鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話34.過去の片鱗

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しなやかなのに、まだ未成熟さも持ち合わせた肢体。華奢でまだ少年臭さも残していて、その癖酷く奔放で淫乱で淫靡なことも躊躇わない。それなのに何処か危うくて脆い存在。今にして思えば何処と無く自分に通じる危うさは、自分が好んで手を出してきた高嶺の花と言うものとは別なものだった。もし、初めて出逢った時に彼の事を高嶺の花だと認識していたら、きっと自分は意図も容易く壊して飽きたら捨てたに違いない。でも同時にその存在は違う意味で手の届かない高嶺の花でもあったから、外崎宏太はずっと惹かれ続けたのかもしれないのだけれど。

そんなことは今更だ。

今までの常識や基準なんて完全に無視しても構わない。何しろあの外崎宏太がその男のためなら桁違いの散財を厭わないし、その男のためなら自分の身の危険だって厭わないのだ。しかも打算的に利益なんてことは1つも考えず、気がついた時にはそうしてしまっているなんて昔の宏太を知っている人間に聞かせたら嘘だと叫ぶに違いない。

それでも、こいつが泣くくらいなら…………

抱き締めた腕の中の体温に、そう密かに繰り返し思いながら外崎宏太は唯一無二の存在である青年を宝物のように包み込む。



※※※



最近としては宏太としても下手なことをすると当人から散々に説教をされるのが分かっているし、下手をすると何よりも避けたい寝室別居を言い渡されてしまう。だからこそ気を付けているのに、ここぞと言う時に連絡をとってくるのがタイミングが悪い。そう宏太が言いたいのは、人が折角隠していることをワザワザバレてしまうように電話連絡をしてきた奴がいたからで。しかもその電話を受けた方も、最近は宏太には想定外の勘の良さを発揮したりする。

「…………で?怒るって分かってて何でやった?え?」

不機嫌を隠しもしない外崎了の声に怒らせた当人は聞こえないフリでソッポを向くけれど、そんなことで宏太の了が誤魔化せる筈もない。ワシッと両手で顔を包み込まれて無理矢理に真正面を向かされた宏太に向かって、了は見えないと分かっている義眼の瞳を見据えて低く声を放つ。

「こぉた?理由。」

何でこんなに了が怒っているのかと言うと宏太の幼馴染み・遠坂喜一の同僚であった風間祥太からの調査の依頼を宏太が了に秘密で受けて動いたのがバレたからで、刑事である風間の最たる担当は稀代の殺人鬼である三浦和希の事件なのだ。過去には三浦と聞いただけでストレスで意識を失ったりしていた宏太なのだが、とある事件の中で知った真実を切っ掛けにPTSDは少しずつではあるが克服してきてもいる。とは言え未だに宏太の視力を奪い、この身体になる傷を負わせた三浦と直接対峙すれば冷や汗はかくし意識だって少々と言えない程の危険な面はあるのだが。それなのに何でかまた自分のその状況に立ち向かいたがる宏太は、何とかして止めないと最前線に立つわ障害があるって言うのにタイマンしたりする。

「こ、ぉ、た?」

これまでも再三のように了に説教をされて寝室別居を言い渡され、言い方はなんだが結論としては宏太はそれだけは勘弁しろと了に泣きついている。何しろ最近では了なしでは安眠も出来ないほどの溺愛状態なのは、宏太自身が自覚している訳で。
それにしても生来の性格のせいで嘘をつくのも下手なので、言いたくない事を聞かれると子供のようにソッポを向いて聞こえないフリをするようになった辺り宏太もだいぶ人が変わった。

子供か?!!

と了には怒鳴られるのだが、外崎宏太と言う人間は何しろ嘘をついたり取り繕う言葉が矢鱈めっぽう下手なのだ。これまでは嘘はつかないが茶化して煙に巻くなんてことはしてきたのだけど、了に対してはその方法は全く効果がなくなってしまっている。なのて、どうせ嘘をついてもバレるのだから口を開かないで聞こえないフリをするって言う辺りが、以前の宏太とは違う新しい一面だったりもするのだった。

