鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話37.ただ…………

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ゲストルームのベットに腰かけた外崎宏太の膝の上。それを跨がるようにして立ち上がった外崎了の腰を抱き寄せて、宏太が強請るような声で低く響く声で問いかけてくる。その言葉は普段とは違って酷く戸惑いに満ちているようで、同時にいつになく甘い声音だった。

「ただ………………一緒にいたいだけなんだ………………駄目…………なのか?」

普段と違い一際低くて掠れた甘い声。それに微妙な力加減で引き寄せられていて、身動きが取れない訳でもないのに了の身体を離そうとしない宏太の腕。何も無理強いはされていないのに拒絶することも出来なくて、しかも了の視線を惹き付けて離そうとしない計算されているとしか思えない行動。
そうでなくとも肉感的な形の良い唇から強請る声で囁かれるだけでも正直弱いのに、目下全身からあの独特の色気を駄々漏れにして宏太は子供がするみたいに甘えながら了の胸元に頬を擦り寄らせてくる。これで顔に傷がなくて以前の男振りのままだったら、完璧にされた女はコロッと堕ちてる!ホスト紛いの女たらしだから!!と頭の中では思う。

「了…………なぁ。駄目なのか?」

くそ、自分の弱いとこばっかしついてくる。好きな相手に一緒にいたいなんて言われて駄目な筈ないし、普段はこんな風に甘えてこない宏太に強請られては了に逃げ道なんかなくなってしまう。今夜こそ少しお灸を据えてやるつもりで、断固として一人で寝ろと突っぱねてやろうとしたのにと心の中で舌打ちしたくなる。ただでさえ宏太がゲストルームの扉を叩くわけでもなく項垂れて立ち尽くしていた姿にだって、少し可哀想かななんて既に了は心が揺れていたのに、こんな風にストレートに甘えついてくるなんて。

「………………っ……。」

そっと甘い声で名前を呼びながら、しかも普段はしない甘え方に了はあっという間に了ときたら陥落しそうになっている。それを、目が見えていない宏太は気づいているのかいないのか。更に了を抱き寄せ肌を寄せて甘えながら、名前を繰り返して呼びかけてくる。

「了…………、いいって…………言え。」

一緒にいて良いと言えと甘えながら低い声で懇願されるのに、抱き締められたまま繰り返されている了の頭だってクラクラしてくる。考えてもみて欲しい、例えば少女漫画とかの普段はクールで甘えもしないような激烈なイケメンとか男前が、突然二人っきりの時に自分にだけこんな風に甘えて一緒にいたいなんてお強請りを繰り返してだ。そんなのにこのまま堪えろと言われても、我慢なんか出来る筈もなくないか?!だって宏太なんだぞ?!あの宏太が甘えて強請るなんて、あり得ないんだからな?!と完全にグルグルし始めている了に、少し焦れるのか宏太の体温があがって腰を抱き寄せていた手が頬に触れてくる。頬を柔らかく包み込まれた手に顔を引き寄せられて、あの形の良い肉感的な唇でそっと口づけながら再び名前を囁かれて。

「なぁ…………、いい、だろ?」

そんな風に強請る声は今までに何度かしか聴いたことのない程に柔らかくて、しかも更に腰が抜けそうな程に甘い口づけ。何しろ宏太は様々なことに長けていてSMの調教師としても一流な訳で、腹が立つけど当然キスだって上手い。それに攻め立てられて言葉を失う了に、宏太は追い討ちとばかりに再び懇願の声を溢してくる。

「…………許してくれるまで、触れない、一緒の部屋にいるだけで良い。」
「な………………ん、だよ、それぇ………………。」

そこまでしてでもただ一緒にいて欲しいなんて訴えられて、流石に了だってダメだなんて返事をするのにも困ってしまう。でもちゃんとここでケジメをつけておかないと、本気で宏太は何事も泣きつけばいけるなんて思ってしまいかねないし。でも、こんな風に甘えて一緒にいたいなんて言われて、了だって本心としては嬉しくない筈がないしなんて密かに考えてもしまう。

「そん、な…………なんで……だよ………………っ」

上手く思いを言葉に出来ないで震える吐息を溢す了に気がついたのか、宏太は不意に有無を言わせず了の事を容易く抱き上げて立ち上がっていた。容易く膝下を腕で抱えられ了は慌ててもがきながらも、廊下に出た瞬間、視界の変化で咄嗟に宏太の首元にすがり付いてしまう。何しろ外崎邸の二階ゲストルームの前の廊下は吹き抜けになっていてリビングが覗ける設計で、しかも宏太には見えなかろうが長身の宏太に抱き上げられて歩かれては吹き抜けは遥か足元に感じる。

