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間章 アンノウン
間話21.約束
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ねぇ?私の好きなこと知ってる?
その声に宏太は視線を向けて、その問いかけをしてきた女性の事をみる。二人で暮らしているマンションの中は、一人だった時とは様変わりして彼女にも使いやすく整えられていた。そうしてもいい?と問いかけられる時には、大概のことは手筈済みの事後承諾。それでもこの問いかけがその種類ではないのは、ちゃんと分かっている。そして艶やかな黒髪に切れ長の瞳で、少し気の強いところのある彼女が、こんな風に宏太に問いかけてくるのが実は珍しいことだともう今の宏太には分かっていた。
…………料理……だろ?
少しの戸惑いの先でそう答える。すると彼女は一瞬驚いたように目を見張ったが、次の瞬間華のように鮮やかに微笑んでテーブルに頬杖をついて宏太を真っ直ぐに見上げる。彼女の背後には整えられた完璧過ぎるほどのキッチンがあって、あの時何故これを見ていて自分は彼女の好きなものがわからないと答えてしまったのだろうと今では思う。多国籍の料理を作り多種のスパイスを使いこなしてレシピ集まで出していた彼女に、後年知り合った鈴徳がその人のレシピ集持ってるよと笑ったのを教えてやりたい。きっとあの時にただ自分と別れて一人で自由に暮らしていれば、彼女はもっと自由に幸せに自分らしく暮らしていけたに違いない。
なんだぁ、ちゃんと知ってるんだ?宏太さん。
知ってた訳じゃない。今更に気がついたんだよと心の中で呟き微笑みながら、食卓に並べられた料理に箸を伸ばす。こうして見れば容易く分かるのは、この食卓には宏太と二人で初めて食事をした時と同じものが並べられていたのだ。初めて彼女が誰か他人のために作った食事を、彼女はあの最後の晩餐に準備していた。多分宏太がそれに気がつくかどうか、彼女自身も最後の賭けに出ていたのだ。既にこのころ味覚障害で味がわからない宏太に、信夫を頼って好きな食べ物は何なのかと聞いていた筈。
どう?美味しい?
彼女が戸惑いながら問いかけているのが分かる。あの時はまるで気がつかなかったのに、今になってこんなにも鮮明にあの時の事を振り返るのは胸の奥にある後悔のせいなのだろうか。それともこれがただ都合のいい夢に過ぎないのだろうか。元々愛情を感じて結婚した訳ではなくて、相手が自分に会社の社長の娘との結婚を有効にいかして見せろと言うゲームのような結婚だった。彼女が何を求めてたかも、何故自分だったかも聞かず、それでも彼女は自分の妻として努力してくれていたと思う。宏太との距離を狭めて夫婦として楽しく暮らそうと彼女が努力したのは、恐らく自分の元々の味気ない家族関係のためだったろうか。
…………希和。
なぁに?
俺な、実は味覚障害で……味が分からないんだ…………でも、これ最初に作ってくれた料理だよな。
味覚障害だとあの時自分がこんな風に告げることができたら、こんな風に彼女の疑問や不安に率直に答えてやっていたとしたら。そうできていたら、この先彼女は
…………ありがとう、ごめんな……希和。
もっと大事にしてやれていたら、あんな無惨な姿で逝くことも、この先に弟迄無惨に逝かせることも…………
※※※
何処かで誰かが泣いている。
ふと夢現に宏太がそう思ったのは、どこか嗅ぎ慣れた涙の匂いに目を覚ましたからだった。何かそんな夢を見ていたわけでもないと思うし、泣いているのは自分ではなくて目が覚めたらその香りがフワリと漂う空気に気がついたのだ。何も見えないほど真っ暗だと無意識に思うが直ぐ様それが当然のことで、自分が泣けるわけもなくて、もう何年もこの暗闇の中で生きていたことを思い出してもいる。
………………ここはどこだ?
