鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話43.矛盾する思い

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そのまま真っ直ぐ帰ってしまおうと、心の底から思っていた。だからといってはなんだが正直結城晴の態度は普段と比較にならないくらいに良くなかったし、その場にいる外崎了も白鞘知佳も晴がどんな人間なのか知りすぎていて。そしてその態度をさせた当人も、晴の事をよく知ってもいた元彼女の竹田知奈なのだった。

「折角久々に会ったんだから、一緒にご飯食べに行きましょ?!ね?チカちゃんいいよね?!」

意図的過ぎて言葉にならない。わざと白鞘をここに呼び出して、ここら辺を彷徨く予定だったのだろうけど、まさか鉢合わせした自分と了にこんなにも平然と同伴するよう誘う理由が分からないのだ。彼女との別れは最悪で、何度も説明したけれど結局彼女は晴の他人に対する恋心を認めず、最終的には浮気をした晴を詰り続ける言葉から晴は逃げ出した。その後全く彼女とは連絡をとってもいなかったし、彼女の友人でもある上に仕事を辞めたから白鞘との連絡も少し遠退いていたのだ。

「えっと…………晴………。」

巻き込まれた白鞘も突然の申し出に流石に返答に困っているのは、長い付き合いで晴の表情が芳しくないのが分かっているからだろう。白鞘は成田了が急に仕事を辞めた辺りの晴の急激な変化にも気がついていたし、晴が唐突に仕事を辞めてから暫くは心配してこまめに連絡をくれていた身近な友人でもあった。けれど晴が外崎邸で仕事を始めてからは晴は見る間に落ち着いて日々忙しくしていたし、ここ数か月は晴自身もそれどころではないくらいに身の回りの変化に振り回されてもいた。だから晴は白鞘とはここ暫く全く連絡をしていないから、今の晴がどんな風に暮らしていて誰とどうしてどんな風に過ごしているかは知らないのだ。

帰りたい…………なんか…………怖い…………

素直にそう思うのは竹田知奈の狙いが晴には一つも分からないからで、少なくともこれが晴に好意的な空気なんだとは思えない。そこから先ずは逃げ出そうなんて彼女から逃げた時と何も変わらないかもしれないけれど、

「ああ、悪いね、これから俺達事務所に戻らないとならないんだ。まだ仕事が残っててね。」

不意に穏やかで柔らかな口調で竹田の申し入れに断りを告げたのは、晴ではなく隣にいた了だった。その言葉に元職場の同僚である白鞘は目を丸くして、並ぶ二人を見つめる。

「え?成田さん、晴と一緒に働いてんですか?!」
「まぁね、晴はまた俺の部下。」
「マジかぁ!成田さんって副社長とか噂で、それマジですか?!」

救いの船を見つけたみたいに白鞘が少し大袈裟なように口を開くのに、ふと了は視線を落としたかと思うと穏やかな笑顔でまぁねと微笑みかける。自分が上手く対応しきれないのを見越して了が助け船を出してくれたのに安堵してしまう晴に、了はポンと肩を叩いて同意を求めるように言葉を続けた。

「まだ小さな会社だから、…………あ、悪い、丁度二人とも名刺切らしてて。」

以前の会社に乗り込んだ時の噂の芸能関係の出向ではなく、了自身が誰かと別な会社を経営し始めているのだと匂わせる言葉。しかもそこに晴を雇いいれていると暗に匂わせる発言に一瞬晴も戸惑うけれど、少なくともこれからまだ仕事に戻らないとならないと竹田の提案を蹴ってくれてもいる。

「えー、マジ経営者ですかー?!今度営業かけさせてくださいよ!こっちの業種?!」
「経営コンサルだから、何かあったら声かけてくれれば。」
「えー!!成田さんがコンサルってヤバすぎ!!」

営業時代の成田了を知っているからこそ笑いながらそんなことを口にする白鞘に、晴はそっと伺うように竹田の顔を見下ろす。そこにあった表情に心底背筋が凍る気分になってしまった晴に了は気がつかないまま、それじゃあまた今度と賑やかに笑顔で晴を伴って歩き始めていく。

