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第十一章 Raison d'etre
98.
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何でこんなことになったのか、正直なところまだ思考がちっとも追い付いていない。あの怒濤の勢いで詰め寄られた仁聖は、さっさと逃げたした慶太郎と別れ一人で栄利彩花に最寄りのカフェに連れ込まれていた。そう言えば初めて出会った日に彩花にはラブホテルに連れ込まれたんだったと、仁聖は何処か遠い目で考える。
「助かったわぁ、本当。」
「あれって、なんなの?彩花。」
撮影よ?とさも当然のように、彩花はカフェラテを飲みながら言う。いや、確かに何かの撮影なのは仁聖にも分かるが、何故唐突に仁聖を引きずり込んだのかが分からない。
「ピン撮影って言ってたのに、突然ひきのスチールじゃイメージと違うってダメ出しされたのよ。しずりがないとか言ってきたけど内トラするにも、今日はスタッフ女だけだし、笛口はタッパないし!」
ブチブチと彩花は文句を言っているけれど、その内容が異世界過ぎてサッパリ分からないでいる。そんな仁聖の様子にやっと気がついた彩花は、改めて事の次第の説明を始める。
栄利彩花は撮影でクライアントからは、モデル独りでの写真を撮影すると最初から説明を受けていたのだと言う。ところが、少し遠目から全身が写る画像では、クライアントは商品のイメージと違うと再考の注文を出した。どうやら商品のイメージとしては、一人より二人、しかも男女での臨場感あるものの方がいいと言い出したのだ。そう言うことは別段珍しくもないが、男性モデルの手配がどうしてもできないと分かった。そういう時にはよくあるのだが、急遽スタッフの中の男性を使おうとしたらしい。生憎殆どのスタッフが女性で、クライアント側の笛口と言う唯一の男性スタッフは、彩花と身長が合わないし華奢過ぎた。こうなると改めて場所取りからやり直しになり、相手役の男性モデルの選考や調整を考えなきゃならない。そうなると彩花自身もスケジュールの取り直しからという最悪な事態。苛立ちながら打開策を考えていた彩花が、何気なく通りを窓から見下ろしたら丁度目の前に仁聖がいたのだ。本来は外部の人間はクライアントがあるし商品の発売前で使えないのだが、彩花の知り合いだから仮スタッフ扱いでしかも背中からの上半身の画像ならいけると判断されたと言うことらしい。
仁聖はモデルではないが駅に張るような大きなポスターでも髪型を変えての背中だけの姿なら、光の加減で金髪の外人のタレントのように見える。だから恐らく仁聖だとは気がつかれない。ちなみにデコルテ云々は、胸元の開いた黒のドレス姿の彩花の胸元を強調すると商品の邪魔だと言われたらしい。人が折角デコルテで色気を強調したのに、胸元を隠すようなポーズで裸の肩に手を乗せる方が小悪魔っぽくて色気があると却下されたと彩花はいたく不満そうだ。そんな話をあの時異世界の言葉で交わしていたのだと言う。
「これが上手く行けば私、モデルとして大手と契約なのよ。本当助かったわぁ。」
朗らかに言う彩花に、仁聖は異世界過ぎてまだ話を半分飲み込めていない。とはいえ彼女の昨日とは違う自信を漂わせた表情は、初めて会った頃のようにキラキラして見える。そんな彩花の顔を眺めていたら、騒動のせいで一端置かれていた罪悪感が再び足元から忍び寄るのを感じた。
「あ、のさ、彩花。」
「ん?何?」
仕事が上手く行きそうな気配に昨日とは打って変わってご機嫌の彩花が、にこやかな微笑みで仁聖の顔を眺めた。昨日はモデルとして大成出来なさそうと諦めかけていたが、今日の感触はかなりいい。これが上手くいけば大手と契約できるかもと今朝一番に聞かなかったら、もしかしたらモデル引退も考えていたかもしれないのだ。
