352 / 693
第十六章 FlashBack2
196.
しおりを挟む
思ったようではないというか、予想通りというか。はかばかしい返事を中々しない宏太に、スルリと抱き締めていた腕から了が抜けだした。そして了が改めて繰り返した言葉に、宏太は尚更の事むっつりとして黙りこむ。了が危険だと感じたらなんてとんでもない主観的な表現はイコールで危険なことをするなと、完全に了から牽制されているのだ。それにも当然気がついはいるのだろうが、ここで宏太が即イエスとは言えないのも事実。
「はい、は?俺の譲歩はここまでだから、うんって言わないとこれからは服着たまま寝るからな。」
「は?」
了にしてみればどれだけ譲歩してもここまでと線を引いて宣言しておかないと、宏太が甘えてくるとつい了も甘やかしてナアナアにして許してしまうから。嫌なことをされていて怒っても結果として何時でも許されてしまうのでは、宏太は顔を見て判断も出来ないのだから、それが全て当然になってしまう。それが今は良くても次第にもし宏太自身が対応できなくなった時に、了は泣くしか出来ないなんて結末は真っ平ごめんだ。
「それと宏太が危ない事したら俺はゲストルームで寝る。スキンシップなし、風呂も一緒に入んないし、当然だけどエッチ禁止な?」
「ちょ、ちょっと待て、それは…………………………。」
宏太がここまで素直に返事をしないのは嘘がつけないからで、約束をしたらそれを守るしかないと言う性質の人間だからだ。口先だけで約束して破ってしまうことなんて普通にあることだとしても、宏太にはそれが出来ないのだから簡単にはこの話を承諾しないのは分かっている。けれどそれを知っているからと言って、折れるわけにはいかない事もあるから了も折れない。
「はい、は?宏太。」
いつの間にかベットの上に座った了に詰め寄られて、困惑顔で宏太は言葉に詰まったまま。別に一緒に寝るくらいなら禁止されても構わないとか思うのが普通なのに、それにうんと言わない辺りが了の内心では宏太ってばこういうとこは可愛いななんて思う。それに以前には感じなかった感情が急激に感じ始める多くて宏太は今が一番人肌恋しいのだろうと思うのだけれど、本来ならこれは取引にもならないような些細なこと。それでも宏太にとっては堪えがたく感じることなのだと、最近の様子からは分かった。
以前…………宏太は恭平に、仁聖が今迄知らないことで戸惑うだろうなんていってたけど
恭平に相談された時に訳知り顔でそんなことを答えてもいたけれど、結局あれは宏太自身が今最も戸惑いながら手探りで自分の感情と向き合っていると言うことなのだ。様々なことを考え尽くしているのだろう宏太がググッと言葉に詰まったまま、困惑に深い溜め息をつく。それでもどうやら宏太の中でも、これに関しては了の本気が伝わった模様だ。
「……………………分かっ………………た。」
「よし、約束したぞ?いいな?」
「…………約束…………した。」
こんな風に了が直談判にでてくるとは宏太も思いも寄らなかったのだろう。普通の人間なら大したことがなくても宏太としてはかなり不利な約束を取り付けられてシュンとなんだか奇妙に大人しくなってしまった様子に、了は苦笑いを浮かべながら手を伸ばして宏太の首元に腕を絡め引き寄せる。
「こぉた。」
「ん……。」
甘え声で名前を呼びながら腕で宏太の上半身を引き寄せヨシヨシと頭を撫でてくる了の手に、表では不満そうな宏太も内心は心地好いのだろう大人しくされるがままになる。多分了がこんなことを言い出した理由だってちゃんと理解はしているのだから、これくらいで許してやらないと宏太だって辛いだろうし。
それにしても抱き締められて素直に頭を撫でられ、ちょっと嬉しそうにしている宏太なんて、正直片倉右京が見たとしたら唖然として『中身が入れ替わったの?!』というに違いないとも思う。そんなことを考えていたら、不意に宏太が戸惑うように口を開く。
