鮮明な月

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第十四章 蒼い灯火

間話8.間男の憂鬱

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結局のところ外崎宏太だけの話ではなくて、外崎了も心底外崎宏太に惚れてて身も心も捧げているというやつなのだ。世の中にはそんな風に人の事を愛してしまう本気で恋愛物語みたいな話が、本当に幾つか存在するものなのだと結城晴は物憂げに考える。

誰かのために全てを捧げるなんて

正直なところ、そんな激しい恋愛感情を誰かにもって誰かに尽くすことができる人間なんて、そんなにはいないんじゃないだろうかと思う。晴の今までの恋愛は、それほど特別なものではなかった。何しろ元々晴は同性愛者ではなく、恋人は女性オンリー・つまりは別段特別でもないヘテロセクシャルだったのだ。小さくて胸が大きい女の子が好みで、最後の彼女とは本気で結婚を考え始めていた。
それを相談したり、仕事を教えてくれたり頼もしい会社の先輩、それが成田了だったのだ。
あの時何故か一緒に飲んでいた了を見ていて無性に興奮して、肌に触ってしまったらどうしても抱きたくなって。…………ちょっと待て、そういってしまったら、あれも強姦だった。酔って寝ている了の乳首を捏ね舐め回し、興奮して服を脱がしていたら気がつかれて、そのままのし掛かって怒張を無理矢理に捩じ込んだのだ。

俺って…………最悪な男なんだな……つくづく

そして晴は一気に了にのめり込んで、了に散々会社で不埒な事をした。会議室とか資料庫とか、屋上とかトイレの個室とか、人が来そうな場所で了を組み敷いて何度もセックスした。あ、考えてみたらどんどん自分が、最低男だったのに気がついてしまう。あんまりやり過ぎて了に、フェラで許してと懇願されてもいるし。兎も角散々不埒な事をし続けて、その癖晴には二股というか結婚を考えている彼女もいた。しかも最終的には女性への気遣いができなくて、彼女には悪いが本気で了に惚れてしまって彼女と別れたのだ。
無意識で無防備で、淫らで綺麗な格好いい了。そんな了が手にはいったらそれでいい思っていたくらい。

男同士でも…………全然気持ち悪くないし。それより何より、了は綺麗だ

綺麗という表現は少し難しくて、女性的な美人という綺麗とは違う。しなやかで格好よくて、目を惹いて……藤咲のところのモデルの青年みたいについ目で追ってしまうのだ。その了を自分の好きなように抱いて、しかも了は見ての通り世話好きで、晴は完全に調子に乗って了は自分が好きなのだと考えてすらいた。でもある時、了は別に自分が好きなわけではないと気がついてしまう。ただ単にお互い都合のいいセフレ程度の感覚で、了は自分に付き合ってくれているのに気がついてしまったんだ。それをちょっとした弾みで自分から了を突き放して、了から晴は追いかけて貰えなかった。了は失恋したと言っていたからそれこそ一番のチャンスだったのに、自分からそのチャンスを放棄して気がついたら了との関係は完全に途切れて終わってしまっていたのだ。
その後偶々再会した了は成田了ではなく既に外崎了になっていて、外崎宏太に溺愛されて格段に色気を増して無意識に晴の事を一目で魅了する。そしてあわよくばなんて邪な考えで、家に押し掛け外崎の仕事に雇ってもらい………………今に至るわけだ。
それにしても了のような存在がそんじょそこらに転がっている筈もなく、この間出会った同じように綺麗な榊恭平にしたって結婚前提の恋人がいるそうだ。そりゃそうだ世の中、綺麗な人は誰しも放っておくわけがない、それでも何処かに晴が芯から恋をできる相手がいるのではないかなんて今更のように淡い期待をしてしまったり。
宏太に了みたいな人がどっかに落ちてないかなにんて冗談できいたら墓場で了を捕まえたなんて言うけれど、ホラーが苦手な晴には墓場は鬼門としか思えない。墓場で拾うのは恋人ではなく幽霊とか怨霊とか、まともな気がしないのは晴だけじゃない筈だ。

