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第十七章 鮮明な月
252.
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チカチカと目蓋の向こうで何かが瞬いている。
それが何なのか、こうしていてもよく分からない。今は記憶が曖昧で、あれから自分に何が起きたのか思い出せないし分からないのだ。考えようとしても頭の中は霞がかかっているみたいになっていて、現実の世界と夢の境界すら判別できないでいる。
…………なんでこんなことになったのかな………………
あの時何故こうなると思わずに、この道筋を選んでしまったのか。その理由も今ではもう何もかも遠く思い出せなくなっているし、その理由がもし今ここで分かったとしても何にもならないと分かっている。
この後…………自分はどうなるのだろう。
たまに思考がそう疑問を浮かべるけれど、その答えはどうやっても出ないでいる。それに簡単に答えの出るような疑問なら、きっともう当に答えが出ても良い。それくらいの時間は、とっくに過ぎてしまっている気がする。どうやっても答えはでないし、何もこの現状は変えられない。それを選んだのは結局は自分自身なのだ。そう思うと脳裏には悲しげな瞳が過って、その視線が自分を見つめているのを仄かな悲しさの中で思う。
会いたい、もう一度会いたい
そう願うけれどもうそれも叶わない。それが分かっているから涙が溢れそうになるけれど、泣いてもここではどうにもならないのだ。
ごめんなさい
頭の中でそう何度繰り返しても、それに答えてくれるあの人は今は傍にいない。何度謝っても、本当にそれを伝えたい人はここにはもういないのだから。そして自分が永遠に謝り続けても、2度とこの思いはあの人には伝わらない。それでもヤッパリ今の自分には、ただひたすらに謝り続ける事しか出来ないから頭の中で繰り返し続ける。
ごめんなさい…………
※※※
『今……っ、どこら辺にいるっ…………て?』
少し息を切らせたインカム越しの外崎了の声、了が駅前まで走って向かっていたのは呼吸だけでなく足音からもちゃんと分かっている。宮直行経由の花街周辺情報をザッと取りまとめながら、外崎宏太が想定出来る位置を更に指定していく。本当なら宮から直接指示を受けて自分も了を追いかけたいところだが、何しろ宏太の最大の弱点は盲目ゆえの機動力のなさだ。しかも宮の方に入ってくる情報が多方面で多角的過ぎるのと、探している対象の結城晴と誰か分からない男の移動速度が想定外らしくて一向に定点調査にならない。
『ごめん、花街の西にそれたみたい!東側はブロックできたけど。』
「くそ、速いな。宮、もう少し先回り出来ないか?」
『させてるけど、すかされてんのー。』
宮直行の方でも先回りして晴の居場所の特定を図ろうと、情報網を更に広域から狭めようとしてている。だが、どうも向こうはそれを見越して、想定外の動きを取って宮はかなり撹乱されているようだ。想定された進行方向を逆に追い込む形で駒を動かし挟撃ちにする筈が仲間通しで鉢合わせ、他の駒が晴達を新たな地点で発見するのを繰り返している。駅前を塞ぐ形になっているからこそまだ完全に見失いはしていないが、下手すると網から取り零しかねない。流石にどんなに晴が宏太の動き方や宮の機動力を知っているとは言え、そこまで先読みしての行動まで出来るとは考えられない。つまり可能性としてだが一緒にいる男が晴に指示していて、意図してこちらの動きを撹乱されている。
くそ、もしかして…………晴のやつ…………。
そんなことが自分の見知った仲間内でなく可能だった男を、宏太は一人だけ知っている。その男はこの街で宏太や惣一達以外で同じようなことが出来て、若かりし久保田惣一が突然に引退した後に長年この街のアンダーグラウンドで牛耳ってきた男。情報操作で多大な利益を上げ続けて、しかもその男のアンダーグラウンドでの暗躍の理由は自らの父親の血縁という系譜を根絶やしにすることだった。自らの血筋の根元まで呪いながら、例え自らの力が及ばない状況になっても一族郎党全てが破滅する計画を練り続けた災厄の男。その行動は恐ろしい迄に周到で綿密に組み込まれ、その男が死んだ後でも波及効果は絶大だ。
