鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話72.立ち位置。

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世の中に春の便りの届く3月も過ぎれば、そろそろ時期的には炬燵で鍋物の時期は北国なら兎も角関東圏では終わりなんじゃないかとは内心では狭山明良としては思う。けれど、年始以降に何気無く仕事終わりの結城晴を迎えに来たついでに、明良まで誘われ鍋パーティーを外崎邸でしたのだ。それを切っ掛けに、何故かここ最近になって『今夜鍋物をするから来ないか』と外崎了に誘われる機会が増えた気がする。

2ヶ月で5回は多いのか少ないのか…………平均はどれくらいなのかなぁ

最初は普通の寄せ鍋で次は水炊き、キムチ鍋なんてものまでやった訳で。変わり種だと思うが、この間は海鮮塩レモン鍋なんてものまでやったのだ。まぁ最近、結城晴が白鞘千佳の件で少しゴタゴタしたり白鞘が行方不明になったりもしていたし、オマケに三浦和希という殺人犯と晴が接近遭遇したりもしたから、外崎宏太や了が晴の事を密かに心配しているのもあると明良としては思う。何せ明良としても何で経営コンサルティング専門の会社の人間が、世にも稀な殺人鬼なんかと関わりがあるのかと呆然としたくらいだ。流石に何なんだと詰め寄ったけれど説明されればされるほど宏太の世にも奇妙な現象に唖然としてしまうし、それを知ってて傍にいる了にも唖然とした。しかも晴の方も何も知らないのではなくて、七割がた知っていてここにいるのに頭を抱えたくなる。

何やってんの…………?

そう思わず口にした明良に、晴がそれでもここが楽しいからここで働きたいと言われた時には真顔で大丈夫なの?その感覚とは思った。思ったけれど晴の性格も理解できるから、不本意ながらに無理やり納得したふりはしたけれども。それでも最近は了や晴を危険な目に遭わせないように宏太が配慮しているのだとも知ったし、以前明良とタイマンで晴を大事に扱うようにと苦言を呈した宏太は晴の事も大事に扱うようにしているのだとも思う。

心配して、大事にしてくれてはいる

三浦和希と鉢合わせてしまった上に、完璧に顔を見られて認識されて二人っきりでお茶までしてしまった晴を隔離してここから離しても、動向がハッキリしない三浦がどう動くか分からない。だったら三浦がどう考えて動くかを宏太の傍で確認しながら、対応策を練る方が安全。そう言う内容には確かにそうだと思えたし、宏太の能力も分かっている。自分よりも実戦で強い宏太が言うのだからと納得するしかないから、明良も折れるしかなかった。それに宏太達は確かに晴を可愛がっていると明良も思う。

でも、なんか…………兄弟というか…………子供っていうか…………

そんな感じに晴の事を彼らが心配しているようにみえなくもないんだがと、明良としては染々と彼らを眺めて感じることがある。何となく会社の従業員を心配しているというよりは、保護者の立場で心配しているように感じてしまうことが多々あるのだ。そう明良が少し遠回しにオブラートに包んで言うと、晴の方は鍋に誘われた事だけを見て、あれはただ鍋を囲むのに人が多い方が楽しいだけなんじゃないかなぁとある意味で楽観的意見をヘラッと笑って申し上げてくるのだ。まぁどちらだとしても問題があるわけではなく、鍋に誘われているのは確かなのだし、会社社長主催の鍋なので鍋の内容が豪華なのは事実と明良も思わずにはいられない。

「肉!煮えた?!」

そんな風に子供のようにワクワクしながら鍋に身を乗り出している晴に、了がもう煮えたからと鍋から上質な刺しの入った黒毛和牛の肉を取り上げる。そして晴の目の前の溶き卵の中に肉を分けいれ、テキパキと新たな肉を更に鍋に入れていた。ここまで言えば詳細を言う迄もないが、鍋で牛肉に卵ときたら当然、今夜の鍋物はまごうことなき『すき焼き』だ。それにしても了の手際の良さは再三知っているつもりだが

「明良も取って食えよ?取ろうか?……宏太、ほら。」

甲斐甲斐しい了に、鍋奉行というよりはどっちかと言うとお母さんか?と内心は言いたくなる。ずっと以前から晴が了は世話焼きな人と話していた通り、交流が深まれば深まるほど外崎了は本当に世話好きで甲斐甲斐しい人間なのだと明良も思う。

