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第十六章 FlashBack2
224.
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そして唐突ににこやかな微笑みを絶やしもしないまま頬杖をついて見つめている美乃利の質問が、ガラリと全く色を変えて切り替わっていた。
「徳田さんってうちの大学の学生じゃないのね。」
「は?」
まるで変わらない穏やかな微笑みで言った美乃利に、徳田は何を言われたか分からずにポカーンとして言葉を失う。居酒屋の個室の中で冷静に問いかけられた言葉が、まるで頭で理解できなくて何を問いかけられたのか反応が出来ていないのだ。何を言っているんだと言おうにも余りにも美乃利が冷静にそう言うから、まるで今聞いた言葉が自分の聞き間違いのようにすら感じる。それでも美乃利はにこやかに言葉を続けていて。
「私がまだ気がついてないと思っている?」
パクパクと口を開閉しても言葉にならないのは、それが事実で他に何も言うことがないから。
留学の仕組みも分からなければ推薦なんて無くても行けるのも知らない、それ以上に通う大学の自分の学部の勅使河原叡教授の名前すら知らないし、教授では無いとは言え教授の秘書扱いの名前オタクの躑躅森雪のことも知らない。そんな人間がこの時期の文学部に本当に一人でもいるなら、是非とも紹介して貰いたいものだと思う。何しろこの情報を教えてくれた外崎ですら何故か勅使河原叡教授の事を知っていて、しかも勅使河原が強度の秘密基地オタクだと言うことまで知ってる有り様なのだ。
人を騙すならそこまで情報を使いこなして、騙されないように知ってねぇとな。
そうニヤリと笑った外崎は、更に平然として証拠を提示してきた。徳田の大学の在籍どころか現在の本当の職業、そう職業なのだが、バイト先での姿を見せられて美乃利のポカーンはさらに続く。どうやってこんなことを調べるのと問いかけると、外崎は企業秘密というのだが盲目の男がこれをどうやって調べあげてきたのかまるで理解できない。でも徳田高徳でという人間が学部どころか大学に在籍した記録はないとハッキリ証明されて、美乃利は思わず言葉を失ってしまっていた。初対面だったサークルの飲み会で相手から先輩だと言われて当然のように信じて接していたのに、その相手が身分詐称だと言われて唖然としないわけがない。それでもそう言われてみて考えていくと、過分に納得できることも多々あったのだ。
どんなにキャンパスの中で過ごしていても、学部に関係する場所では徳田に会わない
学食のような外部の人間も自由に出入りできる場所では、徳田と出会ったり待ち合わせたりは簡単に出来る。たけどそれは学生でなくても自由に出入り出来る場所であるという共通点を持っていて、学生でなければ入れないという場所では出会ったことがないのだ。
他のサクラになった久世やもう一人は確かに学生なのは分かっているのは、徳田に連絡がとれない時とか学部の中で会って話すのは久世達だったから。ということは実際の取り巻きを作るための活動をしていたのは彼らだけで、徳田は外部から指示を出していただけということだ。そして、それに対しての対価は、徳田を窓口として支払われてきて、それがどうなっていたかもおおよそ想像は難しくない。それを改めて指摘しようとする美乃利に、徳田はひきつった顔で蟀谷に青筋を浮かせて歯を軋ませていた。
だけどそれをここから今日の分どころか、過去の分を証明することは実は払った美乃利にだって出来ない。何しろ二人の間には、書面はなく口約束しか存在していないのだ。徳田はそれにハッと我に帰って、だからなんだって言うんだと開き直ろうとしていた。
※※※
『だから?俺が学生でなきゃ何なんだ?あ?それに金払ったのはお前の勝手だろ?それに払ったからって自分が飲み食いしたもんだろ?』
おや、自分から学生でないのを認めたか。その音声を聞き取りながら、小悪党だなと宏太は涼しげな顔で考える。金子美乃利に指示を出して徳田に言質をとるのをすすめ、その方法を指南しただけでなく身の安全を約束もしてやった。その対価として支払われるのは実際には情報を得ることではあるが、同時に金子美乃利が今までの行動をしなくなれば源川仁聖に絡むことがなくなるのを見越してもいる。