「それでな?お前の後ろから…………いつもつけてくるみたいに……。」
「やーめーてーっ!!ひいいぃ!ごめんなさい!怖いっ!いやーっ!!」

しかもそれを知った外崎宏太が、晴虐めに音の話を有効活用する有り様だ。宏太は目が見えないから音に異常に敏感なのだが、その耳で晴の後ろを足音がとか何かが囁く声が聞こえるなんて言われると本気であり得そうで怖い。しかもついこの間了に不埒な事をして威嚇されてからと言うものの、虐めが容赦なくて真実味が増してて尚更怖い語り口なのだ。今なんて通勤してきた自分の後ろをつけてくるみたいになんて事を言い出している。しかもここはキッチンのそばで背後のリビングが広目なので、背後が振り返れない。キッチンで宏太に珈琲・晴にミルクティを入れてくれる優しい了が眉を潜めて宏太を嗜めてくれる。

「こら、宏太、晴をそんなに虐めるなって。」
「別に幽霊とはいってない、世の中にはこういうのが好きな人間ってのがいるかもしれないだろ?」
「えええっそれってストーカーとかいう?!それも怖いっ!!やめてよーっ!」

先日小学生に入る前からずっと見続けてきたという筋金入りのストーカーが、ストーキングしていたが相手に襲いかかるのを見た。が、ストーキングされてた方の人間が超のつく鈍感だったので、覚えてないといわれた上に『誰だっけ?』とトドメを刺されてストーカーが泣き出すという珍事件。確かに二桁の年数も付きまとってきたのに、手紙も何もかも何一つ気がついて貰えなかったのはキツいかも。お陰で傷心のストーカーの方は一応釈放されたが百年の恋(ストーカー愛?)から覚めたらしく、何でか酪農で働くために海峡を越えたとか越えないとか。とは言え珍事件は兎も角、自分がストーカー被害者になるのは、正直ごめん被りたい。

「えー、しゃちょー、まじで通勤してて背後から足音してる?いつ?」
「晴、本気にしない。」
「なんで俺がお前のストーカーまで調査してやる道理があるんだ。自分で何とかしろ、男だろ、責任とってこい。」
「え?ホントに足音してるの?こぉた。って責任って何?元カノとか?」

了が改めて驚いたように言い冗談ではなさそうな様子に晴の方も驚くが、そんなの知るかと平然としている宏太にちょっとやめてよと晴は真剣な泣き声をあげている。ここのところの世の中は何が起きてもおかしくないというのが、正直な本音だったりもするのだ。
それにしてもあの騒動のおかげで一ヶ月減給だけでなく、二人っきりになったら三割ずつ減給条件をつけられてしまった。いや、元がかなり高給なので三割減でも以前の会社より、実は高かったりもする。それでも恋心はまだ残ってもいて、キッチンに慣れた様子で立つ了の姿につい見惚れてしまう。

なんでだろうなぁ……。

色気割り増しなのは、きっと相手のせいだと思う。外崎宏太の全裸は一度見たことがあって、体にひどい傷痕はあるのだが、それ以外は四十後半とは思えない均整のとれた肉体美だった。ある意味で二周り近く年下の自分より完璧な肉体美と言えるし、傷痕が逆に色気になりもしているところがイケメンっぽくて狡い。

金持ちで、イケメンで、起業もうまくやってって……傷さえなきゃ完璧なハイスペ男じゃんか。

溜め息まじりにそんなことを考えながら頬杖をつき、ふと頭の中に先日の了の姿を思い浮かべる。



※※※



ストーキングを調査するのに、久々に二人でスーツで乗った満員電車は中々楽しかった。了の方は小松川咲子を観察で、自分は源川仁聖っていうイケメンモデルと周囲の観察に分担していたのは、了がイケメンモデルの知り合いだからだ。時には向かい合うようにして、スーツ姿で密着なんてこれは美味しい。出来ればその場で痴漢して触りたいくらい美味しい、なんて内心思ったのだ。
そんな帰途反対向きの電車とはいえまだ少し混雑していて、小松川咲子を視線にいれながらも二人は再び満員電車に揺られている。源川がいないので気楽な帰途なのだが、目の前の了が急に押し黙って俯いたのに気がついたのだ。観察対象から視線をずらして唐突に俯いた了の姿に、晴も気がついてなんかしたのと了の顔を覗きこむ。俯いた顔は赤くホンノリと上気して、艶かしい色気に染まっている。

「了?」
「晴…………。」

身動き出来ないような密着とまではいかなくても、人と人の間隔は狭い。触れたければ簡単に触れられる位の間隔。直ぐそこにいる了が困惑した顔で俯いていて、突然電車の揺れて勢いよく体が押し付けられるのに咄嗟に抱き止めた。身長はほんの少し了の方が高くて俯いた顔が真横にあるのに、正直言うとドキドキしてしまう。少し高い体温でソッと了が晴の腕を掴み、困ったように囁く。

