鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話14.へし折られました

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何でか地面に転がされる結果になった狭山明良は、そのまま外崎邸のゲストルームに結城晴と泊まる流れになっていた。埃もついてるからと大人しく外崎了に言われるがまま、押し込まれて風呂に入っている明良はブクブクと半分湯に沈み込みながらついさっきの事を一人悶々と考え込んでいる。

認められたいのはいいがよ

そう外崎宏太に、淡々とした声で指摘されてしまっていた。その言葉が深々と明良の胸に矢のように突き刺さってしまったのは、苛立ち任せの勢いを意図も簡単にへし折られ意気消沈している明良の内面にあるものを的確に貫いてしまったからだ。
狭山明良は正直に本心を言うと、結城晴に認めてもらいたいとずっと願いもがき続けている。
それは実はほんの一つではなく本当に沢山の事。それをただ晴にだけ認めてもらいたくて、明良は晴と付き合うことになってからずっと一人足掻き続けているのだ。そして、それ晴に正直に言うことも明良にはまだ出来ないから明良は延々とそれをどうにか晴に気がついて貰うよう出来ないものかと、日々もがき空回りしているという自覚もある。

それは、男として、彼氏として、大事な人として、晴の唯一の相手として

誰かではなく、ただ晴にだけそれを認めて欲しい。そしてそれはだだの言葉でなく、自分への実感として欲しいなんて思う。だから、余計にもそれを求めてしまう明良は、晴を振り回すような結果に至るような片寄った行動に走ってしまうのだろう。
晴に男として認めて貰いたくて、晴を執拗に胸…………というか乳首だけでいかせるなんて馬鹿な行動だと自分でも思う。ただ単に晴が明良がすることだけで気持ちよくなれば本当はそれでいいのだけれど、現実として晴だって男で、男の身体なんだから陰茎を弄くれば気持ちよくなるのは当たり前。だから、そこは出来るだけ触れたくないなんていうのは、結局は明良のただの我が儘だ。
彼氏として認めて欲しいから執拗に自分のものにして誰も目に入らないようにしたいから、大事なのは自分だと言わせたいから、そんな我が儘は全ては明良の独り善がりでもある。それを宏太にこうも簡単に見透かされて、しかも頭に血が昇って言うことを聞きもしないだろうと言う点まで把握されていて、それに関する苦言を呈するためにワザワザあんなことまでされて。そう、宏太があんな風にワザワザ表でタイマンに出るなんて、結局は明良が言うことを聞かないと分かっていたからなのだ。だから先ずは明良が聞く耳を持つために、明良の思い上がった一面を直接的に宏太はへし折りにきた。

…………盲目の障害者…………に、手も足も出ない…………なんて

しかもそんなカッコ悪い状況にされてしまって正直いうとガッツリと明良だってへこみたいのに、晴は逆にそれが出来て当然のように何でこんなことすると宏太の方に食って掛かるし、外崎了なんかこうなると思っていたと言わんばかりだ。明良だって別に世の障害者を差別する訳じゃないが、宏太と明良が直接喧嘩になって、どうして誰しも宏太が勝つと思えるのだろうかと膝を抱えたくなる。
因みに明良を風呂に押し込んだ了は「いや、宏太、あのなりだけど平気で殺人鬼と対峙してるからお前くらいじゃなんともないから。」とかなんとかを平然と言う有り様。明良がそれに何なんだその例えはと呆れ果てたくなったのは言うまでもない。

「溺れてんじゃねぇだろうな、おい。」

唐突に頭の上からそう問いかけられて、上目遣いに見上げると言う迄もなく当然のように家主が浴槽の縁に腰掛け傷跡を隠すこともなくニヤリと笑う。どうやら身体を動かしたので、風呂で男の付き合いでも深める気になったのか。

「天狗の鼻を折られたな?ん?」

確かに晴を守るのに自分は十分な力を持っていると言う自負はあったけれど、こんな相手に鼻っ柱をへし折られて自分の二十年もの鍛練はなんだったんだと思わずにはいられない。しかも宏太が面白がってニヤニヤしているのがなおのこと腹立たしいが、現実として明良は宏太に手も足も出ない内に一瞬でトドメに近い状況にされてしまった。

「何、身に付けてるんですか?外崎さん…………。」

以前一緒に風呂に入った時には、どちらかと言うと傷跡とか筋肉のつきかたの方が気になって、宏太に年齢を聞いたりはした記憶がある。でも、余り宏太自身に興味があるわけでもないので身に付けているのが何なのかまでは明良は記憶してなくて、ノンビリ湯に浸かった宏太が顔の傷をタオルで覆いながら口角だけを上げて見せながら口を開く。

