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第十六章 FlashBack2
216.
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それにしても目立つなぁ…………
何しろ物語の妖精みたいな造形をしたリリアーヌに、斜め後ろに黒づくめのピクリとも笑わない能面のような青年がまるでお付きの者のように微動だにしないで立っている訳だ。三人が和やかに会話しながら飲食しようにも、ヴァイゼと呼ばれる青年は何故か頑なに水一杯も口にしない。流石に仁聖がリリアにそれだけは何とかしない?と問いかけても、他のことなら郷に入れば郷に従えのリリアでもヴァイゼは人前でものが食べられないのと苦笑いするばかり。
一体どんなお嬢様なわけ?本物の執事なんて日本じゃ見たことないよなぁ
そんなことをヴァイゼを眺めながら考えているのは仁聖と翔悟だけではなくて、恐らく学食にいる半分くらいは同じことを考えているに違いない。
今こうして学食で目立っているのは、何を隠そうリリアが学食体験したがったから。
実はアメリカで言う学食は基本的にはブュッフェ形式のカフェテリアが多く、寮などにはいることの多いことからも三食そこで食べることが多いのだ。
カフェテリアでは朝は基本的にパンかシリアルが主食。後はゆで卵またはスクランブルエッグ、ポテト、ハムまたはソーセージという組み合わせが多いという。またアメリカではよくコーヒーを飲むので、コーヒーの種類は多様らしい。昼はパンかパスタがメインで、それに加えて日替わりのハンバーガーが毎日並び、自分で具材を選んでオーダーできるサンドイッチカウンター等がある。さらにはアメリカの伝統料理である、マカロニアンドチーズやマッシュドポテトなどが並ぶというから、テレビで見るようなザ・アメリカ食という様相なのだろう。後は夕食だが、これは余り昼と大差がないという。一応は朝・昼・晩ではメニューが異なるとはいえ、時間帯によって並ぶメニューは毎日似かよう。まさに想像するような、『アメリカらしい食事』のオンパレードだと思っておけば間違いない。だから、料理が選べメニューは多国籍で一人一人の食事がトレイに乗せられる日本の学食は、リリアには珍しいものだったようだ。
因みに一食ごとに事前に金銭を払う食券というのも、リリアにはとても珍しかったらしい。アメリカの大学では基本的には『ミールプラン』というものがあって、決まったお金を払うことでいつでも学食で食べられるようになっているのだ。『ミールプラン』は基本的には授業料や学生寮費などと一緒に振り込むことが多いが、申し込んだ時点で学食の営業時間内であれば、いつでも好きなときに行って好きなだけ食べられる食べ放題なのだ。
「meal coupon?ticket?」
「Buy a meal coupon from the machine.」
何しろ食券という概念がないから、まるで遊園地の乗り物のチケットでも買うみたいにウキウキしているリリアに、得体の知れない機械にさわる主に警戒心を隠さないヴァイゼがいるので端から見ている分には面白い光景でもある。リリアが興味津々で選んだのは何故か揚げだし豆腐と鳥から柚子塩ラーメンだったらしくて、何でそれ?と仁聖と翔悟も首を傾げているしヴァイゼの方もそんな訳の分からない代物を食べるなんてと言いたげだ。しかも何でここでラーメンと問いかけた翔悟に、リリアはラーメンは日本食でしょという有り様だ。色濃い文化を持つラーメンは海外でもよく知られていて『Ramen』と呼ばれ、『日本食』として親しまれている。けれど『中華そば』や『中華麺』など名称によっては中国を感じるような気はしなくはないのだが。
ともすれば日本よりも中国寄りな気がもするラーメンは、中華麺とスープと具を合わせた麺料理。なら中華料理じゃとも思うが中国では『日式拉麺』と呼ばれるし、更に英語ではRamenともChinese noodlesとも言われている。そのラーメンのルーツは、明治時代で日本の中華街の麺料理だとか。1910年、浅草区に初めて日本人経営者の尾崎貫一が横浜中華街から中国人料理人12名を雇い、日本人向けの中華料理店『来々軒』を開店し大人気となったが、その主力メニューが南京そば・支那そばなどと呼ばれたラーメンなのだ。それから日本に続々庶民的な中華料理店が生まれ、約100年の歴史の中でアジアの麺料理とは異なる日本独特の麺料理に発展している。中国の麺料理というと厨師が麺を切っていく刀削麺や北京のジャージャー麺などが代表的で、日本のラーメンとは雰囲気が違うのだ。
