鮮明な月

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第十六章 FlashBack2

232.

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何時もよりずっと早く帰宅の言葉を放ちながら、ガタガタと勢い良く音を立てて玄関を開けた音がして榊恭平はふと視線をあげていた。源川仁聖の足音が何時もの癖になっているのか一端書斎を覗き、それからパタパタとリビングに駆け込んでくる。それを恭平の方も実はあからさまな程に何処と無くソワソワした様子で待ち受けていて仁聖がリビングのドアを開けた途端に立ち上がり、仁聖が何か声をあげる前に恭平の方が先に動いていた。

「ただい、」

恭平の手がグイと仁聖の手をとり引っ張り、仁聖の言葉が言い終わる前に遮られているのもお構いなし。普段はそんなことをすることは絶対にない恭平に何故か有無を言わさずグイグイと手を引かれて、そのまま真っ直ぐ寝室にまで引き込まれたの流石に仁聖がポカーンとしている。しかもベットに押し込められるようにドサリと座らされたかと思うと、仁聖のその膝の上に恭平がしなやかな動きで跨がったのに仁聖は更に驚かされてしまう。

「きょう、へ?何かあったの?びょういん、は?」

驚きすぎたせいか片言にぎこちなく話しかけてくる仁聖の声を完璧にスルーして、恭平がギュウッとその身体にしがみつくようにして抱き締めてきて首元に恭平の黒髪がサラリと落ちてくる。何かあったのか何なのか分からないままこんな風に子供のように抱きつかれて、仁聖が泡を食いながら恭平の名前を耳元に繰り返す。幾分抱きついている恭平の身体が何時もより体温が高いような気もするし、もしかして何か病気が発見されて衝撃で落ち着かないのかもと仁聖が困惑しながら顔を覗き込もうとすると何処かホンノリと頬を染めるような潤んだ瞳とかち合っていた。

「恭平?どうだった、の?」
「仁聖。」

潤んだキラキラした瞳で見つめながら恭平は少しだけ困ったような微笑みを微かに浮かべていて、仁聖はそれをどっちととっていいのか分からずに恭平が先を続けるのを待つ。それなのに恭平はまた仁聖の肩にコトンと額をつけて、そのまま黙り込んでしまう。

「恭平?どうだったの?何かあったの?」

焦れたように繰り返す仁聖の声に、震えるような吐息と一緒に恭平は小さく声を絞り出した。

「何も………………ない。」

え?と問い返す仁聖に向かって視線をあげた恭平は、安堵に緩んだ視線でもう一度何もなかったと繰り返していた。



※※※



「何もないなぁ。まぁ、ちぃーと徐脈気味だが、あれかね?運動しとるかい?」

ホッホッと笑いながら老医師が手元の心電図を眺めながら口にしたのに、恭平は戸惑いながら何もないと呟くように繰り返した。
若瀬医師曰く不整脈の中で拍動が異常に遅くなったり、間隔が長くなったりするタイプのことを『徐脈』という。基本的には一分間の拍動が60回未満だと『徐脈』と診断されるのだというそうである。徐脈の原因は大きいものは『洞不全(どうふぜん)症候群』と『房室ブロック』があることが知られているというが、詳しく説明はここでは必要がないので聞き流すことにして。その他にも一応原因は一過性の副交感神経系の緊張や薬物による副作用が知られていて、抗不整脈薬、抗うつ薬、高血圧や狭心症の治療薬である交感神経系を抑制する薬が原因となることもあるそうだ。徐脈は脳に必要な血液を送ることができなくなるため、めまい、失神、ふらつきなどを生じることがあり、時には理解力や記憶の低下、認知症に似た症状が出る場合などがあるというのは一応念頭に置いておくことにしよう。
受診した際の恭平の脈は55~65回/分、二十四時間ホルター心電図でも大体がその平均値前後でで生活しているようだった。ハッキリと徐脈と言う診断がつく程ではないが、正常な脈が60か75回/分前後といわれれば、確かに数字としては少し少ないだろう。それに症状として見られた失神のことも家族歴も加味して検査を行ったのだが、結果として異常な波形はなにも出ていないのだという。一度では見つからない可能性も確かにあるのだが、心臓のエコーの検査や血液検査が問題がなかったこともあって、医師は別な可能性として恭平に運動しているのかと問いかけたようだ。

「運動……ですか?」
「うむ、持久力が必要な運動なんぞしとるかね?マラソンとか?」
「先生、榊さんは合気道してしたよ。また始めるんですよね?信哉さんのところで。だから最近、体力つけようしてますよね?」

