鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話124.幕間3

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『ねぇ、悪いんだけどさぁ?』

そんな何時もとは違う語り口で電話を掛けてきたのは、『multilayered.E』の社長兼デザイナーでもある江刺家八重子である。普段なら八重子だけどーで始まる電話が今回に限っては異なるのは、実は想定出来る理由がちゃんとあるのだった。そんな訳で電話を受けている方の藤咲信夫の方としても、これがかかってくるだろうなとは内心で思っていたのだ。

と言うのも、『multilayered.E』の仕事に藤咲は、何時もと違う事をした。

最近は基本的に江刺家のブランドの仕事はウィル(源川仁聖)オンリーだったのだが、偶々そのオファーの日付に別な仕事が重なっていて、試しに別なモデルを試しに出してみたのだ。そんなことをしなければ良いのに普通はと思うだろうが、その別なモデルというのは元々最初に江刺家のブランドモデルとしてのオーディションを受けていた方。あの当時数打ちゃ当たるでオーディションを受けまくり、海外撮影のモデルの仕事でブッキングの騒動を起こした方だ。

そうねぇまぁオーディション通したのは私だしねぇ

そう江刺家も一応は折れた。
というのも江刺家の仕事を最初に仁聖が受けることになったのは、そのモデルのブッキングの尻拭いだったのは事実だったからである。そんなわけで元々それを受けていた筈のモデル・三科悠生を試しにと藤咲から申し出て派遣してみたのだ。
三科悠生は仁聖より1つ歳上の先輩モデルで、系統で言えば仁聖と同じ整った均整の取れた身体をした青年。なのだが整った顔立ちの割りに、余り上手く仕事が入らずあの時は自棄になっていた面もあったのだろう。
というわけで送り込んだはいいが、如何せん比較対照が飛ぶ鳥を落とす勢いのウィル(源川仁聖)相手では三科の部が悪いのは言うまでもない。

そりゃそうだ、天然ダイヤモンドとジルコニア位の差だもんな

その比較の仕方は人間としては酷いかもしれないが、やはり仁聖と三科では基盤がまるで違い過ぎた。近年の破格の逸材である仁聖を使い慣れ見慣れてしまった八重子のブランドでは、もう三科悠生では納得してもらえない。

『あの子さぁ?オーディションの時みたいなパワーがないんだよねぇ。』

この八重子の電話は試しのカメラテストをしてみた答えで、求められるハードルに三科ではどうやっても届かないだろうというのを言っているのだ。つまり三科と仁聖ではものが違うことを、相手にアッサリと見抜かれてしまったわけで。オマケに1年しかモデルをしていない仁聖が、何年もこの仕事をしている三科とは格の違う存在になってしまっているのを証明もされている。

だろうな、仁聖ならカメラテストも要らないしな

薄々それを分かっていたのに三科を送り出したのは、当然社長の藤咲の責任なのだ。が同時に実はオーディションを通った筈の仕事が自分に戻ってこないのに、三科の方から藤咲に不満を訴えてきたからでもあった。何時まで経っても自分に仕事の声がかからないのは、代理の仁聖が仕事にしがみついているのではと三科は考えたようだ。そんなことはあり得ないのだけれど、海外撮影のモデルが上手くいって少し仕事が安定したのが逆に変な三科の自信になったのだろう。

『変な自信ついてるわよ?俺は出来る、みたいな。』
「…………分かってる。」
『なら良いけど?まぁ何時ものでこっちはお願いしたいわね。』

八重子だって元は藤咲と同じトップレベルのモデルだったのだから、彼女の考えていることは藤咲だって理解できるし、彼女の今の仕事に関しての理想は高くそれに向けてのハードルは更に高い。元々妥協しない女だと言うことも知っていて話を持ちかけ、やはり三科では不足で満足出来る仕上がりにならなかったと言うことなのだからこちらの采配の間違いだ。

「調整して、早々にウィルで段取りする。手間掛けさせて悪かったな。」

珍しくそう素直に謝罪した藤咲に八重子は良いけどねと笑いながら、気を使ったのかそう言えばと話を変えてきた。それにしても生涯の天敵だった筈の八重子は、最近になって以前より頻繁にこうして連絡をとってきて、藤咲を飲みに誘うようになっている。向こうも色々な事業拡大のストレスなのだろうかと、長い付き合いの藤咲は内心では思う。

