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間章 アンノウン
間話8.
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仄かに窓から射し込む朝日に目が覚めて、まず真っ先に気がついたのは自分がガッチリと力強い腕に抱き締められていて身動ぎも出来ないということで。それは腕だけでなく足も全身も使って、完全に相手に抱き込まれてしまっている。つまりは了は完全に抱き枕にされている上に、しかも何でか悉く身に付けていた服まで脱がされていて。慌てて抜け出そうにも、ガッチリと巻き付いた腕から全く抜けられない。しかも背後から抱き締められていて自分の項にかかる吐息が微妙に擽ったいのに、そこに顔を押し当てて眠っている相手が居るのに改めて気がつく。
これは、…………外崎さん…………だ、よな?
そうとしか思えない、ベットも寝室も昨日見たのと何も変わらないし、ここで一緒に眠ってと彼を引き留めたのは自分だ。残念ながら失われている記憶の方は目が覚めたら全部思い出すなんてことはなかったが、昨夜はただ横になって隣で寝ていた筈だったのに目下了は下着一枚の姿でガッチリ抱き締められていて。何とか離して貰おうにもスウスウと規則正しく項に振りかかる吐息は、まだ抱き締めている相手がこの状況に安堵しきって眠っているのだとしか思えない。
……でも、なんで、下着姿…………?なんで?……
抱き締めている腕も体に触れている足や体も、どう考えても自分も相手も素肌にしか感じない。つまりは二人とも下着姿でベットの上で抱き合ってる?そう考えると何か何時もの事と納得してしまう面と羞恥心で顔が熱い了は、押さえ込まれた腕の中でジタバタともがくしか出来ない。これは自分が寝惚けて脱いだのか、それとも相手も脱いでいるから何かあったのか。必死で考えるが隣に寝転び微睡んだところまでは確かでも、その先の記憶が朧気で何も覚えていないのだ。
「んん…………。」
何とかしようと必死に暴れる了に、背後から夢現の声が微かに聞こえて安堵した。ところが外崎が目が覚めたのだと思ったのに、項から耳元にずれただけの吐息は一向に変化しないまま。しかも今度はガッチリ抱き寄せている片方の手がスルリと腹を撫で下ろすのに、了は思わず声をあげてしまう。
「ひゃっ、う!!」
素肌をなぞり下ろす指先がもがく腰を抱き込み、緩んだかと思ったのに了の体には改めてしなやかな足が絡まってしまう。こうなると余計に身動きできない体勢になりかけるのに、慌てて了は動かせる足をばたつかせる。するとそれに対抗するように腹を撫で下ろした外崎の手が、突然了の素肌の太股の内側にスルンと滑り込んできてしまっていた。
「わっ!ちょっ!!」
「んん……、黙ってろ…………了。」
足の付け根に滑り込んだ指先がククッと足の付け根をヤンワリと指の腹で刺激し出すのに、ビリビリするような快感が腰の奥で弾け出す。驚くほど強い痺れに似た快感に腰が一瞬で蕩けてしまいそう。しかもこれはたった指一本が与えている快感なのに、了は思わず喘ぎ声を溢しそうになって咄嗟に両手で口元を塞ぐ。それを知ってか知らずか人差し指一本で同じところを強弱をつけて揉む外崎の行為に、了は驚きに口元を抑えながら目を丸くしていた。
何これ?!うそ、ヤバい!