自分がどうなって、結果としてここで眠っていたか今一つ記憶が定かでない。それなのに窓の外の雨の音が微かに聞こえるのに、その距離感と空気にここが自分の家の寝室だとやっと気がつく。どうやら竹林であのまま気を失って信哉にでも担がれて帰ってきたに違いないが、それでもこの香りがなんなのかやっと思い出せると躊躇いがちにベットの上を手探りする。すると思うよりも近く直ぐ側のベットの端にフワリと柔らかな髪の毛が指に触れて、ホッと息をついて思わずその髪を堪能するように指を絡ませて撫でる。
「撫でてんじゃねぇ…………。」
掠れて弱い声が低く呟くが、その声と口調に思わず微笑んでしまう。室内には相手以外に人の気配がないが階下には微かに人の気配がするから、恐らく何人か下で待機しているのだとは言われなくても耳で分かる。それでも一人で間近に居てくれるその気配が嬉しくて宏太が微笑んでしまうのに、相手は不貞腐れたように撫でるなと再び呟く。それに口調だ、他人行儀な話し方ではなくて、ぶっきらぼうなのに拗ねているみたいな口調。
「泣くな。」
「泣いてねぇ…………。」
グスとすすり上げながら手で目元を擦ろうとするから、敢えて相手の手を押さえてフラフラする頭を起こす。まだ宏太の体が普段になくグラグラと頼りなく揺らぐのに、手を取られた了の方が慌てて宏太の体を支えようとベットの上に乗るのを宏太は迷わず思い切り引き寄せていた。涙で濡れた頬を抱き寄せて自分の胸に納めてしまうと、腕の中で暴れるかと思った了の涙の匂いが逆に強まったのに気がつく。
「了…………。」
名前を呼ぶと腕の中にあるのは、あの時のような拒絶ではない。それだけでこんなにも安堵して、尚更引き寄せ抱き締めて、柔らかな髪の毛に指を埋めて胸に押し付けそのままベットに崩れ落ちる。上に乗られたら重いと文句を言うかと思ったのに、泣きじゃくり始めた了にそれでも思わず微笑んでしまうのは了が拒絶で泣いているのではないとわかってしまうからだった。
「ふ……ぅっく……、うぇ……。」
「悪かった…………泣くな。」
大事な宝物のように頬に口付け、額にも口付ける宏太に、了の泣き声は更にしゃくりあげていく。それでも迷わずその両手が確り自分の背中に回されて背中を掴む感触に、宏太はいてもたってもいられないほど胸が熱くて満たされてしまう。
「了…………。」
「ば、かぁ…………、なんで、……だよぉ、あんた、約束、した、のにぃふぇっ……っ!」
確かに宏太は了と一緒にいると約束したし、これからずっと一緒に生きるとも約束した。約束は絶対に破る気はないけれど、それでも記憶のないままの了の傍にいられるかは自分でも正直自信がなかったと呟くと、了が息を飲むのが分かる。何しろどんなに傍にいても他人のように遠巻きにされるのは、流石に宏太でも限界だったというのだ。
「………………ば、かだろ!そう、いうとき、こそ、おしたおせよ!ばかぁ!」
「あ?お前本気で俺を何だと思ってんだ?お前、性欲バカだとしか思ってねえんだろ?」
思わずそう宏太も反論したくなるのは、了に本気で拒絶されたら宏太には何も出来ないのに、それを了の方が未だにやっぱり理解していないからだ。以前なら兎も角今では宏太にとっては了が第一で、了が泣いたり嫌がることなんか出来る筈がないのだと改めて抱き締めたまま繰り返す。
「うっさい、バカ、そんな言い訳聞きたくない。」
「言い訳って……はぁ…………お前なぁ…………。」
