鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話17.運命の人って

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『はーい、元気?トノ』

唐突に…………というか世の中の殆んどの電話というものは唐突にかかってくるものではあるのだが、最近では外崎宏太のことをこんな風に『トノ』と呼び電話をかけてくるのは割合減ってきていたりもする。別段仕事関係ではこう呼べと指示している訳ではないのだが、元々『トノ』は久保田惣一の経営するSMバーで働いていた時に使っていた当時の宏太の源氏名みたいなものだ。

んー、ショーの時に名前じゃなぁ…………じゃ、トノにしとこうか?宏太。

そんな風に適当につけられた訳で、宏太自身がこう呼んでほしいとしたわけでもない。しかも当時の宏太があまり自分のことを話そうとしなかったこともあって、『トザキ』を『トノザキ』だと宮直行や浅木真治達は当時はずっと思っていたらしい。そこから久保田が『トノ』と呼んでいるのだと彼らは思っていたようだが、実は漢字がそう読めるとか言う理由でもないと言う。

理由?それはねぇ

なんて無表情に答えた惣一には本当は別の意味があったというのだけれど、そこは今は物語には関係しないし大したことではないので触れないでおこう。
それはさておき長閑な電話口の声になんか用か?と答えたのは言う迄もなく外崎宏太で、電話口の長閑な声は花街の顔役であり八幡調査事務所所長・八幡万智だった。ここ最近花街界隈では物騒な事件が立て続けに起こっていたから花街を守らないとならない立場の八幡万智は、直接的な調査活動を行い活発に花街を動き回っている。おまけに八幡調査事務所は花街全体の治安維持のために、情報源の一つとして表側ではコンサルタント会社でもある『t,corporation』と提携を組んだばかり。まぁとは言え提携を組んだとは表だっては出てこない話だし、おまけに八幡万智が必要なのはコンサルではなく情報屋としての外崎宏太だったりもするのだが。

「で?なんだ、用件は?万智。」

実のところ八幡万智は宏太と殆んど歳が変わらず、言う迄もなく学生時代からの顔見知り…………なのは表では言わないことにしている。別にこの件に関しては学籍なんかを調べれば意図も容易く確認できることだし、八幡万智の生家である八幡家も外崎家や鳥飼家や四倉家と同じくここら辺に長年暮らす一族なのだから顔見知りなのは言うまでもないこと。簡単に分かることなのだが、ただ単に八幡万智は年齢不詳をうたっているので歳に関した話題はタブーなだけだ。

『金子の小娘ちゃん。あんた、何こましてんの?調教デモすんの?若人よ?変態。』

こましてない。調教師だって、既に十年以上前に引退した。しかもあんな小娘になんか、興味もない。そんなことは宏太が改めて言わなくとも十分過ぎるほど把握している上に、八幡万智なら言わなくとも宏太が今は外崎了と養子縁組までした婚姻関係状態なのも当然把握している。というか、八幡万智という女は基本的に、ここら辺近郊の大概の情報は入手していてもおかしくない人間なのだ。そんな筈はないと思うかもしれないが、そう言う意味では元任侠の四倉家と双璧をなした八幡家は、四倉とは違って情報戦に長けた一面があったから暗躍するのが特技だったりもする。今では調査事務所が主体だが、昔から人を食ったような言い回しで煙に巻く悪癖があるのだ。

「で?何だってんだ?あ?」
『あら、怒ったー?色々あんたのこと聞き歩いてるっぽいわよ?モテモテー。』

馬鹿言うなと宏太も思うが、何でか金子美乃利に気に入られてしまったらしいのは、源川仁聖からの情報で既に知ってはいる。しかも、何故かそれに関しては結城晴まで金子のその気持ちが分かるー・そうなるよね!なんて一言を放ったものだから、それを聞いた了が超絶に不機嫌になってしまった有り様なのだ。

若い女……こましてんじゃねえ

何時にない不機嫌な声で冷え冷えとそう言われても、宏太にしてみても何故こんな事態に落ちたのか訳が分からない。その後必死になって了をあやしたこっちの身にもなって欲しい。嫉妬する了は確かに宏太としてもちょっと嬉しいところもあるのだけれど、自分が意図していないことで了を不機嫌にさせて一緒に寝て貰えなくなるのはごめん被りたい。

