鮮明な月

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第十七章 鮮明な月

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栄利彩花にもそんな時期があったから、三科悠生の気持ちもよく分かる。

後から出てきた才能のある若い子達にはドンドン良い仕事が舞い込んできて先に成功の階段を駆け上がっていくのに、自分に来るのは精々場末の雑誌広告程度。そんな時期を必死に乗り越えて何とか最後のチャンスを掴んだ彩花としては、三科の気持ちは分からなくもない。
三科も容姿としては先ず先ずの素材なのだけれど、それが上手く仕事には繋がらないでいるのだ。こればかりは地道に数をこなしてやるのが1番なのだけれど、余りに仕事が入らなくて半分自棄になってオーディションを無謀に受けていた気持ちもよく分かる。勿論殆どの仕事は事務所の管理で行われるのだけれど、仕事が無さすぎると事務所から放置される時間も増えるから勝手にオーディションを受けるのも可能だったに違いない。ところがその結果同時に2つ大きな仕事のチャンスを掴んでしまった三科は、より結果の大きそうな海外撮影を選んだのだ。何しろもう片方は国内ブランドのしかも既存のライン以外の新しいもので、今後が上手くいくかどうかも分からないと三科は思ったに違いない。

それで悠生は海外撮影をとったけど、結果としては失敗だったのよね。

海外撮影の仕事を選んだのは三科自身だが、長い目で見たら国内での継続の仕事が舞い込むようになった江刺家のブランドの仕事の方を優先するのが正解だった。しかも連絡が来る前に三科は海外撮影に行ってしまっていたと藤咲信夫達は思っているのだが、彩花は三科がどっちを選ぶべきか迷っていたのを実は知っている。つまり、三科は二つのオーディションが受かったのを知っていて、連絡もとらずに後始末を事務所に丸投げして海外に渡ったのだ。(因みに事前に藤咲に伝えておけばどちらにも上手く手配して貰えて、どちらも三科の仕事として残ったかもしれない可能性があると言うことは三科は全く気がついていない。)それでいてブッキングの尻拭いをした仁聖が途轍もなく破格の逸材で江刺家の仕事の専属になってしまったのに、最近海外撮影の仕事の影響が薄れてきた三科は気がついてしまった。

「アイツ、ウィル先輩の仕事やろうとしてダメだったんでしょ?彩花。」

そう、三科は江刺家の仕事は元々自分のものだったと、海翔や彩花達が見ている前で藤咲に直談判したのだ。何を言ってるんだと藤咲も海翔も不機嫌そうにそれを眺めていたが、恐らく仁聖がその場にいたら『あ、ならいいよ、やって。』なんてスルッと答える気がするのは言うまでもない。何しろ仁聖にとってはこれは生計を立てる仕事と言うよりも未だにバイトの範疇の気分であって、申し訳ないがこれで今自分が生計をたて続けていくという意識は薄いのだ。

「結局尻拭いしたの、ウィル先輩だし。」

パクリとピザを頬張りながら、海翔が思い出したように不満を口にする。(因みに仕事の経歴としては仁聖の方が海翔より遥かに後輩になるのだが、ここまでに色々なことがあったのと本当に高校の先輩だと言うのが合間って仕事場では『ウィル先輩』なんて珍妙な呼び方になってしまった。仁聖はウィルだけで良いからと再三言っているけれど、ウィルの方がなくなって『先輩』と呼んでいる方が多いくらいだ。)しかも、結局は江刺家の再度のオーディションに出向き合格ラインに届かなかった三科は、撮影どころか何もせずに帰されてしまった。その上三科ではなくウィルでと直に江刺家から申し入れまでされてしまった。藤咲からそれを伝えられた後の三科の荒れ具合は、実に凄まじかったわけで。

「素材はまあまあなんだけどね、三科も。」

パクンとナゲットを一口で頬張りながら、彩花は物憂げに呟く。彩花達のしているモデルをはじめとして、この仕事は勿論素材勝負の面が大きいのは言うまでもない。でも、それ以上に必要なのは、自分に向いているものを惹き付ける『運』だ。大学時代は華のようにチヤホヤされていた彩花だって、モデルとして初めの数回は良くても長続きするものにはならないまま何年も過ぎていて、一時はモデルを辞めることまで考えていた。三科も一般的な基準で言えばかなりのイケメンだけど、それだけで仕事が舞い込むわけではない。そう言う意味ではウィルと名乗ってこの仕事をしている源川仁聖は、本人は自覚していないだろうが素材以上に破格の強運の持ち主なのだ。