「…………合気道、後は古武術を少し、な。」

宏太が言う少し…………なんてレベルじゃないのは、こっちが完璧に段位を持つ空手家であるのに明良では何一つ叶わなかった事からも分かる。しかもこっちは物心ついた時には道場で鍛練を続けてきた人間なのに、当の宏太はやっていたのは高校ぐらい迄なんて恐ろしい事を言うのだ。世の中には稀に一度身に付けたものなら、いつまでも衰えもせずに技能として使いこなす人間がいる。それこそ外崎宏太もその類いの人間で、晴にハイスペック男なんて影で言われているのも強ちオーバーではなかったのだ。

ハイスペックで調教師で、鬼畜ストーカー

そんなんだから、殺人鬼と対峙するなんて訳の分からない例え話されるんですよと風呂の中でブチブチ言う明良に、宏太は別に例えじゃねぇしなと苦笑いするのだ。

「例えじゃない?」
「ん、実際に了にブチキレられたからな。一年に三回は流石に多いと反省した。」

一年に三回?と呆気にとられて口にする。どうもこれは嘘ではなく本気で犯罪者と直接対峙しているのに気がついて、こんな会社社長なんてありか?と思う。個人的なところだから気にするなと言うけれど、晴の身の危険は回避してくださいよと改めて呟く明良に、宏太は分かってると呑気に笑うばかりだ。今更だけど晴が危険なことを止めない理由の一端は、外崎宏太のこの能力を知っているからで何かあっても対処出来るのを理解していたからなのだと明良も気がつかされてしまった。

「少し冷静に周り見れるようになったか?あ?」
「…………へし折られましたからね…………。」
「はは、冷静にかかってこられたら、もう少し違ったろうがな?ん?」

もう少し違ったろうがと言うけれど結果的には全く変わらないとしか思えないのは、宏太の方は全く本気でやっていないのが分かるから。それに冷静になって見ろと言われて、初めて駆け寄ってきた晴の疲労困憊気味の顔色にも気がついていて、それをしたのが自分だと言うことも言われなくても分かる。空手で鍛練を重ねてきた明良の方が基本的に基礎体力がある上に、晴の方は自分を受け入れる方なのだから負担が大きいとあれ程言われてもいたのに、だ。

明良は頭に血が昇り周囲が見えなくなる

祖父・狭山高良からも子供の頃から再三言われて周囲が見えていないと言われていたのに、ここでもまた繰り返してしまっていた。しかも、勝負事ではなく晴の事に関してだが、結局は勝負事に負けるのが嫌なのと同じように、晴の事では諦める訳にも行かない事だからと明良は躍起になっていて。結局は常に頭に血が昇った状態に落ち込んでいたのだ。

好き過ぎて…………何も見えなくなってた…………

晴が好きで好きで、晴に認めて欲しくて、同時に晴にも同じになって欲しくて。そればかり考えていた明良は、周りがどうとかを気にする余裕が全くなくなっていた。昔から顔にでないから明良がパニックに近く混乱していても、余り周囲がそれに気がつかないのは鍛練のせいで表に感情を出しにくいからなのかもしれない。とは言えそう言うことなのだが、それを晴にどう説明して謝ったらいいのか。

「謝んなくてもいいだろ、別に。」
「何も言ってない………………心を読んで答えないでくれませんか…………。」

どうせ恐らくそんなこと考えてんだろ?と宏太にニヤニヤされたのは腹立たしいが、一応は言われたことは心に止めておく。心に止めておかないと、何かまた同じようにへし折られそうな気がするからだとは流石に言いたくないからだが。



※※※



晴が昼から寝かされていた後の気配がホンノリまだ残るゲストルームのベットの端に明良は腰かけて、何だから本当に気が抜けた感で考え込む。結局風呂上がりには当然のように夕飯迄振る舞われて、さっきのあの騒動はなんだったんだと思うほどの寛ぎの体勢。甲斐甲斐しく宏太の世話をやく了のことは良く分かっているけど、こうして改めて眺めると二人の関係性は遥かに穏やかで大人びている気がする。

