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第十七章 鮮明な月
238.
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仁聖の言うことはちゃんと分かっている…………。
源川仁聖がどれだけ二十歳になるのを心待にして、どれだけ恭平と心だけでなくハッキリした繋がりを求めているかもちゃんと分かっている。仁聖にとって養子縁組が、2人の法的な婚姻と同じ意味なのだとちゃんと榊恭平だって分かっていた。それでも恭平がこれに躊躇いを感じるのは、恭平自身が『榊』という名前に幾分の固執があるからだろう。
榊美弥子の血縁は自分だけ
以前に宮内家からの養子縁組の申し入れを断ってきた1番の理由。既に榊姓を継ぐのが自分だけで、しかも自分は仁聖を選んだ事で子供を作ることはないだろう。つまりは榊姓は自分の代で終わるのだけれど、それは恭平が自分で選んだ結果だし、他にそれを否定する相手もいない。でもそれは恭平の個人の選択であって、源川仁聖のものではない。
仁聖は……それで良いと言うけれど…………
外崎宏太と外崎了のように迷いもなく、それを選ぶのにどうしても躊躇してしまうのは、仁聖がまだ若くて可能性がいくつもあるからだ。そして同時に自分が実は、古風な家名への認識を密かに持っているからだと思う。宮内慶太郎のことを古いと笑ったけれども、家名への認識は実は自分も古いのかもしれない。仁聖がこうして自分を選んでくれたのは本当に感謝してるし、今はとても幸せだと心から思っている。でも、将来もし仁聖が他の何かを選択したら。選択したくなったら。
例えば………………いや……これは考えるのはダメなことか……
たらればは、ないからと何度も仁聖から宣言されているけれど、それでもここで恭平が未来の芽を先に摘むような選択を選んでも良いのかわからない。でも、それを仁聖に正直に言おうにも、こうして約束したのにと仁聖はあからさまに不機嫌になってしまったのだ。そして恐らくこれを恭平が言ったとしたら、仁聖は更に不機嫌になってしまったに違いないとも思う。
だって、…………それを仁聖が、ずっと待ち望んでいたのも分かっている。
だからこそ仁聖には受け入れられなかったのだけれど、ちゃんと恭平がするべきことはしないとと恭平は1人考えもするのだ。
筋を通してちゃんと出来たら
そうしたら仁聖の今までの何もかもを受け止められるのだと思うのは、古風な認識の自分のエゴだと思う。そう恭平だって思うけれど、これを誤魔化すには何もかも遅すぎる。
※※※
俺は…………どうしたら良いのかなぁ…………
自室のベットの上に寝ころがり、天井を眺めならが思う。こうやって不貞腐れていても何も変わらないのは分かっていて、そして同時に折れるのはできない自分がいるのも分かっている。折れるには自分がこれを心待にし過ぎていて、もしこれが叶わないとしたらこの後自分が何を願うのか分からなくなってしまう。
でも…………
ゴロンと寝ころがり俯せになって、自分のこのまとまらない感情を考える。何でこんな風に、腹立たしいのと不安なのでグチャグチャになっているのか。自己分析は実は余り得意ではないけれど、この感情の根元は何なのだろう。恭平に選ばれてから、欲張りになった自分。恭平が自分を選んでくれたのだけでなく、確約して縛り付けるものを欲しがっている自分。
………………なんだよ…………俺…………
こうして考えてしまえば、自分の不満がどんなに勝手なものなのだと言うことも理解できてしまう。子供扱いされるのは嫌な癖に、子供染みた独占欲で2人の関係性を恭平に法律でも証明して欲しい仁聖自身のエゴだ。それは分かっているけれど、自分の願いを分かってもいてくれる筈だからと思ってもいた。
長い時間1人で悶々としていた仁聖は、そっとドアを開けて廊下を伺う。