駆け出しのモデルが、一ブランドの看板モデルなんてマトモじゃないんだから。

とはいえ天然のものであるその強運に対して他人がどんなに嫉妬しても無駄な話で、逆に可能ならバイターだろうが何だろうがオコボレを貰う方が正直利口だ。

「まぁ、ウィル先輩だもんね。オコボレの方が簡単、だね。」

仁聖の性格を知っていれば敵対するより仲良くした方が簡単で、そう言う意味では最初仲が悪かった海翔としてみたら納得の話だ。だが三科は江刺家のブランドの件が自分の実力不足だったとは未だに思っていないし、だからこうして事務所でも荒れていて仁聖と仲の良い海翔や彩花にもこの態度なのである。

「下手なことしなきゃ良いけど、三科さん。」

三科の家庭環境は余りよくなくて、歳の離れた兄弟以外は身内らしい身内がいないのだという。若い時にはそれで結構荒れていたらしいから、時々行動も危険なっかしいことがあるのだ。それが分かっているから、同じ事務所の人間としては心配でもあるのだった。



※※※



こうして見つけてしまったものを、説明するかどうか正直言うと迷う。

白鞘千佳が行方不明になったのは、勿論知っていた。行方不明になった後、暫く外崎宏太も外崎了も白鞘の行方を調べていたのだから。というのも最初は、三浦和希絡みで失踪したのだと想定したからだった。
あの当時三浦和希と結城晴が接触したり、近郊で三浦和希が起こしたと思われる事件が頻発したのもある。そして調べた結果として監視カメラなどの画像から、白鞘千佳は三浦和希と一緒に姿を消したのではないかと考えられていた。その判断は刑事の風間祥太も同じだったのは言うまでもない。
それなのに白鞘の行方が3ヶ月以上もたった今になって、別な事件か何かに巻き込まれている可能性が出てきた。というのも白鞘千佳が一緒に姿を消した相手が、三浦なら白鞘は生きている筈がない。恐らく既に白鞘はもう生きて戻っては来ないと誰もが思っていたし、そして時間が経つ毎に誰もが白鞘は死んだのだろうと勝手に確信して思いこんでいたのだ。
それがここにきて比護耕作がとある筋から入手した画像が出てきてしまった。
これを比護が見つけたのは偶々。比護が以前から探り続けてきた事件の首謀者に関連する情報の中に、その関連の人間達が組織的に販売しているスナッフ画像があると聞き付けたのだ。
そして何とか伝を辿って入手できたのが、その映像媒体。
画像の中には比護が目的としていたモノは映っていなかったのだそうだが、以前偶々比護の耳にも入っていた宏太達が探していた青年を思い出させたのだ。

宏太から言われていたのに当てはまる

年代も容姿もこんな感じの青年だったなと、比護が気がついて連絡をしてくれなければこの画像はもたらされなかった。そうして宏太達は一旦諦め探していなかった状況で、スナッフ画像として販売されていた映像媒体の中に白鞘の変わり果てた姿を見つけてしまったのだ。

「チカが…………?」

告げられた宏太の言葉に、晴は戸惑いながらも息を飲んでいた。スナッフビデオに出ていた、そう聞いて言葉にならないでいる晴に、宏太は低い声で既に警察にはその情報を流しておいたと告げる。しかし、残念ながらこのままの状況では、警察がどう動くかは分からない。何しろこの映像がどこで撮られたものなのかも分からないし、本物なのかと問われると難しい。販売元が正確でないから、これが作り物と言う可能性だってある。それに何より出演していると思われる白鞘が、望んだ行為ではないもといいきれない部分もあるのだ。そして、これが何時の映像か分からないから、今も無事かどうかも分からないのは事実だ。