そんなこととは露知らず、仁聖は重苦しくのしかかる罪悪感に彼女を見つめる。あの時恭平にほんの少しだけ似ていると思ったから、彼女を恭平の代用品に使っていたという罪悪感。でも、自分がしてきた事をどう彼女にたいして表現するべきなのか分からず、仁聖は少し躊躇うように口を開く。
「あの時……さ、……俺。」
あの時というのが二人にとっては五年前の事だということは、口にしなくても明らかで仁聖の表情に彩花は目を細めた。彩花に好きかと聞かれれば好きだと答えていたが、他に好きな人がいるなら別れようと言った言葉にも迷わず別れを選んだ仁聖。今ならそれがどんなに残酷な行動だったのかは、仁聖自身が理解している。もし同じことを恭平からされたとしたら、仁聖は恐らく永遠に立ち直れない。だからこそ自分がしたことの、自分勝手な傲慢さが罪悪感になっているのだ。
「彩花に凄く悪いことしてたなって。」
「悪いこと?悪いことしてたのは私の方でしょ?」
躊躇いがちな仁聖の言葉に、さも当然という風に彩花が口を開いて何を言っているのかと不思議そうに言う。彩花の予想外の反応に、仁聖は思わず唖然としてえ?と声をあげる。
「だって、何にもしらないチューボーに愛のない性教育してた私の方が極悪に決まってるじゃない。」
ケロリとした顔でそんな事を言う彼女に、仁聖は更に唖然とする。愛のない?え?どう言うこととポカーンとしている仁聖に、彼女は目を細めて少し意地悪に微笑む。
「馬鹿ねぇ、あんたが誰か好きな人がいたことくらい分かってるわよ。」
そうでもなきゃ中学生が大学のキャンパスに忍び込む必要なんかないでしょと呆れたような口調で言われて、仁聖は思わず顔が赤くなるのが分かった。彼女が気がついたのはてっきり付き合ってからだと思っていたのに。そう言われれば彼女は最初から仁聖が大学生でもないのにも気がついて、仁聖に話しかけてきたのだった。
「そりゃ、逆源氏物語とか確かに思ったことはあるけど。でも、仁聖に本気なら、あれ位で簡単に別れたりしないわよ。」
確かにイケメンだったしエッチもいいし将来的には勿体ないかなとは思うけど、二十歳で中学生と道ならぬ恋なんて露ほども考えてないと彩花は平然と笑う。勿論仁聖が初めて会った時に十八歳だったら全く違う結果だったかもねと、彩花は尚更おかしそうに微笑む。その笑顔は仁聖の記憶に残っている笑顔とは、少し違って恭平とは全く違う笑顔に見えていた。そう言われれば確かに十三歳の中学生と真剣交際では、少なくともその後五年は彩花は道ならぬ恋を隠しながら生活していくことになる。
「えっと、じゃ、彩花は……。」
「決まってるでしょ?仁聖は楽しく遊ぶには凄くよかったけど、本命には経済力もなきゃ無理よ。」
ドライだ。
自分の罪悪感がとんでもなく無意味に感じるほどに、彩花の方がよっぽど冷静に仁聖を見て判断して付き合っていたのだ。そう言われれば同級生や後輩なら兎も角、夜のお姉さん達だって深いお付き合いにとは誰も言わなかった。自分が都合よく会っていたのと同じで、相手にだって自分は都合のいいセックスの上手いセフレに過ぎなかったのだ。
「…男って基本そういうとこロマンチストよね。」
意図も容易く切り捨てられる彩花の言葉に、仁聖は恥ずかしくて顔があげられなくなっていく。自分勝手な理屈で都合のいい考え方をしていたのを目の前で指摘されると、正直なところ格好悪くていたたまれない。
「心に痛いから、もう虐めんの止めて……彩花。」
「とっくに別れた女のことであんまり変に思い悩むと、起たなくなるわよ?」
グサリと胸に刺さる言葉に思わず胸元の抑え、同時にその手の下の指輪の感触に仁聖が頬を染める。
「…その指輪のお相手に愛想つかされたら困るでしょ?」
それってエンゲージじゃなくてマリッジでしょ?と彩花が指をさしながらニヤリと目を細めて微笑む。あのスタジオで脱がされた一瞬でそこまで見ているのに改めて唖然としながら、仁聖が決まり悪そうに頬を染めたまま俯く。彩花はその様子に感嘆の溜め息をついた。
