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間章 ソノサキの合間の話
間話8. 第3の男
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あれから数日。顎の痣は少しずつだけど色を薄くしてきているし、元々痣とは言え内出血を作った理由は兎も角最初から痛みもほとんどない。元々結城晴の仕事としては、室内で働くことが多い。何しろ今の仕事場の環境が環境だし、以前の職場と比較しても外回りが減った事もあった。
しかも、女装したりとかしてるしなぁ
案外仕事柄夜に出歩くことも多くなって以前のように昼間に遊び歩くこともなければスポーツ事態余りしていなかったから、ここ暫く肌の色自体が白くなっていたせいで今回は顎の内出血が殊更目立ってしまったのだ。まぁ内出血自体がどうみても指の痕だったので、そう言う点では顔に指痣じゃ目立ってしまうのはやむを得ない。だから目立っている間は基本的にはガーゼで覆って仕事場に行くじかなかった。
了には『その顎どうした?』と聞かれたけれど、家で酔ってて転んで打ったと説明して少し場を濁している。流石に川の字で寝てたのは笑い話には出来ても、顎を掴まれ内出血する程痛め付けられたなんて話すわけにはいかないし、何でかそれを話すのは得策ではない気がする。
しゃちょーが目が見えなくて、ホントよかった。
これで宏太が目が見えていたら、確実に何かあったのを見抜かれてしまうだろう。何でか最近の外崎宏太に痣がバレたら、宏太が何とかしようとしてくれそうな気がしなくもない。でも宏太は目が見えないので痣がどんなものかは気がついていないし晴の酒癖もわかっているから、晴が転んで顎を打ったと説明したのを聞いて呑気に『ドジだな』と笑っていた。
あれから陸斗は…………うちの近くに出没していない…………
刑事の仕事もあるのだろうから、向こうだって早々出没はしないだろうと晴だって思ってはいる。それに明良が何一つ気がつかないできたこれまでの用心深さを思えば、そう簡単には自分達にそれと分かる行動もとらない筈だとも思う(まぁバレたから開き直って更に露骨な行動に出るという可能性も充分にあるけれども、今のところはまだ目立った行動は見えてこない)。
明良の目に見えて暗い表情はさておき普段通りの生活を続けている分には、陸斗の事なんかなかったみたいな日々。とは言え正直なところ、晴に思うことがないわけではない。そう晴はキッチンから、無人のリビングを眺めながら思う。明良は仕事で出ていて休みで一人きりの晴は、誰か付き添いがいなければ外に出るのも駄目と明良にきつく言われてしまっている。
こんなの、おかしいでしょ普通。
そうは思うけど、ここのところの様々な自体を思うとあからさまに抵抗もできない。それにしても現代社会で…………いや、相手が警察な時点で大分マトモな対抗策はないのかもしれないのかと呆れる。
どうしたもんかな…………
少なくとも庄司陸斗が自分に対して何らかの悪意があるのは言うまでもない。過去の事が嘘か信かは晴には検証しようのない事だが、この明良の反応を見ると強ち全てがハッタリだとは思えないし、晴の言葉に陸斗が逆上したとは言え向こうから手を出したのも事実だ。
…………でも、なんか…………
明良と陸斗の関係性は晴には計りかねる部分が多い。何しろ自分が明良の生活に関わり始めたのは高々1年程であって、物心ついた時から傍にいたという陸斗が20年以上も明良に何か抱えていたのかどうかなんて知る筈もない。とは言え晴にとって明良は大事な彼氏であって、そう簡単に分かりましたと引き下がれる問題ではないのだ。そしてだからといって20年以上も鍛練を重ね続けていた武道に、これから晴が付け焼き刃で何かができるわけでもない。
…………子供の頃から……それこそ、光輝くらいの………………
そこまで考えていて、ふとその言葉に晴の思考が止まる。自分が知らない頃の話を悶々と一人考えるよりも、先ずは情報を集められるなら集めてしまう方が容易い。そう気がついた晴は、暫しのうち思い立ったように立ち上がっていた。
※※※
「はーーーるちゃーーーーーん!!!!」
