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間章 ちょっと合間の話3
間話16.運命の人
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その人と出逢ったのは正直に運命だと思う。もしあのタイミングでなければ彼は私に声をかけることはなかっただろうし、同時にあの時でなければ私の方だって彼みたいな人間の話を聞こうとも思いもしなかった筈だ。何しろ一見したら彼の姿は、普通の人ならあまり関り合いになりたいとは思えないものだから。
その人に出逢ったのは、とある街中の夜の帳のおちる頃。思う通りにならない苛立ちにキチキチと爪を噛みながら足早に歩く私の前に、不意に酷く背の高い人影が立ちはだかっていた。私が考え事で半分俯き加減で歩いていた事もあって、その人が前に立ちはだかった時には夕闇が一段と濃くなって暗闇に放り込まれたように感じてしまう程の体格の差。そして避けきれずにその胸にぶつかってしまって謝るべきか文句を言うべきか迷った瞬間、その人は独特の質感をした低く少し掠れ気味の声で私に向けてこう告げた。
「あんまり爪は噛まない方がいいな、金子のお嬢さん。咬爪症って言うんだ、そういうのをな。」
その人はきっとその傷さえなければ整った涼やかな顔立ちをしていたのだろうと思う。それでも漆黒の闇夜に生えるサングラスと、それよりは少し浅い色味をした柔らかそうな短めの黒髪。顎のラインや口元には歳を重ねた色気があって、その唇は肉感的で口角を上げるだけで形よく皮肉めいた笑みを敷く。サングラスの下の肌に真横に走る傷痕が透けて見えていて、恐らくそれで瞳まで傷ついていることはサングラスを外さなくとも想定できる。それでも身なりは清潔に整えられて、仕草や所作はまるで茶道や華道でも身に付けているようにしなやかで美しい。視力障害者の使う白木の杖を握る指先は、爪の形まで綺麗に整っていて長く繊細そうな指をしている。歩きだそうとすると僅かに足を引き摺るような動きをするから、もしかしたら事故にでもあって大きな怪我をした後遺症なのかもしれない。知らなければ胡散臭い人間に見えなくもないけれども、彼が私に話したのはとても的を獲ていて。そして私にとって彼は絶体絶命のピンチに颯爽と現れて、しかもほんの数分で私を助けて私の敵を手出しできなくしてくれた。
外崎さん
下の名前も教えて欲しいと分かれる直前に駆け寄った私に、彼は冷静さを崩しもせず必要ないと柔らかな声で言うとそのまま何も言わずに立ち去ったのだ。きっと私よりも歳は一回り以上も上で、もしかすると父親達と同じ歳くらいなのかもしれないけれど、しなやかな体つきは中年臭さなんて一つも感じさせないし背も高く白木の杖が障害のためのものだなんて思えない立ち振る舞い。夜の帳に紛れて歩み去る後ろ姿に見とれていて電話番号も交換できず、しかも結局名前は教えても貰えなかった私のドキドキする心臓は抑えが効かないほどに高鳴っていて。
私は産まれて始めての恋に落ちていた。
※※※
あの人が教えてくれた方法で家の糞ジジイを叩きのめして数日。糞ジジイ退治がこんな簡単に出来てしまうことなのだと知っていたら一年も無駄に使わすに済んだのにと思うけれど、この経過もなければあの時彼には出逢うこともなかった。
外崎さん
唐突に現れて私の事を簡単に救い上げて、しかも何一つ私に不利益になることもせずに立ち去った視力障害を持つ男性。あの時追いかけておけば良かったのだと気がついたのは、夜の街にあの長身の背中が完全に紛れ込んでからのことで。視力障害なのだから、歩いている彼に追い付くのはきっと可能だった筈。でも私自身パニックにもなっていたし、颯爽と現れて去っていく彼の広い頼りがいのある背中に見とれてしまっていた。でもあの時出逢ったタイミングや話の流れから、私が駒にしたかった源川仁聖と彼には何か関係があることも察していたのは恋のなせる技だ。
「ねぇ、源川君。」
長閑なキャンパスのベンチに腰掛け大概は何時も一緒の佐久間翔悟と源川がいて、辺りに目立つ集団もないのは何より。何しろ今まで一年の目立つ行動のお陰で、私の以前の格好はかなり目立つ。でもそうなると本来自分がしたかった格好をするだけで、誰も自分が数日前までの私だとは思わないでくれる。それに本当なら私だってあんな形で目立ちたい訳じゃないし、幾ら演技だとはいえこれから始まる本気の恋に余計な噂は邪魔なだけだ。だけど話しかけた当の源川と佐久間もキョトンとして私の事を見るのには、流石に呆れてしまう。何よ?そりゃ見た目は変わってるでしょうけど金子美乃利ですけど?何か?
