鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話114.余波の落としドコロ。3

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外崎宏太が密かに隠し続けていた外崎邸の秘密の隠し部屋の存在が、1年以上も経って宏太自身の断捨離を機に遂に外崎了にも明らかになってしまっていたのだった。とは言え本来は宏太も隠すつもりではなかったのだけれど、思ったよりも収納した荷物が大量過ぎたのに気がついて戸惑ううちに言いそびれてしまい、結果的に言い出しにくくなってしまっていたのだ。何時もと違って宏太から素直にそう言われて謝られた事もあって、了もそれ以上文句の付け所もなく納得するしかない。

けれど。
そこにはまだ断捨離されずに、残されていた箱が幾つかあったのだ。そして箱の中に入っていた代物を見た了は、思わず目を丸くしてしまっていた。その箱の中に整理されてあったのは、宏太が以前に久保田惣一のSMバーで調教師として働いた当時の仕事着の残り……なのだと言う。

身体のラインを全て晒すようなエナメルのボディスーツ。

よくまぁ20年も前の衣装をこんなにも完璧に保存出来るものだと、思わず呆れ半分・感心半分という感じ。それにしても傷のない若い頃の綺麗な顔立ちの宏太が、見事な肉体美をその衣装で包み舞台に立っていたのだと思うと了は正直悶絶して鼻血でも出しそうな気分だ。何しろ下着を着けることもなく、裸体にその一枚だけを纏って人前で他の誰かを調教していた宏太の姿。

もし直に見れたら…………

その姿はどんなに美しくて雄々しくて、途轍もなく淫らだっただろうかと思う。それを頭に少しでも思い浮かべてしまったら、恋人で伴侶の身としては1度位は直に目の前で着て見せて欲しい。
それを了が宏太に向かって口にした途端、珍しいと言うかヤッパリと言うかやや食い気味に宏太はハッキリと拒絶した。それでも1度でいいからこれ着て見せてと必死にお強請りする了に、宏太は年を重ねたのと怪我のせいで身体が痩せて貧相になったから絶対に着ないと断固として突っぱねている。

「みーたーいぃ!!こぉたぁ!」
「そんなもん、見なくていい。」
「やだーッ!みたいーっ!!」
「駄目だ。」

宏太の考える余地すらない返答に、了は頬を膨らませて宏太の膝の上に跨がり襟元を掴む。

「いいじゃん!減るもんじゃないんだし!宏太は見えないんだから気にしないでいいし!」
「見えないのに俺がきてどうする。駄目だ。」
「ちょっとだけ、着るだけだろー?!」
「阿保か。着る俺が嫌だと言ってるんだ。」
「宏太が嫌でも、俺は見ーたーいーのー!!」

ああ言えばこう言う、お前は子供か!と宏太が呆れた声をあげる。終いには断固としての拒否だけでなく、見るだけなら箱のまま存分に見ろなんてつれないことを宏太は言う有り様。

「もー!着る位いいだろ!俺にだって散々エロ下着着せたじゃん!」
「下着と衣装は別問題だろうが。」
「えー、おんなじだろー!」
「下着の方がまだましだ。」
「ええーっ!でも俺はこっちの方がみたいのー!!」

下着の方がまだましなんて言うとは思わなかったが、下着姿よりボンデージ姿の方が興味がある。宏太に逃げられないように膝に跨がったままの了が、それでも引き下がらずに『ねぇねぇお願い!』と必死にお強請りをし続けている。
何しろ宏太は了に貧相になったから嫌だというのだけれど、今の宏太の身体だって傷もあるが年からすれば恐ろしいほどの見事な身体なのだ。鍛えてもいないのに腹筋は綺麗に割れているし、腰だって脂肪もなく細くしまっている。

「お願ぁい。な?じゃ、見せてくれたら、膝枕して耳掻きでもなんでもしてやるからぁ。な?一回だけーぇ!」
「何なんだ、そのお強請りは…………。」

抵抗しようとしているのに、地味に膝枕で耳掻きという言葉に内心では揺れたのが分かる。何しろ実は密かに膝枕に宏太が淡い憧れめいた感情があったのを、この間宏太が体調を崩した時に了は知ってしまったのだ。熱のあった時に宏太から子供のようにお強請りされて、了が仕方ないと膝枕をしてやったのだが、なんとも幸せそうに膝枕を堪能していた宏太の姿は中々レアケースだった。

