鮮明な月

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第十五章 FlashBack

173.

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翌・雨上がりの清々しい朝の空気に、澄んだ青空の輝く朝。とは言えまだ普段でも日常的に起きる予定時刻よりは三十分も早くて、しかも本日は世の中も世界中何処でも時差はあっても土曜日で。仁聖は大学も休みで目覚ましすらかけずに、昨夜愛し合ったままの姿で腕の中に恭平を大切な宝物のように抱き締めて気持ち良く熟睡していた。結局昨夜恭平のスマホは紛失してしまったという結論になり翌日ショップに行くことで決着したし、仁聖がつい溢してしまった仁聖秘蔵のスマホのお宝画像に関しては断固として追求から話をそらし続けて。それに意図がわからず不満そうにしている恭平をベットに引き摺りこんで、結果として力ずくでなしくずしに話を濁したのはここだけの話。
兎も角そんな心地よい眠りから、予定外に朝っぱらから盛大な着信音で起こされた。

『仁聖か?』
「………ふぁい?」

仁聖が寝ぼけ眼と寝ぼけ声でその電話に出ると、相手は何故か朝っぱらから不機嫌そのものの声を何一つ隠しもしない外崎宏太だ。

『仁聖、お前に聞きたいことがある。今から家に来い。』
「うぇ?今から…………?ちょっと……今何時?外崎さん……。」

六時半と平然と告げるその声は、電話口の向こうだと言うのにどんな顔をしているのか分かるほどに完璧な不機嫌。腕の中でスウスウと気持ち良さそうに眠っている恭平の顔を見下ろし、仁聖は一体これは何事なのと独り首を捻ってから一応は何事ですかと問い返す。が、それに対する返答はいいから直ぐに来いの一言のみ、しかもそのまま電話を切られてしまう始末だ。流石に電話の不穏な空気に目を覚ました恭平が何事かと腕の中から眠たげに見上げてきて、仁聖はこの不思議な状況をかいつまんで説明する。

「…………お前……なんかやったのか?」

そんなとんでもないと言いつつも仁聖自身よく考えてみるが、あんな不機嫌に来いと言われるような出来事は何も頭に浮かばない。まさか恭平のスマホの件とも一応は考えてみたが、それがここまで不機嫌で話されることとは思えないから除外。もしかして昨日の夜に外で了と二人でいたのが、今さらだけど気に入らなかったなんてことはありうるのだろうか。

「どう思う?」
「…………どう、なのかな?」

それを言われると外崎宏太の了への溺愛のこともあるので、恭平も即答しかねてしまう。だがそうなると逆に外崎宏太と一緒に、傘をさして歩いていた恭平の方はどうなのだろうか。兎も角直々に電話をかけてきてまで、いいから直ぐに来いと言うのだから行かないわけにもいかない。そう不思議そうに首を捻る仁聖に、何だか昨日の外崎宏太の抜刀術の様相が頭を掠めた恭平も、少し心配になって一緒にいそいそと出掛けてしまうのだった。



※※※



「刺されたぁ?!!」

早朝に叩き起こされわざわざ呼び出されて、外崎邸に到着して最初に教えられるには些か刺激的過ぎる内容。しかもなんでか宏太と了は当然だが、今朝の外崎邸には多数の人間が顔を揃えていて、目下リビングは人が片手の指では間に合わないほど。到着して早々に何故か当然のごとく振る舞われた朝御飯を頂きながら話を聞く仁聖が、横に座り珈琲をいただいている恭平の隣で唖然とした声をあげたのはその最中での事だ。

「しかも、傘ぁ?!傘って刺さるの?!」

そう、刺激的な話しというのは、勿論狭山明良と結城晴が襲われて明良が相手の傘で怪我をさせられた件の顛末だった。
昨夜二人で夜道を歩いていて突然目の前に現れた男に傘を突き出されて、それが体に刺さるなんて考えだけでも震え上がってしまう。目の前でそれを見てしまった結城晴はかなりのショックをうけて一晩中泣いていたらしくて、やっとさっきゲストルームで明良に宥められて眠ったという。
子供じゃあるまいしと思うかもしれないが、この世で一番大事な人が目の前で怪我をさせられたら。
仁聖も同じように泣くと思うし、凄く後悔するし、どうなるかわからないと思う。しかも身の回りの生活用品で刺されるなんて、世の中何があるか分からない本当にとんでもない話だ。