「トノー、どんな感じです?」
ヒョコと顔を出して問いかけるのは、居酒屋伊呂波の店長浅木真治。浅木は宮や相園と同じ昔は久保田惣一の部下だった一人で、少し強面だが実際のところは仲間内で一番穏和な男だ。まあ比較対照が久保田の部下だった奴等の中でという限局的な範疇で、居酒屋店長としてベロベロに酔っぱらった客を怪我をさせずに取り押さえる程度は可能な能力はある。
「小悪党が足掻いてるとこだ。」
「はは、今時小悪党って、小さそっすね?」
表現が古かったらしいが、それでも小者感は伝わったらしい。音声は当然のように中継して録音させているし、今回は大した相手でもないのが分かっているので了も宏太がこうして表に出ても文句も言わない。
『そんなの、お前が集めて欲しいって言うから手伝ってバイトしただけだし、そんなのなぁ契約の書類もないんだ、金だって微々たるもんで…………。』
確かに書類なんてものを作らなかったのは、それぞれにメリットもデメリットもある。金子美乃利にしてみれば誰にも知られないようにと思ったのだろうが、お陰でこんな風にたかられる羽目になった。徳田にしてみれば契約したわけでもないから、一人で着服していてバレてもそんなの知らんですませられる訳だし、詐欺だと騒がれても証明のしようもない。だから今回は記録に残せるようにして金を渡す現場を押さえておいたわけで、オマケにそれには金の受け渡しの音声付き。しかも、自分が美乃利に頼まれて人集めに加担し金銭を受け取ったことを認めている発言をさせられているのを、徳田は自分で言いながらまだ気がついてない。
『そうね、徳田さんが他の子に払ったかどうかも証明できないわね。』
『ほら見ろ、大体にしてそれを払うって言ったのはお前だろ!』
『確かにね、最初に払うからってお願いしたのは私。でも、私が止めるって言ったのに続けさせようとしてるのはそっちよね。』
そう、金子美乃利はもう今は止めたいのに、それを続けさせようとしているのは徳田高徳の方なのだ。徳田の本来の生活はほぼアルバイトで生計を立てているようなもので、金子美乃利と関わる迄は大概は夜の居酒屋でのアルバイトが中心だった。ところが徳田は金子に集るようになってから、生活態度が明らかに変わってアルバイトは短時間のものを転々とし、しかも日中はパチンコをしていたりもする。本来の職業で稼いでいるだけでは、徳田の今のような日々遊び暮らすのは無理難題。つまり金子美乃利から得ている六万と、集って飲み食いすることで暮らしているようなもの。
『何言ってんだよ、お前の計画だろ?俺は手伝ってやってるんだから、金は払えよ。俺がいるからこうしてチヤホヤされて、楽しく出来てるんだぞ?』
酔って本音が駄々漏れだなと呆れてしまうし、金子だってこんなことを言われたくはないだろうが、何よりも必要なのは言質で徳田が認めている証拠なのだ。怒鳴り続けているうちに次第に酔いは覚めてきているだろうが、理性的には慣れないように金子は指示通り相手を煽り続けていく。
『お金って…………?』
『何しらきってんだ、さっき払ったの忘れてんのかよ?あ?』
『あぁ、あの二万の事?これから二万払えばいいんでしょ?対価として。』
『今は六万だろ!計算も出来ないのかよ!』
『でも、これからはあなた一人じゃない?』
『はぁ?!馬鹿言うな!そんなのダメだ!!』
『なんで?』
『それは…………。』
その理由はもう答え無くとも分かる。
『私の払ったお金って、自分一人のものにしてるんでしょ?』
『久世か?!あの野郎なんでそんなこと言いやがったんだ、少しは…………。』
語るに落ちるとはこの事で、久世博久から聞いたわけでもないのに勝手にベラベラと話し続ける。最初の数回は徳田も金子からの金銭を、久世達にも分配はした様子だ。だがそれが何も証明のない口約束だと気がついてから、徳田はそれを全て自分の懐にいれて金子には支払いを増やすよう持ちかけている。相手の美乃利の方も大分稚拙なものだが、探りをいれれば簡単にボロが出るようなやり方しか出来ない徳田も大分幼稚だ。さて、そろそろ追い込みにはいるかと、宏太はユッタリとした動作で立ち上がりその部屋に向かって歩きだしていた。