「な?おーねがーいー!膝枕でお昼寝もさせてやるからぁ。」

こんな風に執拗に了からお強請りされるなんて、正直経験がなさすぎて宏太も戸惑ってしまう。過去に散々バーの中でセックスしたいとかセフレでもいいからとか、了から懐かれお強請りされていた時だって実際にはこんな執拗にではなかった。

「お、ね、が、い。こぉたぁ!」

いい加減にしろと呆れ声を出す宏太は更に珍しい事なのだが、事実宏太は何でこんなにも了が必死にお強請りしているか分からないでいる。

「何でそんなもん見たがってるんだ、おっさんのボンデージなんて見たって面白くねーぞ?!」
「そんなことないからぁ!お願い!こぉた!」

何でなんだと繰り返す宏太の上着を既に勝手に脱がせにかかり始めている了に、宏太は観念したように『分かったから脱がすな』と珍しく声を自らあげていたのだった。

「全く……こんなの見て…………何が面白いんだか…………。」

珍しくブチブチと文句を言っている宏太が、袖を通し音を立てて胸元までジッパーをあげていく。襟元は少しカラーが高くなっていて、色は全て黒で大部分は光沢のあるエナメル地。なので、強いて言うなら某大国のSF映画の正義のミュータント超能力者の集団が、サイズ違いで身につけるボディスーツのコスチュームみたいに見えなくもない。ただし着てしまうと身体の側面が、ハッキリと下の肌色が透けていて尻や太腿の筋肉がそこから魅惑的に覗く。
昔はそれこそボンデージ感満載でピッチリと張り付いて、汗をかいたりすると仕事が終わってから脱ぐのが一苦労だった代物。それをまさか20年も経ってから、こんな風に人前で着ることになるとは思わなかった。

「ほら、着たぞ?」

着ている間は大人しく顔を覆って目を閉じていると約束していた了に、宏太は向き直って声をかける。
流石にこれを着るのに地下ではなんだからと2人は寝室に戻っていて、寝室で宏太が着ることにしたのだが、了は今は寝室のベットの上。宏太の声にキシ……と軽いスプリングの軋む音はしたのだが、それ以降は何故か物音一つしない。

「………………了?」

さっきの音の出本を探りながら宏太が声をかけると微かにハッと息を飲む音がしていて、だから言ったろと宏太は呆れもする。

50台目前のオヤジのボンデージ姿なんて、誰が見て喜ぶ?

普通は吐き気を催すのが当たり前のものだ。宏太がこの衣装を着始めたころ、宏太の技術指導をしたのは50過ぎかそれ以上の年頃の『祐玄』と名乗る優男だった。元はお茶の師範だったとか何とかだという確かに所作の美しい男で、まぁ年の割りにはスマートで綺麗な身体をしていた。けれども当人ももう昔程の艶はないんだと散々嘆いていて、宏太と違って彼は人前では常に和装だ。和装は体型を隠すことが可能だし、普通の人は着ないものだから案外異端らしく艶も出るというのが彼の持論。(そんな調教師として活動もしていた祐玄だが、調教の腕は兎も角人柄は最悪の男だったのはここだけの話だ。人柄は絶対に真似するなよと再三惣一からは言われていたのだが、録でもない人柄の男の結末は余り人様には言えないものだったのだ。)

何で俺だけ?

そう惣一には再三に問いかけたけれど、『まだ技術習得中の宏太は技術で売れないから格好で。』と惣一から真顔で言われて宏太も諦めて着るしかなかった。だがそれから半年もしないうちに技術では宏太は祐玄を越えたとなったから、この衣装はお役御免で着なくなったものなのだ。
そしてそれから20年以上もたっていて、自分は当時の祐玄の年頃。人間誰しも全盛期のものを保持できなくなるのは、生物としてはどうしたって仕方がないことなのだ。だからこそ、宏太としても何でこれを今着る羽目になるかと呆れもする。

「全く……。もう、脱ぐぞ?」

声をかけてもまるで反応しない了に痺れを切らした宏太は、無造作に胸元のジッパーを下ろしにかかっていた。

「あ!や!!!まって!!まだっ!!!」
「あ?何だ?おいこら。」

胸元を開けたジッパーから無理矢理に手を引き剥がされた宏太の非難の声に、了が待ってと慌てて繰り返す。



※※※



正直言うと…………ここまでの破壊力だとは思わなかった。

槙山忠志が前に偶々だが、宏太の白袴姿を画像に撮ったことがある。鳥飼信哉が恭平も含めた鍛練の中に宏太を引き込んだのを、画像に撮ってばら蒔いた白袴姿の清廉な凛々しさとは違う。淫靡で男の色気駄々漏れのボンデージ姿は、少し怪我で入院中に痩せた分なのだろう、腰回りや太腿に緩みはあるけれども見事に余すことなく身体のラインを晒している。