たかが足の付け根を指で揉まれるだけで、今にも達してしまいそうな位気持ちがいいのだ。あっという間に了の股間に染みが出来て下着を突き上げるように盛り上がり、股間の肉棒が硬い怒張に変わる。しかも寝ぼけているのか執拗に項と耳朶を噛んだり吸ったりする外崎の唇に、更に体を支配する強い快感が増していく。気がつけば背後から外崎にのし掛かられるような形でベットに股間をグリグリと押し付けて腰を揺らめかせ、しかも片足を上げて付け根を指先で揉みしだかれ下着を腰から下ろされかけてもいる。
「んっんんっ!んぅーっ!」
「大人しく…………ん、ほら、何時ものように……了、声出せって…………。」
そう耳元で柔らかく囁かれる声は掠れて酷く甘くて、耳から頭の中までジンジンと弄くられてしまうみたいに低く腰に響く。気がつけばあっという間に下着を片足から抜き取られて、足の付け根を直に擦られ押されるだけで怒張ははち切れそうに硬く下折立ってしまっていた。
「んっ、ふぅんっ!」
「ほら、了…………いい子だ。ん……。」
下折立つ怒張にはまるで触れられないまま、クルリと後ろの孔をなぞるように外崎の指の腹が擦る。その感触に腰がガクンッと揺れて、抱き込まれている形の腰が外崎の腰に押し付けられてしまう。するとカプッと了の項に軽く甘く外崎は噛みついて、それと同時に外崎の指が更に孔を擦りだしている。
「声、…………どこまで我慢するつもりだ?……ん?」
少し意地悪く囁いた外崎の指がリズミカルに孔を刺激するのに、拒絶しようとする了の意思と反して孔は柔らかく外崎の指をクポリッと咥え込んでしまう。嘘だと言いたくても体の方はまるで当然みたいに外崎がすることを待ち構えていて、しかもそのどれもが了を快感に飲み込もうとしている。
こんなの、う、うそ、いくっ
指に体内を軽く擦られるだけで達してしまいそうで、力を込めて締め付けてしまうから尚更快感が増していく。しかもわざとらしく外崎の指は体内を掻き回す音をたてるみたいにして、了の事を快感に追い込んでいくのに泣き出してしまいそうだ。まるで体のどこもかしこも知り尽くしていて容易く操られてしまう。いや実際に知り尽くされているのだろう外崎の愛撫は酷く心地よくて、同時にまだ分からないのに流されるのは了には怖くて悲しい。これをそのまま受け入れて感じてもいいのか分からないのに、未だに相手の名前すら呼べないのに、こんなにも容易く快楽だけに飲まれて。
やだっそんな……やだ、気持ちいい、だけ、が……ほしいんじゃないのにっ
グチグチと淫らな音をたてて指が体内を掻き回す快楽に絶頂に達してしまいそうな自分に、了は内心では酷く後悔もしていた。昨夜自分が一緒に寝てなんて言わなければこんなことにはならなかったのに、ただ快感欲しさに外崎と枕をともにしているみたいなこの状況。しかも何もわからずにいるのに外崎に抱かれて得るだけの快楽なんて、相手が自分でなくても同じじゃないかと思うのに胸が裂かれるように痛む。何故か自分でなくてもいい、その考えは以前に何度も繰り返し感じてきた気がした。
「了…………。ほら…………力……抜け。」
甘くて柔らかに囁く声に何故か酷く悲しくなる。自分に記憶がなくても外崎が快感だけ得られればいいのかと考えただけで、こんなにも胸がいたくなるのは何故だろう。まるでずっと長く片想いでいたような胸を刺す痛みに、了は押さえ込んだままの口元から嗚咽が溢れるのを感じていた。
「ふ、ぅ……うっふっく……っ!」
快楽の声にも聞こえる筈の了の嗚咽に、何故かピタリと外崎の動きが止まった。見えない筈の視界でまるで了が泣き出したのに気がついたみたいに、蹂躙の手が止まり暫し何かを確認しようとするみたいに息を詰める。自分が記憶がないのを忘れてたに違いない、それがわかっていても嗚咽は更に口から溢れ落ちてしまう。自分の勝手で隣で眠って欲しがって、それでも外崎がすることを受け入れられないで、でも体は欲しがってるし。そんな風に考えると頭の中は混乱でグチャグチャに掻き回されたみたいになる。
「……さ、とる?」
戸惑いに満ちた外崎の自分を呼ぶ声が振り落ちて、戦くように震えながら両手で了の体を探り抱き寄せようとする。だけどその手に捕まる前に了は両手を口から離して、その手を自分の手で払い除けもがくようにして外崎の手から逃げ出した。
「了?!」
「やっ!!はな、せっ!やだっ!」