「でも、天丼とかじゃないの?日本食と言えば?」
「Isn't this tempura?」
あーそう来たかと翔悟が笑うが、リリアは揚げだし豆腐を天ぷらとは違うのかと問いかけているわけだ。衣をつけて揚げていて、まあ浸ける出し汁は天つゆと大差がない。それでも揚げ物は衣の有無、形態の違いで大きく分けて3種類、『素揚げ』『唐揚げ』『天ぷら』となるので揚げだしは厳密に言うと別の物。
素揚げ=そのまま揚げる(厚揚げ・薄揚げなど)
唐揚げ=粉をまぶして揚げる
天ぷら=粉を水・玉子・牛乳などで溶いたものをからめて揚げる
と言うことから考えてみると、揚げ出し豆腐は殆んどの場合『小麦粉』か『片栗粉』をまぶしただけで揚げるので『唐揚げ』に近いと言える。普通の『唐揚げ』のように『粉』に味付けせず、味付けした汁をかけることで料理として完了させることが揚げ出し豆腐の特徴ではあるが、天ぷらとは「衣」が違うのだ。そういうわけを説明しながらも、揚げだし豆腐を英語で言うにはこういうしかない。
「Deep-fried tofu in tentsuyu broth.garnished with grated daikon radish.Topped with grated ginger, bonito flakes, and chopped green onions.」
揚げだし豆腐の説明に上に乗っているものの説明まで付け加える仁聖に、感心した様子で上手く箸を操るリリアの横では、今なんて言った?と問いかけてくる翔悟がいる。大根おろしに生姜に鰹節に、刻みネギ乗せって説明したという仁聖には、威嚇の気配を放ったままのヴァイゼが見えているわけだ。そんな翔悟の目の前には大盛りのカツカレーがあって、仁聖の前には日替わりのワンプレートランチセットが置かれている。今日のワンプレートはナポリタンにサラダとミックスフライで、どちらもボリュームはたっぷりだ。それにしてもアメリカ人のわりに箸の扱いがうまいと褒めると、割合ケータリングで以前から日本食や中華、韓国料理等は食べるのだと言う。食の事情は環境で随分違うものだと笑っていると、学食の入り口の辺りで何かザワザワとざわめいているのに三人は気がついていた。
※※※
「金子……物流の娘ねぇ…………。」
電話口で神妙な声でそう呟いた外崎宏太に、仕事の書類をまとめていた外崎了と結城晴が顔を上げる。概要だが金子物流の営業マンを語って接触を図ろうとした比護耕作の件は晴にも簡単には説明してあって、しかも別な情報源であるワインバー・エキリブレの店主五条から金子の娘の情報が耳に入ってもいて。
「あっちこっちから情報が入り始める時って、あんまりよくない兆候だよなぁ?了。」
「まぁ、そうだな。」
というのがここで働くことに慣れてきた了と晴の見解だ。というのも外崎の裏の顔である盗聴に関係してか、後ろ暗いことをしていたりするような状況に陥る人間やら会社やらは、ある一定のラインを越えると情報網に引っ掛かりやすくなる傾向にある。つまり、宏太の耳に同じ名前が何度も入り始めた時には注意が必要ということで、それが金子物流なのか金子の娘本人かは分からないがどちらかは情報網にさわる活動をしていると言うことだ。しかもこんな風に短期間で耳にはいるということは、最近になって行動が大きく多方面に渡っているということでもある。
『この間の、情報の奴も根っこは金子の娘みたいなのよ。』
「んん?あ?………………あれもそうか?」
電話の向こうは女言葉ではあるが、声は列記とした男。つまり藤咲からの電話なのだが、数日前に若い男が最近妙に藤咲の事務所の周りを彷徨いていて、周囲の店舗の客引きなんかに仁聖の事を聞き出したりしていたのが宏太の耳に入っていた。調べてみるとその男は仁聖と同じ大学に通う仁聖の同期ではあるが、文学部で仁聖とは接触のない人間だ。南尾のこともあったから藤咲はそういう輩に警戒を強めているのは分かっていたから、さっさと身元を洗い出して伝えてやろうとしたらバイト先が八幡万智の夫・征爾の勤める塾の一つだったわけだ。
