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間章 ちょっと合間の話3
間話1.運命の出逢い?
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華奢な手足に、女性としては平均としてはやや高い身長。腰は服の上からでも分かるくらい、細く括れていて、長い睫毛に何時も潤んで光る瞳。癖なのか少し首を傾げて上目遣いに相手を見上げる彼女は、大人しく女性らしい清楚な服を大概は身に付けている。大学生になってからというものの、派手で夜遊びばかりのお嬢様の取り巻きになったせいで、清楚な彼女は途轍もなく可愛らしくて綺麗だった。
そんな彼女に自分・久世博久が出逢ったのは、花街と呼ばれる大通りの北側の入り口の辺り。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
博久は実のところ花街の入り口に近いとあるビルから出てくる人間を張っていて、そのビルの出入口は見ていたけれど自分の背後には全く気を付けていなかったのだ。そこに偶々周囲をキョロキョロしていた彼女が、前を見ていなくて博久の背中にぶつかってしまったのだった。女性にしては背が高めでヒールの靴を履いているせいもあって身長は殆んど博久と変わらない彼女は、少しハスキーな声でごめんなさいとペコリと頭を下げて博久の顔を少しだけ首を傾げて上目遣いに見つめる。
か、わいい
その仕草もさることながら、綺麗な人形みたいに整った顔立ちをして、プルンと艶やかな唇。それに瞬きにあわせて揺れる長い睫毛に縁取られた大きな瞳は濡れたように潤んでいて、パチパチと瞬きをしている様がとっても女の子っぽくって可愛らしい。しかも彼女はホンノリと頬を染めながら、不思議そうに自分の顔を見つめてくる。
「えっと…………私、何かおかしいですか?」
いけない、随分不躾に眺めていたらしくて、彼女が不思議そうにしていたのはそのせいだったらしい。
知り合いだったらいいのに、こんな可愛い子
思わずそう思うけれど、それをそのまま口にするのは流石にナンパにしてもどうかとは思うから、博久は慌てて笑顔を作る。
「いや、驚いただけ。」
「あ、そうですよね!ホントごめんなさい!」
楚々とした彼女は俯きながら、実はお店を探しててと少し困った様子で呟く。その様子にここぞとばかりに、もしよかったらここら辺の店なら詳しいからなんて事を博久は口にしてから、待ち合わせの相手が彼氏だったらどうするんだと端と気がつく。こんなに可愛らしい彼女に、彼氏がいないなんて事あり得ないだろ。待ち合わせの場所に急いで向かっているのだって、相手が彼氏だからじゃないかと自分で自分に突っ込みたくなる。
「…………ごめん、余計なお世話かな、待ち合わせてるの彼氏……とか?」
「そ、そんなまさか!」
彼女は更に頬を染めて、慌てて自分が問いかけた『彼氏との待ち合わせ』を否定する。話を聞けば彼女はまだ関東に出てきたばかりで1人で暮らし始めて間もなくて、友人と食事の約束をして待ち合わせた店の場所が分からなくて困っているのだという。
「なんて店?分かるかも。」
「えっと、伊呂波って言うお店なんですけど。」
居酒屋・伊呂波は花街にある居酒屋で一番か二番に人気の店で、もう一店舗は昔ながらの居酒屋なのに対して最近流行りの個室居酒屋だ。個室の大きさも多種多様で博久達みたいな年代から会社員まで御用達の居酒屋でもあるけれど、確かに大通りに面しているわけでなくて路地を曲がったところにあるから行ったことがない人には探せないかもしれない。でも有名な店だから、博久にも場所は問題なく案内できる。そういうと彼女は心底ホッと安堵したみたいに、とっても可愛らしく微笑んだのだった。
並んで伊呂波の前まで送って上げたので、本当なら彼女との縁は切れるはずだったのだ。
ところが彼女は送ってくれたお礼に一緒に食事しませんかとオズオズと博久に問いかけてきたのに、博久はこんなラッキーあって良いのかと目を丸くしてしまう。でも彼女は友人と待ち合わせの筈だと気がついて博久が遠慮すると、友人は女の子一人だから博久が一緒でも大丈夫なんて微笑みながら上目遣いで彼女は一緒にごはん食べましょうと腕をそっと取って誘うのだ。
もろにタイプの女の子からお礼に一緒に食事なんて誘われて、博久が有頂天になったのは言うまでもない。しかも彼女は行かないでといいたげに自分の腕を取って引っ張りながら、一緒に行きましょと強請るように繰り返すのだ。そのお強請りが可愛すぎて博久は断れなくなったという呈で、伊呂波の入り口を一緒に潜ることになったのだった。
