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第十二章 愚者の華
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仁聖の優しい仕草と穏やかで柔らかい声に魅せられながら、それでも自分の愚行を思うと体が震え涙が溢れる。それを止める事が出来ない恭平に、心配そうな瞳の色を浮かべた仁聖が労わる様な仕草でその髪を掬い頬を優しく撫でる。あやし、労わる声を上げるその指先に縋る肌の温度を見下ろしながら仁聖は、まだ癒える筈の無い恭平の内面を危惧していた。
酷く憔悴した心が、もしかしたら取り返しのつかない状況まで引き起こす可能性も十分にある。それは医学には全く無知ではあるが、仁聖自身薄らと理解できている。
簡単に落ち着く訳ない…、忘れられる筈もない。一番辛いのは恭平自身なんだから…
それは過去に自分が恭平にしてしまったことも含めて。女性でなくても恭平が受けた行為は明確な性的な暴行で、十分に彼を追い詰め、おかしくしてしまう事ばかりだとも理解していた。その上、自分の存在を盾にして恭平にとって友人と信じていた筈の人間からされた仕打ちの残酷さ。それがどんなに辛いか、仁聖にだって完全に共感することは出来ない。仁聖は自分の幼さを痛感しながら、何とかそれを支えたいと願う。ベットの中で少し落ち着き始めた恭平の涙を見下ろして、安心させようとフワリと微笑みかけ覗き込むようにして囁く。
「もう…そんなに泣いてたら心配で独りにしておけないよ…?もう一回抱っこして向こうに連れて行く?」
その柔らかい声に思わず目を見開いて慌ててフルフルと頭を振った恭平が涙に濡れた瞳で見上げ、仁聖はその縋る視線に思わず頬を染めながら苦笑を浮かべる。ほっと息をついた恭平の様子を見下ろしながら、そっとその体を労わり守るという様子で毛布でその体を包み込む。
「休んでてね?戻ってきたら、また一杯抱き締めてキスしてあげる。」
冗談めかしたその言葉に一瞬眉をそばだてながらもホンノリと頬を染めて恭平が小さな声で「馬鹿」と呟くのに、仁聖はやっと少し安心したような表情を浮かべてゆっくりと踵を返していた。
※※※
仁聖がゆっくり扉を閉じて姿を消して、恭平は包み込むように彼がかけた毛布の中で微かな会話の声を扉越しにうっすらと聞きながら身を縮める。その会話は穏やかな声音でまるで微かな音楽の様に時折仁聖の声だけが判別できて、瞬間恭平は自分が彼の声を聞こうとしていると気がついて少し頬を緩ませる。同時にふっと先ほど涙を溢れさせた恐怖感がまたジワリとにじり寄ってきて恭平は、ギュッと体を抑え込む様に肩を掴んだ。
どうしてだろう…。
ふっと心の中に疑問が湧き上がり滲んでいく。
自分は何故こんなに弱く脆い人間なのだろう、ふとそう呟く心の声の険しさに恭平は意図せずに室内を見回す。一度涙に揺れた世界は、白く白く溶ける様な柔らかい陽射しに霞んでいた。何時も過ごす環境に自分がいる筈なのに、何処か現実感がない様にすら感じられる。どうしてあんな愚かな行動しかできなかったのか、もっとよい方法があったのではないかと自問自答する言葉。それにきっと他に良い方法があった事は理解出来ていても、それを選びだせなかった自分がいる事が分かる。自分にとって何よりも優先されたのが仁聖だったのだと分かって、恭平はふぅと溜め息をついた。
こんなに自分が愚かだったなんて……。
篠に言われた言葉を反芻しながら自嘲気味にそう心の中で呟いた瞬間、フワリと引き寄せていた毛布から自分のものではない柔らかい香りを感じて恭平はゆっくりとそれに肌を擦り寄せる。日当に居る様にその香りの暖かさに自分の心が安堵していくのが分かって、恭平は不思議に思いながらも更にその香りと感触を求めて潜り込む。無意識にそんな行動をとっていた自分に我に返った恭平は、瞳を閉じながら心の中で言葉を繋ぐ。
あぁ…そうか…。
それが誰のものでもない仁聖の移り香なのだと気がつきフッとと息が溢れる。
人工的に飾りつけた香りではない。普段使うシャンプーの混じる柔らかい陽射しに似た仁聖の香りに、自分が安堵して強張っていた体から力が抜けていく。以前仁聖が自分から香る匂いを言葉にした事があったなと何処かで思いながら、他人の香りが心地いいと感じる自分を不思議な想いで見つめる。
今まで誰かの移り香に心地よさを感じたことはなかった。勿論女性と性行為の経験がないわけでもないし、腕枕でピロートークしたことがないわけでもない。それでも一緒に眠ることはなかったし、時には全く眠らずに相手が起きるのを待ったこともある。
榊君はとっても私の事大切にしてくれるけど、何時も無理して気を使っているみたいに感じるの。
そう何度も言われたが、その意味が自分でも理解できなかった。恭平には相手が何故そう感じるのかが、全く分からなかったのだ。でも、こうして仁聖に寄り添って貰えるようになってやっと理解できた。自分は自分の後ろ暗い感情を、相手に見せるのか怖かったのだと思う。自分だけでなく実の父や、関係のない宮内の妻や異母弟を憎み続ける自分。母の死以降高いところには行けない弱い自分。自分自身すら憎んでいるのに、その自分を好きだと言われても相手の気持ちが理解できないのは当然だった。そんな自分が彼女の事よりも友人の事よりも、何をおいても優先していたのは何時でも仁聖。
仁聖だけが、弱い自分を認めて抱き締めてくれた。
辛かったら泣いていいと言ったのは仁聖だけで、抱き締めてくれたのも仁聖だけだ。その時からずっと目で追い続けていたなんて、死ぬまで黙っておこうと思っていた。
仁聖は気がついてないと思ってる様子だが、あの時視界の端に見ていたなんて今更絶対に口に出来ない。
黒のキャスケット、ネイビーのオーバーコート、黒スキニーが長い足を強調して、洒落たスクエアリュックを肩に年よりずっと大人びて見える姿。
当時つきあっていた彼女と一緒にいたのに、一瞬で仁聖を見つけてしまった恭平は困惑していた。何故ここに居るんだろう、似ているだけかとも考えたが栗色の髪と一瞬見えた顔は仁聖でしかない。隣にいたのは同じ学部の栄利彩花で、最近モデルにスカウトされたとか。
何で?栄利と?
