鮮明な月

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第十六章 FlashBack2

231.

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「まぁ、会社としてはこれからも改めては外部に身元表記はしねぇがよ?」

溜め息混じりとはいえ、呆れ半分の顔をした藤咲信夫から容赦なくそう指摘されてしまう。

「その状況じゃかなり周りに周知されてんだろうな、お前。自覚あんだろ?」

正直に言うと源川仁聖としてもあの学食の場で久世博久に海翔と居たことを指摘され、しかも事務所から出てきたのまで確認されてもいて、え?何のこととはシラを切り通せなかった。久世は海翔と仁聖が一緒の姿を見ただけでなく花街の人達からも幾分仁聖の話を聞き出してもいて、仁聖がこの事務所に通う立場で、しかもモデルとして活動しているのだろとも指摘したのだ。おまけに言うと久世がそれを知る以前に、既に金子美乃利の方も仁聖のバイトのことはキャッチしてあってたのだという。というのも海翔と一緒にいた後にその話は美乃利にしたのだというが、彼女は「そんなの知ってるわよ。」の一言を返しただけだったというのだ。美乃利がそれをネタに脅しにかからなかったは金子なりの線引きがあったらしくて、正直その点に関しては好い人な一面もあったんだなと少しばかり感謝すらしてしまう。それは兎も角真昼の賑やかな学食の喧騒の中で周囲にいたのは勅使河原叡教授と佐久間翔悟だけではあったが、久世博久の言葉は二人にはハッキリと聞こえていた。食事中でこちらの話には気にもかけていない勅使河原はさておき、確りと聞いている様子の翔悟の方が全く仁聖の秘密に関して動じていなくて。思わず仁聖が知ってたのという視線を翔悟に向けたら、翔悟の方は何でバレないと思ってるのという呆れた視線を当然みたいに返されてしまったのは言うまでもない。(後から二人になって戸惑い気味に何時から知ってたのと仁聖が問いかけて、え?友達になって直ぐかなと翔悟に呑気に答えられてしまったのだった。つまり半年以上もバレてないと思っていた自分に、何だか仁聖としても悲しくなったくらいだ。)

え?逆に何でバレないと思ってんの?仁聖

そう当然のように言われてわりと皆気がついてても黙っててくれてるんだよと翔悟に教えられてしまったのに、仁聖は完全に撃沈させられてしまったくらいなのだが。その話を端でノンビリとした様子で聴いていた栄利彩花が、仁聖ってほんと相変わらずねぇと呆れ声をあげる始末。

「あんた、ほんとに自覚薄いって言うか、自己評価低いのよね。」
「……それ…………どういう意味?」

源川仁聖という人間は昔から、自分がどれだけ目立って、どれだけ人の目を惹く存在なのか、まるで自覚できていない。自分が何で片手で済まないくらいの女性と付き合って、どれだけヤンチャをしてきても上手く過ごせてきたのか、まるで理由を理解しきれていないのもそれだ。一番最初のセフレでもあった彩花を含めて大概の恋人だった女性が理解しているのは、仁聖は自覚がないがとんでもない原石みたいなものなのだったということだ。誰しも女性なら惹かれて手にいれたくなるけれども、手にいれたと思っても高嶺の花過ぎて自分に相応しくないとやがては痛感させられてしまう。だから、誰もが自分からふったようにして、自分から仁聖から遠退いていき女としてのプライドを守るしかなくなる。しかも仁聖の方は変わらず自己評価が低いから、自分が物足りないから相手から別れを伝えられるのだと思っているから素直にその言葉を信じるわけで。でもそれを今更そのまま伝えてやるのは、ヤッパリ癪だとも彩花は思う。

「あんた、この信夫さんに磨かれてるから。男前なの。目立つの。バレバレなの。」
「は?」

モデルとして一流だった男に磨きをかけられて、自分もモデルとしてミステリアスで抜群の魅力を持った逸材になってしまった。それだけを指摘するのでも十分過ぎる説明になってしまう。そんな抜群の魅力を駄々漏れにしている仁聖が、ちょっと伊達眼鏡をかけてキャスケットを被ってます・位で地味な別人になれるわけがない。
大体にして有名人が伊達眼鏡一つで身元隠せるわけないでしょと彩花に呆れ声で言われて、何故か今更のようにガーンとショックを受けた顔をして見せる仁聖には流石の藤咲も呆れ顔になるしかない。とはいえ正直藤咲としても仁聖が最初目の前に姿を見せた時にここまで見事に化けるとは思っていなかったのだが、仁聖がとんでもない可能性を一気に開花させているのは事実なのだった。

