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第十三章 大人の条件
124.
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一応持ち帰ってみたプレゼントを広げては見たものの、仁聖はリビングの床に座り込んで再び考え込みながら眺めている。様々な下着やシャツ何かは兎も角、目に入るのはヤッパリ赤の紐のセクシーランジェリーだ。
赤に黒の薄い透けるレースのフロント部分、後は全てが赤の紐で作られている。身に付けても全く何も隠さないで白い肌に赤い紐が食い込む様とか、硬くなり始めた怒張とか、恭平がこれを履いた姿を想像するだけで密かに興奮してしまう。
御姉様方のセクシーランジェリーは何ともなかったんだけどなぁ。
御姉様方の白やら黒やら様々な高価な下着は見たけど、それほど高そうでもないこれを恭平が履く姿を妄想するだけで一回いけちゃいそうな気がする。そんなことを一人考える仁聖の姿に、リビングにやって来ていた恭平は首を傾げた。仁聖の今日の分の画像データは既に貰っていて、まあ隠すことではないのだが個人的に保存しているのはここだけの話。正直言うと画像を貰うようにしておかなかったら、これは本当に仁聖なんだろうかと悩んでいてもおかしくない。了からの連絡で始めてみた栄利とのポスターに比べて、今では格段に男っぽい色気を放ち挑むような視線に惹き込まれてしまいそうになる。しかも夜のベットの上でも無意識だろうが仁聖が時々その顔をするから、恭平も飲まれてしまって困ってしまうのだ。とは言え目下リビングで考え込んでいる様子に、恭平は不思議そうに歩み寄り覗きこむ。
「どうしたんだ?」
「あ?!いやっ!あのっ?!」
どうやら恭平が来たのに全く気がついていなかったらしくて、驚き慌てた仁聖が手元に何かを隠したのに恭平は目を細める。どう見ても仁聖は何か隠しているのだが、何を隠してるんだか必死になって見せようとしない。ヒョイと手を掴んでそれを取り上げようとする恭平に仁聖が必死になって手首を振り払おうともがくから、少しだけカチンと来て手首を返して仁聖の腕をとると円を描くようにして下に落とすようにして押し付ける。
「わあっ!」
あっという間に床にドッと落ちて恭平に上に乗られた仁聖の手から、ビニール袋に包まれたパッケージをとると恭平はサッと仁聖の上から退けた。ほんの一瞬の痛みも感じない程の早業で引っくり返された上に、隠している物を取り上げられて仁聖は慌てて床から上半身を起こす。
「そ、それっ。」
既にビニールの中身を眺めていた恭平が不思議そうに首を傾げているのが、恭平もピンと来ていないのかそういう下着に違和感も感じてないのかが仁聖には分からない。
「これ。何で隠すんだ?」
「い、いや、その、恭平…が………履いて………くれるかなぁ……なんて。」
その言葉に恭平の顔が一瞬固まる。
あ、ヤッパリ女性ものだと思ってるんだよね?俺も最初そう思ったし、と思った時には、見る間に恭平の顔が一瞬で真っ赤に染まった。手の中の赤い紐のセクシーランジェリーというやつが、女物ではなくて男物で自分に履いて欲しがっている目の前の男に今更ながら気がついてしまったのだ。プルプルと震える手がベシッとそれを投げ返して、馬鹿かっ!と怒鳴り付けられてしまう。
「ヤッパリそう言うと思ったんだよぉ、ごめんってばぁ!恭平!でも、ちょっと期待しちゃうんだよ!男だもん!」
その強請り声に尚更顔を赤くして恭平が怒鳴る。どういう意図でそんなものを履かせる気だと恭平は怒っているが、そんなの男なんだから一つしか理由なんてない。エッチな姿が見たいだけで、他になんの理由があるというのだ。
「馬鹿か!こんなの履かせて何が面白いんだ!!」
「だってー!恭平ならエロくて凄そうだからーっ!」