疑問は不快感にかわって、恭平自身も何故か分からないままに二人が並んで踵を返したのを見ていた。その後学部の噂で栄利が、彼氏ができた話を耳にして愕然としたのだ。仁聖は当時中学一年しかも十三に成ったばかり、仁聖が彼氏でないという可能性もあったのに恭平にはそうとは思えなかった。
そんな矢先に何気なくウトウトと転た寝をしていたところに、仁聖が無言のまま自分を見つめるのに出会ったのだ。ジッと息を殺して自分を見つめる仁聖に、目を開けるタイミングを逃してしまって恭平は寝たふりをするしかなくなった。
…何で、見てるんだ?
普段なら子供らしくじゃれついて来る仁聖が、ジッと息を殺して自分の横に座り顔を見つめている。ドキンと胸が大きく跳ねたのは、その顔が自分の顔に影を落としたからだ。フワリと自分の唇に押し付けられた柔らかいものが、仁聖の唇だと気がつくまでそう時間はかからなかった。その後仁聖が脱兎のごとく逃げてしまったので、恭平は理由を聞く機会を完全に逃してしまう。でも、嫌ではなかった。何一つ仁聖にキスされることに、嫌悪すら感じなかったのだ。篠にそれを告げ相談すると、好きなの?と問いかけられたのに恭平は愕然とする。
嫌じゃないのは仁聖だからだ。相手が仁聖だから、キスされても嫌だとは感じない。嫌じゃないのは……。
だから、その後彼女にフラれたのを最後に、女性と付き合うのを止めてしまった。気持ちを自覚したら隠せる自信はなかったし、そんなことを自分が自覚しても女性と付き合っている仁聖に何か出来るわけでもない。
それなのにあの時酔いに任せて仁聖の手を取ってしまったのは、仁聖が約束の日でもないのに自分に会いに来たのが分かって嬉しかったから。わざわざ会いに来て自分がいなかったからしょんぼりしていた仁聖の顔に、無性に嬉しくなって肩に腕を回す。
「今日。来る日じゃないよな?」
「う、うん……もしかして…恭平、酔ってるの?」
その言葉には答えずに恭平は、仁聖に腕を回したまま歩きだす。有無を言わさぬ力でズルズルと引きずる様にして今出てきたばかりのエントランスを引き戻しエレベーターまで押し込む。仁聖は面食らったように恭平を見やる。
ああ…可愛いな、そんなに会いたくて来たんだ…?
そんな風に酔った思考が考えた途端、少しだけ何時も仁聖の方がじゃれてくるのを待つのとは逆に触れたくなった。触れたくなったといっても、性的にではなく恭平はただ近付きたくなったのだ。唐突にその腕がエレベーターの奥の壁に向かって仁聖を押し付ける。
「いっっ?な…何?きょ、恭平?」
傍に立って壁ドン状態の恭平の顔が、自分の肩にトンと額をつけたのに気がついて仁聖が固まっている。それでも、乗せた肩の昔よりも逞しくなった体に、少しだけ嫉妬が疼くのを感じた。昔は自分に縋りついていたのに、いつの間にか大人になってしまう。こうして自分から意図して触れたのは初めてなのに、きっともう二度とない。そう思ったら嫉妬と同時に少しだけ悲しくなって、意識が滑るように遠退くのが分かる。倒れるかなと内心考えた次の瞬間、酷く暖かく確りとした腕が自分の体を抱き止めたをうっすらと感じ取っていた。肩に頭を乗せるようにして苦もなく抱き止められ、抱き締められる広い胸元に悔しいような嬉しいような安堵で身を預ける。
なんだよ……子供みたいな顔して……すっかり…大人なんだな……
そう考えたと同時に意識が一瞬途切れてしまっていた。飲みすぎたのは自覚していたが、モソモソと腰を撫でる感触に暫く感じていない性欲が沸き上がるのを感じる。撫でられ探られる指に腰の奥がジンッと痺れてくると、鼠径や尻ではない場所に触れて欲しくなるのが分かった。
「………ん…。」
もっとと考えた瞬間、指が離れてしまったのを物足りなく感じながら、気がつくと硬い背後に押し付けられ酷く間近に吐息を感じる。一瞬酔いの中で夢を見ているのだと思った。
「…き…恭平…?」
「ぅ…ん………?」
普段とは違う掠れた低い仁聖の声。男っぽいその声に反応して眼を閉じたまま答えると、夢の中の仁聖は不意に何時もと違う欲情を煽るようなキスをしてきた。体を押し付け足で恭平自身を刺激するように押し込みながら、何時ものただ触れるだけのキスとは違う濃厚なキス。やんわりと唇をなぞりその間で差し込む口の中をなぞり味わう。その感覚は今までにないほど甘美に自分の中を溶かして、貪るように音を立てて舌を這わせた。
「ふぅ…く………、……ぅん……。」
何て夢と思いながら揺らされる足に、自分の股間が反応しているのが分かる。気持ちよくなり始めてこんなキスをしている仁聖の顔を見てみたいと、恭平は頭の片隅で考えた。そうして目を開いた時に、酷く戸惑い傷ついたような仁聖の顔に初めてこれが夢でないのだと我に返ったのだ。
こんな、いやらしいキスの仕方、誰に教えられた?
