鮮明な月

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第十六章 FlashBack2

225.

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予想だにしない突然の乱入者が現れたのは、徳田高徳が個室居酒屋の利点をフルに活用してここで一発金子美乃利を脅しつけ言うことを聞かせようとしていた矢先だった。徳田が美乃利に向かっていい加減に大人しく言うこと聞けよと怒鳴り付けてやろうとしていたその瞬間、個室居酒屋特有の和風の引戸が無造作に開けられる。思わず徳田が視線を上げると、そこに立っていたのはまるで小山みたいな背丈の厳めしい黒眼鏡の男。夜の盛り場の中で室内からでは完全に逆光で真っ黒の黒塗りな上に、瞳も見えないような濃いサングラスなんかかけていて全く表情が分からない。どこも似通ったようなものの居酒屋の作りに、もしかして部屋を間違ってやってきたのかと思ったが、徳田は目の前で美乃利の表情が安堵に緩んだのに漏れ無く気がついてもいた。
その上流石に一瞬は唖然とした徳田だったが慌てて立ち上がろうとしたら、その男は音もなく杖のような棒を巧みに使って徳田の肩をその場で押さえ込んでいた。おかしなことに簡単にへし折れてしまいそうな細い白木の杖ただ一本なのに、まるで鉄骨でも乗せられたようにズシリと肩に重く食い込んでどうやっても立ち上がることも出来ない。しかもジタバタしようにも何故かその杖が上手いこと、肩を斜めに押さえ込みもしていて身体を前後にずらすことすらままならないのだ。

何なんだこりゃ?

これが自分の目で見ているのでなければ、杖一本で押さえられているなんて絶対に信じられない。だけどどう見ても男はその杖一本で徳田を意図も容易く押さえ込んでいて、まるで重石でも乗せられたように立ち上がれない。

「徳田高徳……だな。」

しかも男は低く地響きみたいな声で、徳田のことを見下ろし名前をフルネームで口にした。目を丸くして見上げた徳田は、そこで初めて相手の顔に大きな傷跡があるのに気がつく。仕立てのいいダークな色合いの服装、濃い黒塗りのサングラスの下にある顔を横断するように走る大きな傷跡。未だに瞳は見えないが、見えないままで正直正解だったと思うのは、男の全身から放つ威圧感がとてつもなくて、どう見ても堅気の仕事の人間には思えないからだ。でもこんな男に自分の名前を知られるような?そんな行動には思い当たらない。

ヤバい…………俺、なにしたっけ…………

確実にこういう男がしている仕事と言えば、ヤクザとかマトモでない仕事の人間。そんなことは徳田だって、一目で分かってしまう。こういう手合いには関わらないようヒッソリと暮らしている筈なのに、このタイミングと金子の顔色を見ればコイツが金子の関係の人間なのだと簡単に分かってしまう。物流業の一人娘としか聞いていなかったが、その系統はやはりドラマみたいに裏家業を持っていたりヤクザと繋がるものなのかもしれない。本音で言えば徳田自身は田舎出の別段特徴のない農家の次男坊だし、大学進学ではなく就職目的で関東に来ているのだ。そんな自分がこんなことに巻き込まれてしまうような事態に陥ったのは、魔が差したのだと言うのが相応しい。

ど、どうしよう。そ、そういったら…………にげられないか?ええと、

そして驚きと不安がアリアリと顔に浮かぶ徳田の顔を嘲笑い、その男はまるでずっと徳田のことを監視でもしていたように一歩室内に足を踏み入れる。そして抑揚のない声で悪魔の様な恐怖をもたらす男は、ユッタリと話し始めたのだった。



※※※



「なぁ、晴。」

現在の状況としては、ある意味最終局面?音声は滞りなく録音しているし、目下現場の外崎宏太は久々に完全なドSというか…………鬼畜になって徳田高徳をコテンパンにやり込めに入ったところ。ぐうの音もでない上に、これから手を出したら確実に人生が破滅すると言いかねない状況に徳田が、顔面を蒼白にしているのが簡単に目に浮かぶ。宏太にその場でやり返す能力があったのは今のところほんの数人しかいないという宏太の理論武装だが、ある意味徳田の怯え方はこの発言だけに怯えているというだけには聞こえない。既に失禁でもしそうな位に怯えていて、金子に取り付けてある『耳』の端末で徳田の呼吸音が激しく響いている。恐らくは宏太の威圧感に怯えておるのだろうとは思うが、そこが徳田の小者感というところだろうか。まぁ徳田は別に殺人鬼でもなければ武闘派でもないので、何かしようにも宏太なら杖一本で対処が可能と理解している。なので、了と晴は宏太の指示通り仕事場の『耳』の前で、ノンビリと状況を確認しながら待機中だ。

