鮮明な月

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第十三章 大人の条件

120.

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モデルを初めて早一ヶ月を越している。
源川仁聖・十八歳ギリギリにして、そうか、人目につくってこういうことなんだと初めて人生において納得した。というのも目下バイトの真っ最中で、現在はウィル(仁聖)の状況。今日の撮影は製薬会社の作ったスポーツドリンクらしいが、頭っから水を被る羽目になった。雨のイメージとか言うが滝のような水に、溺れさせる気じゃなかろうなと内心思ったのはここだけの話し。やっと終わりと帰宅前に何時もの画像データを待っていたら、その前にこれをと先に手渡されたのは大きな紙袋三つだった。

「What's this?What's inside?」

最近ではバイトモードになると英会話慣れしている訳で、当然みたいに問いかけると新しく入った男性スタッフの南尾昭義が戸惑い顔をする。いやいや、俺が使ったの超簡単な単語だけなんで最初から自分は英語は分からないよオーラは出さないでと内心では思いながら、ウィル(仁聖)がニッコリと天使の微笑みで笑いかける。

「南尾さん、これなに?」

しかし何で南尾は自分がただ単に微笑みかけただけで、一瞬で赤面しているのか。正直そっちの方もウィル(仁聖)には、良く分からない反応ではある。藤咲曰く南尾はノーマルで一応そっちの趣味じゃないらしいんだけど、笑いかけると真っ赤になるのだ。しかも最近では実は南尾だけではなくカメラマンとかメイクさんまで笑いかけると頬を染めることがあって、この反応は何なんだかの範疇だ。疑問に思って藤咲になんなの?と問いかけてみるが、男の色気の出てきた証拠なのよと藤咲は笑う。そう言うが、自分自身では以前より尚更、男の色気ってなんなんだろうと日々悶々としているのだというのに。

「あ、えーとですね、ファンレターです。あとプレゼントも。」
「は?fan?」

南尾の言葉にポカーンとしたウィル(仁聖)に、しまった・日本語では伝わらないかと南尾が慌てて言葉を選ぶ。いや、日本語で通じますと言いたくなるが、それにしてもファンレター?何で?そう問いかけてるのは完全に日本語なのに、南尾が何故か頭の中で英語で話しかけられているとなおのこと泡を食っているのか。

「ウィルくーん、はい、これ今日の撮影のデータ。」
「藤咲さん、ファンレターってなに?」
「ファンレターはファンレターでしょ?」

それは分かってるというウィル(仁聖)に、藤咲はポスターの効果がテキメンねぇ等と言いながらウフフと笑う。どうやら本気で事務所宛に送られてきた自分宛のファンレターだというのだ。そう理解して尚更、ウィル(仁聖)は呆気にとられた。ポスターとして表に出たのは、まだ実際は三社目。しかも自分は未だに一度も自分のポスターを外で見たことがないのに、それにファンレターなんて何故来る?しかも自分はポスターだけで、五十嵐海翔のようなテレビに出たわけでもない。

「あら、大手メーカーのポスターばかりだもの、当然よ?」
「え?」
「危なさそうなのはこっちで預かってますからね!」

危なさそう?!何が?!思わずそう聞きたくなるが、一応危険の無さそうな手紙とプレゼントは事前に選別してあるらしい。しかも全ての住所は俺に渡す前に控えてあって、事務所から全員にカードを返信してくれているという。次の時にはメッセージ印刷するから、直筆で一言書く?と問われるが、正直呆気にとられて答えにならない。これでも減ってるの?と思うのと同時に、やっぱり俺・早まったかもと改めて考える。

「気にしなくてもいいわよ、目を通すも通さないも自由なんだし。」



※※※



そんな事を言われても何だかモヤッとした気分で帰宅した仁聖の顔に、仕事中ブルーライトカットの眼鏡をかけ始めた恭平が驚いたように顔をあげる。ただいまの声もなくドアを開けたのもあるが、表情にも気がついた恭平が戸惑うように眉を潜めた。

「おかえり、どうした?仁聖。」
「んー…ただいま。………なんか、モヤッとしてる。」

自分でも何だか納得できないのは、何でだろうか。そう考えながら恭平にデータを差し出して、ソファーに座り込んだ仁聖は紙袋を眺める。これこそ自分を顔とか体というアイコンだけでしか見てないものの、最たるものではないだろうか。写真を見ただけの出会いに、それにわざわざ時間を費やしてファンレターを書くなんて到底俺には理解できない。そう仁聖が紙袋を見つめて不満げに呟くと、恭平と来たら可笑しそうにこんなことを言う。

