鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話81.おまけ せめて男としては

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言うまでもない相変わらず長閑な空間の『茶樹』で、何故か偶々顔を合わせてることになった珍しい顔ぶれ。というよりそれぞれとしては客として常連の範疇なのだが、互いに別な相手と訪れたり、揃っても二人とかなら良くある。それでもこの三人だけが、こうして顔を合わせるのは割と珍しい。
ここ最近大きな企画がクライアントに通ったためという名目で、ご褒美休暇をとっている《t.corporation》。社長の外崎宏太は、息抜きがてらに久保田惣一の顔を見に来たのだと一番先に店に顔を出してカウンターに陣取って腰掛けていた。続いて建築家志望で父親の設計した喫茶店内の内装やらを観察がてらと、次に顔を出したのが源川仁聖。最後は近郊での仕事相手との約束までの時間調整をすることになってしまったからと狭山明良が、タイミングよくここで一緒になってしまった。これで他にも幾分でも客がいればまた違ったのだろうが、偶々姦しい女性客の一団が一気に帰途について一端店内は暫しのアイドルタイムとなっている。

「スタッフ休ませるから、狭山君もカウンターでも良いかな?」

にこやかにマスターの久保田惣一がアイドルタイムの内にホールスタッフを休ませたいといわれれば、『茶樹』の常連としては素直にカウンターで三人が揃うのもやむを得ない。珈琲を奢るからと和やかに言われ、結果並んで座ることになったけども、まぁ三人揃えば話題も幾つかあるわけで

「それにしても明良、何だ?信哉のところで合気道やるんだって?ん?」
「いや、少し知識として知りたかっただけですよ。習う訳じゃ……。」

真っ先に問いかけたのは勿論宏太で、問いかけられたのは当然先日になるが鳥飼信哉の合気道を見学に行ったばかりの明良だ。それを聞いていた仁聖が『えぇ?鳥飼さんとこで?』と苦い顔をしているのは、仁聖にも以前大切な伴侶である榊恭平が鍛練に行ったのに一緒についていった経歴があるからだ。しかもその時、仁聖も合気道は全くの未経験だというのに、あの鳥飼信哉の恐怖の洗礼を受けていたりする。

「ええ?仁聖も“あの”鬼のシゴキ受けたんだ?」
「あ、ヤッパリ明良も?」

ワザワザ教えてくれた人を影で鬼呼ばわりもなんだとは思うが、鳥飼信哉は破格の運動能力過ぎる。なので常人の平均的運動能力が全く分からないに違いないと、今では明良も仁聖も思っているのだ。なので信哉が平然とした顔でこれやってみようか?と言ってくることが、途轍もない高いハードルなのだ。が、それが普通ならあり得ないう要求の高さだということすら、信哉は感覚が違うので全く気がつかない。

「鳥飼さんって自分が常識外れてるってことに、絶対気がついてないんだよ。」

しかも周囲にいる友人で合気道を習う槙山忠志とか、ここにいる信哉の母親の幼馴染みで同じ技術を幾つか身につけた宏太が運動能力としては既に常人以上なので、比較対象がこれだから尚更それに信哉は気がつけないのだ。

「それに……なんか断れない状況に陥るんだよな、…………あれ。」
「……うん、…………分かる…………。」

そうなのだ。信哉に一度試しにと勧められると、何故か既に断りにくい空気になっていて結局巻き込まれる。何しろ信哉が教えてくれるなんて神様が教えてくれるとでも思っているような信哉の異母弟・真見塚孝とか、自分がしごかれたのを他人にも体験させたい槙山とかが、やれと言う空気を醸し出す。それに抵抗しようものなら、何でだと周囲の視線が痛い訳で。

「それにしたって、あれは死ぬ…………。」
「確かに………………あれは。」

全力疾走というのは持続しても何十秒かのことで、持続するのは分単位ではない、決して。ところが常人の範囲が分からない信哉は、平然と全力疾走を3分とか5分に匹敵する行動を指示してくる。なので常人より僅かに経験の時間が長く身体も慣らされている筈の異母弟・真見塚孝だって、あれにはついていけないのだ。それを初心者の仁聖に手加減したとはいえ、即日でやらせた信哉は正に鬼としか言いようがない。しかも明良だって幾ら空手を身に付けていても、合気道は全くの初心者なのだ。それを聞いている宏太は、フォローのしようがないのか苦笑いするしかないでいる。

「って言うか、それは榊さんもだろ?仁聖……。」
「え?恭平?」
「いや、何なんだよ、あの戦闘訓練!おかしいだろ?現代社会なんだぞ?!」

明良の言う戦闘訓練とは恭平と信哉が、二人で明良の前でも仁聖の前でも一度やって見せた古武術の組打術の演武の事である。仁聖みたいに何も武道の経験がないと綺麗な神楽舞のように見えるものなのだけど、空手を身に付けている明良が見ていると全部が全部・相手の急所狙いの戦闘技なのに戦慄したらしい。

