鮮明な月

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第十六章 FlashBack2

194.

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形上の営業時間は終了したことにしたので了は夕食の準備でキッチンにいるし晴もその手伝いに行っていて、晴の捕獲にくる明良はまだ家には来ていない模様。だから今こうして仕事場に残っているのは外崎宏太ただ一人で、壁越しにリビングとキッチンで了が晴と何かを話している気配はしていた。勿論それを聞く気になれば向こうも問題なく聞き取れるが、今はそちらは半分聞き流していて意識はヘッドホンに集中している。
一人神妙な顔をして未だにヘッドホンの音声に耳を澄まし事の成り行きを聞いている宏太は、耳にはいる相手の口調から相手が何を一番調べようとしているのか聞き取ろうとしていた。というのも今日件の男から呼び出されましたと宇野智雪が連絡を寄越してきて、しかも友人の雪が密かにこの対面の会話をそのまま宏太にも聞かせてくれているのだ。

俺の事は、大分予想よりも調べてたな…………

過去に自分から家族と縁を切ると口にした時、宏太としてはそれなりの覚悟は当然していたのだ。外交官や政治家なんかばかりの外崎の家系から自分のような異端児が出るのは問題が大きいのも、自分の親や一族が社会的に周囲からどんな風に見られている家系なのかも当然ながら宏太だって理解していた。しかも自分の父親が今後どんな行く末を期待されているかだって充分すぎるほど理解していたから、自分のような人間がどれだけ問題になるかは言うまでもない。

それでも自分が何も気がつかず生きていたら………恐らく行く行くは別な大事を引き起こしたに違いない

そう、宏太は今でも常々考えてしまう。希和の事件は確かに自殺でけりがついたが、もしその時に宏太が自分の異常さに気がつかないままだったら、恐らく再び宏太は再婚でもして同じことを繰りかえしたに違いない。そうなる前に自分がマトモじゃないと気がつけたのは、幸運だとも今では思える。兎も角何かを起こす前に外崎宏太は死んだものとして諦めてもらい縁を切ってしまうのが、一番の良策だと当時の宏太は考えたのだし、それは今も後悔はしていないのだ。戸籍の分籍は結婚の時点で既に行われ、連絡の術は全て封じて住民票も戸籍も閲覧禁止をかけて…………マトモじゃない人間だからといって縁を切りましただけで法的には済まないのは宏太だって知っている。

自分の居たことすら抹消できないと何ともならない。

勿論直ぐ様その方法を見いだせたわけではなくて、何年間かかかって……後に出会った久保田に助力を仰ぐ必要はあったのだが、結果的には殆ど狙いどおりの存在にはなった。少し法律やなにかの知識があったとしても、生半可に調べたくらいじゃ宏太の身内が誰なのか生きているのかは今では調べられないようになっているし、調べようとすれば宏太には分かるから妨害される。
その方法はだって?そんなの教えたら真似されるかもしれないから、そこんところは企業秘密。だが、時間が経てば経つほど宏太の身元は分かりにくくなっていく。時間が必要なのはどうしたって遠坂達みたいに子供の頃からの付き合いの人間がいるから、そこを伝えば何とか調べられるしバレるのは仕方がないからだ。が、彼らを知らないなら、恐らく今の宏太に弟や母親がいて、まだ遠方で生きているのは調べるのは難しい。いや勿論弟・秀隆に兄がいたのは簡単に調べられるが、秀隆が直に口にしなければ兄がどこで生きているかは調べるのに大分手間がかかるということだ。

それを調べられているということは比護が有能なのか、比護の情報源が有能なのか

勿論比護が、高橋至から情報を買ったのは既に知っている。流石に宏太の方にも記憶には殆どなかったのだが、恐らく過去に宏太が片倉に勤めていた頃に数度だろうが出逢っていたのだと結論に辿り着きはしたところだ。宏太がまだ勤め始めて数年という辺りなら、高橋だってまだ髪の毛は地毛のフサフサな頃だろうし、今の顔が見られるわけでもないから宏太だって思い出せない。とはいえ向こうが自分を覚えているとは思いもしなかったのは、宏太としても意外には思う。

色ボケの馬鹿なだけかと思っていたが、昔はマトモに働いてた時期もあるってことだな…………

等と一人勝手に考えて感心したのはここだけの話し。当然の事だが宏太と同じ方法は了承の上で了にも使われていて、今ならまだ友人関係や前の仕事の関係者から伝をつたい調べようはあるだろうが、了の方も時間が経つにつれ成田哲との関係性は調べがたくなるに違いない。人間の繋がりは侮れないが、そこを理解すれば逆手にも使えると言うことの典型な訳だ。

