鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話48.後悔しても

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こんな事態になるなんて、頭の中で何度も何度もそんなことを繰り返して考える。あぁしたら良かったとかこうしたら良かったとか、本当に沢山の事を考えているのに。こんな風に沢山の事を後悔するけれど、結局は間違ってしまった事は何一つ取り返しのつかないことなのだ。自分が何でこんなことに陥ってしまうのか、そんなことも正確な理由なんて分かるはずもないのに、結局こうして自分が間違っていたのだと痛烈に思い知らされる。

何で…………?

親友と迄は言いすぎかもしれないが気の合う友人で、大学時代からの交遊関係は確かだった筈だ。しかも元は交際相手だった竹田知奈を紹介するような関係でもあって、同じ会社に勤めることにもなってからもこの関係は変わらないのだろうと思ってきた。とはいえ竹田知奈と別れてしまったことを発端に、竹田の幼馴染みで紹介した当人でもある白鞘知佳とは晴の方が気まずく感じて一時距離をおくようになっていったのだ。どんなに友人と恋人とは無関係とはいえ、白鞘知佳と竹田知奈は幼馴染みで自分なんかより付き合いが長い。それに何より晴ならと竹田に紹介したのを知っていたから、その白鞘知佳にバイセクシャルになったので別れましたなんて説明しようがなかった。仕方がないと思いながら、それでも、時が過ぎれば友人との付き合いとして、もう一度交流が再開できるかもしれないなんて心の何処かに淡い期待もあったのだ。

「晴…………。」

抱き締め、容易く抱き抱えたままここ迄自分の事を連れてきてくれた優しい声に、謝ることも言い訳をすることも出来ずに震え続けているしか出来ない自分がここにはいる。
狭山明良には、あれほど二人きりで会うことを反対されていた。それなのに、白鞘に竹田知奈の件でと呼び出されたからと一人でノコノコと出掛けていったのは結城晴自身だ。それは最中に竹田知奈が乗り込んでくる危険性が高いのを危惧していたし、白鞘が明良と今は営業の同僚でもあるから二人が会うのは問題が大きいと判断したから。それでも自分で来るなと言っておきながら明良は自分の事を見守ってくれるんじゃないかなんて、心の何処かで甘い期待をしていたのもないわけではない。

それなのに…………

最初からこうなるように画策されていたかどうかはまるで分からない。少なくともそうではなかったと思いたいけれど、真実は晴には一つも分からないのだ。兎も角、晴に起こったのは自分が友人と信じていた相手にラブホテルに連れ込まれて、未完遂ではあるが剥かれて逸物を捩じ込まれ、所謂レイプされるなんて事態。

何でなんだ…………

疼くような腰の痛み。無理に引き抜いたせいで、晴のソコは僅かに皮膚が裂けて出血したという。
男同士だからそんなことはあり得ない。それは普通なら当然の発言だけど、レイプされるのに結局は性別は関係ないのだろう。そして実際には晴は明良と交際していて男を受け入れる身体になったのだと、直前に飲みながら自分から白鞘知佳に告げたも同然なのに気がつく。

男が好きなんだと告げたのは自分だ………………

しかも確かに初めて好きになった男性とは結ばれていないが、今は狭山明良と交際しているとは臭わせもしなかったのも事実なのだ。そして自分の現状を受け入れて話を聞いてくれるのだと、何処かで過信した晴が気を抜いてしまったのも事実。自分が性的に男を受け入れるようになったと宣言したも同然だと知りながら記憶すらあやふやになりかけるほどの泥酔した晴が、白鞘知佳に何を誘いかけたのか、何がそのあるべき境界を無視させたのかも分からない。

気持ちいいことが好きなんだろ?

そう言われて否定はできない。何しろ最初に成田了に与えられた快楽に溺れたのは事実なのだし、その快楽に引かれて最初は成田了を獣のように犯していたのは自分なのだ。外崎宏太が大怪我を負って偶々目が届かなかった期間というタイミングの悪さで了を犯し尽くして、自分のモノにしたかったのは紛れもなく晴自身だった。

それでも今は違う

心の中でそう苦く思うのは、了が外崎了になって幸せそうに宏太の隣で微笑むのをみているからだ。了が好きだし宏太の事も好きで二人が幸せそうに寄り添う姿を眺めながら、あんな風に自分にも誰か大切な人が出来たらとは願いはした。その時に竹田の事が頭に浮かばなかったのは、恐らくは別れの時の彼女の憤りがまるで理解出来ないままだったからだ。人間は誰しも言葉通りに相手の事を理解しないなんて、醒めたフリで考えていたけれど、本音は自分だって怖かっただけなのだと今は思う。

