鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話18.チェイン6

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知りたくなかった真実を教えられた時に、人は何をするのだろう。

もし自分がこれ迄ずっと当たり前のように見てきたものが、ただのまやかしに過ぎないと知ってしまったら。それに真っ向から立ち向かうか、目をそらして見なかったフリをするか、それとも脱兎のごとく逃げ出してしまうか。どれを選ぶかなんて正直、自分には分からない。何でこんなことを考えているのか?それは正に今自分がその岐路にたたされてしまったからであって、庄司陸斗がそのどれかを選ばないとならないからだった。

俺は………

ボンヤリと唐突に降り始めた雨に濡れながら立ち尽くして、つい先程耳にした事を頭の中で繰り返す。真実を知るべきたったのか、知らない方が良かったのか。いや、自分は真実を知るために行動した筈なのだから、知るべきだった筈なのだとは思う。

父さん…………

尊敬し続け、その背中を追いかけていた。庄司陸詞が、突然に意識不明の植物状態になったのは今から丁度一年前の事。兄は暫く前に転勤になっていて、姉の嫁ぎ相手も転勤していて近郊にはおらず、陸斗自身も刑事に昇進したタイミング。狙い済ましたようなあの事故のタイミングの上、父親が一生目を醒まさないじょうたいになってしまった現実を、家族が受け入れるまでにはかなり時間がかかった。その中でも直ぐ側にいた陸斗と母親は、兄達に比べて直に見ているのに更に受け止めるのには時間がかかってしまったのだ。でも次第にベットの上で衰え変わり果てていく父親の姿を眺めているのに、現実を受け止めるしかなくなったのは言うまでもない。

何があったの………

ボロボロの様子で母が繰り返す言葉。あの時の騒動の中で父に、何が起きていたのだろうと陸斗も思わずにはいられない。何しろあの日の自分は、父が倒れた場所からほんの数百メートルと離れていない場所で警察として活動していたのだ。あの時もし花街中心部でなくほんの少し北西側にいたら、父が怪我をして倒れていたのをもっと早くに発見できていたのかもしれない。

あの時、あの時自分は…………

あの時自分は先輩である風間祥太と花街で合流する予定で、花街中心部の北東側から駅前方面にいた。駅の構内はそれほどではなかったが、花街に近づくにつれ騒動は大きく深刻に成り代わっていく。

あの時、風間から北西部から向かっていると連絡があった。

だからすれ違いになるのは不味いと自分も花街の中心の通りに向かっていたのだが、風間とは確かに花街の通りで合流した。でも争乱の最中風間祥太は知人の青年が巻き込まれていて、手首の骨に皹の入る怪我を負った。
シトシトと夏の温い雨が髪を濡らしスーツをジットリと濡らしていくのが、立ち尽くしボンヤリした気の向こうで感じ取れる。

アンダーグラウンドの人間達は各々に特殊な情報網を持っている……

ならばその内の誰かは、あの時の人気のない路地裏で何があったか調べられるかもしれない。心のどこかでそう思ってもいたが、同時にアンダーグラウンドの手を借りることは警官としてはタブーのような気がしていた。だからこそ、その方法を手段として身につけた遠坂喜一は死んで、その後釜の風間祥太には自分が監視としてつけられた筈。アンダーグラウンドの人間は少なくとも外﨑宏太を初めとした何人かだろうというところまでは目星をつけたけれども、外﨑宏太は兎も角他の人間は調べても足が掴めない。しかも外﨑宏太自身も胡散臭いとは思っても、証拠は得られないままなのだ。そんな人間の配下で働く結城晴が、同性だというのに狭山明良と交際していると知った時は血の気が引くのを感じた。

自分の事を知っているから、明良を人質に捕られた

そうとすら思ったから、あからさまに結城晴を挑発してボロを出させようとしたら。全くもってアンダーグラウンドらしからぬ普通の一般人の様相で、空回りしたこっちが逆に悪漢よろしく結城の顔に痣を作る始末だ。しかも外﨑宏太の方から、遠回しにだが『うちの社員に手を出すな』と風間経由で釘を刺される有り様。

何でそんな普通みたいに

お前ら皆アンダーグラウンドの人間なんだろ?進藤隆平みたいに裏工作して口封じしようとか、陸斗が行動できないよう根回しするとかしないのかよ。そう思い切り怒鳴りたくても、相手は須く全くもって自分の想定とは真逆だけを提起してくる。

普通かよ!?