それも、あの救急車がそれだったなんて。

ニアミスにもほどがあるが、あの時恭平ではと不安になって仁聖が駆けつけた現場にいた救急車。それが狭山明良と結城晴を乗せていたなんて一つも考えもしなかったし、普通はそう考え付くはずもない。その中でも幸いなのは狭山明良の怪我は本当にたいしたことがなくて、ある意味皮一枚程度の怪我と言えなくもないことだろう。

やっぱり鍛えてると違うのかなぁ。

等と考えてしまうが、実際この間のバーベキューのときに狭山明良の身体を外崎邸の豪華な風呂場で見てはいる。普段服を着ていれば華奢に見えてそれほど気がつかないが、狭山明良の身体は実はかなり鍛え上げられていて驚くような見事な鋼のような筋肉質なのだった。
そして宏太の電話口でも分かる不機嫌の原因は一晩中徹夜で調べものをして不休のためもあるが、狭山明良が怪我をさせられたことが大きな一因のようだ。そんなタイプとは思わなかったが宏太は気に入った人間には親切で義理堅い一面があるから、明良もお気に入りの友人で怪我をさせられたのはかなり気にくわない風にみえる。

「犯人探ししてな。」

何故か警察紛いの発言だが、実際には過去に宇野智雪の彼女・宮井麻希子を捜索するのに力を貸しているのを知っているから今更驚きもしない。何しろ仁聖のストーカーを探し当てたのも外崎宏太を初めとした了や結城晴の活動だし、同じ事務所の山崎凛子の件でセクハラ男をやり込めたのも彼らなのは仁聖も知っている。

経営コンサルタントって探偵の事?

なんて内心思いもするのだが、ここにはあまり触れない方がよさそうだ。犯人探しの内容は詳細には説明されないが、目下外崎邸のリビングルームには何故か『茶樹』のマスターの久保田惣一も同席していた。
ちなみに当然のようにいただいている朝御飯は、『茶樹』の調理担当・鈴徳良二が来て作ってくれていたりする。どうやら『茶樹』は本日は休業らしく良二は呑気に作り終えて自分の分を栗鼠のように頬張りながら、同じく勧めた恭平がそんなには食べられないと断ったのにここにも食わないやつがいると何故か前のめりになっている有り様だ。聞けば外崎宏太も以前はあまり食事を摂らない人間で、手を変え品を変えしていたらしい。

「周辺の防犯カメラの映像の解析をしたんだよね。」
「え?」
「そうしたら、犯人らしき男は見つけたんだけどね。」

そう呑気にお茶を啜る目の下に薄い隈を作った久保田惣一が、サラリととんでもないことをさも茶飲み話でもしてます的に当然のように口にした。防犯カメラの解析なんてどう考えても警察の仕事だし、しかも一夜でなんとかできるものではないはずだ。それをどうやら不眠不休でやりとげたらしいのは分かるが、何でそんなことが出来るのか聴いていいのか悪いのか。そういえば久保田は父・春仁に自分の店に秘密基地を作るよう頼むような人物だったと、今更ながらに仁聖は香しく焼かれてバターを塗られたトースト片手に考えてしまう。

「………それで、なんで俺ですか?」

そうなのだ、こんな早朝に不機嫌なモーニングコールで叩き起こされて呼び出され、辿り着いて聞かされたのは明良の怪我で。それと狭山明良の怪我をさせた犯人らしき男を見つけたという話。そこに何で仁聖が絡んでくるのか。そこまで考えていて、ふと我に返ったように仁聖は目を丸くして、あ・と声をあげる。その反応に仁聖が何に気がついたかわかった様子で、察しがいいなと、これまたここに来ていた藤咲が口にした。そう何故かここには藤咲信夫も集まっていて、それを考えると答えは一つしかない。

「仁聖?」

その反応に少しだけ心配そうに恭平が顔を覗きこむ。

「昨日……恭平を探しに出た時に、俺………見たことないおっさんとぶつかった。あれが高橋?」

昨夜仁聖は恭平の事を心配して、救急車のサイレンと赤色灯の方向に向かって走っていた。その時タイミング悪く角を曲がり、真正面から仁聖がぶつかってしまった人物。あの人物は確かに救急車が向かっている方向から足早に俯き加減でやって来て、しかも互いに救急車のサイレンの方に気をとられて録に前も見ていなかったのだ。

