鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話49.王子様スマイル

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外崎邸のゲストルームのベットの上で確りと狭山明良に抱き締められながら、その腕の中でいつの間にか情けないとも思うけれど泣き出している自分に結城晴は気がついてしまっていた。自分が選択して過ちを繰り返したのはよく分かっているのに抱き締めてくれる明良は晴に何を言うのでもなくて、ただ大事な宝物のように自分を抱き締めてくれていて逆に涙が溢れて止まらなくなってしまう。結局明良に嫌われてもおかしくないことばかりを晴は何度も繰り返しているのに、こうして何も言わずに抱き締めてくれる明良の腕の温度は変わらない。

「…………あき、…………らぁ。」

こんな風に情けなく泣くくらいならこんなことするなと、怒って自分のことを明良も怒鳴ってくれたらいいのに。明良は白鞘知佳が晴にしていた事を直に見たというのに、こうして優しく労り抱き締めるだけで思いを一つも言葉に変えようとしない。怒っているのかどうかすら判別のできない明良の様子に、晴は戸惑いながら泣くしかない。

どうせなら怒って、無理矢理にでも明良のものにして抱き潰してくれたら。

そうとすら今の晴は考えているのに。それでも泣き続けている晴を明良はソッと抱き寄せて、あやすように優しく抱き締め続けている。怒りもせず責めもしない明良が何をどう感じているのか分からなくて、晴はどうしようもない気持ちで縋りつくしかない。
やがて少し晴の涙が落ち着いた気配を感じ取ったのか、明良は少しだけ首を傾げて抱き締めている晴の顔を覗き込む。その表情にはやはり怒りの気配はなくて、どちらかと言えば戸惑いにもみえるのだ。

「晴…………?あの、…………さ?」

戸惑う小さな声でそう問いかけられ、明良が自分が泣き止んでから話をしようとしていたのだと晴も気がついて神妙にその顔を見つめる。明良から何を言われても仕方がないことをされてしまったのは分かっているし、泣く程傷ついているたのだとしても自業自得だと言われてもおかしくないのだから。そう息を詰めて明良の事を見つめている晴に、明良は躊躇い勝ちに小さな声のまま口を開く。

「………………怒って…………ない?」
「ふぇ?」

そこに問いかけられた想定外の明良の言葉に、ポカンと一瞬何を言われたか分からずに晴はその顔を見つめていた。いや、怒るのは自分ではなく明良の方で、しかも何で明良の方が戸惑いながら自分に怒っているかどうかを聞くのかが分からない。戸惑いながら明良の顔を眺める晴に、明良はオズオズと何故晴が怒ると危惧しているのかを告げる。

「あの、俺…………、外崎さんに頼んで…………。」

一緒に行くのは駄目と晴から制止されていたから、確かに一緒には出掛けなかった。だけど明良は晴が白鞘知佳と会うのが伊呂波だと知っていたから、晴が出掛けた直後に即行で外崎宏太に会いに来たのだという。なんでそこでコッソリついてくるじゃなくて外崎宏太なの?と晴も思いもしなくはないが、『五十嵐ハル』の活動が何故限局的な店舗になるのか晴から聞いていたから、明良はそこに宏太の『耳』が設置されているのを知っていたのだ。

『耳』がどんなものかはさておき、『耳』の活動が何かはちゃんと知っていたから

突然なのだが明良は宏太に直に頼み込んで、晴と白鞘知佳の会話を全て『耳』で聞いていたというのだ。だからこそ晴が白鞘と話を終えて店を出たのを聞いて確認していて、駅前まで明良は迎えに来ていたのだという。それに口調を聞いていて、晴がかなり酔っていたのも知っている。そして晴の帰宅路をキャッチできなかったから、再度宏太の協力を仰いで、晴が酔い潰れて白鞘と何処に行ったのかを探し出せたのだと言うのだ。確かにそう言われれば家にいた筈の明良にしてみたら、晴がどれくらい泥酔しているかなんて知りようがないし何時店を出たかも知るはずのないことだった。しかも駅を中心にみると伊呂波があるのはどちらかと言えば駅の北東部で、ブティックホテル・キャロルの場所は北西側に当たる。明良と晴のマンションは駅の南東側にあるので、基本今日の晴は駅から西側にはいく必要性がない。この状況で駅の反対側で晴が家に向かうのとは違う方向にあるブティックホテル・キャロルに、晴が連れ込まれたと知るような方法が明良にはないのだ。そして同時に明良が聞いていなかったら気がつかないということは、もし異変に気がついた時にはかなり時間が経っタ可能性も高くて、事は全て終わってしまっていたのではないかと今更だが気がついてしまう。

