鮮明な月

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第十四章 蒼い灯火

149.

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帰宅して一緒に二人で食卓を囲む日常。
幸せな満ち足りた暮らし。
傍にいられる時間は穏やかで暖かくて、去年までの孤独が全て嘘のようだ。
恭平は既に新しい仕事は受けてはいるが、まだ原稿が全部届いてないこともあって目下・下調べの段階だという。ということは原稿が届くまでは少し時間的にも余裕があるし、仁聖の方も今のところは差し迫った課題もない。つまりは久々に今晩は思う存分にイチャイチャしても問題がないと仁聖は踏んでいる。
何しろ日々スキンシップは多目なのは分かっていても、流石にセックスに関しては毎晩だと恭平に負担になってしまう。大体にして余り無理をさせてしまうと、てきめんに恭平の場合体重にでてしまうのだ。なんとか肥らせようにも体質的なのか直ぐ元に戻ってしまう上に、下手するとあっという間に痩せてしまう。自分も案外カロリーが脂肪にはならないようだが、恭平の方はどう考えてもならなさ過ぎるのにここに来て気がついている。試しに驚くほどハイカロリーにしてみたのに数日もしないで恭平の体重が減ったのを見た時には、仁聖はこれは体重計が壊れてるんじゃないかと思って米を試しに測ったくらいだ。

……何で米……?

体重計に米を乗せるのを見ていた恭平が呆れた声を出すが、五キロ入りの米袋だから計ってみたのだ。これで少なく出てくれれば納得出来たけど、残念なことに体重計のデジタル表示はジャスト五キロ。いや開けていない五キロの米が四キロじゃおかしいから、当然の結果なのだがこれはこれでガッカリだった。壊れててくれたんなら兎も角、結局恭平が痩せているのを証明しただけなのだ。

何で痩せるの?

体重計がおかしいわけではないし、前夜無理もさせてないのに痩せてしまったと知って仁聖は力一杯脱力してしまう。それを見ていた恭平の方も、もうただ体質なんだよと苦笑いするしかなかったのは言うまでもない。それでも最近では恭平の食が細いのは少し改善されて好き嫌いも殆どないのに体重だけはどうやっても増えないなんて、世の女性が聞いたら嫉妬されてもおかしくない羨ましい体質。男としては軽々と抱き上げられるのは流石にと恭平だって不満そうに言うのだが、失礼だとは思うが腰の細さなんか宮井麻希子と大差がない気がする。いや、流石にそれは女性のモモにだって失礼だから口に出しては言わないし、モモのウエストなんか触ったら恐らく溺愛彼氏にただでは済まされない。とは言え目測では恐らく間違ってないと思ってもいる。
やっぱり夜の営みって消耗が激しいんだろうか、よくセックスはジョギングくらいカロリーを消費するとかいうし等と思ってしまう有り様だ。

「それで、最近はどうなんだ?」

そんなことを悶々と考えていたら少し恭平が心配そうに問いかけてきて、仁聖は気を取り直して改めて暢気な様子で笑う。勿論今日の階段での話はおくびにも出さないのは言うまでもない。ついでに言えば正直なところ恭平と一緒に電車に乗れるのはとっても嬉しいが、また同じ状況になって自分が『おいた』をしない自信はない。自信はないどころか確実にすると仁聖には断言できるし、今度やったら恭平に怒られるだけでは済まなそうなので事前に地雷は回避したいところ。それに違う意味でも今の状況で恭平と一緒に電車は危険だと、仁聖は密かに考えてもいるのだ。と言うのも突き落とされそうになったのが事実なら、恭平と仁聖が一緒のところを度々見られるのは恭平が危険な気がする。だから、視線に関してはもう決して臭わせないつもりだ。

「やっぱりねぇ、身長みたい。」
「そうなのか?」
「乗る場所変えたら、全然感じなくなったんだよね。」

これは嘘ではない。確かに車内での視線は感じなくなっているので変に取り繕ってもいないから、恭平も今のところ会話に違和感は感じていないようだ。
というのも最近は仁聖があからさまに嘘をつくと、どうしてか恭平には割合高い確率で見抜かれてしまう。今回のこれは全部を話していないだけで、決して嘘ではないのだ。とは言えだあの背後から押されたのと視線が同一人物かどうか分からないということは、もしかすると視線に関しては本当に身長の問題なのかもしれない。

