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第十七章 鮮明な月
257.
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扉の向こうから微かな物音が響いたのに、リノリウムの床の上に転がされて必死に拘束を解くべく手を動かしていた源川仁聖は思わず身体を強張らせていた。この短時間で拘束を解いているなんて曲芸が出来ていたら実際のところは最高に格好いいのだろうけど、幾ら外崎宏太に教えられても一応仁聖だって人間なのでそれは無理だ。ただ、仁聖が逃げようと拘束を解くためにジリジリ動いていたのは事実としてあるので、ここでそれが監禁犯にバレてしまうのはちょっと……いやかなり問題である。
まいった……どうする?
一応は扉に手が見えないように壁に背中を向ける体勢には移動しているが、背後を覗き込まれて結束バンドの1つが既に外れているのを見られるのは避けたい。気を失ったふりをしてたら、そのまま扉を閉めていなくなるなんて事はあるだろうかと思案しながら扉の動向を伺う。ところが鍵が開いた音はしたが、中々扉が動こうとしないのに仁聖は眉を潜める。暫くの間の後、恐る恐る音をなるべくたてないようにと言う風に扉が開きはじめ、やがてスルリと滑り込んできた人影に仁聖は1度驚いたように目を見開いていた。けれどその人影をマジマジと見つめ、訝しげに眉を潜めて仁聖は真っ直ぐに睨みつけてしまう。何しろ仁聖の目の前にいたのはついさっき…………ここに連れてこられる迄の時間の感覚はないのだけれど、仁聖の自覚としては……事務所でやりあったばかりの三科悠生なのだ。
「…………っ。」
拘束され床に転がされても怯みもせずに睨み付けてくる仁聖に、悠生は一瞬ホッとした顔を浮かべたが、辺りをキョロキョロと見渡してから青ざめて強張った顔でソロリと音もたてないようにして近づいてくる。
「お前…………っ。」
「静かに…………俺、ここにはこうして何とか入れるけど、他には…………何にも出来ないんだ…………。」
どういう意味かは理解できないが、思っているのと違い緊張しきって青ざめ震える声でそう告げる。そんな悠生に仁聖は改めて目を丸くして黙りながらも、まだ残る不信感を隠さず睨み付けてしまう。その視線に気がついて、悠生は視線を見つめ返すと何故か少し嬉しそうに笑っていた。
「その目………変わんないな………?」
「は?」
「お前のそういうとこ、…………すごいと思うよ。」
こんな状況に落ちてもまるで怯みもしない強さ。
三科悠生が初めてモデルとしてのウィルを見たのは、栄利彩花とのポスターではなくてウィルが一人で販促ポスターをやった飲料ポスターだった。挑みかかるような視線、それがまだ2つか3つ目の仕事だなんて思えないほどの凄まじい引力を放つ美しい瞳。自分には全く宿らないその光に悠生は打ちのめされ、このままでは何もかもこの男に持っていかれると素直に思った。だから必死になってオーディションを受けまくったつもりだったのに…………結局自分が選んだものは、過ちばかりで再びあの男の手玉にとられてしまっている。
「静かにしてろ……今、外すから。」
仁聖にそういいながら、悠生はそっと背後に回ると目を丸くする。既に後ろ手の親指を拘束していた結束バンド3本のうち、1本が弾けていて2本目も半分千切れかけているのだ。
「凄いな、…………ウィル。」
「仁聖。」
「は?」
「源川仁聖。ウィルはミドルネーム。」
「ミドルネーム……って。」
「ハーフなの、俺。早く外して。」
言葉少なに仁聖に促され、慌てて悠生がその指を拘束している結束バンドを外し始める。実際のところ何でここにいるとか何で助けるとか悠生に聞き出したいことは山ほどあるのだが、それでも悠生が少なくとも仁聖を助けるつもりなのは確かなようだ。
「いてッ」
「悪い…………かなりキツくて…………。」
2人が声を潜めてヒソヒソと会話を交わしている最中、不意に扉の向こうが大きくざわめくのが聞こえる。ハッとしたように視線をあげた後悠生は更に焦ったように結束バンドを外しながら、苦悩に満ちた声で呟く。
「こんなこと頼んだ訳じゃないんだ…………、あの人はいつも勝手に……。」
「あの人…………?」