「んー?なにー?了。」

コチコチとパソコンのキーを打ちながら呑気な返事をする晴は、本来なら今日の仕事は終わっていてもう帰宅してもいいのだ。が、今夜は何故かまだパソコンの前で、何か黙々と書類作成を続けているところだった。それにしても相変わらず盲目の障害者がこんな風に最前線に出たがるのは困ったところなのだが、実際にはその盲目の男がこの三人の中では一番の実力を持った武闘派なのだから始末が悪い。

まぁ、そのギャップも利用してんだろうしな。

何て了は染々と思ってしまう。大概は目が見えない身体にも障害がある男が杖一つで真っ先に戦闘の先陣を切るなんて思わないから、相手が先ずは何も出来ないと油断しているのを宏太は逆手にとっている節がある。元々策士というか慎重に慎重を期す正確なのだという宏太の性格に、最もあった手段ともいえるのだろう。そんなことをこうして考えてしまうのに、了は最近少し気になりつつある事が頭をちらつく。

「……宏太って………………ストーカーしてたのか?」
「はぇ?」

恐る恐る聞いてみた了に晴がなんとも珍妙な声を返してきて、晴は何を今さら言ってるのと言いたげな顔をして了のことを眺める。
外崎宏太がストーカーをしてたかどうか。
その点について当時を直で見ていたわけではないが、晴としては確信をもって外崎宏太は100パーでしていたと断言したい。というか晴にしてみたら何故了がそれに気がつかないのかと思うくらいだ。大体にして元々『耳』の設置されている店舗や区域は、よく見れば了の過去の生活圏に丸被りしている。当然過去の会社員だった自分達がよく通ったり利用していた店舗を網羅して設置されていて、しかも設置してない店舗でも通っていた飲み屋の店主は仕事柄の付き合いとかなんとかで大概は宏太のことを知っている。

「…………あのさ、最近、そんなこと言ってる……だろ?なんか……気になってて……。」

確かに晴と宏太の口喧嘩には、必ず宏太の腹黒ストーカーなんて文言は定番。何しろ宏太が了の行動を悉く把握してきたのは言うまでもなくて、何故自分がセフレになっていた頃宏太の影を見なかったのか正直疑問だったくらいだ。因みにこの点に関してはちゃんと晴も答えを知っていて、晴が了のセフレだった辺りの外崎宏太は大怪我をして病院にいたから、表だった動きが出来なかっただけだったりする。

つまり、しゃちょーがあの怪我してなかったら、俺きっと抹殺されてた、うん。

地味に結城晴は某ゲイビのAV男優と親しくもなっていて、彼から話を聞いてもいるとは了には言えない。何しろあのゲイビ男優をその道に先ず引き込んだのは目の前の了で、トドメを刺したのが宏太なのだと知っている。



※※※



「あー、この仕事始めた理由?それはねぇ。」

工藤英輔というゲイビ専門の男優と知り合う切っ掛けは、宏太の依頼で五十嵐ハルがドブ臭い中年男を罠にかける作戦の一端だった。実のところドブ臭いという表現は生易しくて、本来なら晴が女装でこまして罠にかけようとしたのだけど、どうやっても性的なことをするのに男の臭いに堪えられない。そんなわけで手伝いとして雇われたのが工藤英輔という青年で、彼は賑やかに宏太の依頼を外崎さんの頼みならと受けたのだった。

スカトロもするから、それだと思えばいけますね、大丈夫ですよ。

なんて言って本当にそのドブ臭い男とセックスして見せた工藤に、晴は幾ら職業とは言えあの臭いを堪えるって凄いと心底感心したわけで。
そこから結城晴特有の人懐っこさであっという間に少し年上の工藤英輔とも親しくなったのだが、宏太がヘテロセクシャルなのに何故ゲイビの男優と知り合えるのだろうと晴も疑問ではあった。

「凄かったんだよね。うん。」

何が?と思ったけれど、それはいうまでもなく外崎宏太の事で。聞けば一番最初に工藤に男とのセックスを教えたのは、実は高校生の……一年か二年くらいというから丁度十年前の了だったのだという。

て、セフレ……○○兄弟…………いや、うん、下世話な言葉はさておこう。

華奢で綺麗な顔をした高校生を抱きたいなんてちょっと間違った欲望を持ち続けていた工藤が、花街で出会ってしまったのが高校生の了。綺麗で儚げで危なっかしい感じのする高校生の了を見つけた工藤は即日で了と関係をもって、次第に自分もされてみたいと考え始めるのにそれほど時間はかからなかったという。そして了が「いい場所がある」と連れていったのが、外崎宏太が経営していた噂のハプニングバー《random face》だったそうだ。そうなるとその時に既に了は宏太と出逢っていて、性的な関係もあったと言うことになるから

しゃちょーって…………何年……了の事追っかけてんの?

