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第十六章 FlashBack2
205.
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「宏太、大丈夫か?話すの…………やなことなら、帰ろ?な?」
自分を何よりも先に心配してくれる了の様子に、宏太の張り詰めていた気分が見る間に緩んでいく。それを間近に見ていた惣一がファイルをカウンターに下ろすとスイと比護耕作に向かってそれを押しやって、普段は使わない声音で惣一は口を開いていた。
「宏太が三浦を調教したのは第三者からの依頼。他の理由は何一つない。」
この件に関しては比護が思うような意図は絶対ないのは惣一だって知っているし、結果として今の現実と繋がる事実は多くても、このファイルと結び付くような意図は存在しない。それは言うまでもないことで、それが存在していたら今の宏太と了の姿は見られないものなのだ。
「…………もう引退してたのにか?」
「宏太さえその気になれば、何時でも宏太には仕事はまわせた。…………俺のとこには最近でも宏太に連絡を取りたい輩から連絡はきてるんだ。引退したなんて口にもしていないし明確な基準もないことで、変な言いがかりはやめろ。」
普段とはまるで別人のような冷え冷えとした口調に変わった惣一に、その場で驚いたのは実は了だけなのだが、それでも未だに了が心配そうに見つめながら宏太の手を包み込むように握っているのは宏太が言葉を発しないままでいるからだ。宏太にも自分では分からないが、恐らくは以前のように青ざめて冷や汗でもかいているのか、了は尚更顔を寄せて心配そうに頬に暖かな指を滑らせて傷跡に触れてくる。醜い傷跡をなんとも思わないで接してくれる了のお陰で時々自分が醜い傷跡だらけのクリーチャーのように扱われるのを忘れてしまうが、事実は醜くひきつれ好奇の視線に晒されるご面相の自分。その傷を刻んだのは件の三浦で、それをされる理由が宏太にはあったのだと散々社会的に吊し上げにもされてきた。その過去があったことをを比護は忘れているのか、それすらも計画のうちと考えたのか。
「宏太…………も、いいよ?な?帰ろ。」
惣一が変わりに対応してくれると踏んで了が繰り返す言葉に、甘えてしまいたくなる自分に思わず苦味の広がる宏太の口元に微かな笑が沸く。それを惣一が見つけたようにフウとあからさまな溜め息をつくのに、比護の方は戸惑いを浮かべてまだ宏太の口から聞きたいことが聞けていないと詰め寄る。
「………三浦和希を調教したのは、偶々だ。……進藤に繋がってるなんて思ってねぇよ。」
「ならなんで、その後も三浦と関わるんだ?!」
「…………偶然。」
「あんた、怪我させられた相手に散々関わってて偶然なんかあるか!おかしいだろ?!あんた、三浦とできてたんだろ?!あんた、男も女も関係ないもんな!!」
言われれば確かに宏太が、ここまでおかしな事をしてきたのは事実だ。確かに調教師だった自分なら、男女構わずなのだと誰もが思うだろうし了だってずっとそう考えていたくらい。それならば三浦とその後そういう関係になったと考えられてもおかしくはないのだろうが、そんなことはあり得ないことだと誰も知らないのだ。
片倉右京が死んだ事で実は自分が自暴自棄になっていたなんて宏太は誰にも話しはしなかったし、誰にも気が付かれもしていなかった。それに三浦に関わった結果顔を抉られ、喉を切り裂かれ、性器まで半分に切り取られて、本気で死にかけもしている。それでも死の淵から死にたくなくて必死に戻った理由は、その三浦和希なんかではなくて、今ここで自分の手を握る了だったのだ。けれど、それすらも周囲では、誰にも話していないし知らないことでもある。
「それで三浦とできてて、三浦を操る進藤と繋がってっ!!」
そう考えてしまえば進藤が願ったことに悉く荷担したように見える自分は、どう見たって進藤側の人間にしか見えない筈だ。偶々にしては全てが重なりすぎているのだろうし、そうではないと説明するのは難しいし比護に説明したからといって今更何もならない。
「だから最近も関わって、三浦を逃がしたんだろ?!そうだろ?!」
確かに比護の言うとおり、そう見えてしまう立場に宏太はいる。自分が命がけで戦ったつもりでも、宏太は直接対決した進藤を脚をへし折り返り討ちにしているし、三浦とも対決して逃がしはしたものの自分は無傷で戻ってきた。でもそれに関わったのは自分が生きていくために立ち向かわないとならないトラウマを宏太は背負ってもいたからで、怯え震え、気絶する程の恐怖がそれだと知って、それから逃れられないなら避ける術をとも思ってもきたからなのだ。
