鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話60.ちょっとおまけ 萌え。

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これは雑学と言えなくもない話なのだが、合気道をするにあたっての服装には『道着』が必要である。道着は正確には『合気道着』であって柔道で使う『柔道着』ではないのだが、実際に見てみると何ら変わりがないものに見えたりもする物なのだ。
見た目は似ているものだから柔道着を使われる方も実際にはいるらしいが、どこが違うかと言えば一番の違いは袖や裾の丈。手持ちの技をかけるために、袖が若干短めなのが合気道の道着の特徴の一つと言える。
それにもう一つ違うといえば衿の部分が二重になっていて、座って動くことが多いので膝の部分など生地が厚く縫い目が頑丈であるということも言えるかと思う。何故かといえば、肩の近くを掴む『肩取り』や、鎖骨あたりを掴む『胸取り』をされる時の為に頑丈にしてあると言うことらしい。それに生地が厚いのは受身の時に勢いよく転がるので、肌と生地が擦れるのを防止する効果もあるという。

帯に関しては他の武道でも同様なので割愛するけれど、合気道も段位が存在するので帯の色の区分があるのは言うまでもない。

そして、合気道といえば何よりも『袴』が思い浮かぶと思う。
動画サイトなんかで見かける合気道をしている人は大概袴を履いているのだが、男性は初段から、女性は二級下段あたりから履けるという場合が多い。袴を履く理由は諸説あるようだが、『相手に足さばきを見せない為』だとするものが多いようだ。因みに合気道で使う袴は弓道などで見るものではなく、『馬乗り袴』という物なので中が割れていて足がそれぞれ入る形の袴である。

さて、何でここでこんな蘊蓄を垂れ流しているのかというと、これは年末年始が過ぎて少したった本編よりは少し前の話。



※※※



「めんどくせぇ…………。」

そうあからさまな文句を口にしたのは言うまでもない外崎宏太で、宏太が難色を示している目の前には何でかワクワク顔の鳥飼信哉だけでなく榊恭平。おまけに真見塚成孝と息子の孝だけでなく槙山忠志までいたりする。そして言うまでもなく、ここは真見塚家の道場である。

「何で俺だ。」
「いや、親父が納戸を整理したら、お袋と外崎さんの鍛練の記録があったんで。」

目の前の鳥飼信哉のお袋とは、もう改めて言うまでもなく信哉の母親・鳥飼澪のこと。年末年始の真見塚家の大掃除で納戸の過去帳の整理をしていたら、今は無き鳥飼道場の鍛練の記録を残した過去帳が大量に出てきたのだという。当然今後『鳥飼道場』を立ち上げることになっている信哉に、それらは返却されることになったのだろう。そしてその中には鳥飼道場に通っていた高校生になる辺りの外崎宏太の記録も当然残っていて、故・鳥飼千羽哉が残した鍛練の内容の詳細を残した物もあったのだ。

「その中に外崎さんとお袋しか鍛練してないものがあるんです。親父も棒術はやってますけど、その鍛練は飛ばして十手術に行ってて。」

鳥飼流とも言われる古武術の中にある『棒術』。その基礎鍛練の中で、同じ棒術を身に付けている真見塚成孝はやっていないものがあるのを、信哉が発見してしまったという訳である。

「ってお前、澪から棒術指南は受けてんだろ?ん?」

『棒術』に関しては澪と宏太は、ほぼ同時期に習得したのだ。その息子の信哉は澪から全て受け継いだというのだから、澪から十分な指南は受けた筈だろうと宏太が退避の道を探している。そんなことは信哉だって分かっているが、それでもワザワザ宏太を呼び出してまでしているのには信哉の方にも理由があった。

「でも祖父の記録に、その鍛練は外崎さんがお袋より完璧だったと。」
「…………妥協しとけよ、完璧だったのは当時だぞ。」

新たに道場を起こそうとする信哉が、より完璧な鍛練を見たいのは分からないでもない。が、それは三十年も前のことで中年にそれを求められても困ると宏太が訴えるのを、当の信哉は完全に聞き流す勢いだ。
それに加えて今回は何か他にもさせる気なのか何故か道着を着てくださいなんて準備されているのに、何としても着替えたくないと目下宏太はごねているわけだった。それにしても『抜刀術』という看板のせいなのか、道場にいる期待感満載の若人の視線にも若干引き気味。宏太はいつになく後退り脱兎のごとく逃げ出したい気分だ。

