鮮明な月

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第十七章 鮮明な月

259.sideB

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吐き気のする程甘ったるい臭いのする空気に満たされた室内の中央、大きく豪奢な天蓋のついたベットの上には数人の人が乗っている。まるでその為だけの部屋だと分かってしまうビロードのような寝具の上で、手を拘束された上に薬で弛緩し身動きの取れない外崎了に群がるようにして数人が乗っていた。

「ひ、ぅっ!」

後ろ手に拘束された了の身体をニヤニヤと笑う男が抱き上げるようにして背後から抱えていて、その足元には大型犬用の首輪を着けた裸の男が1人ずつ了の足に向かって這いつくばる。どちらの男も見事な肉体をして中々整った顔立ちをしているけれど、そのどちらもが虚ろな目をしていてマトモな精神状態ではないのは言われなくても分かった。その男二人が了を抱えている男によってどこからか鎖で引きずり出され、命じられるままに了の足に顔を寄せてベロベロと舐め回し始めていた。

「ひっ…………くっ……っ!」
「足の指舐められるの、どう?」

部屋に充満したこの臭いのせいで身体の自由がドンドン効かなくなりつつある上に、身体の感覚も敏感になっていく。了にはこの香と同じ薬効の薬を過去に榊恭平にも飲ませ、自分も同じ薬を服用したことがあった。だからこの身体の反応が何なのか分かっているし、感じ始めようとしている身体を抑え込む術もない。それでもこの耳元でネットリとした声で囁く男の言うなりに、どうしてもなりたくなかった。

「ぐぅっ…………くっう……!!ううっ!」

ギチッの噛み締めた唇が裂けた感触がして、口の中にバァッと鉄さびめいた血の味が広がる。それでも声が漏れるのを必死で耐えていく了の様子に、耳元の男が嗤う。

「ふ……は、ねぇ?我慢しても無駄だって。素直にさぁ?」
「うっ……くぅっ…………。」

黙れと叫びたいが、口を開くことも出来ない。ゾロゾロと舐め回されしゃぶられる足の指の感覚が、不快なのか快感なのか分からなくなりつつある。嫌がっても抑え込まれ、耳元の声が興奮を示し始めているのが分かった。

「あぁ、君、色白いねぇ……肌もスベスベだぁ…………。」
「ひぅ!」

耳元で囁きながら身体に這わされる指の感触に、了が悲鳴を上げて身体を震わせる。その様子すら楽しみながら耳朶に舌を捩じ込んでくる男は、了の服を脱がせ始めていて暴かれた肌に首輪の犬男が顔を近づけてきていた。身を捩って逃げようにも背後から抱えている男のせいで、身体を捻ることすら出来ない。

「やめ、……っいや、くっ!!」
「ふふふ、さっきまで生意気だったのにね、段々良くなってきちゃった?」
「う、るせ…………んんっ!」

ベロリと曝された腹に犬男の舌を這わされ了が声を上げたのに、背後からガッチリと了を抱えている男が手を回して股間を撫で回してくる。なんとか逃れようと暴れようにも、呼吸が上がるせいで尚更大量に空気を吸い込んでしまうのだ。

「はぅっ、ううっ、うぅ!」

既に香のせいか頭の奥が痺れたようになってきていて、目の前の世界がグルグル回り出している。助けを求めたいし、泣き出したい。でもそれをすればこの耳をなぶる男は嘲笑い喜ぶに違いないのが分かっているし、例えそれを聞いてもこの男は自分を陵辱するのを止めはしない筈だ。

「ほーら、ここもナメナメして貰おうね?了君。」

くそっと心の中で毒づくけれど、集られた身体を男から引き離すことも出来ない。カチャカチャと前に回された手がボトムのヘリをさ迷い、ベルトを外しにかかっていてせめて服の増える冬だったら良かったのにと舌打ちしてやりたい。

「アイツに貞操帯でもつけられてる?あれぇ、なんだ普通。」

宏太が調教師だったのを知っているから、そう言うのは分かる。でも宏太はもう何年も調教師の仕事はしていないし、宏太はもう以前の宏太とは違う。そう言ってやりたいけれど、もう頭が煮えるように熱くなり始めていて舐め回される不快感に叫び出しそうだ。

「あの傷酷いもんね?チンポ千切れてんだろ?可哀相に。普段、了君は指でして貰うの?玩具?それとも他の男?」
「は?」

男の言葉に煮えつつあった頭は、思わず剣呑な声で反論しようとしていた。宏太は確かに傷だらけではあるけれど、男性機能は人並み出し気持ち良くされてるけど?!と睨み付けた了に男はイヤらしく嗤いかける。

「あの身体だもんねぇ、チンポ使えないなんて可哀相だね。あんな男相手じゃ溜まってるでしょ?了君も可哀相。」
「うるせぇ!下衆が!!その臭い口ちかづけてんじゃねぇよ!!」

