鮮明な月

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第十四章 蒼い灯火

間話10.S

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恭平が無事退院して数日がたっている。やっと梅雨明けしてからの一気に夏の気配は強く、連日酷暑のニュースが重ねられていて聞くだけでも暑さに怠くなるような毎日だ。実は退院後了は見舞いだと毎日姿を見せては、恭平が痩せたとまるでお母さんみたいなことを言って精がつくような物ばかりを持参。今日は鰻卵と手渡されて、恭平が苦笑いしている。

「もう平気だって。」
「平気って絶対痩せたろ?!体重言えよ!増えるまでやるからな!」
 
…………何でここに来て恭平の体重を増やそうとする人間が、こんな身の回りに二人になるのか思わず呆れてしまう。体質だと言っても、これて太らないのはおかしいとまで仁聖と二人で言われる始末だ。とは言え、そう言う了だって最近少し痩せたろと恭平が咄嗟に言い返すと、ふっと了がどこか遠い目をしているのに気がつく。

「どした?了。」
「んー、恭平が痩せる理由が、今なんか、わかった。」
「それどういう意味?俺が原因って言いたいわけ?」

強ち間違ってないだろと了に言われて、その原因扱いの仁聖は不満そうにしながら珈琲を差し出す。了にしてみたら自分と恭平の目下の共通といえば、伴侶に溺愛されていることくらいと気がついたといいたいのだ。
一応状況が落ち着いたのでストーカー事件の説明も一緒にしに来た了ではあるが、大体の話は既に説明済み。今日はおまけ的に南尾昭義が、何でか北海道だか東北だかで住み込みの酪農をするらしいと言う最終的な報告だ。

「………………酪農?なんで?あいつ、農業系何にも関係ないよ?」

流石にあの後中学まではうっすらと思い出したが、そこまでは勿論高校は私立らしいし、大学は浪人中と聞いていた。

「何で酪農かはわかんね。でも、携帯の電波が届かないとこに行きたいって。」

電波圏外とはどんな山奥なんだ、随分と極端な話だなと恭平が呆れている。
ここだけの話だが実は南尾昭義のストーカーを完全に止めさせるために、一つ宏太達が手を打ってくれていた。その結果が南尾の、電波圏外の酪農家に住み込みで働きたいだったのだ。一体それ何したのと仁聖が首を傾げるのに、了はニヤと笑ってストーカーにはストーカーしただけと言う。
南尾昭義は警察に捕まってからは従順で、大人しくやったことも直ぐに認めた。逃亡もなさそうなので、案外直ぐに釈放されたのだ。だけど全て終わってからほとぼりが覚めたと再び同じことをしないとは決して言えなかったから、藤咲しのぶは改めて宏太達に依頼して先手を打った。というのも南尾が仁聖を襲わなかったら、元々相手を確定してそれをやるつもりだったのだという。南尾の釈放で改めて計画を実行しただけなのだが、それはストーカーを逆ストーカーすることだったのだ。

「……何やったの?」
「ん?普通に日常生活監視して、一日の行動を手紙にして送ったりとかー。」

朝起きてからの四六時中の行動を監視して、全てを綿密に記録して手紙として送りつける。大したことではないと一瞬思うだろうがされてみると絶対分かると言うし、考えてみてもほしい。一日でもそれが届くと

これはヤバい、身の危険だ

確実にそう感じるからと了は笑う。七時何分起床から始まるんだぞと言われてみて、考えてみたら二人とも流石に悪寒が走った。何しろ部屋に一人きりでいても何処を歩いていても、自分がやっていることを丹念にメモされた恐怖の手紙が届く。しかも南尾昭義は独り暮らしではなく、未だに実家暮らし。そうなるとその手紙に、一緒に暮らす両親すら疑うことになる。だが、実家に暮らしているからと言って自分の部屋の中の、起床時間の分単位までは親だって知る筈がない。それにその期間中両親が旅行にも出掛けたので、南尾は孤独に怯えるしかなかったという。

「こっわぁ!!」
「それ…………違法じゃないのか?」
「んー、親御さんも協力してるからいいんじゃん?警察に捕まった息子の更正だもんな。うん、正義。」

ええっ!?両親も協力?!そ、それは逃げ場がないし怖い。もし何かのタイミングで真実を知らされたら、一生もののトラウマになりそうな話だ。
兎も角南尾の訴えに両親は気のせいでしょの一点張りで、しかもその手紙には熱烈な好意が綴られつつ、日がな一日監視され遂には携帯にまでメールが入るようになる。

《南尾君をずっと見ています。》
《南尾君は私の王子様、昨日の朝は遅かったのね、お勉強でお寝坊しちゃったのかな?あの塾の講師の女は彼氏がいるから…………。》

そんなことは聞きたくないと叫びたいのに、誰にも言えない。相手も分からない。しかもメールどころか番号迄変えても無駄だったのに、南尾は再び泣きながら両親に訴えたらしい。ところが母親に南尾はサラッと言われた。