「伊呂波での…………俺…………知佳になんか…………おかしな事言ってた?」

それでも先ず呆然としながら思わず口に出たのはそれで、晴の問いかけに明良は変なことなんか話してなかったよ?なんて当然みたいに言ってくる。いや、そこを追求するべきなのかどうなのかと晴も流石に困惑してしまうけれど、本当に聞いていたのかどうか。

「俺………………何話してた?」
「ええと、竹田さんって人と別れた理由とか…………?」

スラリと明良から晴もまだ素面で話していた時点のことを口にされて、確かに明良が居酒屋での二人の話を聞いていたのだと分かってしまう。というか、居酒屋・伊呂波の個室に『耳』と呼ばれる盗聴機が仕掛けられているのは、晴がよく『五十嵐ハル』で使う別な部屋だけではなかったのか?今日の部屋は普段の部屋とは反対側の全く違う部屋だったし、あそこの部屋に『耳』が仕掛けてあるなんて晴は知らない。勿論まだ様々な場所に自分や了が知らない『耳』があるかもしれないけれど、それにしたって昨日の飲みの席は所謂完全プライベートで、受け付けたのも店長の浅木でもなければ来店前に予約すらしていない。

「…………俺、店、予約してなかったよ…………?で、なんで…………。」

何でもかんでも、結論としては晴が明良が着いてこない変わりに伊呂波で会うのだけは教えていた。だから二人が伊呂波に行くのは確定事項だったから、明良は宏太に頼み込んで二人の会話を『耳』が使える状況で待ち構えていたということなのだ。

なにそれ、ちょっと…………怖い…………

いや、明良にとってもとっても愛されているのは晴だってわかるけれど、そんな簡単にプライベートって盗聴されていいものなの?と聞きたい。けれど、実際のところ自分が『五十嵐ハル』をしている時には会話は録音したりもされているのは事実なのだった。ついでに言えば、仕事上の時は折に触れ音声データを保管してもいるし音声データを書類として文字に起こしてもいる。だから、間違いなく色々なことを『耳』は聞いているし、『耳』を通して自分達は聞いているのだ。という観点からすれば、プライベートを確保するのは、実はこの世の中ではとても難しい。『耳』の設置は多岐にわたっているし、宏太の交遊関係を見ると『耳』がなくとも各種の情報収集に長けた人間は嫌という程にいるのだ。何せカフェ・ナインスの宮はチーマーを手足のように使っていて車やバイクなどに関連した情報収集は彼に任せるのだというし、ホテル関係なら相園というようにそれぞれの得意分野があるらしいというのは外崎宏太の下で働けば当然の事。というのは理解できていても、それと自分の生活に関係したことはまた別な気もする。

「…………着いてこない……変わりに……………………聞いてた…………ってこと…………?」

思わず胡乱な口調で口にしたら、明良が即座に素直にごめんなさいと口にした。明良としてもこれがよくない行動だったとは思っているようで、そこには少し晴も安心する。そういう事を迷いもなくやるようになると、言い方は悪いだろうが外崎宏太になるわけで、そこが鬼畜で変態でストーカーと晴が常々言う一面。しかも外崎宏太はその対象である外崎了には、決してそれがバレないように画策する能力もあるので質が悪い。それはさておき明良が幾ら宏太と似たところがあるとは言え、そこまで同じことをしなくてもいいと思うのは晴だけではない筈だと信じたいところだ。
寸前まで泣いていたのを忘れたわけではないが、思わず両手で顔を覆ってしまった晴にヤッパリ怒った?と首を傾げて明良が覗き込む。そんな明良に晴としてもなんと答えていいか、全くもってわからない。

「怒ってる?ごめん。でも、心配だったから…………。」

正直に言ったら心配だったから盗聴してましたって言うのは、常識としては完璧にずれている。せめて隠れてついてきていたとかならと思うけれども、心配だったからというのは明良の本心なのも事実でそのお陰で白鞘のレイプは完遂しなかった。