理解してもらえないのも怖いし、自分が普通でないと思われるのも怖い

だからこそ、竹田だけでなく白鞘とも晴は距離をおいたのだ。それでもまたこうして友人として飲めるのかと気を抜いた晴は、途轍もない浅はかで考えなしだった。酔って何を話して白鞘をこうさせたのかは晴には全く理解できないが、昔にも泥酔して男同士でラブホテルで休憩した経験はある。

ばーか!晴のばーか!!休憩料金払えよ!!男同士でこんな場所入るなんて!

あの時は目が醒めた晴に呆れ顔でそう言い放った白鞘が、同じ様に泥酔した晴を抱きかかえて休憩な入った可能性は無くはない。それでもそれが目的だったのか、それとも何か別な要因があったのか。

…………でも、俺もそれを…………明良と勘違いした…………

何が発端になったのか理解できないが、一緒に飲んでいて店を出る迄はこんな気配すらなかったと思いたい。それなのに店を出た途端に立ち上がり歩いたせいで再び回ってきた強い酔いに、晴の記憶は一瞬飛んでいて、一部あやふやになってしまってもいる。それでも僅かに理解できるのはそのあやふやの最中に晴はベットに押し込まれて、肌に触れられた瞬間晴は自分に触れるのは明良だけだと完全に錯覚してしまったのだ。下手をしたら傍にいた明良に捕獲されて、ホテルに押し込まれたのかもなんて何処かで考えていたくらいだと言ったら呆れられてしまうだろうか。

まさか……知佳が男に触りたがるなんて思わないし、知佳だって男になんか興味はない筈だ…………

自分のようにバイセクシャルに変わったわけでもないし、産まれてからこの方女の子としか付き合ったことの無い白鞘がどうして晴に触れ抱こうとしたかなんて正直言えば理解できない。実際には成田了との関係もそうだったろう?と指摘されてしまったらその通りなのだか、あの時何故あんな行為に出てしまったのか晴は説明が今でも出来ないのだ。だから、白鞘の気持ちを晴は想像も出来ないでいる。
それでも過去の晴が成田了にしたのと同じ。どうみたって男の身体で同じ逸物がついているのに白鞘知佳は晴の身体に興奮して、裸をまさぐり体内に迄怒張を捩じ込んだのだ。

「…………晴。」

そして、それから自力で逃れることも出来なかった晴は、他の男のモノを身体に捩じ込まれた姿を明良に曝してしまっていた。望んだわけではないと叫びたいし、出来ることなら捩じ込まれる前に時を戻したいけれど、後悔しても何も過去は変わらない。

気持ちいいこと…………

頭の中にその言葉が何度も何度も苦く過るのは、過去の自分も似たようなことを口にして誰かを傷つけていたのを知っているからだった。
それでもあの時晴が差し伸べた手を明良は確り受け止めて抱き止めてくれたけれど、この結末に明良が何をどう考えるか聴くのが怖い。こんなにも好きだと胸の中が叫ぶのに、他の男のモノに犯された自分の事を明良はどう感じるだろう?当然最後まで捩じ込まれて写生されたわけではないけれど、たとえ最後まで捩じ込まれていなくても他の男に全裸で組み敷かれ逸物を尻の穴に突っ込まれた節操のない身体。

そうだよな…………明良と出逢う前に何人とやったと思ってんだ…………今さらだろ…………

処女性が大事だとか純潔が大事だなんて思っているババア世代の男女関係とは違うのは分かっていて、二人とも交際経験ゼロの初心者ではない。無いけれど目の前で不貞を働いている相手をどう感じるのか?それでなくとも目の前で他人に犯された相手をどう感じるのか?

「晴?」

柔らかく甘い声に胸が締め付けられて、泣き出したくなる。それでも顔をあげられないでいる晴の額に、唐突に明良の指が滑って額を曝したかとも思うと唇が押し当てられていた。
言う迄もなくここは外崎宏太の豪邸のゲストルームのベットの上。様々な事後処理は宏太がやってくれているのか一緒には戻って来なくて、玄関先に晴を抱き上げて辿り着いた明良をチャイムを鳴らす事もなく了はドアを開き迎え入れる。そうして明良は了に促される間もなく、浴室を借りて晴の身体を丁寧に洗って宝物のように包んだ明良は傷の手当てもしてくれていたのだ。
そこまでしてもらえても、どうしたって明良に何も聞けない。そして明良の方もそれに関して晴を問い詰めようとはしないで、こんな風に酷く甘やかして抱き締め顔をあげない晴の額や瞼に口づけ始めている。