リビングの電気は既に消えていて、恭平がそこに居ないのは開けてみなくてもわかった。気がつけば夜の10時と時間が遅いから、寝室かそれとも書斎に居るのだろうかとは思うけれど、これをどうしたら納められるのか。前にも同じ様に不貞腐れて自室に籠った時葉、密かに家を抜け出したものだから恭平に余計な心配をかけてもしまっている。
恭平だって色々あるし……………それに…………。
大分悩んでいるものの、これをどう納めたら良いのかと迷う。以前なら恭平を怒らせることは多々あったけれど、仁聖の方が腹を立てたりすることは事実そんなになかった。甘えて恭平を怒らせてしまうことは勿論あったのだけれど、恭平自身にこんな風に苛立つようになるようになるなんて想像も出来なかったのだ。
以前は恭平の身の回りのことを根掘り葉掘りしていた時期もあった…………
でも聞けば聞くほど恭平と自分の間の距離が遠く感じてしまうから、そんな理由で聞かなくなって。でもこうして2人で暮らすようになって、1人で全てこなしてきた恭平は自分からかなり歩み寄ってくれているのも分かる。
綺麗でカッコいい恭平が何処で何をしているのか…。
溜息混じりに仁聖は無理やり視線を手元から引き剥がして、リビングのドアの前から踵を返していた。結局子供のように我が儘を言って恭平に甘えているのは常識はずれの自分ばかりで、常識的で大人の恭平が何故躊躇しているかだって分かっている。多分恭平は社会的に二十歳そこそこで男同士の婚姻を公言しようとする仁聖に戸惑うのだし、実際には外崎宏太のように安定した収入源を確立して豊かな暮らしをしていて相手のことも完璧に守れるほどの力は仁聖にはない。自分の部屋の扉に再び手を伸ばそうとした手が、実は微かに震えていたのに仁聖も気がつく。
最低だ……………俺。
ハッとするほどに自分の中に強く湧き上がった気持に、苛立ちよりも強い困惑が膨れ上がる。その時不意に背後からしなやかな両腕が、延びてきて仁聖を抱き締めたのに仁聖は驚いてしまう。リビングの電気が消えていたから寝室か書斎と考えていた筈なのに、物思いに耽ってしまったら書斎の事を失念してしまっていたのだ。そして、仁聖が気がつかない内に書斎から出てきた恭平が、背後から仁聖を抱き締めていた。
「……………仁聖?」
何と言ったらいいのかが分からずに立ち尽くしたままの彼を、恭平は大事な宝物のように抱き締めて耳元で甘く柔らかな声で囁きかける。平素の彼らしからぬ子供のような仁聖の行動に、恭平はフワリと歩み寄っていて強く抱き締めていた。
「ごめん、俺は言葉が何時も足りない…………。」
そう自嘲気味に囁く恭平に仁聖は俯いたまま、言葉も溢さず唇を噛む。本当は分かっているのだけれど、それを仁聖も認めてしまったらと心の中では思っているから言葉にならない。恭平が微かに熱を持った手で突然仁聖の肩に手を回したかと思うと、言葉のない仁聖の顔を覗き込んでくる。
「お前の気持ちも……分かってるから、ちゃんとしたい。」
「ちゃん…………と?」
恭平の言う『ちゃんと』が何をどこまで指しているのか分からないけれど、少なくても全くここから先に進めない訳ではないのだとは思う。それに恭平の方も何か考えがあるのは感じるから、これ以上不貞腐れていても無意味なのかもしれない。
「………………仁聖…………。まだ……1人で…………いたい……か?」
躊躇いがちに問いかけてくる柔らかな声に、一瞬の戸惑いが滲む。不貞腐れて自室に籠ったのだからと思うけれど、いつもにも増して匂い立つ様な彼の香りが熱を持っているような気がして息を呑む。何とか身体を捻り距離を保とうとするような仁聖の動きに、不意に眉を顰めた恭平が唐突にその腕を首元に絡めてくる。
「…………きょ、恭平?」
恭平の顔が仁聖の肩にトンと額をつけていて、仁聖は言葉もなく凍りついたままでい。あまりの恭平の無防備な接近に激しくなる動悸の中で、仁聖はその先に何が起こるのか息を呑んでいる。ところが不意に恭平の全身から力が抜けて、自分に体重を預けたのに気がついた。
ッ倒れる?!!
