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間章 アンノウン
間話34.ブラックリスト
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くぁあ……と大きなあくびを一つして、陽射しに溢れる店内でキャスケットを被っている男の名前は宮直行。元はカラオケボックス・エコーの雇われ店長だった男だが、現在ではここカフェ・ナインスとカラオケボックス・ナインスの経営者である。
そんな宮はカフェ・ナインス店内を一人で呑気に掃除しながら、最近の出来事をノンビリと思い浮かべていた。
あー…………平和だねぇー……。
ほんの半年前に前のカラオケボックス・エコーの店舗内で三浦和希という殺人鬼と鉢合わせてしまった宮は、三浦にカウンターに叩きつけられ頭蓋骨骨折の瀕死の重傷を負ってしまっていた。そんな大ケガをした宮なのだが、何とか一命はとりとめてこうして生きていて。大手術もした頭の傷は伸びてきた髪の毛で大分誤魔化してはいるのだが、何分手術も含めて痕は大きく普段は帽子を被らないと隠しきれない。そんな大怪我をするはめになって、あの時は流石に俺の人生もこれで終わりだなと諦めもした位だったのだ。
それにしても頭割られて生きてるんじゃねー、俺も何かやり残しがあんだなー。
そう術後の意識不明から意識を取り戻した病床で素直に考えて宮が辿り着いたのが、『あ、エコーあのままで残せないよなー』という単純な思い。
結果として医療従事者たちからも奇跡よと呼ばれる早期復活を果たした宮は、一念発起して古くからの恩人でもある久保田からの資金援助と友人でもある外崎のコンサルタント支援でカラオケボックス・エコーをビルごと買い取った。そしてなんとまぁ根本から、あの胡散臭いビルを作り替えたのだ。胡散臭い?それは胡散臭い経営を今までしてきた訳で、雇われ店長では変えられない面もあった。でも完全に自分のものにしたのだから、ここからは宮が自由にしても文句は言わせない。何分前のオーナーだったおっさんもかなりの高齢だったし、まだスキンヘッドで頭を傷だらけにした宮が久保田と一緒に話をつけにいったら半分ヤクザみたいに感じたと思われる。
買う?買うぅ???
地所ごと全部買い取って再開発すると話した時の元オーナーの反応に、(あ、ヤクザだと思われてんなー。)と宮は思ったし、大体にして宮は元々久保田の紹介のヤクザ擬きだと思っていたろうから。それにしても、治安が悪いだけでなく人死にまで出た厄介な物件を引き取るとなったら、オーナーは一も二もなくビルを手放してくれた。
まぁスキンヘッド俺に、久々のスーツの兄貴だもんなぁー……
勿論久保田惣一は宮の実兄ではないし今でこそ久保田さん表立っては呼ぶが、昔の呼び名は兄貴で仲間内では皆が久保田の世話になっていて久保田を兄貴と呼んでいたのだ。大体にしてこの傷に関しても外崎だってあのご面相で平然と生きてるわけで、自分の頭の傷なんてちょっとした交通事故みたいなもんなんだよなと今は思うわけで。
それにしても、まさか俺が経営者ねー
この宮直行は元々チーマー崩れで、十代にして放逐されマトモに人間らしい生活もできていなかった。そんな宮が、久保田に道端で拾われたのは既に二十年近く前の話。その後久保田の経営する一つの店の客引きから始まって、接客業って割合自分に向いてんなと気がつき、やがてはカラオケボックスの雇われ店長まで上り詰めるまでに至ったわけだ。先に言ったがカラオケボックス・エコーの時も就職するのに久保田の世話になり続けて、まさか最終的に自分が遂にこうして店をもつなんて思いもしていない。
のたれ死ぬと思ってたのに、社長なんてねー、人生捨てたもんじゃないよねー……
しかも同じように久保田惣一の世話になっていた相園や浅木なんかも今ではそれぞれに店長やら支配人やらなんて、昔の自分を知っていたら俄には信じられない立場に今ではなってしまっていたり。
大体にしてホントにねぇさんを嫁にしたもんなー。兄貴ってば
その元締め的立場にいてドップリ裏家業しかしていなかった筈の久保田惣一が、突然裏家業は辞めたと言い出した時には宮も相園も「嘘だ」「え?エイプリルフール?」の一言で。まさか久保田が一目惚れした志賀松理の一言で、本気に引退するなんて思いもしない。しかも志賀松理ときたら「裏家業なんかしてる男とは、付き合えません。」と平然とあの時代の久保田に啖呵を切れる豪胆な女だったわけで。
松理に嫌われるのが嫌だから。
そんな理由で情報屋みたいな元の家業をほぼ放棄して、飲食店や何やの多角経営に久保田はあっという間に転身したのだ。そんな久保田が二十年近く追いかけて、やっと松理を嫁にしたのは元弟分達にしてみればある意味感涙ものだ。何しろ久保田のお人好しにも困ったもので、宮みたいなチーマーから鈴徳みたいな溢れ者・浅木みたいなやくざ崩れまで気になったら拾いつづけてきた。お陰で何度久保田松理からお仕置きされてるのかわからないが、ここら近辺で久保田に喧嘩を売るような馬鹿が現れたら大概宮達にボコられると思っていた方がいい。何しろ久保田に喧嘩を売ったと聞かされれば、ここらで幅を効かせていた闇ブローカーの傘下なんてあっという間に殲滅するのだ。
まぁ、進藤も兄弟分だと思ってたけどねー……
闇ブローカーでもあった進藤隆平という男は過去には久保田のでしでもあったから敢えて潰しはしないで見て見ぬふりで過ごしていたのだが、昨年位から久保田に逆らうような動きをしていたから傘下の企業は近郊から排除されたのはここ数ヵ月の話。え?宮が何をしたのかって?そりゃ情報戦を掌握するのは情報だけの話で、久保田の弟分達はそれぞれに技能があるだけってことだ。兎も角進藤は春先に死んだし、七月には松理の妊娠もわかって久保田惣一は結婚もしたわけで二人が幸せになれるのなら宮も嬉しい。
しかも子供かー、兄貴とねぇさんの子供って凄そうだなぁー…………
あの久保田惣一と松理の子供。少なくとも電子機器には半端なく強そうな超絶天才が産まれそうだ。それにしてもそんな過去が実はあったのに、今では誰もが穏やかにこの街で堅気として真っ当に暮らしているのに宮自身驚いてしまう。
ほんと、幸せっつーか、長閑っつーか。
ノホホンとそんなことを考えながら、長閑に日差しの差し込む店内を眺める。実は宮は店員がまた見事にチーマー崩ればかりのカラオケボックスとカフェ・ショップ併設のナインスを開店したのだが、コンサルティング部門のマーケティングとか何かが的確過ぎて妙な人気店になった上に地域で優良企業として選ばれる始末。
元々はこんな人気店になる予定ではなくて、『茶樹』みたいな隠れ家的にできてればいいかなー位にしか考えていなかったと口にしたら、外崎の相棒に「は?訳わかんねぇ、茶樹みたいな何て言ったら、駅の北側のカフェで一番になんねぇとダメじゃん。」と言われてしまった。いつの間にやらあの久保田の『茶樹』は駅南側の喫茶店では断トツの人気店に育っていたらしいのだ。
俺はただ単に兄貴がしてくれたみたいに…………自分みたいな奴等の行き場を作るつもりなだけだったんだけどねー
まあある意味でカフェ店員に転身した連中やボックスの方を管理する連中にしてみたら、まるで未来が見えない奴等が堅気を目指す新たな行き場になったわけで。勿論カフェ開店前に『茶樹』の調理担当・鈴徳良二に、ナインスのカフェ部門になる店員連中とカラオケボックスの飲食部門の奴等を地獄の特訓でシゴイてもらったのは言うまでもない。何しろ喫茶店経営だって遊びじゃないんだから、飲食物は最低限のレベルはクリアしておかないと。
雪路が妙な才能があったのは驚きだけどなー。
実はカフェ部門のラテアートを強面の兄ちゃんが作ってるのが、近郊の女子高生に受けたのは宮にはかなり想定外だったのだ。奥雪路は中卒の上に料理の「りょ」の字も知らない筈なのに、何故かとんでもなくラテアートにだけは抜群の才能を見せた。お陰で誉められてやる気になった雪路は、なんとまぁ数ヵ月で3Dラテアートなんてものにまで辿り着いてしまったのだ。正直宮にしてみたらなんだそりゃと言いたくなるが、実際に作らせてみたらカップの縁から子犬やら子猫やらが円らな瞳で見上げてきて、宮はこれを飲めというのかと暫し悩んだわけで。
雪路…………あの面相で彼女できるしなぁ
一見スキンヘッドで横にタトゥーまで入っていて眉もないヤクザ紛いの凶悪なご面相で人生終わった感を常に全身から醸していた奥雪路(超絶に可愛い名前なのにあの恐ろしいご面相なのも、雪路がグレた理由なんだろうが)は更正した上に、なんとまぁ最近可愛い小柄な彼女をゲットしてしまった。彼女は他の喫茶店でラテアートを担当しているバリスタで、何故か気があってラテアート談義をしているうちに良い仲になったなんて聞いたら驚く。
宮さん!俺、本気で宮さんのお陰でー!!!!
俺に彼女が出来ましたと報告のついでに、一生ついていきますなんて雪路は泣き出す始末。そんな未来になるなんて過去の宮には思いもよらないことで、恐らくそれは一緒につるんでいた相園も浅木も他の奴等も同じだと思う。
そんなわけでモップの上に顎をのせて長閑な日差しのはいるカフェ店内を眺めていた宮は、もう一度呑気にくあぁと室内に響く大あくびをしてから掃除を再開し始める。
「宮さん!何で掃除してんすか!!」
「えー?掃除はするっしょ?」
そうじゃありません!それは俺の仕事です!!と何故か義理堅く真面目なことを言う強面の面々に、最初はこいつらに任せたら最初はよくても悪いことするだろうなぁなんて考えていたとは言えなくなる。何でかチーマー崩れとかヤンキー崩れの癖に、ナインスの店員ときたら真面目にイソイソと業務に勤しむし、社長なんだから座っててくださいと宮に逆説教をするようになったのだ。
「駄目です!ほら!社長は向こう!」
「えー、俺も掃除するよー、暇なんだよ、デスクワークぅ!」
そんな長閑な言い合いが始まった店内に、開店前だと言うのにウンザリ顔な上に聞いてくれと大声をあげて相園良臣が突入してくる。言うまでもないが相園は久保田の弟分の独りで、今ではブティックホテル・キャロルの支配人として働いていている男だ。
「聞いてくれよ!!宮ーっ!!」
「なんだよ、朝っぱらから。」
「ほら、宮さん、相園さんと向こう行ってー!」
店員に追い出しをかけられて仕方なしに奥に追い込まれ、カフェ奥の宮の部屋と呼ばれる小部屋に押し込まれてしまう。宮の部屋は所謂社長室な訳だが、密かに宮の情報収集活動に必要な機材があったりもする。え?他人を入れて良いのかって?それは相園やらここで働く奴等は、宮がどんな人間か知っているわけだから問題ない。
「宮さん、カフェオレでいいすか?」
「ラテアートすんなよー?雪路。」
釘を指しておかないと雪路は男相手に飲むのに困る可愛らしい3Dラテアートを遺憾なく発揮してくるから、事前に釘を指しておいて部屋に籠ったわけだが…………
※※※
相園の嘆きはここのところ足取りがパッタリ跡絶えていた件の殺人鬼の話。宮を瀕死にされてからそれぞれ情報収集はしても、中々足取りの掴めない三浦に久保田からは仕返しは危険だからするなとブラクックリスト入りしていたのだ。
ブラックリストが何かって?
ここらの街には時々マトモな説明のできない単独で引き起こす奴や、説明のできない事態が実はちょこちょこと起きていている。例えば?そうだな、何でか付き合うと相手が窶れて死んでいくらしい黒髪の女とか、何でか勝手に動き回る縫いぐるみにつきまとわれる男とか様々。そんなものに関わるとこちらが痛い目を見るから、久保田が事前にこいつには手を出すなと連絡をくれること昔からあるのだ。
あれには関係するなよ?宮。
久保田にそういわれたら宮も相園も浅木も、殆どの奴等はさっさとそれを避ける。もし見かけても見ないふりで尻尾を巻いて逃げ出すのが、最善なのだと自分達は知っているもののこと。それが自分達の言うブラックリストで、三浦和希は宮の一件いらいブラックリストのトップ項目なのだ。それに今回まんまと自分のホテルの一室をダメにされた相園の嘆きは、まぁ避けられないと言えば言えるからやむを得ないことで。
「なんでかなーっ!?しかもドア口からベットまで全部アウトにすんなよーっ!」
それじゃベットだけならいいのかと宮も内心で思いもするが、相園は嘆きに満足したのか溜め息混じりにまぁ仕方ないけどよぉと茶を啜るのだった。
そんな宮はカフェ・ナインス店内を一人で呑気に掃除しながら、最近の出来事をノンビリと思い浮かべていた。
あー…………平和だねぇー……。
ほんの半年前に前のカラオケボックス・エコーの店舗内で三浦和希という殺人鬼と鉢合わせてしまった宮は、三浦にカウンターに叩きつけられ頭蓋骨骨折の瀕死の重傷を負ってしまっていた。そんな大ケガをした宮なのだが、何とか一命はとりとめてこうして生きていて。大手術もした頭の傷は伸びてきた髪の毛で大分誤魔化してはいるのだが、何分手術も含めて痕は大きく普段は帽子を被らないと隠しきれない。そんな大怪我をするはめになって、あの時は流石に俺の人生もこれで終わりだなと諦めもした位だったのだ。
それにしても頭割られて生きてるんじゃねー、俺も何かやり残しがあんだなー。
そう術後の意識不明から意識を取り戻した病床で素直に考えて宮が辿り着いたのが、『あ、エコーあのままで残せないよなー』という単純な思い。
結果として医療従事者たちからも奇跡よと呼ばれる早期復活を果たした宮は、一念発起して古くからの恩人でもある久保田からの資金援助と友人でもある外崎のコンサルタント支援でカラオケボックス・エコーをビルごと買い取った。そしてなんとまぁ根本から、あの胡散臭いビルを作り替えたのだ。胡散臭い?それは胡散臭い経営を今までしてきた訳で、雇われ店長では変えられない面もあった。でも完全に自分のものにしたのだから、ここからは宮が自由にしても文句は言わせない。何分前のオーナーだったおっさんもかなりの高齢だったし、まだスキンヘッドで頭を傷だらけにした宮が久保田と一緒に話をつけにいったら半分ヤクザみたいに感じたと思われる。
買う?買うぅ???
地所ごと全部買い取って再開発すると話した時の元オーナーの反応に、(あ、ヤクザだと思われてんなー。)と宮は思ったし、大体にして宮は元々久保田の紹介のヤクザ擬きだと思っていたろうから。それにしても、治安が悪いだけでなく人死にまで出た厄介な物件を引き取るとなったら、オーナーは一も二もなくビルを手放してくれた。
まぁスキンヘッド俺に、久々のスーツの兄貴だもんなぁー……
勿論久保田惣一は宮の実兄ではないし今でこそ久保田さん表立っては呼ぶが、昔の呼び名は兄貴で仲間内では皆が久保田の世話になっていて久保田を兄貴と呼んでいたのだ。大体にしてこの傷に関しても外崎だってあのご面相で平然と生きてるわけで、自分の頭の傷なんてちょっとした交通事故みたいなもんなんだよなと今は思うわけで。
それにしても、まさか俺が経営者ねー
この宮直行は元々チーマー崩れで、十代にして放逐されマトモに人間らしい生活もできていなかった。そんな宮が、久保田に道端で拾われたのは既に二十年近く前の話。その後久保田の経営する一つの店の客引きから始まって、接客業って割合自分に向いてんなと気がつき、やがてはカラオケボックスの雇われ店長まで上り詰めるまでに至ったわけだ。先に言ったがカラオケボックス・エコーの時も就職するのに久保田の世話になり続けて、まさか最終的に自分が遂にこうして店をもつなんて思いもしていない。
のたれ死ぬと思ってたのに、社長なんてねー、人生捨てたもんじゃないよねー……
しかも同じように久保田惣一の世話になっていた相園や浅木なんかも今ではそれぞれに店長やら支配人やらなんて、昔の自分を知っていたら俄には信じられない立場に今ではなってしまっていたり。
大体にしてホントにねぇさんを嫁にしたもんなー。兄貴ってば