意味がわからんと怒鳴られてそういうと思ったんだよねぇと苦笑いしている仁聖に、分かってたらそういうことを言うなと恭平は思う。それにしてもまだ未成年に送りつける物じゃないだろと、恭平が至極真っ当な事を頬を染めたままブツブツと言い始める。確かにその通りなのだが、これでもまだましな方なんだってと話すと恭平も呆れたようにシャツや下着を眺めた。これでましって……と言いながら、呆れたように眺め回す。このまま増えていったら洗濯しないで一回使いきりでも、溢れてしまいそうなのは気のせいだろうか。それもあの画像のポスターに惹き込まれたということなんだろうが、流石に戸惑わずにはいられない。
「藤咲さん、最初の内ドッと来ることが多いっていうから、もう少ししたら落ち着くかなぁ……。」
「せめて、年相応の物だけならな……。」
呆れたように恭平がそう言いながらキッチンで珈琲を入れ始めるのに、仁聖はそうだねぇと呟きながら少しだけ残念そうに溜め息混じりでゴミ箱に投げ返されたビニール袋を放り込んでいた。
※※※
五十嵐海翔が実際のところ何をやったのか藤咲から聞いたのはそれから五日後の事。
既に月末のゴールデンウィーク寸前という状況だが、予定を確認したら今のところバイトの撮影は連休に一つだけで内心安堵している。何しろ四つ目のポスターが明日から貼られると耳にして、今度はスポーツ用品のメーカーな訳で。南尾が今度はスポーツ用品が届くかもなんて脅かすからだ。
「で、熱湯かけられたのは誰だったの?」
「担任の先生。翌日私謝りに行ったけど、中々イケメンだったわ。」
「担任ってトッシー?!」
思わず口をついてしまった言葉に、目の前の藤咲があら?と眉を潜める。隠していた訳ではないが既に卒業していたので言わなかったと、素直に説明すると藤咲は目を丸くした。そうなのだバイトを始めた時点で大学は教えてあるけど、既に卒業後だったからあえて高校の名前は履歴書に書かなかったのだ。
「何?ウィルくん、インターナショナルじゃなくて、都立第三卒業なの?あらやだ。後輩なの?」
「え?藤咲さんも、都立第三?」
予想外の返答に仁聖は目を丸くする。藤咲の方も藤咲で仁聖がここまで英語がスムーズに話せるくらいだから、今までインターナショナルスクールに通っていたんだろうと勝手に判断していたらしい。実際には今までは叔父と話す時くらいしか英語は使わないし、学校ではほぼほぼ日本語だけで過ごしていたと話したら、よくそれで今もスムーズに話せるわねと呆れられてしまったくらいだ。
「それよか、トッシーの怪我は?」
「反射神経がよかったんでしょうね、目の回りに少し火傷してたけど目は無事。」
ハーッと思わずその言葉に思わず安堵の溜め息が溢れる。土志田悌順は確かに体育教師で、その上高性能のカンニングセンサーやら多種多様なセンサーがついてるような人間だ。でも、それなら逆に被らなくても避けられそうな気がする。そういうと藤咲は溜め息混じりに状況を教えてくれた。
「他の生徒さん……女の子が傍にいたのよ、だから避けられなかったんですって。」
何でかそれが確実に宮井麻希子のような気がする。校内での騒動の傍に麻希子ありじゃないが、海翔もいて土志田もいて……どうにもその場に麻希子がいたんじゃないかと思う訳で。しかも藤咲曰く、件のファンを焚き付けたのは海翔の方だという。学校の敷地に無断で入り込んで騒いでいたファンを制止した土志田に、食って掛かった海翔のせいでファンが調子にのって更に騒ぎ立てたのだ。本来ならファンが違法行為をしているのを容認するような言動をしてはいけないし、煽るような発言もしてはいけないと藤咲は何時もいっている。そういうことをして困るのはファン自身だし、自分も困ることになるんだぞと口を酸っぱくして言われていた筈だ。腕組みをして不機嫌そうなのは海翔がそんな行動をしたのが、藤咲的には許せないからというところか。
「藤咲さんって、高校んとき、運動系の主将とかしてたでしょ?」
「あらやだ、顔に出た?空手よぉ。」
空手部主将か……そりゃ怒らせたくないなぁ。と仁聖は苦笑いしていたところに本当にタイミング悪く不貞腐れ顔の海翔が顔を出した。それに向かってウィル(仁聖)が滑らかな声をあげる。
「What a stupid thing I have done! Kaito!」