「ごめん…………晴…………、痴漢……。」

え、痴漢して?なんて思ったが、そんなわけはなくて。了がこんな風に困惑しているのは、目下了の尻を撫で回している不埒な輩がいると言うことだった。さっきから何度も払っていたらしいが、抵抗に興奮したのか尚更酷くなって、しかも誰がしているのかつかめないと言うことなのだ。

まあ、気持ちもわからんくはないけどさぁ

最近少し痩せた了の腰回りは、スラックス越しでも目に見えて色っぽい。程好く柔らかな形のいい尻を揉みたくなるのは分からなくはないが、だからといって痴漢はいかん。肩越しに覗き込むと確かに武骨な指がスラックスの間を卑猥にグリグリと布地を押し込んでいて、しかも反対の手は腰の辺りで了の手首を掴んで押さえ込んでいる。肩に押し当てられた了の不快感に震える項が、正直なところ羞恥に身悶えているように見えて尚更相手をそそってしまうのだ。だだ残念ながら真横で見ている晴には、蒼白になっている顔が見えるわけで。

「は、…………るぅ…………。」

そうなのだ。了は昔から自由奔放そうに見えるけど、痴漢とかそういうのへの嫌悪感がとっても強い。その理由も知っているけどこのままだと倒れかねないので、咄嗟に手を伸ばして痴漢親父の手を掴んでいた。



※※※



「…………しゃちょー、何事も程々にしないとさぁ、了が大変だよ?」
「ああ?」

ミルクティを受け取りながら何気なくいった言葉に、宏太が逸早く反応してなんのことだと言いたげな顔をする。了の方も何が?といいたげに首をかしげているけど、正直始終愛されまくっている了の色気の発散は尋常じゃない。目が見えてない宏太と自分自身の変化じゃ了も気がつかないんだろうけど、少くとも野郎に痴漢されるほど色気を発散しているわけで。

「……痴漢?」
「あっ、馬鹿っ!晴っ!!」

慌てて晴を諫めた了だが時既に遅し。どうやら、この話はしてなかったらしく、珈琲を片手にしていた宏太が不穏な怒気を放っているのがわかる。

「あんまりエロいことばっかり、しゃちょーがやり過ぎるからだよ。どうせ毎晩ねちーっこいエッチしてんでしょ?」

晴の言葉に何でか宏太が凍る。あれ?珍しいと思った瞬間、グルンと見えない筈の目を向けて、晴に向かってにこやかというのが一番相応しい声で宏太が口を開く。

「晴、お前のストーカー、教えてやろうか?」
「へ?」

了の方も予想外の反応だったらしく驚いたものの、その反応の理由に何か気がついたらしく苦笑いしている。しかも、宏太と来たら本当に晴をつけて歩いている人間を知っていて、それが誰かまでちゃんと把握している有り様だ。何で今まで黙ってんのと言いたいが、実際にはまるで気がついてなかった。でも確かに言われると確かにそんなことあったなぁと思う面もあって

「……ていうか、何でそれ調べてあんの?しゃちょー。」
「了にストーカーかと思った。」
「あ、なるほどねーって、本当しゃちょーって危ないよねー。何処まで調べてあんの?了の近辺。」

その言葉にそ知らぬふりをする宏太に、了が俺も実は気になっていると言う。何しろ暫く会っていない期間内の事も把握されてる気がすると了はいうが、恐らく気がするではなく確実に把握している筈だ。

「さて。痴漢の件は今晩ちゃんと話してもらうからな?ん?」

そんなことを言いながら、宏太が了と二人きりにさせないために晴の頭を鷲掴みにして立ち上がる。

「いたたたっ!いたい!アイアンクロー!!頭が割れちゃうっ助けて!!了っしゃちょーが虐める!!」
「ほら行くぞ!三割!!」
「分かってるってば!!しゃちょーっ!」

そんなわけで三割減は嫌なので大人しく従ったものの、仕事場に了がいない内に晴が痴漢の件は根掘り葉掘り事情聴取されたのは言うまでもない。しかも捕まえた痴漢親父の人相やら何やらまで、まあ確かに晴も腹が立ったので免許証を画像にとっておいたわけだが。この鬼畜な男が何を目論んでるかは兎も角、触っちゃいけないものにさわったなぁと染々と思う。それにしても

ストーカーと恋人って紙一重…………

そんなことを染々思う晴なのだった。
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