フラッシュバックに怯えて、籠って生きてても、どうにもなんねぇ…………
だったら立ち向かうしかないから、立ち向かった結果が今まで宏太が新たに作り上げたこの関係性。それだけの事なのだが、それを言葉で説明するのは簡単ではない。それをどう比護に説明したものかと苦い気分で思案しようとした瞬間、突然怒りに震える声で自分と比護の間にわってはいったのは宏太の手を握ったままの了だったのだ。
「あんたにそんなこと言われる筋あいねぇし!!宏太は絶対嘘つかないし、損得だけで動く人間でもないし!っていうか、冷や汗かいて辛いくらい怖い相手に必死に立ち向かってんの、あんたになんか分かんないだろ!」
その剣幕に一番に驚いたのは何を隠そう宏太の方で、余りの勢いで怒りだした了に比護もポカーンとして言葉を失う。何とか了を引き留めようと繋がれたままの手を引くが、宏太の前に庇うように立った了は怒りに声を震わせてまるで引こうとしない。
「…………さと、る?おい。」
「何なんだよ!宏太の事何にも知らないくせに!!勝手なことばっか言いやがって!!」
とてつもなく勢いのいい怒りで全く収まらない了に、何故か宏太の方は逆に気が緩んで腹の底から笑いが込み上げてきてしまう有り様。何しろ自分の事でこんなに純粋に怒って自分のために相手に食って掛かる了が、とてつもなく可愛いし愛しいし、飲み込まれそうになっていたあの辛い苦味すら打ち払う甘い幸福感。それを宏太に惜しみ無く与えてくれるのは了だけで、宏太は了を手にいれて、それだからこうして幸せに生きてもいられる。思わず汲み上げた微笑みを隠しもせずに、怒りに震える了の体を腕に抱き締め包み込むように引き寄せ膝の上に抱きかかえてしまう。
「おい、落ち着け、了。こら。」
「わぁ!こ、こぉた?!こ、こらっ!お、おこってんだぞ!離せってば!!」
「ふふ、ふは、はははっ分かった、怒ってんな、ははははっ!」
ポカーンとしたままの比護と宏太の様子にやれやれと言いたげな惣一を横に、唐突に笑いだしながら了を宝物のように抱き締める宏太は本当に了が傍にいて良かったと心の底から思っていたのだった。
※※※
「Japan……沢山フシギです。」
染々とそう言うアッシュブロンドの髪を柔らかに結い上げた女性・リリアーヌ・オフェリア・フラウンフォーファーに、そう?と大きな腹を抱えユッタリとソファーに寛ぐ久保田松理は微笑む。言うまでもないことだがここは久保田宅の一つで、最近の松理の定住宅であり久保田夫妻の持ち家の一つである。
リリアの言う沢山の不思議は簡単一言では説明ができないのだが、彼女にしてみると日本でのとある文化での共存共栄の仕方には驚くと言うことを示していた。まぁそれは日本という国の成り立ちや、風土なんかも関係することで、確かに諸外国とは異なる文化を形成していると松理も思う。そんなまるで接点の無さそうな松理とリリアが交流を持ち始めたのはリリアの特別な友人である人物が関係していて、その人物とは言うまでもないのだが私立探偵をしている北欧系の顔立ちの男性の事である。
「Have you met with him recently?」
最近彼と逢えてる?と松理に聞かれて項垂れ落ち込む顔を浮かべるリリアに、松理は男はダメねぇそれなら女から押さなきゃとニヤニヤしている。と言うのもリリアとその特別な友人の関係は友人以上恋人未満と言ったところで、互いに好意を向けているのに先に進まない状況なのを察しているからだ。そして先に進まない理由は、実は松理と惣一が長年夫婦にならなかった理由とほぼ等しい。人種、環境、時間、そんな様々な障害を理由にして、松理はしない筈の妊娠を理由という一番の盾にして惣一の事を長年にわたって遠ざけて来たのだ。惣一のしている仕事が嫌だとか、偉そうな口調が嫌だとか散々に蹴散らして来た筈なのに、何度もただずっと傍にいさせてくれるだけでいいなんて馬鹿な願いを惣一が出逢った直後から繰り返す理由が松理にはずっと理解できなかった。セックスの相手にしたいだけなら構わないけど恋人にはなれないと告げても、自分は諦めないの一点張りだったのだ。
だって惚れたんだ。一目惚れなんだよ、俺。松理がいやなら結婚しなくてもいいから、ただずっと傍にいていい?