進藤…………隆平
あの男がアンダーグラウンドで生きていくために身につけた特殊な技能。惣一から学んだ情報操作能力を、あの男は違う方面で特化させた。久保田惣一は画像や様々な情報媒体に対する解析に関しては断トツの技術を持つのだが、進藤はそれを学び逆手にとってそこにいた痕跡を残さないという特化した技術を身につけたのだ。お陰で進藤は、多くの警察の網から逃げ続けていた。それが一年前逮捕されたのは、偶々対面した男が特殊な古武術なんてものを身に付けていた盲目の男だったからだろう。
目が見えていたら、進藤は悉く自分の事を調べ上げ、先に潰しにかかった筈だ。
盲目の傷の後遺症持ち。以前の五体満足の自分を自らの計画に巻き込み、この状態に貶めたので幾分危険性を低く見積もっていたのだ。大体にして三浦事件で宏太が生き残った事自体が、進藤にとってはイレギュラーだったのは当の本人の口からも聞いている。だからこそ宏太を危険だと認識していなかった進藤は、あの時宏太と直接対決したのだ。
でも進藤隆平は、1年前に確かに警察病院で死んでいる。
遠坂喜一に殺されたと思われているが、真実は闇の中。それでも確かにあの男は歩けない身体になって、病院から出ることなく死んだ。
けれど、唯一その男の技能を身に付けて全てを引き継いだ筈の男がまだこの街に存在している。言うまでもない進藤隆平の息子……あの三浦和希だ。三浦は都立総合病院から逃げ出した後、暫く進藤の元で保護されていて様々な技能を瞬く間に身に付けていった。その後紆余曲折あったが、今の三浦はある意味モンスターとしてこの街を徘徊し続けている。
昨年の秋以降の三浦は警察でも明らかな情報が掴めず、この街の中でも(まぁ、惣一達が三浦をブラックリストのアンタッチャブル扱いをしていると言うせいもあるのだろう。何しろ触らなければ噛みついてこない。ならスルーするのが1番簡単で、三浦がモンスターになるのは自らの性行為。しかもそれに絡んだ男だけが被害者になるのだと分かってもいる。それが分かってしまえば、身内にはそれを避けるようにと連絡しあうだけだ。事実知らずに接触した男が死体になった事件はあったが、最近では花街で働く人間や惣一の息のかかった人間は誰も三浦関係では怪我ひとつしていない。)そうそう情報は入らなくなってしまっている。それでも稀に近郊で見かけたという情報はチラホラしていて、結城晴は過去に1度三浦と接触しているのだし、三浦と接触しても穏やかに対面で茶を飲む長閑さで済んだ。
仲良く歩く同年代の男
三浦和希は槙山忠志の幼馴染みで同じ年、つまりは晴とも同じ年だ。しかもこれ迄の経験から三浦は1度気に入った相手なら、継続して好意を向ける可能性も無いわけではない。宇野智雪の恋人・宮井麻希子がその良い例で、彼女は1度拉致されて監禁はされたが直接の怪我をさせられはしなかった。しかもその後も数回…………もしかすれば現在も時々だが接触している可能性すらある。が、三浦は監禁事件以降は、彼女には何も危険性のあると思われる行動はしていない。その上、一時的にだが鳥飼信哉達が去年の夏に行方を眩ました時には、宮井麻希子にコンタクトしてきて捜索に一部協力した節もある。
それ以降も秋口にも宏太達と直接接触して、宏太なんか直に刀まで(刃のついていない抜刀術用の特殊なものではあるが、宏太の技術で振ると普通なら骨が折れるか肌が裂ける。それを三浦は平然と受け止め、結局は無傷で消えた。)向けたけれど反撃されずに生きて帰ってきた。それでもその後三浦がしたのだろうと思われる事件はあったから、三浦が人を殺さないようになったわけではないのだろう。