咄嗟に自分の襟元にその甘い吐息を感じながら、恭平の線の細い腰に手を回す。唐突な驚きに脈打つ動悸が口から心臓ごと飛び出そうな気持ちを覚えながら抱きかかえる様に・抱きすくめる様に恭平の体を実感として腕の中に感じた。
「きょ、うへ?ビックリ、した。」
鮮やかに甘く漂うような恭平の香りに眩暈がする。ただ抱きかかえた体の熱さと襟元に煽る様にかかる吐息に、まるで反射的に自分の体が一気に反応していくのが分かっている。
「恭平ッ………?」
ピッタリと抱き寄せた肌同士が、密着している2人の身体の熱ごと同じ温度にジワリと変わっていく。それに抱きついたままの恭平に、仁聖は抱きかかえながら目を丸くしながら立ち尽くしている。
「……………恭平?」
そっと顔を寄せて、その耳元で囁きかける。何も言わないけれど、ホンノリと暖かく熱く感じる腕の中で仁聖はそうっと恭平の体を抱き締める。その温度に意図していなかったけれどジットリとした夏の気配に自室にかけていたエアコンのせいか、自分の身体がヒンヤリしていたのだと気がつく。それを感じたのか恭平が抱き締められながら、そっと耳元で囁いてくる。
「…………一緒に…………風呂入る……?」
勿論最初の問題か改善したわけではなくて、まだ何も変わってはいない。それでも恭平は蔑ろにしている訳じゃないと伝えに来てくれて、それに恭平からのこのお誘いに自分の動悸をハッキリと感じてしまう。腕の中の仄かな甘い香りに酔った様に目を閉じながら、脈打っていく鼓動に自分の欲望を感じる。
もっと触れたい…
そう思った瞬間止まっていた時間を取り戻させるように、肩から恭平の額が離れて覗き込むように黒曜石の瞳が見つめてくる。その瞳が一緒に行こう?と誘うのに思わず仁聖は、恭平の身体を抱き上げていた。以前よりは少し筋肉が増えて身体つきも確りしてきた恭平だけれど、同時に仁聖の方も少し体格がよくなってしまったので未だに軽々と抱き上げられてしまうのには恭平も内心ではわりと不満そうにしている。それでも以前よりずっと2人で暮らす事を前提に、お互いの事を大事に思っているのだ。
「ごめんな…………、上手く言えなくて…………。」
抱き上げられた耳元で小さくそう囁かれて、仁聖は自分がグッと胸がつまって泣きそうになるのを感じてしまう。
「俺…………、恭平と本当に……家族になりたい……。」
自然と溢れてしまった言葉に、恭平は『うん』と小さく答えてくれる。仁聖の本心は結局は法的な拘束力のない2人の関係に、周囲からも法律からも認められる恭平の家族になりたいと願うということなのだ。そして、2人が良くてそれを選択してしまうと、恭平が源川秋晴の最後の家族を奪ってしまうことになる。
「分かってる。だから、秋晴さんにちゃんとお願いして、話をしたいんだ。」
お互いが思っていることが分かっているから、仁聖は抱き締めたままの恭平に頬を寄せている。吐息と一緒に微かな声が耳元を擽るのを感じながら、同時にドアを開けて押し込む様にサニタリーに体を滑り込ませていた。ほんの数センチの間隔しかない目の前にある綺麗な顔に吸い寄せられ、そこにある恭平の黒曜石の輝く瞳と長い睫毛を見つめながら息を飲む。
「………………恭平…?」
「ぅ…ん………。」
喉に張り付くように掠れた仁聖の声に吐息交じりの言葉に反応して、恭平が唇を差し出すように顔を向けていく。その僅かな動作が一瞬の境界を崩して、腕の中の体を更に強く抱きしめて仁聖は微かに熱を帯びてしっとりと濡れた唇に自分のモノを重ねている。耐え切れないままにその体に自分の体を擦りつけるように押しつけながら、やんわりと唇をなぞり、その間に舌を差し込むと口の中をなぞり味わう様に柔らかな甘さを探っていく。その感覚は甘美に自分の中を溶かすようで貪るように音を立てて舌を這わせた。
「ふぅ…く………、……ぅん……。」
舌を這わせ擽るような動きで探る先で溢れ落ちた甘い吐息に、縺れ合うようにしながら服を引き剥がしていく。滑らかな恭平の腰に手を這わせて互いの服をそれぞれに脱ぎ落としながら、恭平の手が後頭部を引き寄せて栗毛の髪に指を絡ませる。たった2年、2年前にはこんな風に恭平から求めて貰えるなんて夢だった。