「………………怒って……ない。」

怒りはしてないけど、これ以上非合法な方面に染まって欲しくないなぁと心底思う。しかし、それを告げるときっと、なら晴がそうさせないように暮らしてと返されそうな気もしなくもない。何しろ外崎宏太の下で働くと、何処かで非合法な活動もしている訳なのだ。それでも怒ってないと晴が告げたのに明良は安堵したように爽やかに微笑み、その笑顔は言うまでもなくキラキラな王子様スマイルで晴は頬を染めてしまう有り様。

「晴…………。」
「………………明良は……怒ってないの………………?」

暫し王子様スマイルに言葉を失ってしまっていた晴が、明良を見つめて戸惑いながらそっと問いかける。明良が晴が怒っていないかを心配しているのはこれで理解できたし、どうやって明良が晴達の動向を察知したのかは理解できた。けれど、それはそれとして明良が晴に対して怒っているかどうかは、別な意味で気にかかる。

「え?怒ってるよ?当然でしょ?」

サラリと当然みたいに答えて来た明良に、晴は更に戸惑いを隠せない。何でそんなに爽やかに怒っている宣言をしているのか?怒ってるけど怒っているのを晴に示さないのはどうして?そう率直に晴は問いかけたい。何しろ明良はなんだか平然としていて、見ているだけでは判断が全く効かないのだ。晴のその戸惑いに明良の方が気がついて、晴の事を改めて覗き込んできてあのね?と囁く。

「晴に怒ってる訳じゃないよ?白鞘には激怒してるけど。」
「知佳?」
「当然でしょ?晴は何もしてなかったよ?…………まぁ、酔ってると晴は甘えたになるんだけど、俺にするみたいな甘えたにもなってなかったんだし。」

どうやら明良が『耳』で聞いていた限りでは、居酒屋・伊呂波での晴はいつものような泥酔の甘えたにはなっていなかったらしい。明良に対しては最初っから酔うと完璧な甘えたで触りたがるしくっつきたがる晴なのだが、白鞘との会話はどちらかと言えば明良と交際する前の会社で遠巻きに見ていた晴のままだったらしい。

「…………晴って普段の友達との間では、凄く男前なんだなぁって思ったよ。」

ホクホクしながらそんなことを言う明良に少し恥ずかしくなるが、少なくとも性的な誘惑をかけるような様子は何一つなかったらしい。それならどうしてラブホでああなったんだよ?と晴だって思うけれど、そこは明良も見ても聞いてもいないから分からない事だ。だから、と前置きしてまた王子様スマイルが明良の顔に浮かぶ。

「分からない事で怒っても仕方ないし、今度会ったら白鞘を物陰で半殺しにしめて、直接白鞘から何であんなことしやがったか聞き出すから。」

ニッコリと笑いながらそう爽やかに宣言する明良なのだが、つまりは白鞘知佳を直に締め上げて理由を聞き出すつもりなのだ。いや、それは流石にどうかと思うと晴だって言いたい。そんな危険なことをさらりとやると宣言しないでといいたいが、ニッコリと王子様スマイルで微笑んでいるはずの明良の笑顔がどう見ても黒いのだ。黒くて黒くて何故か真っ黒に黒光りする山羊の角でも生えてそうな気がする。途轍もない怖い笑顔に、これは止めないと白鞘知佳は半殺しじゃすまないのではと晴だって思ってしまう。

「は、半殺しは、…………やめよ?」
「え?どうして?晴が誘ったんじゃないなら大丈夫でしょ?」

え?そういう問題?と思わず聞き返してしまう。そうすると何故か途轍もなく爽やかに微笑んだ明良が、晴がセックスしようって誘ったんならそれはそれで許さないからと朗らかに言う。いや、確かに晴がエッチしよなんて白鞘わ誘ったんならそれってかなりの問題だと思うけど、誘ってなくても半殺し確定はどうなんだろうかと言いたい。社会人が相手を半殺しなんて、というより空手有段者の明良が半殺しって…………半殺しってどういうところまでなのだろうか?それこそ警察沙汰というものではないだろうかと、聞いている晴は正直に思ってしまう。それなのに明良は晴が泣き止んだのに、嬉しそうにナデナデと頭を撫でて心配しなくて大丈夫だよなんて呑気にすらみえる様子で笑うのだった。

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