「まあ、少なくとも二十歳になるまでは、自重しなさいよ。特に恋人なんてバレると面倒だから。」

それは少なくとも後七ヶ月か八ヶ月は身の回りに少し気を付けろと言う意味で、唖然としている仁聖としては素直に頷くしか出来ない。何しろ身元を提示しない条件を出して数年の契約書にサインをしたのは自分自身だし、そのモデル契約には継続で採用されている企業への保証も付加されてもいる。少なくとも来年のそれこそ二十歳を過ぎる頃までのシーズンモデルは江刺家のブランドでは撮影が終わっているから、違約金が生じるような事態は避けないとならないのは理解出来てもいるし。

何より、恭平に嫌われないように気を付けないと…………っ

何か心配をかけたり迷惑をかけるようなことだけは気をつけないとと一際神妙な顔になった仁聖とやっと理解してきたかと言いたげな彩花と藤咲を他所に、呑気な声でお疲れさまでーすと事務所にタイミングがイイのか悪いのかヒョッコリと姿を表したのは件の発端である五十嵐海翔なのだった。




「あー、これ『二度目の初恋』。BOX出てたんだー。」

呑気な声で海翔が言いながら、仁聖の目の前に置かれたままのBlu-rayBOXを片手に感慨深げに言う。
五十嵐海翔は元々北陸地方の出身で以前は自宅から新幹線を利用してその都度上京しモデルとして活動していたのたが、このドラマを切っ掛けに実家からこの街に単身引っ越してきた。そして実は藤咲の保護下で高校に通っていたりもする。というのも芸能活動を快く思わない同級生からの虐めにあって海翔は高校を中退しようとまで考えていたのたが、海翔自身の学力がかなり高かったのを勿体なく思った藤咲が転校を薦めたのだ。
そうして春から仁聖の母校である都立第三高校に通っているのだが、春先は上手く馴染めない海翔はまぁ立派に問題児として目立ちまくった。お陰で普段はおネエ言葉の藤咲が素のドスの効いた男言葉で啖呵を切って海翔を説教する有り様だったが、今は仁聖の妹分でもある海翔の同級生のモモこと宮井麻希子の協力もあって楽しい学生生活を謳歌しているところ。そこら辺の詳細はここでは話さないが、目下大学受験も目指しつつ、学園祭を皆で盛況の内に終えたばかりだったりする。

「で、何でこれここに?先輩が買ってくれたの?」
「違う、それのお陰で藤咲さんにお説教されてる。」
「え?」

正確にはBlu-rayBOXのせいではなくて仁聖がした自分の行動のせいなのだが、事の発端は久世がそのドラマの大ファンで、しかも海翔の役柄の高校生時代の主人公が自分の高校時代と重なって海翔の大ファンになったからこその話でもある。その話をしながら箱にサインしてやってと項垂れて言う仁聖に、海翔は目を丸くしてそんな危篤な人いるんだという始末だ。
今年の新年一月から三月までの深夜ドラマの枠で放送したドラマ『二度目の初恋』
幼馴染みでもある高校時代の恋人同士が、何年か後に偶々街の中で再会し再び恋に落ちるという物語。純愛ドラマだというが、出演していた当の海翔は余りスッキリしないドラマだったと不満そうに言う。再会して再び恋に落ちる幼馴染み同士なのだが最後に告白したのにハッピーエンドにならないし、最後には彼女の方が不意に姿を消してしまうエンディングには世論も賛否両論だったらしい。手慣れた手付きで箱の一部にサインをしながら海翔は不満そうに、もし男主人公が自分ならと言う。

「俺なら、絶対高校の時点で彼女を離さない。相手が傷ついて独りで消えるなんて、俺はいやだ。」

プチプチとそんなことを海翔は言うけれど、自分の演技を見て貰って俳優として褒められている分には気分は悪くはないようだ。それでも確かに海翔の言うようにドラマ役柄がもし自分自身だったら、確かに男としてはどうなのかと仁聖も思う。
ドラマの内容としてはだ。
幼馴染みの女主人公は義理の父親の性的虐待に苦しんでいて、それを幼馴染みで恋人の男主人公には打ち明けられずに苦しんでいる。しかも彼女は何度も重ねられた虐待で義理の父親の子供を身籠ってしまい、傷つき苦しんだ結果男主人公の前から姿を消すのだ。高校生の男主人公の方は傷つけられて揺れている彼女を薄々感じながらも、助けることもなく彼女が消えるのを受容する。そして二人は何年か後に偶々再会して、もう一度恋に落ちるという物語なのだ。
もし自分がその男主人公の立場なら…………恋に落ちた相手が苦しんで泣いているのを、知っていてそのままにしておける筈がないとは仁聖だって思う。

