鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話2

間話18.夏の夜のひととき

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そんなすっかり修学旅行か家族旅行気分の仁聖と苦笑いの恭平は、鈴徳から権利を譲られたゲストルームのホテル並のベットに一緒に潜り込んだ。ゲストルームは本当にホテルのようにキチンとしていて、そう言えば成田了の時も自宅マンションは何時もキチンと整えていたんだったと恭平は懐かしく思い出しもする。成田了は表立っては一見チャラチャラしていて適当にしているように見えて、実は見えない面では家事やなんかはかなり確りとしていた。親の躾なのかなともおもっていたが話を聞く限りはそうは感じないから、了の本来の性格なのだろう。

もしかしてこの豪邸の中、了が一人で掃除しているんだろうか?

宏太が目が見えないのだから物などの位置を、適当に変えるわけにはいかないというのは考えなくても分かる。となると物には全部定位置があって、本気で了が一人で全部整えている可能性もなくはない。考えればこの家の中では床には殆ど物が置かれていないし、基本的に動線の邪魔になるような配置の家具はなかった。家の中で宏太が杖をつかずに歩けるのは、そこら辺を了が確りしているからかもしれない。
薄闇の中の室内を眺めながら横で興奮状態の仁聖が以前見せてもらった半地下の部屋の事や『茶樹』の秘密基地が何処にあるかをキラキラした目で楽しげに話し続けるのを、恭平は横になってクスクスと笑いながら耳を傾ける。

「なぁに?どっか可笑しい?」
「いや、すごく楽しそうだなと思って。」

楽しいしと少し頬を膨らませて言う仁聖に、恭平は微笑みながら頭を撫でて良かったなぁと思わず呟いてしまう。何しろ恭平の方が、実際には仁聖に比べて遥かに非社交的なのだ。こんな風に楽しそうにしている仁聖をみれるのはホッとする反面、自分に出来ることではないしなと少し落ち込みもする。それに気がついたのか仁聖は恭平にそっとすり寄って、恭平が一緒だもん楽しくないわけないでしょと心底幸せそうに囁く。

「恭平と一緒に楽しめるなんて、ほんと幸せ…………。」
「ふふ、そうだなぁ。」

そう言われれば、二人で何かするというのが実はそれほど多くない。去年の夏に映画を見に行ったのが初めてで、一緒に旅行に行ったのも去年の夏が初めて・あの時の旅行は村瀬夫妻と四人での旅行だった。二人で買い物にいったりと二人で出歩くことは少しは増えてきたが、それ以外には余り外部と接触するのに二人一緒と言うのは考えてみるとしたことがないのだ。それに元々こんな風に一緒に何かを楽しむなんていう友人付き合いだって、仁聖にも恭平にも実はなかったとも言える。

「こういうこと……初めてだね。楽しかった。」
「うん。」

頭を撫でられながら幸せそうに寄り添っている心地よさに仁聖がウトウトし始めているのを、恭平は微笑みながら見つめる。

「…………外崎さんとか藤咲さんと知り合えて、…………良かった。」
「そうだな……。」

そう言われるとここ半年の内に随分と変わったこともある。恭平と仁聖の関係を知っていても、何も気にせず交流をしてくれる友人が増えたと言うことでもあった。それに自分もだが、仁聖にしてみると、父親の年代の知り合いは皆無なのだ。叔父しか父親に相当する知り合いが居なかった仁聖に、叔父より年上でしかも父親の事を知ってもいる存在との交流はかなりの衝撃だったのだろう。自分の知らない父親の姿を外崎宏太や久保田惣一の中に感じるのだろうし、自分が今までされたことのない父親の庇護の感覚を藤咲から感じているかもしれない。それはどうやっても残念だけど若くて未熟な面のある恭平には出来ないことで、年齢を重ねた彼等だからこそ出来ることもある。無意識にそれを経験しているから、尚更仁聖にとって環境としてもこの半年は大きな変化だったのだ。嫉妬してしまうけれど、同時に身内の少ない二人にとってはありがたい事でもある。