晴が宮井麻希子と同じく三浦に気に入られていて、もしその気になったらあの男なら画像の解析どころか、他の情報だって容易く入手しかねない。白鞘の画像を解析した上に、惣一や宏太の知らない経路での画像の情報を得られる可能性はある。それに三浦は、周囲の監視カメラや画像に写らず歩き回るなんていう進藤の持っていた特技まで身に付けている。つまり三浦に一緒に行動されたら、確かに宏太達の情報網にかからず晴が動き回るのだって可能な筈だ。
「了!一端………っ」
『仁聖?!』
戻れと言おうとしたインカム越しに了の声が源川仁聖の名前を呼ぶのを、鋭敏な聴力を持つ宏太は確りと聞いていた。
※※※
「仁聖?!」
源川仁聖が晴を追いかけてきた薄暗く人気の無い路地裏の先で、何故か突然に目の前に飛び出してきて鉢合わせたのは外崎了だった。これを想定していたというか、していないというか。気にかかる様子だった晴を追いかけてきたのだから、その仕事場の上司(なのか?)にもなるし親密な交流関係にある了と出逢ってもおかしくはないかもしれない。
「何で……こんなとこに?」
普段の仁聖が歩き回っている花街の大通りからすれば、ここはかなり胡散臭い類いの範囲の界隈。駅の北側から東にかけて広がる花街と呼ばれる大通りを中心に、東西に繁華街は広がっている。駅に近く通りの東側は割合人の往来が多く店舗も多い、それに駅と線路に沿った西側にもホテルや居酒屋なども広がっていく。ただ北西に離れれば離れるほど、客足は減って《random face》がある路地より北西に入っていくと空気が変わる場所がある。薄暗くマトモではない人間が日夜徘徊する比率の高くなるような、アンダーグラウンドの入り口だ。
そこら辺は以前の夜遊びばかりだった仁聖でも殆んど歩き回らない場所でもあるし、表通りと比較したら確実に治安だって余り宜しくはない。そんな場所でこんな風にインカムをつけた了と鉢合わせているのと、晴を見かけてしまった事との関連性を考えてしまう。
「いや、晴をみかけたから。」
素直にそう答えた仁聖に了の顔色が明らかに変わったにのも、仁聖の考えを確信に変えるには十分だ。何か事件が起きてて晴はそれに巻き込まれているから、あんな思い詰めた顔をして歩き回っていたのだろう。そして了がここにこうして来ているというのは、宏太達は晴を捜索しているのだ。それを仁聖が口にしようとした瞬間、目の前の了の視線が自分の顔から滑るように横に動くのが分かった。何かを見ているのを示すように、了の眼は仁聖の背後の闇に向けられていく。
「仁聖!!」
咄嗟の声と共に伸ばされた手が仁聖の腕を引き、反動で了の身体と仁聖の位置が入れ替わっていた。そして振り返った仁聖の頭に強い衝撃が走ったのは、その直後。
※※※
キーンという固いハウリングが響き渡っているのに、ほんの一瞬だけ宏太は凍りついていた。
「了……?」
背筋がスゥッと冷えて一瞬で凍りついていく。それまでそれは電波の障害物で僅かに波はあったが、今のようなハウリングは起こさず音声を拾い続けていた。花街の北西側に向かう路地の先で、想定外に源川仁聖と鉢合わせ。
『トノ?!ちょっと何かあった?!』
「了!!」
宮直行の声に我に帰った宏太にも、呆然としていたその数瞬の間がどれくらいのものだったのかは分からない。必死に冷静になれと繰り返して、頭の中を整理しようとしても何が起こってしまったのか。何とか数秒後に理解できたのは、インカムをつけていた了が沈黙しているということだ。了が何かの事情で、インカムをオフにしたということではない。インカムをオフにした時にはこのハウリングは起こらないし、それなりの行動が伴うから、何らかの衝撃で故障したと言うことだ。だが、このインカムはかなり乱暴に扱う前提で作られているから、投げた程度では壊れない。意図して投げつけるとか踏むとかしないとならないが、それらしい行動は聞こえなかった。
それに源川仁聖が晴を見かけ、追いかけてきたと告げたのも聞こえている。
鉢合わせた仁聖は偶々晴を見かけていて、花街から晴を追いかけていたのだ。それと結び付く可能性があるのは何だ?もしかして結城晴の協力者は三浦和希の可能性があると気がついた瞬間のことで、それがこの事態と結び付いてしまったら?