その元締め的立場にいてドップリ裏家業しかしていなかった筈の久保田惣一が、突然裏家業は辞めたと言い出した時には宮も相園も「嘘だ」「え?エイプリルフール?」の一言で。まさか久保田が一目惚れした志賀松理の一言で、本気に引退するなんて思いもしない。しかも志賀松理ときたら「裏家業なんかしてる男とは、付き合えません。」と平然とあの時代の久保田に啖呵を切れる豪胆な女だったわけで。
松理に嫌われるのが嫌だから。
そんな理由で情報屋みたいな元の家業をほぼ放棄して、飲食店や何やの多角経営に久保田はあっという間に転身したのだ。そんな久保田が二十年近く追いかけて、やっと松理を嫁にしたのは元弟分達にしてみればある意味感涙ものだ。何しろ久保田のお人好しにも困ったもので、宮みたいなチーマーから鈴徳みたいな溢れ者・浅木みたいなやくざ崩れまで気になったら拾いつづけてきた。お陰で何度久保田松理からお仕置きされてるのかわからないが、ここら近辺で久保田に喧嘩を売るような馬鹿が現れたら大概宮達にボコられると思っていた方がいい。何しろ久保田に喧嘩を売ったと聞かされれば、ここらで幅を効かせていた闇ブローカーの傘下なんてあっという間に殲滅するのだ。
まぁ、進藤も兄弟分だと思ってたけどねー……
闇ブローカーでもあった進藤隆平という男は過去には久保田のでしでもあったから敢えて潰しはしないで見て見ぬふりで過ごしていたのだが、昨年位から久保田に逆らうような動きをしていたから傘下の企業は近郊から排除されたのはここ数ヵ月の話。え?宮が何をしたのかって?そりゃ情報戦を掌握するのは情報だけの話で、久保田の弟分達はそれぞれに技能があるだけってことだ。兎も角進藤は春先に死んだし、七月には松理の妊娠もわかって久保田惣一は結婚もしたわけで二人が幸せになれるのなら宮も嬉しい。
しかも子供かー、兄貴とねぇさんの子供って凄そうだなぁー…………
あの久保田惣一と松理の子供。少なくとも電子機器には半端なく強そうな超絶天才が産まれそうだ。それにしてもそんな過去が実はあったのに、今では誰もが穏やかにこの街で堅気として真っ当に暮らしているのに宮自身驚いてしまう。
ほんと、幸せっつーか、長閑っつーか。
ノホホンとそんなことを考えながら、長閑に日差しの差し込む店内を眺める。実は宮は店員がまた見事にチーマー崩ればかりのカラオケボックスとカフェ・ショップ併設のナインスを開店したのだが、コンサルティング部門のマーケティングとか何かが的確過ぎて妙な人気店になった上に地域で優良企業として選ばれる始末。
元々はこんな人気店になる予定ではなくて、『茶樹』みたいな隠れ家的にできてればいいかなー位にしか考えていなかったと口にしたら、外崎の相棒に「は?訳わかんねぇ、茶樹みたいな何て言ったら、駅の北側のカフェで一番になんねぇとダメじゃん。」と言われてしまった。いつの間にやらあの久保田の『茶樹』は駅南側の喫茶店では断トツの人気店に育っていたらしいのだ。
俺はただ単に兄貴がしてくれたみたいに…………自分みたいな奴等の行き場を作るつもりなだけだったんだけどねー
まあある意味でカフェ店員に転身した連中やボックスの方を管理する連中にしてみたら、まるで未来が見えない奴等が堅気を目指す新たな行き場になったわけで。勿論カフェ開店前に『茶樹』の調理担当・鈴徳良二に、ナインスのカフェ部門になる店員連中とカラオケボックスの飲食部門の奴等を地獄の特訓でシゴイてもらったのは言うまでもない。何しろ喫茶店経営だって遊びじゃないんだから、飲食物は最低限のレベルはクリアしておかないと。
雪路が妙な才能があったのは驚きだけどなー。
実はカフェ部門のラテアートを強面の兄ちゃんが作ってるのが、近郊の女子高生に受けたのは宮にはかなり想定外だったのだ。奥雪路は中卒の上に料理の「りょ」の字も知らない筈なのに、何故かとんでもなくラテアートにだけは抜群の才能を見せた。お陰で誉められてやる気になった雪路は、なんとまぁ数ヵ月で3Dラテアートなんてものにまで辿り着いてしまったのだ。正直宮にしてみたらなんだそりゃと言いたくなるが、実際に作らせてみたらカップの縁から子犬やら子猫やらが円らな瞳で見上げてきて、宮はこれを飲めというのかと暫し悩んだわけで。
雪路…………あの面相で彼女できるしなぁ
一見スキンヘッドで横にタトゥーまで入っていて眉もないヤクザ紛いの凶悪なご面相で人生終わった感を常に全身から醸していた奥雪路(超絶に可愛い名前なのにあの恐ろしいご面相なのも、雪路がグレた理由なんだろうが)は更正した上に、なんとまぁ最近可愛い小柄な彼女をゲットしてしまった。彼女は他の喫茶店でラテアートを担当しているバリスタで、何故か気があってラテアート談義をしているうちに良い仲になったなんて聞いたら驚く。
宮さん!俺、本気で宮さんのお陰でー!!!!