それでも了が泣きじゃくっていた声ではなくなって、腕の中で頬を染めているのが頬の体温で分かるからついつい甘やかしたくなる。頭を撫でながら額に口付けてやると、戸惑いながら見上げてくる気配がして背中に回されていた手がオズオズと傷痕に触れたのに気がつく。だけど潤んだ涙の匂いをさせながら見つめてくる視線の熱が分かるのに、まだ一番大事なことを聞けていないのだ。
「了……。」
「ん?」
抱き寄せて懇願する声で耳元で名前を呼ぶけれど、了は宏太の顔を確かめるように撫でていて宏太の声に気がつかない。それに微かな苛立ちを訴えるようにもう一度了の名前を呼ぶと、了は何かを強請られているのには気がついた風だ。
「な、に?こぉた………………。」
戸惑いながら囁きかける言葉に、強くて深い安堵が満ちてくる。記憶が戻ったのは本当で、ちゃんと宏太を宏太と呼べる了に思わず口付けてもう一度と強請る声に、了は何を請われているのかまだ分からない様子で腕の中から宏太を見上げた。
「了……もう一度。」
「なに、を?なに?」
その耳元で宏太が名前と呟くと、何故か腕の中の了が真っ赤になってしまったのが分かってしまう。それでも宏太が折れるつもりはなくてちゃんともう一度呼べと強請ってしまうのは、流石に他人行儀なあの「外崎さん」は何気なく宏太が一番傷ついていたからだった。今まで一度だって了がそんな呼び方をしたことはないし、出会って名前を教えた最初から了は宏太の事を「宏太」と呼んできたのだ。それなのに記憶がないとは言え「外崎さん」なんて初めて呼ばれて正直激しく傷ついたと告げると、それはどこかで分かっていたのか了が恥ずかしそうに呟く。
「え、と………、こぉた……。」
なんだ、その恥じらい。可愛すぎるだろ?初めてじゃあるまいし、いつも通り呼べ。っていうか、恥じらって呼んでるうちは終わらないからな。
「もう一度。」
「恥ずかしいだろ、も、終わり。」
「駄目だ、足りない。」
宏太の言葉に了が子供かと言い腕の中で暴れてジタバタしていても我慢する気もなくて、抱き締めたまま頭を確りと抱き込んでしまう。両手で頬を包み込んで散々そこら中に口付けながら、何度も柔らかな唇を奪いとって何度も甘い声を溢させて、それでも宏太は名前を呼べと強請り続ける。
「こ、ぉた……も、……おわ、り……ん、ふぅ…………こぉ、…………たぁ。んっ。」
「駄目だ…………全然足りない。」
チュと音を立てて唇を離しても、両手はそのまま。完全に上にのし掛かり覆い被さられて口付けを落とされながら、恥ずかしがるのも構わずに自分の名前を呼ぶのを繰り返させている。それでも何時までも恥ずかしがっているものだから、熱くて甘くて蕩け始めている吐息と跨がられた腰の下の了のものが硬くなり始めているのにわざとらしく自分の腰を擦りつけてやった。
「んん、っん、……だ、め、んんっこぉ、た。」
ゴリゴリと硬さが擦れて自分の物も熱く硬くなるが止めるつもりもないし、自分の硬さが了のモノにも当たるのにヒクンと全身を震わせて甘い声が溢れおちる。
「ふぁ、…………や、こぉ……た。」
「嫌じゃねぇだろ?ん?」
記憶を失ってから互いに距離があった分、服一枚がもどかしいほど互いの肌の熱さは痺れるほどに心地好くて。それで覆い被さられたままの了はただでさえ可愛くて仕方がないのに、戸惑いながらも宏太に縋りついたままで
「ばか、ぁ、下に、まだ…………。」
下に誰かいることくらい分かっているが、そんなものどうでもいい。ベットの上には大事な宏太の了がいて、潤んだ瞳で甘い声あげながら擦り付けられる腰の熱さに感じ始めているのだ。思わず思い切り唇を重ねて丹念に口の中を愛撫してやると、了はあっという間に酸欠になった吐息でクタクタになってしまう。
「少し…………弱くなったんじゃねぇか?ん?」
