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第十六章 FlashBack2
189.
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タイミングよく『茶樹』にその姿を見せて、しかも手招きに歩み寄ってきたのは正直に言わせて貰えれば、あまり関わりになりたくなさそうなタイプの人間。というのも店内の灯りに透けてしまう派手な明るい金髪に、すこしキツい目元。不機嫌そうにした目付きの悪さからか少しガラが悪そうな青年が、信哉の手招きで店内を横切り真っ直ぐに歩み寄ってくる。ポケットに手を突っ込んだまま歩み寄って来る姿は、なおのこと柄が悪そうで一瞬恭平としてはどうしたものかと迷うほど。
「あ、どーも、はじめまして?槙山忠志って言います。」
なんて最初は思っていたのに暢気すぎるその挨拶と同時に青年の浮かべた笑顔は、恭平の予想に反して印象を覆す人懐っこい人好きのする子供みたいな笑顔だった。余りにも印象が変わるのに、恭平もポカーンとしてしまう。しかも口を開いた途端槙山は更に人好きする雰囲気を全身から放っていて、最初の印象が嘘だとしか思えない。
「お前、恭平が驚くだろ、もう少し普通に近寄れよ。」
「え?あ、俺人相悪いもんなー、そんなつもりなくても怖いよねー。」
なんて平然として笑顔で二人がいうものだから、思わず笑い出しそうにすらなってしまう。だから笑い出してしまう前に恭平も、慌てて自分の自己紹介と共に頭を下げた。
そんな槙山忠志は数年前からの信哉の知り合いなのだといい、土志田悌順とも友人関係なのだという。勿論土志田の従弟・宇佐川義人とも友人で、宇佐川とは同じ年。つまりは、恭平とは二つ違いで、結城晴や狭山明良達の同級生になる。
「これね、地毛なんだ、ヤンキーじゃないんだ。だから、多めに見て貰ってぇ。」
それにしても物怖じしないというか人懐っこいというか、金髪は家系で生まれつきなのだと笑う。そんな風に初対面なのに気さくに陽気に笑いかけてきて、自分の髪の毛や目付きの悪さも物ともしないで笑いに変えてしまう。人見知りで引っ込み思案な恭平としては、そういう朗らかさは正直羨ましい限りだ。そんな槙山のことは『茶樹』の面々も既に知っている様子で、厨房の鈴徳良二も知り合いらしく顔を出してきて「何?忠志君来てんの?」なんて声をかけてくる気安さ。
「良二さん、俺カフェオレねー。」
「はいはい、何?お揃いで?」
「顔合わせしておこうと思って。」
「顔合わせ?俺に?信哉。」
当の信哉も暢気に話しているが、どうやら信哉が槙山を此処に呼び出したらしいのは分かった。
「顔合わせ?俺と彼をですか?信哉さん。」
「ああ、お前に会わせておこうと思ってたんだ。」
問いかけた言葉に、サラリとそう信哉に言われ恭平は眼を丸くする。方や意図して呼び出されていたらしい槙山も何も聞かされていなかったようで、運ばれてきたカフェオレを飲みながら首を傾げた。
「こいつも真見塚に鍛練にきててな、うちが建ったらうちに通う予定なんだ。」
聞けば既に昨年末頃から合気道を習い始めたという槙山忠志は、元々体操をやっていて抜群の運動神経の持ち主なのだという。それに勘も良いそうで合気道を習った期間が短いこと以外は、かなり早い習得度合いなのだそうだ。後一年もあれば組打くらい教えられるかもしれないというからには、途轍もない破格の才能の持ち主と言えるのだと恭平は驚いてしまう。そんな人間を筆頭に集まっていくのかと思うと、自分みたいなブランクも長い上に大して才能もない人間がおいそれと通って良いものなのかと思うくらいだ。
「凄いですね、一年も経たずにそこまでって…………。」
「幾らか経験値というか、素地があったからな。何年もかけて合気道の下地を作ってあったようなもんだ。準備期間ありだから、たいしたことじゃない。」
「ちっげーよ!信哉が鬼のスパルタで特訓したじゃんか。」
不貞腐れた槙山が言うには習い始めてから、何度も今時吐くまでガンガンと信哉からスパルタ特訓をされたというのだから思わず恭平も眉を潜めてしまう。それに対して信哉ときたら対したことはしてないし、必要性があったからしたんだろうがとケロリとしている。鬼の特訓…………しかも信哉がやる特訓なんて正直考えたくないのは、十年道場に立ったこともないのに突然ほぼ丸々と演武に対応させられたのを思い出したからだ。
すこし体力つけておかないと…………俺も吐く迄やらされそうな気がしてきた…………