「好きがちっとも分かってなさそうな仁聖が、結婚したくなるような相手ねぇ。相手って大学に探しに来てた人?」
そこまですっかりお見通しの彩花の言葉に、なんだか恥ずかしさで更に顔が熱くなるのが分かる。もしかしたら彼女は少なくともあの時仁聖が、誰かを見つけてじっと見ていたのは最初から知っていたのかもしれない。
「まあ、それはいいけど。」
彩花は気楽にそう言うと、テーブルの上に乗り出して仁聖に詰め寄った。
「冗談はさておき、仁聖。あんたモデルしない?」
「ええ?!冗談!」
冗談じゃないんだけど。賑やかに言う彼女は、何故か仁聖に自分の契約している事務所の名刺を手渡す。その気になったら私の名前で電話してよと爽やかに勧める。その気はないと仁聖が名刺を押し返し突っぱねたのにバイト代良いわよ?と悪魔のように囁きかける。
「上手く売れっ子になれば、二十万位簡単よ?仁聖。」
え?何でそれ知ってんのと言いたげな仁聖の顔に、彼女は少し悪どい微笑みをニヤリと浮かべて見せる。
「ホストなんかより健全だし、あんたの顔とタッパならいけるって。」
「何でそんなに勧めんの?俺はそんな気ないって、彩花。」
「決まってるじゃない!あんたクラスなら紹介料が沢山貰えるわよ!私!」
えええ?!彩花の狙いってそこなの?!と仁聖が、子供の時と同じ顔で彼女を見つめ目を丸くする。それに彩花は当然よねと言いたげに妖艶に微笑んでいた。
※※※
散々モデル勧誘をされ女の現実に対するシビアさに、流石にグッタリしている風に見える仁聖の背中を彩花は街並みの中で見送る。瞳に映る大きくなった背中は広くて暖かそうで、以前の彼女が知ってる少年のものとは全く別物に変わっていた。
……本当、男っていつまでもロマンチストよね。
栄利彩花はそう心の中で呟く。
今の仁聖と最初に出会ったのなら、迷わず彼と結婚を考えていただろう。今の仁聖となら、結果は違うと言ったのは彩花の正直な本心だ。子供ではなくって相手を愛することを知ってる男前なら、きっと自分が仕事を辞めても幸せにしてくれそうだから。でも、栄利彩花が現実で最初に出会ったのは、十三歳にしかならない『好き』をまだ知らない独りの少年だった。
それでも、最初ではあったのよね。
確かに大学に誰かを探しに来たのくらいは直ぐに分かっていても、自分を好きという相手の言葉を先ず信じたいのは女心。最初の経験を与えて、自分にのめり込んでいるのだと信じてもいた。可愛くて素直に自分を求めていると思えば、自分のものにしておきたいと思う。だけど、相手が『好き』が何かしらないようなほんの子供だと気がついた時、これって正しいのと彩花自身も不安には感じていたのだ。やがて、次第に成長して彼が自分の中の好きに気がつき始めるのに、傍にいて彩花が気がつかない筈がない。次第に自分の中の好きの形と自分の置かれている姿にギャップを感じ始め追い込まれる少年の姿に、何時までも自分の彼氏擬きでいろと言える女はそう居ない筈だ。多分自分の後に付き合った同級生の女も、同じことを感じたに違いない。だから、誰も彼と別れた理由を声高に叫ばないし、彼が別れるのを引き留めることは出来なかったのだ。それは当然だ、彼の中の大切は等の昔に秘められて変わらないのだから。
知ってる?仁聖。イケメンは恋愛対象で、男前は結婚対象なのよ。
美少年がすくすくイケメンに育つのを楽しむだけならあの関係で良いだろうけど、イケメンが男前に育つのはまた別な話。ちゃんと相手からも愛情を与えて貰わないと、『好き』を知らないイケメンは男前には育たない。彩花はそれを知らずにイケメンは確かに育てたけど、仁聖を男前には育てられなかった。そして、仁聖自身も彼女や他の女には、男前に育てて貰いたいとも願わなかったのだ。
そして、何人もの同じことをする女と別れた後に、仁聖はそのたった一人の誰かから沢山愛情を注がれて立派に男前に成長してただけ。
誰かが立派に育てた男前を欲しがるほど、落ちぶれてるわけでもないのよ。