「了………………。」
「何?」
「………………出来るならなんとかしてやりたいってのは…………普通のことか?」
他人と比べて普通かどうか。そんなことを何故か気にかけるようになった宏太なんて了としても更に驚くしかないが、宏太は恐らく自分が感じるものが初めて過ぎて理解が及ばないでいるのだ。同時にということは十中八九今の宏太のこの行動は、自分を含めるかどうかは別としても自分が気に入っている人物に関わる事で、自分がなんとかしてやりたいと思ったということなのだ。思わず問いかけられた言葉に苦笑いしながら、了は更にナデナデと大人しくしている宏太の頭を撫でる。
「感じたのは普通のことだと思うけど、誰もが出来ることでもないんだよな、宏太のする事って。」
「ん…………。」
そうなのだ、自分が気に入った人間のために助けてやろうなんて普通の事だ。友人でも家族でも、自分が出来るなら助けてやろうとするのは良くある話し。ただ問題なのはそれをしようとしているのが外崎宏太で、宏太はそこら辺の加減が分からずに全力投球してしまう。それを説明するのが難しいのは、今迄の宏太の常識を覆すのも難しいからだ。
「でもさ、出来ることするのだけでも宏太は自分の事大事にしないから、怪我したりしたら俺泣くから。俺はそんなので泣かされるのやだからな?何かする時はそこを頭に入れといてくれないと。」
それが結局は身の安全を図れと言っていることなのだと理解して、宏太は分かったと呟くとそのままギュウッと了の身体を抱き締め直す。了にとっても大事なことだし、了に言われたら守るしかないと言う認識は宏太には重大なのだ。
抱き締めながら頭を撫でられて気持ちいいなんて、変な話だ…………
そんなことを密かに考えながら宏太がそのままイソイソと服を脱がしにかかっていたのに、了が気がついた時にはもう遅い。半分服を既に引き剥がしにかかっている手を、了が止めようにも抱き締められて抱えあげられてしまった体勢が悪すぎる。
「こ、ら!こぉた!」
「焦らされたから、我慢できん。」
「焦らしてない。」
「焦らされた。」
そう言いながら膝の上からベットに下ろされて覆い被さられ、唇を塞がれてしまう。熱っぽくて丁寧に丹念に吐息ごと奪われながら、何度も何度も音をたてて唇を吸われたり舐められたりするのに身体から力が抜けていく。
「ん………………んん、…………んぅ…………。」
「了………………。」
唇から溢れてくる囁くような低く甘い宏太の声に、これは駄目だ・抵抗しようがないと了の頭の片隅が感じる。そうしてそのまま了が快感に喘がされるまでは、ほんの数分もない間のことなのだった。
※※※
ブツブツと不満を溢し続ける金子美乃利ほど面倒くさいものはないと、取り巻きの一人でもある久世浩久は最近とみに思う。久世は金子美乃利とは一つ年下で、実のところサークルの先輩に誘われなかったら金子と関係しなくてもすんだのだ。だが、出逢ったばかりの頃は美乃利はまだ女王様ではあったが、ここまで手のつけられない暴君ではなかった。女王様を乗せれば良い食事が食えるし、未成年ではあるが密かに良い避けも飲ませてもらえる。それだけの理由で取り巻きに加わったのだけど最近の暴君は、気に入らないと怒りだし手がつけられないから始末が悪い。
この間なんて、話してる他人を突き飛ばせとか…………
そう先日は立ち話をしている相手を突き飛ばして話を断ち切ってなんて言い出した上に、その後突き飛ばせなんて言ってないの一点張り。しかもその相手がイケメン過ぎて後から運命の出逢いなんて言い出す始末だが、相手は妻帯者なのは一目で分かってしまうのだった。
大丈夫よ!妊娠中の妻だもん!