『それにね、外崎さんの身の回り、一癖も二癖もある人間ばかりがホントに集まりすぎなんですよ、知ってますか?いや、あんたもその一人なのかな……?』

フリーライターの比護耕作。ブラックマネーやら企業の裏側やら、それこそアンダーグラウンドな話題ばかり胡散臭いゴシップ雑誌に寄稿している男なのは調べ上げた。身元はそれほど秘匿ではなく、あっさりと調べられ、両親は片親が死去、兄の方も何年も前に死んでいて、年の離れた妹と母親がいる。
この男が何処から三浦事件の事に興味を持ったかはハッキリしないし、誰から何を手に入れてこの話題に飛び付いたのだろうかとは思う。政治家のゴシップは得意でも、三浦は直には政治家とは関係ないのだ。
ハッキリ言うと三浦事件は数年前の三浦和希が起こした連続殺人事件だけなら、人数からすれば稀代の殺人鬼ではあるがそれだけで済んだ。それだけで済まなくなったのは、去年から今年にかけて立て続けに連鎖して起こった続編とも言うべき大規模な事件のせいなのだった。

進藤の奴も、余波がこの程度なのは不満だろうけどな………………十分面倒だ

生物学上の三浦の父親と思われる進藤隆平が起こした何十年も前からの計画の一端が、実は三浦和希自身の存在とあの事件だったと判明したのは今年の初夏のあたりの事。本来もっと広範囲の被害を起こしたかった進藤の狙いとは異なり、事件を終息させるのに一役買ったのが宏太を始めとした面々なのは言うまでもない。比護が一癖も二癖もと言うのは言うまでもなく、久保田惣一を初めとした宏太の友人達の事で、そこには呼び出されている宇野智雪も含まれるかもしれない。

まぁ確かに一癖、二癖か?

思わずニヤリと笑ってしまうのは、そこには鳥飼夫婦も久保田の嫁・松理も含まれるのかと、自分でも考えたら可笑しくなったからだ。そこを含めたら記憶障害をもってる鈴徳良二やら、おネエの空手家でモデルもしていた藤咲信夫やら、まあ癖のある人間ばかり宏太の周囲には確かに集まってきているのは事実。そこに東の鳥飼の対抗馬・西の榊も入るのかねとつい思ってしまう。

あぁ、秘密基地を実際に作る建築家の息子もいたか。

密かにクックッと笑ってしまうのは、そんな風に傍目に見れば可笑しな人間ばかり集まっていたのに今更気がついてしまうからだった。しかも、そんな風にして集まった人間は宏太にとって、嫌な人間ではなく友人になった面々なのだ。

『一癖二癖ですかぁ………まぁ、それってでもあなたの主観ですよねぇ。まぁ僕はしがない会社員ですからねぇ。』
『良く言う、あんた、十年前の強盗殺人事件の身内ですってね?』

あぁ馬鹿なことを聞いたな、と宏太が心の中で笑うのは、雪がそれを聞かれるとどんな反応を示すか宏太も知っているからだ。それをマトモに直球で問いかけてもいいのは雪が友人と認める鳥飼達か、雪が全く抵抗が出来ない雪の愛する小動…………もとい溺愛彼女と息子くらいなものだ。一瞬の冷やかな空気がヘッドホン越しなのに流れ込んだ気がするが、次の瞬間始まったのは大学の法律の講義かと思うような滑らかな口振り。

『刑事訴訟法第251条は時効期間の標準となる刑について複数の主刑から一を選択し、または複数の主刑を併科すべき罪については、重い刑によることを定める。』
『は?』
『ちなみに脅迫罪とは、相手を畏怖させることにより成立します。日本の刑法では刑法第222条に定められている犯罪で未遂罪は存在しない。「刑法 第二編 罪 第三十二章 脅迫の罪」に、強要罪とともに規定されている。知ってますよね?常識ですもんね?』

唐突にベラベラと流暢に法律に関して話し始めたのは言うまでもなく雪で、先程までのノホホン仮面をとっぱずしての口調に相手は訳が分からずポカンとしている。そして聞いている方の宏太も予想とは少し違った雪の反応に、眉を少しだけだが動かしてもいた。