あえて馬鹿なこともんだと英語で言ってやると、最後の海翔の名前で自分の話だと気がついた。しかも藤咲の顔で何の話しか察した風で何で話したんですかと海翔が藤咲を睨むけど、藤咲は珍しくオネエ口調ではなく口を開く。
「仕方ねぇだろ?同じような事をおこさないように釘指すのに話すだろうが、あ?」
おお、男口調で話せば完璧なダンディーな男前。でもその口調だと凄みが出すぎてある意味怖い。今までは実はオネエ口調で男前度を緩和していたらしいと気がつく。
「Do you understand what you did wrong?Think about what you’ve done.Kaito.」
馬鹿にしているようだが、悪いことをしたのは分かってるんだよな?してしまったことを反省しろと英語だけで言ってやると、聞き取れないでいる海翔が言葉につまる。仕方がないからもう一度ゆっくり言ってやると、最初の文面は理解したらしい。段々と聞き取れるようになってきているから、実は英語の勉強になってるかもと一瞬考えたりもする。
「悪いことをしたのはわかってる……。」
珍しく噛みつくかと思ったらそう返答してきて昨日直接謝ったと呟く海翔に、藤咲はおやと目を丸くした。つまりは謝罪は海翔自身の行動で、藤咲は関与していないということらしい。何となくだがそれには麻希子が関与してそうな気がするのは、麻希子があの麻希子だからなのは言わないでおくが。巻き込まれてそうだけど、まあ周りの奴等もいるしな。
そうは思ってみたのたが気にはなるし、ちょっとした大学に提出の書類のついでもあって学校に顔を出したのはほんの気紛れだった。昇降口から上がって直ぐの職員室に顔を出すと、見覚えのある顔ばかりが驚いたように顔を上げて以前とは違う声をあげる。
「先生、久々。」
「元気そうだな?源川。」
痩せぎすの教頭と横歩きの越前に声をかけられ、書類を書いてもらいながら変わんないねと笑うと二ヶ月でそんなに変わらんと笑われる。そうか、まだたった二ヶ月しか経っていないのかと驚いてしまうが、制服を着ていたのは随分昔みたいな気がする。そんな仁聖の服装はスモーキーブルーのシャツチェスターコートにネイビーのパーカーと裾から見えるロングティーシャツ、黒のスキニー。
「あらやだ、誰かと思ったら源川君。男前に育ったわねぇ。」
「櫻井先生は変わらずビシッとクールビューティーだね。」
英語の櫻井が職員室にはいって着て、満更でもない顔で笑いながら横を通りすぎていく。生徒の時はこんな話一つもしたことがなかったのに、驚くほどの気安さでこっちが逆に面食らうなぁと言うと教頭はおかしそうに笑う。
「そりゃそうだ。もう生徒じゃないんだからな。」
「ヤッパリ先生達ってそういう線引きしっかりしてンだ?」
「当然だろ?ほら、書類。」
手早く準備してくれた書類を受け取りながら、土志田悌順の居場所を聞くと今年も相変わらずの生徒指導室の主だという。会ってきてもいい?というとあんまり校内を闊歩して後輩を騒がすなよと、教頭に苦笑いされてしまった。そんなわけで中庭をさっさと通過して回り込んだ生徒指導室をノックすると、中から暢気な返事が聞こえてくる。ガラッと音を立てて扉を開けると、勢いよく声をかけた。
「What’s up?トッシー!」
「おお?!なんだ、源川?!」
中にいたジャージ姿の悌順が驚いたように振り返る。顔には幾つか赤味が残っているが絆創膏は一つだけで、確かに火傷は大きな怪我ではなかったようだが目元なのは事実だ。
「火傷、目は平気?」
「何だ、誰から聞いたんだ?宮井か?」
ヤッパリその返事で現場に麻希子がいたのは分かったが、となると尚更その女性が麻希子に向かって熱湯をかけそうになったのかと少し腹立たしい。
「モモには怪我はなかったの?」
「誰が庇ってると思ってんだ?当然だろ。ってどこから聞き付けてんだ?お前の方は?」
仁聖が麻希子の状況を知らないことから、麻希子からの情報でないと察したようだ。悌順の口の固さは知っているから、仁聖は素直にバイトしている事とそのバイト先が五十嵐海翔の事務所なのも説明する。呆れたように悌順は何でまたモデルなんてバイトしてるんだと言うが、短時間高給で勉強に時間がとれるからというと成る程とアッサリ納得した風だ。
「あいつ、なんか教師のこと信頼出来ないみたいだよ?トッシー。」
「んー……まあ、そうだな、そういう感じだ。」
「上手くやれそう?あいつ。」
思わずそう問いかけると悌順は笑いながら、仁聖に茶を振る舞いながら感慨深げに言う。
「お前、大人になったなぁ。」
「なにそれ、答えになってないよ?トッシー。」
苦笑いしながら去年の今頃のお前なら、五十嵐なんて気にもかけないだろといわれてあれ?となる。そう言われてしまうと確かにそうかもしれない。去年の今頃の仁聖は別段気に入らない人間なら放置してても構わなかったし、海翔が学校で上手くやれなかろうが自分に関係しなきゃどうでもいい。生意気なんて第一声から言われててあんなに敵視されてもいるのに、こんなに気にかけているのは何でだろうか。
「そういうのが大人になったって事だろ?」
「そうなのかな?」
「自分だけじゃなくて、人のことも認められるようになったってことだ。恭平とは上手くやってるのか?」
勿論と返しておいて、そうだった、悌順にはもう恭平とのことをカミングアウトしたんだったと思い出した。それこそ麻希子の行方不明事件の後に恭平を人生の伴侶としたと宣言したのに、あの時は子供扱いで恭平だけが鳥飼信哉に投げられることになったのだ。
「ねぇ、トッシー?今ならさ?俺にも柔道って話になる?」
「あ?何のことだ?」
だからあの時の責任どうこうの話だよと机に頬杖をついて、書類を整えている悌順を眺める。それでも通じないのに納得できないから投げられろって鳥飼って人と恭平に合気道させたでしょ?といったら、なんだと悌順は目を丸くした。
「なんだ、お前子供だからお前に話がふられなかったとか思ってんのか?仁聖。」
初めて校内で名前で呼ばれたと気がついたのに驚きながら、あれが違う意図で恭平だったと言われたような気がして仁聖が逆に目を丸くする。呆れたように悌順が苦笑いして、大人びて見えててもまだまだ子供だったなと呟く。
「どういう意味?」
「あれはな、恭平の方が本気かどうか確認したんだよ。」
悌順の言葉に迷いもなく答えたのは仁聖で、仁聖は怯みもしなかった。恭平を人生の伴侶だと告げて家族にも言ったと全てに答えたのは仁聖で、恭平は元々の性格もあるのか明言を避けたようにみえたのだという。二人が総意で一緒にいるというなら別に文句をつけても仕方ないだろ、だけど片方の勢いで飲まれてるんじゃ幸せとはいえない。だから、ハッキリしない恭平に着替えの最中や何やで、信哉がそれとなく本音を聞き出しにいったのだ。そんなこと初めて聞いたというと、それに気がつかないのがまだ子供だなと言われてしまう。
「……で、……本音ってなんて?」
「そりゃ秘密だ。」
「え?なんで?!」
「自分で聞けるようになればいいだけだ、伴侶なんだろ?」
当然のように言われ、それはそうだがそんなの狡い。着替えの最中に二人で何の話をしたと言うのだ?あの後自宅で白袴に仁聖が欲情したことはさておき、二人っきりで更衣室にもかなり嫉妬したのに。そんなことを悶々としていると、何故か目の前の悌順がおかしそうに笑いだした。
「お前、本当に変わったなぁ。」
「何?」
「お前が嫉妬するなんて、初めてみた。」
顔に出てたらしくて思わず決まり悪くなってしまう仁聖に、ニヤリと悌順が笑いながら信哉に嫉妬しても無駄だと思うぞという。確かに嫉妬してどうこうできる相手じゃないのはわかってるが、それでも仁聖としては納得できない。後で恭平にこの事はハッキリさせようと心に誓いつつ、仁聖はまたと生徒指導室をでたのだった。腹立たしいのは仕方がないから、そのままあえて廊下を突っ切って三年の教室の横を通り過ぎてやると、目敏い後輩の一部が通っただけで気がつきはじめる。
この空気懐かしいなぁ。
腹いせに八つ当たりのつもりだったのに、廊下を歩き始めたらこの喧騒が少し懐かしくなってしまう。それはきっとこの時期に戻れないのが、自分でもよくわかっているからだろう。