そう問いかけたくなった瞬間、嫉妬で一気に血の気が下がったのが分かった。直前に感じた一瞬の激しい熱がまるで夢だったかのように、全身が凍りついたような感覚の中で恭平はその嫉妬の意味を自覚する。自分ではない誰かと交わされた大人のキスをする仁聖に、身を委ねて誘い掛けそうするように無意識に仕向けてしまった。その理由はただ仁聖を独り占めしたくて、他の女にしていることを強請ったに過ぎない。だけど、これ以上は何も求めても得られない。何故なら仁聖はちゃんと女性と付き合っていて、自分の事はただの兄のように慕っているだけなのに。そう気がつくと恐怖に更に飲まれて、不快感に変わる。仁聖が何のためにキスをしていたかは分からないけど、今のキスのせいで二度とここに来なくなるかもしれない。
「仁…せ……。」
まだ何処かを漂っているように掠れて溢れ落ちる声の先で、仁聖は不意に顔を伏せてしまった。それを目にした瞬間、不快感が競り上がってくるのが分かる。確りと抱えられた腕の中ので身動ぎしてもがき、恭平は青ざめているだろう自分の顔が仁聖にどう見えるだろうと考える
「ちょ…仁聖…、はな…せ…。」
「恭平…。」
今度は泣きそうな視線で見上げた仁聖と、かち合ったその視線の先で闇の中のその表情は一瞬戸惑うような視線を浮かべた。もう会わないと言いたいのか、誘い掛けてくるなんて幻滅したと言いたいのか。そう思ったらもう耐えきれなかった。
「離せ!吐く!!」
恭平は腕から逃れると横を駆け抜け、トイレに駆け込む。嗚咽混じりに嘔吐しながら、何でこんなことをしたんだと自分でも後悔した。気持ちよくなって箍を外しかけてしまった自分は、仁聖がそうするように無意識に誘い掛けてしまったのだ。
悪酔いしたような気分でベットに潜り込んでから、もう駄目かもと虚ろな気分で考えていた恭平の耳に微かな足音が聞こえる。完全にうつ伏せではなく頬を枕に押しあてる様にした恭平の顔を覗きこむ何時もの気配。仁聖がもう来ないと言うかもしれないと緊張して目を閉じたままでいると、仁聖はそっと手を伸ばして額にかかる髪を少し払いのけてくる。柔らかな指の動きは少し心地よくて、仁聖が不快感を顕にしていないことに少しだけ安堵する。
お前は、どんな気分であんなキスをしたんだろう……
仁聖がしてきた大人の手管のキスは、酷く心地よかった。同時に刺激される股間が溶けそうになるくらい、気持ちよくなっていたのに気がつかれていただろうか。その感覚はまるで残照のようにじりじりと熱に変わって、まだ体の内側を焙っている様な気がする。不意にツゥッと仁聖の指先が頬を撫でて、親指が恭平の柔らかな唇に触れた。
……何で、そんな触りかた……
指の微かな感触に、股間がまた熱くなる。ベットに押し付けている筈の体がさっきの刺激を欲しがって疼く。闇の中でもう一度その指が滑る。もう一度頬をなぞり額の髪に触れて、名残惜しげに最後に唇に触れさせてから指を離した仁聖は溜め息をつく。そうして、溜め息を溢したままの唇でまるで隠すようにそっと覆いかぶさってくる。口を濯いだ後の水をまだ含んだままのような恭平の唇に軽く自分の唇を重ねる。そうして暫くすると、唇が離れてユックリと自分の顔を見つめた気配が立ち上がるのを感じた。リビングに向かう様子の仁聖に、思わず身動ぎすると仁聖は微かに振り返った様子を浮かばせる。しかし、やがて仁聖が扉の向こうに消えると、恭平は枕に顔を押し当てて自分のしたことに呆然としていた。
酔った……ことと、考えてくれたのだろうか……
最後のキスは普段とは変わらなかったから、恐らくそうだろうと安堵する自分に自己嫌悪が沸き起こった。何もなかった事にしたいのに、あんな感覚を感じてしまった後何もないふりをできるか分からないのだ。
でも、凄く気持ちよかった……あの、キスも、あの刺激も。
思い出すだけで昂ってくる性欲に服を脱いだだけの体が反応する。窓の外に微かな雨音を聞きながら昂ってしまった怒張に触れた途端、口の中を掻き回すように舐める仁聖の舌を再び思い出す。
「んっ…ふっ…。」
ヌルリと滑る怒張に指が絡み、ユックリと動かす感触に腰が痺れる。ヌチヌチと音を立てながら頭の中であり得ないと分かっていて、妄想するのは仁聖の舌が怒張を舐める姿だった。そんなことは許されないと分かっているからこそ、余計にその想像は淫らで息が上がる。
「………ん…っ。」
微かな衣擦れの音を立てて肩が動き、その僅かな動きが規則正しく揺れる。頭の中の仁聖が音を立てて自分を慰めるのにあわせて、指の動きが激しくなっていく。
「………んん…っ…ん。」
心の何処かで仁聖にごめん・許してと呟きながら恭平が昇り詰めようとした瞬間、唐突に体に跨がる重みを感じてビクリとその体が戦いた。薄い夜具の中に無造作に手を差し入れて全てを夜気に曝され、恭平は驚きに目を見張って凍りつく。そんな蒼ざめた恭平を、仁聖は何故か闇の中に光る熱を宿した瞳で見下ろしていた。
「ねぇ、してあげよっか?恭平。」
なんで?居るんだ?夢?
目の前にいる仁聖の姿に達しかけて高まり艶やかな色を落としたように、熱く甘い息を驚きの中で溢した。呆然としていた恭平が我に帰る前に、まだたっぷりと熱を灯したままの怒張を彼の手ごと包み込む。咄嗟に手を離し体を押し退けようとすると、今度は躊躇いもなく直にその手に肉茎が包み込まれた。
「っ?!ば…馬鹿っ!触るな!!」
「大丈夫だよ、…よく、してあげる。」
熱い吐息を耳元に溢し低く掠れた声で、仁聖が耳元に囁きかける。それはまさに恭平が頭の中で仁聖に言わせたのと同じ言葉で、恭平は混乱しながら妄想とは違う男っぽい顔をして覆い被さってくる仁聖の温度を感じた。ベットに押し付けられ緩やかに握られた手が肉茎を刺激してくる。
「やっ…やめ…!!」
「いいから……して…あげるから…、…ね?」
逃げるタイミングを逃して手の中で半分なすがままにされ、恭平は仁聖の体の下で身を竦める。一度驚きに遠退いた筈の快感は、仁聖の手でユルユルと緩急をつけて扱きあげられる刺激にあっという間に昇り詰めようとする。やめろなんて言葉だけの虚勢にしかならなかった。
ああ!どうしてっ…駄目だ…こんなっ!