「すみません、五十嵐か結城で予約してる筈なんですが…………。」
店長・浅木と書かれたネームプレートをつけたレジカウンターにいた店員に彼女が声をかけると、ええととメモを捲りながら名前を探しだしていた。
五十嵐か結城
片方は友人の苗字で、片方は彼女の苗字なのだろう。そんなことを考えていたら、ふと思い出した様子の店員が彼女の事をマジマジと覗き込むように眺める。幾ら店員だからってそんなに不躾に顔を覗き込むなよと言ってやろうかとした瞬間、店員は思い出した内容を口にした。
「あの、五十嵐様ですよね?先ほどお連れの結城様からお電話があって。」
「ええ?!」
「急な用事で、席はキャンセル……もしいらっしゃったら、そう伝えてほしいと…………。」
「ウソッ!やだっ、LINEくれたらいいのにっ!」
目の前で突然の話に慌てた彼女は、バックの中をゴソゴソしたかと思うとスマホを取り出して覗き込み目を丸くする。何気なく肩越しに覗き込むと彼女の携帯の液晶画面が真っ黒に沈黙していて、恐らく電源が入っていない=所謂電池切れというやつだろうというのは博久にも店員にも分かる。何でか当人より周囲の二人の方が良くあることですねと言いたげに慰めているのは、恐らく彼女が可愛くて落胆の様子も愛くるしいからだろう。
彼女はやだぁっと呟き困惑顔で液晶を見つめていたのだが、溜め息を一つつきながら博久を振り返って申し訳なさそうに口を開く。結局は彼女と連絡がとれなかった友人が、何か急な用事でこれなくなったということは確からしい。
「ごめんなさい……………………、お誘いしたのに…………。」
シュンとした口調で言う彼女に気にしないでと言おうとした博久は、ふと名案を思い付いたように彼女に向かって口を開いていた。
「あ、二人で………………ごはん食べない?」
久世博久は今までこんな風に女性を誘って、二人きりで食事なんてしたことがない。実は元々男子校だったこともあって異性との交際経験がそれほどないし、高校生までの交際なんてファーストフードでお茶をするくらいのもの。だから、大学に入って直ぐサークルに入って出逢った先輩・徳田高徳に誘われて、一年先輩の金子美乃利という人の取り巻きになった。というのもそれほど遊び方も知らないから、新たな経験値として取り巻きなんてものになってみたのだけれど、飲食費用は金子持ちでもまだ酒も飲めない博久としては花街界隈にあるワインバーでの豪遊なんて余り利点もない。しかも最近では金子の暴君ぶりに嫌気がさしつつあったのだけれど、ここに来て花街にくる理由が個人的にも出来たのだ。というのも流石に花街だけいう程の事もあって、華やかな立場の人間が街を歩いているのに気がついたからだった。それは兎も角こんな風に女性を自分から誘ったのは初めてのことで、しかも彼女は嬉しそうに微笑みながら博久の誘いを受けたのだった。
彼女の名前は五十嵐ハル。
最近実は花街の芸能事務所に所属していると知って自分が追っかけていた俳優と同じ苗字で、しかも下の名前も可愛らしい彼女に良く似合ういい名前だと思う。ハルは今年就職したばかりの会社員一年生なのだといい、大学を卒業して就職したというから実は博久より少し年上。でも話していてもそれほど年の差は感じないし、逆にハルの方は自分を同じ年くらいの会社員だと思い込んでいたようだ。
「久世さんが年下?落ち着いてて、同じ年くらいかなって思ってました……。」
「老けてるってこと?」
「違いますよぉ!大人っぽいって褒めてるのにー。」
何しろ塾講師のバイトにこの後行くつもりだったから、博久はカッチリとスーツを着込んでいたのだからハルがそう思ってもおかしくはないだろう。それを説明すると彼女は目を丸くして感心したみたいに、博久に向かってこう言う。
「塾の先生なんて、すごい。教えるのって大変でしょ?久世さん。」
「博久でいいよ、そんなに凄くないよ。カリキュラム作って、それにあわせて教えるだけだから。」
「カリキュラムなんて私作れないですもん。凄いですよ、く……博久さん。」
もしかして、いや、もしかしなくても、ハルは出逢ったばかりの自分に明らかな好意を持っているのでは、なんて博久は会話をしながら思ってしまう。何しろ初めて出逢ったのに彼女はこうして誘ったら簡単に一緒に食事をしていて、自分が名前で呼んでと言ったら素直に名前で博久を呼んでもくれたのだ。そんなポンポンと距離を狭めるような事が、出来るような都会の女性だとは実は思えない。
もしかして…………えっと……モテ期到来?