そう心の底から怒鳴り付けたいし、お前ら何なんだと叫びたくなる。しかも更に狭山の家の関係者から、家の家族に手を出すならこっちにも考えがあるからとヤンワリとだが釘を刺されたのだ。その時思わず陸斗が、相手に向かって口にした言葉が悪かった。

自分の家族が後ろめたい人間に絡まれてて、放っておく気かよ!!?

その言葉に突然冷え冷えとしたサングラスの向こうの瞳が細められ、しかも派手なアロハシャツ姿の明良の双子姉の夫は深い溜め息をつく。そしてやがて微かに怒りの滲む、淡々とした口調で口を開いた。

そんな人ん家の家族より、自分ちの家族をちゃんとみとけよ。

言っている意味が分からない。そういいたかったのに、何故か相手が何を言おうとしていたかが伝わってしまっていた。母は父の面倒を見ていると言い返したかったが、相手が言いたいのはそれではない。それよりもっと前の、完璧だと思っていた『庄司家』の歪さに関する指摘。更にそれを改めて確かめようとすればするほど、陸斗は気がつきたくなかったことを突きつけられてしまっていく。

花街の北西の裏路地。
暮明に一人で倒れていた父親。
脳への甚大な障害。
明らかな意識障害。

調べるほど知りたくないことを幾つも幾つも、目の前に突きつけられていき信じていた筈のものが崩れていく。あの裏路地の先にはあの時は知らなかったが、邑上誠のアジトが目と鼻の先にあったのだと今は知っている。そして父は昔から自宅に帰宅することがなかったのは、今に始まった事ではなかったし母はそれに関しては全く何も文句を言わない存在だった。仕事の付き合いには全く関与せず、三人の子供を育てることだけに全てを注いだ母。夫が誰と過ごし、どこにいるかなんて全く知らない母と子供達。
それに父は既に何年も鍛練はしてないとは言え空手の有段者であり、一般人では簡単には隙をつけなかったろう。だけど、当人が錯乱したり暴れていた方の人間だったとしたら?警察官や市民の有志の格闘家が取り押さえた意外に、勝手に失神して昏倒した人間も何人かいたのを陸斗は花街のネオンの明かりの下でこの目で見ている。父が一人で勝手に錯乱し、失神し倒れて頭を打ち付けたのだとしたら。

あの路地裏の先で薬を販売していた場所があり、その薬は言うまでもないが政府の高官だけでなく警察の官僚にも多く流れていた。

街のチンピラやチーマーみたいな奴らをまとめて騒動の沈静化に尽力した奴らの中には、風間の旧知らしい人間も多くいた。その中には先程の狭山姉の夫も含まれているし、本来なら胡散臭い側の人間も沢山いる。でも、導き出された自分の父親は、9割がた自体の鎮静に尽力した側ではなかったと言う現実。そして調べれば調べるほど、自分の父親が違法薬物に手を出して、勝手に錯乱し人気のない場所で倒れていたかもしれない可能性が高くなっていく。
あの薬の純度が高いものは脳に深刻なダメージを与え、記憶障害や機能障害を引き起こす。邑上誠が意識を失う前にニヤニヤと意地悪く笑いながら告げたのが、陸斗の父親が客であるのを事を知っていたからだとしたら。

真実を知りたい……

そして、その答えを知っていそうな人間は、陸斗にしてみたらもう一人しかいなくなっていたのだ。だからこそここに呼び出し問いかけ聞き出したのに、その真実は自分の想定の更に斜め上を飛び越して衝撃を叩き付けていった。

あの裏路地……邑上誠の店…………、薬…………

温かった筈の雨が次第に氷の棘のように肌に刺さり初め、こんなことなら真実など知らなければ良かったと心の底で呟く。真実を知って、自分はどうするべきなのか。

明良………

ふと心の中で名前を呟く。自分にとって何者にも変えがたい、清廉な宝石のような存在。何も知らなかったまま、これ迄と同じまま、過去と同じまま、ただ明良の側に居れば良かったと苦々しく思う。でも、明良が変わってしまったのと同じで、自分ももう後戻りできないところまで来てしまったのだと気がついてしまってもいる。
フラリと頼りない足取りで歩き始めた陸斗の視線が、ふと頭上の濁った鈍色の空を見上げた。雲は厚く、夜空の先には何も見えないが、何故か何かがどこかで歌っているかのような気がする。雨の音なのか、何か鳥でも歌っているのかと陸斗は目を細めたが、結局その答えは分からないまま庄司陸斗は歩き始めていた。