「外崎さん……………、道着は中年太りは目立ちませんよ?」
「……あ?」

何で勝手に中年太りを気にして着替えたがってないと思われてんだ?俺は太ってない。と宏太としてはそこを重点的に訂正しておきたいが、それはさておかれ服を脱がせにかかる信哉に抵抗しようにも、流石の宏太も信哉には抵抗しきれない。

くっそ、人間兵器め

何しろ宏太が産まれてから一度も勝てたことのない鳥飼澪の息子。しかも信哉の方か技能としては澪より上だというから、ハッキリ言って分が悪いとか言う問題じゃない能力差だ。組み合って拮抗しようものなら絡め手で仕掛けられるし、まだ幼稚園のガキだった頃千羽哉に合気道を習いに来ていた辺りに澪に組み敷かれて裸に向かれた黒歴史が脳裏によぎる始末だ。

「何で親子に剥かれるんだ…………。」
「お袋に剥かれたことあるんですか?」
「幼稚園のガキの頃だよ、全く…………。」

傷痕だらけの身体を見られるのを気にしていたのに、信哉が人の服をひっぺがしておいて気にしたようでもないのに内心では少し驚く。

「なんだ、全然太ってないですね。」
「何で中年太り前提で服ひっぺがしてんだよ?!あ?」

これを端から見ていれば、しなやかで美しいスタイルの男二人が絡み合って、片方が無理矢理片方の服を引き剥がして脱がせているという倒錯めいた光景。しかもその場所は人気のない道場の更衣室な訳だから、相手によってはそのまま押し倒して『ナニ』に雪崩れ込む危険性がないわけではない。とはいえ、現在ここにいるのはどんなにキラキラした『腐』フィルターを通しても鳥飼信哉と外崎宏太なので、全くもって耽美やなにかに向かう性的な方向性は噛み合わなかった。

「全く……傷痕を見られんのが嫌だったんだよ。」
「あ、そうなんですか?でも、背中には傷無いですよね?」
「…………背中にあるなしが重要なのか?…………お前らの年代。」

何でか狭山明良にも同じように背中に傷がないなんてことを以前言われたのに、思わず宏太がそういうと信哉は何かで読んだんですかねと呑気に笑う。

「案外、自分が考えてるほど気にされないもんなんだな…………。」

ポソリと呟く宏太の言葉に、信哉は少しだけ口角をあげて微笑む。
実際には見えていないから宏太の方は知りもしないのだが、信哉の方も宏太ほどの大きな傷痕はないとはいえ幾つもその身体には傷痕を残しているのだった。というわけで身体の傷の一つや二つでどうこう感じる程、信哉だって無傷の人生でもないから気にする訳もない。それにここにいるのが信哉でなく母親の澪だったとしても、きっと同じことを言っていただろう。

「鍛練してない割には筋肉落ちてませんよね?」
「お前を基準にすんな。」

流石にここまで脱がされては抵抗にも諦めがついたのか、目が見えなくても道着は着れると宏太が言いだして。

「帯、締めますか?」
「出来る。」

物を渡すと戸惑いもなく手探りで身に付けられていて、暫くぶりとはいえ問題なく道着を着られるのは流石に十何年も道場に通っていただけあると信哉が感心する。
そんな訳で無理矢理にとはいえ外崎宏太まで合気道の道着を着せられた訳なのだが、集まった6人中3人が道着としては珍しい部類の白袴。
実は宏太も過去に道場に通っていた時は鳥飼澪に対抗して白袴だったのだが、と言うのも澪が鍛練や何かで道着を汚さないという矜持で白袴だったのに宏太も対抗していたからだという。今回のは信哉が無理矢理着せるために準備したもののようだが、その話に真見塚成孝がおかしそうに笑う。

「確かに言われれば、最初の頃はそう言ってましたな。澪さんもあなたも。」
「アイツが負けん気が強かったんでね。」
「お袋だけじゃないでしょ、外崎さんだって十分ですよ。なぁ?恭平。」

真見塚成孝は外部での演武などの時は上は白地で下は黒袴を身に付けているのだが、今回は普段用の上下藍色の道を身に付けている。なのでベーシックな道着姿をしているのは息子の孝と槙山忠志だけなのだが、何分実力差があるので4人の上段者の演武に紛れ込むのは難しいと今は壁の花だ。