「仁聖。顔を覚えてるか?」

記憶の中にあるのは薄汚れくたびれた服にベットリと力なく張り付いた異様に黒い髪の毛をした、しかも少し鉄錆び臭いと感じた男のこと。あんまり集中して顔を見ていたわけではないが、それでも尻餅をついた男を助け起こして。腕をとって立ち上がらせて。鉄錆の臭いに怪我をしてないかと問いかけたが、どこにも怪我はなく立ち去った男。マジマジとは顔を見たわけではなかったが、まるで見ていないわけでもない。あんなにサイレンを気にしていたのにそこから離れようとしている姿は、確かにあそこから遠ざかろうとしている風に感じてしまう。

「じっと見たわけじゃない………んだけど。」

と呟くと目の前に出されたのは、数枚の写真で何枚かは遠くてボヤけてもいる。少なくとも二~三枚はまともな手段で撮られた写真でないのはさておき、仁聖は身を乗り出してその写真を覗きこむ。黒髪と言うよりは少し茶色がかった髪色をしてコジャレたスーツを着ているから、くたびれた服とベットリの黒髪とはだいぶ印象が変わって見える。でも顎の形や目元は昨日みた人間と同じような気はすると、仁聖は暫く考えてから呟く。

「でも、たぶんじゃ……意味ないでしょ?こういうの。」
「まともならな。」
「お前がみたという、証言があることが必要なんだよ。」

不機嫌を隠そうとしない宏太の口調に、初めて恭平が不安げだが少しだけ強い口調で口を開く。

「仁聖に…………危険なことはさせませんよ、外崎さん。」
    
普段ならそんな口調で宏太に話しかけようとしない恭平の抵抗に、宏太がおやと言いたげに僅かに眉をあげる。高橋を何とかしようとするために仁聖を囮にはさせないと、断固として口を開く恭平に隣の仁聖も驚いたように目を丸くした。

「……恭平、反対に言えば向こうも仁聖をみてるぞ?」

横から躊躇い勝ちに口を挟んだ了に、恭平は思わず息を詰める。仁聖が相手を見ているということは、相手も仁聖の顔を少しとはいえ見ていることになるのだ。それを失念していた自分に気がついて、恭平は顔を青ざめさせ口をつぐむ。どちらにしろ目撃者である仁聖を確保できるかどうかが、狭山明良を怪我させた犯人を探す方にも犯人にとってもポイントなのだった。

「……でも、仁聖と犯人が確実に会っているかは………。」
「犯人が近隣で最後に曲がった角に、防犯カメラがついてる。」

狭山明良の事を襲った犯人らしき男が、狭山明良達と出くわす寸前の監視カメラの映像。そして遠景だが傘で襲いかかったのも個人宅の監視カメラの端に僅かに写っていて、その後の逃げる姿を追いかけていくと一番最後に曲がった角には個人経営の事務所の監視カメラがあったのだと言う。そんなに町中に実は監視カメラがあることも驚きだが、それを入手してしまう宏太達にも驚く。そしてその角を曲がって、ほんの一分後に仁聖がその角から姿を見せているのだと言うのだ。勿論雨の中の画像だから不鮮明な面はあるが、仁聖の栗色の髪の毛と高い身長は際立つ。そしてその後仁聖が他の人間と顔を鉢合わせたのが、その事件現場だったのだから画像を疑いようもないのは現実だった。

「警察も馬鹿じゃないから、何時かは辿り着くだろうけどな。」

その言葉に更に恭平は顔を強張らせて青ざめていく。つまりは警察沙汰になっているから、相手ももしかしたら仁聖に危害を加える気になるかもしれないと言うことだ。しかもその男は以前女性や狭山明良に性的な暴力を加えた人間で、現在は仕事もなく追い詰められてもいる。

「恭平。」

あまりにも顔色の悪い恭平の手を握る仁聖が、穏やかに諭すような口調で名前を呼ぶ。宏太の口調が不機嫌だったのはその危惧に既に気がついているからで、ここに呼び出されたのはその為なのだと気がついたからだ。

「長引かせるより、手早く手も足も出ないようにした方が早い。そうしときゃ、仁聖にも手は出せないし安全確保にもなる。」
「そんな……方法があるんですか?」

戸惑いながら微かに震える声でそう口にする恭平に、何故か何時になく悪どい笑みを唇に宏太が強いて思わず二人は目を丸くしてしまっていたのだった。
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