「こぉ、た!!わっ!!ちょっ!!!」
「良い子にしてろ。」
「ちょっ!!!こぉた!」

許してないし、触れないって言ったろと了だって言おうとしたけれど、廊下に出た途端にい自分から縋りついていてから言う言葉じゃない。それでも宏太は平然と了を抱き上げたまま廊下を歩き続けていて。

「俺は…………傍にいるだけだ。だから、普段通りに寝室で寝ろ。」
「い、いや、ちょ……こぉた、まっ……。」

当然みたいにそう告げただけでなく、当たり前のようにさっさと宏太は了の事を主寝室のベットの上まで運んでしまう。手も出さない、ただ傍にいるだけだから、いつもと同じように寝室で寝ろと言われても、これじゃなにも普段と変わらない。そう思ったのにアッサリとベットに押し込められた上に覆い被さって口づけてくる宏太は、何時にもまして男前過ぎて言葉にならないのだ。

「………………悪かった…………約束したのに。」

確かに自分と一緒にいるために、ちゃんと守れと言った。それに遠坂喜一の件があってからは、もし何か危険な行動をする時には了を置いていかない、必ず一緒に行くと宏太は了に約束をしたのだ。守らなかったら一緒に寝ないし、暫く手も触れさせないと約束した。約束したけれど

「…………だから、お前が許してくれるまでは触れない。でも、ここにいてくれ…………な?了…………。」

それなのに。何なんだそれは、どこの恋愛小説を読んできたんだ!そんなセリフどこで仕入れた!鬼畜で自己中心的な男の癖に、なんで自分にだけはそんな風に宝物みたいに優しく扱うんだ?!そういいたいのに宏太に覆い被さって口付けられて、しかも宏太ときたら大事そうに頭を撫でてきて額にもう一度口付けまでしてくる。あまりの行動の甘さに、それをされている方の了はいたたまれない。もう言葉にならなくて、ただただ頬が熱いし動悸が激しくて。

「………………それくらいなら…………許してくれるか?ん?」

いや、もういい。聴いている方が恥ずかしくて言葉にならなくなってきたと、了は思わず両手で真っ赤な顔を覆い隠して絶句してしまう。しかも了のその動きをマットレスのスプリングで感じ取ったのか、宏太の指先が滑ってきてソッと顔を覆う了の手に触れていく。そして了の指がどうなっているのか知った様子の宏太が息を落として、躊躇い勝ちにその顔を覆う手の片方に指を絡めて持ち上げしまう。

「な…………な、…………っ!!!」

何やってんだと言いたいのに目の前でソッと了の指先を引き寄せて唇を押し当てる宏太の仕草に、了はなおのこと目を丸くしてそれを見つめてしまう。チュ……と愛しげに指先に口づけて、しかもそのまま手を握りしめられて、その光景は余りにも男前で様になりすぎていて眩暈がしそうだ。

「………………愛してる…………俺の……了。」

囁かれる言葉に頭の中が煮えてしまったみたいに顔が熱くて仕方がないのに、宏太は当然みたいに了の頭を優しい手付きで撫でてきて。

「眠れるか?ん?」

そんな風に柔らかく囁いてみせて、了の布団を整えたくらいにしてだ。絶対これは意図的にやってるんだと了は思うのに、宏太は手を出さないと言う宣言通り素直に手を離して横で大人しくしているものだから正直何なんだよと言いたくなる。

「…………もぉ、何だよ……狡いだろ…………。」
「ん……?」

バサリと布団を払いのけて了は手を伸ばすと、横で大人しくしている男を乱暴に自分の傍に引き寄せる。グイグイと腕をひいて自分の傍に引き寄せた腕にコテンと頭を乗せた了に、宏太はホッと緩んだように微笑んで良いのか?と囁く。

良いも悪いもあるか、こんなの。

正直そういってやりたいけれど、言ったら言ったで何か負けた気がする。だから、仕方がないから許してやるのだと言う体で腕を枕にしてやることにした了に、宏太はどこ迄気がついているのか嬉しそうに肌を寄せて了の事を抱き締めていた。