あの時だって汗だくでゼエゼエしていたのに、これが鍛練になったら逃げ出すのは絶対に無理な気がするのだ。しかしここでなんで引き合わせたのかに関しては、まだ理由がはっきりしなくて恭平が戸惑い顔を浮かべたのに目の前の槙山も気がついた。
「で?何で呼び出しだったんだ?顔合わせ早くしたい理由って?信哉。」
「…………前に話したろ?」
前?何か事前に信哉は恭平のことを、槙山忠志に話してあるのだとその言葉からも分かる。分かるけれどそれが何なのか教えて貰わないことには、恭平にも何が何だか分からないときているのだが。暫し以前の話しと言うことに遡り首を捻った槙山は、次の瞬間あぁ思い出したと口を開いた。
「あ、なに?この榊さんが信哉が前言ってた天才肌なのに努力家って人?信哉の次の偉い人か!」
「は?!」
唐突に自分にはとんでもなく相応しくない評価の言葉と、しかも師範になる信哉の次なんてとんでもないことを槙山は口にしたのだ。直に思わず恭平は抗議めいた声をあげて身を乗り出していたが、信哉は苦笑いでまだ直に言うなよと槙山の頭をペチンと叩く暢気さ。
天才肌?努力家って十年もやってないのに?しかも、なにいって?!
それを言うなら鳥飼信哉こそが稀代の天才であって、自分は過去に教えられたものを愚直に繰り返しただけで、しかも十年も放棄したままなのだ。そう恭平が唖然としているのに、信哉はバラすなよと言いたげに珈琲を片手に口を開く。
「言ってるだろ?俺は必要があってやってるだけだったから動機も不純だし、それほど才能もない。お前みたいに純粋に才能があっててやってるのと違うんだって。」
「いや、動機は兎も角才能って…………。」
信哉は平然とお前の方が才能があるから言ってるなんて訳の分からないことを口にして、隣の槙山はそれに関して理解しているのか基本的な理解をしてないのか気にした風でもない。
稀代の天才。
近郊どころか流派としても有名だった鳥飼道場の末裔で、小学生の時には既に合気道で大会で特別演武をする腕前。しかも、本来なら何年や何十年と修練をおさめてから、やっと教えて貰える筈の古武術もあっという間に身に付けてしまい、現在では流派の抜刀術を含めて全て習得している唯一の人間。それは自分ではなくて、鳥飼信哉なのだ。既にその時点で比較なんて出きる筈のない別格の存在なのに、その鳥飼信哉が自分のことをそんな風に話しているなんて。
「お前十年やってなくて、俺の動きについてこれてんだ。自分の評価をあげとけよ、お前の方が十分普通じゃないぞ?」
「それ聞いた!信じらんねぇ、俺ついてけなかったよ?何ヵ月も。」
いや、あれは必死だったし、ついていくのが精一杯でと恭平は呆然としている。彼らが言うのは土志田に投げられろと言われて道場に久々に足を踏み入れた時の事で、信哉は汗一つかかなかったのに自分は搾れる程の汗だくで逃げ帰った訳で。
「この間の抜刀術の時も教えて貰えばよかったんじゃねーの?恭平さん。外崎のおっさんだって声かけてたってことは、恭平さんも知り合いだろ?」
とんでもないことを平然と口にして来るのは、彼らがとんでもないレベルの人間だからなのか。しかも話を聞いていたらあの抜刀術の時にも、槙山は真見塚に来ていて恭平のこともみていたらしい。その上外崎宏太とも知り合いなのに気がついてしまうが、それについてもあっけらかんと槙山はとんでもないことを口にする。
「あー、前偶々知り合ってさ、時々連絡きてバイトで使われんの。内容?ヤクザに届け物して警察から逃げるとか?荷物コインロッカーからとってきたりとか?」
何か後半とんでもないことを口にしているが、少なくとも余りマトモな側の仕事でのバイトではないのは確かなようでこれ以上詮索しない方がいいかもしれない。それにしても結城晴もなにやらとんでもないことを仕事でするようだけど、外崎の仕事はコンサルティングではないのかと内心考えてしまう。いや大体にして最近仁聖も囮にして高橋至の件をおさめていた辺り、正攻法だけで活動している仕事だけではないのはもう言う迄もない事だから考えない方が正しいかもしれない。
「まさか…………それの護身術で?」
その危険なバイトに対しての護身術として合気道や古武術なのだとしたら。一応信哉の誘いも考え直した方が良いのかもと内心では恭平も考えていたのだが、槙山は暢気にそんなわけないじゃんと笑う有り様。
「そんな理由で習うんじゃ信哉が許す分けねーって、恭平さん。」