「そういうのは、崇拝の基本だからな。」
「でも、俺は、アイドルじゃない。」

不満そうに呟いた仁聖に、おやと恭平が目を丸くする。クルリと椅子を回して振り返った綺麗な微笑みが、仁聖の顔を覗きこむようにして更に柔らかく微笑みかけた。おいでと手招かれて素直に歩み寄った仁聖を膝の間にして、恭平が悪戯めいた視線で見上げてくる。

「最近、お前も自己肯定欲求が強いんだな。」
「なにそれ?」
「自分を認めてもらいたいって欲求。」

それはそうかもしれないが、基本的に………と考えて、確かにと改めて思わず納得してしまう。基本的に仁聖は恭平に一番に認めてもらいたいのだけど、最近ではちゃんと周囲にも大人としての自分を認めて欲しい気がする。とみに感じるが誰もが自分の顔や体だけのアイコンで、自分というものを中身では見ていない気がするのだ。つまりは見た目だけ、顔だけ。正直ほんの一年前にはそれが当然のことで仁聖自身もどうでもよかったのに、今では何故かどうもそれが気に入らないのだ。

「ねぇ………それって、おかしいこと?」

そう不安そうに仁聖が俯き問いかけると、恭平は仁聖の手をソッと取って見上げてくる。それは仁聖がこんな風に自分を認めて欲しがる理由は恭平には分かっていると言いたげで、仁聖はその綺麗な瞳を黙って見下ろす。
孤独に一人で暮らしていた状態の仁聖は、長い間自分にとって都合の悪いことはあたかも興味ないふりをしてきたのだ。仁聖は気軽な楽しさばかりを追求したり、いわゆる『良い人』を装い生活することで日々を過ごしてきた。そうしていくことで仁聖は一見何事にもそつなく問題を起こさずに暮らして、自分の自己肯定感の欠如を覆い隠してきたのだ。

自分には興味のないことだから、自分を認められなくても別に構わない。

つまり自己肯定感を欠きながら生きるために身につけた、仁聖なりの生きる戦略みたいなもの。このタイプの人間というものは、実は何かに取り組む時に本気を出すことを無意識に躊躇うらしい。それというのは本気を出して上手くいかないという壁にぶつかることを回避しようとする心の動きで、本気を出さなければ『本気さえ出せば上手く行く』という可能性を永遠に持ち続けることができるからだ。
ところが今では仁聖は、その今までの身につけた生きるための戦略を全面放棄してしまった。今は本気で恭平に惚れ込んでいるし、それ以外の事に対しても本気で向かい合うようになった訳だ。

「だから、認めてほしくなるんだよ。分かるか?」

凄く的確な指摘だと思うのと同時に、恭平の大人らしい言葉にまた心が萎れる。納得できる答えを直ぐに出せる恭平は自分より遥かに大人で、自分はこうして迷い戸惑う子供のまま。自分でそんなことも分かんないなんて子供だからかとなおのこと悄気てしまう仁聖に、恭平はクイッと手を引き自分に視線を向けさせた。

「俺もタイプは違うけど、自己肯定感が欠如してるんだ。」
「タイプ?」

お前のは逃避タイプ、俺は諦めタイプと恭平は苦笑いする。諦めタイプってなに?と問いかけると、自己肯定感の低さから殻に閉じ籠るタイプだよと恭平が笑う。失敗を過度に恐れて諦めに支配され主体性を手放し、自分なんてと言い訳する等と平然と言う恭平に、仁聖はそんなことないと言おうとして躊躇う。何故なら目の前の恭平の微笑みは、変わらず穏やかで綺麗で自分の事を卑下している風ではない。

「でも、俺も変わったし、お前も変わったろ?」
「変わった……。」
「お前も俺もお互いに認めて欲しいから、他の人にも認めて欲しいって考えるようになったんだよ。な?そうだと思わないか?」

恭平の言う通りで、恭平に一番に認めて欲しい。同時に自分をちゃんと周囲にも只のお飾りじゃなく、自分として個人として認めて欲しいのだ。そういう友達も増えたから余計そう感じるんだよな?と言われて、ヨシヨシと頭を撫でられる。