もし恭平が泣いてたら…………絶対、俺は傍から離れない…………

仁聖だったら恭平が泣くようなことはしないし、泣かせるようなことはさせないと思う。そう言う意味では海翔の言うようにドラマの主人公を理解は出来ないかもしれないと思うけれど、一方では彩花もドラマを見ていたらしくヤッパリそこが男目線ねと不貞腐れたように反論する。女性としては性的虐待を受けているのを、大切な相手に知られる方が辛いというのだ。

「隠したい事もあるわよ。自分が傷ついてる事を知られて、大事な人に嫌われるのは嫌だもの。」
「でもそれで、再会してまた付き合える気持ちになる?」
「本当はまだ好きって気持ちが何処かにあったってことじゃない?」
「えー。そう言うもの?」

そんな話を呑気にしている二人を眺めながらも、少なくとも自分は恭平のためにもう少し慎重に色々なことをしないとと仁聖は真剣な顔で考えていた。少なくとも後八ヶ月の間は自分の事で恭平に迷惑をかけるわけにはいかないし、何か下手な事件を起こしたら恭平を傷つけかねない。そう考えた瞬間不意にまた恭平が胸元を押さえて崩れ落ちる瞬間が頭の中に閃き、同時にまだ若い高校生の恭平が独りソファーの上で膝を抱えていた姿が記憶の中に過る。音もなく記憶の中で膝から崩れ落ちる恭平の姿、そして独りで虚ろな黒い濁った瞳で膝を抱える恭平の姿に、一瞬ではあるが仁聖の身体がギクンと硬く強張る。
その目の前には何も変わらずドラマの話で盛り上る海翔と彩花の二人に、それを欠伸混じりで眺めている藤咲がいるだけ。それなのに脳裏に過った恭平の蒼白な顔が鮮明に過って仁聖は暫く身じろぎも出来ずにいて、それに一番に気がついた藤咲が不思議そうに声をかける。

「どうしたの?仁聖。」

聞き慣れてきた藤咲のおネエ言葉に、仁聖がハッと我にかえって何でもないとぎこちなく笑う。恭平は今頃何をしてるだろうと頭の中で考えてしまうが、仁聖は奇妙なほどに落ち着かない自分がいるのにも気がついてしまっていた。



※※※



あれから、たかが五日。
つまりは検査の結果が出る当日で予約は朝一番だし、心配している仁聖は午前中だけ講義に出て昼には帰ってくるという。そんなにしなくてイイなんて今回に限って一言も言わないのは、恭平の方も正直我慢の限界に近い。それでも我慢していると口にするのが流石に恥ずかしくて言わないでいるけれど、どうしたって恭平の方も焦れているのは事実なのだ。
仁聖は本当にあの必殺『イイ子でいます』宣言を守り通していて、しかも最初のように自慰に耽ることは一度もないまま。あの官能的な姿を見せつけておきながらあれ以降一度も服をはだけていることすらなくて、何だか逆に意識させられているみたいな気分になり続けてしまう。モヤモヤと腹の奥が疼き続ける感覚だけが尾を引き、いつまでも腹の奥底をジリジリと炙り続けている気分が収まらない。

それを口にするのも何だか自分がふしだらになっているみたいで…………

仁聖のことを見つめる視線に熱が籠るのは止められないけれど、何とか擦れ違い様に仁聖の手を取るのだけは必死に堪えて欲望を呑み込み続けていく。それでも身の内を炙り続ける欲情が次第に膨らんでいくのは如実で、気を抜くとどうにかなりそうになっている自分に気がついてしまうのだ。

…………も、いやだ……こんな…………

熱っぽくて気怠い感覚に支配されながら、若瀬クリニックについた恭平は一つ深呼吸をして覚悟を決めたように足を進めていく。そうして再びクリニックの看護師である宇佐川吉人の顔を見ることになって、相変わらず何もかも見透かしたような青く光る仁聖の瞳と良く似た瞳で上から下までを見透かすように眺めている。

「何だ?宇佐川?」
「あ、いいえ、なんか先週と違うなと思って。大したことじゃないですけど。」

先週とは打って変わってノンビリとした様子でそう口にした宇佐川は、やがて老医師の前に名前を呼んで呼び込む。そうして老医師は目を細めて何かを読み始めていた。
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