そう皮肉に考えた自分に、思わず彩花の口元に苦笑いが浮かび上がる。遠ざかった広い背中が人混みに紛れてやっと、一粒だけ涙が溢れ落ちる。仁聖を好きだったのは本当だけど、結婚は考えてなんかない。そんな風にちょっと格好をつけるくらいは、別れた元カノでも許される筈だ。
「助かったわぁ、本当。」
「あれって、なんなの?彩花。」
撮影よ?とさも当然のように、彩花はカフェラテを飲みながら言う。いや、確かに何かの撮影なのは仁聖にも分かるが、何故唐突に仁聖を引きずり込んだのかが分からない。
「ピン撮影って言ってたのに、突然ひきのスチールじゃイメージと違うってダメ出しされたのよ。しずりがないとか言ってきたけど内トラするにも、今日はスタッフ女だけだし、笛口はタッパないし!」
ブチブチと彩花は文句を言っているけれど、その内容が異世界過ぎてサッパリ分からないでいる。そんな仁聖の様子にやっと気がついた彩花は、改めて事の次第の説明を始める。
栄利彩花は撮影でクライアントからは、モデル独りでの写真を撮影すると最初から説明を受けていたのだと言う。ところが、少し遠目から全身が写る画像では、クライアントは商品のイメージと違うと再考の注文を出した。どうやら商品のイメージとしては、一人より二人、しかも男女での臨場感あるものの方がいいと言い出したのだ。そう言うことは別段珍しくもないが、男性モデルの手配がどうしてもできないと分かった。そういう時にはよくあるのだが、急遽スタッフの中の男性を使おうとしたらしい。生憎殆どのスタッフが女性で、クライアント側の笛口と言う唯一の男性スタッフは、彩花と身長が合わないし華奢過ぎた。こうなると改めて場所取りからやり直しになり、相手役の男性モデルの選考や調整を考えなきゃならない。そうなると彩花自身もスケジュールの取り直しからという最悪な事態。苛立ちながら打開策を考えていた彩花が、何気なく通りを窓から見下ろしたら丁度目の前に仁聖がいたのだ。本来は外部の人間はクライアントがあるし商品の発売前で使えないのだが、彩花の知り合いだから仮スタッフ扱いでしかも背中からの上半身の画像ならいけると判断されたと言うことらしい。
仁聖はモデルではないが駅に張るような大きなポスターでも髪型を変えての背中だけの姿なら、光の加減で金髪の外人のタレントのように見える。だから恐らく仁聖だとは気がつかれない。ちなみにデコルテ云々は、胸元の開いた黒のドレス姿の彩花の胸元を強調すると商品の邪魔だと言われたらしい。人が折角デコルテで色気を強調したのに、胸元を隠すようなポーズで裸の肩に手を乗せる方が小悪魔っぽくて色気があると却下されたと彩花はいたく不満そうだ。そんな話をあの時異世界の言葉で交わしていたのだと言う。
「これが上手く行けば私、モデルとして大手と契約なのよ。本当助かったわぁ。」
朗らかに言う彩花に、仁聖は異世界過ぎてまだ話を半分飲み込めていない。とはいえ彼女の昨日とは違う自信を漂わせた表情は、初めて会った頃のようにキラキラして見える。そんな彩花の顔を眺めていたら、騒動のせいで一端置かれていた罪悪感が再び足元から忍び寄るのを感じた。
「あ、のさ、彩花。」
「ん?何?」
仕事が上手く行きそうな気配に昨日とは打って変わってご機嫌の彩花が、にこやかな微笑みで仁聖の顔を眺めた。昨日はモデルとして大成出来なさそうと諦めかけていたが、今日の感触はかなりいい。これが上手くいけば大手と契約できるかもと今朝一番に聞かなかったら、もしかしたらモデル引退も考えていたかもしれないのだ。
そんなこととは露知らず、仁聖は重苦しくのしかかる罪悪感に彼女を見つめる。あの時恭平にほんの少しだけ似ていると思ったから、彼女を恭平の代用品に使っていたという罪悪感。でも、自分がしてきた事をどう彼女にたいして表現するべきなのか分からず、仁聖は少し躊躇うように口を開く。
「あの時……さ、……俺。」
あの時というのが二人にとっては五年前の事だということは、口にしなくても明らかで仁聖の表情に彩花は目を細めた。彩花に好きかと聞かれれば好きだと答えていたが、他に好きな人がいるなら別れようと言った言葉にも迷わず別れを選んだ仁聖。今ならそれがどんなに残酷な行動だったのかは、仁聖自身が理解している。もし同じことを恭平からされたとしたら、仁聖は恐らく永遠に立ち直れない。だからこそ自分がしたことの、自分勝手な傲慢さが罪悪感になっているのだ。
「彩花に凄く悪いことしてたなって。」
「悪いこと?悪いことしてたのは私の方でしょ?」
躊躇いがちな仁聖の言葉に、さも当然という風に彩花が口を開いて何を言っているのかと不思議そうに言う。彩花の予想外の反応に、仁聖は思わず唖然としてえ?と声をあげる。
「だって、何にもしらないチューボーに愛のない性教育してた私の方が極悪に決まってるじゃない。」
ケロリとした顔でそんな事を言う彼女に、仁聖は更に唖然とする。愛のない?え?どう言うこととポカーンとしている仁聖に、彼女は目を細めて少し意地悪に微笑む。
「馬鹿ねぇ、あんたが誰か好きな人がいたことくらい分かってるわよ。」
そうでもなきゃ中学生が大学のキャンパスに忍び込む必要なんかないでしょと呆れたような口調で言われて、仁聖は思わず顔が赤くなるのが分かった。彼女が気がついたのはてっきり付き合ってからだと思っていたのに。そう言われれば彼女は最初から仁聖が大学生でもないのにも気がついて、仁聖に話しかけてきたのだった。
「そりゃ、逆源氏物語とか確かに思ったことはあるけど。でも、仁聖に本気なら、あれ位で簡単に別れたりしないわよ。」
確かにイケメンだったしエッチもいいし将来的には勿体ないかなとは思うけど、二十歳で中学生と道ならぬ恋なんて露ほども考えてないと彩花は平然と笑う。勿論仁聖が初めて会った時に十八歳だったら全く違う結果だったかもねと、彩花は尚更おかしそうに微笑む。その笑顔は仁聖の記憶に残っている笑顔とは、少し違って恭平とは全く違う笑顔に見えていた。そう言われれば確かに十三歳の中学生と真剣交際では、少なくともその後五年は彩花は道ならぬ恋を隠しながら生活していくことになる。
「えっと、じゃ、彩花は……。」
「決まってるでしょ?仁聖は楽しく遊ぶには凄くよかったけど、本命には経済力もなきゃ無理よ。」
ドライだ。
自分の罪悪感がとんでもなく無意味に感じるほどに、彩花の方がよっぽど冷静に仁聖を見て判断して付き合っていたのだ。そう言われれば同級生や後輩なら兎も角、夜のお姉さん達だって深いお付き合いにとは誰も言わなかった。自分が都合よく会っていたのと同じで、相手にだって自分は都合のいいセックスの上手いセフレに過ぎなかったのだ。
「…男って基本そういうとこロマンチストよね。」
意図も容易く切り捨てられる彩花の言葉に、仁聖は恥ずかしくて顔があげられなくなっていく。自分勝手な理屈で都合のいい考え方をしていたのを目の前で指摘されると、正直なところ格好悪くていたたまれない。
「心に痛いから、もう虐めんの止めて……彩花。」
「とっくに別れた女のことであんまり変に思い悩むと、起たなくなるわよ?」
グサリと胸に刺さる言葉に思わず胸元の抑え、同時にその手の下の指輪の感触に仁聖が頬を染める。
「…その指輪のお相手に愛想つかされたら困るでしょ?」
それってエンゲージじゃなくてマリッジでしょ?と彩花が指をさしながらニヤリと目を細めて微笑む。あのスタジオで脱がされた一瞬でそこまで見ているのに改めて唖然としながら、仁聖が決まり悪そうに頬を染めたまま俯く。彩花はその様子に感嘆の溜め息をついた。
「好きがちっとも分かってなさそうな仁聖が、結婚したくなるような相手ねぇ。相手って大学に探しに来てた人?」
そこまですっかりお見通しの彩花の言葉に、なんだか恥ずかしさで更に顔が熱くなるのが分かる。もしかしたら彼女は少なくともあの時仁聖が、誰かを見つけてじっと見ていたのは最初から知っていたのかもしれない。
「まあ、それはいいけど。」