「本物の可能性は…………?」

この画像が本当に無理強いされ変えられて行く青年の姿を記録したと言う可能性。そうだとしたら心底胸糞の悪い画像だけれども、もし本当のものだとしたら。そう問いかける晴に、宏太は自分は目が見えないから分からないが音声には日付の切り替え以外おかしな細工はないと告げる。例えば何か人工物を使って代用した音がないのと、一区切りの間隔の中に何か音を足したりはしていない。画像に関しても自分は出来ないが、解析できる人間に頼めば加工されているかどうかは調べられる。それに晴には見せなかったが、顔の確認のために見てしまった了には加工された画像には見えなかったという。

「…………探せる?…………しゃちょーなら。」

今更居場所を探し出しても何が出きるのか。そう問われても晴には答える事はできないけれども、もしかしたら当に手遅れなのかもしれないし、もし助け出せても元の白鞘千佳には戻らないかもしれない。身体云々よりも心の方だって、当に手遅れなのかもしれないのは分かっている。

それでも一縷の望みがあるなら。

そう晴が口にしたのに宏太は小さな溜め息をつきながら、自分に可能なところまではやってみてやると低く呟いていた。



※※※



「ミスター叡、I was worried because I hadn't heard anything from him for ages. えっと……No contact……デす。シンパイしてます。」

片言とはいえ前回よりは格段に上達した日本語でリリアーヌ・オフェリア・フラウンフォーファー……長いのでリリアと呼ぶが…………彼女は源川仁聖と佐久間翔悟にそう告げた。そんな3人が夕方の今いるのは昼の学食ではなく、何時もの『茶樹』で残念ながら久保田惣一は私用で不在とのこと。仁聖と翔悟は昼過ぎの講義を一つ消化した後で、ここで再びリリアと待ち合わせたのである。
リリアが話すには定期的に連絡を取り合うことが多かった勅使河原叡と、ここ最近突然パッタリと連絡がとれなくなったのだという。

「定期的ってどれくらい連絡してるの?リリア。」
「多いと、Weekly…………2回、Maybe、忙しい、思いましたが、3week来ないはじめてです。」

と言うか週に2回もなんの連絡しているの?と問いかけると、勅使河原はリリアの知人と連絡を取りたくて定期的にリリアと話すのだと言う。その人物はある意味では仁聖の叔父・源川秋晴のようにアチコチを飛び回っているため、中々連絡の取りにくい人物なのだと言うのだ。

「彼、連絡取りたいから、ミスター叡、私と電話する、です。」

ところがその彼と言う相手と連絡か取れたら、今度は勅使河原から連絡が来なくなってしまったのだと言う。

「叡センセ、タイミング悪…………。」

翔悟の呆れ声にホントにと思わず仁聖も同意してしまうが、そうこうしている内に3週間も連絡が来ないことに気がついたのだという。流石に全く連絡がないのはおかしいと他の知人にも連絡を取ってみたのだと言うが、今一つ勅使河原の情報は入らない。そして次年度の新学期までの長期休暇での旅行を理由にして、リリアは再びここまでやってきたのだ。という反面の理由と同時に久保田夫妻に産まれた愛娘にも会いに来たとは言うが、他にも勅使河原に聞きたいこともあるそうだから勅使河原捜索だけに来たわけではないとは言う。そんなわけで暫くは日本にいると言うリリアは、今朝あのお付きの青年にはついてくるなと厳命して、執事をホテルに置き去りにしてここまでやって来たのだった。

「ミスター、キャンパスにいない、でした。」

そう言われれば文学部連から勅使河原教授の講義が休講になっていると言う話しは、仁聖も既に以前に耳にしていた。それを全く知らずにここまでやってきたリリアも結果として勅使河原不在のキャンパスにやってくることになってしまったのだ。

「リリア、日本語上手くなったね!」
「ありがと、ショーゴ。私、とても、がんばるしました。」

以前に比較しても発音は格段に上手くなったのだが、語彙に関しては日本語はまだまだ難解で理解しきれないのだとリリアが微笑みながら言う。それにしても勅使河原がどんな意図で休講にしているのか仁聖達も全く分からないから、やって来たはいいが何も分からないままなのだと言う。急病ではないのは急病なら大学の連絡には『急病のため○日から○日まで』と記載されることになっているからで、それかないから病気で休講しているわけではないようだ。

「躑躅森さんも、今日はいない、でした。」

以前来た時にも会っていた躑躅森にも午前に仁聖達と分かれた後に接触しようとしたようだが、今日は何から何までタイミングがあわなかったらしい。
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