何だその理由?と久世だって周囲の奴らだって思ったわけだが、何より一番割りに合わない役回りなのは一番下っ端扱いの久世なのだ。他の奴らより財力はないし田舎から出てきたばかりの大学デビュー、そんな久世には周囲の人間は、一際きらびやかでもある。思わず溜め息をバイト先の塾でついてしまうのは、そんな状況に嫌気も指していたから、美乃利行きつけのワインバーまで来いという呼び出しをバイトを理由に断ったからでもある。
明日…………面倒なことになんないと良いなぁ…………
どうせワインバーでの話題は最近美乃利が取り巻きにいれたいのに、全く靡かない同じ学年の建築学部の格の違うイケメンの話なのだ。まだそれぞれ一年目では大きく専門学科を学んでいる訳ではないけれど、建築学部の癖に文学部教授のお気に入りにもなっているというし、聞けば建築学部の癖に英語もペラペラだとか。しかも従兄弟は駅貼りになるようなモデルで、当人もイケメンで。
頭もよくて顔もよくて、スタイルも良いし、どうせ金持ちだ…………
久世自身は既に大学の講義を美乃利に振り回されて、幾つか遅刻したり単位を取れなくなったりもしている。これが続いていたら学力的にもギリギリついていけている程度の状況なのだから、先はドンドン先細りして暗くなるばかりなのだ。
「あーぁ………………。」
「何?溜め息ついて。」
不意に背後から声をかけられて飛び上がってしまう。背後にいたのはこの塾の室長の小早川圭で、何度か溜め息をついていた久世を暫く眺めていたらしい。小早川は今年四十になるかならないか、その年で大手塾の一つの室長になっている。頭も切れるし穏やかで親切な小早川はスタッフへの気配りもしてくれる良い上司なのだが、何と問われてもこの面倒は大学での人間関係で。
「室長、今迄の人生で面倒臭い人間と付き合ったことあります?」
「あるよ?何?久世君、面倒な奴に困ってんの?」
賑やかにそういわれたが、困っているというか…………いや十分困っているのか…………と久世は内心では思ってしまう。結局は男をはじめとして誰からもチヤホヤされたいだけの美乃利なのだが、それほどの美少女というわけでもないのはここだけの話し。彼女と比べたら都立第三高校の制服を着て歩いているのを見かけた黒髪の少女は、もうアイドル並みの容姿だったなぁ何て思う有り様だ。しかも今の美乃利は誘っても全く靡かない源川に意地になって絡み続けているのだけど、それに一緒になってつるんでいても美乃利の取り巻き達は何も得するわけでもない。
「俺も大学時代から腐れ縁で何年も付き合うことになったけどさ、…………人間ってさ?改まるものはさっさと改まるんだよねぇ。」
珍しく遠い目をしてそんなことを言う小早川は、普段とは違う口調でそんなことを呟くように言う。改まるものはさっさと改まる、それはつまり直そうと言う意図があれば直ぐに直せるものだと言いたいのかと久世は思う。
「でもさ、時々そういう範疇に全くいないって奴もいるんだよ、久世君。」
「いない?」
戸惑いながら問い返すと不意に普段の朗らかな笑顔を拭い取ったように、小早川は不快そうに顔を歪めて吐き捨てるように呟く。
「そういう範疇にいない奴はね、さっさと縁を切るべきだよ?久世君。」
その言葉はまるで望みがない美乃利とは早めに縁を切るべきだと言われているみたいで、久世は思わず目を丸くして小早川の顔を見つめる。小早川はその視線に気がついたのか普段の朗らかな笑顔に戻って何度か話しても全く聞く耳を持たなかったら、早めに見切りはつけるべきだよとどこか冷ややかに聞こえる声で言う。
「小早川室長ー、八幡統括からお電話でーす!」
「ああ、ありがとうね、小松川君。久世君、今日は終わりだよね、お疲れさま。」
賑やかに全く寸前の会話すらかなったみたいに、他の社員講師の声に答えて小早川は踵を返す。確かに何度か源川の事はもう諦めましょうと取り巻きから言われても美乃利は聞く耳も持たず、取り巻きを源川の動向や生活圏を調べさせるのに使い走りにしたりしている。それをどう取るべきなのか久世もまだ結論を出してはいないけど、このままではあまり良い縁とは言えない状況になりつつもあるのだ。