あーあの子?あの子なら別に芸能に興味があるわけでもないし、こっちでコントロールできますよぉ
そう呑気に言う八幡征爾に任せてみたら確かにその男はパッタリ花街に出歩かなくなったし、八幡征爾曰く毎日バリバリ塾講師で頑張ってますよーときた。八幡征爾は元々穏和な呑気な人物だが、流石に万智の旦那になるだけあって腹のそこの読めない男でもある。しかも近郊の塾に関連した情報としては途轍もなく顔が広いので、以前某殺人容疑者の身元を洗い出すのに手を借りたことがあるのはここだけの話だ。
おっと、考えがそれたな。別に今更矢根尾の話でもない。
苦笑いしながら藤咲の話に意識を戻せば、その男・久世博久というのだが、その男が花街に現れるようになったのは塾間の届け物に花街の八幡征爾のところに来た辺りから。恐らくはその時に事務所から出てきた仁聖を見かけでもしたのではということなのだが、その徘徊の理由が金子物流の一人娘・美乃利が関係していると言う。
久世は元は金子美乃利の取り巻きの一人だったのだ。
元というのは八幡征爾のコントロール以降は、久世は取り巻きで歩くよりも塾のバイトにせいを出すようになっているから。お陰でワインバー等にも殆んど姿を見せていないし、征爾に確認しても毎晩の講義を生き生きとこなしてるということだから、取り巻きから外れたいと密かに考えていたのかもしれない。それにバイト先もそこの室長である小早川圭という男に、久世はこんなことも言っているという。
以前は得することもあったんですけど、最近は振り回されるだけで疲れるんですよね、取り巻きにしたい奴の情報収集とかさせられたりするし
金子美乃利は源川仁聖を取り巻きにしたくて、源川仁聖の生活圏でバイトをしていたり住居を持つ男を取り巻きに集めたのかもしれない。勿論そんなことは何一つ考えていないという可能性もなくはないのだが、可能性の一つとしては考えられなくもない。兎も角久世は金子への情報源としての活動をやめはしたが、花街で仁聖と金子が鉢合わせているところをみれば仁聖が花街を出歩いているという情報までは耳に入っていたのかもしれないとは考えられた。
『そうねぇ、あたしもそうは思うわ。でも、それにしては金子の娘の動きって今一なのよね。』
「いまいち?」
『取り巻きにしたいのかしたくないのか分かんないのよ、直に話してみたけど。』
藤咲の能力に関しては幼馴染みとして宏太はよく分かっているし信頼もしているが、その藤咲が今一と口にしたのに宏太は眉を潜める。金子美乃利が源川仁聖を取り巻きにいれたいとは口にしているが、その理由が今一つ納得できていないという。見た目もよく頭も良い、しかも運動神経もよくて、モデルバリの男を、彼氏ではなく取り巻きにいれておく理由。しかも少し顔では劣るとか、運動神経は劣るとか、頭が劣るとか言う差ではあるが、何人かはかなり見映えの良い男を連れ歩いている。そこに仁聖を加える必要性に関してイケメン彼氏が欲しいだけと金子は良い放ったようだが、それ自体が本音ではないと藤咲は言うのだ。
「…………彼氏にはしたいわけではないが、良い男は侍らせたい?なんだそりゃ?」
『あたしが聞きたいわよー、うちの仁聖を取り巻き程度って何様?馬鹿いうなってんだよ。』
問題にするのはそこじゃねぇだろと笑いながらも宏太は暫し考え込んでいて、その様子に結城晴はんーと首を傾げて手元の書類を順に眺め出した。晴が今纏めているのは、実は金子物流の経営状況と新たな事業展開に関する内部資料。密かに調べを回したのは言うまでもなく、偽物営業マンと発覚する前にどこまで信用できるか確認するためだ。金子物流本体は経営に関してはかなり安定していて、比護が言うような新たな事業を立ち上げようと言う部所も実は存在していた。恐らくは比護自身も名前を語った後に宏太達の用心深さなら会社を探る可能性も予期していて、金子物流の実在の情報を転用したに違いない。とはいえよく情報を検索していくと新規事業は飲食店への物流に関連したことで、自分の会社で飲食を経営という話ではないのが分かる。そこら辺が読み解けるのは経営マネージメントを勉強した了や晴がいるからで、比護にはそこら辺の詰めが甘いんだよと言っておいたのはここだけの話。