「…………先輩?」
「何よ?」
「別な人かと思った…………。」
そりゃそうよ。この間までの厭らしいメイクや何かは仕方なくやっていて、元々肌にあわない化粧品ばかり。ラメとかそんなの、わたしだってやりたくてやってたんじゃないんだもの。結局あれは家の糞ジジイが私を政治家の息子との政略結婚に使おうと画策していたのを、派手な問題で向こうから諦めさせるための方便。そういえば、源川には肌にあってない化粧品の事を指摘されもした。そういう意味では源川は、他の男達より私の事をよく観察しているんだって感心もしたっけ。あれは相手方が家の会社の社員に金を握らせて私がどんな娘なのか調べに来てるのは知ってたらから、向こうから断りやすくするためには派手で目立つ頭のいい男を侍らせてるのを見せつけるのがいいなんて徳田高徳の計画にのせられた結果。でも彼が教えてくれた方法で祖父の弱みを握って、言質をとってやった私はジジイに表舞台から引っ込まなかったら会社を破綻させてやると脅してやったのよ。だから、私はもう自由だし、それよりもまた彼に是非会いたいの。
「取り繕うのやめたのよ。」
爪を噛むくらい嫌なことを我慢して、生きるくらいなら。考えてみたら金子物流にしがみついて生きていく必要だって本当はないって、あれから私も考えたの。だって糞ジジイさえ動けなくすれば、自分の父が社長として運営する訳だし、元々私が継ぐ訳ではないのよ?だって私は政略結婚に使われる予定で継ぐ話ではなかったんだもの。そうしたら政略結婚さえ防いだのなら、後は私は自由に生きてもいいってことにならないかな。
「もう止めたの、目的は達したし。」
「目的?」
「糞ジジイに孫娘は思う通りにならないと痛感したし、表舞台から叩き落としてやったのよ。」
糞ジジイが会社を大きくするために昔からやってきた秘密の関係。昔ならそれを容認してもくれたでしょうけど、今の世の中汚職なんかは即日アウト。それを握って脅しをかけるのが孫娘なんだから、糞ジジイだって逃げようがないわけだし。しかも表舞台から即日引退していただかないと、これ暴露するからって言ってやったときの爽快感ったらなかった。それは兎も角私はもう自由にすることにしたから、初めての恋を邁進するつもりでいる。
「色々迷惑かけて悪かったと思うんだけど、一つ聞いても良い?」
「はぁ、なんです?」
こうしてみても源川は呆れるくらいのスタイルもいい頭もいいイケメンだけど、正直まだお子様っぽくて私の基準には達してない。大人の色気とか落ち着きとか、きっと後二十年もすれば彼のような男前に育つかもしれないけど。でもそれ以前に何より源川は、彼の事を何か知っている筈。
「…………源川君、外崎さんって知ってるのよね?」
「はい?」
不思議そうに私の質問に眉を潜めた源川だけど、ほんの少しの間の後に何か思い当たるような顔をしたのを見逃すわけがない。何か繋がるものがある時、人間は特有の反応をするのを私はよく知っている。糞ジジイに振り回されて生きている内それを察する能力を磨き続けていたとも言える鋭い私の洞察力は、源川の表情から知己に『外崎』という人間が存在しているの察していた。
「あの、それが……?」
知っている。彼のこと。
あの掠れた色っぽい低い声で、今度は『金子のお嬢さん』なんて他人行儀な呼び方でなく『美乃利』と名前を呼んで貰いたい。それを叶えるためには先ずは彼と再会して、彼の事をもっと知りたい。
「外崎さんにもう一度会いたいの!」
「外崎さん結婚してますよ?!」
食い気味に言い返されたけれど、結婚?!彼があの時指輪をしていたかどうかなんて見ていなかった。でも、ここまで源川には良い印象を与えるようなことをしてこなかったから、彼に会わせたくなくてそんなことを言うかも。そんなことを瞬時に考えたけど、そこまでする理由も正直源川にはない。つまりは彼の結婚しているは本当の事なのだ。でもそう、それに、この気持ちを抱えたまま生きてくなんて、今迄みたいに何もかも我慢して生きるくらいなら、一度ハッキリ伝えて真実を彼の口から宣言された方が、私自身の気持ちだって大きく変わる筈。