やっと手は自由に解放されて痣になっている指を揉み解しながら、仁聖が訝しげに悠生に問いかける。ここに監禁されたのを悠生はやはり目の前で見ていたのだとは思うが、悠生にしてみてもこの事態は想定していたものではなかったらしい。
「俺の…………兄が、命令して、やらせたんだ…………。」
苦悩に満ちたその声に、仁聖は眉を潜めていた。
※※※
「いい加減に………。」
そう言葉を繋ごうとした結城晴の肩に、スルンと背後から手が乗せられていた。頼みごとをした相手は晴を連れて賑わうクラブにやってきていて、しかも真っ直ぐ来れば半分以下の時間で辿り着けた筈の道を路地裏を幾重にも縫うようにして動き回るものだから、一瞬自分が何処にいるのか晴にも分からなくなってしまう有り様だ。ここ数日で相手がこういうタイプの人間なのは十分に理解できたけれど、誠にもって意味不明の行動ばかりで目眩がしてしまう。
「晴、こっち。」
「え?」
しかも連れてこられたクラブの中に入るのかと思いきや、そのまま店の裏に回るように肩を組まれる。しかもスタスタ歩く先は、クラブとは全く繋がっていないように見える建物に向かう有り様だ。画像の白鞘千佳を探したいと願ったのは自分だけど、ここまで振り回されるとは思ってもいなかった。
「ちょっと、何処行くの?」
そう声をかけた瞬間目の前で三浦和希は今回は栗毛になっている髪を揺らしながら、恋人の狭山明良とは違うタイプの蹴りを目の前のドアに向かって繰り出していた。明良の蹴りが直線だとしたら、三浦の蹴りは曲線。それなのに何時だか明良がラブホテルのドアを蹴り壊したのと、何でかそっくりの音を起てて三浦の蹴り飛ばしたドアが簡単にひしゃげる。何なの?何で俺の身の回りってこんな普通でない人ばっかいるの?普通ドアってひしゃげないよね?と内心晴は叫びたくなってしまう。
「な、にしてんの?!」
「えー?何ってドア蹴ってんの。」
分かってるよ!そんなの!!と思わず叫ぶけれど、案の定ドアの向こうにいたらしい人間達が何事かとざわめいている。何してくれてんの?!俺、なにも戦闘関係は出来ないんですけど!!と声を荒げた晴に、三浦はまるで玩具箱を眺めているように楽しげな笑顔で中に脚を踏み入れた。
「こんばんわー。」
「こんばんわじゃないよ!何して…………。」
ドアの向こうにはどうみても堅気の方々ではない面々が大勢屯していて、晴は思わず凍りつきながら三浦の肩に縋る。それに肩越しにニコニコして見せた三浦が、ちょっと待っててと平然とした顔で言うのに、晴は真剣に早まるな!!と叫びそうになっていた。何しろ目の前のヤクザっぽい人々はどいつもこいつも筋骨粒々なのに、三浦和希は正直自分と体格は変わらない。
白鞘の写っている画像の解析を、久保田惣一や外崎宏太に頼む手もあるのは分かっていた。でもそうなると結局あの宏太の口ぶりからすると、自分は蚊帳の外に置かれて何も変わらないと思える。そんなその時ふと晴の頭に浮かんだのは、自分には面と向かっても何もしなかった目の前のこの三浦和希の事だった。しかもあの時の三浦の口ぶりからすると晴の他にもこの近郊にお気に入りの女子高生がいて、割合ここら辺をフラフラしているようでもある。以前に三浦が宏太と同じような技術を持っているようだと、了からも聞いていたし試しに話を持ちかけてみても良いんじゃないだろうかと考えてしまったのだ。
そんな思いで何日か網を張るつもりで、あの三浦と行った喫茶店を中心に高校生が多く出歩く範囲を絞って、しかも監視カメラ設置が少ないと言う条件を重ね合わせていく。そうしたら案外的を得ていたらしくアッサリと即日で、今度は栗毛に髪の色を変えた三浦を晴は発見していた。見つけたと咄嗟に駆け寄り腕を掴んだら、三浦はキョトンとしながら暫く晴の事を眺めていたのだけど
あぁ、クオッカのお兄ちゃん。
と、不意に思い出したような声で晴の事を眺める。クオッカって何だそりゃ?と思ったけれど記憶障害のある三浦は自分が気に入っているとか印象が強い事とか、何か条件付けをしてモノを記憶しようとしているらしく、自分はクオッカみたいにノホホンと笑う人として記憶したとか。微妙に喜べない話だが一先ずそれはさておき、こんな風に偶々捕まえられたら物は試し。
助けて。
そう素直に頼んだ自分を暫し物珍しいものでも見るように、三浦は眺めていたけれど呑気な口調で何か対価をくれる?と聞いてきたのだ。しかも晴が自分が払えるものならと言ったら、そういう言い方したら危ないから駄目だよと窘められる有り様で。
じゃ!ケーキ奢るから!!!