「きょぅ………へ…………、あぃ……し、てる……。」

ムニャムニャと呟きながら眠りに落ちていく声に恭平は微笑み、その柔らかな茶色の髪をすき頭を撫でながら、やがて一緒に眠りに落ちていく。



※※※



キスマークだらけだから、一緒に入れない。

そうさっき耳元で了に囁かれて・ああそうかと納得して、宏太はあの時は大人しく引き下がった。引き下がった訳だが、今になって考えてみれば別にだからなんだと言う気がしないわけでもない。何せ結城晴は潰れてて起きないというし、鈴徳は朝はいると先に引っ込んだ。藤咲もああ見えてそれほど酒に強くはないから、下で既にマグロになっている。シャワーを使っている狭山明良は結城晴溺愛中の彼氏だし、仁聖と恭平はお互い一筋。別に了は俺のと証明するのには何でもない…………何でもないが、とは言え了の裸を他人に見せるのは嫌かもしれないのは独占欲なのだのろうか。ついでに言えばあれほどグロいと看護師達に言われていた全身の傷は男同士だと、たいして気にならないものらしい。それどころかちょっとカッコいい何て言う仁聖には呆れるし、恭平はそれで古武術は凄いですねの一言だし、明良と来たら傷より何よりその体型って年いくつなんですかときた。

何なんだ、年って。

四十六と答えたら三人揃って何か今も鍛えてるんですかときたのには驚きだし、明良の体の前面の傷は勲章ですなんて発言にお前は侍かと思わず突っ込みたい。それにしても呆れるほどに気にされない。何で今まであんなにも必死に隠してたのか馬鹿馬鹿しくなるほど気にしない奴等ばかり揃っていたのに、思わず宏太は脱力しながらジャグジーに浸かり天を仰ぐ始末だ。

まあ、実際のところ了が気にしないなら、他の奴はどうでもいいともいうが。

それにしても環境の変化には驚くほど。何で今になって鳥飼信哉より若い・つまりは幼馴染みの子供より若い、その年の子供がいてもおかしくはない年代の仁聖を始め若いのにジャレつかれているのか呆れてしまう。が、まあ嫁が了なのだから仕方がないかも知れない。

若くてピチピチで社交的な嫁だからなぁ…………。

思わずそんなことを心の中で呟くと、皆がはけてから一人でシャワーを使った了が戻ってくる足音がした。恐らくはキスマークを恭平達に見られるのは恥ずかしかったのだろうと思うが、少しだけなんとなく様子がおかしいような気もしなくはない。

「なに難しい顔してんだ?宏太。」

風呂上がりの了が不思議そうに声をかけるのに、宏太はそんなに難しい顔してるか?と問い返す。この傷面で難しい顔なんてものがあるのか正直いうと考えてしまうが、了にはちゃんとこの顔でも宏太の感情が判別できるのは事実だ。キシキシとベットを軋らせて横に座った了が、ポスと当然のように腕の中に収まって二の腕にコテンと頭を預ける。

「こんなのもいいな、楽しくて……。」
「そうか、楽しかったか?ん?」

大学のサークル以来かなと笑う了に、宏太は実は始めてやったのだと正直にいう。幼馴染みとはよく飲みはしていたが、こんな風に年代問わず集まることなんて実は始めてのこと。何せ基本的にインドア派だからなというと、了は納得したようだ。

「あいつら……傷まるで気にしないのには呆れたけどな。」
「そっか…………でも、晴もそんなに傷は悪くないって言ってたよ。」
「…………どうだかな。」

そりゃ相手がお前だからと言うが、了はフフと笑ってあんたも大概自己評価が低いなと呟く。ハイスペックの高学歴・高身長・高収入、傷さえなきゃパーフェクトだけど、男同士で見たらたいして傷は障らない。というか実際には目が見えないし歩くのに少し障害があるけど、男性としての機能も問題がないのを知ってれば女性を相手にしてもおかしくない。そんなことを考えながら腕の中から見上げると、見上げるのに気がついていたように宏太が少し心配そうな顔をする。