玄関を開けた途端に飛びかかるような熱烈なハグ。暫くぶりにお家に来てもいいよのお許しを貰えて大興奮で飛び付いてきた高城光輝の背後には、実際には今回の晴の誘いの本命でもある光輝の父親・高城宗輝が苦笑いでいる。それにしても春先に小学生になった途端の再三光輝の自宅への乱入で明良がブチキレたため、あれから3ヶ月程距離をおいていたうちに光輝は少しだけ背が伸びたような。
「あれー?光輝、背伸びた?」
「そうだよー!!!僕お兄ちゃんになるんだもん!」
明良の姉で、高城家の妻であり母でもある由良は妊娠中。やっと妊娠も安定期に入って、メキメキお腹が大きくなっているところだそうである。お陰で暫し幼児帰りしていた光輝自身も、自分に弟か妹が出来るのだということをこうして確りと自覚し始めていて、少しずつ『僕はお兄さん』意識を育てつつあるらしい。と言うことを見た目とは異なる呑気な口調で説明しながら宗輝は、再びの苦笑いで手土産を渡しながら晴の事を眺めている。
「それでも光輝の『晴ちゃん大好き』は、変わんないんだよねぇ。悪いねぇ。」
そう何故か狭山家の家系に大人気の晴ちゃん熱は、明良の姉の独りである由良の子供・光輝にも同じく出現している。何故か晴は狭山の血筋に『猫に木天蓼』のような反応を引き起こすらしく、それぞれ夫のいる狭山三姉妹だけでなく明良の母親・かぐら、そして祖父高良にまで晴ちゃん熱をもたらした。その三姉妹の息子である光輝も幼稚園にして正に熱愛といえる熱心さで、出逢ってから半年以上たった今も晴に熱烈にラブコールしていたりする。
「いえ、俺も嬉しいですよ。弟が出来たみたいで。」
「はは、何でか光輝の『好き』は、その『好き』じゃないんだけどねぇ。」
呑気そうに笑う宗輝は相変わらずの派手なアロハシャツ姿で、下手するとチンピラとかヤクザの下っ端みたいに見えなくもない。それでもその視線が案外油断なく光っているのに気がついた晴に、宗輝は『何のようだったのかなぁ』と賑かに笑う。そう勿論ただ晴が光輝に会うためにだけ、わざわざ2人を呼び出した訳でもないし、宗輝がついていたら外出できるとか考えたわけでもない。昔から空手を習っていたのが由良との馴れ初めで、もう長年狭山道場で鍛練していて師範代目前という宗輝に少し話を聞きたくて呼び出したというのが晴の本音だ。
「…………庄司……ってあの庄司かぁ。」
「なにー?しょーじ?……あ。」
大好きな晴の隣に並んで座って持参のお土産ケーキを食べるのにご満悦だった光輝が、ふと気がついたような視線で晴の事を見上げて戸惑いを浮かべたのに気がつく。光輝の様子に何かしたの?と首を傾げた晴に、ケーキ皿をテーブルに置いた光輝が明良そっくりの心配そうな瞳をする。
「晴ちゃん、ねぇそこ痛かった?今も痛い?大丈夫?」
「え?なに?光輝。」
ソファーの上に膝立ちして晴の顔を覗き込んだ光輝が、ソロソロと晴の顎の辺りを子供の手で撫でたのに晴の方も苦笑いする。もう隠さなくてもいいくらいに内出血は殆んど引けてきていたのだけど、他の子供とは違い空手で打ち身を見慣れているらしい光輝には顎の薄く黄色に沈着した内出血を容易く見抜かれてしまったのだ。
「………それ……………その庄司にやられたってことかな?晴ちゃん。」
賑やかな笑顔の向こうで問いかけられた宗輝の言葉に何とか返答しようとした晴の目の前で、何でか子供の光輝の目の色が変わったのに気がつく。え?と疑問に思う間もなく何でか小学一年生の目付きをしてない光輝の視線がキュウッと細められたのに、光輝を眺めているだけの晴があからさまに戸惑う。
「光輝、駄目だぞ?晴ちゃんが困ってるからね?」
そこにいるのは普段の子供な甘えた光輝ではなくて、戸惑う程に怒った時の明良と良く似た氷めいた冷え冷えとした顔。あぁヤッパリ明良と光輝って血縁なんだななんて納得してしまう。それに更に追い討ちをかけるような、淡々とした光輝の諭すような声。
「だって晴ちゃんが痛いの駄目なんだよ?パパ。」
「んー、そだなぁ、駄目だよなぁ。」
「ママが言ってるよ?大事な子に痛いの、オトコとして一番駄目なんだよ?」
あれ?ちょっと待って?なに?この会話?と呆気にとられている晴に、宗輝が賑やかな笑顔でそれはそうだなんて平然と光輝の言葉を肯定している。いや、一先ずこの話を肯定……人を痛め付けるのは駄目ってことには肯定するのは良しとしても、聞いちゃいけない人に庄司陸斗の件を聞いた気がするのは何故だろうか。あれ?一番そういう点では冷静に庄司の事を話せると思って聞いたんだけど、これは晴の大きな認識の間違いだろうか?