外崎宏太は確かに傷跡は酷くても、この同じ年くらいの男なんかより遥かに見事な肉体をしているし、ちゃんと逸物は勃起だってするし射精だってするし、大体にして可哀相なんかじゃない。それに自分は宏太に充分以上に愛されていて満たしてもらっていて、他の誰かに可哀相なんて言われる筋合いはないのだ。
思わずカッとなって叫んだ了に、男は一瞬で湯沸し器が沸くように顔を赤くして了の身体を投げ出し頭をガッと押さえ向けていた。

「煩いのはお前だよ!クソガキ!!何で今更アイツが幸せになるんだ?!あんなにお膳立てして地獄に落としてやったのに!!」

その言葉に朦朧としながら了が睨み付けるのに、男は憎らしげに目をギラつかせて了の腰辺りの服を掴むと無理矢理引きずり下ろそうとしていた。

「何でだ?!どうやってあの男を篭絡したんだ?!ガキの癖に!!片倉の息子だってあの男をモノにできなかったんだぞ?!あんなにお膳立てしてやったのに!!」

片倉の息子。片倉右京。その名前が唐突に男の口から溢れたのに了が衝撃を受けた瞬間、ドアが弾けるように突き破られ幾分新鮮なマトモな空気が溢れ混んで来ていた。頭を押さえつけられている了には、そこに誰がいるのか顔を上げることは出来ないけれど、放たれた空気の清廉さで何が起きているのか言われなくても分かる。

「はは、随分早いおこしだ、外崎宏太。」
「了?」

カツリと杖をつく足音。背後には他の人間の怒号と悲鳴が聞こえて、今更だがこの扉の内側が完全に防音されていたのに気がつく。

「こぉ……た…………。」

情けないほどに弱々しい声だが宏太の耳にはハッキリと聞き取れたようで、宏太の足が一瞬戸惑いを匂わせて止まった。恐らく声の位置で了がこの男に組み敷かれているのには、宏太は言われなくても気がついたのだ。了が組み敷かれたせいで身体を舐め回せずにいた犬男は2人が、音をたてないようにしてベットから滑り降り宏太に飛びかかろうとしているのに盲目の宏太は気がつかない。そう了を組み敷いた男は思っているのだろう、宏太の事を嘲笑う。

「哀れな姿だ、外崎宏太。昔のアンタは雄々しくて美しかったのに……。」

やはりこの男は昔の宏太の事を知っているんだと了は思いながら、柔らかな寝具から目を上げて宏太を見ようともがく。頭を鷲掴み抑え込む手はそれを許さずに、更に声を上げていた。

「哀れな宦官としてひっそり生きていればいいのに、何だって今更幸せになる?!お前は、惨めな敗残者として後ろ指さされながら生きてろよ!!」

その声に触発され宏太に2人の屈強な男が飛びかかっていくのを、男はほくそ笑みながら見つめていた。ところが想定外の動きで宏太はスッと身体を翻したかと思うと、白木の杖で弧線を描いていく。ガハッと呻く声と共に裸の犬男が一瞬で昏倒して床に倒れ込んだのに男は唖然としたが、宏太が再び歩き出したのに慌てて了の髪を鷲掴み無理矢理持ち上げる。

「止まれ!近づくな!!」
「く、ぅ!」

苦痛の滲んだ了の声に、宏太の足が止まりその身体から冷え冷えとした気配が放たれている。それに男はひきつった嗤いを浮かべながら、改めて宏太に向かって声を上げていた。

「跪けよ。そこで!!」

ビクンとその言葉に慄く了の目の前では、声もなく立ち尽くす宏太が思案にくれた様子を伺わせて相手の言葉のとおりユックリと跪こうとしている。その仕草に男は声をたてて嗤い出して、吐き捨てるように言う。

「はは……言うなりだな。」

宏太に何をさせるつもりなのかと思うけれど、後ろ手に拘束されたまま髪の毛を鷲掴みにされた了はろくな抵抗も出来ず男に引き摺られてしまう。苦痛に呻く了の声に跪こうとする宏太の眉がピクリと動くのが見え、男は嗤いながら不意に微かに衣擦れの音を立ててジッパーをさげていく。
目に突き付けられた現実に了は、思わず目を見張っていた。
下着から引き出された、半ば硬くなり始めた男の肉茎。赤黒く柔らかく起ち始めている逸物には、歪に淫猥に幾つもあけられているピアスが光る。