何に問い返す前にニッと笑みを敷いて、迷わず了の服を引き剥がしにかかる。キスでトロンとしていた了が我に返った時には既に服は半分乱れて手足にまとわりつくだけの布に変えられていて、腰の上でバサリと音を立てて上半身を晒した宏太に気がつく有り様。
「ちょ、だめ、こ、ぉた。」
「あ?」
「だめ、だってば、ちょ、あっ!んんっ!」
咄嗟に出掛けた声を両手で塞いだ了の様子に、ここぞとばかりにニヤリと笑いながら宏太は迷わず肌に舌を這わせていく。宏太を押さえるのではなくて喘ぎ声を押さえる方を優先したのだから、思う存分声を堪えて貰うことに決めた。指も舌も唇も、何もかもで全力で了を感じさせる宏太に、残念だが了には嫌と言うほど声を堪えて貰うしかない。
「こ、ぉた、……や、んっ、だ……めっそこっ、あっ………………っ。」
硬く尖った乳首を舌と唇で愛撫されながら、足を開かされ付け根をヤワヤワと指で刺激され膝で後ろをリズミカルに押されるのに思わず背中がしなる。滑らかな腰を指で引き寄せられグングンと腰を膝で突き上げられる感触に、鎖骨を吸われる刺激だけで了の怒張が蜜を滴らせていく。
「んっ、ふ、…………んんっ!…………こ、…………たぁ……や、んんっ!」
まだ奥を突かれてもいないのに体内の奥が疼いて、了の怒張が硬く張り詰め淫らな音を立てて腹に擦れるのに思わず興奮してこめかみに口付け細い了の腰を抱き寄せる。開かされたままの足が思わず自分の腰に絡み付いたのに、抱き寄せていた指で足の付け根まで強く押し込むとビクリと魚のように了の腰が痙攣した。トロリと溢れだす蜜の香りと滑る感触に興奮が収まるわけもなくて、思わず舌舐めずりして下をずり下ろして腰を奥に向けて押し付ける。
「あ、んんっ!!んーっ!!!」
その声に宏太は視線を向けて、その問いかけをしてきた女性の事をみる。二人で暮らしているマンションの中は、一人だった時とは様変わりして彼女にも使いやすく整えられていた。そうしてもいい?と問いかけられる時には、大概のことは手筈済みの事後承諾。それでもこの問いかけがその種類ではないのは、ちゃんと分かっている。そして艶やかな黒髪に切れ長の瞳で、少し気の強いところのある彼女が、こんな風に宏太に問いかけてくるのが実は珍しいことだともう今の宏太には分かっていた。
…………料理……だろ?
少しの戸惑いの先でそう答える。すると彼女は一瞬驚いたように目を見張ったが、次の瞬間華のように鮮やかに微笑んでテーブルに頬杖をついて宏太を真っ直ぐに見上げる。彼女の背後には整えられた完璧過ぎるほどのキッチンがあって、あの時何故これを見ていて自分は彼女の好きなものがわからないと答えてしまったのだろうと今では思う。多国籍の料理を作り多種のスパイスを使いこなしてレシピ集まで出していた彼女に、後年知り合った鈴徳がその人のレシピ集持ってるよと笑ったのを教えてやりたい。きっとあの時にただ自分と別れて一人で自由に暮らしていれば、彼女はもっと自由に幸せに自分らしく暮らしていけたに違いない。
なんだぁ、ちゃんと知ってるんだ?宏太さん。
知ってた訳じゃない。今更に気がついたんだよと心の中で呟き微笑みながら、食卓に並べられた料理に箸を伸ばす。こうして見れば容易く分かるのは、この食卓には宏太と二人で初めて食事をした時と同じものが並べられていたのだ。初めて彼女が誰か他人のために作った食事を、彼女はあの最後の晩餐に準備していた。多分宏太がそれに気がつくかどうか、彼女自身も最後の賭けに出ていたのだ。既にこのころ味覚障害で味がわからない宏太に、信夫を頼って好きな食べ物は何なのかと聞いていた筈。
どう?美味しい?