口元を押さえていない声は泣き声にしかならなくて、それでも放たれた拒絶の言葉に外崎がその場に凍りつく。外崎の腕からもがいて逃れた了がベットの端で体を縮こまらせたのに、外崎は上半身を起こして身動ぎもせずに酷く傷ついた顔をする。そんな外崎に何て言ったらいいかは分からないが、こんな風に抱かれるのは嫌だとしか言えない。そう思ったら口からは嗚咽しか溢れなくなってしまっていた。
「ふっ、うっ、ふぇ……うっく…………。」
遂にその場で泣きじゃくり始めた了に外崎の戸惑いに満ちた手が延びて来るが、再びはねのけられたのに外崎は尚更傷ついた顔を浮かべる。拒絶されるのに酷く傷つき悲しげな顔をする外崎の手が、もう一度伸ばされようとして戸惑いに握り込まれるのを了は涙が溢れる視界の中で見つめていた。
結局暫く子供のように泣きじゃくっていた了は、宏太が何度手を伸ばしても触れることも抱き締めることも拒絶し続ける。やがて泣きつかれてそのままベットの端で眠ってしまうまで全く宏太を近くに寄せ付けないままで、それがどれだけ深く宏太を傷つけるか今の了は全く気がつく事もないのだ。
眠りこけて、…………失念した……。
腕にその体を抱き締めて眠るうち、了がいつもと違う状況にあるのを宏太も失念してしまったのは事実だった。抱き締めて普段と同じく了の体温に触れているうちに、宏太は普段と変わらない行動に出てしまったのだ。眠りに落ちるまま抱き締めてその体に触れて、目覚めてすぐ何時ものように抱こうとした。だけど相手は普段の了ではなく、宏太が触れるのを今は全く許容できないのだ。眠り落ちた体をそっと寝具でくるむと、暫く宏太は立ち尽くして了の事を見えない義眼の瞳で見下ろす。昨夜のように腕の中に納めることもできないまま、宏太はそっとベットから離れ何も出来ずに黙りこくって歩き出していた。
※※※
「はい?え?…………あの?外崎さん?」
早朝一番の電話。中々そんな時間にかけてくる人間はそういないが、外崎の名前を見れば相手には朝日も時間も関係ないのは恭平達にはもう理解できているわけで。ところがその前提で電話に出た恭平が、いつになく電話口で奇妙な反応をしている。
「え?あの…………もう一度説明してもらえますか?…………はい。」
そんな恭平の様子を、仁聖は朝食のトーストを噛りながら不思議そうに眺めている。勿論電話口で恭平が外崎さんと言うということは、了ではなく宏太の方だと仁聖にも聞かなくてもわかる。何しろ恭平だけでなく仁聖も外崎了のことは了と名前で呼ぶし、外崎宏太の方を外崎さんと呼んでいるからで。それにしても外崎宏太からの電話に、恭平は妙に首を傾げて話に耳を傾けていた。
「え?……あの、それは…………。」
電話口から漏れ聞こえる低く掠れた声に、恭平の戸惑いは増すばかり。それでも何とか相手の話を飲み込もうと、恭平が考え込むのが見てとれる。
「ええ…………一先ず伺ってみても…………、はい。」
やがて戸惑いが完全に勝る口調の恭平が受話器を下ろしたのをみてとると、仁聖は何かあったの?と訝し気に問いかけた。すると電話では今一つ理解しきれないが、宏太に了の様子を見てくれないかと頼まれたのだと恭平は再び首を傾げて見せる。視力のない宏太とはいえ了の事には人一倍敏感でセンサーを張り巡らせているのを知っているから、この電話での頼み事は恭平にも仁聖にも違和感が強すぎた。
「様子?風邪でもひいたの?了。」
眼で見ないと分からない何かなのだとすれば、それも理解できるし、看護師でもある知人は妊婦だから頼めないのかと仁聖が問いかける。
「いや、何だか要領を得ないんだが、記憶がないとか。」
「記憶がないぃ?」
何それ?ドラマ?などとトーストを口に頬張りながら仁聖が言うのに、そう言われてもと恭平も状況が掴めず困惑するしかない。少なくとも外崎宏太がこんなに要領を得ない説明をしてくる辺り、外崎宅がまともな状況にないのは理解できたが。
「一先ず、行って様子を見てくる。」
「俺も行こうか?」
以前は仁聖と恭平の関係に横恋慕しようとしたことはあるが、現在の外崎了にはそんなつもりは微塵もないし、ある意味では今の恭平と了は良い相談相手でもある。それも加味して外崎が恭平を選んだのは、結城晴や他の人間よりはと考えたからに違いないとは思う。
「困るようだったら連絡するが…………外崎さんもいる訳だし、大丈夫だろう。」
恐らくは喧嘩でもして了がストライキでも起こしたのでは、程度に考えてしまうのはどちらかと言えば了の方が宏太を尻に敷いているのを知っているからで。少なくとも宏太がいるところで、了が恭平に何もする筈がないのもわかっている。そう考えた恭平が一人で外崎宅に向かうことにしたのは、別段特別な流れではなかったのだった。
これは、…………外崎さん…………だ、よな?