でも、あんたもしてたんでしょ?それ。

それを言われて南尾ははたと我に帰ったらしい。自分が数日ストーカーアピールで泣くほど嫌なのに、自分がしてきたのと同じと言うことは。

「それは……痛いな。」

思わず恭平がそう言ってしまうが、確かにそれは痛い。
お陰で南尾は即携帯を解約して、人間不振にならなくてもいい場所を求めて北へ旅立ったわけだ。いいんだか悪いんだかという話だが、一先ずは仁聖のストーカーはストーキングをやめ居なくなったわけでもある。そして親御さんも一生懸命に働く息子を手に入れました、めでたし×2

「でもさぁ、ストーカーって紙一重だよな?」
「ん?紙一重?」

恭平がなんだそれはと首を傾げると了が溜め息混じりに、うちの社員の結城晴にも密かにストーカーがいてさぁととんでもないことを言う。世の中そんなにストーカーで溢れているのかと呆れてしまうが、結城晴のストーカーはなんと付き合ったことのある女の子の友達の妹の友達だった。…………?

「んん?それって、元カノの……?」
「元カノの友達の妹……?」
「の友達。」

つまり結城晴とは全く接点のない完全に誰だか分からない相手で、しかも何もしたことも一度と話したこともない。しかも当の晴が何時出会ったかすら、知らないと来ている。こうなってくるとストーカーって何?何処から来るの?の世界だ。
仕方がないから彼女にストーキングされているのを確認した上で偶々を装いオネェ藤咲と会って、晴がオネェ言葉でで会話をするという訳の分からない方法が何度か繰り返され、

「オネェ………………藤咲さん、見た目イケメンだからなぁ……インパクト強いよね。確かに。」
「しかも、晴、女装までしてさぁ。」

オネェ喋りだけでなく女装しているの迄みたら、確かに揺るぎない王子様だと思っていたのが砕けるのは当然だ。余りにも面白かったらしくてわざわざ撮った女装写真を了が見せてくるのに、これは女子力高そうに化けたなぁと恭平が笑っている。確かにかなり可愛い女子っぽく化けたが、これでそのストーカーお嬢さんに偶々ぶつかったふりで話しかけたらしい。

あ、ごめんなさぁい、だいじょうぶ?

女の子は涙目で不潔ですと言い残し、脱兎のごとく去っていったらしい。ポカーンとした後で不潔ってなくね?と晴が完全に不貞腐れたのは言うまでもないが、不潔って確かに何を指しているのだ。女装か?オネェか?どちらにしても偏見だ。
それにしても晴は晴でそんな事態にあったせいなのか、目下仕事中は今までにまして宏太といつも一緒にいるらしい。

「あんましベッタリだとさぁ、少し心配になるわけだよなぁ。」
「……それとストーカーが紙一重の話はどう繋がるんだ?」
「え?なんか二人で何話してんのかなーとか気になんない?仁聖が仲良く大学の友達と話してたら。」
「気に…………ならない訳じゃないけど…………。」
「え?気になる?そうなの?恭平。」

何でそこに食いつくのか分からないが、どうも最近この二人が揃うと仁聖二人と話している気分になるなと恭平は密かに考える。そう言われると俺も確かに気になるかもなぁという仁聖に、了は了でだろ?等と同意を求めている始末だ。

「そう言うのが双方通じあってると問題なくても、片方だとストーカーなんだもんなぁってさ。晴が仕切りに宏太のことをストーカー扱いするから、なんかなぁ。」

何故だろうか、凄く結城晴の言っているのが真実の気がしてしまう。何しろ暢気に了は不思議なんだけどさぁ等と外崎宏太が自分の退職もマンションの退去も知ってたみたいな気がしてさあなんて笑っているが、それも二人は確実に宏太は知っているという気がするわけだ。

…確かに紙一重……、それを愛情として受け止められるかられないかが大事らしい

思わずそんなことを密かに恭平は考えるが、了って案外自分のことには鈍いとこまで仁聖と似てるんだなと思う有り様。

「あ、そういえば、仁聖さ?ストーカーのジミーな嫌がらせ、全部美味しく頂いてるだろ?」
「え?嫌がらせ?何かあったの?どのこと?」
「ローターとかエロ下着は、南尾の嫌がらせだったんだと。」
「え?あれそうなの?!」

恭平が散々な目に遭うことになったあのとんでもないプレゼント、あれは南尾の嫌がらせかと思わず頭を抱えたくなる。ところがあれじゃ全然嫌がらせじゃないじゃんという仁聖にそう言うと思ったと笑う了が、何でか仲のいい兄弟のように見えてしまう恭平なのだった。



※※※



「でー?しゃちょー、痴漢のおっさん、どうなったわけ?」
「あ?なんのことだ。」

しらばっくれんなと結城晴は長閑な仕事場の中で溜め息混じりに、身元まで聞き出しておいてあんたが何もしないわけないだろと言い放つ。何しろ了の子供の時の性的悪戯を二十年も経って逆レイプで仕返しするような男が、大事な了の尻を撫で回した痴漢に何もしないわけがない。断言されて鼻で笑う宏太は別になにもしてないが、ハプニングバーでお楽しみだとか女子高生と援交して痴漢プレイしてたなんて報告書を某調査事務所所長から渡してもらっただけだという。