なんだそりゃと何度も突っぱねてきたのに、少しずつ少しずつ時間をかけて絆され、次第に傍にいるのが普通になって。やがてそれを重ねて傍にいるのがある時から当然になって、最後には傍にいる事が必要になっていく。それでも一緒にいるのには妊娠しなきゃ駄目、しなかったら何時か消えるから宣言を松理がずっとしてきたのは、彼の方が自分よりも遥かに長生きするだろうと思うからだ。
そうしたら、惣一君をおいていくことになるから。私が藤久にされたみたいに…………
松理には遥か昔に一度永遠を願った相手がいて、その男性の子供を妊娠もしていたのだ。でも運命は残酷でその相手である二藤久は若くして逝去し、二人の子供は死産、しかも松理は子供が産めない身体になった。だから、永遠の誓いは二度としないと誓って生きてきたのに、とっても執念深くてしつこくて諦めの悪い忠犬みたいな性格の久保田惣一にいつの間にか松理は目をつけられてしまったのだ。そうして気が付いたら松理は惣一に絆され惣一の子供を奇跡の妊娠なんかしてしまい、惣一に約束しただろと愛を誓わされたわけで。
名前かえるのがやだってんなら、俺が婿になるから、ね?
そんな奇特な男は流石に二度と現れないわよ?と実の姉にまで言われ、まあ確かに約束もしてたし、惣一がいない人生はもうないなと松理も納得したわけで。腹が立つようなことしたら即お仕置きするわよ?と宣言の上で嫁になったが、やっぱり惣一は惣一な訳である。今度腹が立った時用にもう一段階強いスタンガン準備しておこうかなと内心考えているのは、だいぶ丸くなったけど惣一にはある一面では昔から変わらない部分があるからだ。
惣一君も子供ができたんだから、ソコはキチンとしておかないとねぇ
何しろ今頃『茶樹』で認識が昔から兄弟みたいな友人である外崎宏太と一緒に、得体の知れない竜胆なんて女の情報に振り回されている比護耕作なんてフリーライターと会合しているのだから。そう言うことはしちゃいけないと教え込んでも、自分の仲間と認識したものは守る癖があって悪いことに首を突っ込もうとする癖が惣一にも弟分の宏太もあるのだ。宏太の方には了がいるからだいぶ緩和されてきたが、何分今の自分は身重で全部制御しきれないから質が悪い。とは言えリリアの彼の様に音信不通にはならないから、ソコはまだ可愛いもので
「やっぱり男の方が追いかけて来る方がいいわよね、ねー?ふったちー?」
「えー?俺に聞くの?ロキねぇさんてば。」
キッチンでいい匂いをさせている鈴徳良二の笑い混じりの返答に、松理は賑やかにリリアにも同意を求める。偶々今回リリアの学業に繋がる来日が重なったのは事実だけれど、実はリリアが松理に会いに来たのは少し前にリリアの特別な友人と松理が時かに顔を逢わせたからなのだった。そして、リリアがその時の状況を、詳しく聞きたかったからなのだと松理も知っている。しかもこの話題は恐らくはリリアの特別な友人が妨害工作でもしているのだろう、普段の交流方法であるネットワークではどうやっても話題に上げられなくてワザワザこうしてまでして直に聞きに来たのだ。そこまでしてリリアが逢いたがっているのに、相手の男は簡単には逢おうとしてくれなくて、それはリリアとはすむ世界が違うとかなんとか。
「頭のいい男って、変なとこに拘るのよねー。ねー、ふったちもそう思うでしょ?」
「だから、俺にふらないでよー。」
「What should I do?How shall I put it? 」
神妙な顔でどうしたらいいか?どう表現したらいいでしょうか?なんて聞き出したリリアに、良二が聞かないでーと笑いながら言う。と言うのもふったちと呼ばれている良二の方も最近彼女ができたのだが、その彼女は長年探していたと言うか、子供の事の不思議な出逢いから密かに思い続けていた相手と再会したのだというのだ。