赤に黒の薄い透けるレースのフロント部分、後は全てが赤の紐で作られている。身に付けても全く何も隠さないで白い肌に赤い紐が食い込む様とか、硬くなり始めた怒張とか、恭平がこれを履いた姿を想像するだけで密かに興奮してしまう。
御姉様方のセクシーランジェリーは何ともなかったんだけどなぁ。
御姉様方の白やら黒やら様々な高価な下着は見たけど、それほど高そうでもないこれを恭平が履く姿を妄想するだけで一回いけちゃいそうな気がする。そんなことを一人考える仁聖の姿に、リビングにやって来ていた恭平は首を傾げた。仁聖の今日の分の画像データは既に貰っていて、まあ隠すことではないのだが個人的に保存しているのはここだけの話。正直言うと画像を貰うようにしておかなかったら、これは本当に仁聖なんだろうかと悩んでいてもおかしくない。了からの連絡で始めてみた栄利とのポスターに比べて、今では格段に男っぽい色気を放ち挑むような視線に惹き込まれてしまいそうになる。しかも夜のベットの上でも無意識だろうが仁聖が時々その顔をするから、恭平も飲まれてしまって困ってしまうのだ。とは言え目下リビングで考え込んでいる様子に、恭平は不思議そうに歩み寄り覗きこむ。
「どうしたんだ?」
「あ?!いやっ!あのっ?!」
どうやら恭平が来たのに全く気がついていなかったらしくて、驚き慌てた仁聖が手元に何かを隠したのに恭平は目を細める。どう見ても仁聖は何か隠しているのだが、何を隠してるんだか必死になって見せようとしない。ヒョイと手を掴んでそれを取り上げようとする恭平に仁聖が必死になって手首を振り払おうともがくから、少しだけカチンと来て手首を返して仁聖の腕をとると円を描くようにして下に落とすようにして押し付ける。
「わあっ!」
あっという間に床にドッと落ちて恭平に上に乗られた仁聖の手から、ビニール袋に包まれたパッケージをとると恭平はサッと仁聖の上から退けた。ほんの一瞬の痛みも感じない程の早業で引っくり返された上に、隠している物を取り上げられて仁聖は慌てて床から上半身を起こす。
「そ、それっ。」
既にビニールの中身を眺めていた恭平が不思議そうに首を傾げているのが、恭平もピンと来ていないのかそういう下着に違和感も感じてないのかが仁聖には分からない。
「これ。何で隠すんだ?」
「い、いや、その、恭平…が………履いて………くれるかなぁ……なんて。」
その言葉に恭平の顔が一瞬固まる。
あ、ヤッパリ女性ものだと思ってるんだよね?俺も最初そう思ったし、と思った時には、見る間に恭平の顔が一瞬で真っ赤に染まった。手の中の赤い紐のセクシーランジェリーというやつが、女物ではなくて男物で自分に履いて欲しがっている目の前の男に今更ながら気がついてしまったのだ。プルプルと震える手がベシッとそれを投げ返して、馬鹿かっ!と怒鳴り付けられてしまう。
「ヤッパリそう言うと思ったんだよぉ、ごめんってばぁ!恭平!でも、ちょっと期待しちゃうんだよ!男だもん!」
その強請り声に尚更顔を赤くして恭平が怒鳴る。どういう意図でそんなものを履かせる気だと恭平は怒っているが、そんなの男なんだから一つしか理由なんてない。エッチな姿が見たいだけで、他になんの理由があるというのだ。
「馬鹿か!こんなの履かせて何が面白いんだ!!」
「だってー!恭平ならエロくて凄そうだからーっ!」
意味がわからんと怒鳴られてそういうと思ったんだよねぇと苦笑いしている仁聖に、分かってたらそういうことを言うなと恭平は思う。それにしてもまだ未成年に送りつける物じゃないだろと、恭平が至極真っ当な事を頬を染めたままブツブツと言い始める。確かにその通りなのだが、これでもまだましな方なんだってと話すと恭平も呆れたようにシャツや下着を眺めた。これでましって……と言いながら、呆れたように眺め回す。このまま増えていったら洗濯しないで一回使いきりでも、溢れてしまいそうなのは気のせいだろうか。それもあの画像のポスターに惹き込まれたということなんだろうが、流石に戸惑わずにはいられない。
「藤咲さん、最初の内ドッと来ることが多いっていうから、もう少ししたら落ち着くかなぁ……。」
