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間章 ソノサキの合間の話
間話17.チェイン5
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遠坂喜一
所謂叩き上げというやつで刑事になって捜査一課に配属後、一風変わった捜査手法で幾つもの事件解決に関わってきた。長年一課では破天荒ながら誰にも追随できない存在だった男は、とある事件を切っ掛けにして自分から二課に移動を申し出ることになる。それまでとは全く畑違いの分野で喜一は役立たずになったフリをしながら、それまで以上に裏で正規ではない手法で様々な行動を秘密裏に行っていた。薄々透けて見える喜一の行動は上層部からそれまでの『異端児』というよりは『危険人物』と判断されることになり、風間祥太という刑事になりたての正義感に溢れる正規捜査一筋の青年を相棒という名のお目付け役に当てられることになったのだ。
言うまでもないが、遠坂喜一は昨年夏が来る前に死んだ。そしてそれに関わる警察官を含む何人もの人間があの夏に次々と死に、進藤隆平が引き起こした事件は一先ずの終焉を迎えた。それでもその事件の中心の一人である三浦和希は未だに社会を彷徨き続け、未だに進藤の残した余波が時折この街では騒動を引き起こす。
先だっての邑上誠の引き起こした事件も然別
幾重にも重ね合わせられた悪意の権化の計画。その余波は何度も何度も忘れようとしても、寄せては返す波のように降りかかってくる。その進藤の悪意に、死んだ喜一の後を継いだのは図らずも風間祥太だ。そして喜一の後を引き継ぎ風間が喜一の情報源としていた外﨑宏太を初めとしたアンダーグラウンドの住人達と密かに繋がっているという事態を懸念して、警察の上層部は新たにお目付け役に付けることにした。それが刑事になりたてで、生粋の警察関係者を排出する家系の息子でもあった庄司陸斗なのは言うまでもない。選ばれたのは風間祥太と同じく、生粋の家系で組織に反抗する気合いなんてないからだ。
何もかも他人任せでいいと思っている訳じゃない。
それでも上層部からの直々の命令だったとは言え、自分にだって自分として確固たる矜持がある。自分の身の回りの事くらいは、自分でかたをつけるべきだとも思う。でも、同時に世の中にはそうは思っていても、不条理で不可能でした……なんて事だって山のようにあるものだ。そういうことが起きるのは最近になって、色々と自分でも経験したから良く分かった。でも誰かに全部任せて投げ出していたら、それで何もかもが上手く転がるなんて都合の良い事が起こるだなんて純真に信じている訳じゃない。
自分が選んだんだ…………俺が選んだんだ
この状況は自分が選んできた結果だった。自分が選びこれで良いと進んできた、正義の行使。ただ自分はまだ若く経験も浅く、それが身内に波及した時に自分がどうしたらいいかなんて考える筈もないことまでは気が回らない。そして、ふとした時にそれに気がついて、自分が置かれている立場に愕然としたのだ。
相手に何とか感情を気取られまいと仮面のように取り繕った顔。端から一見すれば冷え冷えとした表情を取り繕い、内面の不安や泥々した感情を表に出さないように。少しでも自分が揺らぐのに気がつかれてしまったら、相手の悪意に取り込まれてしまうのだと知っている。
何でこんな事になってしまったのか
心の底からそう思う。でも、こんな風にここまで来てしまったのは自分が無意識にとは言え、大切な事実からずっと目を背けてきたからなのかもしれない。身内のことも、大事な存在のことも。見えていたのに目を背けて、これまでと変わらないと信じてきた。そう今になってだけれど理解してしまったから、なんとか自分なりに出来ることをしようと足掻こうとしている。
「そっちから呼び出すなんて、…………驚いた。」
自らがワザワザ呼び出しておいてなんなんだが、目の前に現れた相手の剣呑の視線に思わずその場から後退りたくなってしまう。表面上の仕事では兎も角、マトモには日頃の行動すら知らない相手をどうやって呼び出したかなんて聞かないでいただきたい。何しろ世の中は案外簡単に連絡先は調べられるものなのだし、こうして連絡を取り付けられてしまうものなのだ。世の中なんてモノはこんな風に、知らないだけですぐ近くに手を伸ばせば触れられる範囲で様々なものが簡単に繋がっている。