そう咄嗟に頭に浮かんだことを言った晴を見て、三浦は次の瞬間大爆笑し始めたのはここだけの話。腹を抱えて暫く笑い転げてから三浦は、じゃそれで手を打とうかなと呑気に答えてそのまま晴と漫喫にしけこんだのだった。何をするかと思えば漫喫程度のスペックのパソコンだと言うのに、三浦はあっと言う間にプログラムを組み立てて晴の入手した画像解析をその場でし始めたのだ。それは正直人間業とは思えない早さで、晴はポカーンとしてその様子を眺めているしかない。幾らパソコンに詳しくてもその場にあるロウスペックのパソコンに、解析のためのプログラムを構築するなんて数時間単位でするような話じゃないのだ。それなのに確かにそれをやってのけて、三浦は漫喫のフードメニュ-のパフェ片手にこんなことを言い出す。
あぁ、ここバックに音が紛れてる。重低音の振動だから近隣の建物かな、後はぁ人が大勢集まる……でも何処かで繋がってそうだなぁ……んんーと。
その解析能力は実際に見ていると尋常じゃない上に、外崎宏太の耳でも出来ない科学的な解析をしてのける。そうして僅かなシーンにあった日差しの角度やら白鞘の身体の変容に掛かる時間やら何やらを加味して、更に僅かに出てきた別な男や女の身体にある特徴から他の人間も行方不明者だと調べあげてしまった。
なんで、…………そんなのまでわかんの?
戸惑いながら晴が聞いてみたら、基本的にこんなビデオに出るのはマトモな状況にはいない筈だし、こんなスナッフに出されるってことは行方不明になっていたり犯罪で逃げていたりしそうだからと三浦は平然と言う。自分がそうだから分かるけど警察のデータベースには少しは身体的特徴も乗ってるんだよなんて話なのに、余りにもノホホンと平和な口調で話されると、目の前の人間が稀代の殺人鬼だったことを晴も忘れてしまいそうだ。
「はーる、終わったよぉ。」
ハッとしたように我に変えると、目の前はいつの間にやら死屍累々。先ほど扉を破壊して進んできたらこっちに駆けつけ掴みかかってきた筈のヤクザ擬きが悉く泡を吹いて昏倒している。あれ?これってこの後の始末はどうしたら?と呆気にとられてしまうけれど、三浦が呑気にそれを跨ぎヒョイヒョイと先に進んでしまうのに慌てて晴も後を追う。そしてその先のドアを1つ開けた途端、三浦がコテンと首を傾げて立ち止まっていた。
「あ~れ?…………この匂い…………どっかで…………。」
幾つかのドアの先でヒクヒクと三浦が鼻を動かしたかと思うと、不意に振り返ってポケットからハンカチを取り出して晴に手渡してくる。何これ?と思わず問い返す晴に向かって、三浦はここの匂い直に嗅がない方がいいかも……と平然と口にしていた。
「嗅がない方がいいって…………?」
「これ、あんまり吸ってると、ラリっちゃうと思うな……、たぶん。」
確かにほんの僅かだが廊下の淀んだ空気に甘く微かな匂いが漂っていて、それは何処かで嗅いだことのある男物の香水に似ている。口元ハンカチで覆っててと三浦が口にした途端、また廊下の先からバタバタとこちらに向かってくる足音が幾つも響き始めていた。
※※※
扉の向こうで何人もが走り過ぎていく足音を聞きながら、仁聖を背中に悠生がそっと扉を開けて廊下を眺める。今は廊下の前には人気がないが廊下の先では何人かの話す声が微かにしていて、何時人がやってくるかはわからない。一先ずこっちと手招き壁伝いに歩き出した悠生に従うが、今更ながらに殴られた頭の痛みに仁聖が思わずよろめく。
「大丈夫か?」
戸惑いながら問いかける悠生に壁に寄りかかりながら頷くけれど、流石に気絶するほど殴られたなんて生まれて初めてで目眩がするのはやむを得ないのかもしれない。その仁聖の様子を伺いながら、ソロソロと先に進み始めた悠生がギクリと脚を止めるまでそれ程の時間はかからなかった。
「邑上、お前……そいつは?」
三科悠生のことを邑上と呼んだ男に、悠生は何と答えたらいいか分からず凍りつく。友達とか言い逃れをするにはこの場所は彼にとって無理があるのだと、その反応からも分かるけれど逃げ出すには遅すぎる。そう思った瞬間、その男の背後に突然人影がさしていた。
まいった……どうする?