「意味が分からん…………。」
『浅木っちに聞いてるわよー?白馬の王子様やったんだって?あ?黒服の強面ヤーさんだっけ?』

どっちでも構うかと怒鳴りたくなるが、端と何だ?その白馬のなんとかってと思ってしまう。高々身の回りを飛び回る煩いコバエ一匹を払って退治しただけの行き刷りに近い宏太に、金子美乃利が何をそこまで感じるのかハッキリ言って理解できない。それに自分の身の回りの整理で忙しい筈じゃないのか?政治家との政略結婚を阻止したくて、騒動を起こしていた筈だろう?そんな最中に今度は金子美乃利が、何故自分のことを調べ歩くようになったか更に訳が分からない。

『えー?トノを婚約者にしたいんじゃないのー?あんた、一応有能だし?』

馬鹿言うなと真底呆れんばかりの事態に、宏太は頭を抱えて呻きながらめんどくさいと改めて呟くしかないでいるのだった。



※※※



やっと外崎さんの名前を知ったのだから、次は何処が生活圏なのか調べて

これからやらなきゃいけないことは山のようにあるけれど、今までと違って色々と調べるのは自分の為であって計画を練るのも調査をするのも酷く楽しい。自分がこんな風に自由なってみて、はじめて様々なものの動きとかそういうものに目を向ける楽しさが分かる。元々大学で文学部に進んだのは自分の表現ができなかった美乃利の抑圧された日常を、文学に転写して眺めているのが好きだったからだ。でも、改めてこうして自由になってみたら、物の流れや動きを調べたりすることの楽しさに気がつく。

これも外崎さんと出逢えたから……よね。

実は美乃利には元々そういうことを調査するのが性にあっていたのだろうけど、それに気がつかずこれまで生きてきたのだとも思う。父親や祖父にはそんなことを言ったこともなかったが、実際のところこれを物流に置き換えて考えれば良いだけの一面はあって、もしかしたら仕事として物流に関わっても上手くやれるのではないかと思ってしまう。そんなことを一人楽しそうに考えながら、キャンパスを横切っていく金子美乃利は以前より遥かに生き生きとして格段に綺麗になっているともっぱらの噂だ。

ストレスって良くないものよね、うん。

本当は気にくわない好みでない服装や化粧、やりたくもない馬鹿な女のふり。そんなものを全てやめて自由になったら、なんと毎日が楽しく生き生きと輝いて見えることか。実はお陰で周囲の自分をみる目が大分変化したのだが、美乃利としてはそこは今はどうでも良い範疇だったりもする。美乃利の今の目標は初恋の成就であって、成就出来なくともせめて気持ちを伝えるくらいはと願うのも乙女心。

街中を楽しげに歩きながら、目算をつけておいた場所を歩きながら。

居酒屋・伊呂波の店長と外崎宏太が知人であるのは分かっていたが、それ以外の交遊関係まではまだ情報が少なすぎて想定できない。それでも花街の八幡万智が外崎宏太の名前をしっているということは、割合ここら辺近郊で彼は有名なのではないかと踏んでもいる。数日で直ぐ様に彼の動向が全て分かるわけではないし、自分が花街を出歩いていた辺りはまだ彼のことを知りもしなかった。もしかしたら何度かすれ違ったりしていたかもしれないが、残念ながら街中で彼のことをみた記憶が美乃利にはない。
同時に源川仁聖も彼のことはやはり知っていた様子だし、源川は口が固いけど友人なのだと思う。源川自身がここいら近郊での活動が多いから、彼ともここいらで交流がある可能性は更に上がる。

花街を中心に探すのもベストだけど、もしかすると

源川が行きつけにしているという噂のあの喫茶店も、実は外崎宏太の生活の範疇に入る可能性があるのではないかと美乃利は内心で考えているのだ。行きつけになるほど通う理由が何らかの交流だとすれば、歳も離れていて接点の無さそうな二人に接点が生まれてもおかしくはない。それを考えながらここ数日花街と大通りの外れの喫茶店・『茶樹』近郊をはっていたわけで。
そしてそれはヤッパリ運命の出会い。

思わずガッツポーズしたくなるわよ!私!凄い!!偉い!!

夕暮れ過ぎの大通りの先を、ユッタリとした歩調で杖をつきながら歩いている頭一つ抜きん出た長身。しかも、前回とは違って外崎宏太は仕立ての良いカッチリとしたスーツ姿で、周囲から一際浮いてみえる。惚れ惚れするほどにダークな色合いのスーツがよく似合っていて、しかもしなやかで綺麗に背筋を伸ばして歩く姿は一際男振りがいいのは言うまでもない。

凄い!格好いい!!!

濃い目のサングラスは変わらず、でも特徴的に口角をあげて微笑む口元は見間違う筈もない。思わず身悶えてしまいそうな程格好いいスーツ姿に向けて、足早に駆け寄っていた美乃利の足が人混みを抜けた瞬間僅かに速度を緩めていた。視線の数メートル先にはスーツ姿の外崎宏太の背中が見えるのだけれど、その左の手に確りと手を繋ぎ寄り添う姿が存在しているのだ。
白城の杖を持つ手とは反対の手をとるのは、華奢で線の細い綺麗な顔立ちをした青年。どう見ても男性なのに綺麗なんて言うのは正直どうかなとは思うけれど、滑らかな肌をして栗毛かかった黒髪に長い睫毛をしている。その青年とまるで恋人同士のようにしか見えないほど、外崎宏太は親密そうに寄り添って並び柔らかな微笑みを口元に浮かべていた。

「…………どうした?サトル。」

不思議そうな顔をして横から青年の顔を覗き込むようにしてそっとかけられた声は、先日聞いたものとは比べ物にならないほど柔らかくて甘く低く響く。それがどう考えたって普通の関係の相手にかける声でないのは、声をかけられた相手の青年がホンノリと麗しく頬を染めて上目遣いに外崎宏太を見つめる視線からでも一目瞭然だ。

「何でもない、宏太は格好いいなって思っただけ。」

恥ずかしそうにそう呟く綺麗な顔をした青年のぶっきらぼうな言葉に、外崎宏太が何を言ってると言い返そうとしてやっと言葉の意味が自分の今の姿に対する感想なのだと気がついた様子。歳がらもなく恥ずかしそうに頬を染めた外崎宏太の様子は、普段とは違って何だか可愛くすらみえてしまう。

「何だよ、もう、元々男前だったんだし言われなれてるだろ?」

そうか、この青年はずっと前から外崎宏太と知り合いなのが分かるけれど、青年からそう言われて彼はなおのこと頬を染めて不貞腐れたような顔を浮かべて見せる。

「そんなの……お前から言われたら……別もんだろ。」

ただでさえスーツ姿が途轍もなく格好いいのに加えて、拗ねた顔を浮かべる口元に染められた頬なんて子供っぽい一面過ぎて可愛い。しかも思うように言い返すことが出来ないのが不満なのか、クイクイと繋いでいる手を引いて青年のことを傍に引き寄せたりなんかする仕草も可愛いのだ。街中だなんてことも気にもせず華奢な青年を引き寄せる動きは、正直倒錯めいていてドキドキしてしまうくらい色っぽい。

「くそ、ずりぃな……。」
「何が狡いんだよ?」

抱きよせるようにして耳元に囁く声は、なおのこと甘くて低く蕩けてしまいそうに優しい。その後の言葉は離れている美乃利には小さ過ぎて聞き取れなかったけれど、更に甘い微笑みを浮かべて青年の耳元に何かを囁くのがみえる。その言葉に青年がおかしそうに柔らかな微笑みを浮かべて、繋いだ手を自分から更に引き寄せて恋人同士の親密さで顔を近づけていた。

「ばぁか、格好いいって褒めてんだから、そこだけ受けとれよ。」

柔らかな甘い声でそう言う青年に、外崎宏太が幸せそうに微笑むのに美乃利は思わず息をのんでしまう。外崎宏太が盲目で大きな傷痕かあって、それはきっともうどうしようもない物なのは言われなくとも分かることだ。それでもあの青年はそれごと外崎宏太のことを大事にしていて、大事にされている自覚がある外崎宏太の方もあんなに幸せそうに微笑んでいて。

外崎さん、結婚してますよ?!

そう源川仁聖が口にしていた言葉が頭を過るが、美乃利の目にはこの二人はどう見ても同性なのに信頼しあって寄り添う恋人同士にしか見えない。つまりは同性婚、結婚相手はこの青年であって。あの時自分にかけてくれた声は優しくて穏やかではあったけれど、こうして聞いてしまうと子供に諭す大人の口調だったのだと気がついてしまう。甘さも柔らかさも、あの低く響く音ですら、美乃利に話しかけたものと青年に話しかけるものでは質が全く違うのだ。

「そうだ、今晩の夕飯何食べたい?」
「ん?今晩…………そうだな。」

幸せそうに並んで手を繋ぎながら、そんな会話を交わして二人は夜道をユックリと再び歩き始めていて金子美乃利は二人の姿を見つめてその場に一人立ち尽くしていたのだった。
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