「そ、それでも、会いたいの!!!」
そう力一杯叫んだ私に源川は呆れたのかポカンとしながら、佐久間と一緒に座るベンチから私の事を見上げていたのだった。
※※※
せめて名前くらい知りたい。
外崎…………なんと言うのだろう。長い名前だろうか、どんな感じの名前だろう。
それにあのサングラスの下はどんな風なんだろうとか、そんなことばかりここのところ私はずっと考えている。源川仁聖に彼の下の名前を聞くことは簡単だけれど、それを即日で聞くのは正直ズルをしているみたいな気分。好きな人の事だもの、なんとか自分で調べたいと思うから、私は彼の事を調べ始めていた。まず最初は徳田高徳に呼び出されたあの個室居酒屋・伊呂波から、聞き込みを始めていく事にしたのは、あの時彼が丁度良いと話したから。店長が便宜を図ってくれるってことは知りあいってことよね?なのに何度足繁く通っても、何故かタイミングがあわなくて接客中とか不在続き。他のスタッフに聞こうにもバイトスタッフは、「さーせん!そういうことはわかんねーっす!」とか言う不良みたいな奴ばかり。しかもどいつもこいつも、同じことばかり繰り返して営業スマイルが完璧なのが腹立つ。
一度試しに花街の『八幡調査事務所』にも行ってみて、あの年齢不詳の高級バーのママみたいな女性にも聞いてみたわ。
「…………視力障害の…………背の高い…………四十路前後……?」
子供の好むような棒付きの飴を咥えたまま、八幡万智という彼女は私が口にした人相を復唱する。源川とは違って目の前の人は、彼の事を知っているのかいないのか全く表情からでは読み取れない。これは年の功なのか仕事のためか、それとも本当に知らないから顔にもでないのかは判断がつかなかった。以前ここに連れ込まれた時には不機嫌を全身からオーラみたいに四方に放つ強面の綺麗な顔立ちをした男性がいたけれど、昼間の事務所は他のオフィスと何らかわりなく、あの男性もいない。丁度彼と同じくらいの歳格好だったから、いてくれたら更に説明がしやすかったけれど、共通の認識がある男性が居れば説明はしやすい。
「でぇ、その盲目のにーさんを探してどうすんの?金子ちゃん。」
モコモコ飴を動かしながら、そんなことを彼女は呑気に足を組んで問いかけてくる。探して?名前を知ってお友達になって、可能性があるならお付き合いして、行く行くは。いやいや、そんな妄想は先ずおいておくけれど。
「ま、こととと次第によっちゃ探しても良いけど?」
そう彼女が人差し指と親指を使って環を作るのに、そうだった・ここは調査事務所なんだと思った訳で。
※※※
『外崎宏太』
お金で方をつける方法はあまり好きではないけれど、あの女性は知っていて私に持ちかけたのは、彼女の話した言葉から理解した。私は彼女に視力障害って説明したのに、八幡万智は『盲目のにーさん』と返したのに気がついたのは、彼女に情報料として金銭ではない対価を渡した後の事だ。情報は大事って彼も言っていたけれど、八幡には仕事上金子物流関係で必要な情報があったらしく、その対価として教えて貰ったのが彼の名前。
盲目
私に声をかけたりスムーズに居酒屋の引戸を開けて来たり夜の街を歩いていたものだから、幾分見えてもいるのかと実は勘違いしていた。でも、世の中の盲目という表現にも、全盲とか判別の言葉が一応はあるから、まだどこまで見えていないのか分からない。勿論見える見えないが問題なわけではないから、それほど気にすることではないし、大事なのは名前を知ったことだ。
宏太さん。
頭の中で繰り返してみるけど、しっくり来る素敵な名前。もしかしたらもう少し対価があったら、もっと彼の情報が聞けたかもしれないと思うけれど、幾ら私だって徳田高徳の時みたいな失敗を繰り返したい訳じゃないし。少なくとも名前を知ることも出来たし、盲目の彼が広範囲に動き回るとは考えにくくもあるから、彼の生活範囲は恐らくここら辺近郊の筈。そう、少しずつ彼に近づいて…………再会して見せる、そう私は誓っていたのだ。