「……んん、……ん、……んふ…………ぅ。」
甘く柔らかな恭平の吐息に、胸の奥が熱い。2年前の自分は恭平は自分が恭平を好きだとどんなに言い続けても信じないと思っていたし、恭平がそれを信じてくれるまで傍にいるなんて勝手なことを言っていた。
今の俺は、愛されてるって分かってて、もっとって我が儘言ってる
それに気がつくと少しおかしくなってしまう。
「ん?なに…………、じんせ?」
思わず少し笑いだした仁聖に、腕の中の綺麗な月のような人は不思議そうに目を瞬かせて真っ直ぐに仁聖のことを見つめていた。
源川仁聖がどれだけ二十歳になるのを心待にして、どれだけ恭平と心だけでなくハッキリした繋がりを求めているかもちゃんと分かっている。仁聖にとって養子縁組が、2人の法的な婚姻と同じ意味なのだとちゃんと榊恭平だって分かっていた。それでも恭平がこれに躊躇いを感じるのは、恭平自身が『榊』という名前に幾分の固執があるからだろう。
榊美弥子の血縁は自分だけ
以前に宮内家からの養子縁組の申し入れを断ってきた1番の理由。既に榊姓を継ぐのが自分だけで、しかも自分は仁聖を選んだ事で子供を作ることはないだろう。つまりは榊姓は自分の代で終わるのだけれど、それは恭平が自分で選んだ結果だし、他にそれを否定する相手もいない。でもそれは恭平の個人の選択であって、源川仁聖のものではない。
仁聖は……それで良いと言うけれど…………
外崎宏太と外崎了のように迷いもなく、それを選ぶのにどうしても躊躇してしまうのは、仁聖がまだ若くて可能性がいくつもあるからだ。そして同時に自分が実は、古風な家名への認識を密かに持っているからだと思う。宮内慶太郎のことを古いと笑ったけれども、家名への認識は実は自分も古いのかもしれない。仁聖がこうして自分を選んでくれたのは本当に感謝してるし、今はとても幸せだと心から思っている。でも、将来もし仁聖が他の何かを選択したら。選択したくなったら。
例えば………………いや……これは考えるのはダメなことか……
たらればは、ないからと何度も仁聖から宣言されているけれど、それでもここで恭平が未来の芽を先に摘むような選択を選んでも良いのかわからない。でも、それを仁聖に正直に言おうにも、こうして約束したのにと仁聖はあからさまに不機嫌になってしまったのだ。そして恐らくこれを恭平が言ったとしたら、仁聖は更に不機嫌になってしまったに違いないとも思う。
だって、…………それを仁聖が、ずっと待ち望んでいたのも分かっている。
だからこそ仁聖には受け入れられなかったのだけれど、ちゃんと恭平がするべきことはしないとと恭平は1人考えもするのだ。
筋を通してちゃんと出来たら
そうしたら仁聖の今までの何もかもを受け止められるのだと思うのは、古風な認識の自分のエゴだと思う。そう恭平だって思うけれど、これを誤魔化すには何もかも遅すぎる。
※※※
俺は…………どうしたら良いのかなぁ…………
自室のベットの上に寝ころがり、天井を眺めならが思う。こうやって不貞腐れていても何も変わらないのは分かっていて、そして同時に折れるのはできない自分がいるのも分かっている。折れるには自分がこれを心待にし過ぎていて、もしこれが叶わないとしたらこの後自分が何を願うのか分からなくなってしまう。
でも…………
ゴロンと寝ころがり俯せになって、自分のこのまとまらない感情を考える。何でこんな風に、腹立たしいのと不安なのでグチャグチャになっているのか。自己分析は実は余り得意ではないけれど、この感情の根元は何なのだろう。恭平に選ばれてから、欲張りになった自分。恭平が自分を選んでくれたのだけでなく、確約して縛り付けるものを欲しがっている自分。
………………なんだよ…………俺…………
こうして考えてしまえば、自分の不満がどんなに勝手なものなのだと言うことも理解できてしまう。子供扱いされるのは嫌な癖に、子供染みた独占欲で2人の関係性を恭平に法律でも証明して欲しい仁聖自身のエゴだ。それは分かっているけれど、自分の願いを分かってもいてくれる筈だからと思ってもいた。
