鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話30.年末の1コマ

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去年の今ごろって…………俺……何してたかなぁ…………

外崎了が大掃除をしながら一人染々と考えてしまったのは、去年の今頃の成田了は何をしていたのかなぁということで。
去年の今頃、成田了は榊恭平に何度もアプローチをかけていて、降られ続けていたわけで。そんな最中にそれまで執拗にアプローチしていたのに靡かなかった恭平が、意図もあっさりと源川仁聖と付き合っているのに気がついて逆上してしまっていた。了はその逆上に任せ恭平を呼び出して密かに薬を飲ませ拉致した上に、レイプしようとしていた最悪な男だった。しかも即日…………というか数時間もせずに大学からの友人の一人・村瀬篠と仁聖に自宅マンションまで乗り込まれて、篠に家の中をしこたまに水浸しにされる事態に陥る。

篠はなぁ…………なにするか分かんないもんなぁ…………

更に恭平には手も出せずに完全に自暴自棄になっていた了は、恭平に使って残っていた薬を自分で服用しクラブで酩酊している最中に警察の一斉摘発で検挙されてしまったわけだ。結果的に言うと警察はその後一応了のマンションも家宅捜索迄したわけで、多量に薬を購入したわけではなかったのが功を奏していたし宏太の幼馴染み遠坂喜一のお陰で了自身は起訴には至らなかった。両親は了を助けてくれるわけではなくて、自分達に騒動の火の粉がかかるのを恐れて弁護士を寄越したけれど、結局は常習聖もなくてクラブで誰かに飲ませられた被害者扱いで終わったのだ。
それでもその騒動のせいで、…………多分その騒ぎを発端としてだろうとは思うのだが…………了はマンションの再契約を断られるという状況に陥った。それに抵抗する気もなくしていた了は、あっという間にマンションを追い出される羽目に陥ってホテル住まいを暫くしたわけで。
そうして結局はもう一度、今度は仁聖の方を拉致する事件を起こしたのだけれど。

結局…………あいつらのお互いを思う気持ちに、完全に飲まれたんだよなぁ…………俺

仁聖の過去を知っていても恭平は仁聖の事をひたむきに思っていて、仁聖の方も恭平が何をされたとしても揺るがない。それを見せつけられた了には、二人にはもう何も手が出せないのを痛感しただけ。
そうして了は何も成果もなくうらぶれ途方にくれながら、片倉右京の墓参りにいったのだった。そして何故か会いたくなかった筈の外崎宏太と再会を果たす。了が何よりも愛していたのに手に入らないから諦めて逃げ出した筈の男に再会して、しかも外崎宏太は了が宿無しなのも知っていて一緒に住まないかと持ちかけて。

まさか、こんな風になるなんて。

それからのこの一年にも満たない時の目まぐるしさに了自身が驚いてしまうけれど、今では了は成田ではなくて外崎で、しかも宏太に愛されまくって一緒に暮らしていて。それに今まで知らなかった宏太の事を沢山教えられて、宏太自身の本音とか想いとか…………こんなに愛されてていいのかなんて思ってしまう。いや、それにしても去年の今頃の自分は二度も拉致監禁なんかして、何も得られてないし学んでいないのには流石に物悲しくなってしまう。

俺………………何やってたのかなぁ…………ホントに…………

今更ながらに呆れるような気分で、そんなことをボンヤリと考えてしまいながら溜め息が溢れてしまう。
それに外崎宏太の方も去年の丁度今頃には遠坂喜一が関わる事件に巻き込まれていて、落ち着かない日々を過ごしていたと話していた。了と再会する寸前に亡くなったという上原杏奈という女性と遠坂と遠坂の相棒の風間祥太と一緒に、何故か宏太も巻き込まれて事件の犯人をおっていたと言うが………………去年の今頃に宏太と了の二人が再会していたら、一体二人の関係はどうなっているんだろうとは思ってしまうのだ。

もっと早く…………こうして二人で過ごせてたかなぁ…………それとも…………

もっと早くこうして二人で過ごせていたらもっと多くの事が変わっていたかもしれないし、もしかしたら逆に全く変わらなかったのかもしれない。そんなことを思いながらこんなこと今考えても仕方がないと知りつつ黙々と掃除をしている自分に、少しだけだけど可笑しくなってしまう。