そう、まるで強固な鎖に繋がれているみたいに
目の前に立つ視線は何時も見慣れたものとは違うし、その姿も普段見慣れたものとは別物。結果として目の前の人物は赤の他人のような別人に見えて、その違和感に気がついた自分の喉が無意識に唾液を飲み下し大きく鳴るのが路地裏に聞こえていた。
アンダーグラウンドの人間
そんなものが存在する社会がこんな身近に存在しているなんて自分だって知りもしなかったし、こんな風に関わることになるなんて思ったことはなかった。それでも自分の近親者や大事な存在が、それに自ら関わり近付こうとしているのを知った時。自分が選ぶ道は一つしかない。
「何で………なんですか?」
絞り出した自分の声が、みっともなく震えている。技能としては相手に勝るとも劣らない筈の力を自分は身に付けている筈なのに、それでも自分が目の前にしている相手をみるとそれは底知れない悪寒のように身体を震わせていた。相手が自分に呼び出されこの路地に来るだけでなく、自分に初めて見せる剣呑な視線で自分を睨む。それがこんなにも怖いと思うのは、それが指し示す事実が自分の想像通りだという可能性が高まったからなのか。
「何が?」
「何で、そんなこと………しなきゃなんなかったん……ですか?」
真実を知っていたのなら正規の方法で裁けばいいのにと素朴に訴えようとして、相手の凍りついた瞳が自分を呆れたように見つめているのに気がついた。
当たり前の正義
そんな当たり前の正論では、どうやっても裁けないものがある。そんなものが実際にあるのを相手が知っているからこそ、アンダーグラウンドという法規に従わないものを彼は直に身に纏った。それが正義かどうかなのではなく、自分がそれが『正しい』と信じている事だけのために。
「………それでもっ。」
「知ってるか?」
冷え冷えとした凍りつく声が、夏の夜の蒸し暑さを一瞬で打ち消すように足元にゾロリと蛇のように這う。
知ってるか?
その先に紡がれる言葉を聞かなければよかったと後になって心底思ったけれど、聞いてしまった真実は何よりも残酷で心だけでなく自分の全てを凍りつかせていた。
※※※
「それで?なんかする気か?あんまり良いこと無さそうだけど?」
そう外﨑了に抱き締められて柔らかな口調で問いかけられても、実際には外﨑宏太としても返答に困る。依然として様々な情報を得ることは仕事柄得意分野でも、最近の宏太は以前と違って事態に即断即決とはいかない面が出てきているのは言うまでもない。目の前の了のこと最優先なのは勿論だが、実のところ宏太は自分の気に入った人間には、わりと無茶なことでも便宜を図る節が強いのだ。そんなことはもう了にだって、十分によく分かっている。その『お気に入り』は鳥飼信哉や榊恭平を含むそれほど多くはない何人かなのだが、当然この中には自分の会社で働かせている結城晴も含まれているのだ。
「………。」
珍しく返答をしないまま抱き締める腕に額を押し付けてきた宏太に、了は苦笑いを浮かべて仕方ないなぁと頭を撫でる。
庄司陸斗は、遠坂喜一の事件に起因した変化の対象なのだから、外﨑宏太は当然の事のように庄司陸斗の身辺に関しては調査済みだった。
庄司陸斗は狭山家と同じく、祖父以前の代からの生粋の警察官家系。庄司家の次男に生まれて、父親も長男も当然だが警察関係者だ。すこし違ったのは長男が大卒のエリートコースなのに比較して(今この長男は警察庁から一旦離れ、出向の形でそれ程遠くない都市部にいる。戻ってきた時には官僚のポストだろうから、正にエリート街道を駆け上がっている最中と言うわけだ。)、陸斗の方は地道な地元警官からのスタートだったというところ位だろう。実際のところ刑事になったのは去年のあの騒動のお陰と言うのもなんだが、騒動で急遽の面がなかったわけではないというのが皮肉なことだ。以前は風間祥太がしていた遠坂喜一のお目付け役を、今度は庄司陸斗が風間のお目付け役に当てられた。そこまでが風間の後輩で相棒となった経緯だ。
問題はその後。