「身長ってさぁ…………そんなに妬まれるもんなのかなぁ……。」

目の前の食事をしている恭平の口元や箸を持つ指の動きが、しなやかでちょっとエロい。食事姿に色気がでてるなんて凄いなんて邪な事を考えながら様子を眺めていたら、目の前で少しだけ恭平が頬を染めたのに気がつく。

「……そりゃ……そうだろ。」
「え?そうなの?」

予想もしない返答に仁聖が眼を丸くする。元々背が高かったから自分が気にもとめないだけで、そんなに気になるものなのかと思った仁聖に、恭平は少しだけ頬を膨らませて拗ねたように呟く。

「今になって追い越されるのは……ちょっと、…………狡い……と思う。」

なにそれ、可愛い!と恭平に叫びたくなるが、確かにここ一年で身長を追い越された恭平としてはそんな気持ちになるのかもしれないと思わず微笑んでしまう。その微笑みに恭平が更に少し拗ねたように頬を赤らめるのは、正直とっても可愛くて見てるだけで悶絶しそうになる。これは絶対今晩たくさんしよう!等と、内心仁聖が決心しているとは流石にまだ言えない。

「もー、恭平ってば…………可愛いこと言わないでよ。」
「な、可愛いってなんだよ。」

笑いながらこうして二人で過ごせる幸せに、一先ず今日の階段での出来事は迷わず先送りしたつもりだった。一緒に風呂に入ってたっぷりイチャイチャしようと計画した仁聖は、早々に食器を洗って風呂の支度までして。不穏な気配に渋る恭平の背中を押して意気揚々と風呂に向かって寸前までいったのに、服を脱いだ途端に恭平が驚きの声をあげたのだ。

「仁聖!お前何したんだ?!それ!」

え?と恭平の言葉の意味がわからずに思わず首を傾げたものの、折角半分脱いだのに恭平は再びキッチリ服を着てしまうし、念願の風呂を後回しにされてリビングの明かりの下に仁聖はそのまま下着姿で引っ張り出される始末。えー!一緒にお風呂と散々抵抗しても、恭平はそれどころの剣幕でなかった。今度は仁聖の方が渋々と恭平に従うと、明るい照明の下で右足の後ろの広範囲の内出血を指摘されて仁聖の方も驚いて自分の脚を見下ろす。

しまった!

自分では階段で落ちた時に少し擦っただけくらいと思っていたが、実際にはかなり強く段に打っていたらしい。しかも帰っても痛みもないからそのままにしていて確認もしていなかったのだが、ジーンズの下で太股にかなり広範囲に内出血を起こしていたのだ。あからさまに仁聖の失敗したという顔をみた恭平の表情が、直に目で見なくともわかるほどに一瞬で曇る。

「何があった?」
「えーと、……………………転び、ました……。」

恭平の瞳が真っ直ぐに仁聖の顔を見ていて、その黒曜石の瞳に嘘をつくなよとハッキリと書いてある。痛みもそれほどないからと放っていたのも内出血を大きくした理由の一端だとは思うが、転んだと言えば確かに事実転んだのだ。でもその答えだけでは済むわけがないのは、恭平が一つも納得してないのが仁聖にも目に見えてわかるからだった。何しろ恭平だって、仁聖がこんな怪我をしたことが今までにない程に運動神経もいいのは充分に分かっている。

「どこで?」
「……駅………………で。」
「………………ちゃんと経過を説明しろ。……俺が、納得するように。」

ああ、駄目だ。こう言う流れになってしまったら恭平に仁聖が勝てる筈もないし、触れずに誤魔化すなんて出来る筈がない。ここで下手に取り繕えば、自分が視線と突き飛ばされたのを関連付けようとしているのまで見抜かれてしまう。
仕方なしに階段で何かにぶつかって数段落ちた時に恐らく階段に当たったと、そこまでは客観的な視点で正直に仁聖が答える。流石に押されたかもとは、口には絶対にしない。しないのは見る間に恭平が少し顔色が青ざめてしまったからで、恭平が落ちるという事態に対してとても敏感なのは言うまでもない。ちょうど一年くらい前にアールコーブからレターボックスを跨いで、恭平が失神し掛けたのを忘れるほど仁聖だって間抜けじゃないのだ。