「いや、あの、庄司って人の事を俺は……知りたかっただけで。」
「うん、でも晴ちゃんのそれって指の跡だよね?殴られたわけじゃないよね?殴ったらその跡にならないもんね?大体にして殴ったら空手家としてアウトだよねぇ?晴ちゃんは何も習ってないもんね?」
確かに拳で殴られたら、内出血はこの形にはならない。しかもチラリと顎の回りを眺めた宗輝に、痣の位置を確認されてしまう。殴ったり打ち付けたりというのなら大きく円形になる筈であって、顎の両側に点在する小さい円なんかにはなる筈がない。勿論顎自体に痣が出来るような打撃は普通の武道では禁止されることなのだから、拳の跡だったとしても問題は問題だ。それにしてもこの痣が成人男子の指の間隔だというのは、普段から空手で鍛練をし続けている彼らには一目で分かってしまったようだ。
「それって、こうかな?…………こうだねぇ…………うん。」
と息子の光輝の小さな顎を試しに片手でムニムニしている宗輝は、一見遊んでいるようにも見えてしまうけれど晴にはどうみても目が笑っていない気がする。
「…………あ、の、宗輝さん?」
「やだなぁ晴ちゃん、おにーちゃんでしょ?晴ちゃんは明良のお嫁さん、由良の新しい弟。そしたらぁ俺にとっても可愛い弟だよねぇ?義弟。」
え?あれ?確かにそうだけど、宗輝ってこんな風に人が変わるんだっけ?と晴が明らかに戸惑うのに、再び賑やかな顔で宗輝は長閑に光輝のプニプニ頬っぺを右手一本で楽しげにムニムニしながらも、冷え冷えとした氷の声で言う。
「俺ねぇ、親が碌でなしで、…………ねぇちゃんと2人でスッゴい……苦労したんだよねぇ。」
宗輝の昔の話は、さらっとだが明良から聞いてはいた。
高城光輝は若い頃はとても苦労していて、四倉建設の前身である任侠一家に姉と2人で逃げ込み、四倉家当主に保護されたのだ。そこから親と縁を切って宗輝は、努力してここまでの地位に辿り着いたのだという。その父親が呑んだくれの碌でなしで子供達に暴力を振るうために宗輝は自衛のために空手を習いに行っていたというのたけれど、実際には父親にはそれを使って抵抗はしなかったそうである。というのは宗輝が、師範の言うことを大人しく真面目に聞いていたからだと思うと明良は話していた。そうでなければ姉・由良に勝るという技能を実は持っている筈の宗輝なら、たかが飲んだくれの大人一人程度なら再起不能にするは容易い。でも、それをしなかった宗輝は明良にいわせると、とても忍耐強く冷静な人だと言う話だった。(けれど、反面由良に関しては完全にストーカーめいていて、恐ろしい行動力を発揮して四六時中付きまとっていたとも聞いた。そして結婚した今も宗輝は由良にゾッコンで、由良に髪の毛一本でも危害を加えようものなら大変なことになると明良は言う。)
「だからって訳じゃねぇけど、家族が大事なんだよね、俺。」
「パパぁ、ムニムニやめれよぉ。」
「はは、光輝だって大好きな晴ちゃんに怪我させた奴は嫌いだよねー?な?」
うんと力強く宗輝に答える光輝に、あれ?これってどう言うことと晴が再びポカンとしている。大事な明良と晴がめでたく家族認定されていて、明良の家族なら自分の家族だよねと宗輝に言われたのは理解できた。しかし何で宗輝は光輝の顎を楽しげにムニムニしながら、そんなことを口にしたのかよく分かっていない。あれ?もしかして自分は良くない方面に話を伝えてる?あれ?ただ庄司陸斗がどんな人間なのか、情報収集をしたかっただけなんだけど?あれ?もしかして社長に頼んだ方が穏便だった?