彩花は気楽にそう言うと、テーブルの上に乗り出して仁聖に詰め寄った。
「冗談はさておき、仁聖。あんたモデルしない?」
「ええ?!冗談!」
冗談じゃないんだけど。賑やかに言う彼女は、何故か仁聖に自分の契約している事務所の名刺を手渡す。その気になったら私の名前で電話してよと爽やかに勧める。その気はないと仁聖が名刺を押し返し突っぱねたのにバイト代良いわよ?と悪魔のように囁きかける。
「上手く売れっ子になれば、二十万位簡単よ?仁聖。」
え?何でそれ知ってんのと言いたげな仁聖の顔に、彼女は少し悪どい微笑みをニヤリと浮かべて見せる。
「ホストなんかより健全だし、あんたの顔とタッパならいけるって。」
「何でそんなに勧めんの?俺はそんな気ないって、彩花。」
「決まってるじゃない!あんたクラスなら紹介料が沢山貰えるわよ!私!」
えええ?!彩花の狙いってそこなの?!と仁聖が、子供の時と同じ顔で彼女を見つめ目を丸くする。それに彩花は当然よねと言いたげに妖艶に微笑んでいた。
※※※
散々モデル勧誘をされ女の現実に対するシビアさに、流石にグッタリしている風に見える仁聖の背中を彩花は街並みの中で見送る。瞳に映る大きくなった背中は広くて暖かそうで、以前の彼女が知ってる少年のものとは全く別物に変わっていた。
……本当、男っていつまでもロマンチストよね。
栄利彩花はそう心の中で呟く。
今の仁聖と最初に出会ったのなら、迷わず彼と結婚を考えていただろう。今の仁聖となら、結果は違うと言ったのは彩花の正直な本心だ。子供ではなくって相手を愛することを知ってる男前なら、きっと自分が仕事を辞めても幸せにしてくれそうだから。でも、栄利彩花が現実で最初に出会ったのは、十三歳にしかならない『好き』をまだ知らない独りの少年だった。
それでも、最初ではあったのよね。
確かに大学に誰かを探しに来たのくらいは直ぐに分かっていても、自分を好きという相手の言葉を先ず信じたいのは女心。最初の経験を与えて、自分にのめり込んでいるのだと信じてもいた。可愛くて素直に自分を求めていると思えば、自分のものにしておきたいと思う。だけど、相手が『好き』が何かしらないようなほんの子供だと気がついた時、これって正しいのと彩花自身も不安には感じていたのだ。やがて、次第に成長して彼が自分の中の好きに気がつき始めるのに、傍にいて彩花が気がつかない筈がない。次第に自分の中の好きの形と自分の置かれている姿にギャップを感じ始め追い込まれる少年の姿に、何時までも自分の彼氏擬きでいろと言える女はそう居ない筈だ。多分自分の後に付き合った同級生の女も、同じことを感じたに違いない。だから、誰も彼と別れた理由を声高に叫ばないし、彼が別れるのを引き留めることは出来なかったのだ。それは当然だ、彼の中の大切は等の昔に秘められて変わらないのだから。
知ってる?仁聖。イケメンは恋愛対象で、男前は結婚対象なのよ。
美少年がすくすくイケメンに育つのを楽しむだけならあの関係で良いだろうけど、イケメンが男前に育つのはまた別な話。ちゃんと相手からも愛情を与えて貰わないと、『好き』を知らないイケメンは男前には育たない。彩花はそれを知らずにイケメンは確かに育てたけど、仁聖を男前には育てられなかった。そして、仁聖自身も彼女や他の女には、男前に育てて貰いたいとも願わなかったのだ。
そして、何人もの同じことをする女と別れた後に、仁聖はそのたった一人の誰かから沢山愛情を注がれて立派に男前に成長してただけ。
誰かが立派に育てた男前を欲しがるほど、落ちぶれてるわけでもないのよ。
そう皮肉に考えた自分に、思わず彩花の口元に苦笑いが浮かび上がる。遠ざかった広い背中が人混みに紛れてやっと、一粒だけ涙が溢れ落ちる。仁聖を好きだったのは本当だけど、結婚は考えてなんかない。そんな風にちょっと格好をつけるくらいは、別れた元カノでも許される筈だ。
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