「転けて階段の咄嗟に手摺にしがみついたよ。二、三段滑っただけ。」

話すと恭平が青くなると分かっていたから言わなかったと仁聖が謝りながら言うと、恭平は不安そうに揺れる瞳で仁聖の顔を見つめる。そうして確認するように問いかけてくるのは、やはり予想通りの言葉だ。

「…………電車の……視線とは…………関係は?」
「それはない。ホントに電車の中では感じなくなった。翔悟も何回も誰も見てないって確認してくれてる。」

そうなのか……とまだ納得しきれない様子の恭平をそっと抱き寄せて、仁聖は耳元に大丈夫だよと笑って聞かせる。これは誰かの鞄に当たったんだと思うし翔悟に話したいことがあって夢中になってたんだと口にすると、恭平は自分自身を納得させようとするみたいに戸惑いながら視線を腕の中からあげてくる。

「…………何かあったら、ちゃんと相談してくれるな?」
「当然、だから視線のことだって話したでしょ?これは俺が注意力散漫だっただけ、カッコ悪いから転けたって言いたくなかったんだよ。ね?」

抱き締めながら少し茶化すようにそう言う仁聖に、恭平はまだ少し不安を滲ませながら分かったと呟き肩に頬を乗せた。まだ強い不安に強ばったままの恭平の体。それでも暫く抱き締めている内に少しずつだが恭平の緊張がほどけていくのが、腕の中に伝わってきて仁聖は安堵する。

「じゃ!一緒にお風呂!」
「………………その足で風呂は駄目だ。」
「えええ?!うそっ!」

話も一段落したしこれで話を切り替えて、改めて仕切り直してお風呂でイチャイチャと思っていたのに。ええ?!じゃないと恭平から断固とした硬い表情で、仁聖は今夜はシャワーだけ・冷やして安静と宣言されてしまったのだ。食事中からずっと期待にワクワクしていた仁聖が、目に見えて萎れて心底ガッカリしてしまったのは言うまでもない。

せっっっかく!楽しみにしてたのに!!

言われるまま先にシャワーを浴びて出てくると、その間に準備していてくれたらしい恭平が手慣れた手つきで内出血している部分を冷やすように手当してくれる。そうして恭平は手当てをした上で安静にしていろと仁聖に強く念を押して、それじゃあと一人で風呂に入っているところ。

こんなのあり得ないし!

手当てして貰ったのはさておき、大いに不満に不貞腐れた仁聖は頬杖をついて考え込んでいる。
勿論階段の云々も大きな問題ではあるが、仁聖にしてみれば何よりも折角期待していたイチャイチャもラブラブも一刀両断で駄目にされるなんて冗談じゃない。これが続くなんて地獄だし、早々に何とか解決しないと仁聖にとってはとんでもない死活問題になってくる。

大好きな恭平と折角のお風呂タイムだったのに

恭平はかなり恥ずかしがりだから、こんな風にエッチの前にイチャイチャとお風呂にはいるチャンスは作りにくい。渋々とは言えだ、お風呂まで持ち込めたと言うことは恭平の方だって、今日はそうしてもいいかなと考えてくれたに違いないのに。それにしたって何だって今日に限ってあんなことになって、しかもホントに軽くぶつけただけなのに何でまたあんなに広範囲に内出血なんかしてしまったのか。相手は勿論だが、自分にも腹立たしいことこの上ない。しかも後少しで自分の十九の誕生日だというのに、こんな状況では下手をすると暫く禁欲生活になりかねないのに気がついて愕然としてしまう。

冗談!禁欲なんて無理!絶対やだ!ぜっっっったい嫌だ!!

何とかしないとと一人悶々と頭を抱えていたら、いつの間にか風呂から上がっていた恭平が笑いながら頭をタオルで優しい手つきで拭いてくれる。

「何ジタバタしてるんだか……痛むのか?ほら、まだ髪…………濡れてるぞ。」

仁聖が上目遣いで見上げると、微笑む恭平の風呂上がりで艶めかしい桜色の肌が色っぽい。思わず逃してしまったチャンスに泣きたくなる仁聖に気がつかないのか、恭平が優しく濡れた髪をタオルで拭う。

「明日になっても腫れてたら病院にいくか?」
「大丈夫だよ……痛くないし……。」
「そうか?でも後から痛みが出るかもしれないから…………。」

そう言いながら優しくタオルで頭を撫でられる心地よさについ折れてしまった仁聖は、大人しく恭平に言われるままベットに入るしかなくなってしまっていた。
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