『トノ?!ちょっと!?どした?!』
宮が状況が掴めずモニターの向こうで大きな声を上げているが、もし了と仁聖の2人を襲ったのが三浦なら?そう考えると背筋が冷えるどころではない。あの男と対決して何とか出来るのは、この街には鳥飼信哉1人しかいないのだ。せめて複数で囲めば何とかなると言いたいが、あの男はそうならないのは竹林で対峙した自分にもよく分かっている。
でも、了が
自分の大事な存在(勿論仁聖の事だって分かっているが、何よりも宏太の頭にあるのはそれだけ)。ガタンッと腰を上げた宏太がヘッドホンをかなぐり捨てて歩きだそうとしたその時、まるでそれを見越していたかのように背後の扉が開いてそこに立ちはだかった気配に宏太は戸惑いの表情を浮かべていた。
それが何なのか、こうしていてもよく分からない。今は記憶が曖昧で、あれから自分に何が起きたのか思い出せないし分からないのだ。考えようとしても頭の中は霞がかかっているみたいになっていて、現実の世界と夢の境界すら判別できないでいる。
…………なんでこんなことになったのかな………………
あの時何故こうなると思わずに、この道筋を選んでしまったのか。その理由も今ではもう何もかも遠く思い出せなくなっているし、その理由がもし今ここで分かったとしても何にもならないと分かっている。
この後…………自分はどうなるのだろう。
たまに思考がそう疑問を浮かべるけれど、その答えはどうやっても出ないでいる。それに簡単に答えの出るような疑問なら、きっともう当に答えが出ても良い。それくらいの時間は、とっくに過ぎてしまっている気がする。どうやっても答えはでないし、何もこの現状は変えられない。それを選んだのは結局は自分自身なのだ。そう思うと脳裏には悲しげな瞳が過って、その視線が自分を見つめているのを仄かな悲しさの中で思う。
会いたい、もう一度会いたい
そう願うけれどもうそれも叶わない。それが分かっているから涙が溢れそうになるけれど、泣いてもここではどうにもならないのだ。
ごめんなさい
頭の中でそう何度繰り返しても、それに答えてくれるあの人は今は傍にいない。何度謝っても、本当にそれを伝えたい人はここにはもういないのだから。そして自分が永遠に謝り続けても、2度とこの思いはあの人には伝わらない。それでもヤッパリ今の自分には、ただひたすらに謝り続ける事しか出来ないから頭の中で繰り返し続ける。
ごめんなさい…………
※※※
『今……っ、どこら辺にいるっ…………て?』
少し息を切らせたインカム越しの外崎了の声、了が駅前まで走って向かっていたのは呼吸だけでなく足音からもちゃんと分かっている。宮直行経由の花街周辺情報をザッと取りまとめながら、外崎宏太が想定出来る位置を更に指定していく。本当なら宮から直接指示を受けて自分も了を追いかけたいところだが、何しろ宏太の最大の弱点は盲目ゆえの機動力のなさだ。しかも宮の方に入ってくる情報が多方面で多角的過ぎるのと、探している対象の結城晴と誰か分からない男の移動速度が想定外らしくて一向に定点調査にならない。
『ごめん、花街の西にそれたみたい!東側はブロックできたけど。』
「くそ、速いな。宮、もう少し先回り出来ないか?」
『させてるけど、すかされてんのー。』
宮直行の方でも先回りして晴の居場所の特定を図ろうと、情報網を更に広域から狭めようとしてている。だが、どうも向こうはそれを見越して、想定外の動きを取って宮はかなり撹乱されているようだ。想定された進行方向を逆に追い込む形で駒を動かし挟撃ちにする筈が仲間通しで鉢合わせ、他の駒が晴達を新たな地点で発見するのを繰り返している。駅前を塞ぐ形になっているからこそまだ完全に見失いはしていないが、下手すると網から取り零しかねない。流石にどんなに晴が宏太の動き方や宮の機動力を知っているとは言え、そこまで先読みしての行動まで出来るとは考えられない。つまり可能性としてだが一緒にいる男が晴に指示していて、意図してこちらの動きを撹乱されている。
くそ、もしかして…………晴のやつ…………。
そんなことが自分の見知った仲間内でなく可能だった男を、宏太は一人だけ知っている。その男はこの街で宏太や惣一達以外で同じようなことが出来て、若かりし久保田惣一が突然に引退した後に長年この街のアンダーグラウンドで牛耳ってきた男。情報操作で多大な利益を上げ続けて、しかもその男のアンダーグラウンドでの暗躍の理由は自らの父親の血縁という系譜を根絶やしにすることだった。自らの血筋の根元まで呪いながら、例え自らの力が及ばない状況になっても一族郎党全てが破滅する計画を練り続けた災厄の男。その行動は恐ろしい迄に周到で綿密に組み込まれ、その男が死んだ後でも波及効果は絶大だ。
