鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話16. チェイン4

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表立っては鳥飼信哉の妻・梨央が夜勤だからと言う理由で、道場での鍛練を終えた榊恭平は鳥飼家の夕飯の食卓に有無を言わさずに引き込まれていた。本当の理由は恭平が柄にもなく思案にくれていたことであるのは、言うまでもない。おまけに恭平だけだと拗ねるだろうと榊仁聖まで鳥飼邸に招集をかけられていて。目下広々としたリビングで鳥飼家の生後半年過ぎになる元気一杯のツインズに、大人気のアトラクションとして両側から膝によじ登られている。

「仁と澪を落っことすなよ?仁聖。」
「っていうか、なんで俺一人!!?両側フォローは無理でしょ!!?」

そろそろ一人立ちも出来そうな頃合いの双子に、両側から膝をホールドされ仁聖は身動きすらままならない。その上にツインズが腹這いで膝に乗り上げてしまってからは、二人がそれぞれに転げ落ちたりされないようにするのも一苦労である。

「久々に来た珍しいお兄さんだもんなー。一杯遊んでもらいたいんだよな?仁。澪。」
「あーぃ!!」
「だぁぅ!」

勿論一緒に道場で鍛練していた槙山忠志だけでなく、ツインズのお世話の手伝いだと信哉の幼馴染みの宇佐川義人も来訪していて(当然のように寸前までは四倉家御用聞き・津田宗治もいたのだが、今夜は食材搬入だけで用事があると帰途についていた。)。夕飯の仕度や後片付けの方は義人と信哉の分担で、残りは食卓の準備とツインズのお世話担当の筈。ところが忠志や恭平はもう見慣れているからなのか、今夜のツインズは久々にやって来た仁聖に興味津々なのである。因みに義人と忠志が家事やら子供の世話にすっかり手慣れているのは、忠志や義人も身内が余りいない境遇にあるらしくて鳥飼家の子供達は自分の親戚の子供のような扱いらしい。

「…………凄い逆説的な話していいかな?恭平さん。」

そして道場で余りにも神妙に悩み込んでいたものだから、信哉達2人から無理矢理根掘り葉掘り聞き出されそうになった恭平は必死で説明を耐えていた。それなのに、後から来た仁聖がアッサリと宇佐川義人の追求にボロを出して語るに落ちたのは、実はつい30分ほど前の事だ。そうして一応主語としては誰とは明言無しのままとは言え、状況を聞き出した義人がこうしてふと気がついたみたいに、食後の食器を洗いながらカウンターキッチン越しに口を開く。

「逆説?」
「僕にはってことなんだけど。聞いてて皆が皆、幼馴染み同士の方ばっかり気にかけているように聞こえるんですよね。」

流石に幾らなんでも恭平だって、これが狭山明良と結城晴の話とは説明してはいない。それでも恭平と仁聖の共通の友人となればそれほど人数はいないので、下手するとマンションのオーナーとして明良達と直に交流もある信哉なら誰の事かは感づくかもしれないとは恭平も思う。でも普段から自分や明良達とは余り交流の少ない義人には、話の相手が晴達の事とは流石に考えにくい筈だ。だからなのか、逆に義人だからこそ気がつく疑問があったらしい。

「その幼馴染み君が選択したら駄目な相手だったから、ダメってことはないのかなーって。」

確かに言われてみると庄司陸斗にとって、狭山明良の相手なら誰でも攻撃対象なのだと考えていた。相手が誰でも駄目なのではなく、結城晴だからこそ駄目というのは実は考えていなかった気がする。明良の傍にいるのが誰でも駄目で誰でも近づけたくないと庄司が考えているから、これまで密かに邪魔してきたのだと思っていた。

そうでなくて、誰でもないのではなく晴だから。

結城晴では特別に駄目な理由なんて、今更だが成り立つのだろうか。
暫く前までは普通に大卒で会社で営業職をしていて、たまたま成田了の後輩だったという結城晴。昔から人懐っこくて暢気で、何時でもニコニコしていて、誰でもすぐ仲良くなってしまうという人柄。そして成田了のセフレでもあって、その後には色々あって今では外﨑宏太のコンサルティング会社に社員として加わった晴。その後の活動は改めて言うまでもないことだが、その仕事の流れで明良と出逢って、何故か2人はあっという間に恋におちた。そして交際して、今では2人で暮らしていて。

…………晴だから駄目…………晴と他の人間が違うところ………

明良に関わったのが晴でなければ、庄司は直接表立った行動には出なかったのだとしたら。その理由が何なのかと考え込んでしまった恭平の横で、仁聖の膝からツインズの片割れを抱き上げた忠志が何とは無しに呟く。