不純な理由でやりたいなんて言ったら殴られると槙山がカラカラと爽快に笑うのに、信哉の方もそんなの当然だろの一言。つまりはバイトの護身術として始めたのではなくて、何か別な理由で槙山は合気道を始めたのだということらしい。
「俺、結構そそっかしいし落ち着きないから、精神修行必要だって思ってさー。」
「あ、確かにねー、忠志君そういうタイプだもんねー。」
「自覚あるからあんま言わないでよ、良二さん。」
アハハと笑う声が余りにも暢気なのだが、話している内容は恭平の想定を遥かに越えすぎていて。しかも何でか稀代の天才から自分より才能ありなんて、今まで見たこともない途轍もなく高いハードルを打ち立てられてしまっている。
「だから今から鍛練したら、お前なら直ぐ勘が戻るって。」
「何でその自信なんですか…………何か……絶対吐く迄やらされそうな気がしてきたんですけど…………。」
※※※
「…………妖精みたいな……人だったなぁ…………。」
は?と思わず隣にいた佐久間翔悟の顔を見た仁聖に、ボォッと夢見心地の顔でいる翔悟。二人は後日連絡を貰ったら落ち合うということにして、勅使川原叡教授の教授室からキャンパス内へ戻っている最中。秋の日射しは次第に日中でも温度を下げ始めていて、そろそろ北国では雪の便りが始まってもおかしくはない時期。翔悟の生まれ故郷ではあと一週間もないうちに初雪のニュースが流れるのだと言うが、大学構内はまだ秋の紅葉が残る。来年の受験生なのか高校生がチラホラするのは、キャンパスを見に来たのか、学部によっては推薦入学の面接なんかもやっているのかもとは思う。
そう言えばモモ達はどうしてんのなかぁ
後輩達の動向は様々だし、そろそろ最後の文化祭もある筈だ。今年の宮井麻希子を筆頭とした三年一組にはとんでもない後輩が揃っている気がするから、去年の自分達なんか目じゃないようなことをしでかしてそうな気もする。月末まではあと少しだし連絡を取って文化祭に遊びにいくのもいいかもしれない。
その最中歩きながらの会話で、この一言で、仁聖はあれ?何かあったっけ?と思うが言うまでもなく翔悟の言葉の先はリリアーヌ・オフェリア・フラウンフォーファーを指している。
アッシュブロンドにブルーアイズ。
確かに日に透けると金色に輝く髪に、濃い青色をした瞳、それに乳白色という表現が似合う肌に整った顔立ちや華奢な手足は、良くある幻想的な物語に出てくる妖精とかエルフという存在のようだった。所謂典型的なエルフなんてのにも通じるような造形の彼女は、大きな瞳をキラキラさせて微笑む。話を聞けばリリアは今年19歳になったのだといい、余り普段から年相応に中々見られないと苦笑いしていた。外国人としては珍しく日本人のような童顔のタイプというやつなのかもしれないと、仁聖は何となくだが思う。
「リリアさんかぁ…………凄い……綺麗だった…………。」
「確かに綺麗な人だったね。うん。」
素直に仁聖か同意するとキッと顔を引き締めた翔悟がだよね!と声を強めたのに、仁聖は目を丸くしてしまう。どうやら翔悟の心の何かに火がついた模様でキラキラした顔で仁聖を見て、何処連れていったら喜ぶかなと口にして真剣な顔をする。
あれ?もしかして
教授室で別れ際にリリアからにこやかに微笑みかけられてから翔悟は暫くボォッとしていて、帰途の最中にはこの発言だ。もしかしてこれって所謂一目惚れってやつ?と密かに思う仁聖は、興味津々と言いたげに翔悟の顔を横から覗き込む。
「な、なに?」
「惚れちゃった?翔悟。」
「え?!いや!違うよ?!き、綺麗な人だし、叡センセの頼みだし!!それにさ?!ゲームのヒロインに似ててさ?!」
「なにそれ?ゲームのヒロイン?」
「去年でたゲームでさ?!スッゴいやってたんだよ!フォークロア・ゲートってさ?!」
そこは別にそこ迄して否定しなくても構わないのにと思うのだけれど、この指摘に翔悟がアワを食って戸惑う様子なのは事実。人が一目惚れする瞬間なんて仁聖だって始めてみたなぁと内心では思う。そんなことに気がつくことを感慨深くも感じながら、そう言えば彼女にあの時感じた違和感はなんだったのだろうと仁聖は心の中で考えていたのだった。
「あ、どーも、はじめまして?槙山忠志って言います。」
なんて最初は思っていたのに暢気すぎるその挨拶と同時に青年の浮かべた笑顔は、恭平の予想に反して印象を覆す人懐っこい人好きのする子供みたいな笑顔だった。余りにも印象が変わるのに、恭平もポカーンとしてしまう。しかも口を開いた途端槙山は更に人好きする雰囲気を全身から放っていて、最初の印象が嘘だとしか思えない。
