鮮明な月

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第十二章 愚者の華

101.

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初めて自分が大学のキャンパスでその姿を目にしたのは、青葉の香る春の事だった。既に二年生になって慣れ始めた大学生活では、刺激的なこともあまりなくなっている。
新入生の酷く浮き足立った輩の放つ勢いに、便乗するかのような先駆者達の何かしらの勧誘の声。やりたくもないスポーツの勧誘や面白味のない研究系のサークルやゼミの勧誘。去年と何も変わらない風景に、呆れるどころかよくもまあ同じことが出来るものだと関心すらする。
そんな馬鹿馬鹿しいほどの活気の最中に、まるでそこにだけ別な空気が違っていた。華美でもなくかざりっけのないシンプルなシャツに薄いジャケットを羽織り、まるで喧騒が目に入らないような様子で木立の中のベンチに腰掛けて文庫本を読んでいる姿。しなやかな肢体、艶やかな長めの黒髪、遠目にも分かる白く透き通るようなキメの細かそうな肌。整った顔立ちをして伏せられた視線に長い睫毛。服装とそのベンチの高さに余るような長い足がなければ、女性と見紛うばかりの美形。

美人だな……。

思わず頭の中でその相手を脱がすのを想像してしまうのは、若い男としてはやむを得ない。相手が男だって?そんなのはたいした事ではない。男も女もやることは同じ、逸物を孔に突っ込んで掻き回して気持ちよくしてやれば大差がない。それはここ数年の経験で、自分が学んだことだ。
ひっそりと座り本を読む姿は余りにも空気が違いすぎて、まるで一枚の絵画のようだった。

「何ボーっとしてんのぉ?」

唐突にかけられた甘ったるく響く声に我に返る。自分の肩にしな垂れかかる様に甘える可愛い仕草を見下ろしながら、その視線が自分の見ていたのと同じ方向に向けられるのを意識した。

「あ、榊君。」
「さかき?」

初めて聞く珍しい名前を口にすると、彼女はそうそうと笑いながらその見目麗しい青年の噂を楽しそうに口にする。文学部では入学直後から、その美貌で王子様と有名人の一人なのだというその青年。一応同じ文学部だが、専攻の科が違うから気がつかなかったと言うことらしい。まあ、自分は講義も適当だから、もしかしたら出会っていたのかもしれないが。
榊恭平。
その名前の持ち主は、その時から何故か酷く自分の心を惹きつけた。見ていると何故か人とは一線を引いているように、彼は何時も静かな空気を周りに漂わせている。話しかけられれば穏やかに微笑んで返事もするし、彼女とは顔を寄せて会話をする姿も見た。それなのに何故か自分には、何時も彼は静かで独りきりのイメージが拭えない。そうしない相手が何処かに居るのだろうか、誰かにはそんなことないのだろうか。そんなつまらないことが気になって、自分の目が始終彼を追うようになったのが分かる。
それにセフレの一人が気がついたように笑う。

「さーとる、榊君は仲良くエッチのセフレタイプじゃないよぉ?しかも、ノンケ。いくら了がエッチ上手でも、榊君はモーションかけても無駄だってぇ。」
「誰もあいつとセックスしたいって言ってねーし。」
「嘘ばーっか、最近何時もやらしい目で見てるじゃん。」

やらしいってなんだよと不貞腐れると、頭ん中で裸にしてるのバレバレだよなんて事を言われる。まあ、体のラインを想像するのは習性だから強ち間違いでもないが、だからといってセックスしたいと考えていたわけではない、今のところは。

「ちげーっての、あいつ何時も独りだなぁって。」

そう言った自分の言葉は彼女には意味が伝わらなかったようで、榊君なら友達一杯だし彼女もいるじゃんと笑われる。確かに一見するとそう見えるけれど何か彼の中にあるものが憂いになって、周りとのフィルターになっている気が自分にはするのだ。それをどう説明するかなんて分からないし、向こうは自分を知りもしない。面倒くさくなった自分は、横の可愛い女の肩を抱きながらさっさと説明から逃げ出した。
その女の肉壺を怒張で掻き回しながら、快楽に喘ぐ白い背中を見下ろす。

榊の肌はもっと白そうだし、腰ももっと細いだろうな。

快楽をもたらしてくれるのであれば、相手は男でも女でも構わない。大概その系統の人間は相手にもわかるような色気や仕草をするから、見ていれば興味があるかどうかは一目でわかるものだ。