何でそれを宇佐川義人が知ってるんだ?と正直思うが、それ以上に最近の恭平の動向まで何故か知り尽くされているのに恭平が目を丸くする。しかも若瀬医師ときたら、何だお前さん信哉の弟子か?なんて当然みたいにいうと、なら納得だと言い出す始末だ。
というのも過度な運動での負荷がかかることで、スポーツ心臓(スポーツしんぞう)あるいはスポーツ心臓症候群というものが出てくることがあるという。それらはスポーツ選手に見られる心臓の肥大化と、それによる安静時心拍数の低下といった一過性変化を指すそうだ。いずれも日常の運動が少ない人が出た場合は心疾患とみなされる症状なのだが、スポーツ選手では強度の運動に耐えるための適応とみなされ、取り立てて治療は必要ない。因みにこれらはスポーツをする人すべてに見られる症状ではなく、特にマラソンなどの長距離走、自転車、クロスカントリースキーなど持久力を必要とするものに多く見られると言われている。それが恭平にも起きていると考えられているのは、若瀬医師が診察している件の鳥飼信哉が完璧にそうだったからだというのも理由らしい。守秘義務としては他の患者の話をしていいわけではないのだが、病気でないと見なすのと宇佐川もいるので信哉のことは容認の話のようだ。

「まあ、あれは特別に規格外だが、お前さんも同じことをするならありうるじゃろ。」
「おんなじこと…………とは言いきれないんですが…………信哉さんとは。」

でもそうなると失神の問題がと思うと、老医師がノンビリとした口調でお前さん偏食だっただろうと指摘してくる。何でそんなと思ったら血液検査ではギリギリ正常範囲だが、赤血球の材料となる類いの検査の数値がかなり低いのだという。

「食…………は、細いと言われてますが…………。」
「嫁さんがきて大分改善しとるんだろうがなぁ。」

長閑に貧血改善の為の栄養指導のパンフレットを貰って帰るようにと医師に言われてしまって、つまりはどう言うことなのだと恭平がポカンとしていると、宇佐川が苦笑いしながら恭平は明らかな病気はないのだと説明してくれる。

「つまりは元々少し脈がユックリですけど、病気じゃないってことです。失神の方は恐らく貧血から来る血圧低下ですから少し気を付けないと駄目ですけど、先ずは食生活とか生活を整えて行きましょうってことですね。」



※※※



勿論貧血で何度も失神するようでは倒れた時に怪我をする可能性もあるし、失神するような貧血は身体にも負担がかかるからいいことではない。当然それに関しては経過を見ながら今後必要なら治療する可能性もあるが、現時点では検査の数値は悪くないし栄養管理は同居している者もいて、キチンとされているようだとみなされてもいる。

「だから…………、仁聖が、これからも……俺のこと……見てて……?」

そっとそう言われるのに仁聖が少し戸惑いながら見つめると、恭平は少しだけ甘えるような声で頬を染めながら微笑む。

「仁聖が……俺の……傍に居てくれて…………、見てて、くれれば…………平気。」

傍にいて、自分の事を見ていてくれればと請われるのに、思わず頬が熱くなって仁聖は嬉しそうに微笑み返してしまう。つまりは仁聖に今迄と同じ…………いや、もっと自分だけをみていて欲しいのだと恭平から強請られているも同然なのだと仁聖も気がついてしまった。それが仁聖とって嫌なことになる筈もないし、それが一番仁聖にとって嬉しい言葉だとも知っている。何より病気ではないと言われたことに安堵して気が緩むのを感じるのと同時に、確りと膝の上に乗ってピッタリと身体を寄せたままの恭平に今更のように仁聖は不思議そうに恭平のことを見つめた。

「なぁ……じんせ…………。」

膝の上に座ったままの恭平の身体はヤッパリ何時もよりも熱く、心なしか肌の色も何時もより上気しているように見えなくもない。心配そうに顔を覗き込もうとした仁聖の頬を恭平の両手が包み込んだかと思うと、不意に唇が重ねられて貪るように柔らかな唇が仁聖のそれを挟み甘くなぞる。

「ん??!……ぅ…………んん。」

チュッチュゥッと何度も恭平から口付けられ、しかもそのまま恭平が覆い被さるようにしてのし掛かってきて思わず仁聖はベットにドサリと倒れ込んでいた。目を丸くして自分の身体の上にのし掛かった恭平を見上げてしまう仁聖に、恭平は熱っぽい潤んだ瞳で仁聖の事を見下ろして耳元に唇を寄せる。

「じん、せ…………。」

甘く熱に浮かされたような声で名前を呼ばれてゾクリと背筋に悪寒めいた震えが走るのを感じたのと同時に、覆い被さった恭平の手が服を脱がそうとするように胸元を探るのを感じていた。

ええ?何これ?

