鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話2

間話27.再び下着の話

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相変わらずの長閑な『茶樹』の片隅。
芳しい珈琲と紅茶の匂いと、今日のランチのビーフカレーの食欲をそそる匂いが漂っているものの、ランチタイムには後一時間。目下『茶樹』はアイドルタイムで客は疎ら、ホールスタッフの松尾も呑気にマスターの久保田と世間話している。
因みに以前『茶樹』で半拉致事件を起こした事のある外崎了なのだが、当の相手だった榊恭平と仲良く二人でお茶をしているのと、了が外崎宏太のお嫁さんと宣言されているのを知って松尾さつきはこれをどう判断したのか生暖かい視線で見守るようになった。というか、宏太の身の回りの世話を了が甲斐甲斐しく一生懸命しているなんて、宏太からノロケを聞かされていると知ったのは最近。何て事話してんだよと泣きたくなったが、お陰で通報何て事には至らない。
それにしても宏太がノロケるなんて聞いたことがない了が言ったら、久保田と松尾に痛い子を見る目で見つめられたのが腑に落ちないところだ。
先日のバーベキューの際に急遽宿泊したお礼と言うわけで、律儀に恭平達からのお返しを渡すと共に時間潰しとばかりにお茶をしている二人だったりする。そんな中あの朝に恭平達が帰る時も、起きてこなかった二人の話になったのだが。

「外崎さんって…………聴覚、異様だな。」
「あー、目が見えないから余計に聞こえるんだと。」

成る程と恭平が素直に納得しているが、実際には宏太の聴覚は異様というより異常の範疇。そこは説明するほどの事でもないが、宏太は当然障子戸一枚の障害物など無いも同然で和室の中で二人がおいたをしているのは知っていた。知っていたが皆がいる状況で止めると尚更収集がつかないだろうと、リビングの人気がはけるまで宏太はあえて放置したのだ。喘ぎ声を出すようだったら考えも変わっただろうが、そうじゃなければ、藤咲や鈴徳の前を裸の晴をシーツで巻いて明良が抱いて走り抜けないとならない事になるのを知ってて起こすわけもない。

「若いなぁ…………。」
「いや、お前んとこの仁聖が若いから、一番。」

流石に他人の家だからといって我慢した仁聖に、了は仁聖は偉いというかちゃんと待てが出来る等と誉められているのかなんなのかという有り様。その朝の顛末を聞いてやっぱりゲストルームに泊まるのは晴達の方がよかったかという恭平に対して、どっちも変わんないってと呑気に笑う了がいる。ゲストルームに泊まらせたら泊まらせたで盛るのが止まるわけでもなきゃ、シーツは洗濯なのはかわらないということらしい。

「それにしても…………大人しそうに見えたけどな、狭山君。」

了達からは二つ年下の狭山明良と結城晴。大人しく優等生タイプの明良とヤンチャなワンコタイプの晴。付き合い始めたのは最近だというが、どちらかと言えば晴の方がタチっぽい気がすると恭平がポツリと言うと了もそう思っていたらしい。確かに普段の様子とかを見る分には大人しい草食系和風イケメンといった感じの狭山明良。だが、実際には空手は有段者だし、了としてはあの視線の向け方を考えると見た目通りではないと思う。誰か似ているタイプをあげろと言えば…………

「あー、そうか、篠か雪なんだ。」
「は?篠?雪って宇野先輩?」

綺麗な顔をしてサラッと草食系にみせているが、内面は割合腹黒というか粘着気質というか悪く言えばムッツリタイプ。少なくとも羊を被った狼、そう了が言うとどちらも人柄を知っている恭平が苦笑いで吹き出す。確かに村瀬篠も宇野智雪も一見表には穏やかな大人しそうな見える人当たりをするが、一端気を許すと口が悪かったり突然破天荒な行動をしたりと想像も出来ない行動をとることがある。

「そ、それにしたって……羊を被った狼ってのは。」
「だってさ、宏太が普段通り晴とじゃれてたら、スッゴい威圧感でさぁ。」

と言うのは宏太と晴は大概軽口というか互いに言いたい放題に言っていて、それでコミュニケーションをとっているらしい。一応経営者と従業員なのだが、宏太は間男だとかクソガキと呼ぶ上に怪談で虐めてるし、晴は晴でクソ中年だとかストーカー呼ばわりしている。………………何でか半分くらいは本当の事のような気が恭平にはするのは、あえて言わないことにして。
あの日も朝起きてから食事をしている最中に普段の調子で話している外崎宏太と結城晴に、ドロドロと負のオーラを目に見える程に全身から放ち二人を見ていたというのだ。流石に目のみえない宏太もその視線には勘づいたそうで、あれもなかなかおかしな男だなと苦笑いしていたらしい。しかも、それは晴には見せない辺り…………確かに篠や雪と何処か似ている。

「で、晴だしなって、ベビードール・ワンセット。」
「は?」
「いや、使うかなーって。」

平然と口にした外崎了に榊恭平は呆気にとられ、何を考えているんだと呆れ返る。なんで今の話で結論がベビードール・ワンセットに辿り着くのか?外崎の二人と言ったら、全くもってそういうのに躊躇いがないというかなんと言うか。以前やった恭平の黒レースの時もとんでもないと思ったのに、再びセクシーランジェリーの被害が別な場所に拡大したようだ。しかも自分達の下着だけと違って……