「せめて、年相応の物だけならな……。」
呆れたように恭平がそう言いながらキッチンで珈琲を入れ始めるのに、仁聖はそうだねぇと呟きながら少しだけ残念そうに溜め息混じりでゴミ箱に投げ返されたビニール袋を放り込んでいた。
※※※
五十嵐海翔が実際のところ何をやったのか藤咲から聞いたのはそれから五日後の事。
既に月末のゴールデンウィーク寸前という状況だが、予定を確認したら今のところバイトの撮影は連休に一つだけで内心安堵している。何しろ四つ目のポスターが明日から貼られると耳にして、今度はスポーツ用品のメーカーな訳で。南尾が今度はスポーツ用品が届くかもなんて脅かすからだ。
「で、熱湯かけられたのは誰だったの?」
「担任の先生。翌日私謝りに行ったけど、中々イケメンだったわ。」
「担任ってトッシー?!」
思わず口をついてしまった言葉に、目の前の藤咲があら?と眉を潜める。隠していた訳ではないが既に卒業していたので言わなかったと、素直に説明すると藤咲は目を丸くした。そうなのだバイトを始めた時点で大学は教えてあるけど、既に卒業後だったからあえて高校の名前は履歴書に書かなかったのだ。
「何?ウィルくん、インターナショナルじゃなくて、都立第三卒業なの?あらやだ。後輩なの?」
「え?藤咲さんも、都立第三?」
予想外の返答に仁聖は目を丸くする。藤咲の方も藤咲で仁聖がここまで英語がスムーズに話せるくらいだから、今までインターナショナルスクールに通っていたんだろうと勝手に判断していたらしい。実際には今までは叔父と話す時くらいしか英語は使わないし、学校ではほぼほぼ日本語だけで過ごしていたと話したら、よくそれで今もスムーズに話せるわねと呆れられてしまったくらいだ。
「それよか、トッシーの怪我は?」
「反射神経がよかったんでしょうね、目の回りに少し火傷してたけど目は無事。」
ハーッと思わずその言葉に思わず安堵の溜め息が溢れる。土志田悌順は確かに体育教師で、その上高性能のカンニングセンサーやら多種多様なセンサーがついてるような人間だ。でも、それなら逆に被らなくても避けられそうな気がする。そういうと藤咲は溜め息混じりに状況を教えてくれた。
「他の生徒さん……女の子が傍にいたのよ、だから避けられなかったんですって。」
何でかそれが確実に宮井麻希子のような気がする。校内での騒動の傍に麻希子ありじゃないが、海翔もいて土志田もいて……どうにもその場に麻希子がいたんじゃないかと思う訳で。しかも藤咲曰く、件のファンを焚き付けたのは海翔の方だという。学校の敷地に無断で入り込んで騒いでいたファンを制止した土志田に、食って掛かった海翔のせいでファンが調子にのって更に騒ぎ立てたのだ。本来ならファンが違法行為をしているのを容認するような言動をしてはいけないし、煽るような発言もしてはいけないと藤咲は何時もいっている。そういうことをして困るのはファン自身だし、自分も困ることになるんだぞと口を酸っぱくして言われていた筈だ。腕組みをして不機嫌そうなのは海翔がそんな行動をしたのが、藤咲的には許せないからというところか。
「藤咲さんって、高校んとき、運動系の主将とかしてたでしょ?」
「あらやだ、顔に出た?空手よぉ。」
空手部主将か……そりゃ怒らせたくないなぁ。と仁聖は苦笑いしていたところに本当にタイミング悪く不貞腐れ顔の海翔が顔を出した。それに向かってウィル(仁聖)が滑らかな声をあげる。
「What a stupid thing I have done! Kaito!」
あえて馬鹿なこともんだと英語で言ってやると、最後の海翔の名前で自分の話だと気がついた。しかも藤咲の顔で何の話しか察した風で何で話したんですかと海翔が藤咲を睨むけど、藤咲は珍しくオネエ口調ではなく口を開く。
「仕方ねぇだろ?同じような事をおこさないように釘指すのに話すだろうが、あ?」
おお、男口調で話せば完璧なダンディーな男前。でもその口調だと凄みが出すぎてある意味怖い。今までは実はオネエ口調で男前度を緩和していたらしいと気がつく。