強い快感に恭平の体が硬直し手が、溺れそうになっているようにシーツを掴んだ。直に仁聖に肉茎を握りこまれ滑らかに緩やかな動きで指を動かすと、微かにニチュっと湿る様な音がして仁聖は思わず喉を鳴らすのが聞こえる。いつの間にか恭平の手が必死に突き放そうとしているのか縋りついているのかの判別のできない様に震えながら仁聖の胸元を握りしめていた。
「ん…や…やめ…、ん…んん……あっ。」
刺激を与えている相手が同性だということも、握っているものが相手にも有ることすらも弾け飛ぶ抑えきれない欲情。相手が男性なのに嫌悪感など微塵も感じない様子で、燃えるような瞳で自分を見つめる仁聖に恭平は困惑しながら吐息が熱く潤んで弾けていく。不意に仁聖が恭平の首筋に顔を埋めて、手を止めることなく口付け始めたのに体が跳ねる。怒張を扱きあげる手と同等の強い刺激になる口付けに、恭平は頭を振りながら歓喜の声を耐えるしか出来ない。一瞬強く噛み付く様に吸い上げると白い体が慄いたように跳ねた。肉茎を捉えて離さない仁聖の指の動きと首筋を何度もなぞり痕を残す唇の動きに、次第に激しく止め処ない喘ぎめいた声で恭平の喉が小さく音を立てた。
「ん…っんぅ!…仁…せいっ…や…っ!んっ!」
必死に懇願する声が快感に溶けて、リズムをつけるようにして指を絡めたまま更に激しく擦りあげる。自分を真っ直ぐに見つめる仁聖に微かな罪悪感と一緒に、もっとと熱い欲望も感じながら更に高く昇り詰めていく。
「い……やだ……っ。あっ…いっ…んんんっ!!」
掠れるような甘える官能の声を上げて仁聖の腕の中で身を硬く反らし、恭平は仁聖の手の中に勢い良く熱いものを放ってしまっていた。強すぎる刺激にそのまま意識を飛ばして次に目が覚めた時、家の中には仁聖の姿はなくて一瞬あれは夢だったのだと安堵した位だ。
よかった、夢なら……
そう考えた瞬間恭平が凍りついたのは、鏡に映った自分の首筋に残された幾つかの花弁の痕のせいだった。あれが夢ではなく本当の事だという、仁聖が残した痕に呆然としながら自分はどうしたらいいのか分からなくて立ち尽くす。
達して意識を失った自分の姿に仁聖が、我に返って不快感を持ったのだとしたら?そう考えたら、恭平は仁聖と二度と会えないのではと激しい不安に呑み込まれたのだ。
夢現にあの時の事を思い出した恭平は、微かな苦笑を浮かべながらあの後の事を思い起こす。不安に呑み込まれた恭平は篠に相談しようと電話で呼び出したのに、先にここに姿を表したのは当の仁聖だったのだ。しかも、仁聖は恭平と篠の関係を誤解して嫉妬し、その勢いで予想外の行動に出た。妄想の一部を直に体験させられて、しかもそれ以上の行動を起こされて恭平は面食らうことになる。まさか、仁聖が自分を抱くなんて考えもしなかったし、自分がそれを受け入れるとも思わなかった。
だけど、受け入れてしまったら……
受け入れ抱かれ快感を与えられた恭平は、その時仁聖が告げた言葉に激しく嫉妬したのだ。他の女と比べられたと思ったら、仁聖はただの興味で自分を抱いてみたのだと思ってしまった。興味で男を抱いてみたかったのかと思ったら悔しくて、それでもいいという自分の内側に絶望したのだ。
おかしな事だよな、お前がそんな人間じゃないの知ってるのに
結局は真っ直ぐな仁聖が、もう一度恭平を抱き締めてきて。本当に恭平を思ってるから、傍にいると言ってくれたのだ。そうして傍にいる内に、自分に欠けていたものが満たされていくのが分かる。今迄とは形の違う愛情や大事にしたいと言う想いに自分自身がどうしたらいいのか分からず、それが今まで知ろうともしなかった感情で戸惑う。それでも、ユックリと仁聖は自分の捻くれていた感情すら否定しないで抱き締めてくれて、凍りついていたものを溶かしていく。
仁聖が好きな自分は、好きになれる……
仁聖が言うから自分のことも大切にしなきゃならなくなったと苦く笑うと、毛布の匂いに包まれてユルユルと眠気が忍び寄ってくる。魘されれば抱き締めてきて大丈夫と言ってくれ一緒に居てくれる事を疑わないから、前より眠りが深くなった。悪い夢も見ないことが増えたし、仁聖の体温が心地よくてもっと傍にいてと言いたくなる。もっとと様々なことに貪欲になった気がするのは、それを仁聖が迷わず与えてくれるからだ。同時に自分が今まで誰にもしてこなかったほどに仁聖に、全てを曝け出している事に気がつく。ギュウ…と抱きしめた毛布に残った香りに気がつき、それにすら安堵を感じるほど仁聖の存在が大きい事に気がつかされる。
こんなに……。
その先に続く言葉がフワリと思いだけで心を過ぎりながら、形が解けて言葉にならず溶けていく。まるで抱きとめられている様な安堵の中、眠りに落ちていく意識をボンヤリと感じながら恭平はもう一度安堵に満ちた深い吐息を吐いていた。
※※※
白い小さな封筒を片手にそっとドアを開いた仁聖が足音を忍ばせるようにして歩み寄り、規則正しい吐息の向こうで子供の様に背を丸めて毛布に包まれ眠っている恭平の姿に安心したように見下ろす。
良かった…まだ泣いてたらどうしようかと思った。
スゥと規則正しく胸を波打たせて眠るその体を暫し眺めていた仁聖は、サイドボードに封筒を置くとそっとその体の横に身を滑らせてスルリとその体の下に腕を滑り込ませた。器用に恭平を抱きかかえるようにして、毛布の下に滑り込み甘い香りを放つ体を大切そうに抱き締める。それでも動作で揺り動かされて微かな声が唇から溢れ落ちた。
「……ん……。」
モゾ…と腕の中で身動ぎしたその頭が仁聖の胸の中に向けて身を潜り込ませるように動いたかと思うと、腕の下で微かに戸惑う夢現の視線がトロンと滲んで揺れる。
「……ん…せ?」
「あぁ…ごめん、やっぱり起こしちゃった。」
耳元で囁く柔らかい声に腕の中から見上げる瞳がフワフワと漂いながら、現実を捕まえようと甘い香りを放ちながら毛布の中で身動ぎした。丁寧に抱きかかえその仕草を受け止めながら、サラリと揺れる黒髪に擽られるのも構わず二の腕にその頭を乗せて覗き込む。