※※※



「五割増しかぁ…………分からなくもないかなぁ…………。」

等と定番の『茶樹』の片隅で神妙な顔で会話を交わしているのは、言うまでもないが結城晴と了。残念ながら話題は、仕事の話ではなくてそれぞれの『男』の話だったりもする。正月休みの期間中二人で温泉旅行に行った晴と狭山明良なのだが、旅行中の明良のイケメン彼氏ぶりに晴は散々悶絶する羽目になったと言う話なのだからある意味惚気なのだが。
何故かそれに了の方も賛同してしまうのは、先日の宏太の男前ぶりのせいかもしれない。

「もうさぁ……何かこう、いたたまれない訳…………。」

余りにもキラキラして目映い男前ぶりを遺憾無く発揮されて、それが同性である自分に向けられているわけで。余りの明良のイケメン彼氏ぶりに、晴は周囲の視線にいたたまれなくなってしまったらしい。一体どこ迄と思うけれど、最近の明良は表に出ても全く一目を気にしないで晴一筋を貫くようになったのでなおのことだ。でも今回の話はそこが話題にしたかったわけではなかったらしくて、



※※※



年末年始の宿泊客や観光客は至るところにいるけれど、宵の闇に湯気を纏ってライトアップされた湯畑を眺めながら浴衣姿で散策。ベタな行動だけど一緒にいる晴は子犬のように跳ね回っていて、木枠の手摺に両手をつき乗り出すように湯畑に歓声をあげている。

「すっごいなー、明良!ほら、全部お湯!!」

うん、湯畑だしね。と思うが、ニコニコしながら明良を呼ぶ晴は、天使みたいに可愛い笑顔で明良だけを見ていて手招く。湯畑と言っても何本もの木枠の水路を湯が流れ落ちている場所で、温泉の源泉を地表や木製の樋に掛け流し、温泉の成分である湯の花の採取や湯温を調節する施設のことである。また曝気することで有害な濃度の硫化水素を除去する役割もあるので有害な硫黄成分のため立ち入り禁止柵や警告の立て看板の設置が行われることもあるのだが、ここはこれを観光に活用した温泉地だ。ベタな選択先だけど期間が短くても選択肢に出来るのは観光地ならでは。

「晴、あんまりはしゃぐと危ない。」

ソッと腰に手を添えて体勢を崩しかけた晴を然り気無く支える明良の行動に、周囲にいる普通のカップルの片割れ達が羨望の眼差しを向ける。何しろ涼やかな浴衣の似合う青年がスマートに相手を守るように手を回す仕草は格好いいの一言なのだから、自分だってして欲しいと思う女性がチラホラしていても仕方がないのだ。その上一緒にいる晴の方だって誰もがハッとする程キラキラの天使の笑顔でそれを受け入れていて、どう考えても普通のお友達関係じゃないのは空気で分かる。

「あ。」
「ほら、危ない。足元気をつけて?晴。」

微笑みながら下駄の足元の不安定さに手を差し出す明良に、ホンノリ頬を染めて恥ずかしそうにしながら手を繋ぐ晴の姿に女性だけでなく、何故か彼女を惹き付けられ不満そうな筈の男性まで妙な顔をしているのはここだけの話だ。

最近の晴………………天使過ぎだから…………

あどけない笑顔に磨きがかかって、それが他の見ず知らずの男にまで波及しているのを明良が見逃すわけがない。見逃すわけがないから晴が見えないところでは、明良は負のオーラを全身から放って牽制をかけないとならないのが腹立たしい。何しろちょっと待っててと3分晴からはなれて戻ると、既に晴の横には何故か男女問わず見知らぬ人間がいるわけで。

「あ、明良、アイス食べたい。」
「え?真冬だよ?寒くないの?」
「んー?温泉場だし?」

その発言はよく分からないが、湯気の向こうで売っているアイスの幟にひかれたらしく、グイグイと晴に腕をひかれて湯畑の周りを更に散策していく。人懐っこいし可愛い顔で笑う晴にすれ違う人が振り返っているのは言うまでもないが、こんなのは晴本来の可愛さの何分の一程度なんだと明良は思う。思うからと言ってそれを宣言する気もないのは言うまでもない。

「明良。あれ!見てみて!」

あぁそれにしてもこんなベタな温泉旅行なのに、こんなにも喜んで嬉しそうにしてくれている晴が可愛くて仕方がない。何時もならこんなに甘やかしたりしないけど、メチャメチャに甘やかして可愛がりたいなんて思ってしまう。
そんな、幸せ満載の時間の最中。

「晴君?…………晴君じゃない?!」
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