「お前、恭平が驚くだろ、もう少し普通に近寄れよ。」
「え?あ、俺人相悪いもんなー、そんなつもりなくても怖いよねー。」
なんて平然として笑顔で二人がいうものだから、思わず笑い出しそうにすらなってしまう。だから笑い出してしまう前に恭平も、慌てて自分の自己紹介と共に頭を下げた。
そんな槙山忠志は数年前からの信哉の知り合いなのだといい、土志田悌順とも友人関係なのだという。勿論土志田の従弟・宇佐川義人とも友人で、宇佐川とは同じ年。つまりは、恭平とは二つ違いで、結城晴や狭山明良達の同級生になる。
「これね、地毛なんだ、ヤンキーじゃないんだ。だから、多めに見て貰ってぇ。」
それにしても物怖じしないというか人懐っこいというか、金髪は家系で生まれつきなのだと笑う。そんな風に初対面なのに気さくに陽気に笑いかけてきて、自分の髪の毛や目付きの悪さも物ともしないで笑いに変えてしまう。人見知りで引っ込み思案な恭平としては、そういう朗らかさは正直羨ましい限りだ。そんな槙山のことは『茶樹』の面々も既に知っている様子で、厨房の鈴徳良二も知り合いらしく顔を出してきて「何?忠志君来てんの?」なんて声をかけてくる気安さ。
「良二さん、俺カフェオレねー。」
「はいはい、何?お揃いで?」
「顔合わせしておこうと思って。」
「顔合わせ?俺に?信哉。」
当の信哉も暢気に話しているが、どうやら信哉が槙山を此処に呼び出したらしいのは分かった。
「顔合わせ?俺と彼をですか?信哉さん。」
「ああ、お前に会わせておこうと思ってたんだ。」
問いかけた言葉に、サラリとそう信哉に言われ恭平は眼を丸くする。方や意図して呼び出されていたらしい槙山も何も聞かされていなかったようで、運ばれてきたカフェオレを飲みながら首を傾げた。
「こいつも真見塚に鍛練にきててな、うちが建ったらうちに通う予定なんだ。」
聞けば既に昨年末頃から合気道を習い始めたという槙山忠志は、元々体操をやっていて抜群の運動神経の持ち主なのだという。それに勘も良いそうで合気道を習った期間が短いこと以外は、かなり早い習得度合いなのだそうだ。後一年もあれば組打くらい教えられるかもしれないというからには、途轍もない破格の才能の持ち主と言えるのだと恭平は驚いてしまう。そんな人間を筆頭に集まっていくのかと思うと、自分みたいなブランクも長い上に大して才能もない人間がおいそれと通って良いものなのかと思うくらいだ。
「凄いですね、一年も経たずにそこまでって…………。」
「幾らか経験値というか、素地があったからな。何年もかけて合気道の下地を作ってあったようなもんだ。準備期間ありだから、たいしたことじゃない。」
「ちっげーよ!信哉が鬼のスパルタで特訓したじゃんか。」
不貞腐れた槙山が言うには習い始めてから、何度も今時吐くまでガンガンと信哉からスパルタ特訓をされたというのだから思わず恭平も眉を潜めてしまう。それに対して信哉ときたら対したことはしてないし、必要性があったからしたんだろうがとケロリとしている。鬼の特訓…………しかも信哉がやる特訓なんて正直考えたくないのは、十年道場に立ったこともないのに突然ほぼ丸々と演武に対応させられたのを思い出したからだ。
すこし体力つけておかないと…………俺も吐く迄やらされそうな気がしてきた…………
あの時だって汗だくでゼエゼエしていたのに、これが鍛練になったら逃げ出すのは絶対に無理な気がするのだ。しかしここでなんで引き合わせたのかに関しては、まだ理由がはっきりしなくて恭平が戸惑い顔を浮かべたのに目の前の槙山も気がついた。
「で?何で呼び出しだったんだ?顔合わせ早くしたい理由って?信哉。」
「…………前に話したろ?」
前?何か事前に信哉は恭平のことを、槙山忠志に話してあるのだとその言葉からも分かる。分かるけれどそれが何なのか教えて貰わないことには、恭平にも何が何だか分からないときているのだが。暫し以前の話しと言うことに遡り首を捻った槙山は、次の瞬間あぁ思い出したと口を開いた。
「あ、なに?この榊さんが信哉が前言ってた天才肌なのに努力家って人?信哉の次の偉い人か!」
「は?!」
唐突に自分にはとんでもなく相応しくない評価の言葉と、しかも師範になる信哉の次なんてとんでもないことを槙山は口にしたのだ。直に思わず恭平は抗議めいた声をあげて身を乗り出していたが、信哉は苦笑いでまだ直に言うなよと槙山の頭をペチンと叩く暢気さ。
天才肌?努力家って十年もやってないのに?しかも、なにいって?!