何しろ物語の妖精みたいな造形をしたリリアーヌに、斜め後ろに黒づくめのピクリとも笑わない能面のような青年がまるでお付きの者のように微動だにしないで立っている訳だ。三人が和やかに会話しながら飲食しようにも、ヴァイゼと呼ばれる青年は何故か頑なに水一杯も口にしない。流石に仁聖がリリアにそれだけは何とかしない?と問いかけても、他のことなら郷に入れば郷に従えのリリアでもヴァイゼは人前でものが食べられないのと苦笑いするばかり。
一体どんなお嬢様なわけ?本物の執事なんて日本じゃ見たことないよなぁ
そんなことをヴァイゼを眺めながら考えているのは仁聖と翔悟だけではなくて、恐らく学食にいる半分くらいは同じことを考えているに違いない。
今こうして学食で目立っているのは、何を隠そうリリアが学食体験したがったから。
実はアメリカで言う学食は基本的にはブュッフェ形式のカフェテリアが多く、寮などにはいることの多いことからも三食そこで食べることが多いのだ。
カフェテリアでは朝は基本的にパンかシリアルが主食。後はゆで卵またはスクランブルエッグ、ポテト、ハムまたはソーセージという組み合わせが多いという。またアメリカではよくコーヒーを飲むので、コーヒーの種類は多様らしい。昼はパンかパスタがメインで、それに加えて日替わりのハンバーガーが毎日並び、自分で具材を選んでオーダーできるサンドイッチカウンター等がある。さらにはアメリカの伝統料理である、マカロニアンドチーズやマッシュドポテトなどが並ぶというから、テレビで見るようなザ・アメリカ食という様相なのだろう。後は夕食だが、これは余り昼と大差がないという。一応は朝・昼・晩ではメニューが異なるとはいえ、時間帯によって並ぶメニューは毎日似かよう。まさに想像するような、『アメリカらしい食事』のオンパレードだと思っておけば間違いない。だから、料理が選べメニューは多国籍で一人一人の食事がトレイに乗せられる日本の学食は、リリアには珍しいものだったようだ。
因みに一食ごとに事前に金銭を払う食券というのも、リリアにはとても珍しかったらしい。アメリカの大学では基本的には『ミールプラン』というものがあって、決まったお金を払うことでいつでも学食で食べられるようになっているのだ。『ミールプラン』は基本的には授業料や学生寮費などと一緒に振り込むことが多いが、申し込んだ時点で学食の営業時間内であれば、いつでも好きなときに行って好きなだけ食べられる食べ放題なのだ。
「meal coupon?ticket?」
「Buy a meal coupon from the machine.」
何しろ食券という概念がないから、まるで遊園地の乗り物のチケットでも買うみたいにウキウキしているリリアに、得体の知れない機械にさわる主に警戒心を隠さないヴァイゼがいるので端から見ている分には面白い光景でもある。リリアが興味津々で選んだのは何故か揚げだし豆腐と鳥から柚子塩ラーメンだったらしくて、何でそれ?と仁聖と翔悟も首を傾げているしヴァイゼの方もそんな訳の分からない代物を食べるなんてと言いたげだ。しかも何でここでラーメンと問いかけた翔悟に、リリアはラーメンは日本食でしょという有り様だ。色濃い文化を持つラーメンは海外でもよく知られていて『Ramen』と呼ばれ、『日本食』として親しまれている。けれど『中華そば』や『中華麺』など名称によっては中国を感じるような気はしなくはないのだが。
ともすれば日本よりも中国寄りな気がもするラーメンは、中華麺とスープと具を合わせた麺料理。なら中華料理じゃとも思うが中国では『日式拉麺』と呼ばれるし、更に英語ではRamenともChinese noodlesとも言われている。そのラーメンのルーツは、明治時代で日本の中華街の麺料理だとか。1910年、浅草区に初めて日本人経営者の尾崎貫一が横浜中華街から中国人料理人12名を雇い、日本人向けの中華料理店『来々軒』を開店し大人気となったが、その主力メニューが南京そば・支那そばなどと呼ばれたラーメンなのだ。それから日本に続々庶民的な中華料理店が生まれ、約100年の歴史の中でアジアの麺料理とは異なる日本独特の麺料理に発展している。中国の麺料理というと厨師が麺を切っていく刀削麺や北京のジャージャー麺などが代表的で、日本のラーメンとは雰囲気が違うのだ。