彼女が戸惑いながら問いかけているのが分かる。あの時はまるで気がつかなかったのに、今になってこんなにも鮮明にあの時の事を振り返るのは胸の奥にある後悔のせいなのだろうか。それともこれがただ都合のいい夢に過ぎないのだろうか。元々愛情を感じて結婚した訳ではなくて、相手が自分に会社の社長の娘との結婚を有効にいかして見せろと言うゲームのような結婚だった。彼女が何を求めてたかも、何故自分だったかも聞かず、それでも彼女は自分の妻として努力してくれていたと思う。宏太との距離を狭めて夫婦として楽しく暮らそうと彼女が努力したのは、恐らく自分の元々の味気ない家族関係のためだったろうか。
…………希和。
なぁに?
俺な、実は味覚障害で……味が分からないんだ…………でも、これ最初に作ってくれた料理だよな。
味覚障害だとあの時自分がこんな風に告げることができたら、こんな風に彼女の疑問や不安に率直に答えてやっていたとしたら。そうできていたら、この先彼女は
…………ありがとう、ごめんな……希和。
もっと大事にしてやれていたら、あんな無惨な姿で逝くことも、この先に弟迄無惨に逝かせることも…………
※※※
何処かで誰かが泣いている。
ふと夢現に宏太がそう思ったのは、どこか嗅ぎ慣れた涙の匂いに目を覚ましたからだった。何かそんな夢を見ていたわけでもないと思うし、泣いているのは自分ではなくて目が覚めたらその香りがフワリと漂う空気に気がついたのだ。何も見えないほど真っ暗だと無意識に思うが直ぐ様それが当然のことで、自分が泣けるわけもなくて、もう何年もこの暗闇の中で生きていたことを思い出してもいる。
………………ここはどこだ?
自分がどうなって、結果としてここで眠っていたか今一つ記憶が定かでない。それなのに窓の外の雨の音が微かに聞こえるのに、その距離感と空気にここが自分の家の寝室だとやっと気がつく。どうやら竹林であのまま気を失って信哉にでも担がれて帰ってきたに違いないが、それでもこの香りがなんなのかやっと思い出せると躊躇いがちにベットの上を手探りする。すると思うよりも近く直ぐ側のベットの端にフワリと柔らかな髪の毛が指に触れて、ホッと息をついて思わずその髪を堪能するように指を絡ませて撫でる。
「撫でてんじゃねぇ…………。」
掠れて弱い声が低く呟くが、その声と口調に思わず微笑んでしまう。室内には相手以外に人の気配がないが階下には微かに人の気配がするから、恐らく何人か下で待機しているのだとは言われなくても耳で分かる。それでも一人で間近に居てくれるその気配が嬉しくて宏太が微笑んでしまうのに、相手は不貞腐れたように撫でるなと再び呟く。それに口調だ、他人行儀な話し方ではなくて、ぶっきらぼうなのに拗ねているみたいな口調。
「泣くな。」
「泣いてねぇ…………。」
グスとすすり上げながら手で目元を擦ろうとするから、敢えて相手の手を押さえてフラフラする頭を起こす。まだ宏太の体が普段になくグラグラと頼りなく揺らぐのに、手を取られた了の方が慌てて宏太の体を支えようとベットの上に乗るのを宏太は迷わず思い切り引き寄せていた。涙で濡れた頬を抱き寄せて自分の胸に納めてしまうと、腕の中で暴れるかと思った了の涙の匂いが逆に強まったのに気がつく。
「了…………。」
名前を呼ぶと腕の中にあるのは、あの時のような拒絶ではない。それだけでこんなにも安堵して、尚更引き寄せ抱き締めて、柔らかな髪の毛に指を埋めて胸に押し付けそのままベットに崩れ落ちる。上に乗られたら重いと文句を言うかと思ったのに、泣きじゃくり始めた了にそれでも思わず微笑んでしまうのは了が拒絶で泣いているのではないとわかってしまうからだった。