でも、あいつはそういう類いの興味は薄そうだ。

それどころか、彼が今まで見てきた中で最もそういう欲求を感じさせない人間だ。見ていればまるで空気みたいに無垢にすら見えて童貞かと思えるのに、実際にはちゃんと彼女はいるし涼しい顔してやることはやってるという。

まあ、ベットの上だと別人ってやつも多々いるけどな。

そう思いながら腰を打ち付けると、柔らかな女の肌がスッと温度を高めていく。ヒクツク肉壁で女の絶頂を確かめてから、自分もラストスパートと激しく腰を繰り出し始めていた。



※※※



「……そういうの興味ないんで。」

酷く冷ややかな言葉に思わず振り返ると、そこには誰か見知らぬスーツ姿の男に話しかけられている榊がいる。偶然街中で見た榊も何時もと変わらず、あの奇妙な空気を纏って静けさにつつ見込まれているみたいだ。

スカウトかよ、まあ、あの面だもんな。

一端遠慮という風ではなく全く興味がないと言いたげな、酷く冷ややかな声。それでも食い下がるスカウトにしてみれば、迷惑だろうと榊みたいな華のある男は珍しいから何とか連絡先を手にいれたいと言うところだろう。

「迷惑なんです、そういうの。」

食い下がった男に投げつけられた一瞬の声。鮮烈で鋭い刃物を思わせる声に、自分はハッとして吸い寄せられる。普段の人の良さそうな顔とは全く別な相手を拒絶する視線と態度。そんなアンバランスな人間を、自分は今まで見たことがない。
人間は誰しも快楽に弱く、それに引き摺られるものだ。榊は快楽に落としても、そんな風に相手を拒絶するのだろうか?それとも全く違う一面を更に見せるのだろうか。

今まで一度も誰かに話しかけるために段取りなんて考えたことのなかった成田了が、興味もない文学のサークルなんかに足を向けさせるほどに、その存在は酷く彼の心を惹きつけてしまっていた。



※※※



「榊って彼女いるの?」

唐突な言葉にふっと視線を上げたその瞳が、初めて自分から声をかけた姿の中に潜む緊張を見透かしているように真っ直ぐに見上げる。サークルの宴席だというのに榊には全く酔いの気配も感じられない。どうやら後数ヵ月で二十歳になる彼は、律儀に法律を守って密かにお茶を飲んでいるのに気がつく。

誰もそんなこと気にやしないのに、今年二十歳だぞ?馬鹿正直なやつ……。

彼を気にするようになって二ヶ月、目で追い始めると次第に彼の噂も耳に入ってくるようになる。
そこかしこで耳にする彼の話。どうやら両親はもういないらしいとか、高級マンションに独り暮らししてるとか。目で追い見た限りで分かったのは、彼の人となり。判断ができた結果は秀麗な容姿に持ち合わせたイメージとはあまり大差が無い。
綺麗でかっこいいと噂の彼は引く手数多で、以前から恋愛に関してもそれ程晩熟ではなさそう。話を聞けば付き合っていた女性にしてみれば、優しいし親切だし気配りも出来る彼は理想的な恋人なのだろう。だけど、既に大学に入って二人の彼女と別れたらしい彼は高校時代もあまり恋愛が長続きしなかったという話でもある。聞けば完璧な彼の対応は何処か無理をしていると感じさせる部分があるらしい。それがまだ経験が少ないせいなのか別の理由なのかは、判断できるほどの材料が無い。

「……今はいないけど…それが何?」

気にもしていないという風に静かに答える口調は、まるで柳の枝が風を受け流すように穏やかにすら聞こえる。何度も繰り返し聞かれているんだろうと分かるその対応に聞いた方が思わず怯んでしまいそうになってしまう。だけど、それすらも気にかけないという風に榊は視線を返す。
色恋沙汰は自分は興味がないと言いたげなその仕草が酷く癇に障った。綺麗な顔をして真っ直ぐな見透かすような瞳で自分を射抜くように見たくせに、一瞬で興味を失ったとでも言いたげに視線を逸らす榊。隣の古くからの友人に視線を向けたその仕草は、ハッとするほど洗練されて酔いを一瞬で消し飛ばすほど鮮やかな仕草に映っていた。見下ろす白く透き通った肌の項が酷く艶かしく見えるのは、色恋に興味のない榊が乱れるのを想像したからだろうか。思ったよりも間近で見るとその項は細く華奢にすら見えて、一瞬その全身も同じ色なのだろうと想像の中で裸身を考える。

裸にして組み敷いて、中に突っ込まれてもそんな涼しい顔してられんのかな、それとも綺麗な顔を歪ませて泣くか?それとも快感に乱れて喘ぐか?