「起しちゃうと思ったんだけど…何か…どうしても…抱き締めたくって。」
もう一度ごめんと囁く仁聖に、恭平が弱く頭を振って微笑みかけながら力を抜いて凭れ掛かる。
「……篠達は?」
思い出したように問いかけるその声に柔らかく微笑みを浮かべる仁聖が、何気ない手付きで頭を撫でるように髪を梳きながら、もう帰ったよと小さく囁く。ふっと少し思案げな気配を漂わせた恭平が、躊躇いがちに腕の中から陽射しに透ける青味がかった瞳を見上げた。
酷く憔悴した心が、もしかしたら取り返しのつかない状況まで引き起こす可能性も十分にある。それは医学には全く無知ではあるが、仁聖自身薄らと理解できている。
簡単に落ち着く訳ない…、忘れられる筈もない。一番辛いのは恭平自身なんだから…
それは過去に自分が恭平にしてしまったことも含めて。女性でなくても恭平が受けた行為は明確な性的な暴行で、十分に彼を追い詰め、おかしくしてしまう事ばかりだとも理解していた。その上、自分の存在を盾にして恭平にとって友人と信じていた筈の人間からされた仕打ちの残酷さ。それがどんなに辛いか、仁聖にだって完全に共感することは出来ない。仁聖は自分の幼さを痛感しながら、何とかそれを支えたいと願う。ベットの中で少し落ち着き始めた恭平の涙を見下ろして、安心させようとフワリと微笑みかけ覗き込むようにして囁く。
「もう…そんなに泣いてたら心配で独りにしておけないよ…?もう一回抱っこして向こうに連れて行く?」
その柔らかい声に思わず目を見開いて慌ててフルフルと頭を振った恭平が涙に濡れた瞳で見上げ、仁聖はその縋る視線に思わず頬を染めながら苦笑を浮かべる。ほっと息をついた恭平の様子を見下ろしながら、そっとその体を労わり守るという様子で毛布でその体を包み込む。
「休んでてね?戻ってきたら、また一杯抱き締めてキスしてあげる。」
冗談めかしたその言葉に一瞬眉をそばだてながらもホンノリと頬を染めて恭平が小さな声で「馬鹿」と呟くのに、仁聖はやっと少し安心したような表情を浮かべてゆっくりと踵を返していた。
※※※
仁聖がゆっくり扉を閉じて姿を消して、恭平は包み込むように彼がかけた毛布の中で微かな会話の声を扉越しにうっすらと聞きながら身を縮める。その会話は穏やかな声音でまるで微かな音楽の様に時折仁聖の声だけが判別できて、瞬間恭平は自分が彼の声を聞こうとしていると気がついて少し頬を緩ませる。同時にふっと先ほど涙を溢れさせた恐怖感がまたジワリとにじり寄ってきて恭平は、ギュッと体を抑え込む様に肩を掴んだ。
どうしてだろう…。
ふっと心の中に疑問が湧き上がり滲んでいく。
自分は何故こんなに弱く脆い人間なのだろう、ふとそう呟く心の声の険しさに恭平は意図せずに室内を見回す。一度涙に揺れた世界は、白く白く溶ける様な柔らかい陽射しに霞んでいた。何時も過ごす環境に自分がいる筈なのに、何処か現実感がない様にすら感じられる。どうしてあんな愚かな行動しかできなかったのか、もっとよい方法があったのではないかと自問自答する言葉。それにきっと他に良い方法があった事は理解出来ていても、それを選びだせなかった自分がいる事が分かる。自分にとって何よりも優先されたのが仁聖だったのだと分かって、恭平はふぅと溜め息をついた。
こんなに自分が愚かだったなんて……。
篠に言われた言葉を反芻しながら自嘲気味にそう心の中で呟いた瞬間、フワリと引き寄せていた毛布から自分のものではない柔らかい香りを感じて恭平はゆっくりとそれに肌を擦り寄せる。日当に居る様にその香りの暖かさに自分の心が安堵していくのが分かって、恭平は不思議に思いながらも更にその香りと感触を求めて潜り込む。無意識にそんな行動をとっていた自分に我に返った恭平は、瞳を閉じながら心の中で言葉を繋ぐ。
あぁ…そうか…。
それが誰のものでもない仁聖の移り香なのだと気がつきフッとと息が溢れる。
人工的に飾りつけた香りではない。普段使うシャンプーの混じる柔らかい陽射しに似た仁聖の香りに、自分が安堵して強張っていた体から力が抜けていく。以前仁聖が自分から香る匂いを言葉にした事があったなと何処かで思いながら、他人の香りが心地いいと感じる自分を不思議な想いで見つめる。
今まで誰かの移り香に心地よさを感じたことはなかった。勿論女性と性行為の経験がないわけでもないし、腕枕でピロートークしたことがないわけでもない。それでも一緒に眠ることはなかったし、時には全く眠らずに相手が起きるのを待ったこともある。
榊君はとっても私の事大切にしてくれるけど、何時も無理して気を使っているみたいに感じるの。
そう何度も言われたが、その意味が自分でも理解できなかった。恭平には相手が何故そう感じるのかが、全く分からなかったのだ。でも、こうして仁聖に寄り添って貰えるようになってやっと理解できた。自分は自分の後ろ暗い感情を、相手に見せるのか怖かったのだと思う。自分だけでなく実の父や、関係のない宮内の妻や異母弟を憎み続ける自分。母の死以降高いところには行けない弱い自分。自分自身すら憎んでいるのに、その自分を好きだと言われても相手の気持ちが理解できないのは当然だった。そんな自分が彼女の事よりも友人の事よりも、何をおいても優先していたのは何時でも仁聖。
仁聖だけが、弱い自分を認めて抱き締めてくれた。
辛かったら泣いていいと言ったのは仁聖だけで、抱き締めてくれたのも仁聖だけだ。その時からずっと目で追い続けていたなんて、死ぬまで黙っておこうと思っていた。
仁聖は気がついてないと思ってる様子だが、あの時視界の端に見ていたなんて今更絶対に口に出来ない。
黒のキャスケット、ネイビーのオーバーコート、黒スキニーが長い足を強調して、洒落たスクエアリュックを肩に年よりずっと大人びて見える姿。
当時つきあっていた彼女と一緒にいたのに、一瞬で仁聖を見つけてしまった恭平は困惑していた。何故ここに居るんだろう、似ているだけかとも考えたが栗色の髪と一瞬見えた顔は仁聖でしかない。隣にいたのは同じ学部の栄利彩花で、最近モデルにスカウトされたとか。
何で?栄利と?