「白虎のにぃさんとか、マスターに聞いてよー。俺のは参考にならないよぉ!」
「何いってんの!全員の聞くに決まってるでしょ?馬鹿ね!」
「うぇええ!?マジすか?!」
当然それに関しては情報は多い方がいいのよなんて松理が言うのに、実は会話の半分しか日本語の理解ができていないリリアは素直に聞き分けたように「はい」と頷くわけなのだった。
自分を何よりも先に心配してくれる了の様子に、宏太の張り詰めていた気分が見る間に緩んでいく。それを間近に見ていた惣一がファイルをカウンターに下ろすとスイと比護耕作に向かってそれを押しやって、普段は使わない声音で惣一は口を開いていた。
「宏太が三浦を調教したのは第三者からの依頼。他の理由は何一つない。」
この件に関しては比護が思うような意図は絶対ないのは惣一だって知っているし、結果として今の現実と繋がる事実は多くても、このファイルと結び付くような意図は存在しない。それは言うまでもないことで、それが存在していたら今の宏太と了の姿は見られないものなのだ。
「…………もう引退してたのにか?」
「宏太さえその気になれば、何時でも宏太には仕事はまわせた。…………俺のとこには最近でも宏太に連絡を取りたい輩から連絡はきてるんだ。引退したなんて口にもしていないし明確な基準もないことで、変な言いがかりはやめろ。」
普段とはまるで別人のような冷え冷えとした口調に変わった惣一に、その場で驚いたのは実は了だけなのだが、それでも未だに了が心配そうに見つめながら宏太の手を包み込むように握っているのは宏太が言葉を発しないままでいるからだ。宏太にも自分では分からないが、恐らくは以前のように青ざめて冷や汗でもかいているのか、了は尚更顔を寄せて心配そうに頬に暖かな指を滑らせて傷跡に触れてくる。醜い傷跡をなんとも思わないで接してくれる了のお陰で時々自分が醜い傷跡だらけのクリーチャーのように扱われるのを忘れてしまうが、事実は醜くひきつれ好奇の視線に晒されるご面相の自分。その傷を刻んだのは件の三浦で、それをされる理由が宏太にはあったのだと散々社会的に吊し上げにもされてきた。その過去があったことをを比護は忘れているのか、それすらも計画のうちと考えたのか。
「宏太…………も、いいよ?な?帰ろ。」
惣一が変わりに対応してくれると踏んで了が繰り返す言葉に、甘えてしまいたくなる自分に思わず苦味の広がる宏太の口元に微かな笑が沸く。それを惣一が見つけたようにフウとあからさまな溜め息をつくのに、比護の方は戸惑いを浮かべてまだ宏太の口から聞きたいことが聞けていないと詰め寄る。
「………三浦和希を調教したのは、偶々だ。……進藤に繋がってるなんて思ってねぇよ。」
「ならなんで、その後も三浦と関わるんだ?!」
「…………偶然。」
「あんた、怪我させられた相手に散々関わってて偶然なんかあるか!おかしいだろ?!あんた、三浦とできてたんだろ?!あんた、男も女も関係ないもんな!!」
言われれば確かに宏太が、ここまでおかしな事をしてきたのは事実だ。確かに調教師だった自分なら、男女構わずなのだと誰もが思うだろうし了だってずっとそう考えていたくらい。それならば三浦とその後そういう関係になったと考えられてもおかしくはないのだろうが、そんなことはあり得ないことだと誰も知らないのだ。
片倉右京が死んだ事で実は自分が自暴自棄になっていたなんて宏太は誰にも話しはしなかったし、誰にも気が付かれもしていなかった。それに三浦に関わった結果顔を抉られ、喉を切り裂かれ、性器まで半分に切り取られて、本気で死にかけもしている。それでも死の淵から死にたくなくて必死に戻った理由は、その三浦和希なんかではなくて、今ここで自分の手を握る了だったのだ。けれど、それすらも周囲では、誰にも話していないし知らないことでもある。
「それで三浦とできてて、三浦を操る進藤と繋がってっ!!」