『正確には僕の家族の事件は、十一年前の強盗ですけどね。強盗罪は刑法236条、暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取したり、財産上不法の利益を自分で得たり他人に得させたりすると成立します。法定刑は5年以上の有期懲役。未遂も処罰されますけど、これは刑法243条ですね。刑法237条、強盗予備罪で予備も罰せられます。刑法235条窃盗罪の加重類型であり、財物に関する特例規定も同様に適用されます。理解してますね?Can you understand?알 겠어요?你能听懂吗?』

しかも地味にだが相手の事を馬鹿にしたいらしくて、理解してますね?を多言語で言い始めている辺りが密かに怒っているのを証明していたりする。言うまでもないが、日本語の後、英語・韓国語・中国語だ。

『は?あ?』
『僕の家族の事件は既に犯人が捕まり服役してますし、それを僕のアイデンティティーの一端として持ち出されるのはどうなんですかね?ある意味ではこの先を求めるのは、脅迫罪としてなりたちませんかねぇ?僕の過去を知っているから周囲に言われたくなきゃ、比護さんが外崎さんに会うのに渡りをつけろってことですか?違います?』

確かに、自分と直にコンタクトをとりたいのが比護の一番の狙いなのだろう。とはいえこんな風に雄弁にやり込めに入った雪の様子には、思わず吹き出してしまう。以前の雪だったら無表情のままに喧嘩を売りに入りそうなものだが、ここのところの雪は少し対応がかわったのだ。

『でもねぇそのやり方無駄ですよね?僕が犯人なら兎も角、あぁ犯人なら尚更強要罪つけられますかね?でも僕の身の回りで事件を知らない友人はいないわけですよね。だからなんなの?それなにか問題ある?ってなもんですよね。』

宏太には見えないが一見するとにこやかな表情も変えずに雪がそう告げているのは、宏太にも言われなくても分かる。何しろ宇野智雪という人間はある意味では自分達と似た一面を持っていて、自分の身に危害が及ぶ危険性には容赦しないのだ。そう言う人間だと知らなければノホホンとした顔をした青年にしか見えないから、宏太としては自分より遥かに質が悪いと思う。

『いや、あのあんた、本当に知らないなんて言うつもりじゃないだろうね?あんたが外崎と親密に連絡を取ってるのは知ってるんだよ?だから…………。』
『友人と連絡を取り合うのは普通だと思いますけど?』
『違法活動がバレたら、外崎だって困る筈。』
『違法って言いますけど、何を指して比護さんは違法だと?何を知ってて違法だって言うんですか?盲目の障害を追った人が、何の違法活動を?それ知ってるって調べるのどうするんです?比護さんも違法行為ですか?へぇー。』

真綿で首を絞めるようにジリジリと自分の質問の範囲が狭まっていくのに、比護が苛立ちを隠せなくなっていくのが口調からも分かる。比護の予測では宇野がここまで難攻不落だとは考えていなかった模様で、しかもこうなると自分の手の内を見せないことには雪は情報源には成り得ない。

『ーっ…………け、警察に情報をリークしてるのは調べ上げた。』
『おや、それって違法なんですよね?警察も違法行為に絡んでますか?へぇ?そうなんですか、そういうのに僕は関わりたくないなぁ、僕は家庭があるんで。』

思わずブッと吹き出してしまった途端、背後のドアが開いて了が心配そうでもありながら、なに笑ってんだよと言いたげにどうかしたのかと問いかけてくる。何でもないといいたいが、その先の雪の手痛いしっぺ返しが面白すぎて笑いが止まらなくなっている宏太に、了だけでなく晴まで何が面白いのと覗き込む始末だった。
そうして結局比護は情報源にしたかったらしい雪に完全にやり込められることになったのだが、どこから三浦事件のネタをみつけて手繰り寄せようとしているのかに関しては宏太も独自に調べないとならなそうだなと考え込む。

俺が関係しているからって、もう俺の親父は死んでるしな…………別段根掘り葉掘りしてもな…………

身の回りで身辺を持ち込まれると面倒そうな人間は確かにいるが、三浦事件を持ち出して迄何かするにはこれは随分と大事過ぎる。しかも宏太に渡りをつけて、この先で誰に行き着きたいのかもまだ理解できない。

比護…………比護ねぇ…………

もう一度詳しく比護耕作に関して調べてみる必要がありそうだなと、宏太は密かに思案していたのだ。

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