※※※
普段と同じ生活と言われているんだと恭平は穏やかに笑う。
普段と同じ生活をして、その間に心臓がどう動いているか、異常が知らぬ間に起きていないかを調べるのだと言うから、確かに普段と同じ生活をしていないと意味がない。普段通りに二人で食事も終えて、(流石に恭平は風呂にはいれないし、いとなみというやつは無理だと思う。というか、これでしたらどんなことになるかというより心電図が恥ずかしくて見ていられなくなりそうだ)何時ものように一緒に横になりはした。けれど仁聖は何時まで経っても、いつものようには眠れないでいるのだ。一緒のベットに横になりスゥスゥと穏やかな寝息を立て始めている恭平の身体を、そっと抱き寄せながら仁聖は少し戸惑う視線を落とす。
視界のベットサイドのサイドボードには、見慣れない記録用紙と幾つかのボタンがついたリモコンのようなものが置かれている。恭平の胸に取り付けたのは心電図の機械だけなので、その時何をしていたか何をしたかという記録を別につけておく必要があるのだという。ちなみに記録用紙と一緒にあるリモコンの方はトイレとか食事とか幾つかの項目の登録されたボタンがついていて、それを押すとある一定の行動は記録用紙にワザワザ記録をしなくても行動が残されるのだそうだ。二十四時間の心電図だからと恭平から説明されたのには仁聖も理解できているし、それが今も恭平の身体を検査し続けているのだと言うことも分かる。それでも落とした視線の先で胸に触れる硬い感触に考えてしまう。
幾つかの検査で何ともないのに、それだけじゃ駄目…………
幾つかの検査で異常がなくても、この検査で異常があれば病気である可能性がある。他は何もなくても、これ一つが結果を覆す可能性を持っているのだと聞いてしまうと、正直いうと仁聖は実は凄く怖い。仁聖自身が割合健康体で大きな病気もしたことがなくて風邪を引いても大概は暫くするとケロッとしてしまうタイプだからなのか(だから仁聖の去年の今頃のインフルエンザはかなり珍しい出来事で、あの時も恭平には言ったが看病されたの自体初めてだった)、心臓の病気なんて大きなものをどうとらえたらいいものなのか分からない。これは仁聖に家族が少ないから誰かの病という経験がないせいもあるし、家族どころか自分の経験自体が殆んどなかったから病気をすること自体が上手く仁聖には理解できないのだ。
でも経験がないから……じゃすまない…………
昼間リリアと話した時には原因を追求して…………なんて仁聖も腹を据えたつもりだったけれど、実際には自分の体なら兎も角、恭平がもしそうなら自分はどうするのが一番なのか分からないのだ。大きな病気で例えば入院とか、手術とかが必要になったら?治療するのに遠くに行っちゃったりしたら?実際にならなきゃ分からないとは思っても、この夜の闇の中では不安だけが膨らんでどうしたらいいのか分からなくなりそうだ。
俺は…………
傍にいて何をどうしたらいいのだろうと心の中で問いかけても何も答えは出てこないし、この答えを教えてくれるような相談相手も仁聖にはいない。大体にしてこれを悩むこと自体が正しいのか、無駄なことなのかすら分からないのは仁聖がまだ子供だからなのかと自分でも思う。今も抱き締めた腕の中の体は暖かくて何時もの恭平のままなのに、こうして仁聖は一人になったような気分で悶々と考え込み落ち着かずに眠れないでいる。
「…………んぅ…………、じ、んせ?」
それに眠りの向こうから気がついてしまったのか、モソモソと抱き締められている腕の中で恭平が動き出して夢現の声で自分の名前を呼ぶ。それに答えることもせずに、仁聖はその頭を抱き込むようにして確りと包み込む。
「…………ん………………。」
強く抱き締められる感触に、恭平が仁聖の胸に頬を押し付けるのを体温で感じとる。今の自分の顔を見られたら恭平に余計な心配をかけてしまいそうな気がして、そうやって仁聖には抱き締めて顔を見られないようにするのが精一杯。それでも抱き締める仁聖の仕草に何時しかまた眠りに引き込まれていく恭平の吐息が、鎖骨の辺りを擽るのを感じながら仁聖は何が正しいんだろうと心の中で呟いていた。
「徳田さんってうちの大学の学生じゃないのね。」
「は?」
まるで変わらない穏やかな微笑みで言った美乃利に、徳田は何を言われたか分からずにポカーンとして言葉を失う。居酒屋の個室の中で冷静に問いかけられた言葉が、まるで頭で理解できなくて何を問いかけられたのか反応が出来ていないのだ。何を言っているんだと言おうにも余りにも美乃利が冷静にそう言うから、まるで今聞いた言葉が自分の聞き間違いのようにすら感じる。それでも美乃利はにこやかに言葉を続けていて。
「私がまだ気がついてないと思っている?」
パクパクと口を開閉しても言葉にならないのは、それが事実で他に何も言うことがないから。
留学の仕組みも分からなければ推薦なんて無くても行けるのも知らない、それ以上に通う大学の自分の学部の勅使河原叡教授の名前すら知らないし、教授では無いとは言え教授の秘書扱いの名前オタクの躑躅森雪のことも知らない。そんな人間がこの時期の文学部に本当に一人でもいるなら、是非とも紹介して貰いたいものだと思う。何しろこの情報を教えてくれた外崎ですら何故か勅使河原叡教授の事を知っていて、しかも勅使河原が強度の秘密基地オタクだと言うことまで知ってる有り様なのだ。
人を騙すならそこまで情報を使いこなして、騙されないように知ってねぇとな。
そうニヤリと笑った外崎は、更に平然として証拠を提示してきた。徳田の大学の在籍どころか現在の本当の職業、そう職業なのだが、バイト先での姿を見せられて美乃利のポカーンはさらに続く。どうやってこんなことを調べるのと問いかけると、外崎は企業秘密というのだが盲目の男がこれをどうやって調べあげてきたのかまるで理解できない。でも徳田高徳でという人間が学部どころか大学に在籍した記録はないとハッキリ証明されて、美乃利は思わず言葉を失ってしまっていた。初対面だったサークルの飲み会で相手から先輩だと言われて当然のように信じて接していたのに、その相手が身分詐称だと言われて唖然としないわけがない。それでもそう言われてみて考えていくと、過分に納得できることも多々あったのだ。
どんなにキャンパスの中で過ごしていても、学部に関係する場所では徳田に会わない
学食のような外部の人間も自由に出入りできる場所では、徳田と出会ったり待ち合わせたりは簡単に出来る。たけどそれは学生でなくても自由に出入り出来る場所であるという共通点を持っていて、学生でなければ入れないという場所では出会ったことがないのだ。
他のサクラになった久世やもう一人は確かに学生なのは分かっているのは、徳田に連絡がとれない時とか学部の中で会って話すのは久世達だったから。ということは実際の取り巻きを作るための活動をしていたのは彼らだけで、徳田は外部から指示を出していただけということだ。そして、それに対しての対価は、徳田を窓口として支払われてきて、それがどうなっていたかもおおよそ想像は難しくない。それを改めて指摘しようとする美乃利に、徳田はひきつった顔で蟀谷に青筋を浮かせて歯を軋ませていた。
だけどそれをここから今日の分どころか、過去の分を証明することは実は払った美乃利にだって出来ない。何しろ二人の間には、書面はなく口約束しか存在していないのだ。徳田はそれにハッと我に帰って、だからなんだって言うんだと開き直ろうとしていた。
※※※
『だから?俺が学生でなきゃ何なんだ?あ?それに金払ったのはお前の勝手だろ?それに払ったからって自分が飲み食いしたもんだろ?』
おや、自分から学生でないのを認めたか。その音声を聞き取りながら、小悪党だなと宏太は涼しげな顔で考える。金子美乃利に指示を出して徳田に言質をとるのをすすめ、その方法を指南しただけでなく身の安全を約束もしてやった。その対価として支払われるのは実際には情報を得ることではあるが、同時に金子美乃利が今までの行動をしなくなれば源川仁聖に絡むことがなくなるのを見越してもいる。
「トノー、どんな感じです?」
ヒョコと顔を出して問いかけるのは、居酒屋伊呂波の店長浅木真治。浅木は宮や相園と同じ昔は久保田惣一の部下だった一人で、少し強面だが実際のところは仲間内で一番穏和な男だ。まあ比較対照が久保田の部下だった奴等の中でという限局的な範疇で、居酒屋店長としてベロベロに酔っぱらった客を怪我をさせずに取り押さえる程度は可能な能力はある。
「小悪党が足掻いてるとこだ。」
「はは、今時小悪党って、小さそっすね?」
表現が古かったらしいが、それでも小者感は伝わったらしい。音声は当然のように中継して録音させているし、今回は大した相手でもないのが分かっているので了も宏太がこうして表に出ても文句も言わない。
『そんなの、お前が集めて欲しいって言うから手伝ってバイトしただけだし、そんなのなぁ契約の書類もないんだ、金だって微々たるもんで…………。』
確かに書類なんてものを作らなかったのは、それぞれにメリットもデメリットもある。金子美乃利にしてみれば誰にも知られないようにと思ったのだろうが、お陰でこんな風にたかられる羽目になった。徳田にしてみれば契約したわけでもないから、一人で着服していてバレてもそんなの知らんですませられる訳だし、詐欺だと騒がれても証明のしようもない。だから今回は記録に残せるようにして金を渡す現場を押さえておいたわけで、オマケにそれには金の受け渡しの音声付き。しかも、自分が美乃利に頼まれて人集めに加担し金銭を受け取ったことを認めている発言をさせられているのを、徳田は自分で言いながらまだ気がついてない。
『そうね、徳田さんが他の子に払ったかどうかも証明できないわね。』
『ほら見ろ、大体にしてそれを払うって言ったのはお前だろ!』
『確かにね、最初に払うからってお願いしたのは私。でも、私が止めるって言ったのに続けさせようとしてるのはそっちよね。』
そう、金子美乃利はもう今は止めたいのに、それを続けさせようとしているのは徳田高徳の方なのだ。徳田の本来の生活はほぼアルバイトで生計を立てているようなもので、金子美乃利と関わる迄は大概は夜の居酒屋でのアルバイトが中心だった。ところが徳田は金子に集るようになってから、生活態度が明らかに変わってアルバイトは短時間のものを転々とし、しかも日中はパチンコをしていたりもする。本来の職業で稼いでいるだけでは、徳田の今のような日々遊び暮らすのは無理難題。つまり金子美乃利から得ている六万と、集って飲み食いすることで暮らしているようなもの。
『何言ってんだよ、お前の計画だろ?俺は手伝ってやってるんだから、金は払えよ。俺がいるからこうしてチヤホヤされて、楽しく出来てるんだぞ?』
酔って本音が駄々漏れだなと呆れてしまうし、金子だってこんなことを言われたくはないだろうが、何よりも必要なのは言質で徳田が認めている証拠なのだ。怒鳴り続けているうちに次第に酔いは覚めてきているだろうが、理性的には慣れないように金子は指示通り相手を煽り続けていく。
『お金って…………?』
『何しらきってんだ、さっき払ったの忘れてんのかよ?あ?』
『あぁ、あの二万の事?これから二万払えばいいんでしょ?対価として。』
『今は六万だろ!計算も出来ないのかよ!』
『でも、これからはあなた一人じゃない?』
『はぁ?!馬鹿言うな!そんなのダメだ!!』
『なんで?』
『それは…………。』
その理由はもう答え無くとも分かる。
『私の払ったお金って、自分一人のものにしてるんでしょ?』
『久世か?!あの野郎なんでそんなこと言いやがったんだ、少しは…………。』
語るに落ちるとはこの事で、久世博久から聞いたわけでもないのに勝手にベラベラと話し続ける。最初の数回は徳田も金子からの金銭を、久世達にも分配はした様子だ。だがそれが何も証明のない口約束だと気がついてから、徳田はそれを全て自分の懐にいれて金子には支払いを増やすよう持ちかけている。相手の美乃利の方も大分稚拙なものだが、探りをいれれば簡単にボロが出るようなやり方しか出来ない徳田も大分幼稚だ。さて、そろそろ追い込みにはいるかと、宏太はユッタリとした動作で立ち上がりその部屋に向かって歩きだしていた。
※※※
普段と同じ生活と言われているんだと恭平は穏やかに笑う。