そう考えてしまえば進藤が願ったことに悉く荷担したように見える自分は、どう見たって進藤側の人間にしか見えない筈だ。偶々にしては全てが重なりすぎているのだろうし、そうではないと説明するのは難しいし比護に説明したからといって今更何もならない。
「だから最近も関わって、三浦を逃がしたんだろ?!そうだろ?!」
確かに比護の言うとおり、そう見えてしまう立場に宏太はいる。自分が命がけで戦ったつもりでも、宏太は直接対決した進藤を脚をへし折り返り討ちにしているし、三浦とも対決して逃がしはしたものの自分は無傷で戻ってきた。でもそれに関わったのは自分が生きていくために立ち向かわないとならないトラウマを宏太は背負ってもいたからで、怯え震え、気絶する程の恐怖がそれだと知って、それから逃れられないなら避ける術をとも思ってもきたからなのだ。
フラッシュバックに怯えて、籠って生きてても、どうにもなんねぇ…………
だったら立ち向かうしかないから、立ち向かった結果が今まで宏太が新たに作り上げたこの関係性。それだけの事なのだが、それを言葉で説明するのは簡単ではない。それをどう比護に説明したものかと苦い気分で思案しようとした瞬間、突然怒りに震える声で自分と比護の間にわってはいったのは宏太の手を握ったままの了だったのだ。
「あんたにそんなこと言われる筋あいねぇし!!宏太は絶対嘘つかないし、損得だけで動く人間でもないし!っていうか、冷や汗かいて辛いくらい怖い相手に必死に立ち向かってんの、あんたになんか分かんないだろ!」
その剣幕に一番に驚いたのは何を隠そう宏太の方で、余りの勢いで怒りだした了に比護もポカーンとして言葉を失う。何とか了を引き留めようと繋がれたままの手を引くが、宏太の前に庇うように立った了は怒りに声を震わせてまるで引こうとしない。
「…………さと、る?おい。」
「何なんだよ!宏太の事何にも知らないくせに!!勝手なことばっか言いやがって!!」
とてつもなく勢いのいい怒りで全く収まらない了に、何故か宏太の方は逆に気が緩んで腹の底から笑いが込み上げてきてしまう有り様。何しろ自分の事でこんなに純粋に怒って自分のために相手に食って掛かる了が、とてつもなく可愛いし愛しいし、飲み込まれそうになっていたあの辛い苦味すら打ち払う甘い幸福感。それを宏太に惜しみ無く与えてくれるのは了だけで、宏太は了を手にいれて、それだからこうして幸せに生きてもいられる。思わず汲み上げた微笑みを隠しもせずに、怒りに震える了の体を腕に抱き締め包み込むように引き寄せ膝の上に抱きかかえてしまう。
「おい、落ち着け、了。こら。」
「わぁ!こ、こぉた?!こ、こらっ!お、おこってんだぞ!離せってば!!」
「ふふ、ふは、はははっ分かった、怒ってんな、ははははっ!」
ポカーンとしたままの比護と宏太の様子にやれやれと言いたげな惣一を横に、唐突に笑いだしながら了を宝物のように抱き締める宏太は本当に了が傍にいて良かったと心の底から思っていたのだった。
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リリアの言う沢山の不思議は簡単一言では説明ができないのだが、彼女にしてみると日本でのとある文化での共存共栄の仕方には驚くと言うことを示していた。まぁそれは日本という国の成り立ちや、風土なんかも関係することで、確かに諸外国とは異なる文化を形成していると松理も思う。そんなまるで接点の無さそうな松理とリリアが交流を持ち始めたのはリリアの特別な友人である人物が関係していて、その人物とは言うまでもないのだが私立探偵をしている北欧系の顔立ちの男性の事である。
「Have you met with him recently?」