「へぇー、あれってそうなんだ?俺はただ綺麗だなぁって見てた。」
「まぁあれは元々が合戦前提の対人戦闘の技術だからな。」

それはどこの世界の何時の時代の話なんだと正直明良としては言いたいが、何せ話している宏太もそれの一端とは言え実際に身に付けているのだから呆れてしまう。

「仕方ないだろ、あれ自体が戦国時代やら江戸時代の合戦用の戦闘技術がもとなんだ。」
「いや、それはもうこの世の中じゃ形骸的なものであって……。」
「他のと違って鳥飼のは実戦派を貫いてたからなぁ……。」
「いや、そこが既にですね?おかしいってのに!」

何でこのご時世で対人戦闘の戦闘技術を身に付ける鍛練なんかをしているのかと、明良としては聞きたい。というのもあの戦闘技術はどうみても諸刃の剣のようなもので、簡単に習得出来ない上に習得する方の技能をそこ迄高めるには途轍もない基盤が必要な筈だ。それを明良が指摘すると、そのために合気道を完全習得するのが指南を受けるための第一条件だと宏太は当然みたいに言う。

「合気道だって、習得には長い年月が必要ですよ?その後にあれくらいの技術って何年かかると思ってんですか?!」
「俺と澪は始めたのは物心つく前だが組打は小学2年。信哉はもっと早かったらしいぞ?それに槙山は去年から合気道を始めてるが、そろそろ組打だそうだ。」

平然と答えるが、そのどれもが平均的でないのだと言いたい明良は脱力している。なんでまたこんなにもボロボロと特殊技能を身につけた人間が近くにいるのかと思ってしまうが、実際にこうして『いる』のだから仕方がない。仁聖としても恭平のことをそんな見方はしていなかったのだけれど、考えてみたら恭平は以前飲んで絡んできた了を投げ飛ばし肋を折ったことがあったんだった。

「そう言えば、恭平に投げられて了も肋折れてるもんね。」
「あぁ、そういや昔、そんなことがあったらしいな。」

呑気すぎる仁聖と宏太の会話に更に明良が脱力しているが、こうして考えるとほんとに嫌われてたら俺も骨折られるですまなかったのかもと仁聖は思う。恭平が本心では仁聖のことを受け入れてくれていたからこそ、最初から投げられもしなかったし別段危険な技をかけられることもなく恭平からは大切に扱って貰えている。それにしたって綺麗に舞っているとしか見えなかったあの動きが、そんなに危険なものだとは知らなかったと改めて感心してしまう。

「でも、踊ってるみたいに綺麗に合わせられるのはなんで?外崎さん。」
「ありゃ双方の動きが完璧に同じだからそう見えてんだよ。少しでもずれると、次の瞬間に投げ飛ばされるか這いつくばるしかない。」

え?そんな結果しかないの?と呆れるしかないのだが、

「それって何とかして避けらんないの?投げられるのとか。」
「避けようとする動きで逆に完全に次の技が決まるからな。下手するとな骨や間接がイカれるぞ?投げられてる方が、まだ安全だ。」

そういえば過去に一度異母弟の宮内慶太郎に組み敷かれた恭平が、無理に技を外そうとして肩を脱臼してしまったことがあった。つまりは完全な戦闘のためな技なので同じ動きでいなせないのなら、倒れるか投げられるかして離れないと致命傷を負う羽目になると言うことらしい。そんなの普通の人なら逃げようがないなぁと仁聖が呆れたように言うと、そういうための術だからなと宏太は平然と笑う。

「それにしても何でそんなの身に付けようと思ったの?外崎さんは。」
「あ?」
「いや、そんなの身につける必要なさそうじゃない?普通なら。」

割合なんでも出来てしまう宏太がそれを身につける必要性、その問いかけに珍しく宏太も答えに困った様子を浮かべる。明良にも空手を身に付けたのは何で?と仁聖が興味津々で問いかけるのに、明良の方は子供の頃から家族が空手をやっているのを見ていて面白そうだと思ったから始めたのだと言う。

「別に習わなくても良いとも言われてたけど面白そうだったから。板割とか。」

そこなの?!と仁聖に言われて明良は何かおかしい?と言いたげだが、動きとか型がカッコいいのではなく板や瓦を割ってるのがなんだか面白そうというあたりがちょっと珍しい。とは言え件の戦闘技能を何故身に付けたのかを、宏太は少し考えのんだ後に口を開く。