長い時間1人で悶々としていた仁聖は、そっとドアを開けて廊下を伺う。
リビングの電気は既に消えていて、恭平がそこに居ないのは開けてみなくてもわかった。気がつけば夜の10時と時間が遅いから、寝室かそれとも書斎に居るのだろうかとは思うけれど、これをどうしたら納められるのか。前にも同じ様に不貞腐れて自室に籠った時葉、密かに家を抜け出したものだから恭平に余計な心配をかけてもしまっている。
恭平だって色々あるし……………それに…………。
大分悩んでいるものの、これをどう納めたら良いのかと迷う。以前なら恭平を怒らせることは多々あったけれど、仁聖の方が腹を立てたりすることは事実そんなになかった。甘えて恭平を怒らせてしまうことは勿論あったのだけれど、恭平自身にこんな風に苛立つようになるようになるなんて想像も出来なかったのだ。
以前は恭平の身の回りのことを根掘り葉掘りしていた時期もあった…………
でも聞けば聞くほど恭平と自分の間の距離が遠く感じてしまうから、そんな理由で聞かなくなって。でもこうして2人で暮らすようになって、1人で全てこなしてきた恭平は自分からかなり歩み寄ってくれているのも分かる。
綺麗でカッコいい恭平が何処で何をしているのか…。
溜息混じりに仁聖は無理やり視線を手元から引き剥がして、リビングのドアの前から踵を返していた。結局子供のように我が儘を言って恭平に甘えているのは常識はずれの自分ばかりで、常識的で大人の恭平が何故躊躇しているかだって分かっている。多分恭平は社会的に二十歳そこそこで男同士の婚姻を公言しようとする仁聖に戸惑うのだし、実際には外崎宏太のように安定した収入源を確立して豊かな暮らしをしていて相手のことも完璧に守れるほどの力は仁聖にはない。自分の部屋の扉に再び手を伸ばそうとした手が、実は微かに震えていたのに仁聖も気がつく。
最低だ……………俺。
ハッとするほどに自分の中に強く湧き上がった気持に、苛立ちよりも強い困惑が膨れ上がる。その時不意に背後からしなやかな両腕が、延びてきて仁聖を抱き締めたのに仁聖は驚いてしまう。リビングの電気が消えていたから寝室か書斎と考えていた筈なのに、物思いに耽ってしまったら書斎の事を失念してしまっていたのだ。そして、仁聖が気がつかない内に書斎から出てきた恭平が、背後から仁聖を抱き締めていた。
「……………仁聖?」
何と言ったらいいのかが分からずに立ち尽くしたままの彼を、恭平は大事な宝物のように抱き締めて耳元で甘く柔らかな声で囁きかける。平素の彼らしからぬ子供のような仁聖の行動に、恭平はフワリと歩み寄っていて強く抱き締めていた。
「ごめん、俺は言葉が何時も足りない…………。」
そう自嘲気味に囁く恭平に仁聖は俯いたまま、言葉も溢さず唇を噛む。本当は分かっているのだけれど、それを仁聖も認めてしまったらと心の中では思っているから言葉にならない。恭平が微かに熱を持った手で突然仁聖の肩に手を回したかと思うと、言葉のない仁聖の顔を覗き込んでくる。
「お前の気持ちも……分かってるから、ちゃんとしたい。」
「ちゃん…………と?」
恭平の言う『ちゃんと』が何をどこまで指しているのか分からないけれど、少なくても全くここから先に進めない訳ではないのだとは思う。それに恭平の方も何か考えがあるのは感じるから、これ以上不貞腐れていても無意味なのかもしれない。
「………………仁聖…………。まだ……1人で…………いたい……か?」
躊躇いがちに問いかけてくる柔らかな声に、一瞬の戸惑いが滲む。不貞腐れて自室に籠ったのだからと思うけれど、いつもにも増して匂い立つ様な彼の香りが熱を持っているような気がして息を呑む。何とか身体を捻り距離を保とうとするような仁聖の動きに、不意に眉を顰めた恭平が唐突にその腕を首元に絡めてくる。
「…………きょ、恭平?」
恭平の顔が仁聖の肩にトンと額をつけていて、仁聖は言葉もなく凍りついたままでい。あまりの恭平の無防備な接近に激しくなる動悸の中で、仁聖はその先に何が起こるのか息を呑んでいる。ところが不意に恭平の全身から力が抜けて、自分に体重を預けたのに気がついた。
ッ倒れる?!!