「子供扱いしてる……。」
「最近大人びたから、こういうとこがあると安心だ。」

そんなことを言って笑う恭平に不満そうに頬を膨らませると、可笑しそうに笑って恭平は眼鏡を外す。

「しかし、随分大量だな?手紙だけでそれか?」
「なんか、プレゼントもあるっていってたけど。」

ふうんと言いながら立ち上がった恭平の後に、続く仁聖が紙袋の中を覗き込むようにしながら読まなくてもいいって言われたけどなぁと戸惑いながら呟く。流石に全部に目を通すのは時間がかかりそうだけどと困惑している仁聖に、食事を作る間に読める分目を通したらどうだと恭平が苦笑混じりに言う。言われた通り恭平が料理をしている間に次々と目を通すが、どうにもこうにも理解できない愛の告白らや会いたいやらという文字に益々首を傾げてしまう。

「誰に向かって言ってるのかなぁ、これ。」
「お前だろ?」
「だってさ、俺写真だけだよ?動いてないんだよ?」

ポスター写真に会いたいは兎も角、愛の告白ってなぁ。まあ会ったことのないアイドルにファンレターと同じなんだろうけど、理解はしかねている。しかも女性だけでなく男性からも多い。

「男から来てる!!」
「ファンレターだからな、性別は関係ないだろ?」
「えええ?そういうもんなの?」

カウンター越しの恭平の苦笑に、仁聖は思わず深い溜め息をついて項垂れてしまう。たかが三社でこれって四年も続けられるのかな、俺。ブチブチ不満をいいながら手紙をやっつけていたが、流石に同じような内容が何時までも何時までも繰り返されるのに気分が悪くなってきた。時には会ったらして欲しいことみたいな、とんでもない熱烈な手紙まであって鳥肌がたってしまう。あー、だから読まなくてもって、藤咲さん言ったのか。等と納得して、気を取り直して小さな小箱を取り出す。

プレゼントねぇ?

中身は軽そうなものから、包みまで。試しに包みを開けてみて思わず脱力してしまった仁聖の様子に、恭平がカウンター越しにどうかしたのか?と問いかける。

「あのさぁ?!顔写真だけの男に贈るのがパンツってどうよ?!」

しかもなんだよ、この柄!と呆気にとられる仁聖に、料理真っ最中の恭平が吹き出している。恭平は翻訳しかしていないが、既に小説家としても活動している鳥飼信哉が飲みながら話していたことを思い出す。

「いいじゃないか、男物なんだから。信哉さんには女性ものの下着が贈られてきたそうだぞ?」
「ええっ!女物?!って何でそんな話してんのさぁ、恭平。」
「再三エッセイをやれと勧められてるけど、断ってるから。」

元は鳥飼信哉も母親もしていたからと翻訳家だったのだが、元から少し書くこと自体にも興味があったのだという。結果として今はどちらかと言えば小説の方が主体になって、性別不明の筈なのにバレンタインには段ボール箱二箱分のチョコが届いたらしい。

「マジか!そんなのやだなぁ…。」
「甘いもの苦手ってプロフィールに入れとけばいいだろ?」
「あ、成る程ね。」

下着にTシャツ、まあ困らない部類なのかなと思いながら、食べ物がないのにホッとする。これでまだ市販品なら兎も角、手作りクッキーとか来たら真剣に怖い。しかし眼鏡にネックレス、こんなにお金を使わせていいものなのだろうか?何てことを思いながら、一番重量のある感じのする箱を取り出す。

なんだろ?なんかカシャカシャしてるけど

暫しメッセージカードもないそれを眺め、ポカーンとしている仁聖の様子に料理を盛り付けてリビングに顔を出した恭平が首を傾げる。その手には新品の何かが入ったクリアケース。何に唖然としてるのかと思いながら、料理をテーブルにおいて背後から覗きこむ。

「どうした?」
「こういうの、どうかんがえたらいい?」
「ん?」

差し出されたモノを覗き込んだ恭平も、ギョッとしたように顔を赤らめて言葉を失う。何せ差し出されたのは所謂大人の玩具という分類のモノ、未開封の新品は兎も角ピンク色のローターというやつはハッキリいって生々しい。

「し、しまえ!!」
「はーい。」

何だかよく分からないような反応で、手紙と一緒に紙袋に戻した仁聖が、もういいから置いてくるねと立ち上がって自室に紙袋を持ち込んでいるのを恭平もこれは不味いのかなの思わず首を捻っていた。
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