少なくとも了が高校生と来たら、既に十年くらいは宏太は了の事を追いかけているということなのでは?と思ったのは、強ち間違いではない気がする。兎も角高校生の了と不動産会社の社員だった工藤は、所謂セフレの関係になった訳だ。

「でもさぁ、少しのめり込んじゃって。」

そう呑気に工藤は笑うけれど、そこは晴も似たような経験がある。了との関係にのめり込んで四六時中会社のそこかしこで盛った晴と同じように、工藤も当時了との関係にのめり込みすぎて仕事を辞めてしまったのだというし、しかも了を独り占めしたくて監禁まで画策したのだという。流石にそれはないし引くと思ったら、工藤自身が「ひくよねー。」なんて途轍もなく呑気にいう始末。不動産会社に勤めていたからそういう手配が上手く出来ちゃってさと笑うけれど、その先の言葉はさらに衝撃的だった。

「それでさ、監禁場所までスタンバイしたら、外崎さんにお仕置きされちゃって。」

あははとアッケラカンとして笑う工藤なのだが、宏太に了を監禁するために準備した物件に逆に軟禁されて、有閑マダムならぬ有閑ムシューという奴等に四六時中の快楽責めに落とされたのだという。これが少しも大袈裟でないのは本気で中年男性の群れに一週間近く回され続けたからで、終わった時には腰がガタガタなんてあまっちょろい状況なんかじゃない。

「心底狂うって思ったねー、あれは。」

って言うか快楽に十分に狂った結果、工藤はAV男優。しかも男性の相手専門の受け側しかしない男優になったのだと思ったら、あれ?自分も下手したらそうなってた?と内心気がついてしまったりしたのだが、何より怖いと思ったのはまだ了が高校時代の話なのだ。

しゃちょー…………何年追っかけてんの?マジで。怖いから……。

工藤との話の時から思っていたのだけれど了が気がついてないだけで、高校時代のセフレを軟禁して他人に回させるってのは相手が了を監禁しようとしていたはさておき犯罪なんじゃ。というよりもその時に既に了の身の回りの調査をしていて、セフレの動向迄探ってあったんだと思うと怖い。とは言え工藤自身はその経験を悪夢として語るわけでなくて、呑気に笑いながら話しているわけで。

「でもさ、外崎さんの冷やかな態度が一番くるんだよねー。凄い男前だったしさ?こう蔑まれるように見下ろされてねー。」
「…………工藤さんって…………Mな人なの?」
「外崎さんので、目覚めちゃった感じかなー。」

流石調教師。と心の中で思ったけれど、同時に自分にそれが降りかからなくて良かったと思ってしまう、晴なのだった。



※※※



「えーっとさ?……宏太って……自分がしてるの全部は教えないだろ?」

ちょっと気になってとモジモジ呟いている了は正直にいうとホンノリ頬を染めていてとっても可愛いが、とは言え気がつかないのも凄いのか気がつかせないようにしてるのかなぁと晴は眺める。以前に比べて付き合いが長くなってきたからなのか、了程ではないが晴にも少しずつ宏太の感情の起伏を読み取れるようになってきた。というよりは宏太の方も表に出る感情が、日増しに増えているのではないかと感じもするのはここだけの話し。
日々了とか晴とか源川仁聖みたいな喜怒哀楽の表現がストレートで隠しもしない人間とばかり接しているわけだし、了みたいに顔になにも出てなくても感情を読み取る奴も傍にいる。

「溺愛過ぎて過保護にしてるからだよ。しゃちょーが。」

これは嘘ではないし、過保護の結果が『耳』なのだとは思う。過保護の言い方を変えただけと言ったら了は少し安堵の表情を浮かべたけれど、過保護の過干渉を気がつかれずにしたらストーカーだと晴は思うのは指摘しないでおく。

こんな風に愛されてんのに十年だもんなー、自分のものにしたらしゃちょーもああなるよねー。

なんて思わず宏太の行動に納得すらしてしまうのに、何故か『耳』の向こうが気がついている気がしなくもないのだった。
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