「ふ……ぅっく……、うぇ……。」
「悪かった…………泣くな。」
大事な宝物のように頬に口付け、額にも口付ける宏太に、了の泣き声は更にしゃくりあげていく。それでも迷わずその両手が確り自分の背中に回されて背中を掴む感触に、宏太はいてもたってもいられないほど胸が熱くて満たされてしまう。
「了…………。」
「ば、かぁ…………、なんで、……だよぉ、あんた、約束、した、のにぃふぇっ……っ!」
確かに宏太は了と一緒にいると約束したし、これからずっと一緒に生きるとも約束した。約束は絶対に破る気はないけれど、それでも記憶のないままの了の傍にいられるかは自分でも正直自信がなかったと呟くと、了が息を飲むのが分かる。何しろどんなに傍にいても他人のように遠巻きにされるのは、流石に宏太でも限界だったというのだ。
「………………ば、かだろ!そう、いうとき、こそ、おしたおせよ!ばかぁ!」
「あ?お前本気で俺を何だと思ってんだ?お前、性欲バカだとしか思ってねえんだろ?」
思わずそう宏太も反論したくなるのは、了に本気で拒絶されたら宏太には何も出来ないのに、それを了の方が未だにやっぱり理解していないからだ。以前なら兎も角今では宏太にとっては了が第一で、了が泣いたり嫌がることなんか出来る筈がないのだと改めて抱き締めたまま繰り返す。
「うっさい、バカ、そんな言い訳聞きたくない。」
「言い訳って……はぁ…………お前なぁ…………。」
それでも了が泣きじゃくっていた声ではなくなって、腕の中で頬を染めているのが頬の体温で分かるからついつい甘やかしたくなる。頭を撫でながら額に口付けてやると、戸惑いながら見上げてくる気配がして背中に回されていた手がオズオズと傷痕に触れたのに気がつく。だけど潤んだ涙の匂いをさせながら見つめてくる視線の熱が分かるのに、まだ一番大事なことを聞けていないのだ。
「了……。」
「ん?」
抱き寄せて懇願する声で耳元で名前を呼ぶけれど、了は宏太の顔を確かめるように撫でていて宏太の声に気がつかない。それに微かな苛立ちを訴えるようにもう一度了の名前を呼ぶと、了は何かを強請られているのには気がついた風だ。
「な、に?こぉた………………。」
戸惑いながら囁きかける言葉に、強くて深い安堵が満ちてくる。記憶が戻ったのは本当で、ちゃんと宏太を宏太と呼べる了に思わず口付けてもう一度と強請る声に、了は何を請われているのかまだ分からない様子で腕の中から宏太を見上げた。
「了……もう一度。」
「なに、を?なに?」
その耳元で宏太が名前と呟くと、何故か腕の中の了が真っ赤になってしまったのが分かってしまう。それでも宏太が折れるつもりはなくてちゃんともう一度呼べと強請ってしまうのは、流石に他人行儀なあの「外崎さん」は何気なく宏太が一番傷ついていたからだった。今まで一度だって了がそんな呼び方をしたことはないし、出会って名前を教えた最初から了は宏太の事を「宏太」と呼んできたのだ。それなのに記憶がないとは言え「外崎さん」なんて初めて呼ばれて正直激しく傷ついたと告げると、それはどこかで分かっていたのか了が恥ずかしそうに呟く。
「え、と………、こぉた……。」
なんだ、その恥じらい。可愛すぎるだろ?初めてじゃあるまいし、いつも通り呼べ。っていうか、恥じらって呼んでるうちは終わらないからな。
「もう一度。」
「恥ずかしいだろ、も、終わり。」
「駄目だ、足りない。」