最近彼と逢えてる?と松理に聞かれて項垂れ落ち込む顔を浮かべるリリアに、松理は男はダメねぇそれなら女から押さなきゃとニヤニヤしている。と言うのもリリアとその特別な友人の関係は友人以上恋人未満と言ったところで、互いに好意を向けているのに先に進まない状況なのを察しているからだ。そして先に進まない理由は、実は松理と惣一が長年夫婦にならなかった理由とほぼ等しい。人種、環境、時間、そんな様々な障害を理由にして、松理はしない筈の妊娠を理由という一番の盾にして惣一の事を長年にわたって遠ざけて来たのだ。惣一のしている仕事が嫌だとか、偉そうな口調が嫌だとか散々に蹴散らして来た筈なのに、何度もただずっと傍にいさせてくれるだけでいいなんて馬鹿な願いを惣一が出逢った直後から繰り返す理由が松理にはずっと理解できなかった。セックスの相手にしたいだけなら構わないけど恋人にはなれないと告げても、自分は諦めないの一点張りだったのだ。
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名前かえるのがやだってんなら、俺が婿になるから、ね?
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惣一君も子供ができたんだから、ソコはキチンとしておかないとねぇ
何しろ今頃『茶樹』で認識が昔から兄弟みたいな友人である外崎宏太と一緒に、得体の知れない竜胆なんて女の情報に振り回されている比護耕作なんてフリーライターと会合しているのだから。そう言うことはしちゃいけないと教え込んでも、自分の仲間と認識したものは守る癖があって悪いことに首を突っ込もうとする癖が惣一にも弟分の宏太もあるのだ。宏太の方には了がいるからだいぶ緩和されてきたが、何分今の自分は身重で全部制御しきれないから質が悪い。とは言えリリアの彼の様に音信不通にはならないから、ソコはまだ可愛いもので
「やっぱり男の方が追いかけて来る方がいいわよね、ねー?ふったちー?」
「えー?俺に聞くの?ロキねぇさんてば。」
キッチンでいい匂いをさせている鈴徳良二の笑い混じりの返答に、松理は賑やかにリリアにも同意を求める。偶々今回リリアの学業に繋がる来日が重なったのは事実だけれど、実はリリアが松理に会いに来たのは少し前にリリアの特別な友人と松理が時かに顔を逢わせたからなのだった。そして、リリアがその時の状況を、詳しく聞きたかったからなのだと松理も知っている。しかもこの話題は恐らくはリリアの特別な友人が妨害工作でもしているのだろう、普段の交流方法であるネットワークではどうやっても話題に上げられなくてワザワザこうしてまでして直に聞きに来たのだ。そこまでしてリリアが逢いたがっているのに、相手の男は簡単には逢おうとしてくれなくて、それはリリアとはすむ世界が違うとかなんとか。
「頭のいい男って、変なとこに拘るのよねー。ねー、ふったちもそう思うでしょ?」
「だから、俺にふらないでよー。」
「What should I do?How shall I put it? 」
神妙な顔でどうしたらいいか?どう表現したらいいでしょうか?なんて聞き出したリリアに、良二が聞かないでーと笑いながら言う。と言うのもふったちと呼ばれている良二の方も最近彼女ができたのだが、その彼女は長年探していたと言うか、子供の事の不思議な出逢いから密かに思い続けていた相手と再会したのだというのだ。
「白虎のにぃさんとか、マスターに聞いてよー。俺のは参考にならないよぉ!」
「何いってんの!全員の聞くに決まってるでしょ?馬鹿ね!」
「うぇええ!?マジすか?!」
当然それに関しては情報は多い方がいいのよなんて松理が言うのに、実は会話の半分しか日本語の理解ができていないリリアは素直に聞き分けたように「はい」と頷くわけなのだった。
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