に庭で騒いだのを思い出したらしい宏太の提案に、それもまた楽しそうだなと了が答える。冬場の鍋も楽しかったけど、夏なりの楽しみもあるし、今年はちびっこ達もいるから尚更賑やかになるだろう。ここのところ色々騒動もあって落ち着かなかったこともあるから、皆で気分転換するのも楽しそうだ。そう宏太を抱き締めたまま了が答えると腕の中でホッと安堵の吐息が溢れてきて、思わず了はワシャワシャとその頭を撫で回していた。

「な、んだ?んん?」
「そんなに気使うなよ、大事にされてて嬉しいけど。」

大丈夫、そんなには拗ねないからと柔らかく囁く了に、宏太は珍しく苦笑いを浮かべてスルリと持ち上げた両手で了の細い腰を抱き締める。了の機嫌を損ねるのを怖がるようになったのはここに来ての大きな宏太の変化だけれど、了にしてみたらそこまで気を遣うなと言いたい。

「あった時から充分鬼畜で変態だったけど、そう言うとこも含めて好きだからな?こおた。」
「……今は?」
「ふふ、愛してるよ、俺の男は最高。」

その答えに宏太が顔には出さない癖に、非常に満足そうな気配を全身から漂わせる。出会ったばかりの頃にこの気配が宏太から出てたとしたら気がつけなかったろうなと微笑んでしまうけれど、今の了にはあからさま過ぎて可笑しくなってしまう。

「よし、大人の俺は可愛い嫁を意図して甘やかすか。」

本音を言えば子供の頃よりも遥かに今の宏太の方が、意図して計画的に了にだけ甘えようとしているのだ。肌に触れたり抱き締めたり、キスしたり、もちろんそれ以外の様々な行為全て。それを何とか計算ずくで、虎視眈々と狙ってやろうとしているのだったりする。

「これ以上意図すんな、怖いから。」

苦笑いの了の言葉に眉を潜めて宏太が、何で怖いんだと不思議そうに首を傾げてくる。破格のハイスペックで鬼畜な変態の宏太には、自分が恋愛暴君でとんでもないことをした自覚がまるでない。普通幾ら相手が嫌がったとはいえ、住んでいる家を放棄して億単位の戸建てを即金購入はしないぞとここで言っても宏太にはどう言ってもピンとこないのだ。それでも今では了にベタ惚れと言っても過言ではない宏太は、全力で了を更に甘やかす算段をしていそうだ(何しろ未だに了自身は気がついているのかいないのかだが、宏太が今の仕事を始めたのだって結局は恋に落ちた宏太が了の動向を調べるためだったのだから)。

「何も怖いことはしてないだろ?ん?」

どこか心配そうに宏太が問いかけてくるのが可笑しくて、首に回した腕を確りと絡めて引き寄せるとその肉感的な唇に口付ける。大人しくされるがままの癖に、それでいてちゃんとこのキスも味わっている気がしなくもないが。

「だから、これ以上って言ってんだろ?」
「これまで何した?何もしてねぇだろうが。ん?」

本気でそんなことを言うが、正直指折りするのも怖い。勿論破格の筆頭は家だが、それ以外に桁の恐ろしい了の貯金通帳とか地下の秘密の小部屋の荷物とか、わりと2人で暮らすようになってからも垣間見えている。当然自分がここに来る前の事だってウッスラとだが、見えているけど見ないことにしているのだ。
大体にして一式3桁万円近い『耳』を宏太はまるで100円の缶コーヒーみたいにサラリと発注して各所に仕掛けているが、偶々全部で何機あるか知ったのに了が暫し絶句したのは言うまでもない。しかもその偶々は宏太から知ったのではなく、発注係をたまにさせられる結城晴から聞いたのだ。(何で俺にはさせないのかな?と晴に呟いたら、晴がさせるわけないじゃん?!と全力で笑ったのはさておき。)それだけで既に数千万単位の金銭を排出して維持費にも月々費用を重ね、それでも『t.corporation』は毎月黒字決済だったりする。

錬金術か?!

と叫びそうになるが、宏太の情報収集や分析が晴かに優れているのは事実だし、宏太の作り上げてきた交流自体も須らく破格なのだ。

「ここまでで充分破格だから。」
「破格って何がだ?あ?」

これが気にかかる言い方なのか、宏太の腕に力が入ってしまう。こうなると宏太が納得するまで逃がして貰えないから、首に絡めた腕を緩めて了は目を細める。

「普通は億単位の買い物即金なんてありえねぇし。」
「ここにいるだろうが、即金できた男が。ん?」
「自慢すんな。嫌味だろ。」
「お前の男が甲斐性があるってことだろ?」
「自分で言うな。」

余りにもドライな了の返答に、逆に宏太が呆れ返った風な溜め息をつく。と言うのも忘れかけていたりもするのだけれど、了だって元々は某有名政治家の1人(?)息子だったりもする。まぁ養子縁組で表立っては了が『成田』だった頃とは縁を切ってしまったし、昔の友人くらいは兎も角成田として交流があった人間との縁も大分途切れた。榊恭平と村瀬篠以外で親密(?)と言える相手は、考えても思い浮かばない位だ。そう言う意味では外崎になってから増えた交流の方が、幾分自分の内情も含まれての交流だからディープと言えなくもないし。

「お前、政治家の息子だった癖に本当に感覚が庶民だな。あれくらい普通に受け止めろ。俺だぞ?」
「そこは自慢するとこじゃない。違うだろ、普通は。」

そして実はこの会話の間にも、既に何度も宏太が甘えるみたいに頬を擦り寄せて来ていたりする。結局は宏太が『凄い』と褒めてほしいのは了だけであって、他人にどうこう言われていても意味がない。そしてついでに言えば宏太は、了とただ単にイチャイチャしたいだけとも言う。

「もー、何だよ。」
「何が?」
「スキンシップしたいなら、そっちだけにしろよ。」
「む。」

宏太の唇が時々掠めるように耳朶やら頬にそっと触れていくのに焦れた了の言葉に、宏太の方も遠廻し過ぎたスキンシップ行動は『ねちこい』と言われた記憶もあって言葉を詰めた。それに了は笑いながら少しだけ背を反らして、腰を抱く宏太の手に引き寄せられるに任せる。抱き寄せただけでは勿論済まなくて、唇を重ねながら意図も容易く抱き上げられてしまう。

「体重増やせ。」
「お前が激しい運動させるからだろ?自覚あるだろ?」
「…………その分食え。」

それ程に軽くない筈だし、男なので一応それなりに筋肉だってある筈だと思うけれども。少なくとも身長は170後半だし体重だって50後半はあるのだが、目の前の盲目の男には相変わらず了は羽根のように感じるものらしい。

「もぉ…………、俺のこと愛してるか?」
「ああ、愛してる、了。」

真っ直ぐに問いかけに答えて魅惑的に微笑みながら宏太が口付けてくるのに、仕方がないなぁと言いたげに了は微笑み返す。過度なスキンシップは駄目だからなと予め宣言する了に、その『過度』というボーダーラインがまだ実は殆ど認識しきれていない男はいたく素直に分かったと頷いて見せるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...