「Do you understand what you did wrong?Think about what you’ve done.Kaito.」
馬鹿にしているようだが、悪いことをしたのは分かってるんだよな?してしまったことを反省しろと英語だけで言ってやると、聞き取れないでいる海翔が言葉につまる。仕方がないからもう一度ゆっくり言ってやると、最初の文面は理解したらしい。段々と聞き取れるようになってきているから、実は英語の勉強になってるかもと一瞬考えたりもする。
「悪いことをしたのはわかってる……。」
珍しく噛みつくかと思ったらそう返答してきて昨日直接謝ったと呟く海翔に、藤咲はおやと目を丸くした。つまりは謝罪は海翔自身の行動で、藤咲は関与していないということらしい。何となくだがそれには麻希子が関与してそうな気がするのは、麻希子があの麻希子だからなのは言わないでおくが。巻き込まれてそうだけど、まあ周りの奴等もいるしな。
そうは思ってみたのたが気にはなるし、ちょっとした大学に提出の書類のついでもあって学校に顔を出したのはほんの気紛れだった。昇降口から上がって直ぐの職員室に顔を出すと、見覚えのある顔ばかりが驚いたように顔を上げて以前とは違う声をあげる。
「先生、久々。」
「元気そうだな?源川。」
痩せぎすの教頭と横歩きの越前に声をかけられ、書類を書いてもらいながら変わんないねと笑うと二ヶ月でそんなに変わらんと笑われる。そうか、まだたった二ヶ月しか経っていないのかと驚いてしまうが、制服を着ていたのは随分昔みたいな気がする。そんな仁聖の服装はスモーキーブルーのシャツチェスターコートにネイビーのパーカーと裾から見えるロングティーシャツ、黒のスキニー。
「あらやだ、誰かと思ったら源川君。男前に育ったわねぇ。」
「櫻井先生は変わらずビシッとクールビューティーだね。」
英語の櫻井が職員室にはいって着て、満更でもない顔で笑いながら横を通りすぎていく。生徒の時はこんな話一つもしたことがなかったのに、驚くほどの気安さでこっちが逆に面食らうなぁと言うと教頭はおかしそうに笑う。
「そりゃそうだ。もう生徒じゃないんだからな。」
「ヤッパリ先生達ってそういう線引きしっかりしてンだ?」
「当然だろ?ほら、書類。」
手早く準備してくれた書類を受け取りながら、土志田悌順の居場所を聞くと今年も相変わらずの生徒指導室の主だという。会ってきてもいい?というとあんまり校内を闊歩して後輩を騒がすなよと、教頭に苦笑いされてしまった。そんなわけで中庭をさっさと通過して回り込んだ生徒指導室をノックすると、中から暢気な返事が聞こえてくる。ガラッと音を立てて扉を開けると、勢いよく声をかけた。
「What’s up?トッシー!」
「おお?!なんだ、源川?!」
中にいたジャージ姿の悌順が驚いたように振り返る。顔には幾つか赤味が残っているが絆創膏は一つだけで、確かに火傷は大きな怪我ではなかったようだが目元なのは事実だ。
「火傷、目は平気?」
「何だ、誰から聞いたんだ?宮井か?」
ヤッパリその返事で現場に麻希子がいたのは分かったが、となると尚更その女性が麻希子に向かって熱湯をかけそうになったのかと少し腹立たしい。
「モモには怪我はなかったの?」
「誰が庇ってると思ってんだ?当然だろ。ってどこから聞き付けてんだ?お前の方は?」
仁聖が麻希子の状況を知らないことから、麻希子からの情報でないと察したようだ。悌順の口の固さは知っているから、仁聖は素直にバイトしている事とそのバイト先が五十嵐海翔の事務所なのも説明する。呆れたように悌順は何でまたモデルなんてバイトしてるんだと言うが、短時間高給で勉強に時間がとれるからというと成る程とアッサリ納得した風だ。
「あいつ、なんか教師のこと信頼出来ないみたいだよ?トッシー。」
「んー……まあ、そうだな、そういう感じだ。」
「上手くやれそう?あいつ。」
思わずそう問いかけると悌順は笑いながら、仁聖に茶を振る舞いながら感慨深げに言う。
「お前、大人になったなぁ。」
「なにそれ、答えになってないよ?トッシー。」