一応は扉に手が見えないように壁に背中を向ける体勢には移動しているが、背後を覗き込まれて結束バンドの1つが既に外れているのを見られるのは避けたい。気を失ったふりをしてたら、そのまま扉を閉めていなくなるなんて事はあるだろうかと思案しながら扉の動向を伺う。ところが鍵が開いた音はしたが、中々扉が動こうとしないのに仁聖は眉を潜める。暫くの間の後、恐る恐る音をなるべくたてないようにと言う風に扉が開きはじめ、やがてスルリと滑り込んできた人影に仁聖は1度驚いたように目を見開いていた。けれどその人影をマジマジと見つめ、訝しげに眉を潜めて仁聖は真っ直ぐに睨みつけてしまう。何しろ仁聖の目の前にいたのはついさっき…………ここに連れてこられる迄の時間の感覚はないのだけれど、仁聖の自覚としては……事務所でやりあったばかりの三科悠生なのだ。
「…………っ。」
拘束され床に転がされても怯みもせずに睨み付けてくる仁聖に、悠生は一瞬ホッとした顔を浮かべたが、辺りをキョロキョロと見渡してから青ざめて強張った顔でソロリと音もたてないようにして近づいてくる。
「お前…………っ。」
「静かに…………俺、ここにはこうして何とか入れるけど、他には…………何にも出来ないんだ…………。」
どういう意味かは理解できないが、思っているのと違い緊張しきって青ざめ震える声でそう告げる。そんな悠生に仁聖は改めて目を丸くして黙りながらも、まだ残る不信感を隠さず睨み付けてしまう。その視線に気がついて、悠生は視線を見つめ返すと何故か少し嬉しそうに笑っていた。
「その目………変わんないな………?」
「は?」
「お前のそういうとこ、…………すごいと思うよ。」
こんな状況に落ちてもまるで怯みもしない強さ。
三科悠生が初めてモデルとしてのウィルを見たのは、栄利彩花とのポスターではなくてウィルが一人で販促ポスターをやった飲料ポスターだった。挑みかかるような視線、それがまだ2つか3つ目の仕事だなんて思えないほどの凄まじい引力を放つ美しい瞳。自分には全く宿らないその光に悠生は打ちのめされ、このままでは何もかもこの男に持っていかれると素直に思った。だから必死になってオーディションを受けまくったつもりだったのに…………結局自分が選んだものは、過ちばかりで再びあの男の手玉にとられてしまっている。
「静かにしてろ……今、外すから。」
仁聖にそういいながら、悠生はそっと背後に回ると目を丸くする。既に後ろ手の親指を拘束していた結束バンド3本のうち、1本が弾けていて2本目も半分千切れかけているのだ。
「凄いな、…………ウィル。」
「仁聖。」
「は?」
「源川仁聖。ウィルはミドルネーム。」
「ミドルネーム……って。」
「ハーフなの、俺。早く外して。」
言葉少なに仁聖に促され、慌てて悠生がその指を拘束している結束バンドを外し始める。実際のところ何でここにいるとか何で助けるとか悠生に聞き出したいことは山ほどあるのだが、それでも悠生が少なくとも仁聖を助けるつもりなのは確かなようだ。
「いてッ」
「悪い…………かなりキツくて…………。」
2人が声を潜めてヒソヒソと会話を交わしている最中、不意に扉の向こうが大きくざわめくのが聞こえる。ハッとしたように視線をあげた後悠生は更に焦ったように結束バンドを外しながら、苦悩に満ちた声で呟く。
「こんなこと頼んだ訳じゃないんだ…………、あの人はいつも勝手に……。」
「あの人…………?」
やっと手は自由に解放されて痣になっている指を揉み解しながら、仁聖が訝しげに悠生に問いかける。ここに監禁されたのを悠生はやはり目の前で見ていたのだとは思うが、悠生にしてみてもこの事態は想定していたものではなかったらしい。
「俺の…………兄が、命令して、やらせたんだ…………。」
苦悩に満ちたその声に、仁聖は眉を潜めていた。
※※※
「いい加減に………。」