「いや、………なに?……………ベビードール?ベビードールって、あのヒラヒラ?」
「うん、そう、そのベビードール。」
「…………メンズにベビードールなんてあるのか?」

あるあると平然という了に、男がヒラヒラフリフリを着て何が楽しいと言い返そうとして、自分が渡された黒のヒラヒラフリフリを思い出してしまった。それにしても一体どれだけの量のセクシーランジェリーを外崎宏太は爆買いしたのかと改めて呆れる。

「爆買いってほどかな?段ボールで二つ届いただけだし。」
「……中身全部下着でか?」
「他に何かある?」

もうなんでそんな下着を買い込む羽目になったのかすら理由が遠くなりそうだが、最初の発端は仁聖のファンからのプレゼント…………まあ、実際はあれはストーカー南尾の本来は嫌がらせの贈り物だったりもする。それにしても段ボール二つ分のセクシーランジェリーが何枚かと考えるのが怖い。一体何処からそんなものを彼らは入手するんだか、恭平にしたら正直なところ疑問ではある。

「昔の商売仲間が卸してるから、種類は網羅できてるって言ってるけどなぁ?宏太。」
「種類って…………一体どれだけ揃えてるんだ……。」
「えー、一通りじゃないかな?でも、ほら好みってあるじゃん?」

ベビードールは宏太が見えないから面白くないんだと平然と言うが、いや、そこじゃない。どれだけそれに資金を費やして揃えているのかが恐ろしい。あの豪邸をキャッシュで購入というのも甚だ信じられないことなのに、それに輪をかけてセクシーランジェリーを買い漁るのは如何なものか。

「そっかなぁ?宏太が楽しいなら、まぁいいかと思うけど。」
「そういう問題か?制限なしか?止めろ。普通は止める。」

制限も何もその潤沢な資金は宏太が稼いだものだしと言う了に、確かにその通りではあるけどある程度のところで止めた方がいいような気がしなくもない。大体にして爆買いしている時点で止めるべきなんじゃないだろうかと恭平が言うと

「ほんとだよ、何でベビードール?」

唐突に降り落ちてきた不貞腐れた声に驚いて視線を向けると、いつの間に来たのか結城晴が奇妙な出で立ちで立っている。奇妙というのは、この真夏の最中に薄手とはいえキッチリと長袖。了にはなんだそりゃ暑そうと言われて、苦い顔をして晴が目を細めアイスコーヒー片手に恭平の横に腰を下ろす。

「お陰で、なんか俺、すげぇ酷い目にあってんだけど?」

こうしてみるとどうみてもヤンチャな元気な青年だが、少しだけ窶れて見えるのはベビードールのせいだと言いたい様子だ。少しだけ座る時に捲れた腕が何でか擦り傷なのに、ちょっと心配した視線を向ける恭平に、キョトンとした顔の了が平然と問い返す。

「酷い目って?サイズあわなかったか?サイズフリーだったろ?紐で結ぶのだったろ?」
「そこじゃないでしょ、了。って、きょーへーさんの前で何話してんの?!プライバシーっ!」

思わず頬を真っ赤に染めてそう言う晴が、ちょっと初々しくて可愛く見えたのはさておき。

「だって恭平もランジェリー経験者だし。」
「こ、こらっ!」

何でここで再びセクシーランジェリーの話に持ち込む、了。
相変わらず経験者仲間をつくりたいらしい了が雪崩れ込むのに、慌てた恭平が声をあげるが時既に遅しだった。その言葉に晴が目を丸くして経験者?と聞いてくる有り様。なんでこんなところで相変わらずこんな話しになるのか、それにしても男ってものは大概がこういう話しに弱いんだろうか。それともただ単に了が話を雪崩れ込ませるのが上手いだけか。
しかも晴に興味津々で恭平さんもあのベビードール着たのと言われて、恭平は違うと思わず力一杯訂正してしまう。

「全く……あのってどんなだ!」
「え?黒リボンに赤レース。透け透けのヒラヒラ。エロいだろ?」
「…………黒に赤……………まあ、確かに。」
「ちょっと!やめてよ、バラすの!はずい!!」

流石に恭平だってベビードールを着ては意地でも拒否する。だがこの口ぶりだとその黒と赤のベビードールを、目の前の晴は完全に既に着てるような…………想像出来ないがベビードールを男が着てエロいのか…………ある意味それはそれで凄い。それとも愛情のなせる技なのか。

「何で、俺にだけベビードールなの?せめて下着だけにしてよ!」
「えー、ベビードール似合いそうじゃん、晴。」
「何でだ!俺だよ?!俺!似合うわけないでしょ!」
「え?明良からお礼LINEきたけど?」
「はぁぁ?!何それっ!?」

いやもう、似合う似合わないはさておき、いくらアイドルタイムでもこんなに大声でする話じゃない。何が楽しくて男がセクシーランジェリーを着た話しなんかを喫茶店でしないとならないのか、松尾と久保田がとてつもなく生暖かい視線で見守っているのがいたたまれない。
せめてもう少しだけ声の音量を下げてくれないか。恭平が思わずそう言ってしまうと声を潜めてまで晴に絶対あのベビードールは恭平の方が似合うなんて事を言われて、恭平は頭を抱えてしまうのだった。
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