「何か、凄い。」
「威圧感が半端ねぇ。」

そんなわけで孝と忠志が並んで道場の端で座りながら、揃い踏みの面子を眺め染々とそんなことを言う。
後少しで還暦間近とはいえ成孝は今だ現役の道場主な訳で、ピンと背筋の伸びた所謂ロマンスグレー。その成孝と年は8つ下とはいえ同レベルの技能を身に付けていると密かに目されている宏太だって、身体には多数の傷痕はあれど抜群のスタイルを誇っていて道着を身につければその佇まいは凛々しく際立っている。
三十代目前とはいえ既に技能では二人を越したとされている信哉だって、言うまでもなく街を歩けば振り返る女性多数のイケメンで凛とした涼やかさを持っているのだし。そこに信哉が天才だと賛辞する和美人とも言えるイケメンでもある榊恭平が、同じく道着姿で揃う。
と誰もが系統の似た少しずつ年代の違う和の装いの男前ばかり多数、しかも冬場とはいえ道場での凛とした袴姿。これはある意味レアどころか、下手をするとSSRやらGRというやつ?というものかもしれないと忠志が正座を崩して胡座をかき、膝に肘を乗せていう。

「………………これは、写メしとこかな。」

何処から取り出したかスマホで画像を撮影して、画面を弄り始めた忠志に孝も興味津々で覗き込んでいる。孝も忠志も古武術の『組打術』の手解きをされてはいるものの、4人と遜色ない技能に辿り着くまでには後どれくらいの期間が必要なのかは神のみぞ知るだ。

「誰に送るの?忠志さん。」
「え?何はともあれ梨央ねえに送っとこうか。」

この時はまだ出産前の鳥飼梨央に写メ。どうやらいつの間にか忠志と梨央は随分仲良くなっている模様で、身内のいない槙山にしてみたら家族ぐるみで姉のように慕っているというところか。梨央は信哉の妻だというだけでなく宏太の幼馴染みでもあるから、々の宏太の道着姿にも喜ぶだろうと忠志は考えたのだが、何故に唐突に写メなのかと孝の方は首を傾げていて。そこは少し疑問にも思うのだが、孝の方もどうせ画像を撮るなら自分にも送って頂戴と密かにお強請利していたりする。そうしてその場の威圧感が途轍もないと忠志から表された4人の袴姿は、密かに画像に撮られて送信されたわけだった。



※※※



その画像が槇山忠志→鳥飼梨央と真見塚孝の二人への送信に始まって、何処をどう経由したのかはさておき最終的に外崎了と源川仁聖に辿り着くまでにかかった時間は即日だったわけで。
そして送られてきた画像を何とはなしに開いた了が、その場で密かに悶絶してしゃがみこんでしまっていたりする。

「了?どしたー?」

突然しゃがみこんで頭を抱えている了に、書類を纏めていた結城晴が不思議そうに椅子から身を乗り出す。社長の宏太は言うまでもなく現在鳥飼信哉に呼び出されて外出中で、二人はそれぞれ受け持っている仕事を進めている最中。本当なら今日は仕事はたて込んではいないのだけれど、晴は纏めれば終わりだからと明良が仕事が終わるまで一気に進めてしまう予定でいる模様だ。そんな真っ最中に送りつけられた添付画像が、涼やかな凛とした佇まいの道着袴姿の宏太だときた。

何やってんだよ…………もぉ…………カッコ良すぎか…………

正直なところを言わせて貰えれば宏太が着ると分かっていたのなら、一緒に行って傍で直に生で道着姿を見ていたかった。何しろ画像だけでもかなりカッコいいし、この道着ってヤツは傍目にも色っぽい。いや、そんなつもりで着たわけじゃないとは思うけれど、ヤッパリこういうストイックな格好って言うのは格好いいし色気があると思ったり…………何でかそんなことをしゃがんだまま考えてしまう。そんな自分に頭を抱えていた了は、熟れたトマトのように真っ赤になって熱いままの顔で何でもないとしか言えないでいる。



※※※



ついでと言ってはなんだが、ここからは余談。
合気道の関連になると散々『鬼』と忠志に普段から称されることばかりの鳥飼信哉ではあるが、その日も相変わらず遺憾なく鬼っぷりは発揮された。結果として榊恭平と真見塚孝と槙山忠志のうちの誰かは失神して誰かは密かに嘔吐するなんて惨状迄しごかれたのは言う迄もない。
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