疑問は不快感にかわって、恭平自身も何故か分からないままに二人が並んで踵を返したのを見ていた。その後学部の噂で栄利が、彼氏ができた話を耳にして愕然としたのだ。仁聖は当時中学一年しかも十三に成ったばかり、仁聖が彼氏でないという可能性もあったのに恭平にはそうとは思えなかった。
そんな矢先に何気なくウトウトと転た寝をしていたところに、仁聖が無言のまま自分を見つめるのに出会ったのだ。ジッと息を殺して自分を見つめる仁聖に、目を開けるタイミングを逃してしまって恭平は寝たふりをするしかなくなった。
…何で、見てるんだ?
普段なら子供らしくじゃれついて来る仁聖が、ジッと息を殺して自分の横に座り顔を見つめている。ドキンと胸が大きく跳ねたのは、その顔が自分の顔に影を落としたからだ。フワリと自分の唇に押し付けられた柔らかいものが、仁聖の唇だと気がつくまでそう時間はかからなかった。その後仁聖が脱兎のごとく逃げてしまったので、恭平は理由を聞く機会を完全に逃してしまう。でも、嫌ではなかった。何一つ仁聖にキスされることに、嫌悪すら感じなかったのだ。篠にそれを告げ相談すると、好きなの?と問いかけられたのに恭平は愕然とする。
嫌じゃないのは仁聖だからだ。相手が仁聖だから、キスされても嫌だとは感じない。嫌じゃないのは……。
だから、その後彼女にフラれたのを最後に、女性と付き合うのを止めてしまった。気持ちを自覚したら隠せる自信はなかったし、そんなことを自分が自覚しても女性と付き合っている仁聖に何か出来るわけでもない。
それなのにあの時酔いに任せて仁聖の手を取ってしまったのは、仁聖が約束の日でもないのに自分に会いに来たのが分かって嬉しかったから。わざわざ会いに来て自分がいなかったからしょんぼりしていた仁聖の顔に、無性に嬉しくなって肩に腕を回す。
「今日。来る日じゃないよな?」
「う、うん……もしかして…恭平、酔ってるの?」
その言葉には答えずに恭平は、仁聖に腕を回したまま歩きだす。有無を言わさぬ力でズルズルと引きずる様にして今出てきたばかりのエントランスを引き戻しエレベーターまで押し込む。仁聖は面食らったように恭平を見やる。
ああ…可愛いな、そんなに会いたくて来たんだ…?
そんな風に酔った思考が考えた途端、少しだけ何時も仁聖の方がじゃれてくるのを待つのとは逆に触れたくなった。触れたくなったといっても、性的にではなく恭平はただ近付きたくなったのだ。唐突にその腕がエレベーターの奥の壁に向かって仁聖を押し付ける。
「いっっ?な…何?きょ、恭平?」
傍に立って壁ドン状態の恭平の顔が、自分の肩にトンと額をつけたのに気がついて仁聖が固まっている。それでも、乗せた肩の昔よりも逞しくなった体に、少しだけ嫉妬が疼くのを感じた。昔は自分に縋りついていたのに、いつの間にか大人になってしまう。こうして自分から意図して触れたのは初めてなのに、きっともう二度とない。そう思ったら嫉妬と同時に少しだけ悲しくなって、意識が滑るように遠退くのが分かる。倒れるかなと内心考えた次の瞬間、酷く暖かく確りとした腕が自分の体を抱き止めたをうっすらと感じ取っていた。肩に頭を乗せるようにして苦もなく抱き止められ、抱き締められる広い胸元に悔しいような嬉しいような安堵で身を預ける。
なんだよ……子供みたいな顔して……すっかり…大人なんだな……
そう考えたと同時に意識が一瞬途切れてしまっていた。飲みすぎたのは自覚していたが、モソモソと腰を撫でる感触に暫く感じていない性欲が沸き上がるのを感じる。撫でられ探られる指に腰の奥がジンッと痺れてくると、鼠径や尻ではない場所に触れて欲しくなるのが分かった。
「………ん…。」
もっとと考えた瞬間、指が離れてしまったのを物足りなく感じながら、気がつくと硬い背後に押し付けられ酷く間近に吐息を感じる。一瞬酔いの中で夢を見ているのだと思った。
「…き…恭平…?」
「ぅ…ん………?」
普段とは違う掠れた低い仁聖の声。男っぽいその声に反応して眼を閉じたまま答えると、夢の中の仁聖は不意に何時もと違う欲情を煽るようなキスをしてきた。体を押し付け足で恭平自身を刺激するように押し込みながら、何時ものただ触れるだけのキスとは違う濃厚なキス。やんわりと唇をなぞりその間で差し込む口の中をなぞり味わう。その感覚は今までにないほど甘美に自分の中を溶かして、貪るように音を立てて舌を這わせた。
「ふぅ…く………、……ぅん……。」
何て夢と思いながら揺らされる足に、自分の股間が反応しているのが分かる。気持ちよくなり始めてこんなキスをしている仁聖の顔を見てみたいと、恭平は頭の片隅で考えた。そうして目を開いた時に、酷く戸惑い傷ついたような仁聖の顔に初めてこれが夢でないのだと我に返ったのだ。
こんな、いやらしいキスの仕方、誰に教えられた?