そう言葉を繋ごうとした結城晴の肩に、スルンと背後から手が乗せられていた。頼みごとをした相手は晴を連れて賑わうクラブにやってきていて、しかも真っ直ぐ来れば半分以下の時間で辿り着けた筈の道を路地裏を幾重にも縫うようにして動き回るものだから、一瞬自分が何処にいるのか晴にも分からなくなってしまう有り様だ。ここ数日で相手がこういうタイプの人間なのは十分に理解できたけれど、誠にもって意味不明の行動ばかりで目眩がしてしまう。
「晴、こっち。」
「え?」
しかも連れてこられたクラブの中に入るのかと思いきや、そのまま店の裏に回るように肩を組まれる。しかもスタスタ歩く先は、クラブとは全く繋がっていないように見える建物に向かう有り様だ。画像の白鞘千佳を探したいと願ったのは自分だけど、ここまで振り回されるとは思ってもいなかった。
「ちょっと、何処行くの?」
そう声をかけた瞬間目の前で三浦和希は今回は栗毛になっている髪を揺らしながら、恋人の狭山明良とは違うタイプの蹴りを目の前のドアに向かって繰り出していた。明良の蹴りが直線だとしたら、三浦の蹴りは曲線。それなのに何時だか明良がラブホテルのドアを蹴り壊したのと、何でかそっくりの音を起てて三浦の蹴り飛ばしたドアが簡単にひしゃげる。何なの?何で俺の身の回りってこんな普通でない人ばっかいるの?普通ドアってひしゃげないよね?と内心晴は叫びたくなってしまう。
「な、にしてんの?!」
「えー?何ってドア蹴ってんの。」
分かってるよ!そんなの!!と思わず叫ぶけれど、案の定ドアの向こうにいたらしい人間達が何事かとざわめいている。何してくれてんの?!俺、なにも戦闘関係は出来ないんですけど!!と声を荒げた晴に、三浦はまるで玩具箱を眺めているように楽しげな笑顔で中に脚を踏み入れた。
「こんばんわー。」
「こんばんわじゃないよ!何して…………。」
ドアの向こうにはどうみても堅気の方々ではない面々が大勢屯していて、晴は思わず凍りつきながら三浦の肩に縋る。それに肩越しにニコニコして見せた三浦が、ちょっと待っててと平然とした顔で言うのに、晴は真剣に早まるな!!と叫びそうになっていた。何しろ目の前のヤクザっぽい人々はどいつもこいつも筋骨粒々なのに、三浦和希は正直自分と体格は変わらない。
白鞘の写っている画像の解析を、久保田惣一や外崎宏太に頼む手もあるのは分かっていた。でもそうなると結局あの宏太の口ぶりからすると、自分は蚊帳の外に置かれて何も変わらないと思える。そんなその時ふと晴の頭に浮かんだのは、自分には面と向かっても何もしなかった目の前のこの三浦和希の事だった。しかもあの時の三浦の口ぶりからすると晴の他にもこの近郊にお気に入りの女子高生がいて、割合ここら辺をフラフラしているようでもある。以前に三浦が宏太と同じような技術を持っているようだと、了からも聞いていたし試しに話を持ちかけてみても良いんじゃないだろうかと考えてしまったのだ。
そんな思いで何日か網を張るつもりで、あの三浦と行った喫茶店を中心に高校生が多く出歩く範囲を絞って、しかも監視カメラ設置が少ないと言う条件を重ね合わせていく。そうしたら案外的を得ていたらしくアッサリと即日で、今度は栗毛に髪の色を変えた三浦を晴は発見していた。見つけたと咄嗟に駆け寄り腕を掴んだら、三浦はキョトンとしながら暫く晴の事を眺めていたのだけど
あぁ、クオッカのお兄ちゃん。
と、不意に思い出したような声で晴の事を眺める。クオッカって何だそりゃ?と思ったけれど記憶障害のある三浦は自分が気に入っているとか印象が強い事とか、何か条件付けをしてモノを記憶しようとしているらしく、自分はクオッカみたいにノホホンと笑う人として記憶したとか。微妙に喜べない話だが一先ずそれはさておき、こんな風に偶々捕まえられたら物は試し。
助けて。
そう素直に頼んだ自分を暫し物珍しいものでも見るように、三浦は眺めていたけれど呑気な口調で何か対価をくれる?と聞いてきたのだ。しかも晴が自分が払えるものならと言ったら、そういう言い方したら危ないから駄目だよと窘められる有り様で。
じゃ!ケーキ奢るから!!!