「…………了?何が可笑しいんだ?……ん?」

キッチンの水回りの大掃除をしていた了の含み笑いをこの水音の向こうから聞き付けたのか、リビングのソファーの上で陣取ってパソコンを操作していた宏太がふいっと顔を向けてくる。勿論この豪邸の大掃除を一人でやるのはかなりの重労働ではあるけれど、目が見えない宏太にはさせられないし、実はまぁ本音を言うと家事は嫌いじゃなかったりする。とは言え家は広くてこれにはなかなか手間がかかるのは事実だけど、ここは自分と宏太のための家で。

「宏太、そこらまだ荷物あるから、動く時は言えよー?」
「ああ。」

宏太がソファーの上で足も下ろさずにいるのはそこで寛いでいるわけではなく、掃除中に下手に動くと物にぶつかるから避難していろと了から言われているのだ。勿論盲目特有のあの杖を使えばこんな状況でも自由に動けるのだし、他の部屋にいればこんな非難は必要ない。ワザワザここで大掃除中のリビングにいるのは、宏太がただ単に一人でいるのが寂しいなんて思っているからで。自分の気配のするリビングのソファーに陣取ってワザワザ仕事をしている辺りが宏太の可愛いところけど、そこは言わないでおかないと宏太も流石に不貞腐れてしまう。

「何だ?さっきから、何が可笑しい?ん?」

一人で密かに楽しんで笑っていてもこれだから、とキッチンを整えながら了はすっかり自分達の家として馴染んでいる空間を見渡す。自分があの宏太が元々住んでいたマンションでこれからも二人で暮らすのは嫌だと言ったから…………まぁ、その理由はあのマンションの浴室で宏太の妻・希和が自殺したのを知ってしまったからでもあるが…………宏太は自分との居場所としてここを準備してくれた。そうして今のここには以前と違って、わりと幅広く多くの人間も足繁く訪れていて。

「いや、ここに慣れたなぁって。」
「ん?」
「慣れたぁなって、…………思っただけだよ。」

そう返しても了の言葉の意図が汲み取れないのか宏太が不思議そうな顔をしているのに、了はキッチン周りは終了とリビングに歩み出る。リビング自体の掃除は既に終わっていて後は物の配置を直すだけだから、テキパキと動き回る了を見えない筈の宏太の顔が音を追う。それを無意識に肌に感じながら、了は笑いながら顔をあげて、終わり!と勢いよく宏太の隣に座り込む。

「こうして、二人で暮らしていられるの、いいなって。」

コテンと肩に乗せられた了の頭に宏太が少し頬を緩めたのに気がつくし、こんな風に寄り添っている事自体がとても穏やかで幸せに感じる。以前の自分には全く感じたことのない満たされる安堵と幸福感に気持ちが緩んで、こうしているだけで幸せだなんて目を閉じて思う。こんな穏やかな幸せを何で今まで感じたことがなかったのか考えなくても、もう十分なほどに了にだって分かっている。

「こんな風に誰かと…………穏やかに年末年始なんて生まれて初めてだよ、俺。」

成田了の父親は若い頃から政治家を目指していて殆んど家にいることが少なかったし、母親の方も違う意味で全くもって家に寄り付かなかった。政治家になってからも自宅で家族揃って年始の挨拶なんてすることがなかったのは、父親はまだ挨拶に回る方で回られる方ではなかったからだったろうし、回られるようになってからも自宅でそれを待つこともしなかった。両親揃って新年の挨拶パーティーを開くことはあっても自宅ではなかったし、それを開く頃には了と両親の関係は冷えきってしまっていたから自分が関わることもない。だから思えばずっと盆暮正月なんてものは、一人で過ごすか友人と遊ぶための期間だった気がする。

「…………そうか。」
「こういうの、すごいいいよな…………。」

ふふと微かに笑う宏太もこの穏やかな空気に同じ様に感じてくれているといいと了は思う。お互いに余り実の両親とは縁が遠退いてしまったから、互いの存在は何よりも大切だけど。

「…………今度は、弟さんにもう少しちゃんと紹介しろよ?あんな、適当じゃなくさ。」
「まぁ…………また今度気が向いたら、ヒデんとこにでも泊りがけでもいいかもな…………。」