「えーっ!なにそれ、元々変態爺だったわけ?!きもっ!」

結局、あの痴漢親父は元々そう言うのが好きな気質ではあって、そう言うプレイを金銭を支払って時々重ねていた。晴も堂々と人のことはいえないが、スリルに勝てないタイプなのだろう。

「金銭享受の上でのプレイには、普段なら俺も文句は言わねぇがな。」
「そうなん?」

お互いに納得の上なら別に構わんだろという宏太に、ふとそう言えば初対面の時の宏太の手慣れたSMプレイを思い出した。
経営コンサルタント社長・外崎宏太。
以前はハプバー擬きのバーを駅近で経営していて、しかもこの手腕からすると何らかのスペック持ちでの脱サラ。しかもこの家以外に、マンションを含めて二ヶ所の物件を所有している。事故で怪我をしてコンサルタントに鞍替えしたってのは分かったが、それ以外にも探偵まがいの妙な趣味や交遊関係は広い。

「しゃちょーってさ?何者なわけ?」
「どういう意味だ?」
「いや、コンサルの前はバーの経営者でしょ?でも、コンサルできるってことはマーケティングも勉強してるでしょ?でもどっちかってーと金融関係が強いから、そっち系の関連企業とかにいた?」

なんだ案外的確によく見てるもんだなと密かに驚きながら、宏太は今さらそれを知ってどうすると返す。最初の時のSMプレイとか工藤さんとかと知り合いとかって、そう言うマトモな世界と真逆の印象も感じるんだけどと晴は言う。まあ、そこら辺は宏太としても片倉希和との結婚を経て後々の調教師から経過して、色々あってからのことだし。少なくとも自分から進んで教えてやるような、半生でもないので宏太は大したことじゃないから気にすんなと話を流す。

でも、あのSMの手慣れた感じとか、絶対初めてじゃない感じだよなぁ。

拘束とかプラグとか目が見えないでもあんなに簡単に使えると言うことは、かなり使いなれているとしか晴には思えない。そんなことを考えていたら、ふとSMなんてことがチラリと頭を掠める。

「SMねぇ……。」
「なんだ、さっきから。」

了がされてるのをみて興奮したのは確かで、気持ち良さそうだなぁとは感じたのだが、流石に自分ですることは考えてみたことがなかった。というか今まで考えたことがなかったが、こうして二人っきりの外崎宏太のセックスも見ているわけで……

「しゃちょーって元々ゲイなの?」
「な訳あるか。」
「えええ?違うの?!」
「何で確定だ、俺は元々ヘテロだ。」
「うっそーだー!信じない。」

あの様子を見てヘテロとか、嘘だろとしか思えない。というと宏太はアホかと言いながら了以外に同姓の恋人はいないし、元は女とも結婚してると衝撃の事実を口にする有り様だ。マジですかと何でか驚愕を示す晴に、流石に呆れた様子で宏太が眉を潜めて口を開く。

「大体な、それ知ってどうすんだ、お前だって元はヘテロだろうが。」
「あー、うん、そうだけどさぁ、恋って難しいなぁって。しゃちょーと了みたいに恋愛ってどうしたらできるか、目下模索中だから経験談をさ。」
「人の話し聞いて、出来るようなもんなら苦労しねぇぞ。」

確かにそれはその通りなのだが、宏太に言われた晴は深い溜め息をついてしまっていた。二人きりになると給料三割減宣言されている上に、仕事場に行くときはアイアンクローで引き摺られて。それにしたって宏太の溺愛は過剰ではなかろうか。

「しゃちょーってさぁ、前の奥さんにもそんな溺愛?」
「…………。」

あれ?珍しくヘッドホンで聞こえなかったのかな等と思いながら振り返ってみるが、宏太はその質問には返答する気がない風だ。案外余り外崎宏太の過去って知らないんだよなと晴は考えながら、ヤバい・もしかして怪我した時に奥さん亡くなってたりしたらどうしようと我に帰っている。離婚ならともかく死別だったら、地雷だ。一応、気楽に接してくれて何だかんだと厚待遇もして貰ってもいるのだから、デリカシーくらいは保たないと。

「SMってさぁ、気持ちいいのかなぁ。」
「…………人それぞれだろ。」
「あの色キチガイだって、Sなんだろ?」
「あれは、あいつが勘違いしてるだけだ。SはサービスのS。」

なにそれと言うと、知り合いのサディストが基本としてサディストのSはサービスのSと繰り返していたと言う。何で?奴隷ちゃんを痛めつけるんでしょ?と、晴が問いかけると、宏太は平然とした様子で口を開く。

「主人役が相手を管理してやらなきゃ、怪我したり傷になるし、やり方が悪きゃ死んじまう。体調も見てやんなきゃなんねぇし、調教に馴染むかどうかもみるんだよ。相手が安心して調教されるように計らうなんて、無料奉仕みたいなもんだ。」
「なーるほどね。」

その言葉に納得してみたものの何でそんなに詳しいのと問い返すと、いい加減しつこいと宏太に一喝されてしまっていた。
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