「ああ!そうでしたっけ?!えぇ今から俺も授業なんですよぉー、終わってからじゃ遅いですか?!」
そんな矢先に電話口で困りきった小早川の声が事務所内に響いて、久世は思わず視線を向ける。どうやら何か今届けておかないとならないような物があったらしくて、小早川が授業調整できるかなぁと呟いているのが聞こえていた。ただ小早川の受け持ち授業は数が少ないが、小早川が有能なので人気も高いから倍率も高いのだ。それを目当てにここに通う塾生もいるのだから中止にするなんてあり得ない。
「室長、俺帰りながら届けますよ。」
そう何気なく声をかけた久世に、小早川は心底助かったといつもの朗らかな笑顔を浮かべたのだった。
「はい、は?俺の譲歩はここまでだから、うんって言わないとこれからは服着たまま寝るからな。」
「は?」
了にしてみればどれだけ譲歩してもここまでと線を引いて宣言しておかないと、宏太が甘えてくるとつい了も甘やかしてナアナアにして許してしまうから。嫌なことをされていて怒っても結果として何時でも許されてしまうのでは、宏太は顔を見て判断も出来ないのだから、それが全て当然になってしまう。それが今は良くても次第にもし宏太自身が対応できなくなった時に、了は泣くしか出来ないなんて結末は真っ平ごめんだ。
「それと宏太が危ない事したら俺はゲストルームで寝る。スキンシップなし、風呂も一緒に入んないし、当然だけどエッチ禁止な?」
「ちょ、ちょっと待て、それは…………………………。」
宏太がここまで素直に返事をしないのは嘘がつけないからで、約束をしたらそれを守るしかないと言う性質の人間だからだ。口先だけで約束して破ってしまうことなんて普通にあることだとしても、宏太にはそれが出来ないのだから簡単にはこの話を承諾しないのは分かっている。けれどそれを知っているからと言って、折れるわけにはいかない事もあるから了も折れない。
「はい、は?宏太。」
いつの間にかベットの上に座った了に詰め寄られて、困惑顔で宏太は言葉に詰まったまま。別に一緒に寝るくらいなら禁止されても構わないとか思うのが普通なのに、それにうんと言わない辺りが了の内心では宏太ってばこういうとこは可愛いななんて思う。それに以前には感じなかった感情が急激に感じ始める多くて宏太は今が一番人肌恋しいのだろうと思うのだけれど、本来ならこれは取引にもならないような些細なこと。それでも宏太にとっては堪えがたく感じることなのだと、最近の様子からは分かった。
以前…………宏太は恭平に、仁聖が今迄知らないことで戸惑うだろうなんていってたけど
恭平に相談された時に訳知り顔でそんなことを答えてもいたけれど、結局あれは宏太自身が今最も戸惑いながら手探りで自分の感情と向き合っていると言うことなのだ。様々なことを考え尽くしているのだろう宏太がググッと言葉に詰まったまま、困惑に深い溜め息をつく。それでもどうやら宏太の中でも、これに関しては了の本気が伝わった模様だ。
「……………………分かっ………………た。」
「よし、約束したぞ?いいな?」
「…………約束…………した。」
こんな風に了が直談判にでてくるとは宏太も思いも寄らなかったのだろう。普通の人間なら大したことがなくても宏太としてはかなり不利な約束を取り付けられてシュンとなんだか奇妙に大人しくなってしまった様子に、了は苦笑いを浮かべながら手を伸ばして宏太の首元に腕を絡め引き寄せる。
「こぉた。」
「ん……。」
甘え声で名前を呼びながら腕で宏太の上半身を引き寄せヨシヨシと頭を撫でてくる了の手に、表では不満そうな宏太も内心は心地好いのだろう大人しくされるがままになる。多分了がこんなことを言い出した理由だってちゃんと理解はしているのだから、これくらいで許してやらないと宏太だって辛いだろうし。