そう問いかけたくなった瞬間、嫉妬で一気に血の気が下がったのが分かった。直前に感じた一瞬の激しい熱がまるで夢だったかのように、全身が凍りついたような感覚の中で恭平はその嫉妬の意味を自覚する。自分ではない誰かと交わされた大人のキスをする仁聖に、身を委ねて誘い掛けそうするように無意識に仕向けてしまった。その理由はただ仁聖を独り占めしたくて、他の女にしていることを強請ったに過ぎない。だけど、これ以上は何も求めても得られない。何故なら仁聖はちゃんと女性と付き合っていて、自分の事はただの兄のように慕っているだけなのに。そう気がつくと恐怖に更に飲まれて、不快感に変わる。仁聖が何のためにキスをしていたかは分からないけど、今のキスのせいで二度とここに来なくなるかもしれない。
「仁…せ……。」
まだ何処かを漂っているように掠れて溢れ落ちる声の先で、仁聖は不意に顔を伏せてしまった。それを目にした瞬間、不快感が競り上がってくるのが分かる。確りと抱えられた腕の中ので身動ぎしてもがき、恭平は青ざめているだろう自分の顔が仁聖にどう見えるだろうと考える
「ちょ…仁聖…、はな…せ…。」
「恭平…。」
今度は泣きそうな視線で見上げた仁聖と、かち合ったその視線の先で闇の中のその表情は一瞬戸惑うような視線を浮かべた。もう会わないと言いたいのか、誘い掛けてくるなんて幻滅したと言いたいのか。そう思ったらもう耐えきれなかった。
「離せ!吐く!!」
恭平は腕から逃れると横を駆け抜け、トイレに駆け込む。嗚咽混じりに嘔吐しながら、何でこんなことをしたんだと自分でも後悔した。気持ちよくなって箍を外しかけてしまった自分は、仁聖がそうするように無意識に誘い掛けてしまったのだ。
悪酔いしたような気分でベットに潜り込んでから、もう駄目かもと虚ろな気分で考えていた恭平の耳に微かな足音が聞こえる。完全にうつ伏せではなく頬を枕に押しあてる様にした恭平の顔を覗きこむ何時もの気配。仁聖がもう来ないと言うかもしれないと緊張して目を閉じたままでいると、仁聖はそっと手を伸ばして額にかかる髪を少し払いのけてくる。柔らかな指の動きは少し心地よくて、仁聖が不快感を顕にしていないことに少しだけ安堵する。
お前は、どんな気分であんなキスをしたんだろう……
仁聖がしてきた大人の手管のキスは、酷く心地よかった。同時に刺激される股間が溶けそうになるくらい、気持ちよくなっていたのに気がつかれていただろうか。その感覚はまるで残照のようにじりじりと熱に変わって、まだ体の内側を焙っている様な気がする。不意にツゥッと仁聖の指先が頬を撫でて、親指が恭平の柔らかな唇に触れた。
……何で、そんな触りかた……
指の微かな感触に、股間がまた熱くなる。ベットに押し付けている筈の体がさっきの刺激を欲しがって疼く。闇の中でもう一度その指が滑る。もう一度頬をなぞり額の髪に触れて、名残惜しげに最後に唇に触れさせてから指を離した仁聖は溜め息をつく。そうして、溜め息を溢したままの唇でまるで隠すようにそっと覆いかぶさってくる。口を濯いだ後の水をまだ含んだままのような恭平の唇に軽く自分の唇を重ねる。そうして暫くすると、唇が離れてユックリと自分の顔を見つめた気配が立ち上がるのを感じた。リビングに向かう様子の仁聖に、思わず身動ぎすると仁聖は微かに振り返った様子を浮かばせる。しかし、やがて仁聖が扉の向こうに消えると、恭平は枕に顔を押し当てて自分のしたことに呆然としていた。
酔った……ことと、考えてくれたのだろうか……
最後のキスは普段とは変わらなかったから、恐らくそうだろうと安堵する自分に自己嫌悪が沸き起こった。何もなかった事にしたいのに、あんな感覚を感じてしまった後何もないふりをできるか分からないのだ。
でも、凄く気持ちよかった……あの、キスも、あの刺激も。
思い出すだけで昂ってくる性欲に服を脱いだだけの体が反応する。窓の外に微かな雨音を聞きながら昂ってしまった怒張に触れた途端、口の中を掻き回すように舐める仁聖の舌を再び思い出す。
「んっ…ふっ…。」
ヌルリと滑る怒張に指が絡み、ユックリと動かす感触に腰が痺れる。ヌチヌチと音を立てながら頭の中であり得ないと分かっていて、妄想するのは仁聖の舌が怒張を舐める姿だった。そんなことは許されないと分かっているからこそ、余計にその想像は淫らで息が上がる。
「………ん…っ。」
微かな衣擦れの音を立てて肩が動き、その僅かな動きが規則正しく揺れる。頭の中の仁聖が音を立てて自分を慰めるのにあわせて、指の動きが激しくなっていく。
「………んん…っ…ん。」
心の何処かで仁聖にごめん・許してと呟きながら恭平が昇り詰めようとした瞬間、唐突に体に跨がる重みを感じてビクリとその体が戦いた。薄い夜具の中に無造作に手を差し入れて全てを夜気に曝され、恭平は驚きに目を見張って凍りつく。そんな蒼ざめた恭平を、仁聖は何故か闇の中に光る熱を宿した瞳で見下ろしていた。
「ねぇ、してあげよっか?恭平。」
なんで?居るんだ?夢?
目の前にいる仁聖の姿に達しかけて高まり艶やかな色を落としたように、熱く甘い息を驚きの中で溢した。呆然としていた恭平が我に帰る前に、まだたっぷりと熱を灯したままの怒張を彼の手ごと包み込む。咄嗟に手を離し体を押し退けようとすると、今度は躊躇いもなく直にその手に肉茎が包み込まれた。
「っ?!ば…馬鹿っ!触るな!!」
「大丈夫だよ、…よく、してあげる。」
熱い吐息を耳元に溢し低く掠れた声で、仁聖が耳元に囁きかける。それはまさに恭平が頭の中で仁聖に言わせたのと同じ言葉で、恭平は混乱しながら妄想とは違う男っぽい顔をして覆い被さってくる仁聖の温度を感じた。ベットに押し付けられ緩やかに握られた手が肉茎を刺激してくる。
「やっ…やめ…!!」
「いいから……して…あげるから…、…ね?」
逃げるタイミングを逃して手の中で半分なすがままにされ、恭平は仁聖の体の下で身を竦める。一度驚きに遠退いた筈の快感は、仁聖の手でユルユルと緩急をつけて扱きあげられる刺激にあっという間に昇り詰めようとする。やめろなんて言葉だけの虚勢にしかならなかった。
ああ!どうしてっ…駄目だ…こんなっ!