そうとしか思えない、ベットも寝室も昨日見たのと何も変わらないし、ここで一緒に眠ってと彼を引き留めたのは自分だ。残念ながら失われている記憶の方は目が覚めたら全部思い出すなんてことはなかったが、昨夜はただ横になって隣で寝ていた筈だったのに目下了は下着一枚の姿でガッチリ抱き締められていて。何とか離して貰おうにもスウスウと規則正しく項に振りかかる吐息は、まだ抱き締めている相手がこの状況に安堵しきって眠っているのだとしか思えない。
……でも、なんで、下着姿…………?なんで?……
抱き締めている腕も体に触れている足や体も、どう考えても自分も相手も素肌にしか感じない。つまりは二人とも下着姿でベットの上で抱き合ってる?そう考えると何か何時もの事と納得してしまう面と羞恥心で顔が熱い了は、押さえ込まれた腕の中でジタバタともがくしか出来ない。これは自分が寝惚けて脱いだのか、それとも相手も脱いでいるから何かあったのか。必死で考えるが隣に寝転び微睡んだところまでは確かでも、その先の記憶が朧気で何も覚えていないのだ。
「んん…………。」
何とかしようと必死に暴れる了に、背後から夢現の声が微かに聞こえて安堵した。ところが外崎が目が覚めたのだと思ったのに、項から耳元にずれただけの吐息は一向に変化しないまま。しかも今度はガッチリ抱き寄せている片方の手がスルリと腹を撫で下ろすのに、了は思わず声をあげてしまう。
「ひゃっ、う!!」
素肌をなぞり下ろす指先がもがく腰を抱き込み、緩んだかと思ったのに了の体には改めてしなやかな足が絡まってしまう。こうなると余計に身動きできない体勢になりかけるのに、慌てて了は動かせる足をばたつかせる。するとそれに対抗するように腹を撫で下ろした外崎の手が、突然了の素肌の太股の内側にスルンと滑り込んできてしまっていた。
「わっ!ちょっ!!」
「んん……、黙ってろ…………了。」
足の付け根に滑り込んだ指先がククッと足の付け根をヤンワリと指の腹で刺激し出すのに、ビリビリするような快感が腰の奥で弾け出す。驚くほど強い痺れに似た快感に腰が一瞬で蕩けてしまいそう。しかもこれはたった指一本が与えている快感なのに、了は思わず喘ぎ声を溢しそうになって咄嗟に両手で口元を塞ぐ。それを知ってか知らずか人差し指一本で同じところを強弱をつけて揉む外崎の行為に、了は驚きに口元を抑えながら目を丸くしていた。
何これ?!うそ、ヤバい!
