鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話2

間話16.夏の夜のひととき

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折角の広い庭があるのだから活用しない理由もないし、言い忘れていたが実は外崎邸にはリビングの引き違い窓から出られる立派なウッドデッキもある。しかも、その先には芝生もあれば実は日本庭園紛いの池まであったりもするのだった。
庭の整備は誰がしているのかって?そりゃ目が見えない宏太には無理なので了が少しはするのだが、実際には業者が入る。もったいないなんて言わないように、その業者は松理の所有物だった頃からの継続だ。そんなわけでノンビリと夏の夕暮れから庭でバーベキューをしようとなって、声をかけるうちに何でかこの人数になった。一先ず参加の面子だけはあげておこう。
勿論家主の外崎宏太と了、それに源川仁聖と榊恭平、狭山明良と結城晴は元々参加なので分かっているだろう。後は藤咲しのぶに、久保田惣一と志賀松理、そして四倉梨央と鳥飼信哉、おまけに鈴徳良二の計十二人。というのも今回のバーベキューは仁聖のストーカー事件と山崎倫子のセクハラ事件、後は七月頭に色々あったからの慰労会目的が主体なのだが、そこに何でかタイミングよく久保田や梨央が話があると来訪が重なったのだった。来訪した四倉梨央が他の誰かが口を開く前に、開口一番でいつもの口調で宏太を呼ぶ。

「コータ、あたし入籍したから。」
「ああ?!誰と?!」

その驚きの第一声で、梨央が迷わず宏太を拳骨で殴ったのは言うまでもない。今では宏太にそんな行動をとれるのは、幼馴染み旧姓四倉・現鳥飼梨央か志賀松理くらいなものだ。
それにしても鳥飼澪の息子・信哉と梨央を四月に引き合わせたのは宏太ではあったのだが、いつの間にか二人が付き合い始めたのは知っていた。知っていたが、まさかこんな短期間で入籍なんてことになるとは流石の宏太も面食らった。しかも宏太には見えなかったから分からなかったが、了が目を丸くしてもしかして腹が出てる?!と言うのに更に唖然とする。

「…………太ったか?リオ。」

容赦ない拳骨二発目もとんでもない音だが、よく宏太をその勢いで殴れると晴が「カッコいい!」と称賛している。梨央が殴り付けた拳を撫でながら、冷ややかな声で言い放つ。

「馬鹿か?お前なぁ子供ができてんの。双子。」
「ああ?!四十七でかっ?!」
「てめぇ喧嘩うってんのか、あ?あたしゃまだ六だ!」
「梨央、頼むから喧嘩しない。」

流石に三発目を落とす前に旦那の信哉に喧嘩腰を止められて、しゃあねぇなぁと宏太の手を掴んだ梨央がほれと膨みだした腹に手を乗せる。確かにその腹は異様な出っ張り感と突っ張り感で宏太はポカーンと開いた口が塞がらないでいるのに、幼馴染みの梨央としのぶが宏太のそんな顔見たことがないと盛大に笑い出す。今は四十六でも産む頃には四十七になっている訳で、かなりの高齢出産の上にいきなりの双子。流石に危険性は考慮して仕事は既に休職していると梨央はいうが、今のところ胎児は奇跡というより異常な程に順調で問題なく成長しているという。なので帝王切開予定になるかどうか分からないらしい、とんでもない奇跡的状態。

「このままだと自然分娩で行けちゃうかもな?目指せ、立ち会いで出産!」
「梨央さん、立ち会い出産って何?」
「旦那が一緒に分娩室入るんだよ、晴。」

梨央が暢気に腹を撫でながら興味津々の晴と話している矢先、松理がその輪に加わる。信哉の方は梨央がこの性格なのでヒヤヒヤしっぱなしなのだろうと、内心宏太は呆れながら考えていたところで

「私も出来たのよ、同じ学年になるかなぁ。」
「えー、何ヵ月?」
「二ヶ月かな。」
「ああぁ?!惣一!?」

と言うわけで突然のお目出た話は四倉梨央が鳥飼夫人になって子供が出来てたってことと、松理が妊娠して長年の内縁関係をやめる事になったって話だ。
女性陣が妊娠の話に盛り上がっているのに宏太は惣一と藤咲の横で唖然とするしかないでいるが、因みに梨央の腹は既に目で見て分かる事なので他の面子は宏太ほどの驚きはない。何しろ夫妻はそれぞれイチャイチャしているようなものだし、梨央の腹は結構目立つのだという。