咄嗟に自分の襟元にその甘い吐息を感じながら、恭平の線の細い腰に手を回す。唐突な驚きに脈打つ動悸が口から心臓ごと飛び出そうな気持ちを覚えながら抱きかかえる様に・抱きすくめる様に恭平の体を実感として腕の中に感じた。
「きょ、うへ?ビックリ、した。」
鮮やかに甘く漂うような恭平の香りに眩暈がする。ただ抱きかかえた体の熱さと襟元に煽る様にかかる吐息に、まるで反射的に自分の体が一気に反応していくのが分かっている。
「恭平ッ………?」
ピッタリと抱き寄せた肌同士が、密着している2人の身体の熱ごと同じ温度にジワリと変わっていく。それに抱きついたままの恭平に、仁聖は抱きかかえながら目を丸くしながら立ち尽くしている。
「……………恭平?」
そっと顔を寄せて、その耳元で囁きかける。何も言わないけれど、ホンノリと暖かく熱く感じる腕の中で仁聖はそうっと恭平の体を抱き締める。その温度に意図していなかったけれどジットリとした夏の気配に自室にかけていたエアコンのせいか、自分の身体がヒンヤリしていたのだと気がつく。それを感じたのか恭平が抱き締められながら、そっと耳元で囁いてくる。
「…………一緒に…………風呂入る……?」
勿論最初の問題か改善したわけではなくて、まだ何も変わってはいない。それでも恭平は蔑ろにしている訳じゃないと伝えに来てくれて、それに恭平からのこのお誘いに自分の動悸をハッキリと感じてしまう。腕の中の仄かな甘い香りに酔った様に目を閉じながら、脈打っていく鼓動に自分の欲望を感じる。
もっと触れたい…
そう思った瞬間止まっていた時間を取り戻させるように、肩から恭平の額が離れて覗き込むように黒曜石の瞳が見つめてくる。その瞳が一緒に行こう?と誘うのに思わず仁聖は、恭平の身体を抱き上げていた。以前よりは少し筋肉が増えて身体つきも確りしてきた恭平だけれど、同時に仁聖の方も少し体格がよくなってしまったので未だに軽々と抱き上げられてしまうのには恭平も内心ではわりと不満そうにしている。それでも以前よりずっと2人で暮らす事を前提に、お互いの事を大事に思っているのだ。
「ごめんな…………、上手く言えなくて…………。」
抱き上げられた耳元で小さくそう囁かれて、仁聖は自分がグッと胸がつまって泣きそうになるのを感じてしまう。
「俺…………、恭平と本当に……家族になりたい……。」
自然と溢れてしまった言葉に、恭平は『うん』と小さく答えてくれる。仁聖の本心は結局は法的な拘束力のない2人の関係に、周囲からも法律からも認められる恭平の家族になりたいと願うということなのだ。そして、2人が良くてそれを選択してしまうと、恭平が源川秋晴の最後の家族を奪ってしまうことになる。
「分かってる。だから、秋晴さんにちゃんとお願いして、話をしたいんだ。」
お互いが思っていることが分かっているから、仁聖は抱き締めたままの恭平に頬を寄せている。吐息と一緒に微かな声が耳元を擽るのを感じながら、同時にドアを開けて押し込む様にサニタリーに体を滑り込ませていた。ほんの数センチの間隔しかない目の前にある綺麗な顔に吸い寄せられ、そこにある恭平の黒曜石の輝く瞳と長い睫毛を見つめながら息を飲む。
「………………恭平…?」
「ぅ…ん………。」
喉に張り付くように掠れた仁聖の声に吐息交じりの言葉に反応して、恭平が唇を差し出すように顔を向けていく。その僅かな動作が一瞬の境界を崩して、腕の中の体を更に強く抱きしめて仁聖は微かに熱を帯びてしっとりと濡れた唇に自分のモノを重ねている。耐え切れないままにその体に自分の体を擦りつけるように押しつけながら、やんわりと唇をなぞり、その間に舌を差し込むと口の中をなぞり味わう様に柔らかな甘さを探っていく。その感覚は甘美に自分の中を溶かすようで貪るように音を立てて舌を這わせた。
「ふぅ…く………、……ぅん……。」
舌を這わせ擽るような動きで探る先で溢れ落ちた甘い吐息に、縺れ合うようにしながら服を引き剥がしていく。滑らかな恭平の腰に手を這わせて互いの服をそれぞれに脱ぎ落としながら、恭平の手が後頭部を引き寄せて栗毛の髪に指を絡ませる。たった2年、2年前にはこんな風に恭平から求めて貰えるなんて夢だった。
「……んん、……ん、……んふ…………ぅ。」
甘く柔らかな恭平の吐息に、胸の奥が熱い。2年前の自分は恭平は自分が恭平を好きだとどんなに言い続けても信じないと思っていたし、恭平がそれを信じてくれるまで傍にいるなんて勝手なことを言っていた。
今の俺は、愛されてるって分かってて、もっとって我が儘言ってる
それに気がつくと少しおかしくなってしまう。
「ん?なに…………、じんせ?」
思わず少し笑いだした仁聖に、腕の中の綺麗な月のような人は不思議そうに目を瞬かせて真っ直ぐに仁聖のことを見つめていた。
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