よくいる女の子とは違ってハルは凄く美味しそうにものをよく食べるし、人の話を聞くのが上手くて一緒にいて凄く話しやすい。正直金子美乃利の取り巻きをしているのなんて馬鹿馬鹿しくなるくらいの格差で、博久はハルとの話に夢中になってしまっていた。
「ええ?!そうなんですか?塾の先生って忙しい!」
「そうなんだよね、授業は三・四時間ないけど、他の仕事は倍なんだよね。」
「大変なんですね。それに大学生もでしょ?目が回りそう…………。」
こんな風に楽しく過ごせる女の子なんて初めてで、まるで気心知れた男友達と話しているみたいに彼女は話しやすい。それに話していても博久の気持ちも完璧に汲み取っていて、面白いほど的確な相槌が帰ってくる。
「ハルちゃんは?仕事は何してるの?」
「私はただのOL、ですもん。毎日パソコン、カチカチしてるだけ。」
「それも大変でしょ?」
「博久さんの方が大変。でも、お店にも詳しいなんて凄いですよね。」
「そんなことないって、ここは友達と来ただけ。」
「…………女の子のお友達……?」
ハルが少しだけ心配そうにそう問いかけてくるが、心配するような相手では全くない。何しろ相手はあの金子美乃利先輩なのだから、と思わず素直に説明してしまうのは、ハルに自分には彼女もいないし何も問題になることはないと教えたくなったからだ。お陰で調子にのって金子美乃利の話までしてしまったが、彼女は軽蔑するどころか博久が辛いだけで楽しくなかったですよねなんて同情的なことを言う。正直いうとずっと誰かにそう言って欲しかったことを、博久に向けてハルは口にしたのだ。
一滴も酒を飲んだわけでもないのに空気と言うか雰囲気に酔ったみたいに話したかったことを全部話し尽くしても、ハルは何一つ嫌な顔もしないで大変だったんですねと心配そうに首を傾げて上目遣いに博久をじっと見つめている。
どうしよう……俺、この子…………ハルちゃんが好きになっちゃったかも!
自分を上目遣いに見つめるその視線に、博久が素直にそう思ったのは言うまでもない。
しかも楽しい食事を終えて並んで伊呂波を出ようとしたら、ハルはにっこりと微笑んでここは私が払いますねなんて言うのだ。
「い、いいよ!女の子に払わせるなんて、」
「でも私働いてますから。」
いやいや、それは事実だけど。男としては女の子に払わせるのはと食い下がるが、ハルはダメと甘い声で自分の財布を押し返して、それにこれはお礼なんですからと微笑む。なんて奥ゆかしくて可愛い子なんだろうって博久は染々と考えながら、同時にじゃ次は自分が奢るよと誘うなんてどうだろうと会計をしているハルの後ろ姿を眺めていたのだった。
※※※
結局その後五十嵐ハルと連絡先を交換しようとしたのだけど、ハルの携帯が沈黙しているせいで彼女の電話番号はゲット出来なかった。家まで送るよとも言ってみたけれど、彼女は近くですから大丈夫と微笑んで駅の構内で博久を改札口でみおくる。
「また、一緒にごはん食べれるかな?」
そう振り返って問いかけようとした時には、既に彼女の姿は改札口にはなくて。でも駅の構内には入ったけれど、改札は通らないと言うことはこの駅近郊に暮らしているのだけは分かった。駅の南側はマンションも多い住宅地だから、きっとそっちに家があるのだろうし、きっとまた会えるんじゃないかなんておもいもする。この規模の街で偶然何度も出逢えるなんて楽観的すぎるかもしれないけど、何となく自分と彼女はそんな運命的な出会いなんじゃないかなんて思うのはドラマの見すぎだろうか。花街に来る機会はバイトが忙しくて少し減っているけど、この街に来たら好意を持ってくれた筈のハルの方から声をかけてくれるかもしれない。
博久はそんなことを考えて、思わず微笑んでしまっていた。
そんな彼女に自分・久世博久が出逢ったのは、花街と呼ばれる大通りの北側の入り口の辺り。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