風間にお目付け役が必要になった理由は、言うまでもない外﨑宏太や久保田惣一との表立っては明らかにできない関係、そして三浦和希の存在だった。世に言うアンダーグラウンド、もしくはモンスターとすら呼ばれる殺人鬼の存在。それに警察関係者で今最も関わっているのが風間で、風間は以前のように大人しく上層部には従わない異端児に変容した。だからそのお目付け役として庄司がやって来たのだが、それだけならまぁ問題は起こらなかっただろう。問題になってしまったのは件の外﨑宏太の下で働くようになった結城晴と、なんの因果なのか庄司が昔から密かに過分な程に保護してきた模様の狭山明良が交際し始めてしまったのだ。
庄司自身がゴタゴタしているうちにというのは流石に言葉が過ぎるかもしれないが、昨年の警察内部のゴタゴタと庄司陸斗の父親の事が起きている間。そのほんの隙間の数ヵ月で狭山明良が、晴とここまで親密に交際するようになるなんて。(勿論だが庄司陸斗の父親・陸詞の事件に関しても宏太は調査済み。正直いうと庄司陸斗が知っているかどうかは分からないが、庄司陸詞に関する事件の経緯も概ね想定できている。)それこそが庄司の本音だろう。そして、これまでの人間みたいに追っ払うには、晴は実際このところかなり手強い。その上、晴は宏太の下で働いていて、アンダーグラウンド側の人間だと言えなくもない。なにしろ完璧な女装で男を騙して情報収集する手練手管は、ある意味では宏太達一派の人間としては遜色ない技能ですらある。ただ他の面々と晴が違うのは、晴は実質としての戦闘力は皆無ということだ。つい先だっての三浦絡みの事件では、そんな事態に巻き込まれる危険性が高いここでの仕事を辞めるかどうかと言う話まで出たのだが、それに対して晴自身がここでまだ働きたいと自ら選択した。その思い自体は大事にしてやりたい。やりたいところだが、警察の人間に別な意味で目を付けられたのが自分達のせいと分かったところが、宏太としては返答に困窮してしまう理由なのだ。
………ここで働かなくてもとは思ってるんだろうけど
頭を撫でられて大人しくしている宏太の様子にそう感じはする了なのだけれど、実際には晴自身を気に入っている宏太が晴が辞めたがっていないのを知っているというより晴を拒絶したくないのだろう。それに庄司としても、晴がここを辞めて友人として遊びに来る程度なら許すような許容の尺度ではない。恐らくは自分達と少しでも関係性がある人間なら、庄司にとっては排除すべき存在に値するだろう。それを宏太が何とかしようとしても、正直に言えば庄司の事を自分達がやり込めるのは無理だと了には思える。
「………無理だってのは、分かってる。」
了の胸の内の言葉を見透かしたように憮然とした口調で呟く宏太に、了は再び苦笑いしておかしなもんだなと溢す。これまでなら宏太はこんなことに悩んだりする人間ではなかったけれど、自分が変わっていくのにつれて宏太の随分周囲に対する行動まで変わった。そして以前なら自分には関係ないと掃き捨てた事が、気にかかってこんなにも悩んでいるのだ。
「まぁ、でもさ?」
「ん。」
「結局は当人達の問題なんだから。」
ヨシヨシと宏太の頭を撫でながら、了が苦笑いを含んだまま口を開く。二人から助けてくれと頼まれたわけでもない自分達がしゃしゃり出る事じゃないし、本気で誰かが怪我をするようなことになる前に明良がけりを付けるべきなのだろう。そう思うと告げる了に、宏太は分かってると深い溜め息を溢した。そんなことは言われなくとも分かってるが気にかかって仕方がないというのが、宏太の本音なのだろう。
「………俺の嫁は……大人だな。ん?」
「何だよ、それ。」
「褒めた。」
話を切り替えるように何かおかしなことでも?と言いたげな声で宏太に言われて、了は苦笑いしながら『それで?』と何時になく声を低くして囁く。抱き締められた腕の中から何の問いかけかと眉を上げた宏太に向かって、見えていないと分かりながら了が挑みかけるような視線を向ける。
「誰かさんは人がその気になって喘いでる最中にそんな考え事はしてるし、半端なとこで止められて焦らされる俺は可哀想だよなぁ?こぉた?」
確かに。蕩けるような快楽に溺れ喘ぎながら受け止めていた愛撫を無情にも寸断されて、未だに淫らに濡れたままに放置された身体。潤んだ瞳が見えなくとも、欲しがっている身体の熱は引けたわけではない。そんな了に抱き締められたままの宏太が、ふっと形の良い肉感的な唇の端を軽くあげていた。
「可哀想な俺の了に、お詫びをしないとな?ん?」
「だろ?ほら、早く。」