俺に彼女が出来ましたと報告のついでに、一生ついていきますなんて雪路は泣き出す始末。そんな未来になるなんて過去の宮には思いもよらないことで、恐らくそれは一緒につるんでいた相園も浅木も他の奴等も同じだと思う。
そんなわけでモップの上に顎をのせて長閑な日差しのはいるカフェ店内を眺めていた宮は、もう一度呑気にくあぁと室内に響く大あくびをしてから掃除を再開し始める。
「宮さん!何で掃除してんすか!!」
「えー?掃除はするっしょ?」
そうじゃありません!それは俺の仕事です!!と何故か義理堅く真面目なことを言う強面の面々に、最初はこいつらに任せたら最初はよくても悪いことするだろうなぁなんて考えていたとは言えなくなる。何でかチーマー崩れとかヤンキー崩れの癖に、ナインスの店員ときたら真面目にイソイソと業務に勤しむし、社長なんだから座っててくださいと宮に逆説教をするようになったのだ。
「駄目です!ほら!社長は向こう!」
「えー、俺も掃除するよー、暇なんだよ、デスクワークぅ!」
そんな長閑な言い合いが始まった店内に、開店前だと言うのにウンザリ顔な上に聞いてくれと大声をあげて相園良臣が突入してくる。言うまでもないが相園は久保田の弟分の独りで、今ではブティックホテル・キャロルの支配人として働いていている男だ。
「聞いてくれよ!!宮ーっ!!」
「なんだよ、朝っぱらから。」
「ほら、宮さん、相園さんと向こう行ってー!」
店員に追い出しをかけられて仕方なしに奥に追い込まれ、カフェ奥の宮の部屋と呼ばれる小部屋に押し込まれてしまう。宮の部屋は所謂社長室な訳だが、密かに宮の情報収集活動に必要な機材があったりもする。え?他人を入れて良いのかって?それは相園やらここで働く奴等は、宮がどんな人間か知っているわけだから問題ない。
「宮さん、カフェオレでいいすか?」
「ラテアートすんなよー?雪路。」
釘を指しておかないと雪路は男相手に飲むのに困る可愛らしい3Dラテアートを遺憾なく発揮してくるから、事前に釘を指しておいて部屋に籠ったわけだが…………
※※※
相園の嘆きはここのところ足取りがパッタリ跡絶えていた件の殺人鬼の話。宮を瀕死にされてからそれぞれ情報収集はしても、中々足取りの掴めない三浦に久保田からは仕返しは危険だからするなとブラクックリスト入りしていたのだ。
ブラックリストが何かって?
ここらの街には時々マトモな説明のできない単独で引き起こす奴や、説明のできない事態が実はちょこちょこと起きていている。例えば?そうだな、何でか付き合うと相手が窶れて死んでいくらしい黒髪の女とか、何でか勝手に動き回る縫いぐるみにつきまとわれる男とか様々。そんなものに関わるとこちらが痛い目を見るから、久保田が事前にこいつには手を出すなと連絡をくれること昔からあるのだ。
あれには関係するなよ?宮。
久保田にそういわれたら宮も相園も浅木も、殆どの奴等はさっさとそれを避ける。もし見かけても見ないふりで尻尾を巻いて逃げ出すのが、最善なのだと自分達は知っているもののこと。それが自分達の言うブラックリストで、三浦和希は宮の一件いらいブラックリストのトップ項目なのだ。それに今回まんまと自分のホテルの一室をダメにされた相園の嘆きは、まぁ避けられないと言えば言えるからやむを得ないことで。
「なんでかなーっ!?しかもドア口からベットまで全部アウトにすんなよーっ!」
それじゃベットだけならいいのかと宮も内心で思いもするが、相園は嘆きに満足したのか溜め息混じりにまぁ仕方ないけどよぉと茶を啜るのだった。
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