「案外、守るつもりでした行動だったりして?なーんて。」



※※※



本来なら大事な大事な双子のお世話をする筈だったのに、本日の食材の御用聞きメールに追加の指令が添付されてしまった。お陰で不満の拭えないでいる表情を隠しもせずに、都立総合病院の通用口から出た瞬間に見慣れたアロハシャツ姿を確保している。

「お嬢から釘指しとけって言われたぞ?何やってんだ?お前。」

その言葉に苦い顔をするしかない高城宗輝の目の前にいるのは、長年共に『お嬢』の御用聞きをして来た津田宗治。因みに宗輝まさき宗治そうじが微妙に名前の漢字の字面が似ているから梨央も覚えが良いだろうし呼びやすいだろうからと、おまけみたいな感じで宗輝も御用聞きにしてみた。なんて冗談めかした理由が、宗輝がお嬢の御用聞きになった訳だったのはここだけの話。
それはさておき宗輝が結婚のため土建業側に移っても、長年宗治は独りお嬢の御用聞きを続けていた。宗治は今では四倉家の事務かたの総取り纏めみたいな事をしていて、四倉の家の中の大概の事は宗治が取り仕切ってもいる。任侠は辞めたとはいえ根付いた基盤は10年そこらでは変わらず、宗治は言い換えれば『若頭』という立場。その宗治が梨央が嫁いだ鳥飼家の食材搬入やら、甲斐甲斐しく鳥飼家の子供達にまで世話を焼き続けているのは宗輝も知っている。その宗治がお嬢のお世話をなげうち、昔馴染みの御用聞き仲間とはいえワザワザ忠告しに来たのだ。

「別に首突っ込もうとした訳じゃねぇよ。」

ただ家族を怪我させられるのは俺には我慢ならねぇんだよと不満げに呟く宗輝に、宗治が溜め息混じりに頭を掻き目を細める。

「それにしたって、堅気の家の事情まで調べるのはやりすぎだろ。」

確かに庄司家は根っからの警察官の家系だし、四倉はいまでこそ表立っては全うな土建屋とはいえ元は完璧な任侠一家。言った通り任侠から離れたのは十何年だが、根幹にはまだ宗治の立場から分かる通り任侠の気合いが色濃く残っている。その中で育って来た宗輝が結婚で暫く胡散臭いなりを潜めていたのに、ここにきて突然に調査活動をしたら目立たない筈がないし、何よりも宗輝は久保田惣一からその手練手管を僅かなりと伝授されてもいる人間だ。

「んー………まぁ、……相手が家の人間に手出しできないように釘打っとこうかと思ったんだけどな。」

これまでの庄司陸斗の狭山明良に関する行動のウラをとったり、庄司の行動の変容の理由を調べるために家族の現状も調べた。そのために宗輝がとった行動は、まぁほんの少しだが違法な部分もなくはない。それなのに結果としては想定とは違う答えが浮かび上がってきてしまっていた。お陰で下手に動けない部分は出てきたし、立派に家庭のある宗輝に何をやってるんだと方々からこうして声がかかる有り様だ。身を心配してくれる家族が多いことは何よりだとは宗輝だって思うし、これが下手に妻・由良にバレでもしたら伝家の宝刀とまで言われた由良の正拳突きで悶絶させられかねない。

「宗輝の家族大事なのは、嫌いじゃないけどなぁ。お前、家族絡むと際限ねぇもんな。」
「お嬢命の宗治に言われたくないなぁ。」

宗輝が由良や身内が大事なのと同じくらい、宗治は梨央命なのは言うまでもない。夜の風に我が子ができてからは滅多に吸わなくなった煙草を燻らせて宗輝は、先程眺めていた物言わぬ植物状態の男性の顔を思い浮かべている。庄司陸斗は大事な家族が変わり果ててしまったから行動を変えたのではと推測したけれど、それと今回のように結城晴を怪我をさせる程の行動と起こす理由としては宗輝にはまだ結び付けることができない。

「………尊敬してて、追いかけてる人間ねぇ………。」

その呟きに隣に立つ宗治が目を細めたのに、宗輝の調べた内容が宗治には大体の事は筒抜けになっているのに気がつく。蛇の道は蛇じゃないが、同じ系統の仕事を共に続けてきた故に、宗治は宗輝が何かをする時にどんな風に動くか知り尽くしているのだ。