宏太の言葉に了が子供かと言い腕の中で暴れてジタバタしていても我慢する気もなくて、抱き締めたまま頭を確りと抱き込んでしまう。両手で頬を包み込んで散々そこら中に口付けながら、何度も柔らかな唇を奪いとって何度も甘い声を溢させて、それでも宏太は名前を呼べと強請り続ける。
「こ、ぉた……も、……おわ、り……ん、ふぅ…………こぉ、…………たぁ。んっ。」
「駄目だ…………全然足りない。」
チュと音を立てて唇を離しても、両手はそのまま。完全に上にのし掛かり覆い被さられて口付けを落とされながら、恥ずかしがるのも構わずに自分の名前を呼ぶのを繰り返させている。それでも何時までも恥ずかしがっているものだから、熱くて甘くて蕩け始めている吐息と跨がられた腰の下の了のものが硬くなり始めているのにわざとらしく自分の腰を擦りつけてやった。
「んん、っん、……だ、め、んんっこぉ、た。」
ゴリゴリと硬さが擦れて自分の物も熱く硬くなるが止めるつもりもないし、自分の硬さが了のモノにも当たるのにヒクンと全身を震わせて甘い声が溢れおちる。
「ふぁ、…………や、こぉ……た。」
「嫌じゃねぇだろ?ん?」
記憶を失ってから互いに距離があった分、服一枚がもどかしいほど互いの肌の熱さは痺れるほどに心地好くて。それで覆い被さられたままの了はただでさえ可愛くて仕方がないのに、戸惑いながらも宏太に縋りついたままで
「ばか、ぁ、下に、まだ…………。」
下に誰かいることくらい分かっているが、そんなものどうでもいい。ベットの上には大事な宏太の了がいて、潤んだ瞳で甘い声あげながら擦り付けられる腰の熱さに感じ始めているのだ。思わず思い切り唇を重ねて丹念に口の中を愛撫してやると、了はあっという間に酸欠になった吐息でクタクタになってしまう。
「少し…………弱くなったんじゃねぇか?ん?」
何に問い返す前にニッと笑みを敷いて、迷わず了の服を引き剥がしにかかる。キスでトロンとしていた了が我に返った時には既に服は半分乱れて手足にまとわりつくだけの布に変えられていて、腰の上でバサリと音を立てて上半身を晒した宏太に気がつく有り様。
「ちょ、だめ、こ、ぉた。」
「あ?」
「だめ、だってば、ちょ、あっ!んんっ!」
咄嗟に出掛けた声を両手で塞いだ了の様子に、ここぞとばかりにニヤリと笑いながら宏太は迷わず肌に舌を這わせていく。宏太を押さえるのではなくて喘ぎ声を押さえる方を優先したのだから、思う存分声を堪えて貰うことに決めた。指も舌も唇も、何もかもで全力で了を感じさせる宏太に、残念だが了には嫌と言うほど声を堪えて貰うしかない。
「こ、ぉた、……や、んっ、だ……めっそこっ、あっ………………っ。」
硬く尖った乳首を舌と唇で愛撫されながら、足を開かされ付け根をヤワヤワと指で刺激され膝で後ろをリズミカルに押されるのに思わず背中がしなる。滑らかな腰を指で引き寄せられグングンと腰を膝で突き上げられる感触に、鎖骨を吸われる刺激だけで了の怒張が蜜を滴らせていく。
「んっ、ふ、…………んんっ!…………こ、…………たぁ……や、んんっ!」
まだ奥を突かれてもいないのに体内の奥が疼いて、了の怒張が硬く張り詰め淫らな音を立てて腹に擦れるのに思わず興奮してこめかみに口付け細い了の腰を抱き寄せる。開かされたままの足が思わず自分の腰に絡み付いたのに、抱き寄せていた指で足の付け根まで強く押し込むとビクリと魚のように了の腰が痙攣した。トロリと溢れだす蜜の香りと滑る感触に興奮が収まるわけもなくて、思わず舌舐めずりして下をずり下ろして腰を奥に向けて押し付ける。
「あ、んんっ!!んーっ!!!」
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