強い快感に恭平の体が硬直し手が、溺れそうになっているようにシーツを掴んだ。直に仁聖に肉茎を握りこまれ滑らかに緩やかな動きで指を動かすと、微かにニチュっと湿る様な音がして仁聖は思わず喉を鳴らすのが聞こえる。いつの間にか恭平の手が必死に突き放そうとしているのか縋りついているのかの判別のできない様に震えながら仁聖の胸元を握りしめていた。
「ん…や…やめ…、ん…んん……あっ。」
刺激を与えている相手が同性だということも、握っているものが相手にも有ることすらも弾け飛ぶ抑えきれない欲情。相手が男性なのに嫌悪感など微塵も感じない様子で、燃えるような瞳で自分を見つめる仁聖に恭平は困惑しながら吐息が熱く潤んで弾けていく。不意に仁聖が恭平の首筋に顔を埋めて、手を止めることなく口付け始めたのに体が跳ねる。怒張を扱きあげる手と同等の強い刺激になる口付けに、恭平は頭を振りながら歓喜の声を耐えるしか出来ない。一瞬強く噛み付く様に吸い上げると白い体が慄いたように跳ねた。肉茎を捉えて離さない仁聖の指の動きと首筋を何度もなぞり痕を残す唇の動きに、次第に激しく止め処ない喘ぎめいた声で恭平の喉が小さく音を立てた。
「ん…っんぅ!…仁…せいっ…や…っ!んっ!」
必死に懇願する声が快感に溶けて、リズムをつけるようにして指を絡めたまま更に激しく擦りあげる。自分を真っ直ぐに見つめる仁聖に微かな罪悪感と一緒に、もっとと熱い欲望も感じながら更に高く昇り詰めていく。
「い……やだ……っ。あっ…いっ…んんんっ!!」
掠れるような甘える官能の声を上げて仁聖の腕の中で身を硬く反らし、恭平は仁聖の手の中に勢い良く熱いものを放ってしまっていた。強すぎる刺激にそのまま意識を飛ばして次に目が覚めた時、家の中には仁聖の姿はなくて一瞬あれは夢だったのだと安堵した位だ。
よかった、夢なら……
そう考えた瞬間恭平が凍りついたのは、鏡に映った自分の首筋に残された幾つかの花弁の痕のせいだった。あれが夢ではなく本当の事だという、仁聖が残した痕に呆然としながら自分はどうしたらいいのか分からなくて立ち尽くす。
達して意識を失った自分の姿に仁聖が、我に返って不快感を持ったのだとしたら?そう考えたら、恭平は仁聖と二度と会えないのではと激しい不安に呑み込まれたのだ。
夢現にあの時の事を思い出した恭平は、微かな苦笑を浮かべながらあの後の事を思い起こす。不安に呑み込まれた恭平は篠に相談しようと電話で呼び出したのに、先にここに姿を表したのは当の仁聖だったのだ。しかも、仁聖は恭平と篠の関係を誤解して嫉妬し、その勢いで予想外の行動に出た。妄想の一部を直に体験させられて、しかもそれ以上の行動を起こされて恭平は面食らうことになる。まさか、仁聖が自分を抱くなんて考えもしなかったし、自分がそれを受け入れるとも思わなかった。
だけど、受け入れてしまったら……
受け入れ抱かれ快感を与えられた恭平は、その時仁聖が告げた言葉に激しく嫉妬したのだ。他の女と比べられたと思ったら、仁聖はただの興味で自分を抱いてみたのだと思ってしまった。興味で男を抱いてみたかったのかと思ったら悔しくて、それでもいいという自分の内側に絶望したのだ。
おかしな事だよな、お前がそんな人間じゃないの知ってるのに
結局は真っ直ぐな仁聖が、もう一度恭平を抱き締めてきて。本当に恭平を思ってるから、傍にいると言ってくれたのだ。そうして傍にいる内に、自分に欠けていたものが満たされていくのが分かる。今迄とは形の違う愛情や大事にしたいと言う想いに自分自身がどうしたらいいのか分からず、それが今まで知ろうともしなかった感情で戸惑う。それでも、ユックリと仁聖は自分の捻くれていた感情すら否定しないで抱き締めてくれて、凍りついていたものを溶かしていく。
仁聖が好きな自分は、好きになれる……
仁聖が言うから自分のことも大切にしなきゃならなくなったと苦く笑うと、毛布の匂いに包まれてユルユルと眠気が忍び寄ってくる。魘されれば抱き締めてきて大丈夫と言ってくれ一緒に居てくれる事を疑わないから、前より眠りが深くなった。悪い夢も見ないことが増えたし、仁聖の体温が心地よくてもっと傍にいてと言いたくなる。もっとと様々なことに貪欲になった気がするのは、それを仁聖が迷わず与えてくれるからだ。同時に自分が今まで誰にもしてこなかったほどに仁聖に、全てを曝け出している事に気がつく。ギュウ…と抱きしめた毛布に残った香りに気がつき、それにすら安堵を感じるほど仁聖の存在が大きい事に気がつかされる。
こんなに……。
その先に続く言葉がフワリと思いだけで心を過ぎりながら、形が解けて言葉にならず溶けていく。まるで抱きとめられている様な安堵の中、眠りに落ちていく意識をボンヤリと感じながら恭平はもう一度安堵に満ちた深い吐息を吐いていた。
※※※
白い小さな封筒を片手にそっとドアを開いた仁聖が足音を忍ばせるようにして歩み寄り、規則正しい吐息の向こうで子供の様に背を丸めて毛布に包まれ眠っている恭平の姿に安心したように見下ろす。
良かった…まだ泣いてたらどうしようかと思った。
スゥと規則正しく胸を波打たせて眠るその体を暫し眺めていた仁聖は、サイドボードに封筒を置くとそっとその体の横に身を滑らせてスルリとその体の下に腕を滑り込ませた。器用に恭平を抱きかかえるようにして、毛布の下に滑り込み甘い香りを放つ体を大切そうに抱き締める。それでも動作で揺り動かされて微かな声が唇から溢れ落ちた。
「……ん……。」
モゾ…と腕の中で身動ぎしたその頭が仁聖の胸の中に向けて身を潜り込ませるように動いたかと思うと、腕の下で微かに戸惑う夢現の視線がトロンと滲んで揺れる。
「……ん…せ?」
「あぁ…ごめん、やっぱり起こしちゃった。」
耳元で囁く柔らかい声に腕の中から見上げる瞳がフワフワと漂いながら、現実を捕まえようと甘い香りを放ちながら毛布の中で身動ぎした。丁寧に抱きかかえその仕草を受け止めながら、サラリと揺れる黒髪に擽られるのも構わず二の腕にその頭を乗せて覗き込む。
「起しちゃうと思ったんだけど…何か…どうしても…抱き締めたくって。」
もう一度ごめんと囁く仁聖に、恭平が弱く頭を振って微笑みかけながら力を抜いて凭れ掛かる。
「……篠達は?」
思い出したように問いかけるその声に柔らかく微笑みを浮かべる仁聖が、何気ない手付きで頭を撫でるように髪を梳きながら、もう帰ったよと小さく囁く。ふっと少し思案げな気配を漂わせた恭平が、躊躇いがちに腕の中から陽射しに透ける青味がかった瞳を見上げた。
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