「どうかしたか?ん?」
「…………子供……欲しい?」

ああと言いたげに宏太が少しだけ頬を緩めるのを見上げている了を、腕枕の腕が引き寄せ額に口付けてくる。まだ存命中の幼馴染みは藤咲信夫と鳥飼梨央だけ。宏太は自分の血筋とは既に絶縁状態で、身内のような近しい関係にあるのは久保田惣一と志賀松理だけだ。オネエの藤咲は兎も角、梨央と松理の妊娠の話しは正直かなり驚いた。そんな目出度い話を聞いてしまうと、やはり同性で過ごしている立場としては気にかかるものはあるのだろう。

「言ったろ?前に。」
「何?」
「お前が孕むんなら欲しいって。」
 
確かにそんな話しは冗談めかしてしたことがあった。あれは確か宇野智雪の息子の運動会を覗きに行った時のこと。確か開会式、それも小柄な少女が開会式宣言をしたのだけ聞いて、宏太がもういいと話したのだった。今にして思うと、宏太はあの少女の声を聞きに行ったのかと思う。だって、宏太は目が見えないから声を聞くことしかできないし、あの時ハッキリ耳に出来たのは開会宣言をした彼女の声だけだ。勿論他の父兄の可能性だってあるけど、あの喧騒から離れていた宏太が父兄の誰かを気にしていたとは思えない。快活そうに見える彼女は宏太とはどんな関係だったのだろう。誰か知り合いの子供?確か佐久間ナンとか…………アンナだったか、五年生なら十歳過ぎだ。十年前なら宏太はまだ三十六で、自分と出会う少し前。《random face》はもう経営してて片山右京は傍にいるが、妻の外崎希和は大分前に亡くなっている。でも宏太はまだ怪我はしてないからイケメンで、彼女とかがいてもおかしくはないし、その中の一人が子供を作っていてもおかしくはない。それにしたって、なんだって了が孕む限定で話すかは謎のままだ。

「ファンタジーの話しはしてない……。」
「俺はいたって本気だぞ?」
「無理いうな、生物学的に無理だから。」

ついに呆れてしまう了の声に、いやそれが本音だと平然と宏太は答える。宏太にしてみれば大体にして自分の子供なんて想像もできないし、自分が父親としてなんて尚更無理だ。こんな自分のDNAを受け継ぐなんて、子供が可哀想なだけだとしか思えない。だから了にはもし子供が欲しかったら女性と付き合うのは容認してもいいが、それに自分が嫉妬しておかしな事をしないとは保証できない。
そんな男と関わったのを素直に了には諦めてもらうか、少なくとも自分が先に死んだ後に次の手として考えて欲しい。大体にして惣一は五十代の父親になったということを考えれば、後長くても三十年もしたら自分も文句も言えないヨボヨボになるかもしれないから、その辺りで新しくパートナーを考えてもらいたい。了は自分が七十過ぎても、まだ五十代・不可能ではない。なんて思っているなんて正直に話したら何でか了が約束が違うと烈火のごとく怒りそうなので、額に口付けてあやすように抱き締める。何しろ了の希望は了の忌の際に宏太から「愛してる」と言えなのだ。そうなるとどうも子供という話しはお互い厳しい。

「男が孕めるような技術が出来上がったら、悦んで投資してお前を第一号にしてやる。」
「…………本気でやりそうだから止めてくれ……あんたなら押し通しそうで怖い。」

苦笑いの了の頭をそっと掌で包み込み額に口付けながら、その前に眼の再生なんかがねぇかなと冗談めかして話すのに了はほんとだよと囁く。二人で暮らす分には何も問題なく穏やかで幸せな時間を過ごせているが、無理なものは無理だと諦めなくてはならないこともある。それでもそれを気にしていたのかと思うと愛されてるなと、つい微笑んでしまうのだった。
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