男の中には時々そんなやつがいるんだ。普段は男っぽい自分を演出して固めているのに、組み敷かれた途端快楽に溺れて乱れて喘ぐ。そんなやつは大概彼女も普通にいる事が多いし、自分が男に抱かれるのに順応出来る人間だって認めない。
組み敷かれて愛撫されても、自分はそんなのは感じないと言い張る。後孔にタップリ潤滑剤を流し込んで暫く弄くられている内に、泣きながらもっと太いので奥まで掻き回してと孔を差し出して懇願しても。了の怒張で女になった孔を深々と音をたてて貫かれ、涎を垂らしながら絶頂に達しても。そういう奴ってのは、中々自分が男に抱かれるのを認められないのだ。
そういう男を抱くのは了にしてみれば楽しかったし、次第に陥落していくのを体に教え込みながら眺めてるのも楽しい。やがて了に気持ちよくされていると認めると、秘密の快楽にセフレでいることを相手も割合素直に受け入れるものだ。

榊はどうなんだろうな、組み敷くには簡単そうだけど。

自分よりも華奢で細い身体。人に対する反応を見ていると敏感そうにも見えるし、案外彼女と上手くいかないのはそっちの方が体にあってるかもしれない。そんな勝手な想像の中では、既に自分の怒張に貫かれて綺麗な顔で快感に喘ぐ姿がありありと想像できる。

まあ、そんな機会があったら、ってことか。

そんな風に考えていたのに、酔ったふりをして…というよりも自分自身はかなり酔っていたし、それにその後先輩に無理やり飲まされたらしく榊の方も酔いが回っていた。居酒屋を出て目にしたホンノリけぶる様に桜色に染まった項が、酷く艶かしく、ただ綺麗で触れたらどんな感触なんだろうと無意識に手を伸ばしていたような気がする。そう…別に手に入れたいとか、何かしたいと思っていた訳ではないと思う。
ただ触れてみたくなった。今までは快感が欲しくて人の肌に触れて来たのに、そうではなくただその存在に手を触れてみたかったのだ。思わず伸ばした手が背後からその体を腕の中におさめた瞬間、酷く甘いような香りがその項から立ち上った気がした。背後から突然抱き締められて項に口づけられ腰の前を探られた瞬間に、榊がその肌にブワッと鳥肌を立てたのが分かる。なんだ案外敏感だと思ったけど、同時にこれは男に抱かれるような人間じゃないなぁとも思う。酔っているとはいえ、鳥肌ってところが明確な答えだ。

「なっ…酔ってるのか?!ふざけんな!!」

抱きつかれたことに面食らいながら酔いに掠れた声が、批難の言葉を放つ。思っていたのと違って腕の中の体は、きちんと均整のとれてしなやかな筋肉のついた肢体だった。それでもまるで力をこめたら折れてしまいそうなほど華奢で、酷く甘い香りを漂わせる魅惑的な体温。今まで触れた肌に中で格段の感触を持つその体を思わずもう少し引き寄せようとした瞬間、予想外にその体が身を翻したのが分かった。
自分が自分に何が起こったのか気がついた時には、周囲も思わず息を呑んだのがわかる。抱きつき冗談めかして物陰にでも引き込もうとした風にしか見えない自分の体は、まるでボールでも投げるかのようにフワリと宙を舞って地面に叩きつけられていた。

え?

なんだこりゃと思った時には了は夜の空を見上げていて、投げた当の本人の逆さまの顔が驚いたように表情を変えるのが見える。それは失敗したという顔で、なんだ榊ってそんな顔も出来るのかとポカーンと了は見上げたまま。後日その場面を見ていた奴等に話を聞けば、自分は綺麗に宙を舞い受身も取らずに音をたててアスファルトに叩きつけられたのだという。

「恭平!何だ?!何したんだよ!」
「いや、思わず、篠。わ、悪い、えーっと。」

投げた方が慌てて了を引き起こし大丈夫か?と声をかけてくるが、何せ名前すら知られてないのが今更分かる。
唖然としてしまったのと酔いのお陰で痛みもその時はまったく感じられなかったが、その投げた当人があまりにも心配するのでそのまま受診した病院で肋骨にひびが入ってしまっていたことに驚かされた位だ。病院で何気なく聞けば実は昔は合気道をやっていたという。榊恭平の当人の話をもっと早く聞いて置くべきだったとしみじみ思わされた。だけど、それがきっかけで彼との交流が出来たのも事実なのだった。
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