「なんだそりゃ…………妊娠ってそんなもんなのか?四十だぞ……。」
「最近の女性は四十代でも出産あるらしいよ?宏太。」
「ウキウキしてしゃべんな……惣一が、父親って想像できねぇ。」
「何言ってるんだ。ずっと狙い撃ちして、やっと当たったんだぞ?喜べ、宏太。」
「生々しいわねぇ、惣ちゃんがいうと本気で狙ってそうだもの。」

昔馴染みの口調で話していても、久保田の浮かれっぷりに唖然とする気持ちが収まらない。因みに二組の夫婦は安定期前で腹の子に触るとあれだからと差し入れをそれぞれ置いて早々に帰途についたのは、タイミングが良かったからただ単に報告に来たというところだったらしい。

「いや、梨央が結婚とか…………松理が妊娠とか…………衝撃的だな。」
「一応女性なんだから、めでたいことじゃないのぉ。少なくとも澪は喜ぶわよ?」

何でか衝撃のせいで妙に脱力している宏太に幼馴染みの藤咲が苦笑いしているのを眺めながら、立ち尽くした了が少しだけ表情を曇らせた。それに気がついていないグリルの前の鈴徳が呑気な声で肉焼くよーと大きな声をかけると、若い連中はワヤワヤと肉の高級そうな包みにそれぞれ口を開く。

「これって藤咲さんの持ってきたやつ?松阪?神戸?」
「最近日本で一番旨いのは別なとこらしいぞ?」
「えー、でこれは?何牛?」
「どこって書いてる?恭平。」

肉は既に取り出されていたから、発泡スチロールの箱の傍にいた恭平が蓋を眺めながら口を開く。

「えーと、前沢と仙台、あといわて短角……?」
「マジすか!前沢牛に仙台牛?!しかも短角牛?!マジか!」
「鈴徳さん、流石シェフ、銘柄に食い付きはやっ!」

一気に目の色を変えた鈴徳に全員が笑いながら言うが、どちらも東北の牛らしく北東北生まれの鈴徳には馴染みがある名前らしい。確かに仙台と言えば牛タンが有名だし、北東北は和牛だけでなく短角牛の飼育も盛んだとか。

「サーロインとか有り得ん!真面目に焼く!!」
「真面目じゃない焼き方ってどんなよ?!」
「すっげぇ霜降り。」
「触んな!霜降りは脂が手の熱でとける!」
「マジすか!?」
「こっちの赤い肉肉しいのなに?」
「それが短角。」

因みに前沢牛は岩手県奥州市前沢区で肥育された牛が、一定の規格を満たした場合に呼称を許される銘柄牛肉。品種は「黒毛和種」になり、生産者が1年以上肥育したもので、肉質はとても柔らかく、非常に美味しいと評判。方や仙台牛は全国で唯一肉質等級が最高の「5」に格付けされないと、呼称が許されない超高級ブランド牛肉。品種は「黒毛和種」で、宮城県で育てられた牛、また雌親は100%宮城県産、雄親もほぼ宮城県産のものだという。サーロイン100グラムでどちらも二千五百円から三千円程度と考えてほしい。同じA5ランクの松阪牛サーロインだと100グラムで千七百円から二千五百円だと言えば、比較しやすいだろう。
霜降り系でないので比較しにくいのだが、いわて短角牛は正式名称は『日本短角種』。和牛のひとつで『短角牛』と呼ばれ、国内和牛流通において年間1%程のシェアしかない、希少性の高いブランド牛。脂肪分が少なく、旨味成分のグルタミン酸やイノシン酸がたっぷり含まれている良質の赤身肉が特徴である。こちらはサーロイン100グラムで二千円程だ。
少なくともどれも現地なら兎も角希少価値が高いので、関東圏では更に割高になる。
因みに男ばかりだからと他にもちゃんと追加の肉だけでなく、海老やら帆立やら海鮮まで準備してあったりして晴と明良と仁聖のワクワク感が半端ない。

「旨っ!何これっ!」
「肉旨いっ!」
「焼いた側から食われてくなぁ……。」
「こらっ!それまだ早いっ!」

座りながら既に飲み始めている宏太と藤咲は苦笑いしながら、その大騒ぎをノンビリとした風に眺めながら杯を交わす。

「まさか梨央が結婚とはなぁ……喜一が聞いたら爆笑しそうだな。」
「しかも、相手は澪の息子よ?爆笑どころか卒倒するわね。」

ノンビリとしているが何処と無く二人がしんみりするのは、会話の中の幼馴染みの内二人が既に故人だからだ。どちらも死ぬには早すぎたが、それも運命の歯車のしでかすことで既に変えようがない。生きている人間には思い出話で故人を偲ぶ位しか仕様がないから、二人はノンビリとグラスを合わせていた。
そんな二人を他所に若い面子はグリルの回りで大騒ぎなのは、何しろ鈴徳が本気で調理をしてるからやむを得ない。