『で、今夜どう?何時ものとこ。』

相変わらず女から誘うには随分漢前な言葉の選択だと常々藤咲としても思うわけだが普段は藤咲の方だってオネェ言葉だったりするから、まぁお互いに差し引きゼロということにしておく。それにこれから藤咲としては三科に説明もしなければならないし、こっちのストレスもガツンと溜まりそうな気がしなくもない。

「じゃ、夜9時に。」



※※※



花街にある焼き鳥専門という、とある飲み屋で顔を揃えるのには、この面々は中々周囲の客が引きそうな様相。
そう地味に心の中で思っているのは、自分がその内の1人であるわりとコジャレたキャスケットを店の中でも深々と被った宮直行である。言うまでもなく集まったのは、私服がどう見てもヤクザの若頭のブティックホテル支配人・相園良臣とガタイが良すぎて何処のボディーガードかという強面の居酒屋伊呂波店長・浅木真治。それにこのキャスケットを脱ぐと、頭中がどうみても派手な傷跡だらけの頭をしたカフェ・ナインス経営者の自分…………。だが、傍目にはどうみてもどっかの組の構成員の顔合わせなのに、ここに更に

「おー、宗輝。ここ!」

カラカラと店の扉を開けてヒョッコリと顔を出したこれまたヤクザの構成員みたいな服装の男は、相園達の昔からの知人の高城宗輝という男だった。
地方から出てきてこの街に後から住み着いた宮とは違って、相園達3人は元々ここいら近郊……というよりはまさに花街界隈の産まれ。そして3人とも子供時代をここいらで、一緒につるんで過ごしていた仲なのである。そして3人ともそれぞれに余り家庭環境が良くなくて家には居る場所もなく、日がな一日花街で目的もなくウロウロとさ迷うような生活だったという。
それぞれに高校前後ぐらいの年頃で、彼らは偶々出会った久保田惣一に拾われた。そうして相園と浅木はそのまま惣一の部下になり、高城宗輝は惣一の紹介で当時は近郊で唯一残っていた任侠一家だった四倉家に預けられた。というのは宗輝は姉と一緒に家から逃げ出し保護されていて、当時の惣一の元では1人きりを拾われた相園達とは違って姉弟2人を揃って保護するのは難しかったのだ。

「オミさん、なんなの?!その服、余計ヤクザじゃん。」
「お前に言われたかねーな。なんだよ、そのアロハ。」
「えー、かっこいいし?そっちこそ柄が龍って何よ?」

2人がそんなことを口々に言い合うが、カフェ経営でちょっと2人よりは洒落っ気のある宮にしてみればどっちもどっち。
原色で柄物の派手なシャツに濃い目のサングラス、何故か首元にゴテゴテの金とかプラチナのネックレスとかって。どの時代のヤクザ映画?昭和?任侠映画の見すぎじゃないの?と心の中で思うわけだが。実際どれだけ言われてもこの2人の服装は長年変わらないから、これを改善なんて諦めた方が早い。

「でー?久保田サンとこのお姫様、元気にお育ちなわけ?」

宮の隣に座った宗輝が、店員に『生1つ』と言いながら問いかけてくる。最近の彼らの一番の話題は、やはり久保田家待望の長女・碧希。これに関してはまだ顔を見ていない宗輝も、かなり興味津々である。何しろ今は普段建築会社社員として(と言うのは預けられた任侠一家四倉家が10年ほど前に完全に建設会社に転身したからで、宗輝はそのまま建設会社・四倉の社員である。)働いている宗輝も元々は惣一の世話になっていて、惣一が過去に突然今までの仕事を完全撤退して喫茶店のマスターなんてものになると宣言したのを宮達と一緒にポカーンとしてみていた人間だ。当時のあの転身宣言は、惣一が狂ったか中身が別人にでも刷り変わったのかと思ったものだった。

お前らも、マトモに暮らせるようにしてやる

でも喫茶店のマスターになるといった男は、そうも言ってくれて。確かに彼らは今ではそれぞれに得意な分野を生かしながら、ある意味では一国一城の主というやつだ。

「もうさ、天使よ?天使!」

宗輝の質問に相園がメロメロの顔で笑いながらヘラヘラして言うのだけれど、何分相園の格好が格好なので傍目には少々不審者っぽい。流石に身内なのでそこはもう慣れたもので指摘しないが、確かに久保田碧希は天使のように可愛いのは認める。

「あぁ、俺も結婚してーなぁ。タマちゃんみたいな天使がほしい。」
「良臣は無理。相手がいない。」
「オミさんの子供が天使は無理だなぁ。」
「オメーらに言われたかねぇ!」