それにしても抱き締められて素直に頭を撫でられ、ちょっと嬉しそうにしている宏太なんて、正直片倉右京が見たとしたら唖然として『中身が入れ替わったの?!』というに違いないとも思う。そんなことを考えていたら、不意に宏太が戸惑うように口を開く。
「了………………。」
「何?」
「………………出来るならなんとかしてやりたいってのは…………普通のことか?」
他人と比べて普通かどうか。そんなことを何故か気にかけるようになった宏太なんて了としても更に驚くしかないが、宏太は恐らく自分が感じるものが初めて過ぎて理解が及ばないでいるのだ。同時にということは十中八九今の宏太のこの行動は、自分を含めるかどうかは別としても自分が気に入っている人物に関わる事で、自分がなんとかしてやりたいと思ったということなのだ。思わず問いかけられた言葉に苦笑いしながら、了は更にナデナデと大人しくしている宏太の頭を撫でる。
「感じたのは普通のことだと思うけど、誰もが出来ることでもないんだよな、宏太のする事って。」
「ん…………。」
そうなのだ、自分が気に入った人間のために助けてやろうなんて普通の事だ。友人でも家族でも、自分が出来るなら助けてやろうとするのは良くある話し。ただ問題なのはそれをしようとしているのが外崎宏太で、宏太はそこら辺の加減が分からずに全力投球してしまう。それを説明するのが難しいのは、今迄の宏太の常識を覆すのも難しいからだ。
「でもさ、出来ることするのだけでも宏太は自分の事大事にしないから、怪我したりしたら俺泣くから。俺はそんなので泣かされるのやだからな?何かする時はそこを頭に入れといてくれないと。」
それが結局は身の安全を図れと言っていることなのだと理解して、宏太は分かったと呟くとそのままギュウッと了の身体を抱き締め直す。了にとっても大事なことだし、了に言われたら守るしかないと言う認識は宏太には重大なのだ。
抱き締めながら頭を撫でられて気持ちいいなんて、変な話だ…………
そんなことを密かに考えながら宏太がそのままイソイソと服を脱がしにかかっていたのに、了が気がついた時にはもう遅い。半分服を既に引き剥がしにかかっている手を、了が止めようにも抱き締められて抱えあげられてしまった体勢が悪すぎる。
「こ、ら!こぉた!」
「焦らされたから、我慢できん。」
「焦らしてない。」
「焦らされた。」
そう言いながら膝の上からベットに下ろされて覆い被さられ、唇を塞がれてしまう。熱っぽくて丁寧に丹念に吐息ごと奪われながら、何度も何度も音をたてて唇を吸われたり舐められたりするのに身体から力が抜けていく。
「ん………………んん、…………んぅ…………。」
「了………………。」
唇から溢れてくる囁くような低く甘い宏太の声に、これは駄目だ・抵抗しようがないと了の頭の片隅が感じる。そうしてそのまま了が快感に喘がされるまでは、ほんの数分もない間のことなのだった。
※※※
ブツブツと不満を溢し続ける金子美乃利ほど面倒くさいものはないと、取り巻きの一人でもある久世浩久は最近とみに思う。久世は金子美乃利とは一つ年下で、実のところサークルの先輩に誘われなかったら金子と関係しなくてもすんだのだ。だが、出逢ったばかりの頃は美乃利はまだ女王様ではあったが、ここまで手のつけられない暴君ではなかった。女王様を乗せれば良い食事が食えるし、未成年ではあるが密かに良い避けも飲ませてもらえる。それだけの理由で取り巻きに加わったのだけど最近の暴君は、気に入らないと怒りだし手がつけられないから始末が悪い。
この間なんて、話してる他人を突き飛ばせとか…………
そう先日は立ち話をしている相手を突き飛ばして話を断ち切ってなんて言い出した上に、その後突き飛ばせなんて言ってないの一点張り。しかもその相手がイケメン過ぎて後から運命の出逢いなんて言い出す始末だが、相手は妻帯者なのは一目で分かってしまうのだった。
大丈夫よ!妊娠中の妻だもん!