博久は実のところ花街の入り口に近いとあるビルから出てくる人間を張っていて、そのビルの出入口は見ていたけれど自分の背後には全く気を付けていなかったのだ。そこに偶々周囲をキョロキョロしていた彼女が、前を見ていなくて博久の背中にぶつかってしまったのだった。女性にしては背が高めでヒールの靴を履いているせいもあって身長は殆んど博久と変わらない彼女は、少しハスキーな声でごめんなさいとペコリと頭を下げて博久の顔を少しだけ首を傾げて上目遣いに見つめる。
か、わいい
その仕草もさることながら、綺麗な人形みたいに整った顔立ちをして、プルンと艶やかな唇。それに瞬きにあわせて揺れる長い睫毛に縁取られた大きな瞳は濡れたように潤んでいて、パチパチと瞬きをしている様がとっても女の子っぽくって可愛らしい。しかも彼女はホンノリと頬を染めながら、不思議そうに自分の顔を見つめてくる。
「えっと…………私、何かおかしいですか?」
いけない、随分不躾に眺めていたらしくて、彼女が不思議そうにしていたのはそのせいだったらしい。
知り合いだったらいいのに、こんな可愛い子
思わずそう思うけれど、それをそのまま口にするのは流石にナンパにしてもどうかとは思うから、博久は慌てて笑顔を作る。
「いや、驚いただけ。」
「あ、そうですよね!ホントごめんなさい!」
楚々とした彼女は俯きながら、実はお店を探しててと少し困った様子で呟く。その様子にここぞとばかりに、もしよかったらここら辺の店なら詳しいからなんて事を博久は口にしてから、待ち合わせの相手が彼氏だったらどうするんだと端と気がつく。こんなに可愛らしい彼女に、彼氏がいないなんて事あり得ないだろ。待ち合わせの場所に急いで向かっているのだって、相手が彼氏だからじゃないかと自分で自分に突っ込みたくなる。
「…………ごめん、余計なお世話かな、待ち合わせてるの彼氏……とか?」
「そ、そんなまさか!」
彼女は更に頬を染めて、慌てて自分が問いかけた『彼氏との待ち合わせ』を否定する。話を聞けば彼女はまだ関東に出てきたばかりで1人で暮らし始めて間もなくて、友人と食事の約束をして待ち合わせた店の場所が分からなくて困っているのだという。
「なんて店?分かるかも。」
「えっと、伊呂波って言うお店なんですけど。」
居酒屋・伊呂波は花街にある居酒屋で一番か二番に人気の店で、もう一店舗は昔ながらの居酒屋なのに対して最近流行りの個室居酒屋だ。個室の大きさも多種多様で博久達みたいな年代から会社員まで御用達の居酒屋でもあるけれど、確かに大通りに面しているわけでなくて路地を曲がったところにあるから行ったことがない人には探せないかもしれない。でも有名な店だから、博久にも場所は問題なく案内できる。そういうと彼女は心底ホッと安堵したみたいに、とっても可愛らしく微笑んだのだった。
並んで伊呂波の前まで送って上げたので、本当なら彼女との縁は切れるはずだったのだ。
ところが彼女は送ってくれたお礼に一緒に食事しませんかとオズオズと博久に問いかけてきたのに、博久はこんなラッキーあって良いのかと目を丸くしてしまう。でも彼女は友人と待ち合わせの筈だと気がついて博久が遠慮すると、友人は女の子一人だから博久が一緒でも大丈夫なんて微笑みながら上目遣いで彼女は一緒にごはん食べましょうと腕をそっと取って誘うのだ。
もろにタイプの女の子からお礼に一緒に食事なんて誘われて、博久が有頂天になったのは言うまでもない。しかも彼女は行かないでといいたげに自分の腕を取って引っ張りながら、一緒に行きましょと強請るように繰り返すのだ。そのお強請りが可愛すぎて博久は断れなくなったという呈で、伊呂波の入り口を一緒に潜ることになったのだった。
「すみません、五十嵐か結城で予約してる筈なんですが…………。」
店長・浅木と書かれたネームプレートをつけたレジカウンターにいた店員に彼女が声をかけると、ええととメモを捲りながら名前を探しだしていた。
五十嵐か結城
片方は友人の苗字で、片方は彼女の苗字なのだろう。そんなことを考えていたら、ふと思い出した様子の店員が彼女の事をマジマジと覗き込むように眺める。幾ら店員だからってそんなに不躾に顔を覗き込むなよと言ってやろうかとした瞬間、店員は思い出した内容を口にした。