「庄司がどんな人間かってなぁ、ありゃぁ見た通りの人間だよ?晴ちゃん。」
「晴ちゃん、晴ちゃんが痛いの、僕かちゃーんと倍返しするからね?」
て、なに?倍返しってどこぞのドラマみたいなこと言っているけども?あれ?何か間違ってない?戸惑いタップリの晴に何でかニンマリと笑顔を見せた宗輝と光輝は、ヤッパリ親子だと言うべきなのだろう。何でか、何処かのハイスペック社長に良く似た気配を漂わせるとっても真っ黒い瓜二つの笑顔を浮かべたのだった。
しかも、女装したりとかしてるしなぁ
案外仕事柄夜に出歩くことも多くなって以前のように昼間に遊び歩くこともなければスポーツ事態余りしていなかったから、ここ暫く肌の色自体が白くなっていたせいで今回は顎の内出血が殊更目立ってしまったのだ。まぁ内出血自体がどうみても指の痕だったので、そう言う点では顔に指痣じゃ目立ってしまうのはやむを得ない。だから目立っている間は基本的にはガーゼで覆って仕事場に行くじかなかった。
了には『その顎どうした?』と聞かれたけれど、家で酔ってて転んで打ったと説明して少し場を濁している。流石に川の字で寝てたのは笑い話には出来ても、顎を掴まれ内出血する程痛め付けられたなんて話すわけにはいかないし、何でかそれを話すのは得策ではない気がする。
しゃちょーが目が見えなくて、ホントよかった。
これで宏太が目が見えていたら、確実に何かあったのを見抜かれてしまうだろう。何でか最近の外崎宏太に痣がバレたら、宏太が何とかしようとしてくれそうな気がしなくもない。でも宏太は目が見えないので痣がどんなものかは気がついていないし晴の酒癖もわかっているから、晴が転んで顎を打ったと説明したのを聞いて呑気に『ドジだな』と笑っていた。
あれから陸斗は…………うちの近くに出没していない…………
刑事の仕事もあるのだろうから、向こうだって早々出没はしないだろうと晴だって思ってはいる。それに明良が何一つ気がつかないできたこれまでの用心深さを思えば、そう簡単には自分達にそれと分かる行動もとらない筈だとも思う(まぁバレたから開き直って更に露骨な行動に出るという可能性も充分にあるけれども、今のところはまだ目立った行動は見えてこない)。
明良の目に見えて暗い表情はさておき普段通りの生活を続けている分には、陸斗の事なんかなかったみたいな日々。とは言え正直なところ、晴に思うことがないわけではない。そう晴はキッチンから、無人のリビングを眺めながら思う。明良は仕事で出ていて休みで一人きりの晴は、誰か付き添いがいなければ外に出るのも駄目と明良にきつく言われてしまっている。
こんなの、おかしいでしょ普通。
そうは思うけど、ここのところの様々な自体を思うとあからさまに抵抗もできない。それにしても現代社会で…………いや、相手が警察な時点で大分マトモな対抗策はないのかもしれないのかと呆れる。
どうしたもんかな…………
少なくとも庄司陸斗が自分に対して何らかの悪意があるのは言うまでもない。過去の事が嘘か信かは晴には検証しようのない事だが、この明良の反応を見ると強ち全てがハッタリだとは思えないし、晴の言葉に陸斗が逆上したとは言え向こうから手を出したのも事実だ。
…………でも、なんか…………
明良と陸斗の関係性は晴には計りかねる部分が多い。何しろ自分が明良の生活に関わり始めたのは高々1年程であって、物心ついた時から傍にいたという陸斗が20年以上も明良に何か抱えていたのかどうかなんて知る筈もない。とは言え晴にとって明良は大事な彼氏であって、そう簡単に分かりましたと引き下がれる問題ではないのだ。そしてだからといって20年以上も鍛練を重ね続けていた武道に、これから晴が付け焼き刃で何かができるわけでもない。
…………子供の頃から……それこそ、光輝くらいの………………
そこまで考えていて、ふとその言葉に晴の思考が止まる。自分が知らない頃の話を悶々と一人考えるよりも、先ずは情報を集められるなら集めてしまう方が容易い。そう気がついた晴は、暫しのうち思い立ったように立ち上がっていた。
※※※
「はーーーるちゃーーーーーん!!!!」
玄関を開けた途端に飛びかかるような熱烈なハグ。暫くぶりにお家に来てもいいよのお許しを貰えて大興奮で飛び付いてきた高城光輝の背後には、実際には今回の晴の誘いの本命でもある光輝の父親・高城宗輝が苦笑いでいる。それにしても春先に小学生になった途端の再三光輝の自宅への乱入で明良がブチキレたため、あれから3ヶ月程距離をおいていたうちに光輝は少しだけ背が伸びたような。
「あれー?光輝、背伸びた?」
「そうだよー!!!僕お兄ちゃんになるんだもん!」
明良の姉で、高城家の妻であり母でもある由良は妊娠中。やっと妊娠も安定期に入って、メキメキお腹が大きくなっているところだそうである。お陰で暫し幼児帰りしていた光輝自身も、自分に弟か妹が出来るのだということをこうして確りと自覚し始めていて、少しずつ『僕はお兄さん』意識を育てつつあるらしい。と言うことを見た目とは異なる呑気な口調で説明しながら宗輝は、再びの苦笑いで手土産を渡しながら晴の事を眺めている。
「それでも光輝の『晴ちゃん大好き』は、変わんないんだよねぇ。悪いねぇ。」
そう何故か狭山家の家系に大人気の晴ちゃん熱は、明良の姉の独りである由良の子供・光輝にも同じく出現している。何故か晴は狭山の血筋に『猫に木天蓼』のような反応を引き起こすらしく、それぞれ夫のいる狭山三姉妹だけでなく明良の母親・かぐら、そして祖父高良にまで晴ちゃん熱をもたらした。その三姉妹の息子である光輝も幼稚園にして正に熱愛といえる熱心さで、出逢ってから半年以上たった今も晴に熱烈にラブコールしていたりする。
「いえ、俺も嬉しいですよ。弟が出来たみたいで。」
「はは、何でか光輝の『好き』は、その『好き』じゃないんだけどねぇ。」
呑気そうに笑う宗輝は相変わらずの派手なアロハシャツ姿で、下手するとチンピラとかヤクザの下っ端みたいに見えなくもない。それでもその視線が案外油断なく光っているのに気がついた晴に、宗輝は『何のようだったのかなぁ』と賑かに笑う。そう勿論ただ晴が光輝に会うためにだけ、わざわざ2人を呼び出した訳でもないし、宗輝がついていたら外出できるとか考えたわけでもない。昔から空手を習っていたのが由良との馴れ初めで、もう長年狭山道場で鍛練していて師範代目前という宗輝に少し話を聞きたくて呼び出したというのが晴の本音だ。
「…………庄司……ってあの庄司かぁ。」
「なにー?しょーじ?……あ。」
大好きな晴の隣に並んで座って持参のお土産ケーキを食べるのにご満悦だった光輝が、ふと気がついたような視線で晴の事を見上げて戸惑いを浮かべたのに気がつく。光輝の様子に何かしたの?と首を傾げた晴に、ケーキ皿をテーブルに置いた光輝が明良そっくりの心配そうな瞳をする。
「晴ちゃん、ねぇそこ痛かった?今も痛い?大丈夫?」
「え?なに?光輝。」
ソファーの上に膝立ちして晴の顔を覗き込んだ光輝が、ソロソロと晴の顎の辺りを子供の手で撫でたのに晴の方も苦笑いする。もう隠さなくてもいいくらいに内出血は殆んど引けてきていたのだけど、他の子供とは違い空手で打ち身を見慣れているらしい光輝には顎の薄く黄色に沈着した内出血を容易く見抜かれてしまったのだ。
「………それ……………その庄司にやられたってことかな?晴ちゃん。」
賑やかな笑顔の向こうで問いかけられた宗輝の言葉に何とか返答しようとした晴の目の前で、何でか子供の光輝の目の色が変わったのに気がつく。え?と疑問に思う間もなく何でか小学一年生の目付きをしてない光輝の視線がキュウッと細められたのに、光輝を眺めているだけの晴があからさまに戸惑う。
「光輝、駄目だぞ?晴ちゃんが困ってるからね?」
そこにいるのは普段の子供な甘えた光輝ではなくて、戸惑う程に怒った時の明良と良く似た氷めいた冷え冷えとした顔。あぁヤッパリ明良と光輝って血縁なんだななんて納得してしまう。それに更に追い討ちをかけるような、淡々とした光輝の諭すような声。
「だって晴ちゃんが痛いの駄目なんだよ?パパ。」
「んー、そだなぁ、駄目だよなぁ。」
「ママが言ってるよ?大事な子に痛いの、オトコとして一番駄目なんだよ?」
あれ?ちょっと待って?なに?この会話?と呆気にとられている晴に、宗輝が賑やかな笑顔でそれはそうだなんて平然と光輝の言葉を肯定している。いや、一先ずこの話を肯定……人を痛め付けるのは駄目ってことには肯定するのは良しとしても、聞いちゃいけない人に庄司陸斗の件を聞いた気がするのは何故だろうか。あれ?一番そういう点では冷静に庄司の事を話せると思って聞いたんだけど、これは晴の大きな認識の間違いだろうか?
「いや、あの、庄司って人の事を俺は……知りたかっただけで。」
「うん、でも晴ちゃんのそれって指の跡だよね?殴られたわけじゃないよね?殴ったらその跡にならないもんね?大体にして殴ったら空手家としてアウトだよねぇ?晴ちゃんは何も習ってないもんね?」
確かに拳で殴られたら、内出血はこの形にはならない。しかもチラリと顎の回りを眺めた宗輝に、痣の位置を確認されてしまう。殴ったり打ち付けたりというのなら大きく円形になる筈であって、顎の両側に点在する小さい円なんかにはなる筈がない。勿論顎自体に痣が出来るような打撃は普通の武道では禁止されることなのだから、拳の跡だったとしても問題は問題だ。それにしてもこの痣が成人男子の指の間隔だというのは、普段から空手で鍛練をし続けている彼らには一目で分かってしまったようだ。
「それって、こうかな?…………こうだねぇ…………うん。」
と息子の光輝の小さな顎を試しに片手でムニムニしている宗輝は、一見遊んでいるようにも見えてしまうけれど晴にはどうみても目が笑っていない気がする。
「…………あ、の、宗輝さん?」
「やだなぁ晴ちゃん、おにーちゃんでしょ?晴ちゃんは明良のお嫁さん、由良の新しい弟。そしたらぁ俺にとっても可愛い弟だよねぇ?義弟。」
え?あれ?確かにそうだけど、宗輝ってこんな風に人が変わるんだっけ?と晴が明らかに戸惑うのに、再び賑やかな顔で宗輝は長閑に光輝のプニプニ頬っぺを右手一本で楽しげにムニムニしながらも、冷え冷えとした氷の声で言う。
「俺ねぇ、親が碌でなしで、…………ねぇちゃんと2人でスッゴい……苦労したんだよねぇ。」
宗輝の昔の話は、さらっとだが明良から聞いてはいた。
高城光輝は若い頃はとても苦労していて、四倉建設の前身である任侠一家に姉と2人で逃げ込み、四倉家当主に保護されたのだ。そこから親と縁を切って宗輝は、努力してここまでの地位に辿り着いたのだという。その父親が呑んだくれの碌でなしで子供達に暴力を振るうために宗輝は自衛のために空手を習いに行っていたというのたけれど、実際には父親にはそれを使って抵抗はしなかったそうである。というのは宗輝が、師範の言うことを大人しく真面目に聞いていたからだと思うと明良は話していた。そうでなければ姉・由良に勝るという技能を実は持っている筈の宗輝なら、たかが飲んだくれの大人一人程度なら再起不能にするは容易い。でも、それをしなかった宗輝は明良にいわせると、とても忍耐強く冷静な人だと言う話だった。(けれど、反面由良に関しては完全にストーカーめいていて、恐ろしい行動力を発揮して四六時中付きまとっていたとも聞いた。そして結婚した今も宗輝は由良にゾッコンで、由良に髪の毛一本でも危害を加えようものなら大変なことになると明良は言う。)
「だからって訳じゃねぇけど、家族が大事なんだよね、俺。」
「パパぁ、ムニムニやめれよぉ。」
「はは、光輝だって大好きな晴ちゃんに怪我させた奴は嫌いだよねー?な?」
うんと力強く宗輝に答える光輝に、あれ?これってどう言うことと晴が再びポカンとしている。大事な明良と晴がめでたく家族認定されていて、明良の家族なら自分の家族だよねと宗輝に言われたのは理解できた。しかし何で宗輝は光輝の顎を楽しげにムニムニしながら、そんなことを口にしたのかよく分かっていない。あれ?もしかして自分は良くない方面に話を伝えてる?あれ?ただ庄司陸斗がどんな人間なのか、情報収集をしたかっただけなんだけど?あれ?もしかして社長に頼んだ方が穏便だった?
「庄司がどんな人間かってなぁ、ありゃぁ見た通りの人間だよ?晴ちゃん。」
「晴ちゃん、晴ちゃんが痛いの、僕かちゃーんと倍返しするからね?」
て、なに?倍返しってどこぞのドラマみたいなこと言っているけども?あれ?何か間違ってない?戸惑いタップリの晴に何でかニンマリと笑顔を見せた宗輝と光輝は、ヤッパリ親子だと言うべきなのだろう。何でか、何処かのハイスペック社長に良く似た気配を漂わせるとっても真っ黒い瓜二つの笑顔を浮かべたのだった。
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