その人に出逢ったのは、とある街中の夜の帳のおちる頃。思う通りにならない苛立ちにキチキチと爪を噛みながら足早に歩く私の前に、不意に酷く背の高い人影が立ちはだかっていた。私が考え事で半分俯き加減で歩いていた事もあって、その人が前に立ちはだかった時には夕闇が一段と濃くなって暗闇に放り込まれたように感じてしまう程の体格の差。そして避けきれずにその胸にぶつかってしまって謝るべきか文句を言うべきか迷った瞬間、その人は独特の質感をした低く少し掠れ気味の声で私に向けてこう告げた。
「あんまり爪は噛まない方がいいな、金子のお嬢さん。咬爪症って言うんだ、そういうのをな。」
その人はきっとその傷さえなければ整った涼やかな顔立ちをしていたのだろうと思う。それでも漆黒の闇夜に生えるサングラスと、それよりは少し浅い色味をした柔らかそうな短めの黒髪。顎のラインや口元には歳を重ねた色気があって、その唇は肉感的で口角を上げるだけで形よく皮肉めいた笑みを敷く。サングラスの下の肌に真横に走る傷痕が透けて見えていて、恐らくそれで瞳まで傷ついていることはサングラスを外さなくとも想定できる。それでも身なりは清潔に整えられて、仕草や所作はまるで茶道や華道でも身に付けているようにしなやかで美しい。視力障害者の使う白木の杖を握る指先は、爪の形まで綺麗に整っていて長く繊細そうな指をしている。歩きだそうとすると僅かに足を引き摺るような動きをするから、もしかしたら事故にでもあって大きな怪我をした後遺症なのかもしれない。知らなければ胡散臭い人間に見えなくもないけれども、彼が私に話したのはとても的を獲ていて。そして私にとって彼は絶体絶命のピンチに颯爽と現れて、しかもほんの数分で私を助けて私の敵を手出しできなくしてくれた。
外崎さん
下の名前も教えて欲しいと分かれる直前に駆け寄った私に、彼は冷静さを崩しもせず必要ないと柔らかな声で言うとそのまま何も言わずに立ち去ったのだ。きっと私よりも歳は一回り以上も上で、もしかすると父親達と同じ歳くらいなのかもしれないけれど、しなやかな体つきは中年臭さなんて一つも感じさせないし背も高く白木の杖が障害のためのものだなんて思えない立ち振る舞い。夜の帳に紛れて歩み去る後ろ姿に見とれていて電話番号も交換できず、しかも結局名前は教えても貰えなかった私のドキドキする心臓は抑えが効かないほどに高鳴っていて。
私は産まれて始めての恋に落ちていた。
※※※
あの人が教えてくれた方法で家の糞ジジイを叩きのめして数日。糞ジジイ退治がこんな簡単に出来てしまうことなのだと知っていたら一年も無駄に使わすに済んだのにと思うけれど、この経過もなければあの時彼には出逢うこともなかった。
外崎さん
唐突に現れて私の事を簡単に救い上げて、しかも何一つ私に不利益になることもせずに立ち去った視力障害を持つ男性。あの時追いかけておけば良かったのだと気がついたのは、夜の街にあの長身の背中が完全に紛れ込んでからのことで。視力障害なのだから、歩いている彼に追い付くのはきっと可能だった筈。でも私自身パニックにもなっていたし、颯爽と現れて去っていく彼の広い頼りがいのある背中に見とれてしまっていた。でもあの時出逢ったタイミングや話の流れから、私が駒にしたかった源川仁聖と彼には何か関係があることも察していたのは恋のなせる技だ。
「ねぇ、源川君。」
長閑なキャンパスのベンチに腰掛け大概は何時も一緒の佐久間翔悟と源川がいて、辺りに目立つ集団もないのは何より。何しろ今まで一年の目立つ行動のお陰で、私の以前の格好はかなり目立つ。でもそうなると本来自分がしたかった格好をするだけで、誰も自分が数日前までの私だとは思わないでくれる。それに本当なら私だってあんな形で目立ちたい訳じゃないし、幾ら演技だとはいえこれから始まる本気の恋に余計な噂は邪魔なだけだ。だけど話しかけた当の源川と佐久間もキョトンとして私の事を見るのには、流石に呆れてしまう。何よ?そりゃ見た目は変わってるでしょうけど金子美乃利ですけど?何か?