そんなの当然と言いたげな了の声に、宏太は再び口元を緩めて微笑みを浮かべていた。
所謂叩き上げというやつで刑事になって捜査一課に配属後、一風変わった捜査手法で幾つもの事件解決に関わってきた。長年一課では破天荒ながら誰にも追随できない存在だった男は、とある事件を切っ掛けにして自分から二課に移動を申し出ることになる。それまでとは全く畑違いの分野で喜一は役立たずになったフリをしながら、それまで以上に裏で正規ではない手法で様々な行動を秘密裏に行っていた。薄々透けて見える喜一の行動は上層部からそれまでの『異端児』というよりは『危険人物』と判断されることになり、風間祥太という刑事になりたての正義感に溢れる正規捜査一筋の青年を相棒という名のお目付け役に当てられることになったのだ。
言うまでもないが、遠坂喜一は昨年夏が来る前に死んだ。そしてそれに関わる警察官を含む何人もの人間があの夏に次々と死に、進藤隆平が引き起こした事件は一先ずの終焉を迎えた。それでもその事件の中心の一人である三浦和希は未だに社会を彷徨き続け、未だに進藤の残した余波が時折この街では騒動を引き起こす。
先だっての邑上誠の引き起こした事件も然別
幾重にも重ね合わせられた悪意の権化の計画。その余波は何度も何度も忘れようとしても、寄せては返す波のように降りかかってくる。その進藤の悪意に、死んだ喜一の後を継いだのは図らずも風間祥太だ。そして喜一の後を引き継ぎ風間が喜一の情報源としていた外﨑宏太を初めとしたアンダーグラウンドの住人達と密かに繋がっているという事態を懸念して、警察の上層部は新たにお目付け役に付けることにした。それが刑事になりたてで、生粋の警察関係者を排出する家系の息子でもあった庄司陸斗なのは言うまでもない。選ばれたのは風間祥太と同じく、生粋の家系で組織に反抗する気合いなんてないからだ。
何もかも他人任せでいいと思っている訳じゃない。
それでも上層部からの直々の命令だったとは言え、自分にだって自分として確固たる矜持がある。自分の身の回りの事くらいは、自分でかたをつけるべきだとも思う。でも、同時に世の中にはそうは思っていても、不条理で不可能でした……なんて事だって山のようにあるものだ。そういうことが起きるのは最近になって、色々と自分でも経験したから良く分かった。でも誰かに全部任せて投げ出していたら、それで何もかもが上手く転がるなんて都合の良い事が起こるだなんて純真に信じている訳じゃない。
自分が選んだんだ…………俺が選んだんだ
この状況は自分が選んできた結果だった。自分が選びこれで良いと進んできた、正義の行使。ただ自分はまだ若く経験も浅く、それが身内に波及した時に自分がどうしたらいいかなんて考える筈もないことまでは気が回らない。そして、ふとした時にそれに気がついて、自分が置かれている立場に愕然としたのだ。
相手に何とか感情を気取られまいと仮面のように取り繕った顔。端から一見すれば冷え冷えとした表情を取り繕い、内面の不安や泥々した感情を表に出さないように。少しでも自分が揺らぐのに気がつかれてしまったら、相手の悪意に取り込まれてしまうのだと知っている。
何でこんな事になってしまったのか
心の底からそう思う。でも、こんな風にここまで来てしまったのは自分が無意識にとは言え、大切な事実からずっと目を背けてきたからなのかもしれない。身内のことも、大事な存在のことも。見えていたのに目を背けて、これまでと変わらないと信じてきた。そう今になってだけれど理解してしまったから、なんとか自分なりに出来ることをしようと足掻こうとしている。
「そっちから呼び出すなんて、…………驚いた。」
自らがワザワザ呼び出しておいてなんなんだが、目の前に現れた相手の剣呑の視線に思わずその場から後退りたくなってしまう。表面上の仕事では兎も角、マトモには日頃の行動すら知らない相手をどうやって呼び出したかなんて聞かないでいただきたい。何しろ世の中は案外簡単に連絡先は調べられるものなのだし、こうして連絡を取り付けられてしまうものなのだ。世の中なんてモノはこんな風に、知らないだけですぐ近くに手を伸ばせば触れられる範囲で様々なものが簡単に繋がっている。
そう、まるで強固な鎖に繋がれているみたいに