「澪を負かすためだろうな…………最初の理由ってのは。」
「それって…………。」
「負けず嫌いかぁ。」

まぁ昔の理由だしなと笑う宏太に、そんな理由で死に物狂いの恐怖の鍛練に入れる宏太ってと仁聖と明良は呆れたように眺める。

「それにしても恭平も大分慣れたようだな。最初はぶっ倒れてたらしいが。」

確かに再開したばかりの頃はチョクチョク倒れていた恭平なのだけれど、ここ数ヵ月コンスタントに鍛練に通うようになったお陰で突然倒れることは殆んどなくなった。それに定期的な鍛練のお陰か筋力もついてきたのもあってか少し痩せぎすだった身体も改善の傾向だと、直に恭平の素肌を見ることのある仁聖が嬉しそうに言う。

「食事だけだとヤッパリ中々体重が増えなかったんだけど、やっと少しよくなってきたんだよね。」

仁聖の言葉にそれぞれ恋人の体重に気を掛けている者としては、それは良かったと共感してしまう有り様。
明良の恋人結城晴も色々とあって冬前にかなり体重を落としていたのだが、ここ暫くは外崎邸での鍋大会もあってか大分体重を持ち直しているそうだ。一方では一緒に鍋を囲んでいる外崎了の方は、元来の世話焼きの性格のせいか余り体重が増えないままなのだという。食べてない訳じゃないようだと溜め息をつく宏太に、明良と仁聖はそれはと言いたげに目を細める。

「了、…………体力使い果たしてるんじゃ?毎晩なの?」
「あ?」
「外崎さんって絶倫そうだもんね。」
「なんだそりゃ。」
「え?でもそう思うでしょ?明良も。」

そこで同意を求められても困ると明良の顔が言っているし、宏太の顔がお前に言われたくないとあからさまに仁聖に向けられているのはさておき。宏太としては最近はちゃんと了の身体に負担がかからないよう気をつけてはいると宣言する。それにしても気にかけられている三人の内、あからさまに活動量が増えた恭平が一番体質というか体重改善なのは皮肉だ。

「でもさぁ、筋肉とかの付け方が普通と違ってるからかな、凄く身体綺麗なんだよねぇ…………こう何て言うか無駄がなくって…………。」
「惚気?仁聖。」
「まぁ確かに下手に過重してると動けんからな。」

そうだった、恭平や信哉と同じものを身に付けている宏太の体格は、四十代後半という年代からするととても規格外のスタイルの良さなのだ。先日何でかその3人と信哉の父親であるという真見塚氏の4人で写った画像が仁聖に回ってきた時、全員がスラリとした格好良い袴姿で迫力抜群だったのを思い出す。それに恭平達の鍛練の動きを見ていれば、確かにガッシリと筋肉がついていたら最後まで動くには身体の過重があって大変そうだ。

「うーん……それ言われるとなぁ。」
「仁聖も鍛えてるんだろ?」
「俺、筋肉つきやすいらしくて、信夫さんにトレーニング禁止された。」
「そんなのあんの?」
「うん、不必要につけるなって。」

代謝が良いから筋肉量が増えやすいらしく、食べても太りにくいのだが鍛えると直ぐに筋肉がついてしまう。モデルをしているのもあって仁聖は、社長の藤咲信夫から必要のない筋肉をつけないように指示されているのだという。それはまた随分羨ましい体質だなと笑う宏太と明良に、仁聖はそうでもないと不満顔だ。

「一緒にランニングとか、恭平としたいのに禁止なんだ。折角…………。」

そこはやはり恭平第一の仁聖は、ある意味考え方も方向性も全くぶれない。ランニングに並走して自転車という案も出したらしいのだが、それも足の筋肉がつくからと禁止させられていると聞くと笑うしかない。

「贅沢な悩みだなぁ。」
「う……それに、恭平からあんまり筋肉つけたら、やだって…………。」
「まぁ、確かにな。」

元々恭平自身余り筋肉もつきにくい体質なのもあるし、同性だからこそというコンプレックスもそこにはあるのだろう。確かに明良も裸になると印象が違うと、晴に常々言われ続けている。印象が違うって何?と思ったが、服を着ていると明良の身体は比較的華奢に見えるらしい。

「あー、確かにね。そうかも。」
「そんなに細くないつもりだけどな、俺としても。」
「だよねぇ、細すぎてもなぁ。」

目が見えない上に割と確りとした筋肉のついた身体をしている宏太はそんなもんなのか?と呆れ顔だけれども、男としては筋肉に関してはやはり引けない一面はある。幾ら筋肉の付きかたを指示されていても、ありかなしかと言えば筋肉はありだ。せめて自分の恋人よりは少し筋肉質で男らしい姿で有りたいと、心の中では密かにそれぞれが思ってしまうのだった。
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