たかが足の付け根を指で揉まれるだけで、今にも達してしまいそうな位気持ちがいいのだ。あっという間に了の股間に染みが出来て下着を突き上げるように盛り上がり、股間の肉棒が硬い怒張に変わる。しかも寝ぼけているのか執拗に項と耳朶を噛んだり吸ったりする外崎の唇に、更に体を支配する強い快感が増していく。気がつけば背後から外崎にのし掛かられるような形でベットに股間をグリグリと押し付けて腰を揺らめかせ、しかも片足を上げて付け根を指先で揉みしだかれ下着を腰から下ろされかけてもいる。
「んっんんっ!んぅーっ!」
「大人しく…………ん、ほら、何時ものように……了、声出せって…………。」
そう耳元で柔らかく囁かれる声は掠れて酷く甘くて、耳から頭の中までジンジンと弄くられてしまうみたいに低く腰に響く。気がつけばあっという間に下着を片足から抜き取られて、足の付け根を直に擦られ押されるだけで怒張ははち切れそうに硬く下折立ってしまっていた。
「んっ、ふぅんっ!」
「ほら、了…………いい子だ。ん……。」
下折立つ怒張にはまるで触れられないまま、クルリと後ろの孔をなぞるように外崎の指の腹が擦る。その感触に腰がガクンッと揺れて、抱き込まれている形の腰が外崎の腰に押し付けられてしまう。するとカプッと了の項に軽く甘く外崎は噛みついて、それと同時に外崎の指が更に孔を擦りだしている。
「声、…………どこまで我慢するつもりだ?……ん?」
少し意地悪く囁いた外崎の指がリズミカルに孔を刺激するのに、拒絶しようとする了の意思と反して孔は柔らかく外崎の指をクポリッと咥え込んでしまう。嘘だと言いたくても体の方はまるで当然みたいに外崎がすることを待ち構えていて、しかもそのどれもが了を快感に飲み込もうとしている。
こんなの、う、うそ、いくっ
指に体内を軽く擦られるだけで達してしまいそうで、力を込めて締め付けてしまうから尚更快感が増していく。しかもわざとらしく外崎の指は体内を掻き回す音をたてるみたいにして、了の事を快感に追い込んでいくのに泣き出してしまいそうだ。まるで体のどこもかしこも知り尽くしていて容易く操られてしまう。いや実際に知り尽くされているのだろう外崎の愛撫は酷く心地よくて、同時にまだ分からないのに流されるのは了には怖くて悲しい。これをそのまま受け入れて感じてもいいのか分からないのに、未だに相手の名前すら呼べないのに、こんなにも容易く快楽だけに飲まれて。
やだっそんな……やだ、気持ちいい、だけ、が……ほしいんじゃないのにっ
グチグチと淫らな音をたてて指が体内を掻き回す快楽に絶頂に達してしまいそうな自分に、了は内心では酷く後悔もしていた。昨夜自分が一緒に寝てなんて言わなければこんなことにはならなかったのに、ただ快感欲しさに外崎と枕をともにしているみたいなこの状況。しかも何もわからずにいるのに外崎に抱かれて得るだけの快楽なんて、相手が自分でなくても同じじゃないかと思うのに胸が裂かれるように痛む。何故か自分でなくてもいい、その考えは以前に何度も繰り返し感じてきた気がした。
「了…………。ほら…………力……抜け。」
甘くて柔らかに囁く声に何故か酷く悲しくなる。自分に記憶がなくても外崎が快感だけ得られればいいのかと考えただけで、こんなにも胸がいたくなるのは何故だろう。まるでずっと長く片想いでいたような胸を刺す痛みに、了は押さえ込んだままの口元から嗚咽が溢れるのを感じていた。
「ふ、ぅ……うっふっく……っ!」
快楽の声にも聞こえる筈の了の嗚咽に、何故かピタリと外崎の動きが止まった。見えない筈の視界でまるで了が泣き出したのに気がついたみたいに、蹂躙の手が止まり暫し何かを確認しようとするみたいに息を詰める。自分が記憶がないのを忘れてたに違いない、それがわかっていても嗚咽は更に口から溢れ落ちてしまう。自分の勝手で隣で眠って欲しがって、それでも外崎がすることを受け入れられないで、でも体は欲しがってるし。そんな風に考えると頭の中は混乱でグチャグチャに掻き回されたみたいになる。
「……さ、とる?」
戸惑いに満ちた外崎の自分を呼ぶ声が振り落ちて、戦くように震えながら両手で了の体を探り抱き寄せようとする。だけどその手に捕まる前に了は両手を口から離して、その手を自分の手で払い除けもがくようにして外崎の手から逃げ出した。
「了?!」
「やっ!!はな、せっ!やだっ!」
口元を押さえていない声は泣き声にしかならなくて、それでも放たれた拒絶の言葉に外崎がその場に凍りつく。外崎の腕からもがいて逃れた了がベットの端で体を縮こまらせたのに、外崎は上半身を起こして身動ぎもせずに酷く傷ついた顔をする。そんな外崎に何て言ったらいいかは分からないが、こんな風に抱かれるのは嫌だとしか言えない。そう思ったら口からは嗚咽しか溢れなくなってしまっていた。