それを言うなら鳥飼信哉こそが稀代の天才であって、自分は過去に教えられたものを愚直に繰り返しただけで、しかも十年も放棄したままなのだ。そう恭平が唖然としているのに、信哉はバラすなよと言いたげに珈琲を片手に口を開く。
「言ってるだろ?俺は必要があってやってるだけだったから動機も不純だし、それほど才能もない。お前みたいに純粋に才能があっててやってるのと違うんだって。」
「いや、動機は兎も角才能って…………。」
信哉は平然とお前の方が才能があるから言ってるなんて訳の分からないことを口にして、隣の槙山はそれに関して理解しているのか基本的な理解をしてないのか気にした風でもない。
稀代の天才。
近郊どころか流派としても有名だった鳥飼道場の末裔で、小学生の時には既に合気道で大会で特別演武をする腕前。しかも、本来なら何年や何十年と修練をおさめてから、やっと教えて貰える筈の古武術もあっという間に身に付けてしまい、現在では流派の抜刀術を含めて全て習得している唯一の人間。それは自分ではなくて、鳥飼信哉なのだ。既にその時点で比較なんて出きる筈のない別格の存在なのに、その鳥飼信哉が自分のことをそんな風に話しているなんて。
「お前十年やってなくて、俺の動きについてこれてんだ。自分の評価をあげとけよ、お前の方が十分普通じゃないぞ?」
「それ聞いた!信じらんねぇ、俺ついてけなかったよ?何ヵ月も。」
いや、あれは必死だったし、ついていくのが精一杯でと恭平は呆然としている。彼らが言うのは土志田に投げられろと言われて道場に久々に足を踏み入れた時の事で、信哉は汗一つかかなかったのに自分は搾れる程の汗だくで逃げ帰った訳で。
「この間の抜刀術の時も教えて貰えばよかったんじゃねーの?恭平さん。外崎のおっさんだって声かけてたってことは、恭平さんも知り合いだろ?」
とんでもないことを平然と口にして来るのは、彼らがとんでもないレベルの人間だからなのか。しかも話を聞いていたらあの抜刀術の時にも、槙山は真見塚に来ていて恭平のこともみていたらしい。その上外崎宏太とも知り合いなのに気がついてしまうが、それについてもあっけらかんと槙山はとんでもないことを口にする。
「あー、前偶々知り合ってさ、時々連絡きてバイトで使われんの。内容?ヤクザに届け物して警察から逃げるとか?荷物コインロッカーからとってきたりとか?」
何か後半とんでもないことを口にしているが、少なくとも余りマトモな側の仕事でのバイトではないのは確かなようでこれ以上詮索しない方がいいかもしれない。それにしても結城晴もなにやらとんでもないことを仕事でするようだけど、外崎の仕事はコンサルティングではないのかと内心考えてしまう。いや大体にして最近仁聖も囮にして高橋至の件をおさめていた辺り、正攻法だけで活動している仕事だけではないのはもう言う迄もない事だから考えない方が正しいかもしれない。
「まさか…………それの護身術で?」
その危険なバイトに対しての護身術として合気道や古武術なのだとしたら。一応信哉の誘いも考え直した方が良いのかもと内心では恭平も考えていたのだが、槙山は暢気にそんなわけないじゃんと笑う有り様。
「そんな理由で習うんじゃ信哉が許す分けねーって、恭平さん。」
不純な理由でやりたいなんて言ったら殴られると槙山がカラカラと爽快に笑うのに、信哉の方もそんなの当然だろの一言。つまりはバイトの護身術として始めたのではなくて、何か別な理由で槙山は合気道を始めたのだということらしい。
「俺、結構そそっかしいし落ち着きないから、精神修行必要だって思ってさー。」
「あ、確かにねー、忠志君そういうタイプだもんねー。」
「自覚あるからあんま言わないでよ、良二さん。」