「…………先輩?」
「何よ?」
「別な人かと思った…………。」
そりゃそうよ。この間までの厭らしいメイクや何かは仕方なくやっていて、元々肌にあわない化粧品ばかり。ラメとかそんなの、わたしだってやりたくてやってたんじゃないんだもの。結局あれは家の糞ジジイが私を政治家の息子との政略結婚に使おうと画策していたのを、派手な問題で向こうから諦めさせるための方便。そういえば、源川には肌にあってない化粧品の事を指摘されもした。そういう意味では源川は、他の男達より私の事をよく観察しているんだって感心もしたっけ。あれは相手方が家の会社の社員に金を握らせて私がどんな娘なのか調べに来てるのは知ってたらから、向こうから断りやすくするためには派手で目立つ頭のいい男を侍らせてるのを見せつけるのがいいなんて徳田高徳の計画にのせられた結果。でも彼が教えてくれた方法で祖父の弱みを握って、言質をとってやった私はジジイに表舞台から引っ込まなかったら会社を破綻させてやると脅してやったのよ。だから、私はもう自由だし、それよりもまた彼に是非会いたいの。
「取り繕うのやめたのよ。」
爪を噛むくらい嫌なことを我慢して、生きるくらいなら。考えてみたら金子物流にしがみついて生きていく必要だって本当はないって、あれから私も考えたの。だって糞ジジイさえ動けなくすれば、自分の父が社長として運営する訳だし、元々私が継ぐ訳ではないのよ?だって私は政略結婚に使われる予定で継ぐ話ではなかったんだもの。そうしたら政略結婚さえ防いだのなら、後は私は自由に生きてもいいってことにならないかな。
「もう止めたの、目的は達したし。」
「目的?」
「糞ジジイに孫娘は思う通りにならないと痛感したし、表舞台から叩き落としてやったのよ。」
糞ジジイが会社を大きくするために昔からやってきた秘密の関係。昔ならそれを容認してもくれたでしょうけど、今の世の中汚職なんかは即日アウト。それを握って脅しをかけるのが孫娘なんだから、糞ジジイだって逃げようがないわけだし。しかも表舞台から即日引退していただかないと、これ暴露するからって言ってやったときの爽快感ったらなかった。それは兎も角私はもう自由にすることにしたから、初めての恋を邁進するつもりでいる。
「色々迷惑かけて悪かったと思うんだけど、一つ聞いても良い?」
「はぁ、なんです?」
こうしてみても源川は呆れるくらいのスタイルもいい頭もいいイケメンだけど、正直まだお子様っぽくて私の基準には達してない。大人の色気とか落ち着きとか、きっと後二十年もすれば彼のような男前に育つかもしれないけど。でもそれ以前に何より源川は、彼の事を何か知っている筈。
「…………源川君、外崎さんって知ってるのよね?」
「はい?」
不思議そうに私の質問に眉を潜めた源川だけど、ほんの少しの間の後に何か思い当たるような顔をしたのを見逃すわけがない。何か繋がるものがある時、人間は特有の反応をするのを私はよく知っている。糞ジジイに振り回されて生きている内それを察する能力を磨き続けていたとも言える鋭い私の洞察力は、源川の表情から知己に『外崎』という人間が存在しているの察していた。
「あの、それが……?」
知っている。彼のこと。
あの掠れた色っぽい低い声で、今度は『金子のお嬢さん』なんて他人行儀な呼び方でなく『美乃利』と名前を呼んで貰いたい。それを叶えるためには先ずは彼と再会して、彼の事をもっと知りたい。
「外崎さんにもう一度会いたいの!」
「外崎さん結婚してますよ?!」
食い気味に言い返されたけれど、結婚?!彼があの時指輪をしていたかどうかなんて見ていなかった。でも、ここまで源川には良い印象を与えるようなことをしてこなかったから、彼に会わせたくなくてそんなことを言うかも。そんなことを瞬時に考えたけど、そこまでする理由も正直源川にはない。つまりは彼の結婚しているは本当の事なのだ。でもそう、それに、この気持ちを抱えたまま生きてくなんて、今迄みたいに何もかも我慢して生きるくらいなら、一度ハッキリ伝えて真実を彼の口から宣言された方が、私自身の気持ちだって大きく変わる筈。