「でも、天丼とかじゃないの?日本食と言えば?」
「Isn't this tempura?」
あーそう来たかと翔悟が笑うが、リリアは揚げだし豆腐を天ぷらとは違うのかと問いかけているわけだ。衣をつけて揚げていて、まあ浸ける出し汁は天つゆと大差がない。それでも揚げ物は衣の有無、形態の違いで大きく分けて3種類、『素揚げ』『唐揚げ』『天ぷら』となるので揚げだしは厳密に言うと別の物。
素揚げ=そのまま揚げる(厚揚げ・薄揚げなど)
唐揚げ=粉をまぶして揚げる
天ぷら=粉を水・玉子・牛乳などで溶いたものをからめて揚げる
と言うことから考えてみると、揚げ出し豆腐は殆んどの場合『小麦粉』か『片栗粉』をまぶしただけで揚げるので『唐揚げ』に近いと言える。普通の『唐揚げ』のように『粉』に味付けせず、味付けした汁をかけることで料理として完了させることが揚げ出し豆腐の特徴ではあるが、天ぷらとは「衣」が違うのだ。そういうわけを説明しながらも、揚げだし豆腐を英語で言うにはこういうしかない。
「Deep-fried tofu in tentsuyu broth.garnished with grated daikon radish.Topped with grated ginger, bonito flakes, and chopped green onions.」
揚げだし豆腐の説明に上に乗っているものの説明まで付け加える仁聖に、感心した様子で上手く箸を操るリリアの横では、今なんて言った?と問いかけてくる翔悟がいる。大根おろしに生姜に鰹節に、刻みネギ乗せって説明したという仁聖には、威嚇の気配を放ったままのヴァイゼが見えているわけだ。そんな翔悟の目の前には大盛りのカツカレーがあって、仁聖の前には日替わりのワンプレートランチセットが置かれている。今日のワンプレートはナポリタンにサラダとミックスフライで、どちらもボリュームはたっぷりだ。それにしてもアメリカ人のわりに箸の扱いがうまいと褒めると、割合ケータリングで以前から日本食や中華、韓国料理等は食べるのだと言う。食の事情は環境で随分違うものだと笑っていると、学食の入り口の辺りで何かザワザワとざわめいているのに三人は気がついていた。
※※※
「金子……物流の娘ねぇ…………。」
電話口で神妙な声でそう呟いた外崎宏太に、仕事の書類をまとめていた外崎了と結城晴が顔を上げる。概要だが金子物流の営業マンを語って接触を図ろうとした比護耕作の件は晴にも簡単には説明してあって、しかも別な情報源であるワインバー・エキリブレの店主五条から金子の娘の情報が耳に入ってもいて。
「あっちこっちから情報が入り始める時って、あんまりよくない兆候だよなぁ?了。」
「まぁ、そうだな。」
というのがここで働くことに慣れてきた了と晴の見解だ。というのも外崎の裏の顔である盗聴に関係してか、後ろ暗いことをしていたりするような状況に陥る人間やら会社やらは、ある一定のラインを越えると情報網に引っ掛かりやすくなる傾向にある。つまり、宏太の耳に同じ名前が何度も入り始めた時には注意が必要ということで、それが金子物流なのか金子の娘本人かは分からないがどちらかは情報網にさわる活動をしていると言うことだ。しかもこんな風に短期間で耳にはいるということは、最近になって行動が大きく多方面に渡っているということでもある。
『この間の、情報の奴も根っこは金子の娘みたいなのよ。』
「んん?あ?………………あれもそうか?」
電話の向こうは女言葉ではあるが、声は列記とした男。つまり藤咲からの電話なのだが、数日前に若い男が最近妙に藤咲の事務所の周りを彷徨いていて、周囲の店舗の客引きなんかに仁聖の事を聞き出したりしていたのが宏太の耳に入っていた。調べてみるとその男は仁聖と同じ大学に通う仁聖の同期ではあるが、文学部で仁聖とは接触のない人間だ。南尾のこともあったから藤咲はそういう輩に警戒を強めているのは分かっていたから、さっさと身元を洗い出して伝えてやろうとしたらバイト先が八幡万智の夫・征爾の勤める塾の一つだったわけだ。