そう咄嗟に頭に浮かんだことを言った晴を見て、三浦は次の瞬間大爆笑し始めたのはここだけの話。腹を抱えて暫く笑い転げてから三浦は、じゃそれで手を打とうかなと呑気に答えてそのまま晴と漫喫にしけこんだのだった。何をするかと思えば漫喫程度のスペックのパソコンだと言うのに、三浦はあっと言う間にプログラムを組み立てて晴の入手した画像解析をその場でし始めたのだ。それは正直人間業とは思えない早さで、晴はポカーンとしてその様子を眺めているしかない。幾らパソコンに詳しくてもその場にあるロウスペックのパソコンに、解析のためのプログラムを構築するなんて数時間単位でするような話じゃないのだ。それなのに確かにそれをやってのけて、三浦は漫喫のフードメニュ-のパフェ片手にこんなことを言い出す。
あぁ、ここバックに音が紛れてる。重低音の振動だから近隣の建物かな、後はぁ人が大勢集まる……でも何処かで繋がってそうだなぁ……んんーと。
その解析能力は実際に見ていると尋常じゃない上に、外崎宏太の耳でも出来ない科学的な解析をしてのける。そうして僅かなシーンにあった日差しの角度やら白鞘の身体の変容に掛かる時間やら何やらを加味して、更に僅かに出てきた別な男や女の身体にある特徴から他の人間も行方不明者だと調べあげてしまった。
なんで、…………そんなのまでわかんの?
戸惑いながら晴が聞いてみたら、基本的にこんなビデオに出るのはマトモな状況にはいない筈だし、こんなスナッフに出されるってことは行方不明になっていたり犯罪で逃げていたりしそうだからと三浦は平然と言う。自分がそうだから分かるけど警察のデータベースには少しは身体的特徴も乗ってるんだよなんて話なのに、余りにもノホホンと平和な口調で話されると、目の前の人間が稀代の殺人鬼だったことを晴も忘れてしまいそうだ。
「はーる、終わったよぉ。」
ハッとしたように我に変えると、目の前はいつの間にやら死屍累々。先ほど扉を破壊して進んできたらこっちに駆けつけ掴みかかってきた筈のヤクザ擬きが悉く泡を吹いて昏倒している。あれ?これってこの後の始末はどうしたら?と呆気にとられてしまうけれど、三浦が呑気にそれを跨ぎヒョイヒョイと先に進んでしまうのに慌てて晴も後を追う。そしてその先のドアを1つ開けた途端、三浦がコテンと首を傾げて立ち止まっていた。
「あ~れ?…………この匂い…………どっかで…………。」
幾つかのドアの先でヒクヒクと三浦が鼻を動かしたかと思うと、不意に振り返ってポケットからハンカチを取り出して晴に手渡してくる。何これ?と思わず問い返す晴に向かって、三浦はここの匂い直に嗅がない方がいいかも……と平然と口にしていた。
「嗅がない方がいいって…………?」
「これ、あんまり吸ってると、ラリっちゃうと思うな……、たぶん。」
確かにほんの僅かだが廊下の淀んだ空気に甘く微かな匂いが漂っていて、それは何処かで嗅いだことのある男物の香水に似ている。口元ハンカチで覆っててと三浦が口にした途端、また廊下の先からバタバタとこちらに向かってくる足音が幾つも響き始めていた。
※※※
扉の向こうで何人もが走り過ぎていく足音を聞きながら、仁聖を背中に悠生がそっと扉を開けて廊下を眺める。今は廊下の前には人気がないが廊下の先では何人かの話す声が微かにしていて、何時人がやってくるかはわからない。一先ずこっちと手招き壁伝いに歩き出した悠生に従うが、今更ながらに殴られた頭の痛みに仁聖が思わずよろめく。
「大丈夫か?」
戸惑いながら問いかける悠生に壁に寄りかかりながら頷くけれど、流石に気絶するほど殴られたなんて生まれて初めてで目眩がするのはやむを得ないのかもしれない。その仁聖の様子を伺いながら、ソロソロと先に進み始めた悠生がギクリと脚を止めるまでそれ程の時間はかからなかった。
「邑上、お前……そいつは?」
三科悠生のことを邑上と呼んだ男に、悠生は何と答えたらいいか分からず凍りつく。友達とか言い逃れをするにはこの場所は彼にとって無理があるのだと、その反応からも分かるけれど逃げ出すには遅すぎる。そう思った瞬間、その男の背後に突然人影がさしていた。
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