進藤…………隆平
あの男がアンダーグラウンドで生きていくために身につけた特殊な技能。惣一から学んだ情報操作能力を、あの男は違う方面で特化させた。久保田惣一は画像や様々な情報媒体に対する解析に関しては断トツの技術を持つのだが、進藤はそれを学び逆手にとってそこにいた痕跡を残さないという特化した技術を身につけたのだ。お陰で進藤は、多くの警察の網から逃げ続けていた。それが一年前逮捕されたのは、偶々対面した男が特殊な古武術なんてものを身に付けていた盲目の男だったからだろう。
目が見えていたら、進藤は悉く自分の事を調べ上げ、先に潰しにかかった筈だ。
盲目の傷の後遺症持ち。以前の五体満足の自分を自らの計画に巻き込み、この状態に貶めたので幾分危険性を低く見積もっていたのだ。大体にして三浦事件で宏太が生き残った事自体が、進藤にとってはイレギュラーだったのは当の本人の口からも聞いている。だからこそ宏太を危険だと認識していなかった進藤は、あの時宏太と直接対決したのだ。
でも進藤隆平は、1年前に確かに警察病院で死んでいる。
遠坂喜一に殺されたと思われているが、真実は闇の中。それでも確かにあの男は歩けない身体になって、病院から出ることなく死んだ。
けれど、唯一その男の技能を身に付けて全てを引き継いだ筈の男がまだこの街に存在している。言うまでもない進藤隆平の息子……あの三浦和希だ。三浦は都立総合病院から逃げ出した後、暫く進藤の元で保護されていて様々な技能を瞬く間に身に付けていった。その後紆余曲折あったが、今の三浦はある意味モンスターとしてこの街を徘徊し続けている。
昨年の秋以降の三浦は警察でも明らかな情報が掴めず、この街の中でも(まぁ、惣一達が三浦をブラックリストのアンタッチャブル扱いをしていると言うせいもあるのだろう。何しろ触らなければ噛みついてこない。ならスルーするのが1番簡単で、三浦がモンスターになるのは自らの性行為。しかもそれに絡んだ男だけが被害者になるのだと分かってもいる。それが分かってしまえば、身内にはそれを避けるようにと連絡しあうだけだ。事実知らずに接触した男が死体になった事件はあったが、最近では花街で働く人間や惣一の息のかかった人間は誰も三浦関係では怪我ひとつしていない。)そうそう情報は入らなくなってしまっている。それでも稀に近郊で見かけたという情報はチラホラしていて、結城晴は過去に1度三浦と接触しているのだし、三浦と接触しても穏やかに対面で茶を飲む長閑さで済んだ。
仲良く歩く同年代の男
三浦和希は槙山忠志の幼馴染みで同じ年、つまりは晴とも同じ年だ。しかもこれ迄の経験から三浦は1度気に入った相手なら、継続して好意を向ける可能性も無いわけではない。宇野智雪の恋人・宮井麻希子がその良い例で、彼女は1度拉致されて監禁はされたが直接の怪我をさせられはしなかった。しかもその後も数回…………もしかすれば現在も時々だが接触している可能性すらある。が、三浦は監禁事件以降は、彼女には何も危険性のあると思われる行動はしていない。その上、一時的にだが鳥飼信哉達が去年の夏に行方を眩ました時には、宮井麻希子にコンタクトしてきて捜索に一部協力した節もある。
それ以降も秋口にも宏太達と直接接触して、宏太なんか直に刀まで(刃のついていない抜刀術用の特殊なものではあるが、宏太の技術で振ると普通なら骨が折れるか肌が裂ける。それを三浦は平然と受け止め、結局は無傷で消えた。)向けたけれど反撃されずに生きて帰ってきた。それでもその後三浦がしたのだろうと思われる事件はあったから、三浦が人を殺さないようになったわけではないのだろう。
晴が宮井麻希子と同じく三浦に気に入られていて、もしその気になったらあの男なら画像の解析どころか、他の情報だって容易く入手しかねない。白鞘の画像を解析した上に、惣一や宏太の知らない経路での画像の情報を得られる可能性はある。それに三浦は、周囲の監視カメラや画像に写らず歩き回るなんていう進藤の持っていた特技まで身に付けている。つまり三浦に一緒に行動されたら、確かに宏太達の情報網にかからず晴が動き回るのだって可能な筈だ。
「了!一端………っ」
『仁聖?!』
戻れと言おうとしたインカム越しに了の声が源川仁聖の名前を呼ぶのを、鋭敏な聴力を持つ宏太は確りと聞いていた。