「ふ、ふふ…………あぁ、哀れだよな、あの外崎宏太がペットのために跪いて……男のモノを咥えて…………。」

目の前に、明らかに不快感に凍りつく了の綺麗な顔を見下ろしながら残酷な笑みを敷く。この男は宏太に自分のモノを咥えさせ、奉仕させようとしている。

「了…………。」
「こぉた………………。」

自分がこうして囚われている間は、宏太は何も抵抗しない。でも、そんなこと宏太にさせたくないし、そんなこと絶対に許さない。そう頭の中で了が思った瞬間、不意に男の怒張を目の前に近づけられつつある宏太の唇が微かな笑みを敷いていた。

初めて見る笑み

了にすれば何時もの了に向ける宏太の笑みだけれど、口淫を強いる男にとっては初めて見る柔らかで甘い微笑み。

「了……信じろ。」

柔らかな声。そして次の瞬間宏太の身体が、瞬発的な動きで目の前の男に向かって土石流か何かのように襲いかかっていた。



※※※



若く美しい外崎宏太を知っていた。

過去に初めてSMバーの奥の部屋で舞台に上がる事になった新人『調教師』に店側の仕込みで、客として来店し調教されるよう命令されていた。新人には客にサクラがいるとは知らせないと主人は話していたし、その時邑上誠は金融会社の社長の同伴客として店に行ったのだ。そこで舞台に上がった新人だと言う件の『調教師』が、言うまでもなく外崎宏太。
調教されてもいい程の美しい秀麗な顔だけでなく、その身体は見事でしなかやかな筋肉をつけていて誰もが見惚れてしまった。若く見事な肉体にまだ屹立していないのにレザーの股間の見事さに、誰もが喉を鳴らして目を惹き付けられてしまう。

いい?誠。舞台の上では普通にしてていいからね。

そう主人は事前に誠に命令していて、駄目なら何一つ反応しなくてもいいとまで言われていたのだ。それなのに誠はその青年の声に巧みに操られ、あっという間に舞台の上で陥落して快感に泣きながら尻を鞭打たれ何度も絶頂した。最初は主人の後継として育てられる筈だった誠は、同じ様にこの舞台で『調教師』になろうとして派手に失態を見せた人間なのだ。調教出来なかった『調教師』は師匠でもある主人に飼われ、既に年単位で調教されてきていたが演技も出来るペットでもある。それなのに宏太に鞭打たれ、あの甘い声で命令されて誠は産まれて初めて我を忘れて快楽にのめり込んだ。

何てこと…………こんなの、初めてだ………………

そしてそこから誠は本来の飼い主である主人よりも、宏太にされる調教の方にのめり込んでしまったのだ。

何度片倉に連れられ、この男に調教されたろう………………

あの店で宏太がショーをしていた期間の内、何度も繰り返し宏太に舞台で調教されてきた。けれど実はレザーのあの艶かしいボンデージは見たが、1度として彼の全裸を見たことはない。何よりも金融会社の社長・片倉雄蔵には何度もその後閨で抱かれたけれど、同伴の主である片倉が望んでくれないから誠は1度も宏太の逸物を捩じ込んで貰えないままだったのだ。

抱かれたい…………

そう調教されながら何度願っても、満たして貰えない。やがて主人にその思いがバレてしまって、宏太に近づくのを禁じられてしまってからは尚更その思いは強くなった。飼育されている自分が、主人ではない男に抱かれたいなんて許されないと分かっていても諦められない。

駄目だよ?誠。彼は君には無理だ。

そう何度も主人に諭されても駄目で、結局自分は邪魔をする主人を憎悪するようになってしまう。そして選択してはいけない道を選択して、邑上誠は進藤隆平という男に出逢ってしまった。

お願い、進藤さん…………、何でもするから、あの人を…………



※※※



目の前の男は醜く歪な傷跡だらけで、身体にも酷い傷跡と後遺症を持っている。それを邑上誠が知っているのは、生前の進藤隆平からその身体を事を聞いているからだった。無惨な傷を負って過去の美しく見事な身体も能力も全て失った男。そこまで哀れにも地に落ちたのだから、もう二度とこの男はマトモな恋人すら作れない。そう思ったからこそ邑上誠は、この男を嘲笑ってやれると思ったのだ。

それなのに、何で…………

進藤隆平を逮捕するのに尽力したのが宏太だと聞いて呆気にとられただけでなく、その後のこの男はまるで人生をやり直しているみたいに幸せそうに暮らす。この男のせいで自分は最も自分を大事にしてくれていた筈の人を失って、彼の忘れ形見ですら自分を嫌悪しているのに。

閃光

その表現が酷く相応しい、傷だらけの筈の男の流麗で見事な動き。自分の義理の兄でもあった人は誠に、外崎宏太はお前の手には負えないよとずっと繰り返していた。見事な美しい動きで杖の先が目が見えているように飛んできて自分の右肩を突き、ゴキンと体内で奇妙な音を立てて自分を背後のベットに向かって撥ね飛ばしていく。
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