目の前に立つ視線は何時も見慣れたものとは違うし、その姿も普段見慣れたものとは別物。結果として目の前の人物は赤の他人のような別人に見えて、その違和感に気がついた自分の喉が無意識に唾液を飲み下し大きく鳴るのが路地裏に聞こえていた。
アンダーグラウンドの人間
そんなものが存在する社会がこんな身近に存在しているなんて自分だって知りもしなかったし、こんな風に関わることになるなんて思ったことはなかった。それでも自分の近親者や大事な存在が、それに自ら関わり近付こうとしているのを知った時。自分が選ぶ道は一つしかない。
「何で………なんですか?」
絞り出した自分の声が、みっともなく震えている。技能としては相手に勝るとも劣らない筈の力を自分は身に付けている筈なのに、それでも自分が目の前にしている相手をみるとそれは底知れない悪寒のように身体を震わせていた。相手が自分に呼び出されこの路地に来るだけでなく、自分に初めて見せる剣呑な視線で自分を睨む。それがこんなにも怖いと思うのは、それが指し示す事実が自分の想像通りだという可能性が高まったからなのか。
「何が?」
「何で、そんなこと………しなきゃなんなかったん……ですか?」
真実を知っていたのなら正規の方法で裁けばいいのにと素朴に訴えようとして、相手の凍りついた瞳が自分を呆れたように見つめているのに気がついた。
当たり前の正義
そんな当たり前の正論では、どうやっても裁けないものがある。そんなものが実際にあるのを相手が知っているからこそ、アンダーグラウンドという法規に従わないものを彼は直に身に纏った。それが正義かどうかなのではなく、自分がそれが『正しい』と信じている事だけのために。
「………それでもっ。」
「知ってるか?」
冷え冷えとした凍りつく声が、夏の夜の蒸し暑さを一瞬で打ち消すように足元にゾロリと蛇のように這う。
知ってるか?
その先に紡がれる言葉を聞かなければよかったと後になって心底思ったけれど、聞いてしまった真実は何よりも残酷で心だけでなく自分の全てを凍りつかせていた。
※※※
「それで?なんかする気か?あんまり良いこと無さそうだけど?」
そう外﨑了に抱き締められて柔らかな口調で問いかけられても、実際には外﨑宏太としても返答に困る。依然として様々な情報を得ることは仕事柄得意分野でも、最近の宏太は以前と違って事態に即断即決とはいかない面が出てきているのは言うまでもない。目の前の了のこと最優先なのは勿論だが、実のところ宏太は自分の気に入った人間には、わりと無茶なことでも便宜を図る節が強いのだ。そんなことはもう了にだって、十分によく分かっている。その『お気に入り』は鳥飼信哉や榊恭平を含むそれほど多くはない何人かなのだが、当然この中には自分の会社で働かせている結城晴も含まれているのだ。
「………。」
珍しく返答をしないまま抱き締める腕に額を押し付けてきた宏太に、了は苦笑いを浮かべて仕方ないなぁと頭を撫でる。
庄司陸斗は、遠坂喜一の事件に起因した変化の対象なのだから、外﨑宏太は当然の事のように庄司陸斗の身辺に関しては調査済みだった。
庄司陸斗は狭山家と同じく、祖父以前の代からの生粋の警察官家系。庄司家の次男に生まれて、父親も長男も当然だが警察関係者だ。すこし違ったのは長男が大卒のエリートコースなのに比較して(今この長男は警察庁から一旦離れ、出向の形でそれ程遠くない都市部にいる。戻ってきた時には官僚のポストだろうから、正にエリート街道を駆け上がっている最中と言うわけだ。)、陸斗の方は地道な地元警官からのスタートだったというところ位だろう。実際のところ刑事になったのは去年のあの騒動のお陰と言うのもなんだが、騒動で急遽の面がなかったわけではないというのが皮肉なことだ。以前は風間祥太がしていた遠坂喜一のお目付け役を、今度は庄司陸斗が風間のお目付け役に当てられた。そこまでが風間の後輩で相棒となった経緯だ。
問題はその後。
風間にお目付け役が必要になった理由は、言うまでもない外﨑宏太や久保田惣一との表立っては明らかにできない関係、そして三浦和希の存在だった。世に言うアンダーグラウンド、もしくはモンスターとすら呼ばれる殺人鬼の存在。それに警察関係者で今最も関わっているのが風間で、風間は以前のように大人しく上層部には従わない異端児に変容した。だからそのお目付け役として庄司がやって来たのだが、それだけならまぁ問題は起こらなかっただろう。問題になってしまったのは件の外﨑宏太の下で働くようになった結城晴と、なんの因果なのか庄司が昔から密かに過分な程に保護してきた模様の狭山明良が交際し始めてしまったのだ。