苦笑いしながら去年の今頃のお前なら、五十嵐なんて気にもかけないだろといわれてあれ?となる。そう言われてしまうと確かにそうかもしれない。去年の今頃の仁聖は別段気に入らない人間なら放置してても構わなかったし、海翔が学校で上手くやれなかろうが自分に関係しなきゃどうでもいい。生意気なんて第一声から言われててあんなに敵視されてもいるのに、こんなに気にかけているのは何でだろうか。
「そういうのが大人になったって事だろ?」
「そうなのかな?」
「自分だけじゃなくて、人のことも認められるようになったってことだ。恭平とは上手くやってるのか?」
勿論と返しておいて、そうだった、悌順にはもう恭平とのことをカミングアウトしたんだったと思い出した。それこそ麻希子の行方不明事件の後に恭平を人生の伴侶としたと宣言したのに、あの時は子供扱いで恭平だけが鳥飼信哉に投げられることになったのだ。
「ねぇ、トッシー?今ならさ?俺にも柔道って話になる?」
「あ?何のことだ?」
だからあの時の責任どうこうの話だよと机に頬杖をついて、書類を整えている悌順を眺める。それでも通じないのに納得できないから投げられろって鳥飼って人と恭平に合気道させたでしょ?といったら、なんだと悌順は目を丸くした。
「なんだ、お前子供だからお前に話がふられなかったとか思ってんのか?仁聖。」
初めて校内で名前で呼ばれたと気がついたのに驚きながら、あれが違う意図で恭平だったと言われたような気がして仁聖が逆に目を丸くする。呆れたように悌順が苦笑いして、大人びて見えててもまだまだ子供だったなと呟く。
「どういう意味?」
「あれはな、恭平の方が本気かどうか確認したんだよ。」
悌順の言葉に迷いもなく答えたのは仁聖で、仁聖は怯みもしなかった。恭平を人生の伴侶だと告げて家族にも言ったと全てに答えたのは仁聖で、恭平は元々の性格もあるのか明言を避けたようにみえたのだという。二人が総意で一緒にいるというなら別に文句をつけても仕方ないだろ、だけど片方の勢いで飲まれてるんじゃ幸せとはいえない。だから、ハッキリしない恭平に着替えの最中や何やで、信哉がそれとなく本音を聞き出しにいったのだ。そんなこと初めて聞いたというと、それに気がつかないのがまだ子供だなと言われてしまう。
「……で、……本音ってなんて?」
「そりゃ秘密だ。」
「え?なんで?!」
「自分で聞けるようになればいいだけだ、伴侶なんだろ?」
当然のように言われ、それはそうだがそんなの狡い。着替えの最中に二人で何の話をしたと言うのだ?あの後自宅で白袴に仁聖が欲情したことはさておき、二人っきりで更衣室にもかなり嫉妬したのに。そんなことを悶々としていると、何故か目の前の悌順がおかしそうに笑いだした。
「お前、本当に変わったなぁ。」
「何?」
「お前が嫉妬するなんて、初めてみた。」
顔に出てたらしくて思わず決まり悪くなってしまう仁聖に、ニヤリと悌順が笑いながら信哉に嫉妬しても無駄だと思うぞという。確かに嫉妬してどうこうできる相手じゃないのはわかってるが、それでも仁聖としては納得できない。後で恭平にこの事はハッキリさせようと心に誓いつつ、仁聖はまたと生徒指導室をでたのだった。腹立たしいのは仕方がないから、そのままあえて廊下を突っ切って三年の教室の横を通り過ぎてやると、目敏い後輩の一部が通っただけで気がつきはじめる。
この空気懐かしいなぁ。
腹いせに八つ当たりのつもりだったのに、廊下を歩き始めたらこの喧騒が少し懐かしくなってしまう。それはきっとこの時期に戻れないのが、自分でもよくわかっているからだろう。
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気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
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。
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