※※※
「仁聖?!」
源川仁聖が晴を追いかけてきた薄暗く人気の無い路地裏の先で、何故か突然に目の前に飛び出してきて鉢合わせたのは外崎了だった。これを想定していたというか、していないというか。気にかかる様子だった晴を追いかけてきたのだから、その仕事場の上司(なのか?)にもなるし親密な交流関係にある了と出逢ってもおかしくはないかもしれない。
「何で……こんなとこに?」
普段の仁聖が歩き回っている花街の大通りからすれば、ここはかなり胡散臭い類いの範囲の界隈。駅の北側から東にかけて広がる花街と呼ばれる大通りを中心に、東西に繁華街は広がっている。駅に近く通りの東側は割合人の往来が多く店舗も多い、それに駅と線路に沿った西側にもホテルや居酒屋なども広がっていく。ただ北西に離れれば離れるほど、客足は減って《random face》がある路地より北西に入っていくと空気が変わる場所がある。薄暗くマトモではない人間が日夜徘徊する比率の高くなるような、アンダーグラウンドの入り口だ。
そこら辺は以前の夜遊びばかりだった仁聖でも殆んど歩き回らない場所でもあるし、表通りと比較したら確実に治安だって余り宜しくはない。そんな場所でこんな風にインカムをつけた了と鉢合わせているのと、晴を見かけてしまった事との関連性を考えてしまう。
「いや、晴をみかけたから。」
素直にそう答えた仁聖に了の顔色が明らかに変わったにのも、仁聖の考えを確信に変えるには十分だ。何か事件が起きてて晴はそれに巻き込まれているから、あんな思い詰めた顔をして歩き回っていたのだろう。そして了がここにこうして来ているというのは、宏太達は晴を捜索しているのだ。それを仁聖が口にしようとした瞬間、目の前の了の視線が自分の顔から滑るように横に動くのが分かった。何かを見ているのを示すように、了の眼は仁聖の背後の闇に向けられていく。
「仁聖!!」
咄嗟の声と共に伸ばされた手が仁聖の腕を引き、反動で了の身体と仁聖の位置が入れ替わっていた。そして振り返った仁聖の頭に強い衝撃が走ったのは、その直後。
※※※
キーンという固いハウリングが響き渡っているのに、ほんの一瞬だけ宏太は凍りついていた。
「了……?」
背筋がスゥッと冷えて一瞬で凍りついていく。それまでそれは電波の障害物で僅かに波はあったが、今のようなハウリングは起こさず音声を拾い続けていた。花街の北西側に向かう路地の先で、想定外に源川仁聖と鉢合わせ。
『トノ?!ちょっと何かあった?!』
「了!!」
宮直行の声に我に帰った宏太にも、呆然としていたその数瞬の間がどれくらいのものだったのかは分からない。必死に冷静になれと繰り返して、頭の中を整理しようとしても何が起こってしまったのか。何とか数秒後に理解できたのは、インカムをつけていた了が沈黙しているということだ。了が何かの事情で、インカムをオフにしたということではない。インカムをオフにした時にはこのハウリングは起こらないし、それなりの行動が伴うから、何らかの衝撃で故障したと言うことだ。だが、このインカムはかなり乱暴に扱う前提で作られているから、投げた程度では壊れない。意図して投げつけるとか踏むとかしないとならないが、それらしい行動は聞こえなかった。
それに源川仁聖が晴を見かけ、追いかけてきたと告げたのも聞こえている。
鉢合わせた仁聖は偶々晴を見かけていて、花街から晴を追いかけていたのだ。それと結び付く可能性があるのは何だ?もしかして結城晴の協力者は三浦和希の可能性があると気がついた瞬間のことで、それがこの事態と結び付いてしまったら?
『トノ?!ちょっと!?どした?!』
宮が状況が掴めずモニターの向こうで大きな声を上げているが、もし了と仁聖の2人を襲ったのが三浦なら?そう考えると背筋が冷えるどころではない。あの男と対決して何とか出来るのは、この街には鳥飼信哉1人しかいないのだ。せめて複数で囲めば何とかなると言いたいが、あの男はそうならないのは竹林で対峙した自分にもよく分かっている。
でも、了が
自分の大事な存在(勿論仁聖の事だって分かっているが、何よりも宏太の頭にあるのはそれだけ)。ガタンッと腰を上げた宏太がヘッドホンをかなぐり捨てて歩きだそうとしたその時、まるでそれを見越していたかのように背後の扉が開いてそこに立ちはだかった気配に宏太は戸惑いの表情を浮かべていた。
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