※※※



腕の中に眠る吐息を感じながら、ふと狭山明良は目を覚ます。湿度が高いと思ったら窓の外には細かな雨が降り始めていて、夜半過ぎの夜の街を静かに濡らしていたようだ。暖かな体温がすり寄るのを感じとり見下ろすと、腕の中の栗毛の髪が誠に幸せそうにスヨスヨと寝息をたてているのに微笑む。

可愛い………

恋人・結城晴が可愛いのは良いのだが、何でかあの稀代の殺人鬼・三浦和希と矢鱈滅多らに親密なお友達になっていて、当然みたいに『今日も会ってきた』なんてとんでもないことを帰宅早々言い出したのには面食らってしまった。確かに2人で庄司陸斗への対策を練っているところだけど、それとこれとは話が違う。そう明良が詰め寄ると、晴と来たらキョトンとした顔で。

だって、庄司の親父さんって空手してるんでしょ?それを殴り飛ばせるのって限られてるかなって

それはそうかもしれないが、そんな理由でヒョイヒョイと殺人鬼をキャッチするなと怒鳴りたい。三浦は警察が血眼になって探している訳で、何で晴はこんなに簡単に見つけられるんだ?担当刑事に探しかた教えてやれば良いんじゃないか?と思うが、晴としては三浦は性的暴行の被害者で、トラウマになっていることすらしなきゃ人畜無害と何故か確信していると言い張る有り様。しかも何でかあの問題の殺人鬼の方まで、晴にこんなとこで話しかけたら危ないなんて忠告はするわ、質問には至極真っ当に素直に答えてくるわであきれ果ててしまう。
結局一年前の傷害事件現場に三浦は何も記憶はなかったそうだけど、少なからず分かったのは第3者が居なくなる状況を生み出すような理由の可能性だ。

警察のお偉いさんがお供もなしで、一人でそんな路地を歩くのって理由があるかなって話

その話に辿り着いた時点でキナ臭いと三浦に指摘されて、ついでに犯人が見つかってないってのが結論でしょと目を細められたらしい。傷害事件とされたけれど、やった人間は見つからないまま。やった人間なんかいないから、見つからない。つまりは事件じゃなくて事故だけど、事件にしておきたい理由がある。そしてその路地はつい先だってに、晴と三浦が白鞘を助けるために潜入した場所に繋がるのだった。

そう思ったから、止めたんだ。

陸斗の行動の変化を調べていたけれど、余計なものが見えてしまったから止めて帰ってきたと晴は溜め息混じりに呟く。何でそんな危ないことと詰め寄ったら、晴は陸斗が行動を変えたのは警察官として許せない相手が自分なんじゃないかと思ったのだという。明良は明良でこれ迄邪魔してきたと思われる何人かの友人に連絡をとって陸斗の行動の裏をとったのだけれど、実際のところ陸斗が言うようなあからさまな妨害工作をされた人間は一人もいない。確かに明良と友人になった後には、陸斗が良く話しかけてくれるようになったと皆口を揃えて話していた。そしてあっという間に友達になったとは相手は感じていたが、その後明良と疎遠になると陸斗とも疎遠になっていたという。元彼女だった女性の中には陸斗に明良との恋愛相談をしたことがあったという人間も居たし、その後陸斗とお付き合いしたと話した相手もいたが、あからさまな二股というのは調べた限りは一人だけのように見える。

露骨な妨害って俺だけでしょ?そりゃ、おかしいよね。

だから晴がダメなのだと思ったから、理由を考えた。そして晴が気がついたのは『刑事になった陸斗』と『明良とであった晴』だ。そこにあるのは割合見方を変えると簡単だったという。

つまりさ刑事として我慢できないとこにいる俺なんだろうなって

それは外﨑宏太の下で非合法なことを時にする自分の状況であり、スリルとサスペンスなんて言いながら、その暮らしに慣れている晴が危険だと思っている訳なのだ。でもだからといって晴はこれを変える気がないし、明良だって宏太の下で働くのは容認していることでもある。

結局、陸斗が気に入らないのは晴であって、それをどうするか……

堂々巡りの上に、結論が出てこない問答を繰り返しているだけ。こうなったらもういい加減放っておいてくれない?と叫ぶしか手がないのではなかろうかと明良は溜め息をつきたくなる。

「んにゅ………。」

腕の中で三浦と勝手にコンタクトしたお仕置きという名の調教をされ、グズグズのクタクタになっているであろう晴が可愛い吐息を溢す。それを眺めながら、雨と一緒に面倒なことも流れてしまったら良いのにと明良は無意識に考えている自分に気がついていた。

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