「あの、五十嵐様ですよね?先ほどお連れの結城様からお電話があって。」
「ええ?!」
「急な用事で、席はキャンセル……もしいらっしゃったら、そう伝えてほしいと…………。」
「ウソッ!やだっ、LINEくれたらいいのにっ!」
目の前で突然の話に慌てた彼女は、バックの中をゴソゴソしたかと思うとスマホを取り出して覗き込み目を丸くする。何気なく肩越しに覗き込むと彼女の携帯の液晶画面が真っ黒に沈黙していて、恐らく電源が入っていない=所謂電池切れというやつだろうというのは博久にも店員にも分かる。何でか当人より周囲の二人の方が良くあることですねと言いたげに慰めているのは、恐らく彼女が可愛くて落胆の様子も愛くるしいからだろう。
彼女はやだぁっと呟き困惑顔で液晶を見つめていたのだが、溜め息を一つつきながら博久を振り返って申し訳なさそうに口を開く。結局は彼女と連絡がとれなかった友人が、何か急な用事でこれなくなったということは確からしい。
「ごめんなさい……………………、お誘いしたのに…………。」
シュンとした口調で言う彼女に気にしないでと言おうとした博久は、ふと名案を思い付いたように彼女に向かって口を開いていた。
「あ、二人で………………ごはん食べない?」
久世博久は今までこんな風に女性を誘って、二人きりで食事なんてしたことがない。実は元々男子校だったこともあって異性との交際経験がそれほどないし、高校生までの交際なんてファーストフードでお茶をするくらいのもの。だから、大学に入って直ぐサークルに入って出逢った先輩・徳田高徳に誘われて、一年先輩の金子美乃利という人の取り巻きになった。というのもそれほど遊び方も知らないから、新たな経験値として取り巻きなんてものになってみたのだけれど、飲食費用は金子持ちでもまだ酒も飲めない博久としては花街界隈にあるワインバーでの豪遊なんて余り利点もない。しかも最近では金子の暴君ぶりに嫌気がさしつつあったのだけれど、ここに来て花街にくる理由が個人的にも出来たのだ。というのも流石に花街だけいう程の事もあって、華やかな立場の人間が街を歩いているのに気がついたからだった。それは兎も角こんな風に女性を自分から誘ったのは初めてのことで、しかも彼女は嬉しそうに微笑みながら博久の誘いを受けたのだった。
彼女の名前は五十嵐ハル。
最近実は花街の芸能事務所に所属していると知って自分が追っかけていた俳優と同じ苗字で、しかも下の名前も可愛らしい彼女に良く似合ういい名前だと思う。ハルは今年就職したばかりの会社員一年生なのだといい、大学を卒業して就職したというから実は博久より少し年上。でも話していてもそれほど年の差は感じないし、逆にハルの方は自分を同じ年くらいの会社員だと思い込んでいたようだ。
「久世さんが年下?落ち着いてて、同じ年くらいかなって思ってました……。」
「老けてるってこと?」
「違いますよぉ!大人っぽいって褒めてるのにー。」
何しろ塾講師のバイトにこの後行くつもりだったから、博久はカッチリとスーツを着込んでいたのだからハルがそう思ってもおかしくはないだろう。それを説明すると彼女は目を丸くして感心したみたいに、博久に向かってこう言う。
「塾の先生なんて、すごい。教えるのって大変でしょ?久世さん。」
「博久でいいよ、そんなに凄くないよ。カリキュラム作って、それにあわせて教えるだけだから。」
「カリキュラムなんて私作れないですもん。凄いですよ、く……博久さん。」
もしかして、いや、もしかしなくても、ハルは出逢ったばかりの自分に明らかな好意を持っているのでは、なんて博久は会話をしながら思ってしまう。何しろ初めて出逢ったのに彼女はこうして誘ったら簡単に一緒に食事をしていて、自分が名前で呼んでと言ったら素直に名前で博久を呼んでもくれたのだ。そんなポンポンと距離を狭めるような事が、出来るような都会の女性だとは実は思えない。
もしかして…………えっと……モテ期到来?