凄い……………………。

見ているだけでボオッと頭の中が蕩けたみたいに熱くなって、ボンヤリと見惚れてしまう宏太の色っぽさに了は言葉を失う。
ジッパーをあげた胸元の筋肉の盛り上がり。少し引き連れるように張った胸襟で、光るエナメル地が途轍もなくセクシーだなんて正直ヤバすぎる。それに身体の側面がシースルーになった布地からは、太腿や臀部の筋肉がしなやかに動くのが余すことなく見えていた。それだって全裸を見ているのより淫らで、見ているものの興奮を煽り立てていく。

「………………了?」

戸惑いながら声をかけてきた宏太の僅かな動きで、頭上の室内灯にエナメル地が滑らかに反射するのに息を飲む。この衣装は宏太のする動きのどれもが、宏太の持つ男の色香を際立たせているのだ。たがら、こうして見ているだけでも、何気ない普通のちょっとした身体の動きですらエロ過ぎてクラクラしてしまう。

………………何なんだろう、この破格なスタイルの良さは。

50歳も目前の癖に宏太は全く腹も出ていないし、全身にはしなやかな美しい筋肉を身につけていて。まだ起っていない宏太の股間だって、エナメル地越しでは明らかで途轍もなくエロ過ぎる。

エロ過ぎ…………下着よりエロいって何なの……。

そう下着1枚着ているのより、きっとこの全身をエナメルで包んだボディスーツ姿の方が激しくイヤらしい。何しろただこうして見ているだけの了が宏太の色気に当てられて、既に勃起してしまうくらいにエロい。こんな格好で他の男や女を縛ったり、気持ちよくさせていたのかと思うと少し心の中がモヤッとしてしまう。

「全く……。もう、脱ぐぞ?」

反応できないでいた了に痺れを切らしたのか溜め息をついた宏太が、無造作に胸元のジッパーを下ろしにかかっていた。そんな、もう少し見せて貰っても罰は当たらない。了は咄嗟にその手に飛び付いていた。

「あ!や!!!まって!!まだっ!!!」

飛び付いてジッパーを下ろす手を止めた了に、宏太は驚いた様子を浮かべる。しかも無理矢理に了がその手をジッパーから引き剥がしにかかったのに、眉をあげて宏太が声をあげた。

「あ?何だ?おいこら。」
「待って!まだ!見てる!!まだ!!!」

胸元を少し開いた状態で縺れ合うようにして、了は宏太をベットに無理矢理引き倒す。結果的に腹の上に跨がるようにして了は、呆れたように何なんだと呟く宏太の事を見下ろしていた。

あぁ、やば…………

遠目にみていたのとは違って、跨がる股間ではあるけれど自分の肌が直にエナメル地に触れる。しかも少しジッパーを下げて胸元を開けた具合が、また更にイヤらしいのに了は頬が熱くなるのを感じていた。

「…………了、もう十分だろ?どけ。」

太腿に宏太の手が触れて着替えさせろと言ってくるところを見ると、随分とこの格好は宏太としても嫌な様子なのだ。 

「…………な、この格好で…………何人くらいと、やった?」

思わず問いかけてしまった言葉に、宏太は知らんと呟き溜め息を溢す。不貞腐れて答えた訳ではなくて、本当に人数を知らないのだというのは宏太の顔を見ていれば分かる。
宏太が過去にこの衣装を着てバーのショータイムに出ていた辺りは、基本的には不特定多数の客や店の準備したマゾヒストとの絡み。最初の数ヵ月だったとは言え余り良い記憶がないのは、元々宏太がショービジネス向きの性格ではなかったからだ。調教師として独り立ちできてからは、次第に調教の技術的な師匠にあたる祐玄の後を継いで仕事が入るようになった。お陰でショーに出なくてよくなってきて、正直どれだけホッとしたか。素直にそう呟く宏太に了は、何がそんなに嫌だったの?と問いかける。

「ショーの時は、基本的に相手が主体だからな…………、触ってこられたり……好き勝手やられても、やり返せねぇんだよ。」

更に不貞腐れたように、宏太はそう言う。

「それって………………。」
 
この姿の宏太が逆に相手の成すがままに…………そんな言葉が了の頭をフッと過る。
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