こんなことあるのと正直いえば仁聖だって驚いてしまうが、恭平がどうみても自分を裸に剥こうとしているのは聞かなくても分かる。しかも腰の上に跨がった恭平が無造作に腹の上で、バサリと音を立てて自分の服も脱ぎ捨てたのには更に目を丸くしてしまう。

「きょ、きょうへ?ど、したの?なに?」

恭平が積極的なのは凄く嬉しいけれど、何が今どうなっているのと正直思っている。普段なら仁聖が相手の服と自分の服とを脱がしていくのが二人の定番で、こんな風に恭平が率先して自分から服を脱ぐなんて余りない。それにこんな風にのし掛かられていたら仁聖の方は思うように動けないしなんて考えていた仁聖に、覆い被さった恭平が耳元で色っぽい声で吐息混じりの囁きを落とす。

「……なぁ、じんせ…………この前………………。」

そっとはだけられた仁聖の裸の腹に恭平の熱い指先が滑って降りていくのを、信じられないものを見ているように仁聖の目が追う。ツツッとジッパーからくつろげた仁聖の下着の前を恭平の指が擦る刺激で腰が揺れてしまうのを、恭平が妖艶といえる微笑みを浮かべて仁聖の耳朶を噛むように口付ける。何時もとは違うその淫らな湿った音にブルッと震えた仁聖の耳に、恭平が甘い声で更に囁く。

「なぁ…………この前…………何、想像して、た?」
「え………………?」

甘く湿る強請る声に問いかけられた事の意味が分からなくて仁聖が戸惑う顔をするのに、恭平の方も何故か焦れているように下着の上から指でススッとなぞるように仁聖の股間を探る。その刺激とのし掛かる恭平の体温に戸惑う仁聖に、恭平はもう一度同じ言葉を意味深に繰り返した。

「何、想像して、…………して、た?」

想像して、して。その恭平の問いかける言葉の意味が理解できた瞬間、仁聖の顔がカッと朱に染まって目の前で羞恥に絶句したのに気がつく。恭平が暗に仁聖が何を妄想して自慰に耽っていたのかをこうして問いかけているのに、仁聖も遂に気がついてしまったのだ。
その仁聖の反応で、あの夜の自分の行為を恭平が知らないと思っていたのだと知ってしまう。けれど、仁聖の身体にのし掛かり、それを問いかけている恭平はそんなこともうどうでもいいとも思っている。実際に恭平は仁聖が何をしていたかは知っているのだし、のし掛かり耳朶を噛みながら下着の上から擦るだけで仁聖の身体は反応し始めていて、肉茎は硬く脈打ち始めているし顔は熟したトマトのように真っ赤になってしまっているのだ。

「な…………教えて?」
「や、…………だ。」

真っ赤になってプルプルと首を振るしか出来ない仁聖が酷く可愛くて、恭平は更に追い討ちをかけるように下着から先端を解放して指先で撫でる。その刺激に身を竦めようにも、恭平は動きを容易くいなしてしまうから仁聖はどうしても身動きがとれない。

「ん、ぅっ…………、きょう、へ……。」
「じんせ、教えて…………?……全部…………お前が想像してたの…………。」
「なん、でぇ…………や、だよぉ…………。」

恥ずかしいのか必死に仁聖が嫌がるけれど、恭平だって別に言わせて恥ずかしがらせたいわけではない。恭平が聞きたいのは仁聖を恥ずかしがらせたいからではないのだと、恭平は耳元で二人っきりなのにヒソヒソと秘密を伝えるみたいに仁聖に囁く。

「おし、えて?…………全部…………、する、…………から。」

熱に浮かされたような恭平のその囁きに、耳にした方の仁聖が驚いたように真っ赤な顔のまま目を丸くしている。自分でもおかしくなっているとは恭平だって思うのだけれど、この数日間毎日のように頭の中で繰り返された仁聖の艶かしく淫らな自慰の姿。それを繰り返して考え続けていた恭平の理性は既に限界なのだ。あんな風に淫らに自分の名前を呼びながら自慰をしている仁聖の頭の中で、自分は一体どんなことを仁聖にしているのか。何をしたら仁聖があんな風に淫らな姿を自分に直に見せてくれるのか。そんなことばかり考え続ける恭平の理性だってもつ筈がない。

「教えて……じんせ……、俺…………どうしたら、い?どうして、欲しい?」

自分から淫らなことをするのだからと強請る恭平の甘い誘う声に、恭平の目の前でゴクンと仁聖の喉が大きな音を立てる。仁聖の青味がかった瞳が欲望に濡れて揺らめくのが見えて、恭平は改めてその唇を奪って舌を絡めてから、もう一度仁聖の耳元で何したらいいのか教えてと繰り返していた。
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