「堅気相手に、あんまり下手に動くなよ?」
「バレるようなへましないって。」
「…………お前もう次の子供産まれるだろ?」

そうなのだ、妻の由良は現在第二子を身籠っていて、そろそろ妊娠期間も6ヶ月過ぎようとしている。それに『お兄ちゃん』になろうと成長し始めた第一子・光輝のこともちゃんと考えないとならないだろう。そういう意味では由良や光輝に面倒をかけるわけにもいかないが、狭山明良も結城晴も宗輝にしてみたら、義理の弟であり大事な家族。

「………知らないだろうけど。」

独り考え込んでいた宗輝に向かって、不意に呟くように口を開いた宗治の口から溢れた言葉は宗輝にとっては大きな想定外の内容でもあった。



※※※



トロリと蕩けるような執拗な愛撫。必死に駄目だと訴えても逃げようと踠いても、組み敷かれて唇を這わされると自然と力が抜けて脚が緩むのが分かる。

「んん……や、んんっ……こ、ぉた………っ。」

可愛く甘く蕩けていく外﨑了声が必死に自分を喘ぎを交えながら呼び掛けて来るのを耳にしながら、密かに頭の中では別なことが僅かに過っている外﨑宏太は苦くそれをどうしたものかと思案していた。

「そ、こ……っや……んんっ。」

下折立つ茎から足の付け根に唇を這わせるのに、ブルブルと身体を快感に震わせて了が髪に手を伸ばす。了には自分の耳に入ってきている事案に関してはまだ話していない。最終的には話すことにはなるだろうが、今は何処まで静観するべきか判断しあぐねているというところだ。
狭山明良と結城晴に粉をかけている出刃亀というやつの事を明良の義理の兄である高城宗輝が調査し始めた時点で、周辺から宏太には様々情報が流れ込んできていて。まぁ余り聞きたくはない情報もそれには含まれているのは仕方がない。

「くぅっ………っこぉ、たぁっ……。」

唾液で濡れそぼった怒張を舌先で擦りながらユルユルとそれを指で絡めて刺激されるのに、潤んだ瞳で自分をみているのだろう了が可愛い声で泣いている。

「それ、やぁ……こぉた、んんっ!あ!」

感じやすく慣らされてしまった柔らかな肌に強く吸い付くと、更に甲高く甘い声が室内に迸る。それを心地よく耳にしながら、それでも頭の中には棘のように思考が過っていく。

「こぉ、た?」

僅かな戸惑いに満ちた声が名前を呼んで、傷跡の走る顔に熱を持った了の指が滑り落ちてきた。引き寄せられ顔を近付けられたのに抵抗するべきなのか分からないでいると、了が目を細めた気配がする。

「何、独りで考え込んでんだよ……?」

俺には言えないこと?と僅かに不満げな口調が浮かんだのに、思わず苦笑してしまいながら了の腕に抱き止められるまま引き寄せられていく。自分から愛撫するのも勿論気持ちいいのだが、こうして抱き締められる腕の感触はまた格別に心地良い。大人しく抱き締められるままになっている宏太に、了が不思議そうに耳元で囁く。

「晴のこと?こぉた。」

なんで分かったと問い返す必要もない。最も言葉以外の些細なことで自分の事を理解出きるようになった了には、ここ最近の自分の行動を眺めていたら気がつくに決まっている。勿論顎の内出血をガーゼで隠して、『転けて顎を打ち付けた』なんてバカな言い訳が嘘だってことなんか2人ともお見通しだ。おまけに身内の事となると目の色を変える性格の高城宗輝が、警察官の庄司陸斗の身辺を調べ始めた辺りで何かが起きているのは当に察していた。何しろ庄司はあの遠坂喜一の後釜として、ワザワザ風間祥太に付けられた監視役なのだ。その庄司と言う人間の身辺調査を、外﨑宏太がしていない訳がない。

それにしてもその庄司が明良の知り合いで、こんな行動に出ているとは流石に宏太も思わなかった。

というのが、今の宏太の正直な思いだ。様々な方向から連鎖していくような奇妙な繋がりの一端。その一つが風間の存在でもあり、自分達のようなある意味ではアンダーグラウンドという反社会的な一面を持つ人間という存在なのだと思う。この世の中では何が正義で何が悪なのかは、ある意味ではその人間次第といえなくもないものだ。

喜一が実際にはどう上層部から思われてたか

昔から自分や久保田惣一達と繋がりのあった遠坂喜一は、警察の中ではかなりの異端児だったのは言うまでもない。異端の道をまっしぐらの喜一に、最初のお目付け役として相棒になったのが風間祥太だった。けれど、去年のあの壮大な事件の中で異端児の喜一が死んだことで、風間は上層部からある意味では新たな異端児と認定された。つまりは風間は喜一の跡継ぎとなったと思われているから、新たなお目付け役として庄司が付けられたのだ。
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