庄司自身がゴタゴタしているうちにというのは流石に言葉が過ぎるかもしれないが、昨年の警察内部のゴタゴタと庄司陸斗の父親の事が起きている間。そのほんの隙間の数ヵ月で狭山明良が、晴とここまで親密に交際するようになるなんて。(勿論だが庄司陸斗の父親・陸詞の事件に関しても宏太は調査済み。正直いうと庄司陸斗が知っているかどうかは分からないが、庄司陸詞に関する事件の経緯も概ね想定できている。)それこそが庄司の本音だろう。そして、これまでの人間みたいに追っ払うには、晴は実際このところかなり手強い。その上、晴は宏太の下で働いていて、アンダーグラウンド側の人間だと言えなくもない。なにしろ完璧な女装で男を騙して情報収集する手練手管は、ある意味では宏太達一派の人間としては遜色ない技能ですらある。ただ他の面々と晴が違うのは、晴は実質としての戦闘力は皆無ということだ。つい先だっての三浦絡みの事件では、そんな事態に巻き込まれる危険性が高いここでの仕事を辞めるかどうかと言う話まで出たのだが、それに対して晴自身がここでまだ働きたいと自ら選択した。その思い自体は大事にしてやりたい。やりたいところだが、警察の人間に別な意味で目を付けられたのが自分達のせいと分かったところが、宏太としては返答に困窮してしまう理由なのだ。
………ここで働かなくてもとは思ってるんだろうけど
頭を撫でられて大人しくしている宏太の様子にそう感じはする了なのだけれど、実際には晴自身を気に入っている宏太が晴が辞めたがっていないのを知っているというより晴を拒絶したくないのだろう。それに庄司としても、晴がここを辞めて友人として遊びに来る程度なら許すような許容の尺度ではない。恐らくは自分達と少しでも関係性がある人間なら、庄司にとっては排除すべき存在に値するだろう。それを宏太が何とかしようとしても、正直に言えば庄司の事を自分達がやり込めるのは無理だと了には思える。
「………無理だってのは、分かってる。」
了の胸の内の言葉を見透かしたように憮然とした口調で呟く宏太に、了は再び苦笑いしておかしなもんだなと溢す。これまでなら宏太はこんなことに悩んだりする人間ではなかったけれど、自分が変わっていくのにつれて宏太の随分周囲に対する行動まで変わった。そして以前なら自分には関係ないと掃き捨てた事が、気にかかってこんなにも悩んでいるのだ。
「まぁ、でもさ?」
「ん。」
「結局は当人達の問題なんだから。」
ヨシヨシと宏太の頭を撫でながら、了が苦笑いを含んだまま口を開く。二人から助けてくれと頼まれたわけでもない自分達がしゃしゃり出る事じゃないし、本気で誰かが怪我をするようなことになる前に明良がけりを付けるべきなのだろう。そう思うと告げる了に、宏太は分かってると深い溜め息を溢した。そんなことは言われなくとも分かってるが気にかかって仕方がないというのが、宏太の本音なのだろう。
「………俺の嫁は……大人だな。ん?」
「何だよ、それ。」
「褒めた。」
話を切り替えるように何かおかしなことでも?と言いたげな声で宏太に言われて、了は苦笑いしながら『それで?』と何時になく声を低くして囁く。抱き締められた腕の中から何の問いかけかと眉を上げた宏太に向かって、見えていないと分かりながら了が挑みかけるような視線を向ける。
「誰かさんは人がその気になって喘いでる最中にそんな考え事はしてるし、半端なとこで止められて焦らされる俺は可哀想だよなぁ?こぉた?」
確かに。蕩けるような快楽に溺れ喘ぎながら受け止めていた愛撫を無情にも寸断されて、未だに淫らに濡れたままに放置された身体。潤んだ瞳が見えなくとも、欲しがっている身体の熱は引けたわけではない。そんな了に抱き締められたままの宏太が、ふっと形の良い肉感的な唇の端を軽くあげていた。
「可哀想な俺の了に、お詫びをしないとな?ん?」
「だろ?ほら、早く。」
そんなの当然と言いたげな了の声に、宏太は再び口元を緩めて微笑みを浮かべていた。
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