「熱いから、気を付けろよ?宏太。」
「分かってる。」

言われなくとも適度な間隔で取り分けられる肉や葱なんかを、晴よりは格段にユックリとした動作で宏太が口に運ぶ。それを幸せそうな微笑みを浮かべて了が眺めているのは言う迄もない。

「割下濃くないかな?どう?甘味たりなくない?」
「旨い。」
「丁度いいって、な?明良。」

既製品の割下なのかと思いきや、『茶樹』の厨房担当・鈴徳良二から自家製の割下の作り方を聞いて作ったらしい。4人分の割下なら『酒200cc・みりん200cc・醤油200cc・ザラメ60g』と『少し出汁(中身は秘密らしい)』で、ザラメと最後に加える『出汁』がポイントなのだという。それは兎も角割下くらい市販でもよくないかとは思うのだけれど、最近は料理が楽しいからといわれれば納得するしかない。

「旨いよねー、すき焼き関東風の方が俺は好きだなぁ。」
「関東風と関西風の違いは何なんだ?」
「えっとね。」

勿論世話焼きの段階としては、宏太への世話焼き度合いは他の人間に比較しても段違いなのはいう迄もない。でもそうでなくても会社の同僚だった時代の成田了という人が、かなり面倒見のいい先輩という周囲の評価だった。部所としては一緒になったことのない明良ですら記憶があるくらいなのだから、部内での存在感は大きかったし成田了がこなしていたものを言われずとも同等に一人で出来たのは了から直に指導を受けていた晴くらいだ。因みに関東風も関西風も溶き卵につけて食べるのは共通しているのだが、関東風は割下で『煮る』、関西風は鍋で牛脂を使って『焼く』のがメインの作り方である。基本の具材や調味料もほとんど同じなのだが『関東風』は、醤油、みりん、料理酒、砂糖、出汁等で作る割下で肉や野菜をいっぺんに煮る。まずは割り下だけ煮立てたところにネギなどの野菜を入れて火を通し、後から肉を加えるのだ。

「あ、これ旨い。了、これなに?」
「それ?クズキリ。糸こん買い忘れたから変わり。」
「味染みてて、メチャうまい!!糸こんより好きかも。」

この姿を見ていると確かに元から世話好きなんだなと納得するしかない。了は様々なことに要領が良く手際のいい万能タイプの人間だとは思うが、こうしてみていると家事とか家の中の仕事に関しては群を抜いて手際のいい人物なのだ。これまでの鍋と同様に相変わらず鍋管理ばかりしている了に、ツイッと炬燵の脇から手を伸ばしてきた宏太が袖を引き口を開く。

「了、お前も食え。」
「大丈夫だよ、食ってるって。」

食べているとはいうが、それ以上に周囲に食わせているとしか思えないし、見ていてもどっちかと言うと食べさせているのに8割の労力が注がれている。とは言え確かに全く食べていないわけではないし、宏太が食事をしているのを幸せそうに眺めている姿に当てられそうだ。

「あ、車麩って旨いよなー、宏太も食う?」
「食う。」
「俺もそれ好き!焼き豆腐も!!了、ちょうだい!明良も食べなよ。」
「あ、うん。」

それにしても長閑なもので何でか四人でこんな風にここ暫く、呑気に食卓を囲んでの鍋が繰り返されていて。お陰でというかここ数ヵ月痩せ気味だった晴が少し体重を取り戻してきていて、明良としては何よりだとも思う。それにここ暫く白鞘のせいで俯きぎみだった晴は、何時ものあの天真爛漫な笑顔をやっと取り戻しつつあるような気がする。

それでも……白鞘の話は、どうしたって耳にはいるけど………………

白鞘千佳の失踪に関して、明良が直ぐにそれが耳に…………というか、実は失踪したという話が耳にはいったのは晴よりも遅かったのだ。というのもデパートの物産展の広報を担当していた明良は、やっと物産展の当日に出店のトラブルがあったりして2週間殆んど現地で対応をしていた。お陰でほぼ2週間現場直行・直帰の毎日で、社に戻る余裕すら出来なかったのだ。勿論出店のトラブルは明良のしたことではなく、店舗の方で調理師が急病のため出店出来なくなったり手配していた品物が物流障害で届かなかったりという程度ではあるが。…………そんなわけで白鞘の件が明良の耳にはいった時には、既に晴も別な元同僚から白鞘の居所を知らないかと問い合わせが来た後だったのだ。

何で晴に直接聞くんだよ?!