「晴…………好きだよ。」

知ってる。明良がどれだけ晴の事を大事にしようとしてくれているかは、晴にだって充分すぎる程によく分かっているのだ。それでも自業自得の結果が男にレイプされるのでは、明良が愛想をつかしてもおかしくないのだとも思う。泣きたいと心底思うのに、情けなくて涙すら溢せない。

「晴。」

ナデナデと優しく撫でる指や、触れてくる唇に呼ばれる名前の甘さや。今では沢山のものが理解できているのに、どうしてこんなにも何度も間違いを繰り返すのかと晴はなおのこと俯き唇を噛む。

「晴?ねぇ、白鞘のチンポ気持ち良かったの?」
「そんな訳ないっ!!!」

明け透けで心を切り裂くような辛辣な言葉に、思わず否定しようと咄嗟に声を放ってしまって晴は真正面から明良の顔を見つめることになっていた。その目の前にあったのは皮肉を放つような色は何一つ浮かべていない、何時もの明良の心配そうな黒曜石の瞳で真っ直ぐに晴の瞳を見つめているのが瞳に映る晴の姿から分かってしまう。

「痛い?晴。」

晴が何時までも明良の言葉に反応しないから、わざとそんなことを口にして晴の視線を向けさせたのは言うまでもない。それでも顔をあげてしまったら目の前にあるのは、意地悪ではなくて心配している明良の顔だと分かってしまって視界が揺らぐ。

「ぁ……きら、…………おれ………………。」

言葉が掠れて喉から出ない。それに何を言ったら良いのかも、まるで分からないのだ。謝ったら良いのか言い訳をしたら良いのか、何一つ答えが出てこない。それなのに視界がまるで硝子が砕けていくように揺らいで、明良の顔がボヤけていく。

「晴…………。」

柔らかな声でまたその腕に抱き締められ、そっと胸に引き寄せられたのに晴はやっと自分が泣き出していたのだと気がついていた。



※※※



「ドア粉砕って何なんだよ、あのアンちゃん…………トノぉ!」

ブティックホテル・キャロルの支配人でもある相園良臣がバックヤードの支配人室で頭を抱えて嘆いているのに、対面に座った外崎宏太が苦笑いで修理費は出してやると呑気に口にしている。言う迄もなくホテルの202号室のドアを完全に粉砕したのは明良なのだが、明良を宏太もひき止めきれなかったのもあるし、こんなことになるとは想定もしていなかった面もあった。
下半身丸出しで床に放置された白鞘知佳という青年に関しては、『耳』で晴との酒盛りを聞き止めている間に明良の同僚で了も知っている男だとは聞き出してある。それ以上に我に返った後のあの様子を見ていれば、高橋至のように逃げ出すなんて事はなさそうだ。

晴は?!……俺っ!!晴に!!

そう言って明良達を追いかけようとした白鞘を宏太がスカンッとあっさり足払いで転がして、この宏太の恐ろしい傷だらけの御面相と普段着はヤクザの若頭にしか見えない相園の二人で見下ろしたわけだ。二人がドスの効いたヤクザのように口を開くのに、白鞘は蒼白になって分かりました!追いかけません!と首を縦に振るしかないのは言うまでもない。

「全く、一回全部リフォームしてお祓いすっかなぁ、キャロルもよぉ。」
「お祓い…………ってたまか?」

と言うのもブティックホテル・キャロルはここのとこ騒動続きで、暫く前に某殺人犯が一室で殺害事件を起こされたばかり。実はこのホテルにも宏太の『耳』がついているのだけど、残念ながら男女を装って普通に休憩客として入ったその二人は『耳』のない四階の部屋を使っていた。

「だってよぉ、何かもう一回ズバッとリニューアルした方がいい気がしてきた。宮んとこみたいに!」

宮直行が店長をしていたカラオケ・エコーも同じ殺人犯の被害で閉店し、リニューアルしたのと同時にカフェ・ナインスを始めたのだが、そちらが上手く行っているのでそう言いたくなるのも分からなくはない。

「んー、もしする気なら、コンサル安くしとくぞ?相園。」
「ソコは、ただにするとかねぇのかよ!」

ドアの修繕費と比較して考えてもらえればと内心ではおもいながら、さてこの後はどうしたものかなと顔には出さずに思案する宏太なのだった。
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