誰しも一度は嫉妬心に駆られた経験はあるはず。そもそも嫉妬とは、自分よりも他人が優遇されている状況や環境に不公平だと感じることから生まれる感情。それは自分の手が届きそうな人に対して起きる。もし自分の手の届かないところにいる相手なら嫉妬のしようないのだけれど、手が届きそうな相手だからこそ嫉妬するのだ。そして自分が望んでも手に入らないものを誰かがすんなり手に入れていたり、自分には頑張ってもできないことを容易く実行する姿に、羨ましさと同時に悔しさも感じる事が嫉妬なのだ。
嫉妬心を感じることは決して悪いことではなく、むしろ人間として自然な感情。その嫉妬からくるイライラやモヤモヤした気持ちを静めるために、良くない噂を流したり間接的な嫌がらせをするなど、人として醜い行動を取ってしまう人もいる。そうした風潮は特に女性に多く、自分に自信がない、自分のプライドを守りたいなどの心理が関係しているのだろう。

「大丈夫か?晴。」

大分白鞘達と離れてから、そう問いかけた了に晴はぎこちなく視線を向けていた。強張った顔に色濃く浮かぶ戸惑いの表情は、何故ここにきて竹田知奈がこんな行動に出始めたのかまるで分からないといっている。女性は基本的には別れた後の交際相手に恋愛感情を残さず切り替えが出きるとされているが、竹田知奈の行動はまるで自分がまだ彼女であると晴にもアピールしているようにも思えてしまう。

「助かった…………けど、なんで一緒に働いてるって…………。」

バラして大丈夫かなと問いたげな晴に、了は苦笑いで頭を撫でながらこっちの方が対処しやすいと平然と口にする。つまりはただの友人として二人でいたのより、社員同士で仕事中の休憩にきていたとした方が簡単だし、それ以上に

「宏太が社長なんだから、そうしといた方が楽だろ?何かあったら早いぞ?対処。」

賑やかにそう言われて思わず晴も苦笑いしてしまう。つまり、竹田知奈がなにか狙って手出ししてきても、晴が外崎宏太の社員である限り宏太の琴線にふれるような行動をしたらアウトだと了は言うのだ。そんなことあり得ないと言い換えそうにも、何故か最近の外崎宏太は晴にも少し優しいから絶対ないとは言えない。それにしても

「なんでかなぁ…………あいつ…………。」

何で一年以上も経ってから竹田がこんな風に歪なアプローチを始めたのかまるで理解出来ない晴がそう呟いたのに、了は少し心配そうに視線を向けていたのだった。



※※※



「なぁ、知奈?お前さ?晴と別れたんだよな?そう言ったよな?」

戸惑いながら個室居酒屋で差向いになって疑問呈したのは言うまでもなく白鞘知佳で、目の前の竹田知奈は冷ややかな視線でそれを上目使いに見つめる。個室居酒屋・伊呂波の一室で差向いで飲み始めたはいいが、先ほどの訳の分からない幼馴染みの発言に知佳は眉を潜めてしまう。何しろ目の前の知奈と結城晴を引き合わせたのは大学時代の自分で、二人はそれから暫く友好な友人となった後社会人になってから交際に発展したのを知佳は知っている。そのまま結婚に至るのだろうと知佳は温かく見守っていたのに、何かがおかしくなっていったのはいつ頃だろう。

仕事場でも何処か上の空な晴を見るようになって、やがて晴は度々仕事中に姿を消したりもして

何かあったのかと問いかけても、晴はその時は普段とかわりない笑顔で「別に」というばかり。それが少し続いたと思っているうちに、晴は知奈ともう無理だから付き合えないと宣言したのだ。

「そうよ?別れた。」
「じゃなんで今日あんなこと言ったんだよ?晴、お前じゃなく別な人が好きなんだろ?なんで今さら彼女だなんて……。」

晴が別な人に恋心を抱いて別れたいと言われたのだと、一年以上も前に知奈は泣きじゃくりながら知佳に言った。それを聞いて内心知佳はあの心ここにあらずといった晴の様子の理由は、それだったのかと密かに納得したのはここだけの話。というのも大学で出会った結城晴という人間は何事もそつなくこなせる人当たりの良い頭の良い人間だったのだけど、何処かフワフワとしていて身の置き所が確りしない存在だった。社会人になったら落ち着くか?恋人ができたら落ち浮くか?なんて実はずっと思いながら接して来たけれど、どこまで行っても晴は晴で。

こういう性質なのかな?こいつ

知奈と付き合うことになっても、まるで晴の様子は変わらなくてフワフワと日々を過ごしていて。そんな風に思っていたのだけれど、あの時泣きじゃくる知奈に交際していた知奈ではなく他の誰かに晴が惹かれたのだと聞いて、知佳はそれが晴の運命の相手だったのかなと内心では思いもしたのだった。何しろ知佳は、その後の晴が少しずつ何処か変わっていくのにも気がついていたのだ。物思いに耽り躊躇い勝ちに溜め息をついたり、物憂げに何かを思いながら考え込む晴の様子は、実はかなり知佳の視線を惹き付け続けていたのだった。