「そ、それでも、会いたいの!!!」
そう力一杯叫んだ私に源川は呆れたのかポカンとしながら、佐久間と一緒に座るベンチから私の事を見上げていたのだった。
※※※
せめて名前くらい知りたい。
外崎…………なんと言うのだろう。長い名前だろうか、どんな感じの名前だろう。
それにあのサングラスの下はどんな風なんだろうとか、そんなことばかりここのところ私はずっと考えている。源川仁聖に彼の下の名前を聞くことは簡単だけれど、それを即日で聞くのは正直ズルをしているみたいな気分。好きな人の事だもの、なんとか自分で調べたいと思うから、私は彼の事を調べ始めていた。まず最初は徳田高徳に呼び出されたあの個室居酒屋・伊呂波から、聞き込みを始めていく事にしたのは、あの時彼が丁度良いと話したから。店長が便宜を図ってくれるってことは知りあいってことよね?なのに何度足繁く通っても、何故かタイミングがあわなくて接客中とか不在続き。他のスタッフに聞こうにもバイトスタッフは、「さーせん!そういうことはわかんねーっす!」とか言う不良みたいな奴ばかり。しかもどいつもこいつも、同じことばかり繰り返して営業スマイルが完璧なのが腹立つ。
一度試しに花街の『八幡調査事務所』にも行ってみて、あの年齢不詳の高級バーのママみたいな女性にも聞いてみたわ。
「…………視力障害の…………背の高い…………四十路前後……?」
子供の好むような棒付きの飴を咥えたまま、八幡万智という彼女は私が口にした人相を復唱する。源川とは違って目の前の人は、彼の事を知っているのかいないのか全く表情からでは読み取れない。これは年の功なのか仕事のためか、それとも本当に知らないから顔にもでないのかは判断がつかなかった。以前ここに連れ込まれた時には不機嫌を全身からオーラみたいに四方に放つ強面の綺麗な顔立ちをした男性がいたけれど、昼間の事務所は他のオフィスと何らかわりなく、あの男性もいない。丁度彼と同じくらいの歳格好だったから、いてくれたら更に説明がしやすかったけれど、共通の認識がある男性が居れば説明はしやすい。
「でぇ、その盲目のにーさんを探してどうすんの?金子ちゃん。」
モコモコ飴を動かしながら、そんなことを彼女は呑気に足を組んで問いかけてくる。探して?名前を知ってお友達になって、可能性があるならお付き合いして、行く行くは。いやいや、そんな妄想は先ずおいておくけれど。
「ま、こととと次第によっちゃ探しても良いけど?」
そう彼女が人差し指と親指を使って環を作るのに、そうだった・ここは調査事務所なんだと思った訳で。
※※※
『外崎宏太』
お金で方をつける方法はあまり好きではないけれど、あの女性は知っていて私に持ちかけたのは、彼女の話した言葉から理解した。私は彼女に視力障害って説明したのに、八幡万智は『盲目のにーさん』と返したのに気がついたのは、彼女に情報料として金銭ではない対価を渡した後の事だ。情報は大事って彼も言っていたけれど、八幡には仕事上金子物流関係で必要な情報があったらしく、その対価として教えて貰ったのが彼の名前。
盲目
私に声をかけたりスムーズに居酒屋の引戸を開けて来たり夜の街を歩いていたものだから、幾分見えてもいるのかと実は勘違いしていた。でも、世の中の盲目という表現にも、全盲とか判別の言葉が一応はあるから、まだどこまで見えていないのか分からない。勿論見える見えないが問題なわけではないから、それほど気にすることではないし、大事なのは名前を知ったことだ。
宏太さん。
頭の中で繰り返してみるけど、しっくり来る素敵な名前。もしかしたらもう少し対価があったら、もっと彼の情報が聞けたかもしれないと思うけれど、幾ら私だって徳田高徳の時みたいな失敗を繰り返したい訳じゃないし。少なくとも名前を知ることも出来たし、盲目の彼が広範囲に動き回るとは考えにくくもあるから、彼の生活範囲は恐らくここら辺近郊の筈。そう、少しずつ彼に近づいて…………再会して見せる、そう私は誓っていたのだ。
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