「比護にも言われただろ?!こぉた!」

比護とはフリーライターの比護耕作のこと。宏太が進藤隆平と言う男と共に多くの良からぬ計画に荷担していると考え、宏太の身の回りを密かに調査していた男だ。結局宏太に言わせればそれは大きな誤解だったのだが、誤解を招くような行動を無意識になのだが宏太がこれまで多数とっていたというのも事実だったりする。本音で言うとただ単に結果的に巻き込まれていただけなのだか、傍目に見ると意図して宏太が進藤に荷担しているようにみえなくもないし、何分宏太の性格だと知らないで巻き込まれていましたと言う性格に見えない訳で。何しろ再三駄目だと言っても最前線に出ていってタイマンを張って案外無傷で宏太は帰還してきたのだし、相手は逃走したりなんてことも多いものだから始末が悪い。結果的にはそう見えても仕方がないことが多いのだ。

「…………こぉた。いい加減…………。」
「悪かった…………。」
「謝ればいいってことじゃない、理由を言えっての!俺に秘密にした理由!」

秘密にした理由。風間の持ち込んだ依頼は音声の解析で、普通では聞き取れない何かがその音声にないかを確認して欲しいと言うことだった。勿論警察としてそれなりの捜査はされた音源なのは言うまでもないし、結果として警察では何も風間が欲している答えは出てこなかったというのだ。それでも風間があえて宏太にこれを依頼したのは、宏太なら別な何かを聞き取るのではないかと僅かな期待にかけたということなのだろう。

「………………ここまで言っても理由は、言わないつもりか?」

了の低く響く声が怒りに満ちて聞こえるのは、了が自分のことを何よりも心配して大切に思っているからなのは分かっている。それでも本当は了に内容を言いたくないのは、その音源には了に教えたくない人間が関わっているからでもあるのだ。とは言えここで意地を張って、その結果として自分の不利益も被りたくないと言う、宏太なりの本音もある。

「………………あの男の………………忌の際。」

仕方なしにと言う風に呟いた言葉に宏太の頬を両手で確りと包み込んだまま、了は訝しげに眉を潜めている。



※※※



正月休みの最中に刑事の風間祥太が持ち込んだのは、とある男…………矢根尾俊一と言う男の忌の際の音声だった。
都立総合病院の特殊隔離病棟と呼ばれる場所で、その男は隔離されたまま一人寂しく最後の時を向かえたのだと言う。夏頃に元妻を殺害したと目された男が、警察に保護された時には既にマトモな社会の世界には存在していなかった。錯乱して意思の疎通も出来なくなった男は一人隔離され治療を浮けていたのだが、結局酷くなるばかりで全く元には戻らないまま。そして偶々看護師や周囲の目を掠めて1度は病院から逃走もしたのだが、宏太を初めとする面々に取り押さえられ再び隔離室に戻されていた。
それから数ヵ月、矢根尾の症状は更に悪化の一途を辿り続けたのだと言う。誰もいない隔離室の中で見えない誰かと語り合い、見えない何かに怯えて暴れ、見えない何かに必死に謝り泣き続けていた。そうする内に矢根尾は、生活に必用な日常動作を失っていったのだ。
それは例えば清潔の保持や排泄、そして何よりも必用である物を飲み食いすると言うこと。
清潔や排泄は下手をすると死には直結しない。身体が汚かろうが、糞尿を垂れ流そうが、何とか生きてはいられるからだ。ところが栄養摂取に関しては違う。生命維持には栄養や水分は不可欠で、それなしには成り立たないのだ。しかも、食べることと飲むことを忘れた矢根尾は、その補填のための点滴を全く受け付けない。ただし矢根尾と言う男は飢餓で死んだわけではなかった…………



※※※



その男が誰にも知られることなく孤独の中で死を向かえたのだと聞いて、宏太としては安堵すると同時に腑に落ちない気分にはなったのだ。まるで矢根尾の死にこうなるべくしてなったような計画的な結末のように感じたのだが、だからと言って矢根尾を擁護する気持ちもないからその真実を暴くつもりもない。何しろ矢根尾と言う男に性的な悪戯をされたことのある了が、この前の矢根尾の脱走に関わり記憶を一時的にとは言えなくしたのは宏太には途轍もなく耐え難かった。

俺のことだけを忘れた了なんて…………

心底惚れて愛していて誰より必要な存在に、自分のことだけを忘れられるという苦痛。どんなに傍にいても他人のように見つめられ、名前すら呼んでも貰えない。どんなに抱き締めても抱き締め返して貰えないし、口づけすら許されないのが宏太にしたらどれだけ苦しかったか。だから、風間の頼みとは言え直ぐに了に仕事の内容を話したくなかったし、大体にして音源を聞くだけなら了に秘密のまま終わらせることは可能だったのだ。