よくいる女の子とは違ってハルは凄く美味しそうにものをよく食べるし、人の話を聞くのが上手くて一緒にいて凄く話しやすい。正直金子美乃利の取り巻きをしているのなんて馬鹿馬鹿しくなるくらいの格差で、博久はハルとの話に夢中になってしまっていた。
「ええ?!そうなんですか?塾の先生って忙しい!」
「そうなんだよね、授業は三・四時間ないけど、他の仕事は倍なんだよね。」
「大変なんですね。それに大学生もでしょ?目が回りそう…………。」
こんな風に楽しく過ごせる女の子なんて初めてで、まるで気心知れた男友達と話しているみたいに彼女は話しやすい。それに話していても博久の気持ちも完璧に汲み取っていて、面白いほど的確な相槌が帰ってくる。
「ハルちゃんは?仕事は何してるの?」
「私はただのOL、ですもん。毎日パソコン、カチカチしてるだけ。」
「それも大変でしょ?」
「博久さんの方が大変。でも、お店にも詳しいなんて凄いですよね。」
「そんなことないって、ここは友達と来ただけ。」
「…………女の子のお友達……?」
ハルが少しだけ心配そうにそう問いかけてくるが、心配するような相手では全くない。何しろ相手はあの金子美乃利先輩なのだから、と思わず素直に説明してしまうのは、ハルに自分には彼女もいないし何も問題になることはないと教えたくなったからだ。お陰で調子にのって金子美乃利の話までしてしまったが、彼女は軽蔑するどころか博久が辛いだけで楽しくなかったですよねなんて同情的なことを言う。正直いうとずっと誰かにそう言って欲しかったことを、博久に向けてハルは口にしたのだ。
一滴も酒を飲んだわけでもないのに空気と言うか雰囲気に酔ったみたいに話したかったことを全部話し尽くしても、ハルは何一つ嫌な顔もしないで大変だったんですねと心配そうに首を傾げて上目遣いに博久をじっと見つめている。
どうしよう……俺、この子…………ハルちゃんが好きになっちゃったかも!
自分を上目遣いに見つめるその視線に、博久が素直にそう思ったのは言うまでもない。
しかも楽しい食事を終えて並んで伊呂波を出ようとしたら、ハルはにっこりと微笑んでここは私が払いますねなんて言うのだ。
「い、いいよ!女の子に払わせるなんて、」
「でも私働いてますから。」
いやいや、それは事実だけど。男としては女の子に払わせるのはと食い下がるが、ハルはダメと甘い声で自分の財布を押し返して、それにこれはお礼なんですからと微笑む。なんて奥ゆかしくて可愛い子なんだろうって博久は染々と考えながら、同時にじゃ次は自分が奢るよと誘うなんてどうだろうと会計をしているハルの後ろ姿を眺めていたのだった。
※※※
結局その後五十嵐ハルと連絡先を交換しようとしたのだけど、ハルの携帯が沈黙しているせいで彼女の電話番号はゲット出来なかった。家まで送るよとも言ってみたけれど、彼女は近くですから大丈夫と微笑んで駅の構内で博久を改札口でみおくる。
「また、一緒にごはん食べれるかな?」
そう振り返って問いかけようとした時には、既に彼女の姿は改札口にはなくて。でも駅の構内には入ったけれど、改札は通らないと言うことはこの駅近郊に暮らしているのだけは分かった。駅の南側はマンションも多い住宅地だから、きっとそっちに家があるのだろうし、きっとまた会えるんじゃないかなんておもいもする。この規模の街で偶然何度も出逢えるなんて楽観的すぎるかもしれないけど、何となく自分と彼女はそんな運命的な出会いなんじゃないかなんて思うのはドラマの見すぎだろうか。花街に来る機会はバイトが忙しくて少し減っているけど、この街に来たら好意を持ってくれた筈のハルの方から声をかけてくれるかもしれない。
博久はそんなことを考えて、思わず微笑んでしまっていた。
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