旅館経営の弟・外崎秀隆にしてみたら、盆暮正月は稼ぎ時でもあるだろう。自分達が客として行く分にはあいつも文句ない筈だと宏太は笑うけれど、向こうに迷惑だろと思わず笑いながら肩にもたれ掛かる。こんな風に穏やかな時間がいつまでも続けばいいなんて考えてしまう自分がいるのに、そんなことを考えたら何かが起きてしまいそうだななんて不安にもなってしまう。それをポソリと呟くと宏太は、ふ……と笑って当然みたいに口を開く。

「…………何か起きたら、俺が何とかしてやる。」
「ふふ、そうだよなぁ、宏太だもんな。」

当然のようにそう告げる宏太に寄りかかり、こんな風に当然に笑える…………それに幸せを感じてしまう了なのだった。



※※※



これが人生・二度目の大掃除。二度目ともなると源川仁聖だってやることはわかっているから、その速度は予想しているものより格段に早い。しかも仁聖はこの一年と言うものの去年より家事力も格段にアップしているし、この家にも次第に慣れている。そんなわけなので榊恭平と大掃除を分担していても先回りしてしまったりする有り様。そのあまりの手際のよさに、恭平の方も呆れ返ってしまっている状態だったりする。何しろ仁聖は手を抜いているわけじゃなくてマトモに大掃除をして、この状況なのだから。そんなわけで結局、予定より早く大掃除は終わってしまうわけで

「今年のお節って、鈴徳さんが作ってるんでしょ?」

そう賑やかに話しかける仁聖なのだが。そうなのだ、去年は初めての二人での年越し・年始だからと恭平が注文して購入しているお節なのだが、今年になって妙に交流の増えた鈴徳良二が今年は年末年始が休業になる『茶樹』の特別企画として何でかお節を作る気になったらしい。しかも何故か店舗としては限定商品で10個しか作らないお節のお重が、限定外として榊家・外崎家、久保田家だけでなく、鳥飼家と土志田家、そして結城狭山宅に自宅分まであると言われていた。結局17個も作るんですか?と仁聖が良二に目を丸くして問いかけたら、賑やかに良二は当然みたいな口調で。

いや、20個作るよ?

と答えられた。が、残り3個は何処に行くのかと聞いたら各家2名分の料理と概算しているが、土志田家には槙山忠志がいるので最初から二家族分なのだそうだ。あれそれでも個数があまるとは思うが、そこは細かいことは気にするなと鈴徳が言うので追求しないことにする。
因みに本当は宇野智雪の彼女である宮井麻希子の家にも食べて欲しいらしいのだが、宮井家では毎年完璧なお節料理を作る伝統があるというからと諦めたそうなのには笑ってしまう。そんなわけで今年は他の店舗注文しないようにと厳命されていて、31日に渡すからと和やかに宣言までされている。

「良二さんは元々フレンチレストランのシェフらしいけど…………。」

お節に関しては洋風になるか和風になるかはお楽しみなんて、良二はニヤニヤしていたが。確かに考えてみると『茶樹』のメニューは基本多国籍だし、ランチメニューなんかは和洋中何が出てくるかわからない。それに基本的に置いているケーキなんかの種類も多いのだが、それを一人で全て担っている良二は一体どれくらいあの厨房にいるのかと仁聖も恭平も首を傾げてしまう。というのも何しろ店舗に行くと割合ホールに顔を出したり、客の誰かと話したりしている良二の姿をよく見かけるのだ。

「キッチンにもう一人良二さんがいるんだとかって、モモが噂してたけどねぇ。」

腕捲りを下ろしながら大掃除を終えた仁聖が歩み寄ってきて言うのを、苦笑いしながらの恭平がそんなことあるのか?なんて長閑に答えている。去年のクリスマス過ぎからこうして二人暮らしを始めて、隣にいるのが当たり前になりつつあるお互いだが様々な変化に日々はまだ目まぐるしい。何しろ仁聖ときたら大学生になったりモデルをしたりと、変化が大きくて恭平だって時々戸惑う

「恭平、ねぇ!今年も頑張った俺に御褒美!」

前言撤回。やっぱり仁聖は仁聖だったと恭平は思わず笑ってしまう。何しろ仁聖が言う御褒美というのは大掃除を終えたから、一緒にお風呂にはいりたいということなのだからそうして当然みたいにこういいながらじゃれついてくる仁聖に、恭平は仕方がないなと絆されるのだった。

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