「うわ!これ旨い!!チーズフォンデュ最高じゃん!」
「何これ?!ただのフランスパンじゃないの?!鈴徳さん!」
「ガーリックトーストのバーベキュースタイルってやつ。そっちは玉葱の丸焼きね。」
「玉葱の旨っ!」

流石にシェフがいるとただ出そうとしていたフランスパンが手作りガーリックバターをたっぷり塗って網の上で焼かれたガーリックトーストにかわって出てくるし、玉葱もオリーブオイルとバターをとかしてニンニクとアンチョビをかけた丸ごとの蒸し焼きにして出される。しかも切らないカマンベールで簡単チーズフォンデュがあったり、焼き野菜もアスパラからトマト、茄子に椎茸とオリーブオイルを塗ったり岩塩だったりで甘味と旨味を引き出して。

「鈴徳さん、芋焼いてー!俺、ジャガバタ食べたい!」
「もう焼いあるからそっちのホイルの開けろ。」
「まじで!!最高!食の神様っ!バターはっ?!」
「そこに置いてあるの好きにのせろ、足りなかったら岩塩もあるし、チーズのせてもいいぞ。」
「チーズでジャガバタ?!旨いに決まってるじゃん!!」

何しろ仁聖と晴が子供と化していて、しかも微妙に明良まで肉やチーズなどのハイカロリーの争奪戦を繰り広げている。あの勢いでモデルが飯を食って平気なのかと宏太が言うと、藤咲は一日位はいいじゃないといいつつあの子もあんまり脂肪にならないタイプなのよねぇと羨ましげに言う。流石に元々スポーツマンだしモデルもやっていてボディメイクには力を入れてきた藤咲とはいえ、四十代後半ともなると代謝が悪くなるから腹の脂肪が気になり始めたと呟くのに宏太はへぇと関心の声をあげる。

「どれ、脂肪触らせろ。」
「なによぉ、あんたも昔から太んない家系だから、あたしの気持ちが分かんないんだわ。ちょっと脇腹はやめてって。」

見えないんだ、触るしかないだろと平然と言う宏太に、脇腹を摘ままれた藤咲がたまらず吹き出しているのは昔馴染みの友達同士がじゃれあっているのどかな風景。ただ了は宏太が少し気になるのかソッと視線を向けていて、元々食が細いのでユックリ楽しんでいる恭平が気がついたように歩み寄るとどうかしたのかと言いたげに並ぶ。

「どうかしたのか?」
「……ん、いや、宏太達に食べるのとってってやろうかなって。」

そう言われると目が見えない宏太は危ないから火には近づけないし、さっきから二人で座ってノンビリと酒ばかり進んでいる。勿論年長者が摘まめるようにと、鈴徳がお手製のおつまみセットを置いていて中身は居酒屋なんてレベルじゃない。油揚げで作ったカリカリチーズのネギのせスティックや中の具が炒飯という代わり種春巻き、餃子の皮で作ったミニキッシュには夏野菜がフンダンに使われていて。生春巻きにはスモークサーモンと生野菜に既に下味がつけてあって、焼き枝豆まである。どれも手で摘まめて一口サイズな上にピックなんかを使わない気の使い方は本職ならでは。
まるで食べてない訳ではないが、それでもどれも冷めていないと宏太は手が出せないから、温かい焼きたてとかを持っていこうかと考える了が嗜好は一番理解している筈で。それは分かるがそれだけではないその表情に恭平が心配そうな顔をするのに、了は何でもないし早く食べないととられるなと笑う。

「それにしてもただのバーベキューのレベルじゃないな。これは。」
「確かに。これが産まれて初めてのバーベキューじゃ今後のハードル高くなるなぁ、仁聖。」
「はは、そうだな。」

二人はそんな言葉を交わしながら、まだまだ焼き続けているグリルに近づく。それにしてもこの勢いで食べ続けたら材料が足りるのかと笑いだしながら、鈴徳は食べているのかと問いかけると焼きながら食ってるとにこやかだ。

「鈴徳さん!晴が俺の分のサーロイン食った!!」
「ハイハイ、ちょっと待ってな、もう少しで焼ける。」
「俺、ミディアムで!」

何だか鈴徳がお母さんに見えるとは言いがたいところだが、和やかな夏の夜に宴はまだまだ続きそうだなと恭平は何とはなしに空を眺めていた。



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