何だその理由?と久世だって周囲の奴らだって思ったわけだが、何より一番割りに合わない役回りなのは一番下っ端扱いの久世なのだ。他の奴らより財力はないし田舎から出てきたばかりの大学デビュー、そんな久世には周囲の人間は、一際きらびやかでもある。思わず溜め息をバイト先の塾でついてしまうのは、そんな状況に嫌気も指していたから、美乃利行きつけのワインバーまで来いという呼び出しをバイトを理由に断ったからでもある。
明日…………面倒なことになんないと良いなぁ…………
どうせワインバーでの話題は最近美乃利が取り巻きにいれたいのに、全く靡かない同じ学年の建築学部の格の違うイケメンの話なのだ。まだそれぞれ一年目では大きく専門学科を学んでいる訳ではないけれど、建築学部の癖に文学部教授のお気に入りにもなっているというし、聞けば建築学部の癖に英語もペラペラだとか。しかも従兄弟は駅貼りになるようなモデルで、当人もイケメンで。
頭もよくて顔もよくて、スタイルも良いし、どうせ金持ちだ…………
久世自身は既に大学の講義を美乃利に振り回されて、幾つか遅刻したり単位を取れなくなったりもしている。これが続いていたら学力的にもギリギリついていけている程度の状況なのだから、先はドンドン先細りして暗くなるばかりなのだ。
「あーぁ………………。」
「何?溜め息ついて。」
不意に背後から声をかけられて飛び上がってしまう。背後にいたのはこの塾の室長の小早川圭で、何度か溜め息をついていた久世を暫く眺めていたらしい。小早川は今年四十になるかならないか、その年で大手塾の一つの室長になっている。頭も切れるし穏やかで親切な小早川はスタッフへの気配りもしてくれる良い上司なのだが、何と問われてもこの面倒は大学での人間関係で。
「室長、今迄の人生で面倒臭い人間と付き合ったことあります?」
「あるよ?何?久世君、面倒な奴に困ってんの?」
賑やかにそういわれたが、困っているというか…………いや十分困っているのか…………と久世は内心では思ってしまう。結局は男をはじめとして誰からもチヤホヤされたいだけの美乃利なのだが、それほどの美少女というわけでもないのはここだけの話し。彼女と比べたら都立第三高校の制服を着て歩いているのを見かけた黒髪の少女は、もうアイドル並みの容姿だったなぁ何て思う有り様だ。しかも今の美乃利は誘っても全く靡かない源川に意地になって絡み続けているのだけど、それに一緒になってつるんでいても美乃利の取り巻き達は何も得するわけでもない。
「俺も大学時代から腐れ縁で何年も付き合うことになったけどさ、…………人間ってさ?改まるものはさっさと改まるんだよねぇ。」
珍しく遠い目をしてそんなことを言う小早川は、普段とは違う口調でそんなことを呟くように言う。改まるものはさっさと改まる、それはつまり直そうと言う意図があれば直ぐに直せるものだと言いたいのかと久世は思う。
「でもさ、時々そういう範疇に全くいないって奴もいるんだよ、久世君。」
「いない?」
戸惑いながら問い返すと不意に普段の朗らかな笑顔を拭い取ったように、小早川は不快そうに顔を歪めて吐き捨てるように呟く。
「そういう範疇にいない奴はね、さっさと縁を切るべきだよ?久世君。」
その言葉はまるで望みがない美乃利とは早めに縁を切るべきだと言われているみたいで、久世は思わず目を丸くして小早川の顔を見つめる。小早川はその視線に気がついたのか普段の朗らかな笑顔に戻って何度か話しても全く聞く耳を持たなかったら、早めに見切りはつけるべきだよとどこか冷ややかに聞こえる声で言う。
「小早川室長ー、八幡統括からお電話でーす!」
「ああ、ありがとうね、小松川君。久世君、今日は終わりだよね、お疲れさま。」
賑やかに全く寸前の会話すらかなったみたいに、他の社員講師の声に答えて小早川は踵を返す。確かに何度か源川の事はもう諦めましょうと取り巻きから言われても美乃利は聞く耳も持たず、取り巻きを源川の動向や生活圏を調べさせるのに使い走りにしたりしている。それをどう取るべきなのか久世もまだ結論を出してはいないけど、このままではあまり良い縁とは言えない状況になりつつもあるのだ。
「ああ!そうでしたっけ?!えぇ今から俺も授業なんですよぉー、終わってからじゃ遅いですか?!」
そんな矢先に電話口で困りきった小早川の声が事務所内に響いて、久世は思わず視線を向ける。どうやら何か今届けておかないとならないような物があったらしくて、小早川が授業調整できるかなぁと呟いているのが聞こえていた。ただ小早川の受け持ち授業は数が少ないが、小早川が有能なので人気も高いから倍率も高いのだ。それを目当てにここに通う塾生もいるのだから中止にするなんてあり得ない。
「室長、俺帰りながら届けますよ。」
そう何気なく声をかけた久世に、小早川は心底助かったといつもの朗らかな笑顔を浮かべたのだった。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる