鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話2. 第3の男

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狭山家の家系の人間は、大概が成人すると警察関係者になっている。大袈裟に聞こえるかもしれないが狭山明良の祖父母も両親も長女佐久良夫婦も、結婚後に退職とかでの元が付く付かないはあっても警察の関係者だ。それに、次女吉良も三女由良も結婚前は、実はそっち関係。由良の夫・高城宗輝が土建業なのが珍しいのであって、他は悉く警察関係者との婚姻関係なのだ。(明良も元々は物心付く前から、警察関係への就職を望まれていたのは言うまでもない。が、明良はそちらの進路には進まないことに決めた。)
それはさておき、件の庄司陸斗も警察関係者の家系の子供で、昔から狭山道場に通う門下生だった。そう物心付く前から道場にいた明良とほぼ同年代の陸斗は、親の関係で道場に通っていたのだ。

だけど…………正直、俺は陸斗のことが嫌いだ。

子供の頃から明良は、一緒の鍛練を重ねる陸斗に抵抗がある。
陸斗は明良より愛想の良い可愛い子供で、しかも明良にも事あるごとに何かれと近寄ってきて話しかけたりしてきていた。別にそれだけなら明良も何も思わないのだろうが、何故かそれが過剰な気がして明良はなるべく近寄らないようにしていたのだ。別に何かされたわけでもなければ、大きな喧嘩をしたというのでもない。

それでも苦手だというのは漏れでていた筈

ところが陸斗は明良の気持ちなんか気にもせず駆け寄ってきて、再三絡んでくる。気がついた時には明良の方は、陸斗が苦手でなるべく会話も交わさないよう距離を置くようになっていた。作法や何かに煩い姉達もそれに関しては何も言わないし、道場では師範でもある祖父・高良も別段何も言わない。明良も一応は優等生然としているから表だって喧嘩を吹っ掛けるわけでもないので、構わなくても良いかと考えているのだろうとは思っていた。

それにしても、何で昔からこんなにちょっかいをだしてくるんだろう

そう、気がつけば何故か陸斗は明良に常々絡んできていて、正直言うと面倒くさいし行動や言動が勘に障ることも多いのだ。道場の中は勿論、街中で見つかろうものなら駆けてきてベタベタと絡まれる。それに抵抗しても結局何か怪我をするとか実害があるわけではないから、何ともしがたい。兎も角散々に話しかけてきたりされるのは迷惑だったし、駆けつけてきてベタベタと絡まれるのにウンザリもする。そう剣呑な声で素っ気なくしても、全く気にした風でもない。そんな陸斗に心底ウンザリしていたりするが、一応は幼馴染みとして対応もしている。それが昔の明良の日常でもあった。
だから陸斗が警察学校に入ると聞いて、明良が即進路を変更したのはここだけの話し(まぁそれだけが警察にならなかった理由ではないのだが、かなりの割合を占める理由なのは事実だ)。

「明良?」

そんなもの思いに更ける自分に、戸惑いながらも自分を案じる可愛い声に端と明良は我に帰る。明良の腕の中には結城晴がチョコンと可愛らしく収まっていて、背中から抱き締められている晴が肩越しに少し心配そうな顔をして見上げていた。

昨日陸斗とあの店で出逢ったのは偶々だと思いたい。

白鞘千佳の熱が少し下がり始めたのを耳にして少し元気を取り戻しつつある晴に、久々に外で食事をしようと誘ったのは明良の方だ。晴は元々割りと酒好きな質だと思うのだけれど、白鞘との事件があって以来酒類は控える傾向に変わっているのは言うまでもない。とは言え明良と一緒なら全く飲まない訳じゃないし、久々の良い知らせもあったからと2人で気晴らしも兼ねて出たのだ。確かに晴の杯を重ねるペースはかなり早かったし、今晴と一緒なのは自分だから問題ないと明良も思っていた面はある。

可愛い晴を眺めながら幸せで…………

気を抜いていた明良が、店内を何気なく見たらアイツが…………庄司陸斗がいたのだ。明良は最初に見間違いかと思ったし、もしそうでもあえて向こうから話しかけてくるとは思わなかった。既に明良が空手は辞めて道場には顔をださなくなって何年も経つ。警察学校に入った時点で狭山道場には通わなくなり警察関係者の道場に移った陸斗は、明良は顔を合わせることもなくなっている。しかも、明良が高校2年の時点で2つ歳上の陸斗とは大学に行っていてほとんど接点もない。そう、2人は会話すらしなくなって、会うことすらなくなって10年近いのだ。

それなのに、まるで昨日も会ってるみたいな親しげな顔で話しかけてくるとは…………

それが何故か酷く不快に感じたのは、何故だろう。確かに昔から苦手ではあったけれど何故か今の明良は陸斗に今迄にない強い不快感も感じていて、しかも晴のことを陸斗が知っていたのにも更に強い不快感があった。いや、陸斗は警察官なのだから、その仕事上で晴と出逢ったのはやむを得ない筈だ。それでも晴のことを名前で呼び馴れ馴れしく話す姿が、酷く腹立たしい。

「明良…………どしたの?」

あぁ、また独り考え事をして晴に心配させてしまう。肩越しに見つめているクルンとした瞳に柔らかな栗毛の髪。それに艶々のプルンとした唇に、柔らかそうな頬。こんなに可愛くて仕方がない晴が、自分が険しい顔をしているのを心配して見つめている。

「ごめん、ちょっと陸斗のこと考えてて…………。」

隠しても仕方がないからと素直に明良が言うと、晴は少しだけ不安そうに視線を曇らせる。

「明良…………あの刑事さん…………と、仲…………良くないの?」

躊躇い勝ちな言葉に思わず苦笑してしまうのは、晴に簡単に見破られてしまうほど態度が悪かったのは言うまでもないからだ。仕事上での明良は誰にも愛想良くそつなくが基本だから、相手が陸斗とは言えあんなあからさまな牽制をしながら話す姿をみればそう感じるのは当然のことだろう。とはいえそれを晴に見抜かれる程、露骨だったのには反省しないとならない。少なくともこれ程嫌なのに押し通されて家までついてこられ、更に泊めるのを許可したのは晴だけの事ではないのだ。

「ん……昔から……少しね、苦手なんだ。アイツ。」

そんな風に相手のことを言うことが殆どない明良だから、晴は余計驚いた様子で目を丸くした。一応は昔からの付き合いの経過くらいは簡単には晴に説明するけれど、それにしても何でこんなにも今の陸斗を嫌悪してしまうのかと思う。昔から苦手ではあるけれど、何故か大人として再会した陸斗は尚更近寄りたくない。仕事柄なのだろうか、まるで陸斗が何を考えて行動しているのか何も読めない上に、何故か無意識に自分が近寄りたくないと全身で警戒している気分になるのだ。



※※※



何でこんなに引っ掛かってんのかな……?

快適温度の外崎邸の仕事場の中そんなことを考えながら黙々とキーを打つ晴は、何気なく横に座り同じく書類作成をしている外崎了を眺める。暫く外崎宏太のスキンシップ地獄でベタベタに甘やかされ続けていた了なのだが、流石に医者からも普通にしてて良いと言われたそうで。もういい加減にしてくれと了から噛みつかれてしまい(その時脚がふやけるからなんとかと了が言っていたが、甘やかされると脚が関係あるの?と思ったのはさておき)、宏太も渋々とだが通常に戻ったところだ。仕事内容は順当。相変わらずコンサル業としては多方面な割に、業績好調という恐ろしい有能さを発揮し続けている。書類作成の2人を他所に当の社長は何か『音聞き』に集中しているけれど、宏太がヘッドホン程度じゃこちらの会話が聞こえないなんてこともない。なので、聞かれているのは承知で、晴は了に話しかける。

「…………ねぇ了。」
「ん?何?」

何が引っ掛かっているのか。それは言うまでもなく明良が庄司陸斗を随分苦手…………というか、あれは既に嫌悪すら感じてしまっているようなのだが…………としているのに起こってしまった事態の事だ。相手である陸斗が可能性の1つとして人の感情に鈍感な質だとして…………警察官どころかあの年齢で刑事になれるような能力があるのに、そんなところが鈍感で良いのかどうかはわからないけど。

「普通さぁ?幼馴染みは兎も角、初めて会った…………しかもゲイの男を挟んで寝れるかなぁ?」

たとえ陸斗と明良との関係が良好だとしても、寸前に明良が晴との同性愛をカミングアウトしていて、その恋人である晴がいる状態で一緒のベットで寝るのは普通なのだろうか。そう戸惑いながら疑問を口にした晴に、宏太も了も意図が掴めずに不思議そうに眉を潜める。こうなると隠して説明も面倒だし、この2人に説明するには全て話してしまった方が楽。そんなわけで素直に起こった事態を説明したら、了の方は更に眉を潜めて顔を向けてくる。

「明良が相手を苦手なのか?」
「うん、子供の頃から苦手だったって。」

明良の性格を晴以外で理解している了達にも、幼馴染みとは言え苦手な人間を明良が家に引き入れるというのは確かに違和感を感じる。表立ってはそつなく平坦に対応の明良だが、嫌い認定が付くとその対応は塩対応では済まない。表立ってそつなくバージョン明良の筈が、白鞘千佳には塩どころか氷結対応だったくらいなのだ。しかも相手が刑事の庄司陸斗だと説明されて、宏太の方も眉を潜める。
遠坂喜一の相棒だった風間祥太が、捜査一課に移ってから新しく相棒になった庄司陸斗。警察官なら同性愛がないというわけではないが、陸斗の人柄が分かるほどの交流はまるでない。

「それすら乗り越える天然とか?たまにいるし?」

そう、明良の作り上げた鉄壁の壁を乗り越えるには、基本的には晴とか仁聖のような天性の能天気さとか人懐っこさが重要なのだ。ところが幼馴染みの会話を晴が見ていて思ったのは、それとはまた違う感覚。

「なんか………………何てのかな?明るいんだけど、なんか変。」

一見すると陸斗は明るくて気さくな青年に見えているのだけれど、何だかそれに少しだけ感じる違和感があって晴にもそれが説明できない。ただ人懐っこい………………例えば三浦和希とか槙山忠志とか、源川仁聖とかの持つ生来の人懐っこい人柄という感じとは全く違う。どことなく何か計算しながら、作り上げ見せられているような、ドラマを見ているような作り物めいた奇妙な感じ。

「ふぅん…………。」
「それにさぁ、やっぱ普通、一緒に寝れなくない?」

確かに男同士だと思えば大したことがないのかもしれないが、あのベットで晴と明良が睦あっていると気がついたら抵抗感があるものじゃないだろうか?これってつまりは宏太と了のベットで2人の間に宮直行が寝ていたとか、仁聖と榊恭平のベットで2人と一緒に鈴徳良二が寝ていたとか言うような話なのだ。

「ぶっ何で宮さん?」
「いや、そういうことだよ?恋人同士と知ってて一緒に寝れる?」
「ん~、そう考えちゃうと無理か。」
「でしょ?」
「でも、ベロベロに酔ってたんだろ?晴。」

確かに指摘されるとその通りだ。でも晴が酔っていても明良もそうだったとは思えないし、帰宅してから家では酒を飲んだ気配がリビングになかったのも気になっている。ベロベロに酔いつぶれて帰ってそのままベットに倒れ込んだんだろうと言われれば、それまでなのだけども何かか気になってしまっていた。だけどこれがこんなにまで晴が気にする程の事なのかどうかも、実は分からないのも事実だ。

「…………庄司陸斗…………ねぇ。」
「しゃちょーの知り合いの刑事さん……風間さんだっけ?……の相棒さんでしょ?あの人どんな人?」
「…………俺もそんなに関わりがない。」

刑事の風間祥太は時折宏太に連絡を寄越して、密かに仕事の関係もあるから顔見知りではある。でもこれまでここに連絡を寄越してやってくるのは風間1人のことが多いし、風間の仕事は暗黙の了解で宏太しか関わらない。とは言え先だっての事件では三浦絡みとはいえ宏太達は表立っては関係していない体なので、風間と陸斗に顔をあわせたのは晴と忠志だけなのだ。

「…………なんか……凄く引っ掛かってて…………。」

何かが引っ掛かる。何度も出来事を振り返り状況を整理してみても、何かが喉に引っ掛かる小骨のように存在していて戸惑う。居酒屋で幼馴染みと出会って家まで連れ帰り二次会をして、そのまま家に幼馴染みを泊めた。それだけと思えなくもないのにそこに自分という同性の恋人が加わり、幼馴染みの明良の性格が加わると、途端に何か歯車が軋む。とは言っても酔っていて一緒に雑魚寝したと言われると、確かにそう思えなくもないのは事実だ。

「………………まぁ、気にしても仕方ないよね、うん。」

その言葉を何気なく聞こえるように呟く晴なのだけれど、その引っ掛かりがハッキリしない内は何時迄もこんな気分なのだろうというのは分かりきっていた。
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