「明良ー?どこか痛いの?大丈夫?」

風呂上がりでゲストルームのドアから顔を覗かせた晴が、考え込む様子の明良を見つけてそう口にした。ふとベットサイドに腰かけ視線を上げた明良の目の前には、まだ肩にタオルをかけて濡れた頭をしたままの晴がいて。湯上がりの薔薇色の頬に、少しサイズの大きさが目立つ客用のパジャマから覗く鎖骨、見るだけでホッソリとして滑らかな肌、服の裾から覗く手足の華奢さ。明良にしてみれば誰よりも綺麗で可愛い結城晴。

「晴。」

明良が手招くと素直に傍にやってきて、ここに座ってと脚の間を示すと素直に晴が従う。膝の間の足元に座った晴の肩のタオルを抜き取り揺れた頭をソッと撫でるように拭き始めると、晴は気持ち良さそうに目を細めて明良のなすがままになる。こんな風に当然みたいに大人しく自分の言うことを聞く晴に、明良は何故か本当は不安になっていたりするのだ。

ねぇ誰にでもこんなに素直に言うこと聞いちゃうの?

もしかしてこんな風に誰の言うことでも聞くから、宏太の命令と言うことで『五十嵐ハル』も初めたのかとか、そんな訳の分からない嫉妬でモヤモヤしてしまう。しかもそれを口にするのが明良には出来なくて、結局行動で晴を縛り付けようとしてしまうのだ。

「あきらー?」

考え事で明良の手が止まっていたらしくて、晴が不思議そうに肩越しに振り仰ぐ。キラキラした瞳で少し心配そうに見つめていて、何時もだったらこのまま抱き締め押し倒してセックスに雪崩れ込むけれど明良の心も今傷心なわけで。

「晴…………俺のどこが好き?」

違う。それが聞きたい訳じゃないし、言いたいことも違う。一人心の中でそう突っ込むが既に口からでた言葉を消せるわけでもなく、しかも晴はその言葉に頬を染めてクルリと視線を返し顔を背けてしまった。

「その…………いっ…………。」

ゴニョゴニョとそうして呟く晴の耳朶まで赤いのを眺めながら、明良は思わず床の上の晴を脇に手をいれ抱き上げ膝の間に納めてしまう。驚いた様子の晴を背後からギュッと抱き締めて、明良がその肩に顔を埋める。こんな風に素直に感情が表に出る晴が羨ましい。そんなことを言ったら晴は驚いて目を丸くするだろうと思うが、思わずにはいられない明良の様子に晴も気がついていた。

「明良、俺ね、…………明良の好きなとこ一杯、あるから。」

自分がいつになく意気消沈しているのを知っているのか、晴は躊躇い勝ちにそんなことを言う。そしてそのままその一杯あると言ったモノを一つずつ小さな声で上げ始めて、明良は目を丸くしてしまった。朝起きた時たまに見れる寝顔とか、抱き締めている時の声とか、一緒に歩く時の繋いだ手とか。そんなところ迄見ていて、そんな細かなところまで晴は『好き』と頬を染めながら話す。それが恥ずかしいのに、何故か凄く嬉しい。

「…………外崎さんにカッコ悪く投げられたよ……?それでも、好き?」

思わず照れ隠しにそんなことを言うと、晴は何故か目の前でムッとしたように俯いたのに気がつく。そこはヤッパリ格好悪かったかと明良が苦く思ったら、晴が口にしたのはまるで方向性が違うことだった。

「…………怪我したら…………ダメ。俺の……明良なんだから。」
「カッコ悪かったでしょ?」
「明良はカッコいいもん…………、カッコ悪くなんかない……。」

でも投げられたしと改めて呟いても、それがなんでカッコ悪いの?と首を傾げる晴には明良の言葉の意図が伝わっていない。そうか、武術の嗜みが一つもない晴には、既に地面に転がされていた後のあの情景の何がどうカッコ悪いのか明良ほどの感覚が伴わないのだと気がつく。あれ、蹴ろうとして投げられたんだよ?と思わず呟くと、蹴った脚大丈夫?なんて返しが帰ってくる有り様だ。

「なんで、蹴った方心配するの?晴。」
「え?だって、大分前にしゃちょーのこと蹴ろうとした相手の方が、脚の骨折られて入院した事ある。」

………………なんで?思わずそう問い返してしまうけれど、夏前にまだここで勤め始めて少しの時、実際にそんな事件が起きてカポエラだかをやっていた相手に蹴りを入れられそうになった宏太は相手の脚の骨を砕いたのだと言う。その話しは晴も宏太が危険なことをしたと激怒していた了から聞いていて、流石になんで目が見えなくて脚の骨を折れるの?と呆気にとられたのだ。

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