あーあの子?あの子なら別に芸能に興味があるわけでもないし、こっちでコントロールできますよぉ
そう呑気に言う八幡征爾に任せてみたら確かにその男はパッタリ花街に出歩かなくなったし、八幡征爾曰く毎日バリバリ塾講師で頑張ってますよーときた。八幡征爾は元々穏和な呑気な人物だが、流石に万智の旦那になるだけあって腹のそこの読めない男でもある。しかも近郊の塾に関連した情報としては途轍もなく顔が広いので、以前某殺人容疑者の身元を洗い出すのに手を借りたことがあるのはここだけの話だ。
おっと、考えがそれたな。別に今更矢根尾の話でもない。
苦笑いしながら藤咲の話に意識を戻せば、その男・久世博久というのだが、その男が花街に現れるようになったのは塾間の届け物に花街の八幡征爾のところに来た辺りから。恐らくはその時に事務所から出てきた仁聖を見かけでもしたのではということなのだが、その徘徊の理由が金子物流の一人娘・美乃利が関係していると言う。
久世は元は金子美乃利の取り巻きの一人だったのだ。
元というのは八幡征爾のコントロール以降は、久世は取り巻きで歩くよりも塾のバイトにせいを出すようになっているから。お陰でワインバー等にも殆んど姿を見せていないし、征爾に確認しても毎晩の講義を生き生きとこなしてるということだから、取り巻きから外れたいと密かに考えていたのかもしれない。それにバイト先もそこの室長である小早川圭という男に、久世はこんなことも言っているという。
以前は得することもあったんですけど、最近は振り回されるだけで疲れるんですよね、取り巻きにしたい奴の情報収集とかさせられたりするし
金子美乃利は源川仁聖を取り巻きにしたくて、源川仁聖の生活圏でバイトをしていたり住居を持つ男を取り巻きに集めたのかもしれない。勿論そんなことは何一つ考えていないという可能性もなくはないのだが、可能性の一つとしては考えられなくもない。兎も角久世は金子への情報源としての活動をやめはしたが、花街で仁聖と金子が鉢合わせているところをみれば仁聖が花街を出歩いているという情報までは耳に入っていたのかもしれないとは考えられた。
『そうねぇ、あたしもそうは思うわ。でも、それにしては金子の娘の動きって今一なのよね。』
「いまいち?」
『取り巻きにしたいのかしたくないのか分かんないのよ、直に話してみたけど。』
藤咲の能力に関しては幼馴染みとして宏太はよく分かっているし信頼もしているが、その藤咲が今一と口にしたのに宏太は眉を潜める。金子美乃利が源川仁聖を取り巻きにいれたいとは口にしているが、その理由が今一つ納得できていないという。見た目もよく頭も良い、しかも運動神経もよくて、モデルバリの男を、彼氏ではなく取り巻きにいれておく理由。しかも少し顔では劣るとか、運動神経は劣るとか、頭が劣るとか言う差ではあるが、何人かはかなり見映えの良い男を連れ歩いている。そこに仁聖を加える必要性に関してイケメン彼氏が欲しいだけと金子は良い放ったようだが、それ自体が本音ではないと藤咲は言うのだ。
「…………彼氏にはしたいわけではないが、良い男は侍らせたい?なんだそりゃ?」
『あたしが聞きたいわよー、うちの仁聖を取り巻き程度って何様?馬鹿いうなってんだよ。』
問題にするのはそこじゃねぇだろと笑いながらも宏太は暫し考え込んでいて、その様子に結城晴はんーと首を傾げて手元の書類を順に眺め出した。晴が今纏めているのは、実は金子物流の経営状況と新たな事業展開に関する内部資料。密かに調べを回したのは言うまでもなく、偽物営業マンと発覚する前にどこまで信用できるか確認するためだ。金子物流本体は経営に関してはかなり安定していて、比護が言うような新たな事業を立ち上げようと言う部所も実は存在していた。恐らくは比護自身も名前を語った後に宏太達の用心深さなら会社を探る可能性も予期していて、金子物流の実在の情報を転用したに違いない。とはいえよく情報を検索していくと新規事業は飲食店への物流に関連したことで、自分の会社で飲食を経営という話ではないのが分かる。そこら辺が読み解けるのは経営マネージメントを勉強した了や晴がいるからで、比護にはそこら辺の詰めが甘いんだよと言っておいたのはここだけの話。
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