ザクッと一刀両断されて相園が噛みついた浅木は何時ものことと平然としているし、宗輝は呑気に笑っている。そう言えばと揚げた芋を摘まみながら、宗輝が浅木を眺めて口を開く。

「浅木さんとこ、そう言えば何人目?」
「4人目。」
「くそー!!!何だコイツ、女に興味がない顔してたくせに!!」

そう、地味にだがこの4人の内、高城宗輝と浅木真治には既に嫁がいて家庭があり、当然のように子供もいる。特に浅木家では目下妻が、女男女の次になる4人目を妊娠中。そんなこともあって4人の男飲み会の最中なのだが、今夜の浅木は全く酒類を口にしていない。というか居酒屋経営者の浅木は元々酒を飲んでも全く酔わない質なのだが、もし何かあったら妻のために車を運転するかもしれないと律儀に考えているのだろう。

「そういえば、宗輝。お前は飲んでもいいのか?」
「あ、家のやつ今夜は実家にいるんで。何かあったらタクシー使いますから。」

実は高城家の方も現在2人目を妊娠中なのである。第一子の時もそうだったが悪阻が酷かった妻は、最近やっと悪阻の期間が終わり一人息子と今夜は実家に帰っているそうである。普段なら妻の食事や子供の世話をする必要がある宗輝なのだが、実家に自分が帰っている間は羽を伸ばしてねと言うことらしい。

「最近ね、家の光輝に初恋がねぇ。」

そんな溜め息混じりの宗輝の家庭内を嘆く言葉に、相園が再び切実な『結婚したい』の雄叫びをあげている。話題の宗輝の息子・光輝は今年小学1年生になったのだが、何故か妻の弟である叔父の恋人に一目惚れしてしまったのだそうだ。既に内縁状態の人に恋をした息子の行動を止めるのが、何とも大変だったのだと生ビール片手に宗輝が言う。小学1年生にして初恋に突き動かされ再三叔父の自宅まで勝手に出掛けてしまう息子の行動力に、宗輝は大分振り回されたのだ。

「小学1年生で初恋かー。早くね?」
「えー?普通でしょ?幼稚園とかでも恋ばなあるよね?浅木さん。」
「家の娘は、上が幼稚園で、だったな。」
「マジかよ、タマちゃんが幼稚園で初恋とか言ったら兄貴殴り込みかけるぞ?」

あーあり得ると、全員が相園の言葉に同意してしまう。何しろ今ですら碧希が少しでも自分達に懐いていると感じと、惣一は冷え冷えとした昔を思い起こさせる氷の視線で睨んでくるのだ。

あの視線…………昔のまんまじゃん…………

1度アブアブ楽しげな碧希が、手足をパタパタして相園に向かってヘニャと笑いかけた(と言っても碧希自身には相園に向かって笑った意図はきっとない。ただ単にその方向に相園が居ただけだったのだが、凄みのある氷の視線に射ぬかれて相園は凍死しそうだった。)だけで震え上がる羽目になったのに。これで碧希本人が成長して自ら幼稚園の男の子に、『碧希、○○君大好きー!』とか言い出したら本気で過去の惣一兄貴が表に出てきそうだ。

「そ、そうだ、宗輝さんとこ、性別分かったんですか?」

ヤクザやマフィアのボス張りの高級スーツ姿で全身からどす黒い怒りのオーラを放ちながら、幼稚園に乗り込む惣一兄貴を想像して震え上がった宮が慌てて話題を宗輝に引き戻す。何だかそんな光景を想像してたら今にも本当にその姿を見せそうな気がして、ある意味怖いのだ。

「まだねー、家は性別は聞いてない。」
「宗輝さんとこ最初男の子だもんね、次はやっぱり女の子がいいの?」
「どっちでもいっかーって嫁とは話してる。浅木さんとこは?」
「うちもどちらでもいい。医者には聞いてない。」

最近の産婦人科では医者によって性別を教えたり教えなかったりするようだが、どちらも初子ではないからその点には余り執着しないらしい。そんな幸せそうな家庭2つを眺めて、相園はビールジョッキを片手に呻きながら中身を勢い良く煽る。

「くっそぉ!リア充どもめ!!はぜろ!はぜてしまえ!!」
「まぁまぁ。」
「相園は欲をかくから彼女ができないんだ。」
「うっせぇ!乳が大きいくらい望んで何が悪い!」
「そう言えばさあ?最近さぁ?」

そんな久々に顔を会わせての飲み会に、4人は顔を付き合わせ更に楽しげに話を深めていったのだった。

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