「矢根尾の…………?」

微かに不安気に揺れる声に、ヒヤリと冷たくなっていく頬の触れる指先。幼い頃の矢根尾にされた経験のせいで歪められてしまったと自分自身が認めた瞬間から、了はその男に出逢うと失神して倒れてしまうようになったのだ。だからこそ自分がその男に関わって何かしているのを、宏太は了にはどうしても言いたくなかった。

「死んだ…………。」

そうだと宏太が答える声に了は一瞬息を詰めていた。

矢根尾俊一。

その男は今では殺人犯として社会的には認知されていて、しかも社会的に幾度となく問題を起こして来たことを完全に暴露されてもいる。既に元妻殺しの男は友人からも両親や弟達からも見放されて、地獄の底までおちてしまった哀れなサイコパスでしかない。その男の死に方は男が今までしてきた事を思うと、正直自業自得ではあるのだろうけれどなおのこと哀れでもある。それでも隔離されたまま死んだ男の忌の際を、捜査一課の風間祥太が捜査しないとならなくなっている理由。
矢根尾俊一の最後は病死ではなかった。
矢根尾の死因は、失血死。
隔離され規定の最小限の人間しか接触のない筈の男が、密室の中で凶器も不明な状態で無数の傷をおって死んだのだ。

何なんですかね…………この街は…………

そう風間がいいたくなるのも当然で、その病室でこうやって血ミドロになって死んだのは矢根尾が初めてではないからだ。とは言え今回は巻き込まれた人間もいないのは事実ではあるのだが、ここにきて不審な黒髪の女性らしき姿が院内の防犯カメラの1つに写されていた。それが誰なのか風間は必死に調べ上げている最中で、病室の中を映し出す筈のカメラがその日に限って映像だけが途切れて砂嵐になっていたのも捜査をしなければならない理由なのだ。

「………………了。」

咄嗟にグッと腰の辺りを抱き寄せられたのに、ハッと了は我に帰ると自分のことを心配そうな表情で伺う宏太に気がつく。一瞬貧血を起こしたみたいになって意識が遠退いていた自分の身体が揺らいだのに気がついた宏太が、自分の身体を抱き締め支えているのだ。同時にこうなると分かっていたから宏太が言いたがらなかったのだと気がついて、了は諦めたように腰かけている宏太の膝の上に跨がる。流石に抱き寄せられはしても座っている膝に、了が自分から跨がってくるとは思っていなかった。そう言いたげな宏太が少し驚いた顔を浮かべる。

「俺を心配して言いたくなかったのは、分かった…………でも、秘密にすんな。バカ。」

呟くような了の声に宏太は少しだけ俯く。

「心配もしてるけどよ………………。」

そうポツリと呟く宏太の声は、何時もとはまるで質が違う。それに気づいた了が頬に触れていた手を滑らせて首元に絡めたのに、宏太は少しだけ戸惑う様子で更に言葉を繋ぐ。勿論了が泣いたり倒れたりするようなことは、了から一番遠ざけておきたいのは事実だ。でも同時にこの間のような経験は、二度と宏太もしたくない。

「この間…………?」
「忘れられたくない…………。」

酷く不安げに呟く声に、了は思わず目を丸くする。自分のこともそうだけれど、宏太が怖がっているのは再び了が自分のことを忘れるような事態。
あの時は何とか了は元に戻ったけれど、もしまたなったら?もしなって今度は戻らなかったら?あんなに辛いのに二度目の経験なんか無理だ。そう呟く宏太に了は言葉もなく目を見開いて見つめている。
不遜で傍若無人で、鬼畜で自己中心的な筈の男。そう言う言葉で表現してしまったら矢根尾俊一と宏太は差がなくなってしまうのは、過去にネット上で交流があったという宏太自身が良く理解している。宏太が矢根尾とは違ったのは、そこに暴君が加わらなかったからと倉橋亜希子の選んだのが矢根尾の方だったという差に違いない。

もしかしたら自分が矢根尾になっていたのかもしれない………………

それでも自分はそうならず、腕の中には倉橋ではなく了がこうしていてくれる。それを確かめるように宏太が抱き締めてくる腕に力をこめてきて、了は首元に腕を回したまま宏太のことを見つめていた。

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