アハハと笑う声が余りにも暢気なのだが、話している内容は恭平の想定を遥かに越えすぎていて。しかも何でか稀代の天才から自分より才能ありなんて、今まで見たこともない途轍もなく高いハードルを打ち立てられてしまっている。
「だから今から鍛練したら、お前なら直ぐ勘が戻るって。」
「何でその自信なんですか…………何か……絶対吐く迄やらされそうな気がしてきたんですけど…………。」
※※※
「…………妖精みたいな……人だったなぁ…………。」
は?と思わず隣にいた佐久間翔悟の顔を見た仁聖に、ボォッと夢見心地の顔でいる翔悟。二人は後日連絡を貰ったら落ち合うということにして、勅使川原叡教授の教授室からキャンパス内へ戻っている最中。秋の日射しは次第に日中でも温度を下げ始めていて、そろそろ北国では雪の便りが始まってもおかしくはない時期。翔悟の生まれ故郷ではあと一週間もないうちに初雪のニュースが流れるのだと言うが、大学構内はまだ秋の紅葉が残る。来年の受験生なのか高校生がチラホラするのは、キャンパスを見に来たのか、学部によっては推薦入学の面接なんかもやっているのかもとは思う。
そう言えばモモ達はどうしてんのなかぁ
後輩達の動向は様々だし、そろそろ最後の文化祭もある筈だ。今年の宮井麻希子を筆頭とした三年一組にはとんでもない後輩が揃っている気がするから、去年の自分達なんか目じゃないようなことをしでかしてそうな気もする。月末まではあと少しだし連絡を取って文化祭に遊びにいくのもいいかもしれない。
その最中歩きながらの会話で、この一言で、仁聖はあれ?何かあったっけ?と思うが言うまでもなく翔悟の言葉の先はリリアーヌ・オフェリア・フラウンフォーファーを指している。
アッシュブロンドにブルーアイズ。
確かに日に透けると金色に輝く髪に、濃い青色をした瞳、それに乳白色という表現が似合う肌に整った顔立ちや華奢な手足は、良くある幻想的な物語に出てくる妖精とかエルフという存在のようだった。所謂典型的なエルフなんてのにも通じるような造形の彼女は、大きな瞳をキラキラさせて微笑む。話を聞けばリリアは今年19歳になったのだといい、余り普段から年相応に中々見られないと苦笑いしていた。外国人としては珍しく日本人のような童顔のタイプというやつなのかもしれないと、仁聖は何となくだが思う。
「リリアさんかぁ…………凄い……綺麗だった…………。」
「確かに綺麗な人だったね。うん。」
素直に仁聖か同意するとキッと顔を引き締めた翔悟がだよね!と声を強めたのに、仁聖は目を丸くしてしまう。どうやら翔悟の心の何かに火がついた模様でキラキラした顔で仁聖を見て、何処連れていったら喜ぶかなと口にして真剣な顔をする。
あれ?もしかして
教授室で別れ際にリリアからにこやかに微笑みかけられてから翔悟は暫くボォッとしていて、帰途の最中にはこの発言だ。もしかしてこれって所謂一目惚れってやつ?と密かに思う仁聖は、興味津々と言いたげに翔悟の顔を横から覗き込む。
「な、なに?」
「惚れちゃった?翔悟。」
「え?!いや!違うよ?!き、綺麗な人だし、叡センセの頼みだし!!それにさ?!ゲームのヒロインに似ててさ?!」
「なにそれ?ゲームのヒロイン?」
「去年でたゲームでさ?!スッゴいやってたんだよ!フォークロア・ゲートってさ?!」
そこは別にそこ迄して否定しなくても構わないのにと思うのだけれど、この指摘に翔悟がアワを食って戸惑う様子なのは事実。人が一目惚れする瞬間なんて仁聖だって始めてみたなぁと内心では思う。そんなことに気がつくことを感慨深くも感じながら、そう言えば彼女にあの時感じた違和感はなんだったのだろうと仁聖は心の中で考えていたのだった。
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