そうその同僚を捕まえて怒鳴ってやりたかったが、以前から白鞘と晴が仲が良かったのを知っている人間は職場にまだ多くいたのだった。実際には会社では明良の方が二人とは全く縁がないのだと今も思われているくらいで、誰もまさか明良と晴が一緒に暮らしているなんて知りもしない。
白鞘が行方不明になって直ぐに、白鞘の担当していた仕事先とのトラブルが発覚したのは事実だった。奇妙なタイミングのよさだと晴はそれを訝しく感じたみたいだけど、逆に言うと白鞘が失踪したから誰もが白鞘の仕事の詳細を調べたのだとも言えるのだ。失踪するような理由が白鞘の身近にあるのではと誰もが勘ぐって調べたからこそ、その事実は見つかったと明良は思っている。割に会わない白鞘の尻拭いをさせられた他の同僚もそう思うのは当然の事だ。つまりは問題を先に起こしていたから白鞘は失踪したのであって、誰かが事件を押し付けたわけではないと会社の人間は誰もが思っている。

それでも知人としては、一番最後に話したと思われる晴としては…………

あの時晴にしたことを、酔っていて記憶にないと白鞘は話したという。そんなのは嘘だと晴だって思っていたし明良も晴が感じているのが正しいとは思うが、覚えているからと言われても正直困る。覚えていて晴と交際したいなんて口にしたら、迷わず頭を叩き割る勢いで踵落としを喰らわせてやるつもりだ。それはさておきあの時の白鞘が何か困っていたり追い詰められた様子がなかったかどうかという点では、晴もなかったとは言いきれなかった。何しろ直前には自分とのことが起きていたのだから、それで追い詰められていたかもと晴は感じていたのだ。それが自分のことではなく仕事の事だったかもしれないと言われると、晴にも否定はできないのだろう。

それでも失踪するほどの様子とは…………思えない…………

そう晴は囁くように言ったけれど、白鞘がどう感じていたのかは本人にしか分からない。色々と重なった末の結果なのかもしれないし、そんなことは何一つ全く関係ないかもしれないのだ。そして晴は、白鞘が全く別な理由で失踪したかもしれないと危惧もしている。殺人犯と共に姿を消したのだとしたら、それは被害者になったのか共犯者になるのか。明良はそう思ったけれど、晴としては前者になるのではと危惧しているようだ。

でも俺としては晴に最低な事をした白鞘がどうなろうと正直関係ない…………

そんなのは人間味のない発言なのかもしれないと思うけれど、明良にしてみたら晴を傷つけた白鞘を許すつもりもないのだ。何が正しいかは分からないけれど白鞘千佳がどうしているかより、晴の方が明良にとっては大事なのは言う迄もない。

「明良?食べないの?」

考え事に手を止めていた明良をキョトンとして可愛いリスみたいに頬を膨らませた晴が明良の顔を覗き込んできたのに、思わず明良は笑いだしそうになってしまう。え?何かおかしい?と言いたげな晴の可愛い顔に、横にいた了まで詰めすぎと笑いだしている。

「子供か。」
「えー、だって旨いんだもん!やっぱし牛肉はすき焼きだよなー!」

実際にはリスみたいな晴の顔は見えていないはずの宏太にまで子供かと笑われても、晴は平然として子供みたいに旨そうに肉を頬張る。

「あ、そこの煮えてるから明良も食べろ。晴に全部食われるぞ?ほら、宏太も。」

本当に甲斐甲斐しい。うん、どう見ても、これはもう『お母さん』だ。そんな甲斐甲斐しく周りに肉を食べるように勧める了の事を眺めて、これじゃなんだか宏太がお父さん?なんて思ったら、自分と晴の立場は何なんだなんて。

「締め何にするの?了。」
「うどんか飯。」
「うどんがいいなー、ね?明良。」

うん、これは絶対に晴が子供の立ち位置。そしてまぁ晴の恋人ってことで自分は婿?みたいな立ち位置な気がしてきた。…………等と妙なことを染々と明良は考えながら、大人しく『すき焼き』をつつくのだった。





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