普段と同じ生活をして、その間に心臓がどう動いているか、異常が知らぬ間に起きていないかを調べるのだと言うから、確かに普段と同じ生活をしていないと意味がない。普段通りに二人で食事も終えて、(流石に恭平は風呂にはいれないし、いとなみというやつは無理だと思う。というか、これでしたらどんなことになるかというより心電図が恥ずかしくて見ていられなくなりそうだ)何時ものように一緒に横になりはした。けれど仁聖は何時まで経っても、いつものようには眠れないでいるのだ。一緒のベットに横になりスゥスゥと穏やかな寝息を立て始めている恭平の身体を、そっと抱き寄せながら仁聖は少し戸惑う視線を落とす。
視界のベットサイドのサイドボードには、見慣れない記録用紙と幾つかのボタンがついたリモコンのようなものが置かれている。恭平の胸に取り付けたのは心電図の機械だけなので、その時何をしていたか何をしたかという記録を別につけておく必要があるのだという。ちなみに記録用紙と一緒にあるリモコンの方はトイレとか食事とか幾つかの項目の登録されたボタンがついていて、それを押すとある一定の行動は記録用紙にワザワザ記録をしなくても行動が残されるのだそうだ。二十四時間の心電図だからと恭平から説明されたのには仁聖も理解できているし、それが今も恭平の身体を検査し続けているのだと言うことも分かる。それでも落とした視線の先で胸に触れる硬い感触に考えてしまう。
幾つかの検査で何ともないのに、それだけじゃ駄目…………
幾つかの検査で異常がなくても、この検査で異常があれば病気である可能性がある。他は何もなくても、これ一つが結果を覆す可能性を持っているのだと聞いてしまうと、正直いうと仁聖は実は凄く怖い。仁聖自身が割合健康体で大きな病気もしたことがなくて風邪を引いても大概は暫くするとケロッとしてしまうタイプだからなのか(だから仁聖の去年の今頃のインフルエンザはかなり珍しい出来事で、あの時も恭平には言ったが看病されたの自体初めてだった)、心臓の病気なんて大きなものをどうとらえたらいいものなのか分からない。これは仁聖に家族が少ないから誰かの病という経験がないせいもあるし、家族どころか自分の経験自体が殆んどなかったから病気をすること自体が上手く仁聖には理解できないのだ。
でも経験がないから……じゃすまない…………
昼間リリアと話した時には原因を追求して…………なんて仁聖も腹を据えたつもりだったけれど、実際には自分の体なら兎も角、恭平がもしそうなら自分はどうするのが一番なのか分からないのだ。大きな病気で例えば入院とか、手術とかが必要になったら?治療するのに遠くに行っちゃったりしたら?実際にならなきゃ分からないとは思っても、この夜の闇の中では不安だけが膨らんでどうしたらいいのか分からなくなりそうだ。
俺は…………
傍にいて何をどうしたらいいのだろうと心の中で問いかけても何も答えは出てこないし、この答えを教えてくれるような相談相手も仁聖にはいない。大体にしてこれを悩むこと自体が正しいのか、無駄なことなのかすら分からないのは仁聖がまだ子供だからなのかと自分でも思う。今も抱き締めた腕の中の体は暖かくて何時もの恭平のままなのに、こうして仁聖は一人になったような気分で悶々と考え込み落ち着かずに眠れないでいる。
「…………んぅ…………、じ、んせ?」
それに眠りの向こうから気がついてしまったのか、モソモソと抱き締められている腕の中で恭平が動き出して夢現の声で自分の名前を呼ぶ。それに答えることもせずに、仁聖はその頭を抱き込むようにして確りと包み込む。
「…………ん………………。」
強く抱き締められる感触に、恭平が仁聖の胸に頬を押し付けるのを体温で感じとる。今の自分の顔を見られたら恭平に余計な心配をかけてしまいそうな気がして、そうやって仁聖には抱き締めて顔を見られないようにするのが精一杯。それでも抱き締める仁聖の仕草に何時しかまた眠りに引き込まれていく恭平の吐息が、鎖骨の辺りを擽るのを感じながら仁聖は何が正しいんだろうと心の中で呟いていた。
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