「ふっ、うっ、ふぇ……うっく…………。」
遂にその場で泣きじゃくり始めた了に外崎の戸惑いに満ちた手が延びて来るが、再びはねのけられたのに外崎は尚更傷ついた顔を浮かべる。拒絶されるのに酷く傷つき悲しげな顔をする外崎の手が、もう一度伸ばされようとして戸惑いに握り込まれるのを了は涙が溢れる視界の中で見つめていた。
結局暫く子供のように泣きじゃくっていた了は、宏太が何度手を伸ばしても触れることも抱き締めることも拒絶し続ける。やがて泣きつかれてそのままベットの端で眠ってしまうまで全く宏太を近くに寄せ付けないままで、それがどれだけ深く宏太を傷つけるか今の了は全く気がつく事もないのだ。
眠りこけて、…………失念した……。
腕にその体を抱き締めて眠るうち、了がいつもと違う状況にあるのを宏太も失念してしまったのは事実だった。抱き締めて普段と同じく了の体温に触れているうちに、宏太は普段と変わらない行動に出てしまったのだ。眠りに落ちるまま抱き締めてその体に触れて、目覚めてすぐ何時ものように抱こうとした。だけど相手は普段の了ではなく、宏太が触れるのを今は全く許容できないのだ。眠り落ちた体をそっと寝具でくるむと、暫く宏太は立ち尽くして了の事を見えない義眼の瞳で見下ろす。昨夜のように腕の中に納めることもできないまま、宏太はそっとベットから離れ何も出来ずに黙りこくって歩き出していた。
※※※
「はい?え?…………あの?外崎さん?」
早朝一番の電話。中々そんな時間にかけてくる人間はそういないが、外崎の名前を見れば相手には朝日も時間も関係ないのは恭平達にはもう理解できているわけで。ところがその前提で電話に出た恭平が、いつになく電話口で奇妙な反応をしている。
「え?あの…………もう一度説明してもらえますか?…………はい。」
そんな恭平の様子を、仁聖は朝食のトーストを噛りながら不思議そうに眺めている。勿論電話口で恭平が外崎さんと言うということは、了ではなく宏太の方だと仁聖にも聞かなくてもわかる。何しろ恭平だけでなく仁聖も外崎了のことは了と名前で呼ぶし、外崎宏太の方を外崎さんと呼んでいるからで。それにしても外崎宏太からの電話に、恭平は妙に首を傾げて話に耳を傾けていた。
「え?……あの、それは…………。」
電話口から漏れ聞こえる低く掠れた声に、恭平の戸惑いは増すばかり。それでも何とか相手の話を飲み込もうと、恭平が考え込むのが見てとれる。
「ええ…………一先ず伺ってみても…………、はい。」
やがて戸惑いが完全に勝る口調の恭平が受話器を下ろしたのをみてとると、仁聖は何かあったの?と訝し気に問いかけた。すると電話では今一つ理解しきれないが、宏太に了の様子を見てくれないかと頼まれたのだと恭平は再び首を傾げて見せる。視力のない宏太とはいえ了の事には人一倍敏感でセンサーを張り巡らせているのを知っているから、この電話での頼み事は恭平にも仁聖にも違和感が強すぎた。
「様子?風邪でもひいたの?了。」
眼で見ないと分からない何かなのだとすれば、それも理解できるし、看護師でもある知人は妊婦だから頼めないのかと仁聖が問いかける。
「いや、何だか要領を得ないんだが、記憶がないとか。」
「記憶がないぃ?」
何それ?ドラマ?などとトーストを口に頬張りながら仁聖が言うのに、そう言われてもと恭平も状況が掴めず困惑するしかない。少なくとも外崎宏太がこんなに要領を得ない説明をしてくる辺り、外崎宅がまともな状況にないのは理解できたが。
「一先ず、行って様子を見てくる。」
「俺も行こうか?」
以前は仁聖と恭平の関係に横恋慕しようとしたことはあるが、現在の外崎了にはそんなつもりは微塵もないし、ある意味では今の恭平と了は良い相談相手でもある。それも加味して外崎が恭平を選んだのは、結城晴や他の人間よりはと考えたからに違いないとは思う。
「困るようだったら連絡するが…………外崎さんもいる訳だし、大丈夫だろう。」
恐らくは喧嘩でもして了がストライキでも起こしたのでは、程度に考えてしまうのはどちらかと言えば了の方が宏太を尻に敷いているのを知っているからで。少なくとも宏太がいるところで、了が恭平に何もする筈がないのもわかっている。そう考えた恭平が一人で外崎宅に向かうことにしたのは、別段特別な流れではなかったのだった。
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