「………………だって嘘ばっかりだもの。」
「嘘?」

知奈は不満そうに勢いよくカクテルを喉に流し込みながら低く呟く。嘘と言っても彼女が知佳に説明したのは、晴が別な人と浮気をして相手の方に寝取られてしまったということだけ。その後晴に詳しく聞こうにも晴は少し知佳自身も敬遠している風で、話す機会を持てないままだったのだ。

「晴君、ホモになったって私の事ふったの。」
「は?」

と言うことは、つまり別れる原因になったのは三角関係ではあるが、もう一人は女ではなく男で。

「え?あ?相手って……。」
「でも、この間は別な男の人と温泉で一緒に楽しそうにしてた。」

え?と思わず呆気にとられるが、相手が男なら成田了が彼氏というか恋人?と思うけど、知奈が見たのは別な男。年末年始の家族旅行の最中に本当に偶々鉢合わせた知奈が出逢ったのは、晴と同じ年頃の青年で和やかに楽しそうに並んで歩いていたのだという。

「え?それ、彼氏ってこと?でも、え?成田さんは?」
「だから、おかしいって言うのよ。」

成田了は同じ会社の部下だからと晴を紹介したから、晴の恋人ではないのかもしれないとは思う。というか知佳にだってあの成田了が晴の恋人なんて想像も出来ないが、そうなるとどっちがネコでどっちがタチなんだろうか等と思ってしまう。あの成田先輩が恋人なら晴がネコなのかなとは思うけど、晴が組み敷かれてアンアン言うなんてなおのこと想像が出来ないのだ。

「え?でも、何で嘘?」
「この間、白い杖ついた男の人とも歩いてたし、背の高い別な人とも綺麗な顔した男の子とも歩いてたのよ!!恋人なんて嘘っぱちで、私と別れるために適当に言ってるの!!」

知奈がそう言い切ったのに成る程なんて思ってしまう。確かに女性と後腐れなく別れるのに自分は『ホモ・ゲイになりました』は、一番仕方ない理由だと言えなくもない。何しろ女でなく男が好きだから別れたいのだから覆そうにも方法がない訳だ。それにしてもただ別れを切り出された訳でなくて同性愛になったからなんて晴が言い出していたなんて。初めて知奈に聞かされた別れの本当の理由に知佳はポカーンとしてしまうが、同時に知奈が実はマメに晴の動向を見に来ていたのだと気がついてしまう。

「って知奈、晴のことつけてたの?ストーカー?」
「違うわよ、偶々仕事の書類を届けに駅の近くの出版社に来た時に見かけたの!」

どうやら駅の向こう側にある出版社に関連の仕事をしている知奈が偶々仕事で書類を届けにきて、近くの通りを歩いていた晴を見かけたのは事実らしい。それで何気なく通う回数を重ねているうちに、日々楽しそうに暮らしている晴を見ていて腹が立ったというのが本音なのだ。そうして自分にはしなかった温泉旅行なんて行動をしていた晴を見て、箍が外れてしまったということなのだろう。

「で、でもそんなので、こんなやり方はさぁ。」
「分かってるわよ!!」

意地悪をしたかったのか、ただ仲良くしたかったのか。正直なところ知奈にもこの行動の本心は自分でも掴めないでいるのだと、幼馴染みのよしみというか知佳は気がついてしまう。凄く好きで付き合った知奈にして見たら、他の女の子と仲良くしている晴を見たら十分に満足だったかもしれない。そうでなく晴の周囲に女の気配が一つもなく、普通に日々楽しそうに暮らす姿しか見えないからこそ苛立つのかもしれないのだ。

「それさぁ、知奈、めんどくさいって思われるんじゃ…………。」
「分かってるけど!だって…………好きだったのに…………好きだったんだもん…………。」

酔いの回った知奈が今度は恨み言を言いながらメソメソと泣き出したのに、知佳は戸惑いながらも温泉旅行に一緒に行く位の仲の良い相手が晴にも出来たのかとも驚きながら思う。大学時代は皆でワイワイと旅行に行くのが例年の恒例行事だった時にも、晴は余り個人的な行動に走ることは少なかったし皆で騒ぐ方ばかり優先していたのだ。知奈と交際していても皆とグループ旅行はあっても二人きりでの旅行なんて、しようとしていなかった気がする。

「ねぇ!チカちゃん?!ちょっと、私可哀想でしょ?!だからさぁ!!」

酔いが回った知奈の言葉に我に帰った知佳に、知奈が言い出したのはとんでもない話なのだった。
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